文研ブログ

調査あれこれ 2022年04月07日 (木)

#390 地域の声を受けとめてドラマを制作~NHK京都「ストレス・リレー」~

メディア研究部 (番組研究) 宮下牧恵

 視聴者の疑問や悩みをもとに取材・制作を進め、ともに解決を探っていく。その過程で地域とのつながりを深める「課題解決型」の番組やニュース企画が、全国の地域放送局で増えています。その実例を、これまで2回のブログでお伝えしてきました。今回は、「課題解決型」のニュース企画に加え、地域の人々の声を反映させたドラマ作りに乗り出した事例をご紹介します。

 NHK京都放送局は、今年2022年に開局から90年の節目を迎えます。昨年夏から、開局90年プロジェクトを立ち上げ、地域のために何ができるのか、若手職員が集まって議論を始めました。そして「京都府民のもっと身近に、役に立てる放送局になりたい」といった思いを込めて、「#使い方イロイロ」というキャッチコピーを作り、それに沿って企画を考えました。

 まずは府民の生の声を集めようと、局内の全ての部署から若手職員13人が参加して「お悩み聞き隊」という名のチームを結成。約3週間かけて、府民100人に街頭インタビューを行いました。

 そして、それらの悩みの声を出発点に取材を進め、課題解決をめざす企画「こえきく!」を、「ニュース630京いちにち」(月~金、18時30分から)の中でスタートしました。

 「ハザードマップの疑問」(2021年10月6日放送)の回では、「水害時に避難するように指定された避難所が、ハザードマップを見ると浸水想定地域になっている」という市民の疑問からリサーチを開始し、なぜそのような状態なのかを行政に取材するとともに、実際の水害の際にどう備えればよいか、専門家のアドバイスも紹介しました。また、「これでOK?店の感染対策」(2021年10月18日放送)では、飲食店の関係者から「コロナ禍で、どんなに感染対策をしても、人々から厳しい声が寄せられる」という悩みが複数寄せられたことから、実際に困っている飲食店に取材し、感染対策の現状や困りごとを撮影。その映像を専門家に見てもらい、具体的な感染対策の方法をともに考えました。

 一方で、課題も見えてきました。街頭インタビューでは、「コロナで仕事がうまくいかない」「学校での活動が思うようにできない」「自粛で家にこもる時間が増えて家族と話していてもいらだつことが増えた」など、コロナ禍で感じるストレスや、そのストレスを誰かと共有することにも疲れているという声が多く聞かれました。こうした個人的なストレスやモヤモヤした気持ちは、リポートでは解決が難しいものでした。
 地域の人たちがコロナ禍で感じているストレスやモヤモヤした気持ちを、「分かち合ったり」「笑いに変えたり」「発散させたり」できる企画はできないか。また、課題解決の取り組みでは、調査報道や、情報番組のスタイルが多い中、それ以外の方法で地域や視聴者を巻き込むことはできないか。そうした議論が局内で行われるようになりました。

 そんなとき、「こえきく!」の担当者の一人、入局5年目(当時)の岩根佳奈子ディレクター(現・クリエイターセンター<第2制作センター>)は、ある小説に出会いました。芥川賞作家で学生時代を京都で過ごした平野啓一郎さんが昨年8月に発表した短編小説「ストレス・リレー」です。
 作品では、アメリカから帰国したサラリーマンが発した棘のある言葉がストレスとして人々に伝播し、東京から京都へと持ち込まれ増殖していく様が描かれています。

 岩根ディレクターは、「ストレス・リレー」を読み、「こえきく!」でインタビューをしている中で耳にしてきた人々の声と、小説の中でストレスがリレーされていく様子が重なったそうです。そこで、この小説を元に、ドラマを作ることはできないかと、小山諒カメラマン(当時・入局2年目)や木村竣一カメラマン(同・入局3年目)とともに企画を提案しました。

 こうしてドラマ「京都スペシャル ストレス・リレー」(2021年11月26日午後7時30分~7時57分、総合テレビで京都府向けに放送)が制作されました。出演は俳優の川島海荷さん、近藤芳正さんのほか、京都ゆかりの俳優や、実際に「こえきく!」のインタビューで出会った市民のみなさんにも参加してもらいました。オーディションの際には、実生活の中でどのようなストレスを感じているかについてインタビューも行い、そうした映像もドラマの中で使用されました。

miyashita1.jpgのサムネイル画像 ドラマの中では、登場人物が、イライラを人にぶつけることで、ストレスをリレーさせていきます。例えば、アメリカから帰国したサラリーマンによってストレスをぶつけられるコミュニケーションが苦手な蕎麦屋のアルバイトの店員。そのアルバイトの店員からストレスをぶつけられる母親。その母親からさらに誰かへと、ストレスがリレーされ、増殖していきます。ごくふつうの人々がストレスの連鎖を作り出す怖さと、その連鎖を止める「こころの換気」について考えるドラマです。

miyashita2.pngのサムネイル画像 最初にストレスをリレーされた、コミュニケーションが苦手な蕎麦屋のアルバイト店員役を演じた女性は、実際に、演じた役柄と似たようなストレスを抱えてきた体験があったそうです。そうした体験から、どうやってストレスをリレーさせないようにするのか、撮影の合間に母親役を演じた出演者と話し合っていました。また、ほかの出演者の間でも、自分の職場でのストレス体験や、それぞれのストレス解消法、対処法などを語り合う姿が見られました。

miyashita3.pngのサムネイル画像 また、京都放送局では、ドラマの放送日に合わせて「アフタートークイベント」を企画しました。原作者の平野啓一郎さん、ドラマの出演者、声を寄せてくれた市民のみなさんが参加しました。

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 イベントでは、自分がストレスの連鎖を止めた方法や、ストレス解消法についてどのようなことを行っているかなど、番組の作り手と市民が一緒になって、日常のストレスをどうやってリレーさせないようするか、語り合いました。参加者からは「ストレスは人から人へ渡ることもあるが、逆に温かい言葉をかけられるとホッとする。そのホッとした瞬間がストレスを軽減できるのではないか。」といった声が上がりました。平野さんからは、「優しさのリレーみたいなことが社会では本当には起きていると思う。」「人と人との繋がりがストレスを軽減するようになってほしい。」といったコメントがありました。

iwane.png 担当した岩根ディレクターによると、「初めてのドラマ制作は大変だったが、東京のドラマ部のベテラン職員の指導や、地域の皆さんの協力で成し遂げられた。テレビはマスに向けて番組制作を行っていて、ふだんはなかなか視聴者の反応をみることができないが、アフタートークイベントでは顔が見えなかった視聴者の方と対面できて、小さくても手ごたえを感じた」そうです。また、「今回作り上げた市民との繋がりをこの先どうやって繋げ続ければよいのかということが課題だと感じている。」とのことでした。
 また、ドラマに参加した市民からは、「制作サイドの人と接したことで、以前よりNHKを身近に感じることができた」 「他の市民の方と知り合うのが面白い」という声が聞かれたとのことです。

 京都放送局の伊藤雄介副部長は、「今後は、視聴者の方々にNHKをより身近に感じてもらうため、企画段階から一緒に制作することや、番組を放送するだけではなく、ゴールを対面でのイベントに置いて、地域の課題について考えた経験をみんなで分かち合うことができればよいと考えている。そうした場をいかに楽しくワクワクできる企画で生み出せるかが重要だと感じており、今回は、ドラマというスタイルだったが、歌番組やお笑いのようなジャンルでも挑戦できたらと思っている。」と言います。

 次回も、地域放送局の新たな取り組みについてお伝えします。

調査あれこれ 2022年04月06日 (水)

#389 流れを一旦せきとめる~論考「新型コロナ報道は東京オリパラにどのように影響されたか?」について~ 

メディア研究部(番組研究) 高橋浩一郎

 私たちの社会が新型コロナウイルスと向き合うことになって2年以上がたちます。3月21日にはまん延防止等重点措置がすべての地域で解除されましたが、26日時点でも1日当たりの感染者数は4万人を超え、毎日100人を超える方が亡くなっています。

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 他方で1月15日にはトンガで大規模噴火が起こり日本にも津波警報が出され、2月24日にはロシア軍がウクライナに侵攻、国内では3月16日に福島県沖を震源地とする最大震度6強の地震が発生するなど、思ってもみないような事態が次々と起こり、テレビが日々報道するトピックもめまぐるしく移り変わっています。新型コロナに関しては上記の通り事態が収束したとは決して言えないものの、より大きな関心を引く出来事が立て続けに起こり、また2年以上に渡って付き合わされ、その対策も複雑化していることも相まって、社会全体の問題としてとらえにくくなりつつある印象さえ受けます。
 さまざまな情報をネット経由で手に入れられるようになったとは言え、テレビにはいまだに大きな影響力があると考えられます。しかし、画面に映像と音声が流れ出した瞬間に消え去っていくテレビ発の情報は、多くの場合忘れられてしまいます。そのため新聞などの文字媒体と比較すると、ある時点でどのような報道がなされていたのか後から検証することが困難です。大きな事件や災害が頻発し、ある意味で“非常時”が“日常化”しつつある今だからこそ、麻痺してしまいがちな感覚を正常化するためにも、一旦流れをせきとめて、ある時点でテレビがどのような報道をしていたのかを記録・検証することが必要ではないかと思います。

 「放送研究と調査」3月号には、およそ1年前にテレビが“新型コロナの感染拡大”と“東京オリパラの開催”をどのように報道したのかを検証する論稿を掲載しています。さらに4月号には“新型コロナ”と“東京オリパラ”をめぐるツイッターの動向について短いレポートを掲載しました。
 研究テーマの軸となったのは「限られた放送時間とリソースという物理的な制約のある中で、テレビは何を優先して伝えたのか」ということです。分析の結果から見えてきたのは「テレビがどれだけ自律的かつ主体的にその判断をできたのか」という疑念、さらに「その判断に疑義が呈されるとき視聴者からの信頼が揺らいでいる可能性がある」という懸念でした。
 これまで経験したことがなく、さらに次々に変異を重ねる新型コロナにどう対応するのかの判断は、状況や時期によっても変わることがあり、また国によって一様ではありません。何が正しいのかがその時点では明確ではなく、事後になって初めて分かることもあります。複雑化・多様化を極める社会において、多くの人に情報を伝えるメディアには「何を、どのように、どの程度伝えるべきか」より難しい判断が求められますが、そういう時だからこそ大きな役割が期待されているとも言えます。テレビ報道が機能不全を起こさないようにするためにもその動向を注視し、どうしたらよいのか考え続ける必要があります。

 自分に向けられた信頼が揺らぐとき、私たちはどのような態度と行動をとるでしょうか。自分に不都合なことから目を背けたり、本質から話を逸らしたり、どこかの誰かが妙案を生み出してくれるのを期待するでしょうか。それとも自分がしたことを認めたうえで、そこから教訓を導き出しこれからに生かそうとするでしょうか。メディアがどのような姿勢を示すことができるのか、その存在の真価が試されているように思えます。



メディアの動き 2022年03月23日 (水)

#378 人と人との繋がりを生み出す ~徳島局「AWAラウンドテーブル」の取り組み~

メディア研究部(番組研究) 宮下牧恵


 NHKの地域放送局では、「課題解決型」のニュース企画や番組の制作が多数行われるようになってきていることを、2月25日のブログでお伝えしました。今回は、「課題解決」を目指しながら、地域の中で新しい人と人との繋がりを生み出そうというNHK徳島放送局の取り組みを取材しました。
 徳島局では放送だけでなく、ホームページやSNSでニュース記事や動画の配信を行っていますが、「それだけではNHKの存在意義が薄くなるのではないか」という危機感があったそうです。そうした中、ディレクター、編成、記者など職種の違う職員が集まった際に、「放送で取り上げるだけで取材先との関係が終わってしまうのはもったいない」という話が出てきました。
 「放送を出口にするのではなく、放送を入口にして関係性を繋いでいけば、取材先の人たちが抱えている悩みなどにもっと関わっていけるのではないか」と考えた、末永貴哉ディレクター(現・首都圏局)は、放送を入口にして、ニュースの取材先同士をつなげるプロジェクトを立ち上げてはどうかと発案しました。賛同した13人の職員がコアメンバーとなり、立ち上がったのが、「AWAラウンドテーブル」と呼ばれるプロジェクトです。
 「ラウンドテーブル」とは、大学の教職員や学生などの間で20年以上前から続いてきた取り組みです。報告者と聴き手に分かれ、報告者は自分が抱えている課題や悩みを心ゆくまで話します。聴き手はさえぎらずに話を聞き、報告者に寄り添ったアドバイスをすることが求められます。末永ディレクターは、学生時代に「ラウンドテーブル」の取り組みを学び、放送にも取り入れることが出来ないかと考えたそうです。

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 「AWAラウンドテーブル」で目指したのは、以下の3つのステップです。

① 地域の人をつなぐ場となるイベントを開催する
② イベントの様子や参加者の「その後」を放送する
③ 放送を見た人が「応援者」となりつながりの輪がひろがる

 まず行われたのが、NHK徳島放送局で放送されている「とく6徳島」(月~金、18時10分から)の放送の中から、「地域おこし」に関連したテーマのニュース1年間分、300本を調べるという作業でした。そのうち100本のニュースで取材し、出演してもらった地域の人たちに連絡を取りました。そして、改めてその人が放送で伝えきれなかった思いや、いま直面している課題、公共メディアに期待したいことなどを聞き取りました。そして、いくつかの共通した悩みを抱える約20人の人たちに集まってもらい、悩みをとことん話し合ってもらうイベントを2021年3月に開催。その模様を収録し、徳島県内向けの番組「あわとく」(金曜夜7時30分から7時55分まで)で5月14日に放送しました。

 イベントでは、悩みの種類によって参加者を4つのグループに分けました。PRがうまくいかない「情報のしかたを模索」するグループ、後継者がいない「担い手不足について議論」するグループのほか、「異業種との連携を模索」するグループ、「コロナ禍の地域おこしを議論」するグループです。

 例えば、「情報発信のしかたを模索」するグループでは、公務員YouTuberとして徳島県南部の観光PRを担っているものの、チャンネル登録者が伸びないという県職員が報告者になりました。聴き手の一人は7年前から動画投稿サイトで自身の酒造メーカーの商品やレコードを紹介する活動をしてきた男性。「動画はふざけていていい、行ったらすごく楽しかったということが大事」と、行政マンがなかなか思いつかない発想で、アドバイスしていました。
 また、「異業種との連携を模索」するグループでは、障害者団体の代表の女性が報告者となりました。この女性には、重度心身障害者で28歳(取材当時)になる娘さんがいます。女性はかねてから娘さんが障害者という枠を超えて、就労できないかと模索していました。


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「生産力がない障害者は仕事も持てないのか」と悩み、娘にしかできないような役割が何かないかと相談をしました。そこで、4年近く前から福祉施設と連携し、徳島県産の野菜をメニューに取り入れたり、自らも野菜を作ったりしている飲食店の経営者が、収穫したカラフルなジャガイモを味見してもらうなど、女性の娘さんにインフルエンサーの役割を担ってもらえないかとアイデアを出しました。イベントの後、このグループでは、先ほどの飲食店経営者や徳島大学の教授などが自主的にオンラインでやり取りを始め、ジャガイモの収穫祭を行う準備を進めました。その様子も、5月の放送で紹介されました。
 さらに放送後、徳島大学ではこの動きを授業で取り上げ、どうすれば収穫祭を盛り上げることができるのか、学生たちからもアイデアを募るなどして、人のつながりが広がっていきました。そして、7月に収穫祭が行われ、重度心身障害を持つ娘さんは、特製ムースなどメニューの開発補助を行ったほか、カラフルなジャガイモの詳細を伝えるビラの配布や、ジャガイモの魅力を客にPRして回るなどを行うなど広告塔としての役割を担いました。
 末永ディレクターは、収穫祭の準備や当日の模様などを再度取材し、11月に放送された「AWAラウンドテーブル」第2弾の回で短いVTRにまとめて放送しました。
 また、「あわとく」の中で放送しきれなかった他のグループのエピソードや出演した方の活動などについては、「とく6徳島」で放送したそうです。


220322-3.JPG 末永ディレクターによると、参加した人たちに公共メディアに何を期待するかを尋ねたところ、「普段から人とつながる機会が少なかったり、自分と同じような立場の人とばかりつながってしまうため、今回のように違う立場や考え方の人と出会える機会を作ってもらえれば」という声が多く聞かれたそうです。イベント自体の満足度は非常に高いものでした。一方で、悩み相談や座談会のような映像を、どうすれば視聴者に楽しく見てもらえるのか、演出面に課題を感じたということです。
 

 徳島放送局の京戸英之副部長によると、「来年度は『AWAラウンドテーブル』のスキームを一層進化させて、徳島県で必要とされ続ける地域放送局を目指します。テーマを、ツーリズムや地域活性化など、県民の関心の高い分野に絞りこみ、内容をさらに充実し、もっと多くの人に見てもらえるよう努めます。」とのことでした。

次回も、地域放送局の新たな取り組みについてブログでご紹介します。


調査あれこれ 2022年03月17日 (木)

#377 2つの大会が終わった今、改めて考える

メディア研究部(メディア動向) 上杉慎一


3月13日、北京パラリンピックが閉幕しました。大会直前にはロシアがウクライナに軍事侵攻を開始し、冬のパラスポーツの祭典にも大きな影を落としました。

一方、半年前の東京オリンピック・パラリンピックが直面したのは、新型コロナウイルスの影響でした。コロナ禍で開催されたオリンピックをメディアはどう伝えたのか、私たちはニュースの内容を分析し論考にまとめました。その際、注目した1つが、NHKがオリンピック中継で活用したサブチャンネルです。今回は論考の概要を改めて紹介するとともにとNHKのサブチャンネル放送について振り返ります。

コロナ禍の五輪 ニュースは

夏の東京オリンピック・パラリンピック大会は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、史上初めて開催が1年延期され、オリンピック開催の直前には東京に4回目の緊急事態宣言が出されました。連日、コロナ報道が続く一方で、大会を開催すべきか否かを巡り人々の意見は大きく分かれました。そうした中で聞かれたのは、「いざオリンピックが始まればテレビはオリンピック報道一色になるに違いない」といった“メディアの手のひら返し”を指摘する声でした。

実際はどうだったのでしょうか。東京オリンピックの報道をみると、新型コロナの第5波を受けて、テレビでは大会の途中からトップニュースがオリンピック関係からコロナに関するニュースに置き換わり、コロナの報道量も増加しました。その反面、大会期間中の報道量としてはオリンピック関係のニュースが最も多くなりました。詳しい分析内容は「コロナ禍の五輪 ニュースはどう伝えたか」(上杉慎一・東山一郎/放送研究と調査2月号)をご覧ください。

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オリンピック報道とコロナ報道の両方をどう伝えていくのか、メディアは対応に迫られました。その対策の1つとしてNHKが数多く活用したのが、サブチャンネルを使ったマルチ編成です。マルチ編成は1つのチャンネルでメインとサブの2番組を同時に放送するもので、これによって総合テレビで通常通り「ニュース7」を編成するとともにオリンピック中継も同じ時間帯に伝えることができました。その点でサブチャンネルは効果的だったと思います。
一方、「ニュースウオッチ9」はオリンピック中継のため、通常60分間の放送時間が2週間余にわたって15分~30分間に短縮され、一部で物議をかもしました。果たして当時の対応は適切なものだったのかどうか、今後も様々な検証が必要だと考えます。

逆転の金メダル 見逃し相次ぐ

東京オリンピックの際は、一定の効果を発揮したNHKのサブチャンネルですが、冬の北京オリンピックの中継では、逆にネックとなり、周知や運用の難しさが大きな課題として残りました。スノーボード男子ハーフパイプ決勝の中継で、金メダルを獲得した平野歩夢選手の滑走を見逃したという視聴者が相次いだためです。

2月11日。スノーボード男子ハーフパイプの中継は総合テレビで放送され、平野歩夢選手は2回目の滑走を終え2位につけていました。逆転を狙った3回目の滑走の直前だった午前11時53分にマルチ編成が始まり、スノーボード中継はサブチャンネルでの放送となりました。総合テレビのメインチャンネルでは、サブチャンネルへの切り替え方法を紹介する1分間の案内番組が放送され、続いて54分から通常通り気象情報が始まりました。その結果、リモコンを使ったサブチャンネル切り替えの操作に手間取った人たちが金メダルの瞬間を見逃すことになってしまいました。

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サブチャンネルへの切り替え方法の理解が十分進んでいないことはかねてからも指摘されていましたが、今回はそれが一層際立ったケースになりました。SNS では「最悪のタイミングだった」という嘆きも聞かれました。より丁寧な説明とともに番組編成での工夫も必要ではないかと思います。
これ以降、総合テレビではサブチャンネルの活用に慎重姿勢が見えるようになりました。日本がイギリスと戦った、2月20日のカーリング女子決勝の中継ではサブチャンネルを使わず、気象情報を休止するとともに、正午のニュースを午後1時30分までずらすという対応になりました。

浮かび上がった課題を今後どうする

2つのオリンピックを通じて、サブチャンネル1つをとっても効果と課題がそれぞれ見えてきました。今回のオリンピック・パラリンピックで浮かび上がったメディアの課題はこれにとどまりません。例えばNHKにとっては、BS1スペシャル「河瀨直美が見つめた東京五輪」を巡る問題もあります。この問題では、NHKの調査チームが報告書をまとめ公表していますが、BPO=放送倫理・番組向上機構が「放送に至った経緯について詳しく検証する必要がある」として審議入りを決めました。その推移を注視する必要があります。

この1年の間に続けて開催された東京と北京、2つのオリンピック・パラリンピック大会が終わりました。2つの大会を通して浮かび上がった課題にメディアはどう向き合っていくのか、メディア研究という視点で今後も見つめていきたいと考えています。

 

調査あれこれ 2022年03月15日 (火)

#376 プーチンの暴挙・ウクライナ侵攻~停戦のために何ができるか?~

放送文化研究所 研究主幹 島田敏男

 2月22日、日本の国会では新年度の政府予算案が衆議院を通過して参議院に送られました。これによって新型コロナ対策なども盛り込んだ令和4年度予算が、憲法の規定に基づいて年度内に成立することが確実になりました。

 総理大臣にとって1年で一番大きな仕事が「国を動かす血液循環」とも例えられる本予算の成立です。本会議場で一礼した岸田総理が思わずほっとした表情を見せたのも、就任から間もない新人として当然の姿です。

 しかし、ほっとしたのもつかの間。2日後の24日、プーチン大統領の命令でロシア軍がウクライナに攻撃を始めてしまいました。時計の針を100年前の領土拡張競争時代に巻き戻した感があります。

 ロシア政府は「軍事施設を狙ったものだ」と強弁しましたけれども、ウクライナ国内からメディアやSNSで伝えられる状況を見れば一目瞭然。市民を巻き込む軍事侵攻に他ならないことを世界は瞬時に理解しました。

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 アメリカのバイデン政権は、情報機関の分析に基づいて早い段階からロシアがウクライナに攻め込む事態を予測し、世界に警戒警報を発していました。

 21世紀初頭からのテロとの戦い、そしてイラク戦争の苦い経験を積み重ね「世界の警察官」として振舞うことを辞めたアメリカ合衆国。それでも自分たちの「目と耳」で集めた情報を世界に伝えることで、何とかリーダーの地位を保とうという切実な思いがにじんでいます。

 「国際社会はプーチン大統領の誤った行動を止めることができなかった」。
国際政治の専門家は口をそろえて指摘します。核兵器を保有し、国連の安保理常任理事国のロシアが力による現状変更に踏み切ったことで、世界は歴史に残る困難に直面することになりました。
 
 日本時間の3月3日未明、国連総会でロシア非難決議が採択されました。賛成141か国、反対5か国、棄権35か国という態度表明でした。
kokuren.pngのサムネイル画像 賛成の141か国は、G7など決議案を共同提案した96か国と、それ以外に賛成した45か国です。

 反対の5か国は、ロシア、ベラルーシ、北朝鮮、エリトリア、シリア。いずれも専制主義的国家体制の国です。
 棄権の35か国には、中国、インドが含まれています。

 決議案の共同提案国になった日本は、G7の一員として経済制裁に加わり、自衛隊が保有するヘルメットや防弾チョッキといった護身用の装備品をウクライナに提供しました。

 この決議採択の後、ロシア軍とウクライナ軍の攻防が続く中、3月11日(金)から13日(日)にかけてNHK電話世論調査が行われました。

☆「ロシアのウクライナへの軍事侵攻に対する日本政府のこれまでの対応を評価しますか」と聞きました。

  「評価する」  58%
  「評価しない」 34%

☆「日本政府はロシアに対し、プーチン大統領ら政府関係者や中央銀行などが日本国内に持つ資産の凍結や、半導体の輸出禁止などの制裁措置を決めています。これらの制裁措置についてどう思いますか」

  「妥当だ」        42%
  「さらに強化すべきだ」 40%
  「強すぎる措置だ」     7%

 これを与党支持者、野党支持者、無党派層の別に見ても、ほぼ同様の肯定的な結果を示しています。

☆「政府はウクライナから避難した人の日本への受け入れを進める方針です。この方針を評価しますか」

    「評価する」    85%
  「評価しない」 10%

 こちらも与党支持者、野党支持者、無党派層のいずれを見ても、ほぼ同様の結果です。「遠い国の話」と片づけないで、苦難に見舞われたウクライナの人たちに対し「離れていても隣人」という想いをはせている人が多いように感じます。

 この2年間、私たちは世界的規模で新型コロナウイルスに向き合ってきました。この共通体験を通じて地球上の課題が広く共有されるようになり、遠く離れた場所の出来事でも「困っているお隣さんを支援しよう」という地球市民の感覚が醸成されてきたと言ったらうがちすぎでしょうか。

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☆「あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか」

  「支持する」     53%(対前月 -1ポイント)
  「支持しない」  25%(対前月 -2ポイント)

 オミクロン株による新型コロナウイルス感染第6波が年明け早々に襲来し、2月には岸田内閣の支持率に陰りが見えましたが、今月は横ばいを維持しました。

 岸田総理の内憂である感染拡大が、今の第6波の後、収束に向かうことを願わずにはいられません。

 ただ、そこに『外憂』ともいうべきプーチンの暴挙・ウクライナ軍事侵攻が眼前に現れました。国際社会の一員として、これをどう乗り越えるか?

 まず、話し合いによる停戦合意に漕ぎつけることが重要ですが、それを促すために日本政府がすべきこととして、私は次の2点を挙げたいと思います。

 一つ目は、ロシアが管理下に置いたとされるチェルノブイリ原発などウクライナ国内の原子力施設に対し、IAEA(国際原子力機関)の監視の目が十分に行き届くように支援することです。東日本大震災による福島第一原発事故の後、IAEAとウクライナ政府から事態改善に必要な様々な知見の提供を受けました。その恩返しでもあります。

 二つ目は、国連総会でロシア非難決議案に賛成せず棄権に回った中国を、これ以上ロシア支援の側に回らせないようにする日本外交の働きかけです。中国がロシアとの経済関係を今以上に強めれば、経済制裁の抜け道を広げることになります。外務大臣を5年近く務めた岸田総理のリーダーシップが試されます。
ukurussia.pngのサムネイル画像 ウクライナのゼレンスキー大統領とロシアのプーチン大統領の首脳会談が実現し、事態打開に向かうことができるのかは不透明です。(3月15日現在)
 
 インターネット、SNSの発達で様々な情報を手にすることが可能になった今日だからこそ、地球規模の課題に関心を持ち続けることが重要だと感じます。







 





メディアの動き 2022年03月11日 (金)

#375 政策目的の実現のためにどう政策手段を見直すか? ~「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」第6回から~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


 本ブログでは、総務省で開催中の「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(本検討会)」を傍聴している私が、私なりに論点を整理し所感を記しています1)
。今回は、第6回の議論についてです。

①    政策目的と政策手段

 今年に入ってから、本検討会では主要な論点として、「マスメディア集中排除原則(マス排)」と「放送対象地域」を見直すかどうかが集中的に議論されています。これは、情報空間がネットに拡張して人々のメディア接触が大きく変容する中、また人口減少が進み地域経済が衰退しローカル局の経営基盤が揺らぎかねない状況になる中、放送の「多元性・多様性・地域性」の確保という政策目的を実現するための政策手段(上記2つの制度)が時代に合わなくなっている部分があるのではないか、という問題意識からスタートしています。政策手段が政策目的の実現を却って妨げているのではないか、と言い換えてもいいでしょう。なんだか最初から堅苦しくなってしまいましたが、このことは、この論点を見ていく点で常に忘れてはならないポイントだと思っています。

②    固まってきた見直しの方向性(案)

 前回の第5回会合では、総務省側から示された「見直しの方向性(案)」を巡り議論が行われました。それを受け、今回は、より明確な方向性(案)2)が示されました。ポイントをまとめておきます。

    1⃣認定放送持株会社制度の地域制限(現状は12地域)は撤廃

    2⃣隣接・非隣接を問わず、一定の制限の範囲内で異なる地域の兼営・支配を可能に

    3⃣同一地域については現状維持。ただしハード設備連携等で緩和ニーズがあるかを継続注視

    4⃣放送対象地域は変更せず、希望する局は複数地域での放送番組の同一化を可能に

    5⃣放送番組同一化の制度を設ける場合には、地域情報の発信確保の仕組みを措置

③ それぞれのポイントについての議論の整理と若干のコメント

 1⃣についてはこれまでも構成員から反対の声は上がりませんでしたが、今回、資本関係と自社制作番組比率との間に関連性が認められない、つまり、例えばキー局持株会社の関係会社の局とそうでない局との間に比率に差異はない、という事務局側の資料が提示され、案では「撤廃」に踏み込みました。撤廃を巡っても、特段の異論はありませんでした。

 ただし、あくまでこれは現時点での比率の数字であり、ローカル局がキー局持株会社の関係会社や子会社になってからその比率が維持されてきたのか向上してきたのか、それとも減少してきたのか、といった経年での分析ではないことには注意が必要だと思いました。認定放送持株制度導入の政策目的は、「地上放送事業者に関し、多額の資金調達や経営の一層の効率化が大きな経営課題となる中、持株会社を通じた資金調達を可能とし、放送事業者の経営の安定基盤を強化する、人材、資金、設備等について経営資源の効率的運用を可能とする、放送事業者間の連携ニーズに柔軟に対応することを可能とする3)」ということであるため、必ずしも地域に向けた自社制作番組の充実は政策目的ではありません。一方で放送法163条において、認定放送持株会社の関係会社には地域向け番組制作への努力が定められています。仮に今回「撤廃」することになったとしても、経年での評価を、地域性の確保という観点から注意深く見ていく必要があるのではないかと感じました。

 2⃣については、局にとって使い勝手のいい柔軟な制度改正が必要だ、という方向で議論は進んでいきました。また、この考え方は4⃣の放送番組の同一化の対象地域を考える際にも援用できるのではないか、ということも今回、示されました。それを受け、現在、現行法では隣接地域の局において3分の1の出資規制がかからない、つまり、局同士の合併まで可能な制度(「特定隣接地域特例」)では対象外とされている広域局の扱いをどうすべきか、ということが一つの論点となりました。
 一例としてあげられたのが静岡県でした。静岡県の場合、東部は関東エリアに近く、逆に西部は中京エリアに近い生活圏となっています。しかし現行法上は、関東も中京も広域局の地域であるため、もしも静岡県にある局が経営統合もしくは番組同一化を考えたとすれば、静岡県については長野県か山梨県としか一緒になれず、生活圏を同じくする関東や中京とは一緒になれません。それは視聴者目線から考えてどうなのか、という問題提起がありました。今回は静岡県が例にあげられましたが、このほかにも同様の課題を抱える県は存在すると思います。それに対して総務省側からは、三大広域圏の資本関係が結びつくことは放送の多様性が損なわれる恐れが強いとの懸念があるため、現行法では認められてこなかった、また、資本関係の強化であれば認定放送持株会社制度を活用すれば可能であり、これまで要望もなかったという発言がありました。ただ、検討の余地はあるという発言もありましたので、次回更に議論が深められていくものと思います。
 しかし、当然ながらこうした“静岡県問題”のようなことは、放送制度特有の論点ではないということには注意が必要だと思います。今後仮に、行政単位が現在の都道府県から、道州制や広域行政圏などへ見直す議論が進んでいくとしたら、同様の問題が顕在化してくることは間違いありません。それをどう解消していくかについては、大きな政治的判断を伴うものとなってくるでしょう。そうした判断の前に、事業者の事情によって先んじて放送制度の側がこのような議論をし、新たな枠組みを設けようとしていることについては、個人的にはいささか違和感を覚えますが、今回、放送対象地域という原則を変えない、ということで、“後戻りできる”制度設計とみることもできると思います。次回は、広域局において隣接特例を拡張するかどうかが議論されると思いますが、認定放送持株制度がある中、今一度、放送3原則という大きな政策目的に立ち返りながら、幅広い議論が行われることを期待しています。

 3⃣については、ローカル局自身から、系列を超えた1局2波や、局の数を減らすクロスネット局化といった具体的な要望が出ていない以上は現状維持でいいのではないか、という構成員が多かったように思います。今回、テレビ朝日HDはヒアリングの追加資料を提出しましたが、そこにおいても同一放送地域内の緩和については否定的な見解が述べられていました4)。ただ、ローカル局の要望については、三友座長が愛媛県を訪れてヒアリングした結果が次回示されるということなので、潜在的にローカル局にこうしたニーズがあるのかどうか、少しは明らかになってくると思いますので、次回の議論を待ちたいと思います。
 また、こうした論点とは異なり、専らハード設備を前提とした連携を行うため、マス排緩和を行わなければできないような資本関係強化の必要があるのかどうかも議論されていました。今回の議論では、ハード設備といっても、“ソフト寄り”のハードとしてのマスター設備については、系列で仕様が異なるために“タテ”(つまり系列ごと)の連携が、一方で中継局設備のようなものについては“ヨコ”の連携が求められるのではないかといった、放送業界にとってよりリアリティのある議論になっている印象を受けました。その上で、ヨコ連携については、既に中継局についてはNHKも含めた共建が進んでいること、またメンテナンス会社については系列を超えて横で共同の会社を作ったり、共同で別会社に委託したりという取り組みが既に進んでいる実例がある中 5)、更に経済合理性を高めていくためにどのような姿を模索していくのか、これはユニバーサルサービスのブロードバンド代替の取り組みを本格的に進めていくことになる中で、NHKも含めた次のステージの議論として改めて出てくる論点ではないかという印象を持ちました。

 4⃣の複数地域の同一放送の可能化については、5⃣の地域情報確保の措置とワンパッケージで議論されてきました。同一放送を可能にするという政策手段によって実現しようとする政策目的は何なのか、今回の検討の中では最も重要な議論であるように思います。ここについては、まだ議論がしつくされているとは思いませんので、次項で詳細に述べていきます。

④    複数地域での番組の同一化の政策目的は何か?

 改めて確認しておくと、現行制度においても、複数地域での番組の同一化を実現する制度は既にあります。この制度は「経営基盤強化計画認定制度」というものですが、「経済事情の変動により放送系の数の目標の達成が困難になる恐れがある等と認められる」地域に指定され、そこの地域の局が計画を作成して総務大臣の認定を受けて初めて実現するもので、いわば、経営が悪化してからの対応策のような制度です。今回議論されているのは、経営が悪化する前に複数局が番組の同一化という施策を行うことで、ローカル局の経営基盤強化を図ろうという、いわば“転ばぬ先の杖”の性質のもので、既存制度とは別立てで設けていこうということを総務省側は方向性案として示しています。
 これを要望したのはテレ朝HDで、要望の際、その目的は「地域での放送の維持」であるとしていました。では、ここで想定する“地域”とは何を指すのか。これが非常に重要な論点だと思います。4⃣と共に議論されている5⃣の地域情報確保の措置についても同様です。今回の議論では、災害でも県よりも広域の地域のニーズがある、といった意見や、県よりも小さな住民自治の単位としての地域情報の確保が重要だ、と言った意見が出され、かならずしも構成員の間で、地域の範囲や地域情報のイメージが共有されているとは思えませんでした。一方で、共有できないのは当然であり、それぞれの地域によって、またそれぞれの局面によって住民のニーズも異なるため、そこは放送を行う局に委ね、局が自らの判断で行っていくべき、という趣旨の発言もありました。
 5⃣の地域情報確保の措置については、これまでのような事業者の努力義務に委ねていてはだめだ、といった厳しい意見や、地域性確保の取り組みのモニタリングが必要という意見、事業者が視聴者への責任として情報発信の見える化を自らの判断で取り組んで公表すべきといった意見が出されました。また、こうした取り組みについては、放送番組の同一化の制度を活用した局かどうかに関わらず、全ての局が公表していくべきではないか、といった意見も出ました。事業者への過度な介入にならず、しかし制度のお題目として形骸化したものにならないよう、そして何より、こうした取り組みが事業者にとって単なる義務ではなく、取り組みを行う事が地域の信頼の確保やビジネスにつながり、更に局が地域メディアとしての役割を高めていくきっかけとなる、そういう方向に向かう議論になっていくことを期待します。前回のブログで私は、単なる放送による地域情報の提供という視点ではない多面的な地域性の物差しを開発することが必要だと述べましたが、そのことを今回も改めて述べておきたいと思います。その物差しをローカル局自らが開発し、公表していくことを通じて、地域における自局の存在意義とは何かを再認識し、住民や広告主・自治体などとコミュニケーションをしていく一つのツールにしていくことができるといいのではないかと考えます。
 更に今回の議論では2つ重要な視点が提示されました。1つ目は、小さな経済圏の情報発信が減ることが懸念されるので、何らかの手段で、地域情報の総量を定量的に維持できる仕組みが必要ではないか、という視点です。番組の同一化によって局の経営合理化を進め、そのことによって地域情報の確保を図っていくという政策目的そのものは総論では同意しますが、更にもう一歩踏み込んで、“市場原理にゆだねていては減少していくことが想定される地域”における情報の確保にこそ力を入れて取り組む視点が、公共的なメディアとしての放送には重要なのではないかと思います。そのためには、複数地域の同一番組における編成の方針や取材地域の力点の置き方をどうするか、といったことも重要になってきます。こうした、地域に対する考え方についても、放送局が積極的に公表していくことが重要なのではないかと思います。
 2つ目は、放送をリアルタイム視聴する人が減少する中で、アクセシビリティをどのように高めていくか、そこを下支えする方策を考える事ができないか、という視点です。その一つのアイデアとして、ネット上の外部プラットフォームや、公共施設のサイネージに優先的に放送コンテンツを載せていくといったことが制度的に考えられないか、という意見が出ました。“市場原理にゆだねていては減少していくことが想定される地域”における情報の確保のため、欧州では、公的支援や受信料による支援の枠組みがあるといった事例が増えていますが、日本ではどのようなモデルがありうるのかを考えていく上で、アクセシビリティという視点から考えていくことも興味深いと思いました。

1)  https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2021/12/01/ 
     
https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2022/01/20/ 
      https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2022/02/10/
 
     
https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2022/03/07/ 
2)https://www.soumu.go.jp/main_content/000797980.pdf
3)https://www.soumu.go.jp/main_content/000404701.pdf
4)https://www.soumu.go.jp/main_content/000797976.pdf 
5)長崎県や青森県等では系列を超えてメンテナンスの会社を設立・運営、関東広域圏では同一会社に委託しているなどの事例がある

 

 

メディアの動き 2022年03月07日 (月)

#374 マス排&放送対象地域の見直しは何のため? ~総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」第5回から~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


はじめに
 総務省では現在、放送メディアの今後について議論する「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」が開催されています。会議を傍聴し、取材を続けている私は、これまで3回、本ブログで傍聴記を書いてきました 1)。3月も2回の会合が行われることになっており、地上放送におけるマスメディア集中排除原則(マス排)と放送対象地域の見直しが集中的に議論されることになっています。その議論に先立ち、2月16日の第5回会合では、総務省から見直しの具体的な方向性の案が示され、構成員達が議論しました。今回のブログでは、この案の内容と主な意見を整理 2)すると共に、私が抱いている議論への違和感と今後への期待について述べたいと思います。

1.年度末までに議論を急ぐ背景
 本検討会では放送メディアの今後を考える上で必要な多岐にわたる論点が議論されていますが、総務省は、特に上記の論点については、年度末までに一定の方向性を出さなければならないとしています。
 なぜ議論を急がなければならないのでしょうか。その理由は去年6月に公表された最新の「規制改革実施計画(実施計画) 3)」にあります。実施計画を取りまとめる規制改革推進会議は、「デジタル時代に向けた規制・制度の見直しを進め、経済成長、国民の生産性・効率性の向上、個のエンパワーの実現」を目的に議論を行う内閣総理大臣の諮問機関です。1年間の議論を経て毎年6-7月に実施計画をまとめ、各省庁に対し、所管する業界の規制や制度の見直し、時代の変化に対応した新たな施策の検討・導入を期限付きで求めています。
 現在、総務省が実施を求められている放送関連の施策の中で、期限が迫っている1つが「ローカル局の経営基盤強化」です(図1)。このうち「b」のNHKとローカル局、もしくはローカル局同士で放送設備やネット配信設備の共用化を進めていくことについては、放送法改正案として今年2月に閣議決定されています 4)。本検討会で議論の対象となっているのは「a」の方です。実施計画によると、総務省は令和3年度中、つまり今月中に、「ローカル局の経営自由度を向上させるための議論を進め(中略)中長期的な放送政策の全体像を踏まえた施策を検討」し、結論を出さなければならないとされているのです。

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2.総務省の「見直しの方向性」⑴マスメディア集中排除原則
 第5回会合では、総務省からマス排と放送対象地域に関する「見直しの方向性(案)」が示されました。この内容は、前回(第4回会合)のヒアリングで、フジ・メディア・ホールディングス(FMH)とテレビ朝日ホールディングス(テレ朝HD)が要望した内容 5)を下敷きにする形でまとめられていました。
 まず、マス排の見直しの方向性の内容(図2)と、主な議論を3つの論点にわけてみておきます。

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認定放送持株会社が傘下に入れる局の地域制限(12地域)の緩和を認めるべきか?
 FMHが要望したこの論点については、概ね緩和に賛成の意見が述べられ、異を唱える構成員はいませんでした。その上で、子会社化の事例が極めて少ない(※全てのキー局持株会社の中で、ローカル局を子会社化しているのはFMHの仙台放送のみ)ことから、より使いやすい制度の検討が必要ではないかという発言や、緩和するとしてもその上限の数を根拠と共に示すことができないなら撤廃となるのではないか、との発言がありました。
 また、大谷和子構成員からは、緩和には賛成するとした上で、ローカル局が地域の情報空間の形成を確保するのに必要な役割を担い続けるためにも、ローカル局を単なる出先機関にしてはいけない、取材や番組編集の能力を維持することが重要、との発言がありました。

(持株制度以外で)隣接の有無に関わらず複数地域の兼営・支配を認めるべきか?
 前回のブログでも触れましたが、現行制度においても、持株制度を活用しなくても一事業者が複数の放送対象地域にある放送局を兼営したり、また複数局が経営統合したりすることが可能な経営の選択肢が用意されています。現行制度で何ができて何ができないのか、議論を整理する前提として改めて確認しておきます。
 まず、隣接している県同士の局であれば合併まで可能な「特定隣接地域特例」という制度があります(広域局は対象外)。また、隣接していない県であっても、“地域的関連性が密接であるもの”として、東北全県、九州全県、九州全県+沖縄県については同様の制度の活用が認められています(図3)。つまり、現時点においても、放送局がいわゆる“広域ブロック”で一体的に経営を行うということは制度上認められているのです。

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 逆に、隣接していない地域の局同士(除:東北、九州)の合併等の資本関係の強化(持株制度活用においては可)は認められていません。また、同一放送対象地域における複数の局の支配(兼営)もできません。ただしラジオについては、地域が隣接していなくても、また同じ地域であっても、4局まで兼営・支配が可能な「ラジオ4局特例」という制度が存在しています。
 構成員からは、隣接という条件はつけなくていいのではないかという発言や、「ラジオ4局特例」をテレビも参考にしたらどうかといった、緩和に向けた前向きな発言が続きました。林秀弥構成員は、異なる地域でのマス排緩和は事業者の経営の選択肢を増やす効果がある、緩和によって放送の地域性が一直線に損なわれるという議論があるが腑に落ちない、地域性の確保(それぞれの県の情報をそれなりに放送する配慮)は必要だが資本規制とは別に考えるべきだ、と主張しました。

同一放送対象地域に関する支配関係の基準は現状維持とすべきか?
 この論点については、構成員の意見は2つに割れました。
 先に述べたように、ラジオについては同一放送対象地域で一つの事業者が複数の局を兼営することが可能となっています。実際、関西広域を放送エリアとする株式会社FM802がFM COCOROの免許を継承し、1局2波の形で運営を行っています。しかし、この特例をテレビに拡大することについては、具体的なニーズが限定的なことから慎重であるべきという発言が複数の構成員からありました。
 一方で、3人の構成員からは、ニーズの有無に関わらず同一地域における横の連携を促進させるべき、という発言がありました。1人は視聴者目線の観点から、2人は設備投資の経済合理性の観点からです。伊東晋構成員は、系列を超えて資本関係を強化することでインフラ設備などの効率化を図るという戦略を選択肢に加える事が可能になるため、同一地域内でもマス排の一定の緩和を実施してもいいのでは、と主張しました。また飯塚留美構成員からは、ハード面では伊東構成員同様に横の連携が必要としたうえで、ソフト面では番組の独自性や視聴者利益という観点から規制の枠組みの維持がどうあるべきか考える必要がある、との意見が出されました。

3.総務省の見直しの方向性②放送対象地域
 次に、放送対象地域の見直し(図4)についてもみておきます。

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放送対象地域の拡大を認めるべきか?
 先に触れたように、現行制度においても「特定隣接地域特例」を活用すれば、一事業者が異なる複数地域の局を兼営したり、経営統合したりすることは可能です。しかし、事業者の一存で、複数地域のそれぞれの免許を統合して放送対象地域を広域化することはできません。もしも放送対象地域そのものを拡大する場合には、地域ごとに放送局数の目標を定めている「基幹放送普及計画」を変更する等の制度改正が必要になってきます。
 今回の議論を聞く限り、この放送対象地域の拡大については、県域放送が実施されている地域の視聴者やローカルスポンサーの意向や影響を懸念する観点等から、消極的な発言が大勢と感じました。奥律哉構成員からは、費用圧縮を全面に出した政策だと思うが、マーケティング収入がどうなるのかはわからず、うまくいかなかった場合も立ち戻ることができるような柔軟な制度であるべき、との意見が出されました。

放送対象地域は変更せず、複数地域における放送番組の同一化を認めるべきか?
 放送対象地域はそのままにした上で、複数地域の局において番組を同一化できるような制度を設けることについては、複数の構成員から前向きな発言がみられました。ただし、その発言には、取材拠点は維持すべきとか、各地域における地域情報を確保する仕組みが必要、といった条件が付け加えられていました。

同一放送番組の放送対象となる地域で地域情報確保のための仕組みを作るべきか?
 今回の議論では、確保のための具体的な仕組みに関する意見は出ませんでしたが、瀧俊雄構成員からは、持株制度においては子会社に対して地域向け自社制作番組の確保に関する努力義務があるが、こういったものを参照すべきでは、との発言がありました。また、森川博之構成員からは、自社番組制作比率という数字のみで判断することは慎重にすべきであり、かつて行っていた「通信・放送産業動態調査」のような調査をミクロに行うことで、地域住民にどうローカル局の番組が消費されているのかを把握すべきだ、といった発言がありました。

4.現時点で感じている違和感と今後の議論への期待
 以上の論点については、3月末までの2回の会合において集中的に議論するということですので、その議論を注視していきたいと思いますが、現時点で私が感じている違和感について述べておきたいと思います。

*どのような放送メディアの未来を描くのか?
 まず、総務省から提示された見直しの方向性を見て感じたのは、規制改革実施計画に応えるために、制度改正ありきで進めようとしているのではないか、ということです。もちろん、閣議決定された実施計画をおざなりにできないことも、その期限が迫っていることも十分に理解できます。しかし、論点が制度の細部に入り込み過ぎるあまり、そもそも何のために制度改正するのか、そして、その改正によってどのような放送メディアの未来を描こうとしているのか、そうしたことが見えなくなってしまうことを懸念しています。
 例えば、「特定隣接地域特例」は2004年の改正放送法施行で導入されましたが、当時は道州制の議論が盛んにおこなわれていた時期でした。その議論は下火となって久しく、それが理由かどうかはともかくとして、この特例はこれまで使われてきませんでした。しかし、加速する人口減少によって、都道府県という行政単位のあり方や、圏域化、広域化といった地方自治を巡る議論は今後、再燃することになるでしょう。また、地方自治のこうした流れと、実際に地域社会に暮らす住民の情報やコンテンツに対するニーズは、一致する部分も異なる部分もあると思います。これらの状況を想定しつつ、放送メディアを、少なくとも今しばらくは地域の民主主義や文化の基盤を支える存在として機能させ続けるとするならば、現在の基幹放送普及計画をどのような姿に見直していくことが望ましいのでしょうか。
 また、ハード部分については地域の横連携により経済合理性があるという状況があります。本検討会ではユニバーサルサービスのブロードバンド代替の議論が今後本格化する予定です。ではその先に、ハード・ソフト分離のようなモデルを想定するのでしょうか、しないのでしょうか。この議論は、周波数問題など非常に難しい問題を惹起する可能性があることは想像できますが、だからといっていつまでも避け続けることはできないと思います。なぜなら、この判断によって、ローカル局の将来のシナリオは大きく変わってくると思うからです。
 こうした未来を想定した“バックキャスティング思考”の議論は、本検討会単独で出来るとは思っていません。しかし、本検討会が目先の結論を急ぐあまり、多岐にわたるはずの議論が十分に尽くされずに、事業者からの要望を追認していくような段取りが中心になるとするならば、やはりいささかの違和感を覚えざるをえません。

*制度改正の目的は何か?
 また、規制改革実施計画には、「マスメディア集中排除原則が目指す多様性、多元性、地域性に留意しつつ、ローカル局の経営自由化を向上させる」と書かれていますが、総務省から出された「見直しの方向性」は、キー局持株会社の要望が下敷きとなっており、ローカル局の要望を受けた形ではありません。ローカル局の経営基盤強化のための制度改正が本当にローカル局の経営自由化を向上させることにつながるのか、実質的にキー局持株会社の維持強化のためになってしまわないか、こうした視点をより意識した議論も深めていく必要があると思います。系列ネットワークという強固な枠組みの中で、また地域の新聞社等の複雑な資本関係がある中で、ローカル局個社の経営者が声を上げにくい実情も想像に難くありませんが、顕在化しにくい声をすくい上げ、複雑な実情への想像力を持ちながら、丁寧に制度を設計していく視点も忘れずにいて欲しいと思います。
 更に言えば、規制改革の目的そのものが事業者目線に陥っていないか、ということにも注意を払う必要があると思います。この点については、今回の議論で山本龍彦構成員からも、地域住民の声を議論に反映させないと事業者目線だけの改革になってしまうという発言がありました。今問われるべきは、キー局持株会社の生き残りでもローカル局の生き残りでもなく、地域社会の中において信頼できるメディア機能をいかに生き残らせるか、そのための国の政策はどうあるべきなのか、ということなのではないかと思います。

*地域性確保の議論に向けた期待
 第5回会合では、上記の議論に入る前に、「マルチスクリーン型放送研究会(マル研)」という、地域や系列を超えて64の放送局を含む97社が参加する任意団体の有志が提出した意見が紹介されました。具体的な内容は資料 6)が総務省のWEBサイトに公開されているためここで改めて紹介はしませんが、番組制作だけではない多面的なローカル局の存在意義や、地方再生に向けて住民から寄せられる期待など、ローカル局で働く一人一人の思いが詰まった問題提起だという印象を受けました。前回(第4回)の議論においては、ローカル局の地域性を測る尺度として自社番組制作比率にフォーカスする構成員が多かったのですが、この意見が紹介されたことで、ローカル局が地域で果たしている多様な側面についての理解が深まったのではないかと思います。
 また、今回の会合では構成員の求めに応じ、民放連から放送局の自社番組制作比率が提示されました。その資料は構成員のみに示され、一般に公開されませんでした。このことは少し残念に思いました。改めて言うまでもなく、放送事業は貴重な国の財産である公共の電波を使う免許事業です。ローカル局がキー局等の番組を各放送対象地域に確実に届けていくという役割だけでなく、地域メディアとしての役割を果たしているということを訴えていくには、どれだけ“放送波を通じて”その役割が果たせているのかが問われる、逆に“放送波がなければ”その役割が果たせないのかを証明していかなければならないのは当然のことです。それが、タイムテーブルの中の何パーセントを自社で作っているかという単純な尺度では測れないとするならば、仮に自社制作比率が1割程度であったとしても、放送波というリーチを太い幹として、そのリーチを生かし、どれだけ多くの機能を太い枝として抱え、太い根として這わせているのか、こうしたローカル局のメディア機能の全体像を、社会に納得できるデータで示していくことが求められているのだと思います。
 マス排の緩和や放送対象地域の拡大もしくは複数地域における同一番組化といった議論と平行して進むであろう地域性の確保という論点を、単なる地域情報の確保という観点にとどまらない議論にしていくことは、ローカル局にとってだけでなく、地域社会の今後を考えていく上でも重要なことなのではないかと思います。今後の議論に大いに期待したいと思います。


1) https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2021/12/01/
  https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2022/01/20/ 
  
https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2022/02/10/
2) 執筆時に議事録が公開されていなかったため、筆者のメモを元に整理
3) https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/publication/keikaku/210618/keikaku.pdf
   (放送関連は17-18P)
4) 去年の国会に提出したが審議せず廃案となり、改めて今回、外資規制の見直しを加えた内容を閣議決定した
5) https://www.soumu.go.jp/main_content/000789270.pdf FMH資料
     https://www.soumu.go.jp/main_content/000789271.pdf テレ朝HD資料
6) https://www.soumu.go.jp/main_content/000793873.pdf


メディアの動き 2022年02月25日 (金)

#373 市民の声から地域の課題を解決する ~地域放送局の新たな取り組み~

メディア研究部(番組研究) 宮下牧恵


 人口減少、産業の衰退、長引くコロナ禍による影響など、いま全国の多くの地域が様々な課題を抱えています。地域に根差した情報を発信している放送局や新聞社などの地元メディアにとっても、いかに地域の役に立ち、地域の人たちの信頼を得て、存在価値を認めてもらえるかが、ますます重要になっています。

 全国にあるNHKの地域放送局でも、近年、地域の「課題解決型」のコンテンツ制作が多数行われるようになっています。主に、若いディレクターや記者が中心となり、地域の人々の悩みや困りごとを聞き、専門家や市民と連携して、行政を動かしたり、解決のためのアイデアを出し合ったりしながら、困りごとを解決していく取り組みです。
 NHKの「まとめブログ」 1)によると、現在全国の地域放送局などで、20以上もの「課題解決型」のニュース企画や番組制作の取り組みが行われています。

 こうした動きは既に海外でも盛んになっています。
 アメリカでは、誰もが情報を発信・受信できるデジタル時代、様々な情報があふれる中で、これまでの一方通行的な報道のあり方が問われるなど、メディアに対する人々の信頼や支持が揺らいでいます。こうした中、危機感を持った地方紙やラジオ局などにより、10年ほど前から、市民が必要とするものに応え、身近な情報源になるために、エンゲージメントに重点を置く「エンゲージド・ジャーナリズム」や、問題提起で終わらず、課題解決につながる情報も伝える「課題解決型ジャーナリズム」が行われています。
 日本でも、西日本新聞社が、2018年から始めた「あなたの特命取材班」など、市民から寄せられた疑問や困りごとを出発点に記者が取材を行う「ジャーナリズム・オン・デマンド(JOD)」と呼ばれる取り組みが知られており、今では全国の地方紙などにネットワークが広がっています 2)

 今回は、NHKの地域放送局の取り組みの中から、福岡放送局の「ロクいち!福岡」(月~金、18時10分から)で2021年4月から毎週金曜に放送しているコーナー「追跡!バリサーチ」についてご紹介します。

 「バリサーチ」とは聞きなれない言葉ですが、福岡局のホームページでは、次のように説明されています。

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 「追跡!バリサーチ」は、ホームページ上で生活上の悩みや社会的な課題になっていることについての意見、アイデアを募集しています。これまでに「追跡!バリサーチ」に寄せられた声は約700件に上ります。取材・制作スタッフは、視聴者の疑問に答えるだけではなく、対話の「循環」を通して役立つニュースを目指しているそうです。視聴者や市民が意見を言いたくなるように工夫しながら、制作をおこなっています。

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 最近、多くの反響が寄せられているのが、エスカレーターのマナーについての企画です。きっかけは、2021年12月に「ロクいち!福岡」で放送した記者リポートでした。7年前に脳内出血で倒れ、左半身に麻痺がある女性が、エスカレーターの右側にしか立つことが出来ず、2列乗りにしてほしいと訴える内容です。担当した福原健記者は、入局4年目で、普段は県政取材を担当しています。福原記者自身も福岡県に初めて来た際に、エスカレーターに2列で乗ることを訴えているポスターを見て、他の地域では見たことがなかったことから関心を持っていたそうです。そこで、以前からエスカレーターの右側に立つことしかできず、「邪魔だ」「急いでいるからどいてくれ」などと言われて恐怖を感じている当事者の声を取材しました。

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 デジタル発信にも力を入れている福岡放送局がこのリポートの動画をTwitterに投稿したところ、インフルエンサーや作業療法士など問題意識を持った人々から反響があり、「実は困っていた」「家族が当事者で困っている」「こうした問題があることを知らなかった」という声が寄せられました。一方で、「右側を歩く自由もある」など、2列乗りに反対する声も一定程度あったそうです。
 こうした反響をふまえ、追加の取材を行い、2022年1月21日に「追跡!バリサーチ」として放送しました。Twitterに反応した人たちにインタビューするとともに、どうすればエスカレーターの2列乗りが定着するのかアイデアを募集しました。
 そして2月4日には、第2弾を放送。視聴者からホームページなどで寄せられた30件ほどのアイデアを8つにまとめ、福原記者が福岡市交通局に持ち込み、プレゼンテーションを行いました。中でも、1年半前に脳卒中で倒れ、半身に麻痺を抱えて青森県で生活している人から寄せられた、エスカレーターのステップに「止まれ」というシールを貼るアイデアや、足型のシールを貼るのが良いという意見は好評で、交通局では、実際に取り入れられないか、検討することになったそうです。市民の声と放送との循環が、社会を動かす一歩になるかもしれません。

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こうした取り組みの詳細については、福岡放送局のブログを御覧下さい。

 「追跡!バリサーチ」では、福岡市交通局で実際にアイデアが採用されるのか、今後も経過を取材するとともに、社会実験を行うなど、続編を制作していきたいとのことです。
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 福原記者は、「葉書1枚にびっしりとアイデアを書いて下さった方がいました。交通局の皆さんもお客様の声だということで大事に受け止めてくれ、視聴者の声は強いと思いました。ここからが本番だと思っています。」と語り、取り組みの手ごたえを感じているようでした。



 「追跡!バリサーチ」では、さらに来年度は「ロクいち!福岡」のキャスターが自ら困りごとの現場に出かける「出張バリサーチ」などの企画を検討中で、視聴者とのタッチポイントを増やすようなチャンネルを作っていきたいとのことです。

 地域放送局の新しい動きについて、今後もこのブログで紹介していきたいと思います。

 


1) 各局の取り組みの詳細については、【まとめブログ】で閲覧が可能
2) メディア研究部 青木紀美子「Engaged Journalism ~耳を傾けることから始める「信頼とつながり」を育むジャーナリズム~」『放送研究と調査』(2020年3月号)P2-P21


文研フォーラム 2022年02月22日 (火)

#372 テレビのジェンダーバランス ~3月4日の文研フォーラムでテレビの現状を報告し、その意味するところを考えます

メディア研究部(海外メディア) 青木紀美子


皆さんはテレビの放送に登場する人物で一番多いのはどの年代だと思いますか?

私たちが行ったテレビ番組に登場する人物の男女比を調べるトライアル調査では30代が最も多く、次が40代でした。

これはテレビ番組の放送日時や内容、登場人物などを記録したデータ、メタデータを使い、2021年6月の1週間、NHK総合と教育、民放の在京キー局のあわせて7チャンネルの早朝から深夜に放送された番組(ドラマ、映画、再放送は除く)の登場人物の性別や年代などを調べたものです。

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では女性と男性に分けてみると、どうでしょうか。こちらは登場人物のうち、男性を年代別にみたグラフです。40代が最も多くなっています。

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一方、女性の登場人物を年代別にみると、20代が最も多いことがわかりました。

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それでは女性、男性の登場人物の数を年代別に比べてみると?

20代では女性が男性よりも多いけれども、30代以降では逆転して男性の方が多くなります。それも40代、50代では実に3倍以上と、かなりの差が開くことがわかりました。これはある1週間の限られた情報に基づくものですが、大きな傾向をつかむ手がかりにはなると考えています。

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ちなみに日本の総人口を男女別、年代別にグラフに表すと以下のようになります。日本社会の現実と、テレビの放送が映し出す世界と、2つの間にはかなりの違いがあるようです。

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この違いは何を意味するのでしょうか。

文研フォーラム、3月4日、午前10時半からのプログラムEでは、どんな番組ジャンルや話題で、また、どんな職業分野や肩書で、女性、男性の登場の仕方が違うのか、より詳しい調査の結果を報告します。そして、この差をどう見たらよいのか、2人のゲストに話を伺います。

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メディア文化論、フェミニズム研究が専門で大妻女子大学文学部教授の田中東子さん、メディア論を中心に政治経済、社会問題、文化現象まで幅広く論じている社会調査支援機構チキラボ代表の荻上チキさんです。

前回のブログでは「メディアは社会の多様性を反映しているか?」という問いかけが、世界の潮流にもなりつつあることに触れました。その中で、全米公共ラジオNPRが、幅広いメディアが活用できる多様な取材対象のデータベースを作成して公開していることを取り上げました。今回の文研フォーラムでは、そのNPRのダイバーシティー推進責任者のキース・ウッズさんの話も紹介します。

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2021年11月に実施したテレビの女性や男性、多様なジェンダーの取り上げ方をどう見るか、視聴者に聞くアンケート調査の自由記述に寄せられた意見も詳しくお伝えする予定です。テレビのジェンダーバランスの今とこれからを考える機会にできればと考えています。ぜひご参加ください。


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文研フォーラム 2022年02月21日 (月)

#371 「ジャーナリズムの危機をどう乗り越える」

メディア研究部(海外メディア) 税所玲子


『事実がなければ、真実には迫れず、真実がなければ信頼は生まれない。信頼がなければ、現実を共有できず、民主主義は失われる』

 これは、2021年のノーベル平和賞を受賞者の1人、フィリピンのジャーナリストのマリア・レッサさんが授賞式で述べた言葉です。強権的なドゥテルテ政権を厳しく追及するレッサさんは、政権からの圧力に加えて、SNS上での誹謗中傷や偽情報にも苦しめられています。冒頭の言葉は、メディアが信じられなくなり、事実の重みが揺らぐ世界の行く末への警鐘が込められているようです。
 「ジャーナリズムの危機」の現れ方は、国によって異なります。去年8月にはヨーロッパで記者が日常的な暴力にさらされている様子をこのブログで紹介しました。日本は、欧米のような状況に置かれているわけではありませんが、「メディアが伝えるニュースへの信頼」を尋ねた国際調査では、日本は、信頼が最も高かったフィンランドを20ポイント以上下回っています 1)

 「文研フォーラム」3月3日10:30からのプログラムDでは、この問題に日本でどう向き合えば良いのか、考えたいと思います。

 議論の出発点として、海外の公共放送の信頼回復にむけた取り組みを取材しました。イギリスからは、BBCの報道局長から大学教授に転じたリチャード・サムブルックさん。アメリカからは、PBSのドキュメンタリー番組の編集長、レイニー・アロンソン・ラスさんに話を聞きました。

220222-1.pngそしてスタジオには、ノンフィクション作家で日本ペンクラブの元会長の吉岡忍さん、ジャーナリズムやメディア研究が専門の東京大学大学院情報学環教授の林香里さん、NHK制作局で「クローズアップ現代+」などの制作にあたる細田直樹チーフ・プロデューサーをお招きしています。

220222-2.pngモデレーターは、トランプ前政権時代アメリカに駐在し、揺れるメディアの状況を取材した河野憲治解説委員長が務めます。

 これからのメディアのあり方の糸口を、みなさんと一緒に探りたいと思います。


1) 英ロイター・ジャーナリズム研究所 ”Digital News Report 2021
https://reutersinstitute.politics.ox.ac.uk/digital-news-report/2021


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