文研ブログ

文研フォーラム 2022年02月17日 (木)

#370 "予定調和"ではない議論をご期待ください! ~3月4日・文研フォーラム 放送業界に"捲土重来"はあるか? 改革の突破口を探る

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


 文研フォーラム、3月4日、16時からのプログラムGでは、放送メディアの将来を考えるシンポジウムを行います。非常にユニークな6人の方にご登壇いただくことになりましたので、少し詳しくご紹介しておきます。

 まず、放送業界から3人の方にご登壇いただきます。3人に共通しているのは、①組織に所属しながらも忖度せずに自分の言葉で語る力があること、②これまでの仕事のやりかたや組織の振る舞いから“はみだす”勇気があること、③中間管理職として、若手育成や経営改革にも向き合おうとしていること、④“世代交代”を意識していること(3人とも私より若い!)です。

220217-1.png 北海道テレビの阿久津友紀さんは、現在、デジタル部門でご活躍中。ドキュメンタリストとして、自身の乳がん体験を題材とした番組として制作し、数々の賞を受賞した経験もお持ちです。デジタルメディアの運営の中では、「病気をしてもいきいきと働き、生きるためのコミュニティ」作りに奔走されていて、活発な姿は多くの人たちに勇気を与えています。


220217-2.png 伊藤隆行さんは、テレビバラエティの制作に携わる人にとっては、「伊藤P」でおなじみ。テレビ東京で「池の水ぜんぶ抜く大作戦」「モヤモヤさまーず」などヒット作を作るだけでなく、クリエイティブビジネス制作チームの部長として、社内の組織と組織、社外をつなぐ100を超えるプロジェクトを手掛けられています。バラエティ番組を通じて社会課題にいかに接近できるかという姿勢には、元報道番組のディレクターである私はいつも大きな刺激を受けています。


220217-3.png 葛城毅さんは、去年夏に富山局長になったばかり。NHKで若手に地域局長を任せるという人事改革を行ったのですがその一人です。2003年にNHKに入局したのでまだ40代半ばで、富山局の管理職は、ご本人によると自分より年上ばかり。かなりシビアな環境だということは想像に難くないですが、若手の職員と共に地域に出て、これまでのNHKに囚われないチャレンジをしていると聞いています。世代交代改革の実態を聞いてみたいです。

 今回は演出にも新たなチャレンジをしたいと思っています。放送業界の中だけで、こんな取り組みをしている、こんな課題に悩んでいるという議論だけでは、どうしても広がりに欠けてしまいがちです。業界の内向きの議論ではなく、社会・視聴者との開かれた対話で初めて改革の突破口が見えてくるのではないか。それを実際にシンポでやってみよう、それが、今回考えたコンセプトです。そのため、放送の専門家ではない多様な立場の方々に、様々な角度からコメントしていただいたり質問をぶつけていただいたりしたいと思っています。


220217-4.png 早稲田大学1年生、現在19歳の小澤杏子さん。小澤さんは高校生の時にユーグレナが募集したCFO(チーフ・フューチャー・オフィサー)を務め、今は大学生活とマルイの新任アドバイザーの二足の草鞋で頑張っています。SDGsに対する社会活動やZ世代としてのメディア接触から見えている既存メディアの姿はどのようなものなのか、今後、放送メディアに期待することは何か、など、ざっくばらんに伺ってみたいです。


220217-5.png ヨコグシスト®という肩書の伊能美和子さん。この肩書は、伊能さんご自身が作られたものです。伊能さんは、NTTグループという大組織で次々と新しい事業を立ち上げ、現在は数々の組織や大学に関わり、異業種をつなぎながら社会にポジティブなイノベーションを起こしていく、そんな生き方をしていらっしゃいます。大組織で社員が改革を起こすことの難しさと突破の秘訣、旧態依然とした組織でどうしたら腐らずしなやかに時代に向き合えるのか、利害が衝突しがちな競争関係にある事業者同士が連携していくための秘訣は何か、など、いろんなアドバイスがうかがえそうです。


220217-6.png 慶應義塾大学の山本龍彦さん。憲法学者としてデジタル時代の民主主義について積極的なご発言をされている山本さんは、いま総務省で行われている「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」の構成員も務められています。ネットの情報環境を巡る様々な課題がある中、これまで信頼を培ってきた放送メディアの役割はこれまで以上に高まっている、ということを述べていらっしゃいます。では民放はそれをどうマネタイズしていくのか、NHKであればテレビを見ない人にもどう受信料を支払ってもらえるのか、理念と事業の両立はなかなか厳しい状況になっている中、現場の取り組みをお聞きいただきどんなメッセージをいただけるか、いまからとても楽しみです。

 どんな議論になるのか、モデレーターを務める私にも全く想像つきませんが、予定調和を排した活発なディスカッションベースのシンポを目指したいと思っています。参加してくださる皆さんにもチャットで参加していただける、多様な意見が交わる空間を作っていければと思っています。金曜日の夕方という忙しい時間ではありますが、是非ご参加ください。申し込み“絶賛受付中”です。 
 


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放送ヒストリー 2022年02月16日 (水)

#369 現代アートから放送研究を見つめ直す

メディア研究部(メディア史研究) 倉田宣弥


 『放送研究は岐路に立っている。放送・テレビ〈だけ〉を研究していればいいという時代はすでに終わっている。放送研究自体を志す研究者も少なくなっている』
 こんな言葉を研究者の方から伺ったことがあります。

 急速かつ着実に、放送をめぐるメディア環境の変化は進み、テレビの放送波だけでは届けきることが難しい状況が生まれています。受け手である視聴者側の意識はもちろん、制作者側の意識も変わりつつあります。制作現場では、テレビ番組だけではなく、インターネットやリアルなイベントも含めて複層的にコンテンツを設計し、いかにして視聴者にコンテンツを届けきるかを試行錯誤する取り組みが行われています。
 こうした放送をめぐる枠組みや制作者の意識の変化に、放送研究はどう対応していけばいいのでしょうか?
 研究する対象も再構築が迫られるでしょう。既に、インターネットやソーシャルメディアなど、多様化するメディアの研究は進んでいます。一方、制作者研究においても、これまで対象としてこなかった分野、たとえば、ネット映像や現代アート作品〈も〉視野に入れ、広く映像コンテンツを見つめ直す必要性があるのではないでしょうか。つまり、総合的な「映像学」を視線の先に置いて、放送研究をとらえ直すという意識も大切になってくるのではないでしょうか。
 そんな思いを抱きながら、私は、今後の放送研究の手がかりを得られればと、2月4日から2月20日まで東京で開催されている、恵比寿映像祭を訪れました。


220216-11.png 恵比寿映像祭は、日本初の写真と映像の専門美術館である東京都写真美術館と東京都などが主催して、2009年から毎年開かれている、日本では数少ない、公立美術館による映像に特化した芸術祭です。
 これまで映像作家のジョナス・メカス、ビデオアーティストのナム・ジュン・パイク、ドキュメンタリー映画監督の土本典昭など、国内外の著名な作家の作品を集め、展示・上映を行ってきました。映像祭には、現代アートを中心に、映画、アニメーション、写真、演劇パフォーマンスなど、様々なジャンルをベースにした表現者が集まり、映像を見る視点を揺り動かし、思考を拡げる機会を与えてくれます。
 ドキュメンタリー研究を志している私は、『事実や歴史的なできごとを出発点にして、どう物語を編み、いかに多様なナラティヴ(物語の語り方)を生み出すか』という点から、二人の表現者に注目してみました。

 まず、アーティストの佐藤朋子さんです。彼女がベースにしているのは、レクチャーパフォーマンスという分野で、アーティストがひとり舞台に立ち、映像や画像や音声など様々なメディアを用いながら観客に直接語りかけるものです。演劇パフォーマンスの一分野として、1960年代に英米圏で始まり、2000年代以降、世界的に再び注目が高まって、現代アート界では「レクチャーパフォーマンスの再来」とも言える状況が生まれています。

220216-22.png 1990年に長野県で生まれた佐藤さんは、日本が近代化に向かう過程でこぼれ落ちた〈小さな〉歴史的なできごとを集め、語り直すことを作品にしてきました。彼女が重視するのはリサーチです。フィールドワークやインタビュー、文献調査などを行い、浮かび上がってきた事実を複眼的につなぎ合わせ、事実とフィクションを行き来する物語を構築し、レクチャーパフォーマンスという形で上演してきたのです。
 現在取り組んでいるプロジェクト《オバケ東京のためのインデックス》では、芸術家・岡本太郎が提案した、もうひとつの東京を構想する〈オバケ東京〉という都市論をベースにしています。岡本の思考を出発点にして、東京を〈非人間〉の視点で読み解こうとしているのです。昨年、プロジェクトの序章として行われたレクチャーパフォーマンス公演では、〈非人間〉として怪獣・ゴジラを登場させました。今回の映像祭では、ライブで行われたこの舞台を再構成。新たに撮影・編集を行い映像作品にしたものを展示しています。


220216-33.png この冬、私は、《オバケ東京のためのインデックス》シリーズの新たな章に向けた、佐藤さんのリサーチに同行する機会を二度得ることができました。
 2021年12月、彼女は、東京・有栖川宮記念公園でカラスを探していました。動物行動学者とともに、カラスの影を探し、その声に耳をそばだてていたのです。『〈非人間〉の視点から東京を見ると、都市はどんな姿を表すのか?』そんな問いを立て、都市でもっとも身近な動物のひとつ、カラスの視点から、東京を眺め直そうとしていました。
 2022年1月、彼女は、皇居前広場から明治神宮外苑まで、天皇が儀礼で移動したルートを歩いていました。同行していたのは、近代の東京における天皇にまつわる儀礼空間を研究している建築史家です。儀礼という視点から東京をとらえ直そうとしていました。

 このような専門家へのヒアリングを始めとした詳細なリサーチを行い、集めた事実を素材として構成する制作プロセス。それはまるでドキュメンタリーのディレクターの取材そのものだと感じる部分もありました。
 そして、アウトプットである公演では、一定の時間内で、リサーチで集めた歴史的な事実や言葉の引用を元に、自らの語りで物語を編んでいきます。そのスタイルは、決まった放送時間の中でインタビューとナレーションを主として物語を進行する、テレビドキュメンタリーとの類似を感じさせます。
 私が彼女の作品に注目するのは、その制作プロセスとアウトプットの、テレビドキュメンタリーとの相似と、それでも残る相違。例えば、説明せずに、要素と要素を直接ぶつけ、少しの違和感をあえて残すようなシークエンスの作り方などの中に、ドキュメンタリーを拡張させるヒントがあるのかもしれないと感じているからです。

  *  *  *  *  *

 二人目にご紹介するのは、タイ出身の映画監督アノーチャ・スウィチャーゴーンポン監督です。アメリカのコロンビア大学の芸術学部で学んだ彼女は、卒業制作が2006年カンヌ国際映画祭で上映され、短編作品としてタイ映画史上初のカンヌ入りを果たしたとして一躍注目を集めます。その後も現代アート的な作風の作品で国際映画賞を受賞。タイを代表するアピチャッポン・ウィーラセタクン監督に続く世代として、国際的に高く評価されているひとりです。

220216-4444.png スウィチャーゴーンポン監督が関心を抱いてきたのは歴史だといいます。恵比寿映像祭では、代表的な二つの長編映画が上映されていますが、そのうちのひとつ、《暗くなるまでには》は、彼女が生まれた年に起きた、ある歴史的な事件を出発点にしています。
 1976年、バンコクにあるタマサート大学で起きた「血の水曜日事件」。学生運動をしていた若者たちが、警察や右翼集団に襲われ、少なくとも46人が虐殺されたといいます。しかし、今でもタイのマスメディアではほとんど扱われることがなく、タブーのひとつとなっています。
 この作品では、映像はリアリズムへの愛を信奉するかのように丁寧に編まれる一方で、物語は混乱と断絶を徐々にそして深く生み出していきます。
 映画は、四人の若者が線香をあげて祈るシーンから始まります。次に若者たちが、銃を持ち制服を着た人々によって床にうつぶせに並べられ虐待を受けるシーンが続きます。同じシーンで、その虐待を“演技指導”し撮影するスタッフの姿も現れます。そして二人の男女が何かから逃れるように野道を歩き、川辺に佇むシーンが連なります。
 タイトルを挟んで物語は“現代”へ。「血の水曜日事件」を生き延びた、元・学生運動の活動家の女性と、彼女をモデルに映画を作りたいと考える女性映画監督のシーンになります。(この元・活動家のエピソードは、タイ人なら、実在する著名な詩人チラナン・ピットプリーチャーさんをすぐに連想するようです)元・活動家の過去についてインタビューをしながら、映画監督は作品の構想を固めようとします。
 このまま二人の対話を元に進むかと思われた映画は、物語という骨格の関節が脱臼したかのように、別のエピソードや、既に登場したエピソードの上書きのようなシーンが連なり、時間軸も主人公も交錯していきます。

 この映画が持つ、物語が次第に破綻していくような語り方に対して、『監督は映画の文法の解体をなかば即興的に試みているのではないか』という見立てもできると思います。しかし、私は違う見立ても提示しておきたいと思います。それは物語の語り方の多様性です。
 彼女は、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督と同じく、欧米での映画や芸術の教育や理論を背景に持っています。また映画の撮影現場では、役者に精密なキャラクター設定を渡し、演出していたそうです。そんな彼女から、物語の破壊への衝動ではなく、設計された意図を読み解きたいのです。
 具体的にひとつのパートを取り上げてみたいと思います。
 先ほどご紹介した冒頭近くの元・活動家の女性と映画監督が出会うシーンについてです。映画の中盤を過ぎた60分すぎ、まったく同じ場所で二人の出会いのシーンが繰り返されます。しかしそこでは一度目のシーンとは違う役者が元・活動家と映画監督を演じているのです。セリフや身ぶりなどの細部は違いますが、シーンの大きな流れは変わりません。さらにはそのあとに、最初の俳優の組み合わせで演じられるシーンが再び現れます。
 いったいどういう意図があるのでしょうか?
 例えば、説明は一切ありませんが、映画監督が構想していた、元・活動家を主人公にした映画の完成を暗示しているのかもしれません。しかし、再び、元の役者に組み合わせに戻る構成にはうまくつながりません。
 私は、解釈をひとつにすることには慎重にならないといけないと感じます。なぜなら、この映画自体がそうした、現実とその答えを一対一で結びつけるような画一的な解釈への疑いを投げかけているように感じるからです。
 それでもあえて監督の意図の考察を続けてみましょう。
 少し抽象的な話になりますが、現代において盛んに語られる、モダニズムと呼ばれる、近代における西洋中心主義的な価値観への疑問―例えば、人間と自然との二項対立、事実はひとつであるという客観性への信頼、ひとつの正統的な歴史があり人類は進歩に向かっているという歴史観などへの疑問―がこうしたナラティヴの背景にあることを見出せるのではないでしょうか。
 この映画で用いられている独特の語り方、例えば、物語の入り口と出口がつながっていないように見えるストーリーテリング、主人公と思われた人物が途中で消え相互に交わらない人物相関図、同じ設定の人物を複数の役者が演じるキャスティングなどを通じて、監督は、これまで前提とされてきた近代的な世界観や〈わかりやすい〉物語の語り方とは違う方法を提示しようとしているのではないかと私は感じるのです。

220216-5555.png これが放送の制作現場やその研究とどう結びつくか、疑問を持たれる方が多いかもしれません。
 テレビ番組の放送前に繰り返される試写。そこで、おそらく一番耳にするのは〈わかる/わからない〉という言葉だと思います。しかし、近年、制作現場では、特に若い世代から、〈わかりやすすぎること〉への疑問の声を耳にすることが増えています。視聴者に良くも悪くも疑問が浮かぶ余地を残さないようにする、〈わかりやすさ〉を第一とする語り方に対して、一部の制作者が感じる違和感はどこから生まれているのでしょうか。
 飛躍しすぎるという指摘を覚悟していえば、アノーチャ・スウィチャーゴーンポン監督作品の語り方に見られるように、世界で同時多発的に起こっている価値観の多様化が、制作者の意識にも反映され、テレビのストーリーテリングも多様性の時代を迎えているのかもしれません。典型的なストーリーテリング〈だけ〉を頼りにすることや、わかりやすさ(わかりやすすぎること)〈だけ〉に忠実になることへの慎重な姿勢も、頭の片すみに置いておく必要があるのかもしれません。

  *  *  *  *  *

 恵比寿映像祭を見ていて、ある言葉を思い出しました。芸術大学などでアーティスト教育の現場に立ち会う機会があるのですが、そこで指導者が発した、とても印象的な言葉です。

 『観客をもっと信頼していいんだよ。テレビ番組みたいに説明しすぎないで。観客の想像力をもっと信じて制作していいんだよ』

 必ずしも〈わかりやすい〉わけではない現代アートの映像作品。しかし、そこに見られる語り方や構成、そしてその背景を分析することで、今後の放送研究、さらにはコンテンツ制作の参考となる新たな視点を見出すことができるかもしれません。


メディアの動き 2022年02月15日 (火)

#368 チーム岸田は持っているか? ~コロナ禍に向き合う「ペースノート」~

放送文化研究所 研究主幹 島田敏男


 「ペースノート」という一般にはなじみの薄い言葉をあえて使いました。
カーラリーの世界で、原野の難コースを巧みなハンドルさばきで高速疾走するときに欠かせないのが「ペースノート」と呼ばれる指示書です。

 この指示書を作成するのはドライバーではなく、助手席に座るナビゲーター(コ・ドライバーとも呼ぶ)です。レース前の試走の段階で急カーブの曲がり具合、直線部分の距離や路面状況などを確かめ、それを記号で書き記したものが「ペースノート」です。

 反射神経とハンドルさばきに秀でたドライバーは、ナビゲーターが読み上げる「ペースノート」のデータを信頼し、視界が悪くても身体の感覚で車を操るそうです。まさに事前準備の積み重ねとデータの共有が成果をもたらす世界です。

 この話を教えてくれたのは、大学の自動車部に所属していた当時からカーラリーに参戦しているベテランドライバー&ナビゲーターの二刀流の友人です。聞いた瞬間に「まさにチーム岸田が問われているのはこれだな」と感じました。

 「ペースノート」は難しいコース、厳しい気象条件の時ほど効果を発揮します。年明けから感染者数が急拡大し、2年以上続くことになった新型コロナウイルスとの闘い。視界はなかなか晴れず、悪路は連続しています。

220215-1.png これを乗り越えるために、岸田総理が前任者、前々任者のたどった軌跡を見つめ直して「ペースノート」を編み出しているか。そしてそれをチーム岸田が共有して対処しているかが問われている局面です。

 そういう状況の下で、2月11日(金)~13日(日)にNHK月例電話世論調査が行われました。

☆「あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか」という質問に対する答えは、やや下り坂の印象です。

「支持する」   54%(対前月-3ポイント)
「支持しない」  27%(対前月+7ポイント)

「支持する」の3ポイント減少は、統計分析上は有意差がないという評価になります。ただ「支持しない」が明らかに増加しています。

 この要因としては、コロナ禍に対する政府対応の評価が低下したことが挙げられます。岸田内閣が発足した去年10月以降、わずかずつ上昇を続けてきた評価の数字がストンと落ちました。

☆「あなたは新型コロナウイルスをめぐる政府の対応を評価しますか」という質問に対する答えです。

「評価する」  59%(対前月-6ポイント)
「評価しない」 37%(対前月+6ポイント)

内閣支持、不支持の回答よりも傾向が明確に出ています。

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 岸田内閣は、オミクロン株感染者が11月30日に国内で最初に確認されたタイミングで外国人の新規入国停止を果断に打ち出しました。そして感染が各地で急拡大を見せた年明け以降は、入院病床の確保と3回目のワクチン接種に軸足を移しました。

 ただ、3回目のワクチン接種の加速は全国各地の市区町村ごとに対応が様々で、菅内閣当時に指摘された国と基礎自治体の間の連携のばらつきは、今回も十分に克服されたとは言い難い面があります。

 まさに冒頭に紹介した「ペースノート」の中で、ワクチン接種の加速について、第5波までの教訓を生かした課題がどこまで把握されていたのかがポイントです。

 後藤厚生労働大臣は、重症化リスクの高い高齢者施設の利用者や職員への3回目の接種について「できるだけ早くということで、2月中に終えると申し上げているわけではない。努力をしている。今、自治体と丁寧に相談している」(2月14日・衆院予算委)と苦しい答弁でした。

 岸田総理は第6波の襲来に際して、社会・経済活動に大きな影響を及ぼす緊急事態宣言は避け、まん延防止等重点措置を段階的に発出することで対処してきました。

 これはオミクロン株が従来の新型コロナウイルスより感染力は強いものの、重症化率が低い点に着目した判断です。2月5日に全国の新規感染者数が初めて10万人を超えた後、東京などでは感染拡大の勢いが収まったようにも見えますが、重症者の数などは依然として高い水準です。

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☆政府は東京など13都県の「まん延防止等重点措置」を延長することを決めました。決定をどう思いますか」という質問への答えです。

「適切だ」49%、「延長せず解除すべきだった」15%、「緊急事態宣言にすべきだった」26%

 感染拡大に歯止めがかかり始めたように見えてはいても、社会の安全・安心を確保するために、暫くは「慎重運転」を望んでいる国民が多いことが窺えます。

 「まん延防止等重点措置」は36都道府県で継続(2月15日現在)しています。この先、重症者の増加を抑えて減少に転じさせ、うまく事態の悪化を回避できれば、次は措置の解除・出口の判断になります。

 出口のタイミングを測る際のデータは、チーム岸田の「ペースノート」にどう記されているのか。国民の多くが、この先の第7波の襲来を極力抑えることができるような判断を期待しているのは確かです。


文研フォーラム 2022年02月14日 (月)

#367 ニューノーマルの種を蒔く~東京2020パラリンピック放送のレガシーを考える~

文研パラリンピック放送研究プロジェクト 中村美子


 NHK 総合テレビで170時間。東京2020パラリンピック大会は、史上最大の放送規模となりました。1日当たりの放送時間数でみると、オリンピックとパラリンピックはほぼ同じです。大会期間中、研究者の立場を忘れ、一人の視聴者として連日パラリンピックの選手の活躍とそれを伝える放送に夢中になりました。

 文研のパラリンピック放送研究プロジェクトでは現在、放送の送り手研究、受け手研究を行う4人でインクルーシブな社会の構築に向けて放送の役割を調査研究しています。文研フォーラムでパラリンピック放送に関するシンポジウムを行うのは、2017年、2019年に続き3回目です。過去2回は、2012年ロンドン大会を契機にパラリンピック大会の放送が革新的に変化したイギリスの事例を取り上げながら、放送の役割を議論しました。
 今回は、日本に焦点を絞ります。シンポジウムの企画当初から、“放送はかくあるべき”という結論を求めるのではなく、放送の送り手がパラリンピック大会にどうアプローチしたのか、何を伝えたかったのかを知ることを目的にしました。

 シンポジウムの登壇者を紹介しましょう。

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まず、NHKからは樋口昌之2020東京オリンピック・パラリンピック実施本部副本部長です。2013年には早くも東京大会の放送の準備プロジェクト座長となり、2016リオデジャネイロ大会と2020東京大会のNHKのパラリンピック放送を指揮しました。




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次に、衛星有料放送のWOWOWの制作現場から太田慎也チーフプロデューサーです。WOWOWは大会期間中の中継放送を行いませんでしたが、世界のパラリンピアンを取り上げたドキュメンタリー・シリーズ『WHO I AM』を2016年から放送し、テレビ業界やスポーツ社会学の研究者などの間で幅広く注目されました。



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3人目は、30代若手作家の岸田奈美さんです。岸田さんは、NHKのパラリンピック中継放送にゲストとして出演しました。岸田さんの著作を読むと、これまでスポーツとの接点はあまりなかったようです。岸田さんのユニークな視点と発言が期待されます。




そして、今回パラリンピック放送を初めて行った地上民放キー局の皆さんには、事前にアンケート調査にご協力いただきました。シンポジウムの中で、民放のパラリンピック大会への姿勢をご紹介する予定です。


 シンポジウムの前半では、中核的な放送を行ったNHKの取り組みとリオ大会以後の変化を中心としたパラリンピック放送の全体像を、後半では放送にかかわった送り手がパラリンピック放送活動を通じて見出したこと、それを私たちは放送のレガシーととらえ、それぞれの意見や思いを語ってもらいます。

 東京2020大会は、新型コロナによるパンデミック禍というネガティブな状況にあっても、社会の多様性を推進していくポジティブな意味合いを持っていました。どちらにも共通するキーワードは、ニューノーマルです。自国開催となったパラリンピック大会を契機に、放送はこれまでの常識を破り、新しい常識を作ることができるでしょうか。シンポジウムを進めながら、皆さんと考えてみたいと思います。


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メディアの動き 2022年02月10日 (木)

#366 民放ローカル局の将来と地域情報の確保を巡る議論 ~総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」第4回から~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


はじめに

 本ブログではこれまで2回、総務省の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(本検討会)」について報告してきました 1)。前回も書きましたが、本検討会では放送メディアの将来に関する広範囲な論点が急ピッチで議論されています。もちろん、改革はスピードが大事。これまでなかなか改革が進んでこなかったとの指摘も多い放送業界ですから、激変するメディア環境や社会環境に合わせて、将来に向けた議論を急ぐのは当然のことと思います。ただ、放送メディアの姿を決める放送制度改革の議論は、少し大げさな言い方かもしれませんが、日本の民主主義の今後、地域社会の今後を考える議論でもあります。重要な論点が十分に議論されず、また社会に十分に共有されないまま決まっていってしまうことは避けなければなりません。本ブログでは、本検討会の議論を可能な限りフォローしていきたいと思います。

 今回は1月24日に行われた第4回から、民放ローカル局の将来と地域情報の確保を巡る議論について取り上げます。このテーマは、放送業界の今後を考える上ではもちろんのこと、少子高齢化時代において地域社会に資する情報やメディア機能をどう維持していくのかという点において、非常に重要な問題です。過去2回のブログは私なりに論点の整理を試みたものでしたが、今回は、論点整理と共に、地域メディアやローカル局を取材・研究し続けてきた私自身の見解も最後に述べてみようと思います。
(今回も長編になっているので、論点整理は必要ないという方は、⑥をお読みください。)

議論の全体像

 この日の検討会は、フジ・メディア・ホールディングス(FMH)とテレビ朝日ホールディングス(テレ朝HD)のプレゼンテーション、それを受けた構成員との質疑応答に多くの時間が割かれました。
FMHは「今後の地⽅経済の状況次第では、系列局の地元株主が株式を⼿放すことも想定され、資本政策上の問題となる 2)」、テレ朝HDは「メディア環境の変化や地方における人口減などにより、今後、テレビ広告市場が想定以上に縮小していく懸念もぬぐい切れない 3)」との危機意識から、マスメディア集中排除原則(マス排)の緩和などの制度改正を要望しました。プレゼンの詳細は②③で触れますが、2社の要望は、内容は異なるものの、来たるべき危機に備えて放送局の経営の選択肢を増やしておきたいという点では共通しています。
 構成員からは、もし2社が要望するような制度改正が行われた場合、特に人口が少なかったり経済の規模が小さかったりする地域では地域情報が減少する所が出てこないか、との懸念が出されました。そして、地域情報の発信が維持・強化されるような制度的担保やモニタリングを行うべきではないか、といった意見が相次ぎました。
 2社によるプレゼンは、いかに放送局が生き残っていくかという“放送局主語”、一方、多くの構成員の意見は、いかに全国それぞれの地域で地域情報が確保され続けるようにするかという“地域主語”で語られていたように思います。今後行われるであろう制度改正は、これらをどのようにつないでいくのかが問われることになります。
 では、2社のプレゼンの詳細をみていきます。

フジ・メディア・ホールディングスの要望「傘下に入れる放送対象地域の制限撤廃を」

 FMHの要望を紹介する前に、認定放送持株会社制度について少しだけ触れておきます。
 FMHもテレ朝HDも、持株会社としてメディアやコンテンツ、それ以外の不動産事業等を行う事業者を子会社・関係会社化してグループ経営を行っていますが、放送局がこうした経営を行えるようになったのは2008年施行の改正放送法以降のことです。制度化の背景には、地上デジタル放送への移行に伴い、多額な設備投資がローカル局の経営を圧迫することへの懸念の高まりがありました。この制度を導入することで、グループ全体で資金調達を実施しやすくしたり、経営資源の効率化を図ったりすることが可能になると期待されました。そして持株会社の場合、マス排の特例として12放送対象地域を上限に持株会社の傘下に入れる(議決権3分の1超の保有可)ことが認められました。

 今回のFMHの要望は、この12という上限を撤廃してほしいというものでした。制度上、フジテレビが関東7地域とカウントされる 4)ため、FMHはフジを除くと5地域の局を傘下に入れることができます。プレゼンでは、既に4地域の局で議決権3分の1超を保有していること、それ以外のローカル局でもその数字に迫る局が複数あることを、系列局への出資状況のデータ(図1)で示しました。

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 そして、系列局の株主が業績悪化や世代交代などによって株を手放すケースが出てきており、今後の地方経済の状況次第では、手放された株式の適切な買い手が見つかりづらいことが想定されると、地域の実情を説明しました(図2)。

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 また、FMHとしては主体的に系列局の支配を強める意図はないこと、そして上場企業としての経営判断もあるため、系列局から株式引き受けの要望があっても全てを受け入れられるわけではないということも述べ添えられました。

 ちなみに、この12放送対象地域制限を巡る問題提起は今回初めて行われたものではありません。2013年には民放連が、当時行われていた総務省「放送政策に関する調査研究会」の議論に合わせて緩和の要望を出していたり 5)、またFMH自身もパブリックコメントという形で要望を出したりしていました。

テレビ朝日ホールディングスの要望「複数地域の放送番組同一化と経営統合への道を」

 系列局への資本政策の強化という観点からローカル局の経営基盤強化にアプローチしたのがFMHだとすると、テレ朝HDのプレゼンは、ローカル局が放送を行うのに必要な固定費、つまりハードのコストの合理化というアプローチから行われました。要望したのは、系列内の複数地域の局において放送マスターや制作スタジオ等を一元化し、同一放送の実施や局の経営統合が選択できるようにする制度改正でした(図3)。

220210-3.png ただし、複数地域で同一の番組を放送することになったとしても、地域情報発信の維持は大前提であり、マス排の理念である「多様性」の維持は可能であること、また、全国ニュースネットワークの維持のため既存の取材拠点の機能は堅持すると述べました。そして、これはあくまで経営難が顕在化した場合の対応策であり、経営の選択肢をあらかじめ増やしておくための制度改正の要望だと主張しました。

 ちなみに、現行法においても、放送マスターや制作スタジオを一元化したりクラウド化したりすることは可能です。また、2004年施行の改正放送法で、隣接している県同士であれば最大7放送対象地域まで合併も可能であるという制度も設けられています。更に、複数地域において同一番組を放送することについても、2015年施行の改正放送法で導入され、現状ではラジオのみに適用されている「経営基盤強化認定制度 6)」をテレビにも適用すれば実施可能となっています。この制度は、「放送系の数の目標の達成が困難となるおそれがある等の地域」を指定放送対象地域として総務大臣が指定し、その地域の放送局が「経営基盤強化計画」を作成して総務大臣の認定を受けた場合に実施が可能であるという制度です。ただ上記いずれの対応策についても、これまで放送局がとってきた実績はありません。

議論(1)質疑応答(地域情報減少への懸念)

 ここからは、会議を傍聴したメモ 7)をもとに議論を再構成したいと思います。まず、2社のプレゼンを受けて行われた質疑応答から紹介します。構成員の質問の多くはテレ朝HDに集中したので、下記にQA方式でまとめておきます 8)

【林秀弥 9)
非常に意欲的な提言。論点がクリアになった。
現行の放送対象地域についてどう考えているのか。
東北や四国といったブロック単位で対象地域を設定する方法もあるがその方向か?
対象地域変更ではなく個別例外対応を可能とする要望か?
【テレ朝HD 】
対象地域数の制限を設けず柔軟な制度にしてほしい。
 地域情報の発信機能の担保やローカル営業面などを考慮すると、 実際には地域ブロックや近隣県が対象となるのではないか。

【大谷和子10)
「経営基盤強化計画認定制度」でも番組同一化が可能だが、この制度では不十分なのか?
【テレ朝HD】
複数放送対象地域で同一放送できるという点では我々の要望と一致しているが、事前に計画を申請して認定が必要。
そして認定後も計画の実施状況を報告するなど制度として若干使いづらく、国の過剰な介入を招く懸念もないとは言えないのではないか。
【大谷和子
この制度では3大広域圏(関東・近畿・中京)は対象とされていないが要望では対象に?
【テレ朝HD】
実施できる可能性は広い方がいいと思う。

【奥律哉11)
複数地域同一番組の放送では同じスポットCMが流れるのか、セールスも合同で行うのか?
【テレ朝HD】
基本的にはそういう想定。
同一番組化した場合、視聴率や地元スポンサーの売上に一定の影響が出ることが予想されるが、経費削減の効果も大きいので収支バランスを勘案しながら判断する。


【山本龍彦12)
地域性を維持するために地域性を一定程度緩和する、その目的と手段の関係を十分意識することが重要と感じた。
同一放送になると、各県で流されていた情報の割合がどうしても減るのではないか。
それを各県の住民がどう受け止めるのか、それが見えてこなかった。
【テレ朝HD】
(複数地域でマスターやスタジオの一元化や番組の同一化、経営統合したとしても)
報道取材の拠点はそれぞれにあり、県内情報はこれまで通り把握できることをイメージ。
編成についても特定の県に偏らないようバランスを取ることが必要であり、 報道だけでなく各地域の番組についても集約できる体制の構築が必要だと考えている。

 最後に紹介した山本龍彦氏の質問は、同様の趣旨がFMHにも投げかけられていました。応答も含めて紹介しておきます。

【山本龍彦
(認定持株会社の)地域制限撤廃のリスクは、やはり地域情報発信がともすると過小になってしまうのではないかということ。
そのリスクへの対応、適切なバランスを維持するためのアイデア、地域情報発信確保を担保するためにどういった取り組みが考えられているか?
【FMH】
資本が支配の定義に当てはまることで地域性が低下するリスクがあるかということだが、あくまで資本の関係が強まるだけであり、地域情報が他の地域と比べて劣ることはないし、 そうしたリスクは、今後、「多元性・多様性・地域性」の3原則を守っていくことを意識していけば維持していける。
地域情報を求める声は非常に強い。

議論(2)地域情報確保の為の施策の必要性

 後段の議論では、マス排緩和を行った場合に地域情報が減少してしまうという懸念を踏まえ、どのような形で地域情報を確保していくべきかという方向の発言が相次ぎました。
 林氏は、何等かの手段によってローカル情報の総量なりの部分を維持拡大して小さな県の情報発信が減らない仕掛けが必要であり、例えば再免許の機会をとらえて条件付けを措置すべきでは、と提案しました。また、山本(龍)氏は、地域情報の発信はローカルな公共性や民主主義を支える上で非常に重要であるため、ローカル局の経営的基盤を支えることは非常に重要であるとしつつ、経営を支えただけでローカル局が変わらなければどこかでまたテコ入れをしなければならなくなる、ローカル情報がしっかり確保されているか、その割合を公表してモニタリングしていくことが重要ではないか、と述べました。加えて放送事業者だけでなく地域住民の目線も重要であり、住民意識調査のようなものの必要性も訴えました。飯塚留美氏と落合孝文氏は、以上のような地域情報維持のための仕掛けやモニタリングの必要性を追認した上で、地域情報発信や地域番組制作についての何らかの振興策・支援策の必要性を訴えました。
 最も厳しい発言をしたのは瀧俊雄氏でした。瀧氏は、そもそも現状で制度的に様々な配慮がされている一方で、ローカル局で(キー局等が制作した)同じコンテンツが流されている状況は一般にわかりづらい、法の趣旨に照らしてちぐはぐな印象を受けてしまっていると述べました。そして、ローカル局の再編やマス排緩和後に番組制作力の担保が大きなプライオリティーになるのであれば、地方局では実際に何%がオリジナル番組として存在しているのか、制度改正の目的として、%をKPI 13)として掲げることはハードルが高いにしても、そういうことに基づいた議論が必要ではないか、と訴えました。そして、コンビニ、通信キャリア、メガバンクや牛丼チェーンなどの市場で寡占化が進む中、地方局はそうではなく、独自の番組キュレーター的な立場なのかと思っているので、数字の議論は重要ではないかと述べました。


傍聴を終えた私の見解

*FMHの要望内容について
 FMHのプレゼンは、これまでも色々な形で要望が上がっていたこともあり、放送業界内でも予想通りといった受け止めが多かったと思います。私自身もそうでした。またFMHからは、ローカル局に対して資本の関係が強まっても地域情報が減ることはないとの発言がありましたが、これについてもうなずける体験がありました。
 昨年11月、私はInter BEE 2021でローカル局社長4人が登壇するオンラインシンポジウムを企画し、FMHが議決権の3分の1超を保有するテレビ新広島の箕輪幸人氏に登壇してもらいました。そこで箕輪氏からは、情報番組等の自社制作番組を次々と増やしているとの報告がありました 14)。FMHに限らず、多くのキー局の持株会社では、近年ローカル局に対する資本政策を強めていますが、そのことが直ちにローカル局における地域番組の減少に結び付いているという話は聞きません。かつては自社番組を作らなければ作らないほど経営効率がいいという考え方を持つローカル局の経営者もいましたが、現在は地域の中で存在感を示していかなければ生き残っていけないと考える経営者が増えています。そのため、最近は経営が厳しい中でもあえて自社制作枠を増やし、ネット配信と連動させたり、地域事業と組み合わせたりしながら自局の価値の最大化を図る取り組みが広がっているというのが、ローカル局の取材を続けている私の印象です。Inter BEEのシンポの登壇者は4人ともキー局もしくは全国紙出身で、資本関係のあるローカル局の社長となられた方々でしたが、箕輪氏同様、いずれも自社番組制作に力を注いでいるとの報告がありました。
 とはいえ、それだけでは、検討会でFMHが構成員からの質問に答えた、資本の所有を進めた全ての局で地域性は低下していない、という発言を客観的に裏付けることにはなりません。テレビ新広島はそれに当てはまると思いますが、箕輪氏はフジ時代に報道局長や解説委員長を歴任した経歴を持っており、地域情報の発信に対して強い熱意を持って経営に臨んでいるということも大きいと思います。では他の局ではどうなのか‥‥‥。逆に、積極的な資本政策が行われていない地域の局の地域情報発信力はどうなっているのかも見ていく必要があると感じました。FMHがプレゼンで一言だけ触れていた、系列局から株式引き受けの要望があっても受け入れられないかもしれないという地域の局の将来や、その地域の地域情報は今後どうなっていくのか、その点も気になりました。更に言えば、ローカル局の経営はキー局との関わりだけでなく、地元資本との複雑な関わりもあります。ローカル局における資本と地域性の関係性に関する分析は難しいですが、私自身、取材の積み重ねを印象論ではなく客観的なデータとして示していく努力をする必要があると、傍聴をして改めて感じました。

*テレ朝HDの要望内容について
 テレ朝HDの要望については、検討会で質問が集中したように、その踏み込んだ内容については放送業界内でも驚きを持って受け止められたような気がします。提起された複数エリアにおける同一番組の放送という考え方については、ANN系列の九州・山口エリアで平日(月~木)朝に30分のブロック番組 15)が制作・放送されている実績もあることから少しはイメージがわきましたが、経営統合という選択肢まで提示されたことには私も驚きました。ANN系列には他系列よりも多い11局もの平成新局があることから、持株会社としての危機意識はより強いのかもしれません。林氏への返答からみると、現時点でテレ朝HDとしては広域免許化までは考えていないように見受けられましたが、県域をベースとした対象地域における放送局数の目標を掲げた基幹放送普及計画を前提としてきたこれまでの議論に、一石を投じる提案であったことは間違いないと思います。
 ただ奥氏が指摘したように、同一番組の中で同じスポット広告が流れ、営業も一元化するということになった場合、収入は現状より減少するという懸念は大いにあります。そして山本氏など複数の構成員が指摘した、複数地域で同一番組の放送が行われた場合に地域情報に偏りが生じるのではという懸念も拭い去れません。テレ朝HDは、こうした懸念は、同時に進めるハード部分の合理化や編成の一元化で見込める経済的効果によって解消していけるという計算の下で今回の要望に至ったと考えられますが、具体的にその中身が示されない中においては、やはりその懸念は拭い去れないと思います。

 実は、マス排緩和や放送局の経営合理化施策とローカル局における地域性の担保をどう両立させていくのかという議論は今始まったものではありません。特にマス排緩和の議論が進んできた2000年代に入ってからは、様々な検討会・研究会で繰り返し論じられてきました 16)。隣接する7地域のローカル局同士の合併を認めた2003年の「放送政策研究会」の最終報告17)では、地域性確保の一つの方策として、「各ネットワークで、ローカル局の地域性確保など番組制作向上につながる目標を自ら定め公表し、それを具体化するためキー局がローカル局を支援するという方法」があると書かれています。また、認定放送持株会社制度導入を決めた2006年の「デジタル化の進展と放送政策に関する調査研究会」の最終報告 18)では、持株会社の「子会社であるローカル局の地域番組を十分に確保するため、従来の構造規制に代え、一定割合の地域番組の提供を確保する行為規制を導入することが必要」との記載もあります。
 そして、複数地域における同一番組の放送を実現することを可能とする経営基盤強化計画認定制度の導入を決めた2014年の「放送政策に関する調査研究会」の第二次とりまとめ 19)では、放送番組の同一化によって想定される地域性の低下に対する代替的措置を、放送局による自主自律の取り組みとして認めていくことが望ましいとまとめられています。今回の検討会と同様の議論が行われていたことがよくわかるため、当時の資料を示しておきました(図4)。

220210-4.png
 テレ朝HDは今回、この経営基盤強化計画認定制度の活用については、国の過剰な介入を招く懸念もないとは言えないとして活用に消極的な姿勢を示しましたが、こうした要望を実現していくためには、今後、まさに自主自律の取り組みとして、懸念に対する解消策の案を示していく必要があるのではないかと感じました。

 もう1つ、この要望で疑問を持ったのは、複数地域での連携や経営統合、そして具体的な運営のイニシアチブを握るのは誰なのかということです。テレ朝HDなのか、統合する複数地域のうち最も経営規模が大きな局なのか、それとも複数地域の局同士が対等に協議の上で進めていくのか……。将来のための準備として制度改正を求めているという段階であるため、具体的な枠組みの議論はまだこれからだと思いますが、その運営如何によって、議論の中で懸案事項として挙げられていた、地域情報の取材・発信のバランスや、編成方針や営業の仕方も大きく変わってくるのではないかと思います。
 私は今回のテレ朝HDの要望は、今後も系列ネットワークの存在を前提とするならば、テレ朝HDに限らず、ローカル局の1つの現実的な経営の選択肢となっていくのではないかと思います。その意味で、テレ朝HDの今回の問題提起をきっかけに、ローカル局の側からも主体的な模索が生まれてくるのではないかと思っています。全国ニュースネットワークの維持のための地域情報確保以上に、地域社会の住民生活や民主主義に資するための地域情報確保という観点からの連携の議論を期待したいです。

 また、マスター設備や制作スタジオの一元化についていえば、中継局の整備同様、同一エリアの他系列局が連携する方が、物理的にも効率的な場合も少なくないのではないかという気もします。これについても、ローカル局が主体的に提起しなければ、最も経済合理性の高い連携とは何かが実は見えてこないのではないかと思います。そして、こうした思考を進めていくと、検討会で作業チーム 20)が設置された、放送ネットワークの一部をブロードバンドに代替していく方向性や、ハード・ソフト分離の議論にもつながってきます。
 さらに言えば、地域によっては、キー局よりも地元資本とのつながりの方が濃い局もあり、そうした局が同じ放送対象地域内で1局2波などを検討していく可能性もあると思います。同一対象地域内での再編については、より抜本的に「多様性・多元性・地域性」の放送三原則を見直すことにもつながり、今回の議論では林氏からこの選択については消極的な意見もありました。しかし、第2回、第3回の有識者ヒアリングでも提起されていたように、中長期的には、あらゆる選択肢を排除せずに議論し、三原則を再定義していくことが必要だと思います。
 今回はキー局のプレゼンでしたので、今後、地域情報発信の当事者であるローカル局がどのような要望を持っているのかについて、検討会では丁寧に耳を傾けていく必要があると思います。どのような選択肢を増やせば東京主導ではなく地域主導でこの国の放送メディアの将来像を描いていけるのか、実際に事業者が活用したくなるような制度改革につながるのか、これまで様々な制度が導入されているにもかかわらず活用されていないという反省も踏まえ、議論を深めていってほしいと思います。

*ローカル局の“地域性指標”について
 また今回の議論では、ローカル局の地域性が専ら地域情報発信として論じられ、地域性を図る指標としても自社制作比率ばかりが取り上げられていました。しかし、現在ローカル局は、ネット配信やドキュメンタリー映画などを通じた地域から全国、世界へのコンテンツ展開、自治体や地元企業、地域コミュニティと連携した様々な地域課題解決の事業化などに積極的に取り組んでいます。私はこうしたローカル局による、リーチメディアとしての放送を軸とした多様な地域事業との連携を“広義の地域メディア機能”と捉え、こうした機能こそがローカル局が今後地域で果たしていくべき重要な役割であるということを、全国各地を回りながら体感し、そのことを発信し続けてきました。しかし、事例調査を積み重ねてきただけで、それを客観的に数値化して示せるかと問われれば、そのデータを持ち合わせてはいません。自社制作比率以外でローカル局の価値を図る指標を示すことが出来ない自分には、忸怩たる思いがあります。
 これは、フィールドで地域メディア研究をしてきた私の反省であると同時に、ローカル局自身も、敢えてそれを数値化して示す努力をしてこなかった責任があると言えるのではないかと思います。地域ジャーナリズムや番組制作、地域での様々な事業については、報道の社会的影響力や作品のクオリティー、取り組みの熱量で勝負したいし、その価値は無味乾燥な数値では示せるものではない、そんな思いがどこかにあったのではないかと思います。少なくとも、同じメディアに身を置く私はそう感じてしまっていました。更に、「需給調整に基づく参入規制がなされており、そこから生じる超過利潤をもって、公共的な役割を果たすことが求められて 21)」きた放送業界は、自らの価値を数値化する努力をしなくとも、制度によって存続が担保されてきたという恵まれた歴史があったため、これまではその努力を怠っても許されてきたのもしれません。
 今回の検討会を傍聴し、ローカル局の地域性とは何か、その価値を示す指標とはどういうものなのか、より具体的に示していくことが今ほど求められている時はないと痛感しました。その際の指標には、単なる自社制作比率だけではなく、番組を活用した様々な展開を包含した地域事業の見える化や、視聴者や地域社会からの信頼といった“定性的な評価の定量化”も必要になってくると思います。こうして自らを測るものさしを自ら作り出し、それを公表し、社会との対話の中で、事業者の独善ではなく地域に有用なものとして磨いていく作業を、私も地域メディアの取材者として、そしてメディア研究に身を置くものとして、提案し、そして積極的に関わっていきたいと思っています。



1) https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2021/12/01/
    https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2022/01/20/ 
2) https://www.soumu.go.jp/main_content/000789270.pdf P5
3) https://www.soumu.go.jp/main_content/000789271.pdf P5
4) 県域局の対象地域は1,広域局では、関東は7、関西は6、中京は3となる
5) https://j-ba.or.jp/category/topics/jba101196
6) https://www.soumu.go.jp/main_content/000777188.pdf P22、23
7) 本ブログ執筆時に議事録が公表されていなかったため
8) 発言した構成員の敬称は全て氏としました
9) 名古屋大学大学院法学研究科教授
10) 日本総合研究所執行役員法務部長
11) 電通総研フェロー
12) 慶応義塾大学大学院法務研究科教授
13) 組織や企業が目標を達成するために設定する重要な業績評価の指標のこと
14) シンポの議論の詳細は→https://www.inter-bee.com/ja/magazine/special/detail/?id=46447
15) 『アサデス。7』https://kbc.co.jp/asadesu_7/list.php
16) 村上聖一「戦後日本の放送規制」(日本評論社)には、戦後から今日までの放送政策の規制を巡る議論の詳細がまとめられています
17) https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/235321/www.soumu.go.jp/s-news/2003/pdf/030227_7_01.pdf
18) https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/283520/www.soumu.go.jp/s-news/2006/061006_6.html
19) https://www.soumu.go.jp/main_content/000276075.pdf P8
20) https://www.soumu.go.jp/main_content/000789273.pdf
21) 京都大学・曽我部真裕教授の発言から https://www.soumu.go.jp/main_content/000780863.pdf P5

 

 

文研フォーラム 2022年02月09日 (水)

#365 転換点を迎えた私たちの生活とメディア ~「国民生活時間調査 2020」から~

世論調査部(視聴者調査) 渡辺洋子


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我が家には、小学生の娘がいます。

休日の朝は、起きるとまず、リモコンを手にテレビのスイッチを入れます。
そして、ぼーっとソファーに寝ころびながら見ているのは、テレビ画面に映し出されたYouTube。

そんな娘の姿を眺め、どこかで見た光景だなぁと考えていて、
思い出したのは、20年近く前の弟の姿です。

休日に、昼頃起きて、まずリモコンを手にとります。
そしてソファーに寝ころび、見るのは、録画しておいたテレビのバラエティー番組。

YouTube動画とテレビ番組
見ているものは異なりますが、一連の動きはそっくりです。

メディア環境やデバイスの進化は大きいですが、
メディア利用の根底にある気持ちや行動は案外変わらないんだなと感じました。


NHK文研フォーラムプログラムF(3/4(金)13時~)では、
「国民生活時間調査」をはじめ、文研世論調査部が実施した最新の調査データから、
この25年の生活行動やメディア利用の変化やその背景について、
長年、メディアに関わる調査に関わってきた平田研究員と私(渡辺)が解説します。

現在、そして今後のメディア利用を考えるヒントとなるよう、
追加取材やインタビューも行っています。
さらに、今回のフォーラムで、初めてご紹介する調査データも!

いま、まさに準備中です。ぜひご参加ください。



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文研フォーラム 2022年02月08日 (火)

#364 これからのメディアと、メディア研究を考える~文研75周年記念シンポジウム~

メディア研究部(番組研究) 宇治橋祐之


 NHK放送文化研究所(文研)は2021年に設立75周年を迎えました。1946年の設立時は東京・内幸町の放送会館内に置かれましたが、1948年6月に霞ケ関分館、1949年10月に目黒分室(品川区上大崎)に移ります。1955 年からは、現在は放送博物館のある東京都港区の愛宕山で50年近く調査・研究を行い、2002年1月に愛宕MORIタワーに移転して現在に至ります。

220208-111png.png 文研では、『放送研究と調査』などの研究誌で調査・研究の成果を継続して公表しており、1950年代以降の論文や調査報告等(短信やコラムを含む)の総数は約8,800本に上ります。1996年発刊の『文研50年のあゆみ』で、それまでの研究成果を整理していますが、今回新たに1996年以降の25年分の論文や調査報告等約3,500本の整理を行いました。

 研究成果をわかりやすく提示するために、『文研50年のあゆみ』と同様に「放送理論」「番組」「放送言語」「視聴者・世論」「世界の放送事情」など12の分類を行い、一覧にしています。詳細は、『NHK放送文化研究所 年報2022 第65集』に掲載している『放送研究からメディア研究への多様な展開―「調査研究文献総目録(1996~2020年度)の作成から―」をお読みください。

 この25年間の研究成果を概観すると、「全国個人視聴率調査」や「国民生活時間調査」などの基幹調査を継続して行う一方、放送のデジタル化やインターネットの普及に伴う人々の変化を捉える新たな調査、「東日本大震災」や「新型コロナ」などの予期せぬ出来事に対応した機動的な調査、まもなく100年を迎える放送の歴史や制度の検証、メディア環境の変化に対する国内外の最新動向の報告、放送用語の継続的な研究といった放送局の研究機関ならではの調査・研究を行ってきました。

 3/3(水)10:30~12:00に開催の文研フォーラム「これからのメディアと、メディア研究を考える~文研75周年記念シンポジウム~」では、これらの調査・研究の成果をもとに、社会学とくにメディアや教育におけるジェンダーの問題に詳しい村松泰子さん([公財]日本女性学習財団 理事長)、社会学・メディアスタディーズが専門の伊藤守さん(早稲田大学 教育・総合科学学術院教授)、メディア論・メディア技術史・文化社会学を研究する飯田豊さん(立命館大学 産業社会学部准教授)と、これからのメディアと、メディア研究のあり方を考えていきます。



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文研フォーラム 2022年02月07日 (月)

#363 コロナ共生社会の課題~2020・2021世論調査報告~

世論調査部(社会調査) 村田英明


 新型コロナウイルスの感染者が国内で初めて確認されたのは2020年1月。あれから2年が経ちましたが、ウイルスは姿を変えながら、寄せては返す波のように何度も人類に襲いかかり、死者は国内で1万8千人余り、世界では500万人を超えました。ヒトからヒトへの感染を防ぐため、日常生活はもとより、社会のあらゆる活動が制限を余儀なくされ、まるで日本列島全体が大規模災害の被災地になったかのようです。宿主(ヒト)の中で生き延びるために変異を重ねる賢いウイルスの出現に、私たちは、なす術もなく、じっと我慢をしながら、事態が収束するのを待っています。
 自粛・自制の生活が長期化する中で、人々の暮らしへの影響や、行動や意識の変化を継続的に把握しようと、NHK文研・世論調査部では、感染拡大が始まったおととし(2020年)から「新型コロナウイルス感染症に関する世論調査」を実施してきました。調査の結果、約9割の人が感染拡大や変異ウイルスの登場を不安に思い、7割以上の人が生活に影響があると答えています。感染が拡大する前よりもストレスが増えたという人も約7割を占めています。特に”女性“や”子育てをしている人“、”非正規雇用“、”自営業者“などに、コロナ禍のしわ寄せが及んでいることがわかりました。医療に関しては、「医療崩壊」の不安を感じている人や、自分が感染した時に適切な治療を受けられるかどうか不安に思っている人が8割以上を占めていて、日本の医療体制の脆弱さが調査結果からも明らかになりました。
 3月2日(水)午後2時からオンラインで配信する文研フォーラム・プログラムB「コロナ共生社会の課題~2020・2021世論調査報告~」では、2020年と2021年に実施した2回の世論調査の結果を詳しくご報告するとともに、専門家をお招きして、新型コロナウイルスと共生していくための社会のあり方について考えます。
 パネリストは、社会保障など様々な政策をジェンダーの視点から分析している大沢真理さんと、家族や働き方などの問題を豊富な調査データを用いて分析している筒井淳也さんです。みなさんの参加をお待ちしています。

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調査あれこれ 2022年02月03日 (木)

#362 【新型コロナ】35%が流言・デマでワクチン接種をためらう ―20~40代へのウェブ調査から―

メディア研究部(メディア動向) 福長秀彦


 新型コロナウイルスは感染力が強いオミクロン株が出現し、国内では新年早々から感染者が激増しています。既に3回目のワクチン接種も始まりました。新型コロナのワクチンと言えば、昨年は接種をめぐる「流言」(根拠のないうわさ)や「デマ」(ウソの情報)がインターネット上などで多数飛び交いました。そのほとんどが接種への不安を煽る内容でした。

 NHK放送文化研究所では去年9月、全国の20~49歳の男女を対象に(スクリーニング1万185人、本調査4千人)ウェブ調査を行い、流言・デマのまん延度や接種の意思決定に及ぼした影響を調べました。以下に調査結果の要点をご紹介します(なお、住民基本台帳からの無作為抽出によって回答者の“代表性を”担保する「世論調査」とは異なることにご留意ください)。

⑴“見聞きしたことがある”が71%
 何らかの流言・デマを見聞きしたことがあるか、1万185人に尋ねました。質問の際には、ネット上などで広く出回っているワクチン情報のうち、厚生労働省や免疫学・感染症の専門家グループ、報道機関、ファクトチェック団体などが「事実無根」であるとして否定している30の情報例を示しました。
 その結果、「見聞きしたことがある」が71%に達し、流言・デマが中年・若年層にまん延していることが分かりました。
 さらに、「見聞きしたことがある」と答えた人に、それはどのようなものだったか、上記の30例の中から複数回答で選んでもらいました。回答の多い順に10位までを示したのが図1です。

220203-001.png
⑵「信じたことがある」+「半信半疑だったことがある」で47%
 何らかの流言・デマを見聞きしたことがある4千人に、それらを信じたことがあるかどうか尋ねました。その結果、「信じたことがある」が5%、「半信半疑だったことがある」が42%で、両者を合わせると半数近くになりました。
 流言・デマのうち、信じたり、半信半疑になったりした人が最も多かったのは「治験が終わっていないので安全性が確認されていない」でした。
 信じたり、半信半疑になったりした理由では、「『事実ではない』と打ち消す情報が見当たらなかったから」と「接種への不安を裏付けるような情報だったから」が圧倒的多数でした。

⑶流言・デマを「伝えた」は20%
 何らかの流言やデマを家族や他人に「伝えた」人は20%で、伝えた動機では「話題として伝えた」が最も多く、2番目が「不安な気持ちを共有したかったから」でした。

⑷流言・デマでワクチン接種を躊躇(ちゅうちょ)が35%
 図2は、何らかの流言・デマを見聞きして、接種を躊躇したことがあるかどうかを尋ねた結果です。接種するのを「やめようと思ったことがある」が7%、「しばらく様子を見ようと思ったことがある」が28%で、合わせると全体の35%が流言・デマによって接種を躊躇していました。

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 接種を躊躇し、先延ばしにすれば、その分、自分だけではなく周囲の人びとをも感染の危険にさらすおそれがあります。ワクチンの副反応などへの不安から接種をためらう人が多いのは、無理からぬことなのかも知れませんが、事実無根の情報によって、接種の意思決定が歪められてしまうのは問題だと思います。

 図2の「接種をやめようと思ったことがある」「しばらく様子を見ようと思ったことがある」と答えた人の80%は、結局は接種をすることにしました。接種をする気になった理由は「情報がデマかどうかよりも、新型コロナに感染するのが不安になったから」が38%で断然多く、2番目が「みんなが接種しているから」で14%、「情報がデマだったから」は3番目で10%でした。流言・デマに接して接種をためらった人の多くは、情報の真偽よりも、感染への不安や同調圧力から接種をしていました。

 調査結果は『放送研究と調査』1月号「新型コロナワクチンと流言・デマの拡散~接種への影響を探る~」に詳しく書きましたので、興味のある方はご一読下さい。


調査あれこれ 2022年01月27日 (木)

#361 幼児はインターネット動画をどんな機器で見ているのか ~2021年「幼児視聴率調査」から~

世論調査部(視聴者調査) 行木麻衣


 私には2歳と6歳の息子がいます。2人ともテレビ(リアルタイム)もインターネット動画も大好きで、テレビとインターネット動画視聴は日常生活のひとコマとなっています。我が家では、子どもたちがインターネット動画を視聴するときにスマートフォンやタブレット端末も利用しますが、最近では、テレビ画面でインターネット動画を視聴する機会が増えてきました。
 では、幼児はインターネット動画をどんな機器で視聴しているのでしょうか。東京30km圏内に住む26歳を対象にした2021年「幼児視聴率調査」のデータを見てみましょう。

 こちらのグラフは、休日をのぞくふだんの日にインターネットで動画を1日にどのくらい再生して見ているのかを尋ねたものです。「ほとんど、まったく見ない」という幼児も26%いますが、30分以上のインターネット動画利用者が51%と幼児の半数は日ごろから1日に30分以上インターネット動画を見ています。また、年齢別にみても、すべての年齢で30分以上のインターネット動画利用者が5割以上でした。

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 続いて、インターネット動画を視聴する機器についてみたのが下のグラフです。
テレビが最も多く65%、次いでスマートフォン、タブレット端末がいずれも39%で、スマートフォンやタブレット端末よりもテレビがインターネット動画視聴に使われていました。年齢別で見たところ、どの年齢でも6~7割程度がテレビを使用しています。
NHK放送文化研究所が13歳以上を対象に実施した別の調査では、インターネット動画利用者がインターネット動画を視聴する際には、テレビよりもスマートフォンが多く利用されていることが分かっています。インターネット動画視聴にテレビ画面が最も利用されているのは幼児の特徴なのかもしれません。

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 たしかに、我が家も「子どもに小さい画面でインターネット動画を見せると目が悪くなるかも…」、「子どもが見ているインターネット動画の内容を把握したいからテレビ画面で共有しよう…」といった経験があるため納得の結果となりました。
そして、今日も我が家では、子どもたちがテレビ画面でインターネット動画を見ている時、親である私はスマートフォンでNHKプラスを視聴するのでした…。

このほか、幼児にテレビはどのくらいの時間見られているのか、録画番組・DVD、動画利用の状況…など、2021年の結果は「放送研究と調査」12月号で報告していますので、お読みいただければ幸いです。