文研ブログ

メディアの動き 2020年11月20日 (金)

#285 公共放送に家宅捜索が入った! ~オーストラリアの気になる事件~

メディア研究部(海外メディア) 佐々木英基


公共放送に警察が踏み込んだ

 2019年6月、オーストラリアで気になる事件が起きました。公共放送ABCが家宅捜索を受けたのです。

 なぜ? 理由は、ABCが軍の“機密文書”を基におこなった調査報道にあります。

 リポートには、“アフガニスタンに派遣されたオーストラリア軍兵士が、2009~13年にかけて非武装の民間人を殺害した”という衝撃的な内容が含まれていました。
 “機密文書”によって初めて明らかにされたものでした。

 この報道には「機密情報を公開した疑い」があり、「機密の不正開示」を罰する法律に違反するというのが、家宅捜索をおこなった連邦警察の主張です。

 捜索令状には、報道に関わった3人の名前が記されていました。
 捜査員は、ABCのコンピューターシステムにアクセスし、一部のデータを持ち帰りました。

 日本人である私からみても、ABCが報じた内容は、主権者であるオーストラリアの人々の「知る権利」に応えるものであり、家宅捜索は重大な問題をはらんでいるのではないかと思えました。

 「なぜ“民主主義国家”オーストラリアでこんなことが起きたのか?」

 「家宅捜索のあと、いったいどうなったのか?」

 事件の概要や問題点を『放送研究と調査』の10月号に「"知る権利"と"国家安全保障"の相克~豪公共放送への家宅捜索から浮かび上がった論点~」としてまとめました。

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ABC(オーストラリア放送協会)


“知る権利”は“風前の灯”!? 日本は…


 今回の調査では、オーストラリアの有識者にも話を伺いました。

 ある法学者は「9.11(2001年の同時多発テロ)が転機になった」と証言しました。
 彼は、「9.11以降、“国家安全保障”の名のもと、多くの立法がなされ、“報道の自由”は後退し続けている」と指摘しています。

 加えて、新型コロナウイルス感染対策の一環として政府が国民の行動を制限するようになったことにも触れ、「政府の強権主義が拡大し、“知る権利”の後退につながる恐れがある」とし、「これは、オーストラリアだけで起きている問題ではない」との懸念を示しました。

 彼の懸念は、はたして杞憂だと言えるでしょうか?

 また、軍事史やインテリジェンスに詳しい日本の学者からも、興味深い見解を伺いました。
 「オーストラリア政府が文書を“非公開”とした背景には、“米国の存在”があるのでは」と言うのです。

 オーストラリアと米国は同盟国で、軍事情報を共有しています。
 「軍人による民間人殺害を記したこの文書は、非公開にすべき」という決定に際し、米国の意向が働いたのではないか、というのが、彼の見立てです。

 つまり、オーストラリア軍の情報にもかかわらず、“公開か非公開か”を決める事実上の決定権は米国が持っているというのが実態ではないか、という見解です。

 事態はいまも動いています。

 そしてついに、11月19日、オーストラリア軍の制服組トップが会見を開きました。
アフガニスタンに派遣されていた兵士が、民間人など合わせて39人の殺害に関わっていたことを明らかにし、国民に謝罪したのです。

 “知る権利”に対する内外のジャーナリストたちのこだわりが、今回は“機密の壁”に風穴を開けたようです。


メディアの動き 2020年11月11日 (水)

#284 "菅首相の説明は不十分" ~学術会議問題から見えるもの~

放送文化研究所 島田敏男


 9月16日の菅内閣発足以来、「菅さんって苦労人だそうだから安倍さんとは違うんじゃないの?」「いやいや、しょせん番頭役を務めてきたんだから安倍亜流さ」などといったやり取りをした日本人が、いかに多かったことか。

 10月26日、臨時国会が召集され、菅総理大臣は就任後初めての所信表明演説に臨みました。毎年1月にスタートする通常国会での施政方針演説が向こう1年間を展望するのに対し、臨時国会で行う所信表明演説は当面の考えを示すものです。

 とはいえ安倍前総理の急な退陣でバタバタと就任した後、初めてまとまった考えを示す機会です。NHKが欠かさず放送する所信表明の国会中継にも、冒頭のような素朴な興味を湛えた視線が向けられていました。

1111-11.png 所信表明演説には二つの柱がありました。一つは新型コロナウイルスの爆発的な感染を防ぐと同時に、経済を回復させる姿勢を強調したこと。もう一つは脱炭素社会の実現に向けて「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」と宣言したことです。

 新型コロナウイルスとの戦いでは、日本は欧米の国々と比べ感染者数も死亡した人の数も比較的低い水準です。最大の問題は経済活動の活発化が感染拡大を招かないかという点です。政府も手探りの状態ですので、演説は決意表明と言わざるを得ません。

 もう一つの「2050年温室効果ガスゼロ宣言」は、パリ協定の枠組みに沿って全力投球しようという国際的なトレンドに乗ったものです。ただ、具体的にどういう方法で実現するかが説得力を持って示されたわけではないので、これも一種の決意表明でしょう。

 前の安倍総理は、どちらかと言えば選挙に役立つ足元のテーマに拘っていた面があります。それを一番近くで見守っていた菅総理が「ここは一つ30年先に話を膨らませて、自分の色を出したい」と考えても不思議ではありません。

 とはいえ敢えて2050年に言及するならば、是非継続的に人口減少に歯止めをかける対策、税と社会保障の新たな一体改革などにも踏み込んでいただきたい。国民が切望しているのは「将来に備える安心づくり」なのですから。

1111-21.png さて、所信表明に対する衆参両院での各党の代表質問、そして予算委員会での一問一答の論戦へと進むにつれ、学術会議が推薦した105人のうち、政府が6人を会員に任命しなかった問題が次第に焦点になってきました。

 菅総理は与党議員の質問を受けて、以前は正式な推薦名簿が提出される前に内閣府の事務局などと学術会議の会長との間で、一定の調整が行われていたことを認めました。しかし、今回は推薦前の調整が働かなかったため、一部が任命に至らなかったのだとして問題は無いという考えを強調しました。

 これに対し野党側は、「なぜ6人だけを任命しなかったのか理由を明らかにすべきだ」と攻め立てましたが、菅総理は「総合的、俯瞰的に判断した」と繰り返し、突っぱねました。

1111-31.png この予算委員会の論戦を受け、11月6日からの3日間、NHK世論調査が行われました。電話による月例世論調査です。

 菅内閣を「支持する」と答えた人が56%、「支持しない」が19%でした。内閣発足直後の9月調査は支持する62%でしたが、10月調査は55%に下がり、今月の数字はこれとほぼ横ばいです。

 支持率を下支えしている要素として見えたのは、新型コロナウイルスを巡る政府の対応への評価です。「評価する」が60%、「評価しない」が35%で、安倍内閣の末期よりも評価する数字が上向いています。

 急速な感染の拡大や重症者の増加が、今のところ何とか抑えられていることが、こうした評価に繋がっていると考えられます。

 では、学術会議問題での菅総理の説明は、どう受け止められているのか?説明は「十分だ」と答えた人が17%にとどまったのに対し、「十分ではない」と答えた人は62%に上りました。

 菅総理は「学術会議の会員任命は公務員人事であり、人事の理由は明らかにしない」と繰り返していますが、これが説明不十分と受け止められているわけです。

 企業や組織で人事権を行使する側の人にとっては菅総理の姿勢は当たり前かもしれませんが、行使される側の人には不透明さを感じさせる面が強いのでしょう。安定した政権運営に欠かせない「総理大臣の持つ説得力」に対する評価が定まっていないのが現状です。

1111-41.png 野党は引き続き学術会議の問題を追及する構えで、自民党のベテラン議員の間からも「長引くと政権の傷になりかねない」と心配するつぶやきが聞こえてきます。

 政府・自民党は会員任命方法の見直しなど、いわゆる学術会議のあり方の検証を進めることにしています。

 ただ、今回の6人の問題が不透明なまま残るとするならば、検証の結果として示される提言などの説得力を損なうことにもなりかねません。

 “より十分な説明を”ーこれが多数の声として続くならば、菅総理はこの声に応えていけるのか。それとも、冷めた眼差しが向けられていく結果になるのでしょうか。


メディアの動き 2020年11月09日 (月)

#283 バーチャル空間で、ハッピー・ハロウィーン!

メディア研究部(メディア動向) 谷 卓生


 今年のハロウィーン(10月31日)、どう過ごしましたか?
 ぼく自身は、正直言えば、これまではあまり関心を持っていたわけではなく、渋谷などの繁華街で仮装して楽しんでいる人たちを通りすがりに見かけるぐらいのものでした。

 でも、今年は、大いにハロウィーンを楽しみました!
 コロナ禍で“密”を避けるために、リアルのハロウィーンパーティやイベントが開きづらいなか注目を集めた「バーチャルハロウィーン」に行ってきたんです。
 「バーチャルハロウィーン」というのは、インターネット上のバーチャルの空間で開催されたハロウィーンのイベントです。

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「バーチャル渋谷 ハロウィーンフェス」会場を、アバターで散歩

 まず、テレビなどでも話題になった「バーチャル渋谷」のイベントから話しましょう。「バーチャル渋谷」は、バーチャルリアリティー(VR)1)の技術を使ったイベントなどを開催するためのプラットフォーム「cluster」(日本企業cluster社の運営)上に、CGで作られた“第2の渋谷”(渋谷区公認)。現在、公開されているのは、スクランブル交差点周辺のエリアだけですが、ここが、10月26日から31日までの6日間、ハロウィーンのために飾り付けされてバーチャルハロウィーンの会場になりました(「バーチャル渋谷 ハロウィーンフェス」)。
 パソコンやスマートフォンを使って、clusterのアプリを立ち上げて、インターネットでバーチャル渋谷に入ります2)。アバターに着替えて街を歩き回ると、渋谷に行ったことがある人なら見覚えがある建物などをいくつも発見できるはず。バーチャル・ハチ公もいましたよ!このバーチャル渋谷で、連日、イベントが開かれ、ぼくは、きゃりーぱみゅぱみゅさんのライブ(28日)やハロウィーン当日の31日にはDJイベントなどに参加しました。

 さて、どんな体験だったのか?
 イベントの参加者は、上の画像のようなハロウィーン仕様のアバター姿でライブ会場へワープします。

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きゃりーぱみゅぱみゅのライブ(10月28日)

 目の前に現れたのは、「Halloween Fes」という大きな看板を掲げたステージがある空間。そこは、さっきいた空間の、いわば“パラレルワールド”で、バーチャルのスクランブル交差点の上にステージが建っています。PCのキーボードを使ってアバターをステージの近く、好きな場所に移動させ開演を待ちます。夜8時、きゃりーぱみゅぱみゅさんなどの出演者は、モニターに映像が映し出される形ではなく、ホログラムのような映像で現れました。参加者は、clusterの画面に仕込まれたボタンを押して拍手をしたり、ペンライトを振ったり、コメントを送るなどのリアクションをしてライブを盛り上げました。ライブ中も自由に移動してステージをいろんな場所や角度から見ることができたんですよ。
 きゃりーさんのライブは、初日に予定されていましたが、アクセスが殺到して不具合が生じ延期されたほどです。ただアバターの数からは、あまり参加者が多いようには見えないため、少し盛り上がりにかける気がしたのは残念でした。
 イベントを主催した「バーチャルハロウィーン実行委員会」3)は、会期中に、約40万人がバーチャル渋谷を訪れたとしています。


 次に、VRを使ったSNS、「VRChat」の中で行われたバーチャルハロウィーンのイベントについて見ていきましょう。VRChatは、アメリカのVRChat社が、2017年からインターネット上で運営しているVRプラットフォーム。そこでは、利用者はみんなアバターを身につけて、自分の声で、コミュニケーションを楽しむことができます。インターネットにつながり、VRを楽しめる機材(ゲーミングPCやHMDなど)を持っていれば、誰でも無料で利用できるんです。

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VRChat内で行われたハロウィーンイベント(10月31日)

 これは、ぼくが参加したハロウィーン当日に行われたイベントで撮られた写真です。ユーザーは、思い思いのアバターを身につけています。写真をよく見てもらうと手を振ったり、体を傾けたりしているアバターがいるのがわかると思いますが、このとき、現実世界にいるユーザーも同じような動きや姿勢をしています。アバターと自分の動きが連動すると、「一心同体」になる。こればかりは、体験しないとなかなかわかってもらえないと思いますが、この城のある空間に、自分が入り込み、目の前に、こうしたアバターたち(もちろん3D)がいる世界を想像してみてほしい!ここで、アバター(をまとったユーザー)たちは、城の中や周囲の庭で、飛んだり、はねたり、走りまわったりなどして、いっしょに遊びます。VRChatで利用するアバターは、ユーザーの自作のものや販売されているもの、無料で使えるものがありますが、こうした分野に詳しいユーザーは、ハロウィーン向けに、自分のアバターを“仮装”して(=改変して)いるので、「かわいい!」「すごい!」などと互いのアバターをほめあったり、作り方について教え合ったりしている光景が見られました。去年までは、渋谷などのリアルの街頭で大勢の人たちが仮装を楽しんでいましたが、それと同様のことが、バーチャル空間でも行われたというわけです。アバターを身にまとうことを、一種の“仮装”と考えるなら、VRChatでは、“毎日がハロウィーン”と言えなくもないですね。
 ちなみに、この空間(VRChatでは「ワールド」と呼ばれる)も、ハロウィーンのイベントのために、ユーザーが自作したもの。こうしたイベントは、他にも数多く行われていて、VRChatならイベントのはしごも簡単にできるので、ぼくもいくつかのイベントに参加しました。そうそう、イベントの開催・運営自体も、ユーザーによる自主的なものなんですよ。
 今年のハロウィーンは、直前に、PCがなくてもそれだけでVRを楽しめる機器(Oculus Quest2)が4万円弱という低価格で発売されたため、それを使って初めてVRChatを始め、バーチャルハロウィーンに参加した人も多くいました。

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VRChat内で行われたハロウィーンイベント(10月31日)

 コロナ禍がいつまで続くのかは、誰にもわかりません。
 来年のハロウィーンは、“密”になる心配が全くないVR空間でお目にかかりましょう。っていうか、ハロウィーン翌日には、VRChatでは早くも「クリスマスのアバターどうする?」という話で盛り上がっていたので、みなさんも“バーチャルクリスマス”を楽しんでみるのはいかがでしょうか?

(追伸)
 VRChatでは、こうした季節のイベントの他にも、ゲームやコンサートを楽しめるワールドやクラブ・バー・居酒屋、学校、そして、まじめなテーマで話し合えるワールドなど、現実世界にあるものはなんでもというと言い過ぎですが、かなり幅広い種類のワールドが揃っているので、今後ますます、その可能性は広がっていくと思います。


1) VRに「仮想現実」という訳語を使わない理由について、以前、論考にまとめたので、そちらをご覧ください。
「VR=バーチャルリアリティーは、“仮想”現実か」(『放送研究と調査』2020年1月号)

2) PCにHMD(頭部搭載型ディスプレイ)をつなげば、3Dで見ることもできる。しかし、ぼくが使っているOculus Quest2は、clusterに対応していないので、PCの画面で体験した。

3) KDDI株式会社、一般社団法人渋谷未来デザイン、一般財団法人渋谷区観光協会などから構成されている。



メディアの動き 2020年11月06日 (金)

#282 これからの"放送"はどこに向かうのか? ~民放ローカル局の現状と今後の可能性②~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


 前回のブログに引き続き、今回も10月に実施された日本マス・コミュニケーション学会秋季大会「ローカルメディアの課題~ビジネスと公共的事業の両立は可能か?~」の報告について紹介します。
下記の4項目の報告のうち、今回は③④です。
①厳しさ増す経営環境
②ローカル局改革議論の方向性
③ローカル局の公益的機能の今日的状況と課題
④地域報道・ジャーナリズムの持続可能性の担保

③ローカル局の公益的機能の今日的状況と課題
 下記は、コロナ禍における全国のローカル局の取り組みの一例です。通常の情報番組だけでなく、サブチャンネルやウェブサイトを活用し、ステイホーム下での人々の暮らしや教育を支援したり、地元の飲食店を応援したりする姿が印象的でした。

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 このように、地域住民を支え地域経済を盛り上げていく機能を、私は「地域のハブ・プロデューサー・デザイナー」と名付け、かねてから注目してきました。今後、ローカル局においては、放送法によって定められてきた「放送の公共性」とその帰結としての「地域の民主主義の基盤」「ライフライン」という機能に加え、3つ目の柱となっていくのではないかと考えています。

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 では、なぜローカル局はこうした機能に傾斜しているのでしょうか。それは、キー局からの配分金やナショナルスポンサーによる広告費の減少という“局の事情”と、課題の増大という“地域社会の事情”の2つが重なりあってきているからだと思います。ローカル局は今後一層、地上波放送の「リーチ」や「局ブランド」を生かしつつ、放送以外のコンテンツ関連事業やイベント等の非コンテンツ事業の担い手として、新たな地域ビジネスを創造していく方向に向かうでしょうし、地域の多様なアクターからもその姿が期待されていると思います。

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 こうした機能は、情報を伝え番組を届けるこれまでの機能とは異なる取り組みで、“広義”のメディア機能と私は捉えています。数年前から、地域のベンチャー支援や特産物の海外販売などに取り組む局が増えてきましたが、今年はこうした事業を専門とする会社を興す事例が増えている気がします。

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<小まとめ>
 ローカル局は今後、より地域に密着し、地域ビジネスを創造する“広義のメディア機能”を拡張していくと思われます。ただ、番組ファーストから地域ファーストへ、と言えなくもないこうした動きには懸念もあります。それは、地域の企業や自治体、つまりローカル局にとっての広告主でもある存在と接近しすぎることが、局が本来実現すべき報道・ジャーナリズム機能をゆがめてしまうことはないのかというものです。学会のワークショップのタイトルにも、そのことを想起する「ビジネスと公共的事業の両立は可能か?」というサブタイトルがつけられました。
 前回のブログで示した通り、広告主のネットシフトとコロナ禍で、今年度のローカル局の広告収入は前年比20%強の減少が見込まれています。そうした中、もともと広告収入につながりにくい報道・ジャーナリズム機能を弱体化させることを厭わない経営者も出てきかねないのではという不安もあります。

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④地域報道・ジャーナリズムの持続可能性の担保
 こうした事態が起きないようにするには、経営者の意識や局自身の気概が大事なことは言うまでもありません。先にも触れたように、報道・ジャーナリズム機能は、放送法で規定された放送局の「一丁目一番地」で、メディアの使命とも言えるものだからです。しかし、最近の取材では、報道部署に対して経営サイドや営業部署からの風当りが強まっているという声も聞くようになってきました。使命だから稼がなくてもいいという考え方が通用しなくなっている中、報道部署であっても“一円でもいいから稼ぐこと”を模索するマインドが求められているのではないかと思います。
 報告ではまず、テレビ宮崎(UMK)が行う、ネットへのニュース展開の事例を紹介しました。UMKではローカルニュースのオンエア後、速やかに、そしてできるだけ手間と人手をかけずに多様なネットプラットフォームに自動展開できるシステムを導入しています。検索でユーザーの目につきやすいよう、ニュースタイトルの頭を「宮崎」にする工夫をしたところ、PV数が大幅に上がったそうです。収益は、自社・他社プラットフォームで得られる広告収入を合わせて月額約30万円程度。広域局や大都市部に拠点を置くローカル局では100万円近くあるということも聞きますが、多くのローカル局ではこのくらいの額が相場なのではないかと思います。

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 こうした広告収入のほか、UMKのニュースのネット展開ではもう1つの収益があります。それが「FNNプライムオンライン」からの配分です。FNNプライムオンラインとは、フジテレビのニュースネットワークによるネットサービスで、2018年4月に開始し、現在は月間で8000万を超えるPV数を稼ぐニュースプラットフォームに成長しています。私も時々活用していますが、他の系列のネットニュースサービスに比べ、ローカルニュース、特に「FNNピックアップ」という深堀り記事の中に地域をテーマにした興味深い内容が多いと感じています。この10月からはBSフジで放送が開始されるという、 “ネットから放送へ”という新たな流れも生まれています。これらのFNNプライムオンラインの収益が、ローカル局各局に配分される仕組みになっているそうです。

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 もう1つの報道・ジャーナリズム機能で稼ぐ取り組みとして紹介したのが、テレビドキュメンタリー映画というジャンルです。このジャンルを切り拓いたのは、なんといっても東海テレビ(在名広域局)でしょう。下記は有料多チャンネルの1つ「日本映画専門チャンネル(日映)」にラインアップされている地上波ローカル局制作のドキュメンタリー及び映画ですが、30作のうち27作を東海テレビ制作作品が占めています。このチャンネルには日本映画もたくさんありますが、日映によると、特に50代以上の世代にはドキュメンタリー視聴が加入動機になっている人が多いそうです。

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 東海テレビに取材すると、ローカル局が映画製作に取り組むということは、少なくても費用的にはそこまでハードルは高くないことがわかりました。東海テレビに限らず、これまでローカル局が制作しているドキュメンタリー映画のほとんどすべてが先に地上波で番組として放送しているものであるため、それをリメイクする費用と、映画の広報・宣伝を担当する配給会社(東海テレビの場合は配給協力会社)に支払う費用があれば映画化は可能だといいます。加えて豊富な映像アーカイブも活用できることも大きな強みだそうです。
 東海テレビがこれまで制作した映画のうち、最もヒットした「人生フルーツ」は3億を超える興行収入をあげています。ただドキュメンタリー映画の世界は、1万人が来場すれば大ヒットといわれる市場のため、その来場者数を超えてコンスタントに稼いでいくことができるほど甘くはないそうです。東海テレビの取材で印象的だったのは、ビジネスありきでこの事業を行っているわけではないけれど、制作費くらいはきちんと稼いで局内でドキュメンタリー制作の持続可能なモデルを構築していくことが大事だ、という言葉でした。

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  また、このジャンルで今年大きな話題を集めているのが、チューリップテレビ(富山)が制作した「はりぼて」です。10月初旬現在で、ドキュメンタリー映画の“1万人”の壁を超える大ヒットを記録しつつあります。この映画については、先日、地元の富山県で映画が公開されるタイミングで現地取材をしてきたので、次回のブログでその様子も含めて触れたいと思います。

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<小まとめ>
 報道・ジャーナリズムで稼ぐ事例として、ネット展開とドキュメンタリー映画化という2つを紹介しました。取り組む局にそれぞれお話を伺いましたが、PV数稼ぎに陥らない、商業主義に走らない、ということを意識しながら慎重に模索をしている姿勢が印象的でした。この分野はテレビの広告収入に比べて収益はまだまだ小さく、学会のワークショップでは、先に触れたキー局の役割のほか、地方紙と連携してローカルコンテンツの課金化を模索したらどうか、ケーブルテレビと連携したビジネスに可能性はないのか、などのアイデアが出されました。引き続き取材を深めていきたいと思っています。

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 最後に私からは、下記の問題提起を行いました。日本のジャーナリズムや地域メディア、放送の将来像に関する議論を取材していていつも気になるのは、これらの議論に国民・住民視点での検討、もしくは参加の場がないということです。少しでもそうした機会を増やしていけるよう、これからもブログなどでこのテーマについて発信し続けていきたいと思います。

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放送博物館 2020年11月04日 (水)

#281 NHK放送博物館で「キトラ古墳壁画 国宝への道のり ~四神をとらえたカメラ~」の展示を開催中です

放送博物館 山本さぎり


 NHK放送博物館では、10月24日から企画展「キトラ古墳壁画 国宝への道のり ~四神をとらえたカメラ~」を開催しています。

 この企画展は、2019年に国宝指定されたキトラ古墳の壁画をはじめて映し出したのがNHKのカメラであること、2020年が文化財保護法制定70年にあたることから、キトラ古墳の壁画調査の内容を中心に、NHKがこれまで数多く文化財の調査・保護や活用に関わっていることを映像や資料をもとに紹介しています。ここでは展示のテーマと概要を紹介します。

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1. キトラ古墳の石室内に描かれた壁画とNHKのカメラ
 1983年、奈良県明日香村にあるキトラ古墳の本格的な調査がはじまりました。11月7日に行った第1次探査で、石室内に入ったのがNHKのファイバースコープカメラです。この時、北壁に四神の「玄武」が映し出されました。この映像はテレビを通じて世間の注目を大いに集めました。
 その後1998年3月5日と6日に第2次探査が行われました。この時はNHKが古墳探査用に開発したロボットカメラが使われ、四神の「白虎」と「青龍」、そして天井に天文図があることがわかりました。この<古墳探査用ロボットカメラ>は放送博物館が所蔵しています。
 展示では、入口で第1次・第2次探査でカメラが石室に入り壁画を見つける映像をご覧いただけます。会場に入ると、1/2サイズの古墳石室模型と古墳探査用ロボットカメラが並ぶとともに、実物のおよそ2倍の大きさで再現した石室内部の壁画の様子を体験できるコーナーもあります。

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企画展示室入口


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キトラ古墳石室模型(1/2サイズ)と1998年の探査で使用した古墳探査用ロボットカメラ

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石室内体験コーナー ※石室画像は、国(文部科学省所管)、奈良文化財研究所提供

2. NHKと文化財
 NHKはこれまで内外の貴重な文化財について、研究者とともに調査や追跡取材を重ね記録し、番組を制作・放送しています。それだけでなく、ドラマや教養番組での再現シーン、学校教育用としても多く活用しています。
 展示では、文化財の復元・再現の記録、歴史ドラマや教養番組での再現方法、そして8Kカメラで撮影した文化財の高精細画像の活用などを、番組と参考にした資料などから紹介します。
 また当館では、昭和天皇が戦争の終結を伝えた「終戦の詔」の玉音盤を保存しながら展示しています。この復元から展示への経緯を解説しています。
 玉音盤は当館3階「ヒストリーゾーン」で、8Kスーパーハイビジョンの番組は中2階「愛宕山8Kシアター」でぜひご覧ください。

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NHKと文化財コーナー展示風景

 紹介した内容は、NHKが文化財と関わった取り組みのごく一部にすぎませんが、ぜひお越しいただき展示を通じて番組を作る人々に思いをはせてみてください。


NHK放送博物館 企画展「キトラ古墳壁画 国宝への道のり ~四神をとらえたカメラ~」
会期  :2020年10月24日(土)~12月25日(金)
会場  :3階 企画展示室
休館日 :月曜日(月曜日が祝日・振替休日の場合は火曜日休館)、年末年始
入場料 :無料
開館時間:午前10時~午後4時
所在地 :〒105-0002 東京都港区愛宕2-1-1
TEL  : 03-5400-6900


メディアの動き 2020年11月02日 (月)

#280 混迷するアメリカ大統領選挙~「開票速報」は変わるか

メディア研究部(海外メディア) 青木紀美子


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「選挙の日ではなく、投票の季節です」 1)

「選挙の日...選挙の週...選挙の月?」 2)
「選挙の夜ではなく、選挙の月に備えよう」 3)

これはアメリカのテレビやラジオの特集や記事の見出しです。その意味するところ、わかるでしょうか。「選挙の日」というのは11月3日。アメリカではこの日に大統領、連邦議会や州議会の議員、州の知事、判事、司法長官など、たくさんの選挙が一斉に行われます。一方で、「投票の季節」「選挙の月」というのは、その投票も開票も、選挙の日、1日で終わるものではない、長いプロセスであることを強調するものです。アメリカのメディア各社は、投票が期日前から行えることなど有権者が確実に投票するために必要な情報の提供に力を入れるとともに、選挙の締めのハイライトともいえる開票速報(Election Night Coverage)が「速報」で終わらない場合に備えて態勢をつくり、「選挙の月」へと長引く可能性について読者・視聴者の注意を喚起してきました。

こうした注意喚起が今回の選挙で重視されているのはなぜでしょうか。まずは背景にある大統領選挙の仕組みと、選挙を取り巻く問題をみていきます。

大統領選挙は、全米の有権者が投票する選挙ですが、大統領を選出する選挙人が州ごとに割り当てられているため、全米の得票総数ではなく、州ごとの得票にもとづき、獲得した選挙人の数が勝敗を決めることになります。この投開票の実施規則や日程も州ごとに異なります。早い州では1か月以上前から郵便投票や期日前投票が行えるようになっています。2020年は新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあって、投票所の混雑が想定される11月3日を待たずに投票をする人が大幅に増えました。フロリダ大学のU.S.Elections Projectのまとめによると11月1日までに郵便投票をした人は5,900万人を超え、期日前投票所で票を投じた人の数とあわせると、既に投票を済ませた人の数は約9,300万人と4年前の大統領選挙の投票総数の67%に達しました。 4) 

郵便投票は11月3日の消印まで有効とする州もあり、その数が多いほど、開票結果の集計には時間がかかることになります。この郵便投票について、トランプ大統領は不正行為が横行していると主張してきました。郵便投票の到着期限などをめぐって、既に複数の州で裁判も起きています。それだけに選挙後、投じられた票が有効か無効かを争って、集計結果に両陣営が異議を唱えることが予想されます。2000年の大統領選挙では、フロリダ州での票の数え直しを認めるか、認めないかが争いになり、連邦最高裁の判断で決着がつくまで1か月以上かかりました。今回も選挙結果の判定が法廷闘争に持ち込まれ、確定するまでに長い時間がかかる可能性があります。しかも、20年前に比べて政治や価値観によるアメリカ社会の分断が進み、トランプ氏とバイデン氏、両候補の支持者の間で感情的な対立や相互不信が深まっています。とりわけ2020年は黒人男性の警察官による暴行死をきかっけに全米に抗議行動が広がり、右派の過激なグループや民兵組織がコロナ禍の中での活動制限などに反発し、武装して集まるなど、社会の緊張を高める動きが続いてきました。このため、大統領選挙の結果が確定するまでに時間がかかった場合、混乱や衝突が起きることも懸念されています。

前回2016年の大統領選挙以上に誤・偽情報が拡散され、さらに根拠のない妄想ともいえる陰謀論が広がっていることも混迷を深める要因になっています。ワシントンのシンクタンクPew Research Centerがアメリカの18歳以上の成人を対象に8月末から9月はじめに行った調査では「トランプ大統領が民主党指導者ら”影の政府”による組織的な児童人身売買などを暴くために闘っている」などとする「QAnon (匿名Q)」の説を耳にしたことがある人の中で、これがアメリカにとって「とても」または「いくらか」良いとした人が共和党支持層で41%に上りました。 5)  社会の分極化に加え、新型コロナを受けた「ロックダウン」などによる隔離が続いた結果、人々が情報操作の影響を受けやすくなったと考えられています。「新型コロナの感染拡大は計画されたもの」「人々にマイクロチップを埋め込むために予防接種を受けさせようという陰謀がある」「郵便投票を使った大規模な選挙不正が行われている」などという陰謀論とも重なり、公的な機関への信頼を損ない、公正な選挙の実施に対する疑念を広げることにもつながってきました。Yahoo News/YouGovが9月に行った調査では今年の大統領選挙が「自由で公正に行われると思う」と回答した人は22%にとどまり 6)、Pew Research Centerによる9月末~10月の調査でも選挙は「あまり」または「まったく」うまく実施されないだろうとした人が回答者の38%に達しました。7)

こうした状況に危機感を抱く識者や研究者は、選挙後の混乱に備え、開票にあたっての報道では慎重を期すよう呼びかけています。

スタンフォード大学Internet Observatoryなどが立ち上げた公正な選挙のためのプロジェクト(Election Integrity Partnership)は、投票を妨害したり、選挙の正当性を脅かしたりする情報操作に備えるために想定すべき事態を報告にまとめました。 8) この中では例えば次のようなシナリオが示されています。
 ①結果が確定する前に特定の候補の勝利が宣言される
 ②これに沿わない集計結果を不正行為と決めつける「証拠」が拡散される
 ③その抑制を試みるソーシャルメディアの対応が検閲行為だと非難される
ジャーナリストにはこうした事態に備え、見通しが不確実な状況が生じても有権者が落ち着いて結果を待つことができるような報道をと促しています。

公共の課題に関わる政策研究や提言を行うAspen Instituteでメディア・デジタル技術を担当する部門の責任者、ビビアン・シラー氏らは選挙の運営担当者やメディア、IT企業の代表などとの話し合いをふまえ、メディアが留意すべき10項目をまとめました。 9) 以下のような項目が含まれています。
 ▽投票・集計過程でおきる個別の問題は選挙制度全体の欠陥ではない
 ▽結果が3日夜に判明しないからといって開票作業が「遅れている」わけではない
 ▽候補者の勝利宣言をそのまま報じるべきではない
 ▽メディアは結果を報じる際の表現に注意を
いずれも当たり前のことのようですが、誤解を生じさせない表現で、複雑な制度や州ごとに異なる開票と集計のプロセスについて誰でもが理解できるような伝え方ができているか、点検を迫るものといえます。

選挙の開票状況を同時進行で伝える開票速報は、対立が深く、接戦であるほど、早く結果を知りたい視聴者を惹きつけるものがあり、これまでメディアは勝敗を見極めるスピードを競ってきました。こうした開票速報を支える取材は、各地の開票所で集計作業を監視し、有権者の聞き取り調査などを行うことで、公正な選挙が行われているかを見守り、発表される結果が実際の投票行動を反映しているかを検証する役割も果たしています。しかし、アメリカのメディアは、今回の大統領選挙を通し、「速報」を競うことが、速やかに結果を知りたいという有権者の期待を高め、集計に時間がかかる場合に「不正が行われている」といった選挙の正当性を脅かす偽情報を拡散しやすくする危険性をはらむ、ということにも思いをいたす必要に迫られています。冒頭に紹介したような「選挙の月」の可能性を強調する報道も、そうした認識にもとづくものです。

開票速報は、選挙の結果を伝えるばかりでなく、普段は衆目を集めることが難しい選挙の制度や開票のプロセス、選挙を担う人々や有権者の思いを伝え、さらに選挙戦中にも伝えてきた政党・政治家の実績や政策課題などをまとめて整理・分析する絶好の機会ともいえます。さまざまな課題をはらむ今回の大統領選挙で、アメリカのメディアがどのような「開票速報」を行うのか、勝敗を報じる速さに重点を置く報道は変わるのか、変わらないのか、選挙の夜になるのか、選挙の月になるのか、アメリカばかりではなく、世界が目を凝らしています。



1) Plan Your Vote: It's not Election Day. It's voting season (NBC News)
https://www.facebook.com/NBCNews/videos/plan-your-vote-its-not-election-day-its-voting-season/971058506693190/
2) Election Day...Election Week...Election Month? (NPR)
https://www.npr.org/2020/10/01/919157955/election-day-election-week-election-month
3) Prepare for election month, not election night (Washington Post)
https://www.washingtonpost.com/opinions/prepare-for-election-month-not-election-night/2020/09/10/c8ae8c16-f3a1-11ea-bc45-e5d48ab44b9f_story.html
4) 2020 General Election Early Vote Statistics (The United States Elections Project)
https://electproject.github.io/Early-Vote-2020G/index.html
5) About four-in-ten Republicans who have heard of the QAnon conspiracy theories say QAnon is a good thing for the country-knowledge-misinformation
https://www.journalism.org/2020/09/16/political-divides-conspiracy-theories-and-divergent-news-sources-heading-into-2020-election/pj_2020-09-16_election-knowledge-misinformation_0-05/
6) New Yahoo News/YouGov poll: Only 22% of Americans think the 2020 presidential election will be 'free and fair' (Yahoo News)
https://news.yahoo.com/new-yahoo-news-you-gov-poll-less-than-a-quarter-of-americans-think-the-2020-election-will-be-free-and-fair-193758996.html
7) Voters less confident than in 2018 that elections in U.S. will be run well (Pew Research Center)
https://www.pewresearch.org/politics/2020/10/14/deep-divisions-in-views-of-the-election-process-and-whether-it-will-be-clear-who-won/pp_2020-10-14_election-security_0-03/
8) Uncertainty and Misinformation: What to Expect on Election Night and Days After (Election Integrity Partnership)
https://www.eipartnership.net/news/what-to-expect
9) How to cover Election Day and beyond (Columbia Journalism Review)
https://www.cjr.org/politics/2020-election-day-coverage-delays-disinformation.php


メディアの動き 2020年10月27日 (火)

#279 これからの"放送"はどこに向かうのか? ~民放ローカル局の現状と今後の可能性①~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


 10月11日、日本マス・コミュニケーション学会秋季大会がオンライン開催されました。
私は、「ローカルメディアの課題~ビジネスと公共的事業の両立は可能か?~」というワークショップに参加して報告を行いました。ローカル民放がおかれた現状と課題、そして今後を展望しました。
 報告したのは以下の4項目です。本ブログでは2回に分けて紹介していきたいと思います。
 ①厳しさ増す経営環境
 ②ローカル局改革議論の方向性
 ③ローカル局の公益的機能の今日的状況と課題
 ④地域報道・ジャーナリズムの持続可能性の担保

①厳しさ増す経営環境
 地上波民放(テレビ)の収入で圧倒的な存在感を持っているのがCMによる広告収入です。これは、地上波民放の放送サービスが開始した時から変わっていません。加えて、在京キー局や在阪・名の広域局等では、映画やイベント、不動産、最近では配信サービス等の「放送外事業」にも力を入れてきました。ただ、多くのローカル局は、今も9割近くが広告収入に依存しています。(※キー局のネットワークに属さない独立局についてはもともと自治体や地域の事業も多く、広告比率が7割程度の局もあります。)キー局などの番組を放送することで得られる「ネットワーク配分金」は減少傾向にあり、東京に本社を置くナショナルクライアントと呼ばれる大企業が全国に出稿する広告も、特に非都市部向けが減少する中、ローカル局においても、広告収入依存の体質からの脱却は課題となっていたのです。

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 広告収入といえば、インターネットがテレビの広告費を抜いたというニュースが大きな話題となりました。民放連研究所では広告費の中期予測をしていますが、それによると、2025年に向けてインターネット広告はテレビだけでなくマス4媒体(新聞・雑誌・テレビ・ラジオ)+衛星メディアをはるかに抜き去る勢いで伸びていくとしています。しかし、この予測はコロナ禍以前のものです。今回のコロナ禍で、テレビの営業収入は前年度比で20%近く落ち込むことが予測されています。かねてからのネットシフトに加えて、コロナ禍で広告収入が激減している状況に対して、ローカル局からは悲鳴にも近い声が聞こえてきています。

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 しかし、一言で民放ローカル局といっても、経営体力もビジネス環境も大きく異なっています。下記の資料は122局あるローカル局のうち、20局を抜粋し、売上高や従業員数などの事業規模の差異を示した民放連の資料です。在阪局の売上は600億円超、在名局は300億円前後、一方、大都市部を抱えない地域の局は30億~50億円という規模が相場のようです。

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 次の資料は、民放1局あたりの人口がどのくらいになるのか、県の人口を局数で割り算したものをグラフ化したものです。2007年と2019年の比較も入れています。放送エリアが広域にまたがったり2県のエリアもあったりするため、あくまで参考として見ていただきたいのですが、1局あたりの人数が少ない地域は、それだけ広告収入を得ることも難しいという一つの目安にはなると思います。中でも岩手県や山形県、石川県、愛媛県、長崎県などは、もともと県の人口が少なく、加えて人口減少が著しい地域にもかかわらず1県に4局の民放があるため、経営環境は厳しいです。つまり、ローカル局といっても事情は千差万別であり、もともと経営体力が低く&ビジネス環境が厳しい局は、減収でより厳しくなっているといえるでしょう。

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 こうした状況下で今年大きく進行しているのが放送の同時配信です。NHKはこの4月から「NHKプラス」をスタート、民放でも日本テレビがこの10月から、トライアルで「日テレ系ライブ配信」と称する同時配信をTVerで開始しました。現時点ではNHKも日本テレビも、東京の番組を中心に全国に一斉配信しています。
 同時配信を巡っては、放送エリアと同じエリアに限定して配信する、いわゆる“地域制御”を設けるか設けないかが、ここ数年大きな議論となってきました。東京などから一斉に番組が配信されてしまうと、ローカル局の視聴率や広告ビジネスを棄損してしまうのではないか等の懸念が、ローカル局からあげられていたからです。ラジオについては、当初から地域制御を設ける形で、radiko経由で各局が配信しています。しかしテレビについては、見逃し配信についてはTVerなどを通じて全国配信を実施、またローカル局の一部でも見逃し及び同時配信を全国向けに積極的に実施しているところがあり、部分的に可能なところから五月雨式に配信サービスが開始されてきたというのが実情です。こうした中、テレビ局が足並みをそろえて“radikoスタイル”を選択するという流れはもはや現実的ではない、という声も次第に高まっている気がします。
 もう1つ、同時配信については、国の政策としてこれまで以上に積極的に進めていこうという流れもあり、文化庁においては早期の著作権法改正も検討されています。
 以上のように、民放でも同時配信加速化の機運が高まるということは、ローカル局のビジネスにとって向かい風になるのでしょうか、それとも追い風になるのでしょうか……。

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<小まとめ>
 ここ数年、広告収入依存からの脱却という経営の体質改善に取り組んできたローカル局ですが、多くの局では、放送外事業の成果が見える前にコロナ禍が経営を襲いました。こうしたさなかに進む同時配信加速化の機運は、ローカル局が全国に情報・番組を発信する好機ともいえますが、そのためにはノウハウも人材も必要ですし、何より配信する情報・番組が充実していなければビジネスになりません。経営体力的にもメディア環境的にも厳しい局は、今後、より一層厳しい状況に陥っていくことが想定されるでしょう。これまで、局の規模に関わらず、どの局も等しく日本の地域社会を支える公共的なメディアとしてそれぞれが単独の会社という形で存続してきたローカル民放ですが、こうした共通のマインドを持ち、共通の経営の処方箋を考えていくことは、今後は難しくなっていくのでしょうか。


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②ローカル局改革議論の方向性
 ローカル局はどのような方向に向かっていくのでしょうか。コロナ禍以前、放送政策としては2つの場でローカル局のあり方が検討されていました。少し振り返っておきたいと思います。
 1つ目は、自民党の「放送法の改正に関する小委員会」で、2018年12月に第二次提言を出しました。(第一次提言はNHKの同時配信と受信料制度に関する内容)。この提言における最も大きなメッセージは、ローカル局の放送対象地域の拡大など、これまでの県域免許を見直し、局の積極的な再編を促進すべき、というものでした。
 この提言も受けた形で議論が始まった、総務省「放送を巡る諸課題に関する検討会(諸課題検)」の「放送事業の経営基盤に関する検討分科会」でも、初期の頃は構成員から、県域免許の見直しや県域免許を根拠づける基幹放送普及計画の見直しなどが提起されました。しかし、2020年6月に公表された取りまとめは、再編などの経営判断はあくまで当事者である放送局に委ねるというスタンスでまとめられ、総務省としては再編などに必要な制度改正が放送局から要望されれば環境整備に努めたいとする、政策主導ではなく事業者主導が明確に打ち出されたものとなりました。(※この取りまとめが公表された時にブログを書いていますのでご参照ください。)

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 この総務省の検討分科会と並行して議論が進められていたのが、民放連に設けられた「ローカルテレビ経営プロジェクト」です。議論の成果は今年7月に報告書としてまとめられ、民放内で共有されています。私は民放連に許可をもらって報告書を拝読しましたが、これまでなかなか踏み込めなかった領域にまで議論が及んでいて少し驚きました。たとえば、メディア環境が厳しい地域については、現行法では認められていない「1社(局)2波」も検討していくべきではないかとか、これまでのハード・ソフト一致の垂直統合モデル型の経営から、ハード(施設の整備や維持の業務)を切り離し、ソフト(取材や番組制作)に特化すべきではないか、などの検討です。放送局の数やチャンネル数を削減するといった再編議論が進められる前に事業者自らが取り得る選択肢はないのか、主体的に考えていかなければ将来に向けて道が拓けないという覚悟が感じられる議論が始まっているように思います。

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 この報告が出された後、民放連は9月に開催された諸課題検の「公共放送の在り方に関する検討分科会」である提案を行いました。ローカル局の経営が厳しくなる中、民放のハード(インフラ)の維持にNHKの受信料を充てられないか、というものです。具体的には全国に約500か所ある、「ミニサテ」と呼ばれる電波が届きにくい地域に設置している小規模な中継局の設備を維持・更新するコストを、これまでNHKと民放各局で等分負担していたものを、「条件不利地域へのユニバーサルサービスの維持という発想で、受信料財源を持つNHKがより多く負担するという考え方も成り立つのではないか」、というものでした。この提案については構成員から、ネットにおいて協力義務があるのに(放送の)本来業務に協力義務が全くないのはどうなのか、二元体制が維持されることで日本の言論空間が豊かになることは、視聴者国民にとっての利益、視聴者への還元である、という意見も出されました。


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<小まとめ>
 ローカル局の今後に向けた議論は、設備等のハード機能のコスト軽減・削減の方策と、地域メディアとしてのソフト機能の充実という方策の二本柱がポイントになってきています。こうした文脈の中で、NHKの役割や受信料の用途を考えていくことも問われてくるかもしれません。今後の議論を注視していきたいと思います。

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 次回のブログは、報告項目の③④について紹介していきます。

メディアの動き 2020年10月26日 (月)

#278 コロナ禍の中で力を発揮する「エンゲージメント」を柱にしたジャーナリズム

メディア研究部(海外メディア)  青木紀美子


新型コロナウイルスの感染拡大で、人と人の物理的な距離を保つソーシャルディスタンスが求められる中、市民や読者・視聴者との双方向のつながりを育む「エンゲージメント」に重点を置くジャーナリズムは、孤立の不安を和らげ、市民の疑問に応え、コロナ禍が生んださまざまな問題の解決に資する役割を果たしています。読者の依頼を受けた調査報道、ジャーナリズム・オンデマンド(JOD)を実践する西日本新聞社の「あなたの特命取材班」とJODのパートナーの地方紙やテレビは、23社あわせておよそ8万人に上るLINEの「通信員」やフォロワーとのつながりを強みに、コロナ禍における人々の疑問や困りごとに応える記事を発信してきました。

世界でも、これまでのエンゲージメントのネットワークと経験を活かし、新たなつながりを広げ、コロナ禍の中での情報ニーズに対応する取材・報道が各国で行われています。ここでは2020年10月にバーチャル開催された世界最大級のデジタル・ジャーナリズムの組織、オンライン・ニュース協会(Online News Association)の年次総会ONA20 1)で、秀でたオンライン・ジャーナリズムに贈られる賞のエンゲージメント部門の賞「Gather Award in Engaged Journalism」 2)を受賞した2つのプロジェクトと最終候補に残ったプロジェクトをいくつか紹介します。

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 4000件を超えるコロナ禍に関わる質問に答えてきた
 カリフォルニアの公共ラジオSCPR(KPCC+LAist)のエンゲージメント・チーム 3)

2019年に続き2年連続でGather Award in Engaged Journalism を受賞したアメリカ西部カリフォルニア州ロサンゼルスを拠点とする公共ラジオSouthern California Public Radio (KPCC+LAist) 4)は、アメリカで感染が急速に拡大した2020年3月に新型コロナとその影響に関わる質問に答えるプロジェクトを立ち上げました。ウェブサイトの投稿フォームのほか、携帯電話を使ったショートメッセージや電話などで質問を受け付け、インターンを含めたエンゲージメントのチーム7人がニュースルームの記者やディレクターと協力して、1件1件の質問にできるだけ具体的な情報を盛り込んで返信してきました。内容は、感染のリスクや予防策、連邦政府や州政府によるコロナ関連規制の内容などから、失業保険、生活費や家賃の助成、食材の支援、住まいを失った人がどこで援助を得られるかまで、多岐にわたりました。その内容から人々の関心や暮らしの中の課題の移り変わりを学んで取材に生かし、関心の高いテーマについては記者が解説して質問に答えるオンラインのセミナーを開催しました。集めた情報を1か所にまとめたウェブサイト 5)も作り、更新しています。インターネットの普及率が低い地域には郵便で情報を届けました。3月から10月のおよそ7か月に、カリフォルニア以外の州や海外からも含め、あわせて4300件の質問を受け、全てに回答。多い時には1分間に10件の質問が届いたこともあったといいます。質問を寄せた人の多くが他では得られなかった重要な情報を入手できたと評価しているということで、エンゲージメントの責任者アシュリー・アルバラードさんは「パンデミックの中で、エンゲージメントが持つ意義はより明確になった」と話しています。


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 ニューヨークの非営利メディアDocumentedのスペイン語の新型コロナ関連情報「リソースガイド」 6)

今回が初めての受賞となるDocumented 7)は、移民のための情報発信を目的に設立されたニューヨークの小さな非営利オンラインメディアで、スタッフ3人が運営しています。スタッフは、移民の人々がどのような情報を求めているかを知るために地域での集まりなどに足を運び、その情報ニーズに大手メディアの報道が応えていないこと、またプライバシーを重視する人が多いことを知り、家族や友人とのチャットに使われているWhatsAppを使ったスペイン語のニュースレターの配信を試みることにしました。WhatsAppはアメリカなどで、日本におけるLINEに近いかたちで利用されているアプリです。スペイン語の発信としたのは、十分な英語力がない中南米からのヒスパニック系の移民が多いためです。当初は利用者がなかなか増えませんでしたが、パンデミックに見舞われ、コロナ禍に関わる情報に焦点を絞った発信を始めてから、利用者が増え、質問や情報が多く寄せられるようになりました。専門家の協力も得て、個別に質問に回答するとともに、寄せられる質問や情報をもとにした調査報道を行うようになりました。また、簡略な説明のグラフィックの記事や、文字が読めない人たちのための音声記事の配信も始めました。役立つ情報をまとめた「リソースガイド」のサイトも作ったところ、読者が他の記事よりも長い時間をかけて読む傾向がうかがえました。移民の間に流布される疑わしい情報も寄せてもらい、スペイン語のテレビネットワークUnivisionの地元局の力を借りて真偽を検証して報告、誤・偽情報を見分ける方法を伝えるオンラインのライブイベントも開催しました。このほか、コロナ禍の中での暮らしの困ったことや、助かったこと、他の人と共有したい話などを音声で送ってもらい、人々の声のコラージュとして配信しました。

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 コロナ禍の前は一方向の発信    →    コロナ禍を受けて双方向に情報が循環するように 8)

オーディエンス・エディターのニコラス・リオスさんは、コロナ禍の中でのエンゲージメントの経験を通して「人々は自分たちがどのような情報を必要としているかを、我々よりもはるかに良く分かっていることに気づかされた」と話しています。以前は一方向だった情報発信が、コロナ禍を受けて、上の図のように双方向に情報が流れる循環に変わったといいます。

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 アルゼンチンの大手紙La Nacionのマルチメディア記事の一部と、
 国外に取り残された個々人の物語を集めたウェブサイト 9)

賞の最終候補に残ったアルゼンチンの新聞La Nacionのプロジェクト 10)は、コロナ禍で政府が国境を閉鎖する「ロックダウン」を実施した際に、アルゼンチンから出たまま、国外に取り残された渡航者2万人あまりが直面した困難の実態を伝えるためのエンゲージメントを試みました。ソーシャルメディアなどを使って配布した調査票に記入してもらうかたちで2000人以上の状況や滞在地、連絡先などの情報を集め、これをもとにデータベースを作り、全体状況を伝える記事をマルチメディアで発信しました。世界各地から情報を寄せる人たちが帰国するまで、およそ2か月にわたってWhatsAppなどで対話し、お金が無くなったり、犯罪被害にあったりしながら、帰国の道を探る140人以上の物語を伝えました。また、アルゼンチンから出国できなくなった海外からの渡航者の取材も同じように行いました。こうした報道の一方で、アルゼンチンに帰国できない人たち、アルゼンチンから母国に帰ることができない人たちを家族や支援者とつなぐ役割も果たしました。

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 非営利調査報道メディアThe Marshall Projectが受刑者向けに発行するNews Inside 11)

最後にもう一つ、Gather Award in Engaged Journalismの最終候補で、社会的に隔離された中でのエンゲージメントが、コロナ禍に限らず大きな意味を持つことを示したジャーナリズムの例を紹介します。アメリカの刑事司法制度やその運用面の問題を専門に伝える非営利の調査報道メディアThe Marshall Project 12)のNews Insideです。編集責任者のローレンス・バートリーさんは自身も長年、服役した経験があります。17歳の時に映画館内で起きた少年どうしの争いに巻き込まれて銃を発砲し、人を殺めた罪で27年間、服役しました。2018年の仮釈放後にThe Marshall Projectの記者になり、2019年、受刑者のためのNews Insideを創刊しました。刑務所ではインターネットやテレビ、新聞、書籍など情報へのアクセスが制限されているため、こうした刑務所のルールに抵触しない内容に編集した雑誌として配布しています。刑法の改正や、被告や受刑者の権利、釈放後の社会復帰など、受刑者にとって重要な情報を提供するとともに、受刑者から寄せられる情報をもとに調査報道を行っています。コロナ禍の中では、刑務所での感染拡大の実態や予防策についても情報を発信してきました。創刊から2年に満たないNews Insideはカナダを含め、500以上の施設で配布されるようになり、教材としても使われています。

厳しい状況に直面する人たちのため、新型コロナの危機の中でも力を発揮しているEngaged Journalism。その背景にある考えや多様なエンゲージメントの具体例については、放送研究と調査の2020年3月号でまとめるとともに、実践者の思いや軌跡を6月号7月号8月号の3回にわたって紹介しています。また、今回、紹介したプロジェクトをはじめ、多様なエンゲージメントを試みるジャーナリストが情報交換をする場「Gather」 13)をGather Award in Engaged Journalism賞のスポンサーでもあるオレゴン大学Agora Journalism Center 14)が設けています。



1) https://ona20.journalists.org/
2) https://awards.journalists.org/awards/engaged-journalism/
3) https://medium.com/engagement-at-kpcc/how-kpcc-embraced-its-role-as-las-help-desk-and-what-we-ve-learned-along-the-way-10b548ea23ca
4) https://www.scpr.org/
5) https://laist.com/how-to-new-la/#
6) https://documentedny.com/2020/04/21/guia-de-ayudas-para-inmigrantes-durante-la-pandemia/
7) https://documentedny.com
8) https://medium.com/documentedny/how-we-changed-our-pandemic-coverage-thanks-to-our-audience-c6ef3de39a44
9) https://www.lanacion.com.ar/sociedad/varados-viaje-pesadilla-sin-fecha-regreso-nid2360497
10) https://origenblogs.lanacion.com.ar/projects/original-online-reporting/stranded-abroad/
11) https://www.themarshallproject.org/tag/news-inside
12) https://www.themarshallproject.org/
13) https://medium.com/lets-gather
14) https://agora.uoregon.edu/



放送ヒストリー 2020年10月16日 (金)

#277 「6人目のドリフ」って?

メディア研究部(メディア史研究) 広谷鏡子


 私の兄が大学受験に失敗した年、母は何を血迷ったか、家族全員にテレビ禁止令を発しました。そのため、我が家は1972年4月からのほぼ1年間、『8時だョ!全員集合』(TBS系列)を見ることなく過ごしたのです。月曜日、その話題で持ちきりの教室で、人気のギャグを知っている振りをして過ごすしかなかった切なさを、私はよく覚えています。家庭用ビデオもYouTubeもない時代、生放送を見ずしてそのギャグにはお目にかかれない。それほどの影響力をテレビが持っていた頃のお話です。
「放送研究と調査」9月号に掲載した論考「『6人目のドリフ』は僕らだった」、その主役は「テレビ美術」です。生放送中に派手に崩れていくセット、ちょっとキモ可愛い動物のキャラクターや着ぐるみ、独創的な小道具…。それらはすべて「美術」です。舞台上で、ドリフターズの次に光を放っていたので、「6人目のドリフ」なのです。その美術計画の中心にいた人が、TBSの山田満郎デザイナー。すでに亡くなっているので、このインタビューは、今はいない山田さんがあたかもそこにいるかのように、当時のスタッフに語ってもらうという形で行いました。スタッフの記憶を呼び覚ましたのは、図面やスケッチ、写真など、山田さんの残した緻密かつ膨大な資料でした。

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山田デザイナーによるスケッチ(第242回「ドリフの夢のマイホーム」・山田氏遺族提供)

 お話を聞いている間に、幾度か泣きそうになってしまうことがありました。働き方改革などチャンチャラおかしい当時の現場で、スタッフが流した汗や涙(時には血まで!)に、ついついもらい泣きです。しかし一番ツボだったのは、山田さんのご子息の言葉です。家族も影響を受けていたのです。論考本文の後の(注26)に載せました。よかったらこちらもご覧ください。
 毎週土曜の夜8時、たった54分間のために、スタッフも、視聴者も「全員集合」していた時代がありました。そこで流れた汗はテレビの未来のために無駄ではなかった、と信じたい気持ちになります。


メディアの動き 2020年10月14日 (水)

#276 『テラスハウス』ショック ~リアリティーショーの現在地② 先行するイギリスの状況~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


 フジテレビ系で放送していたリアリティーショー『TERRACE HOUSE TOKYO 2019-2020(以下、『テラスハウス』)に出演していた22歳の女性プロレスラー、木村花さんが亡くなって、まもなく5か月が経とうとしています。花さんの母親の響子さんはBPO(放送倫理・番組向上機構)に対し、「番組で狂暴な女性のように描かれたことによって、番組内に映る虚像が本人の人格として結び付けられて誹謗中傷され、精神的苦痛を受けた」と人格権の侵害などを申し立てていましたが、先月(9月)15日、BPOは審理を開始することを決定しました。今後BPOの放送人権委員会では、番組を制作したフジテレビにもヒアリングを行っていくことになります。

 10月1日に発行した『放送研究と調査』10月号では、木村花さんの死が社会に提起した様々な問題について考えていくシリーズの第1回を掲載しています。

ここでは、リアリティーショーの誕生から今日に至る歴史を、欧米と日本を比較しながらひも解きました。欧米や日本のこれまでのリアリティーショーの具体的な番組内容や様々な課題について詳細に触れていますので是非お読みいただきたいのですが、かなりの長文になっていますので、そこまではちょっと…と思われる方は、サマリーした内容(10分もあれば読了します!)を先日のブログにまとめていますので、こちらを是非お読みください。

 今後、本ブログや「放送研究と調査」では、BPOの審理の進捗なども踏まえながら、SNS時代のリアリティーショーと番組制作における制作者の責任や、出演者・視聴者との関係性について考えていこうと思っています。今回のブログでは、日本よりもはるかに多くのリアリティーショーが放送されており、同様の問題への対策の議論が先行するイギリスの状況について触れておこうと思います。

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 イギリスでは2019年7月から2020年7月まで、放送やメディアの独立規制機関であるOfcomが、視聴者参加型の番組で出演者を守るためのルールについて、意見募集を行いました。Ofcomでは以下の項目を放送規則に加えることを提案しています。

*放送局側が番組参加者に対し、参加することでどのような損害を被る可能性があり、
 どのような負の影響が出るかなどについて説明し、これに十分な同意を得ること
*“傷つきやすい人々”及び参加することで損害を被るリスクがある人々に対し、十分なケアを提供すること。

なぜこうした提案がOfcomから出てきたのか、意見募集を終えた現在の状況はどうなっているのかについて、ご自身もブログでイギリスのリアリティーショーについて執筆されている1)フリージャーナリストの小林恭子さんに伺いました。小林さんには今回、「放送研究と調査」の論考を書くにあたり、イギリスのリサーチをお願いしています

村上:
 今回Ofcomが提案している規則案は、リアリティーショーの出演者に対する放送局の説明責任や、ケアの必要性について言及したものですが、“リアリティーショー先進国”であるイギリス社会では、いつ頃からこうした問題意識が持たれていたんでしょうか。

小林:
 イギリスでいわゆるリアリティショーのブームを生む契機となったの『ビッグ・ブラザー』(2000年、チャンネル4で放送開始)です。郊外の一軒家(「ビッグブラザーハウス」)に若い男女数人を隔離し、共同生活の様子をカメラで監視し、これを放送するという、当時としては前代未聞の形式が取られた番組で、当時からプライバシーの侵害問題、人間を常時監視することの是非、参加者たちのプライベートな会話の中の中傷あるいは差別的表現、暴力的行為などにどう対処するべきかなど、論争のネタは尽きませんでした。
 ただ、当初は参加者・出演者の心身への負の影響は(同列に語られていたとしても)それほど大きな問題とは認識されていなかったように記憶しています。テレビに出ると途中で脱落しても有名人になれましたし、「普通の人」がメディアに出ることで私生活を切り売りしたり、最後に優勝すれば多額の賞金がもらえたりするなどの行為について、参加者は「私生活が暴かれるのを承知で出ているのだから」という認識がありました。
 この番組が大ヒットとなり類似番組が続々と作られていくようになると、リアリティーショーは「番組形式の1つ」として受けいれられるようになっていきます。日常になってしまったわけですね。それに伴い、番組形式自体に対する批判(監視体制やプライバシー侵害の是非など)は当初よりは目立たなくなり、知識人を含めた著名人が出るスピンオフ番組も数多く放送されるようになってきました。

村上:
 出演を決めた側に責任はある、という世間の受け止めですね。ただ、多くの人達が一斉に視聴するテレビに出演し、名前や顔が一気に広まり“有名になる”ことに伴う様々な影響はあまりに大きく、プラスの効果はなんとなく想像できるしそれを期待して出演を望んだ(受け入れた)というのはあると思うのですが、マイナスの効果についてどこまで想像が及んでいたかといえば疑問ですよね。だから、私は自己責任論には拠りたくないです。しかし、イギリスでもその論調が変わってきた、ということなんでしょうか。きっかけはどんなことからですか。

小林:
 ソーシャルメディアが急激に広がり、これによる番組参加者への影響も大きくなり、出演者には以前には見られなかったほどの複雑な問題やリスクが生じる可能性が出てきたんです。こうした中、2019年には司会者が課題を抱える家族同士を対決させる『ジェレミー・カイル・ショ―』(ITV)の出演予定者が自ら命を絶ったり、番組が中止になったりする事件(2019年5月)がおきました。また今年2月には、孤島で8週間若い男女が生活する様子を観察する『ラブ・アイランド』(ITV)で、司会者キャロライン・フラックが自ら命を絶つ事件(今年2月)が発生しました。フラックさんは、同番組への出演者(司会者も含むと)の中では3人目の自殺者です。この番組ではその後も1人亡くなり、計4人が自ら命を絶っています。自殺の背景にどこまで番組への出演の影響があるのかは事例によって異なるようですが、社会的に見逃せない状況になってきているのは間違いありません。こうした事件が起きるたびに、Ofcomには数千、場合によっては数万の苦情が寄せられています。
 加えてイギリスでは近年、メンタルヘルスに対するイメージアップや、幸福感(ウェルビーイング)についての意識が高まるという文化上の変化も起きています。このことによって、番組への出演も含めて様々な体験から生じる心身への危害をもっとオープンにしていこう、そして懸念を発信していこうという動きが出てきていると思われます。


村上:
 なるほど。リアリティーショーという番組そのものが出演者にかける負荷の問題に加えてソーシャルメディアの存在が大きくなってきたということが、今回、Ofcomが動いた大きなきっかけということですね。意見募集は7月に終わったそうですが、現在はどのような状況なのでしょうか。

小林:
 現在、Ofcomは取りまとめに入っているところです。放送業界の反応ですが、リアリティーショーだけでなく、ニュースや時事番組の出演者についても放送局側に「ケアの義務」を課されることになると自由な報道ができなくなる、と懸念しているようです。

村上:
 たしかに放送局の立場からすると、放送規則で縛られるのではなく、局自身が自主的にルールを決め、その内容を社会に示して対話の中で決めていく、そして出演者に対し、出演を決める前から継続的にコミュニケーションをとり信頼関係を構築しながら番組制作、放送を行っていくというのが理想だと思いますが、それはなかなか難しいということなんでしょうか。

小林:
 先の『ラブ・アイランド』など人気が高いリアリティショーを多く放送するITVは、既に「注意義務(Duty of Care)」を文書化しています。最新の注意義務ガイダンスによると、番組制作者は出演者の健康と安全に責任を持ち、番組参加による出演者への衝撃及び放送による衝撃の両方を考慮することが求められています。補則にはリスクの程度に応じて、何をするべきか、リスクをどう判断するかも示されています。
 ローリスクの場合は、制作前の段階として「出演者から同意(インフォームドコンセント)を得る」、「番組の性質、目的、出演者は何を求められるかを説明」、「同意を与える能力に影響を与えるような健康問題などを抱えているかどうかを査定」するなど。撮影中は「ストレスやメンタルヘルス問題の兆候があるかどうかをモニターする」、「ITVのコンプライアンスあるいはリスクチームからアドバイスを得る」など。アフターケアとしては、「放送後の制作側の連絡情報を提供する」、「常にサポートを提供できることを出演者に明確にする」、「ソーシャルメディア上での敵意あるコメントについてのアドバイスを与える」などです。
 ハイリスクの番組の場合は、制作前に「番組出演による負の面、例えばオンラインでの攻撃、知人らがメディアにその人についての情報を売る可能性があることなどを教える」、「これを記録する」など。撮影中は「専門家による心理学上のアドバイスを24時間提供できるようにする」、「出演者の健康を管理する担当者を置くこと」など。アフターケアとして「フィードバックの時間を持つ」、「それまでの生活に戻るため、あるいはメディア報道への対処などを支援する」、「カウンセリングを提供する」など。撮影が終了し、出演者が帰宅する前に出演者の心理状態、番組内でどのような位置づけとなっているか、メディアやソーシャルメディア関連のアドバイス、お金の面についてのアドバイスも提供するようにと書かれています。最後の項目は、出演によって巨額の出演料が入る可能性も高いことを加味してだと思われます。

村上:
 うーん。それを伺うと、細かく決めて配慮を行っている、という印象以上に、そこまでのことをしなくてはならないほどリスクの高い番組って何なんだろう、と感じてしまうのが正直なところです。特にハイリスクの番組については、そもそもこうした番組をあえて制作すべきなのか、とも感じてしまいました。そして、こうした「注意義務」があるにも関わらず、結局は出演者の自殺を食い止められていない、ということなんですね。

小林:
 そうなんです。そのことも今回、Ofcomが規則化を提案する背景にあります。提案が今後どうなっていくのかについては注視していきたいと思いますが、ただ、こうしたリスクが指摘され、議論が大きくなってもなお、リアリティショーは継続して制作・放送されるのではないではないでしょうか。それはやはり、視聴率が高いこと、高額の広告収入が入ることなどの要因があるからですが、根本に「テレビの魔力」があるからではないかと思います。「出てみたい」と思わせるのがテレビです。多くの若い人にとって、リアリティショーに出る人は憧れの対象になり得ます。著名人であっても、一つ上の段階に行くためにテレビに出たがる人は無数にいることでしょう。
 でも、Ofcomが提案書を出す際の理由にも挙げていますが、その負の面も次第に注目を集めることになってきました。いいことばかりではないことが分かってきたのです。リアリティショーをめぐって、私たちは「テレビ」という、いわば魔物を手なずける道を探すべき時に来ているのではないでしょうか。何万もの人の目にさらされることで、自分の傷つきやすい部分が何倍にも拡大されてしまうこと、ソーシャルメディアが発達したことで、視聴者の反応が双方向に広がること、出演者を攻撃する可能性があること、こうしたことに自分は 本当に耐えられるのかを考えてみること
 もし前向きの要素があるとしたら、リアリティーショー出演による負の面を減少させる動きが出演者の側から出てきたことかもしれません。BBCニュースによりますと、リアリティーショーの出演者たちがいかにソーシャルメディアの反応に苦しめられたかなどを告白し始めています。また、今月から、リアリティーショーの番組の出演者を“オーディションする新番組”が放送されるのですが、そこでは、かつて出演者だった人達がオーディションに来た若者たちへのアドバイスをするそうです。「スポットライトの下に出た瞬間、あなたは(人に)判断される。だから、面の皮が熱くないとダメ」と。その出演者たちは、かつて自分たちが制作側から全く何のケアも支援も行われなかったと吐露しています
 リアリティーショーは多くの若者層にとってすでに日常の一部として受け止められていますし、テレビの魔力が続く限り、出演者側が賢くなって「ともに生きる」しか選択肢はないように思っています。

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 木村花さんが亡くなって以降、リアリティーショーのような番組を制作すべきではない、と発言している精神科医や評論家は少なくありません。番組が何らかのきっかけとなって尊い命が失われた以上、こうした論調に大きく傾くのはある意味当然であるとも思います。ただ、放送文化やコンテンツ文化のあり方を考える立場の私としては、リアリティーショーと呼ばれるジャンルを全て一律に括り、制作はやめてしまうべき、という論に安易に与してしまうことは、この問題に対して思考停止してしまうことになると思っており、だからこそ考え続けていかなければならないというスタンスに立っています。そして日本においては、いまもなお数多くのリアリティーショーが、主に現在は配信サービスではありますが、制作されているという状況もあります。
 ただ、今回イギリスの状況を小林さんに伺い、より頭を抱えることになってしまったというのが正直な感想です。日本ではイギリスのような放送局や配信事業者自身によるガイドラインも作られていない状態ですし、仮にガイドラインが作成されたとして、ソーシャルメディアがこれだけ広がっている中で果たしてどこまで有効に機能しうるのか……。
 今回、小林さんに伺ったOfcomの提案の結果や放送局の反応については、改めて「放送研究と調査」で続報を記していきたいと思います。また、日本でのBPOでの審理についても見守っていきたいと思います。




1) 小林恭子「【テラスハウス・出演者死去】英国のリアリティ番組でも、問題続出 私生活露出でもOK?」
  『ヤフー個人ニュース』(2020年6月1日)
  https://news.yahoo.co.jp/byline/kobayashiginko/20200601-00180964/