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調査あれこれ 2024年01月15日 (月)

世帯年収の違いによるコロナ禍の影響の濃淡② ~「新型コロナウイルス感染症に関する世論調査(第3回)」の結果から③~【研究員の視点】#523

世論調査部(社会調査)小林利行

国内で新型コロナウイルスの初感染が確認された2020年1月15日から4年がたちました。

NHK放送文化研究所では、2020年から2022年までの3回にわたって毎年秋にコロナ禍に関する世論調査1を実施し、3回目の調査結果を中心とした分析を、『放送研究と調査』の2023年5月号と7月号に掲載しました。
そして今回は、「世帯年収の差」に注目して分析を深め、一部の分析結果を去年12月に公開したブログ「世帯年収の違いによるコロナ禍の影響の濃淡①に載せました。
このブログでは、3回の調査結果の時系列比較を通して、世帯年収差によるコロナ禍の影響の違いについて掘り下げたいと思います。

調査では、毎回、生活満足度について尋ねています(図①)。
時系列でみると、どの年収層でも『満足している(どちらかといえばを含む)』という人がおおむね増える傾向がみられます。
実は、感染拡大の不安感について同じく時系列でみると、『不安だ(非常に+ある程度)』という人がすべての年収層で年々減少する傾向にあるのです。全年収層での生活満足度の上昇は、重症化率が低下しながらコロナ禍が常態化して不安感が徐々に少なくなっていったことが要因のひとつと考えられます。
ただし、『満足している』と答えた人の増え方を詳しくみると、年収別で大きな違いがあるのがわかります。例えば「300万円未満」は2020年の48%から2022年の53%と5ポイントの増加だったのに対して、「900万円以上」は2020年の54%から2022年の77%と23ポイントの増加となっています。

図① 生活満足度(世帯年収別)※2
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それでは、収入が多い人ほど生活満足度の上昇幅が大きいという現象にはどんな要因が考えられるでしょうか。
時系列を考える上でまず考慮しなければならないのが、それぞれの調査年の状況です。2020年秋と2021年秋は、「不要不急の外出は控えよう」という政府の要請もあり、誰もが自由に外出できるという雰囲気ではありませんでした。一方2022年の秋は、新規感染者数は以前より多かったものの、重症化率が下がっていたこともあって、行動制限は大幅に緩和されていました。

このことを頭に入れたうえで図②をみると、2020年から2021年にかけては、高収入層の満足度が目立って上昇した要因のひとつとして「テレワーク」の広がりが考えられます。

実践している感染対策としてテレワークをあげた人は、2020年から2021年には、全体で10%から11%へ1ポイントながら有意に増えています。年収別にみると、有意差はつかないものの年収が高くなるほど増加の幅が大きくなる傾向がみられます。

図② 実践している感染対策「テレワーク」(世帯年収別)
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ブログ世帯年収の違いによるコロナ禍の影響の濃淡①でも示したように、コロナ禍の生活変化を『プラス』とした高収入層の理由で目立ったのが「在宅勤務の実施」でした。このことも考え合わせると、高収入層においては、少なくとも2020年秋から2021年秋までのコロナ禍の前半期においては、テレワークの継続と広がりが満足度上昇の要因のひとつだったと考えられます。

一方、その翌年の2022年までの1年間では、図②の「全体」をみてもわかるように、テレワークは減少しています。これは、行動制限が緩和されて会社などへの出勤も以前より増えたためと考えられます。

行動制限が緩和されると、「旅行」「飲み会」「イベント参加」などもできるようになります。
図③は、ストレスが『増えた』という人の中で、その要因として「気軽に遊びに行けないこと」を選んだ人の結果です。これをみると、2021年から2022年にかけて、高収入層の満足度が増えた要因のひとつが「行動制限の緩和」であることが浮かび上がります。

図③ ストレス要因「気軽に遊びに行けない」(世帯年収別)
【ストレスが『増えた』と回答した人】
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「600~900万円」と「900万円以上」では、2021年にストレス要因として「気軽に遊びに行けないこと」を選ぶ人が8割以上いましたが、2022年にかけて減少しています。特に「900万円以上」では81%から67%と大きく減っています。

12月のブログ世帯年収の違いによるコロナ禍の影響の濃淡①でも示しましたが、コロナ禍の生活変化をプラスかマイナスのどちらと捉えているかとの問いに、『マイナスだ』と答えた人のうち、世帯年収「600~900万円」と「900万円以上」が選んだマイナスの理由で多かったのが、「旅行やイベントや会食に行けなかったから」でした。高収入層にとっては、気軽に出かけられないことが低収入層に比べてストレスになりやすい一方、以前のように出かけられるようになるとその開放感も大きく、生活満足度の向上にもつながったのではないでしょうか。

そしてもうひとつ、高収入層の満足度が2021年から2022年にかけて増えた要因としては、収入の変化の違いも影響しているとみられます。
図④は、コロナ感染症の拡大前と比べて収入が『減った』という人の世帯年収別の結果ですが、2021年から2022年のポイントの変化に注目すると、有意差はつかないものの「300万円未満」でプラス3、「300~600万円」でマイナス1、「600~900万円」でマイナス5、「900万円以上」でマイナス7となっていて、年収が多いほど回復が早い傾向があることがわかります。

図④ 収入の変化(世帯年収別)
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あらためて、低収入層より高収入層のほうが生活満足度の増え方が大きいことの要因だと考えられることをまとめます。
①2020年から2021年にかけては主にテレワークの継続と広がり、②2021年から2022年にかけては、行動制限の緩和によって気軽に遊びに出かけられるようになり、心理的な開放感をより強く持てたことと、収入が『減った』という人が低年収層に比べて減少したこと。

こうしてみていくと、3年余りにわたるコロナ禍では、最初は厳しい行動制限や経済の落ち込み、それに感染拡大に対する大きな不安感などから、全般に不満が高かったのですが、長期化を経てコロナ生活の日常化もあり、さらに終盤に行動制限が緩和されたり経済回復の芽がみえたりしたことで、全般に不満が減っていったようです。
こうした中でも、状況に対応できるリソースが多い高収入層は、行動制限が厳しくなっても緩くなっても、低収入層に比べると、何らかの形で満足感を得やすくて、年々その差が広がるという構図になっていたとみられます。

社会の変化を人々がどう受け止めているのか。
こうした数字を提示するのも世論調査の重要な役割のひとつです。
今回の調査結果は、新たなパンデミック(世界的大流行)の際には、低収入層への初期段階での迅速な経済的支援などが必要なことを示していて、今後のパンデミック対策の参考になると思います。そして、次はどうしたらいいのか?みなさまも一緒に考えていきましょう。

このほか、「放送研究と調査 2024年1月号」では、世帯年収の差によって心理的・精神的な影響が違うこと、社会全体のデジタル化の捉え方に大きな差異があることなどを紹介しています。

ぜひご覧ください。


※1 新型コロナウイルス感染症に関する世論調査(第3回)
※2 
不等号が開いているほうが有意〔信頼度95%〕に多いことを示しています。2022年の下にある不等号は2020年と2022年を比べたもので、例えば「全体」の62%の下にある∧は、2020年の49%より62%が有意に多いことを表しています。

おすすめ記事】
①「放送研究と調査」 2023年7月号
新型コロナ感染拡大から3年 コロナ禍は人々や社会に何をもたらしたのか-NHK
②「放送研究と調査」 2023年5月号
コロナ国内初感染確認から3年 人々の暮らしや意識はどう変わったのか-NHK

【小林利行】
NHK放送文化研究所の世論調査部員として、これまで選挙調査から生活時間調査まで幅広い業務に携わり、
最近では「災害」「憲法」「コロナ禍」などの調査に取り組んでいる。