文研ブログ

調査あれこれ 2023年12月08日 (金)

新聞・テレビ各社の「ファクトチェック」実施状況アンケート【研究員の視点】#515

ファクトチェック研究班 斉藤孝信/上杉慎一/渡辺健策

 デジタル情報空間が拡大し続ける中、インターネット上での誤情報・偽情報の氾濫が深刻な社会課題になっている。人々に正しい情報を届けるためには、そうした真偽が疑わしい情報を検証し、その検証経過や結果を伝えるファクトチェックの取り組みが不可欠である。
 日本国内では、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)や日本ファクトチェックセンター(JFC)といった非営利の団体・組織が活発にファクトチェックをおこなっている。一方で、そうしたファクトチェック団体などからは、日本ではマスメディアによる取り組みが遅れていると指摘されてきた。
 そこで文研では、この問題に関する研究プロジェクトを立ち上げた。今後、シリーズで、国内の新聞・テレビ各社に対して行ったアンケートや取材の結果を報告する。
 初回は、メディアによるファクトチェックの実施状況を把握するために、全国の主な新聞社と、東京・大阪・名古屋のテレビ局(民放・NHK)、74社を対象に実施したアンケート結果を紹介する。調査期間は2023年3月7日(火)から27日(月)で、22社から回答があった。この調査におけるファクトチェックの定義については、ファクトチェック団体が提唱している「チェックの結果を、専用のサイトで、検証経過や根拠も含めて個別に公表すること」とする旨を、協力依頼の段階で伝えた。なお、今回は調査時点の各社の回答を尊重し、その後の取り組みの変化や、各社の詳細な取り組みの実態や思いなどについては、次回以降のブログで報告したい。


ファクトチェック「日常的におこなっている」のは少数派
 まず、日常的にファクトチェックをおこなっているか否かを尋ねたところ、22社中、8社(新聞5社、テレビ3社)が「おこなっている」と答えた(図1)。
1208_factcheck_zu1.png どのような媒体や情報をチェックの対象にしているのかについて、「おこなっている」社の回答は以下のとおりであった。
・「チェックの対象は決めていないが、SNSを中心に、偽情報とみられる情報の根拠を分析し、誤りや曖昧な点を取材して指摘している」(琉球新報)
・「ファクトチェック・イニシアティブの基準に沿って、SNSから選挙ビラまで、あらゆる媒体を対象に実施している」(沖縄タイムス)
・「政治家の発言などを対象に、ファクトチェック・イニシアティブの判断基準をもとに報じている」(朝日新聞)
・「投稿者について、過去の投稿、広がりやつながり、投稿日時に矛盾はないかを含むヒアリング、住所、氏名の確認をおこなっている」(フジテレビ)


報道機関の使命として
 チェックを「おこなっている」8社に対し、取り組む動機を複数回答で尋ねた(表1)。 最も多かったのは「報道機関の責任・使命だから」で、8社すべてが挙げた。うち4社は「他の地域や海外の事例を見て、取り組むべきだと判断したから」とも答えている。一方で、「当事者・被害者からの要望があったから」は1社にとどまった。
 注目したいのは、読者や視聴者の存在を意識した「読者・視聴者の信頼を得たいから」(6社)、「読者・視聴者のニーズがあるから」(5社)を挙げた社の多さである。
 アンケートでは、実際に読者や視聴者からどのような反響があったのかも尋ねた。その結果、「ネットで肯定的に拡散されることも多い」(沖縄タイムス)、「継続的に調査・報道・ファクトチェックしていただけるよう希望しますなどという声が寄せられる」(朝日新聞)、「2022年11月20日に放送した特番『ザ・ファクトチェック』では、視聴者から好意的な反応が多く来た」(日本テレビ)などおおむね好評のようで、「読者から一定の支持が得られていると認識している」(北海道新聞)と手応えを感じている社が多い。
 個別の記事への評価にとどまらず、その社全体の「ブランディングに役立つ」と考える社も2社あった。一方で、「購読者数や視聴率が伸びるから」取り組むという社は1つもなかった。
 このように、現時点でファクトチェックを「おこなっている」メディアは、まずは“果たすべき責任である”という使命感で取り組み、読者増や視聴率向上につながるとは考えていないことがわかった。 1208_factcheck_hyou1.JPG


人手不足と見極めの難しさ
 では、実際にファクトチェックに取り組む中で、どのような課題を感じているのだろうか。
引き続き、「おこなっている」8社に複数回答で尋ねた結果を紹介したい(表2)。
 最も多かったのは「人手が足りない」の5社であった。また「知識・スキルのある人材の育成が進まない」と答えた社も2つある。チェック自体の難しさを挙げる社もあり、「情報の真偽の見極めが難しい」が4社、「チェックの対象選びが難しい」も3社となった。
 なお、「専門部署がある」と答えたのは1社のみであった。つまり、ほとんどの社では、特にファクトチェックを専門としているわけではない記者が、日頃の取材や記事執筆のかたわら、対象の選定や真偽の見極めに苦労しながら、ファクトチェック記事“も”書いているのである。

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 実施している8社が挙げた課題は、ファクトチェックを「おこなっていない」14社が、取り組みに踏み出せない原因にもなっている。
 表3は「おこなっていない」社に、なぜ実施しないのかを複数回答で尋ねた結果である。
 「要員が確保できないから」が10社と大半を占めた。次いで「専門的な知識・スキルがないから」も7社にのぼる。
 「おこなっていない」14社からは、「必要性を感じているが、体制がまだ取れていないのが現状。検討する考えはあるが、時期は未定」(地方新聞社)、「実施すべきと思うが、そのための人員や予算がないのが実情。また放送での発言をチェックして後日放送するにしても、そのための放送枠を作るのも難しい」(在阪テレビ局)など、ファクトチェックの意義には賛同するものの、人手や予算、アウトプットの場の確保など、現実的な困難さのせいで踏み出せないといった声が多かった。また、「地方紙単独で実施するには、あらゆる面でリソース不足だ。地方紙連携などで、調査期間を設け、テーマを定めて行うなど、メディア全体で取り組む環境が必要だ」(地方新聞社)という意見も聞かれた。

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ファクトチェックの“現在地”~自由記述の回答から~
 最後に、全社に対して「フェイクニュースやファクトチェックに関して、どのような問題意識をお持ちですか?」と尋ね、自由に答えてもらった結果を抜粋して紹介したい。

○報道機関の“使命感”~政治・選挙に関するファクトチェック~
 報道機関の使命だと捉えている社が多かったことは述べたとおりだが、中でも政治や選挙における偽・誤情報を防ぐことに強い使命感を抱いているという意見が多くみられた。
 「虚偽情報が政策や政治の信頼に関わる分野で流れると、有権者が誤った認識で投票し、 健全な民主主義のプロセスが大きくゆがめられる危険性がある。それを食い止めるのは、 報道機関として当然、挑まなくてはならない課題である」(地方新聞社)
 「選挙期間中の報道はとりわけ政治的公平性が求められるが、真偽不明の情報が飛び交い、有権者の投票行動に影響を及ぼしかねないのであれば、報道機関として取材を尽くし正しい情報を伝える使命は感じている」(在阪テレビ局)

○ファクトチェック記事は、読者・視聴者に届くのか?
 ファクトチェックをおこなっている社が、読者増や視聴率向上のためではなく、使命感で取り組んでいる旨はすでに紹介したとおりだが、そうして発信したところで、本当に読者や視聴者に届けることができるのかという不安や、波及力の限界に関する声もあった。
 「視聴者、ユーザーがまず知りたいのは、社会で起きている事象そのものであり、その先にある『何が起きたのか』『ナゼ起きたのか』だろうから、ファクトチェックの営みは、直接的に視聴者、ユーザーのニーズを満たしづらいのではないか」(在京テレビ局)
 「フェイクニュースの拡散は、個人・企業を問わず大きな問題だが、拡散された誤情報を打ち消すのは、象徴的な出来事がない限り不可能だ」(地方新聞社)

○マスメディア自体の信頼は?
 ファクトチェックをおこなうには、まずメディア自身の信頼を高めることが先決だろうという自戒の念についても、複数の社が言及している。
 「既存のマスメディアも自らの記事をチェックしなければ『ご都合主義的』と見られかねない懸念がある。紙媒体と放送、ネットメディアなどで、『紙の新聞は正確』『ネットは不確か』などとレッテルを貼り合っていては話が進まない。全媒体がチェックを受ける覚悟を持つべきだ」(地方新聞社)
 「SNS上のフェイクニュースを正そうとする前に、信頼されるメディアという存在意義を見つめ直し、再構築すべきだ」(地方新聞社)

○ファクトチェックの定義は? 責任は誰に?
 ファクトチェックを誰が実施すべきか、その責任の所在について、疑問を投げかける声も多くあった。また、今回のアンケートでは、ファクトチェックの定義について、ファクトチェック団体が提唱している「チェックの結果を、専用のサイトで、検証経過や根拠も含めて個別に公表すること」としたが、回答した社に取材したところ、「自社の記事やコンテンツの中で誤情報を出すことがないよう日常的に行っている事実確認」も、広い意味でのファクトチェックなのではないか、と捉えているところもあった。
 こうした意見からは、デジタル情報空間の急拡大とそこで生まれる偽・誤情報対策という新たな難題にどう向き合うべきなのか、メディア自身の課題整理が追いついていない現状が浮かび上がってくる。
 「ファクトチェックという言葉の定義が曖昧。社会的な認知度や理解度が、マスコミを含め、 不足している。ファクトチェックのプロセス(何を対象に、どのような確認検証をしたのか)を読者、視聴者、有権者にできる限り知らせ、自ら確認できる透明性を確保する必要がある」(地方新聞社)
 「フェイクニュースは淘汰(とうた)されるべき存在であるのは当然だが、自社メディアが報じたわけでもない情報を、当事者でもない我々がチェックするのは疑問だ。偽情報の氾濫はプラットフォーマーやネット自体の信頼性を著しく低下させるものであり、インターネット事業者側の責任においてチェックするのが自然ではないか」(在名新聞社)
 「表現の自由との兼ね合いもあるが、情報発信者やプラットフォーム事業者の責任を明確にする必要がある。情報リテラシー教育をさらに推進する必要もある」(地方新聞社)

  次回以降のブログでは、研究班が、各メディアを取材した結果を報告していきたい。

メディアの動き 2023年11月30日 (木)

性加害とメディア~サビル事件とBBC①~【研究員の視点】#514

メディア研究部(メディア情勢)税所玲子

 ジャニー喜多川氏の性加害を告発し、被害者が声を上げるきっかけになったイギリス公共放送BBCのドキュメンタリー"Predator: The Secret Scandal of J-Pop"(邦題:J-Popの捕食者)。動物が獲物を襲うPredatorという言葉通りに弱者に性加害を行った人物として、イギリス人が思い浮かべるのは、BBCの人気司会者だったジミー・サビル(Jimmy Savile)だろう。2012年に長年、少女たちに性加害を繰り返していたことが明るみに出て、BBCの会長は在任わずか54日で辞任に追い込まれた。
 組織を揺るがしたスキャンダルにBBCはどう向き合ったのか。本ブログでは、メディア研究を行う立場からBBCで行われた検証とその後の対応を2回にわたって紹介したあと、隣国フランスにおける性虐待や青少年保護に関するメディアの議論も紹介したいⅰ)。こうした議論は、これから長い歳月をかけてジャニー喜多川氏の性加害がつきつけた問題に向き合うことになる日本にも参考になるだろう。

 第1回は、サビル事件の発覚と、その直後のBBCの対応について紹介する。

【サビル氏と性加害】
 2011年10月に84歳で死亡した元司会者・タレントのジミー・サビル氏。 ブロンドの長髪に、色つきのサングラスや派手なアクセサリーで着飾り葉巻をくわえるその姿は、"エキセントリック"であることをよしとするイギリス人からしても、かなり奇抜である。DJとして頭角を現すとテレビ番組の司会者に登用され、陽気で人なつっこいキャラクターでお茶の間の人気者になる。子どもの夢をかなえるBBCの番組「Jim'll Fix It」(ジムにおまかせ)や、歌謡番組「Top of the Pops」(トップ・オフ・ザ・ポップス)の司会を長年務めるとともに、病院などでの慈善活動にも熱心に取り組んだ。当時のサッチャー首相やチャールズ皇太子、ダイアナ元皇太子妃などと交流を深め、1990年にはナイトの爵位を授与されるⅱ)

bbcweb_1.pngジミー・サビルの死去を伝えるBBC(BBCニュースのホームページより)

サビル氏死去1年後の2012年10月3日、商業放送ITVは、「Exposure: The Other Side of Jimmy Savile」という性加害を告発する番組を放送する。この番組の取材協力者は、実は、2011年からサビル氏の性加害について調査を開始したBBCの報道番組「Newsnight」(ニュースナイト)にも協力していた。しかしBBCは、放送予定日直前になって、なぜか番組の放送の取りやめを決める。このためITVにネタを持ち込んだのだった。

ITVの放送前に、BBCが同じテーマの取材に着手していながら、放送を見送ったことが明らかになり、メディアは追及を始める。BBCの記者が「上からの圧力があった」ことを示唆したことから、BBCはクリスマスに予定されていたサビル氏の追悼番組に配慮し、疑惑を告発する番組をボツにしたのではないかとの疑念を向けられることになる。

【BBCの対応】
 BBCの「ニュースナイト」のエディター(編集責任者)は、ブログで、放送見送りは「編集上の理由」で「隠蔽の事実はない」と説明したが、のちにBBCの関与などについて、ブログの内容に3か所の誤りがあることがわかり、傷を深める結果となった。2012年9月に就任したばかりのジョージ・エントウィッスル(George Entwistle)会長の対応も後手に回った。ITVの番組放送を受け、警察が捜査Operation Yewtreeに乗り出してから3日後の10月12日、第三者による検証を始めると発表した。

事件を受けてのBBCの動きjikeiretu.jpg

 第三者による検証は2つ

①「ニュースナイト」の放送見送りの経緯と、問題発覚後のBBCの対応を検証。24時間ニュースチャンネル「スカイニュース」のトップだったニック・ポラード(Nick Pollard)氏が率いた。
② なぜ、サビル氏の行為が明るみに出なかったのか、同氏が活動していた当時のBBCの組織文化などを検証。控訴院の元判事ジャネット・スミス(Dame Janet Smith)氏が率いた。

しかし、11月上旬にはニュースナイトは新たな性加害の疑惑について番組を立ち上げたものの、誤報を出してしまう。エントウィッスル会長は、自局のラジオ番組で、ベテランキャスターのジョン・ハンフリーズの追及を前に、問題の番組を見ておらず、関連記事も目を通していなかったことを認め、その日の夜に辞任を発表した。

bbc.exterior_3_W_edited.jpgBBC外観

【第三者による検証「ポラード報告」】
第1の調査を指揮したポラード氏は9週間で作業を終え、2012年12月19日に「Pollard Review」(ポラード報告)ⅲ)を発表した。
 報告書の本文は185ページ。付録として公開された資料を含めると約1000ページに上る。
 目を引いたのは、その資料の分量である。ポラード氏は、関係者に、サビル氏の死去後1年間のメールやメモ、インタビューの起こし、スケジュールなどの資料をすべて提出するよう命じた。同時にBBCのシステム上に記録されている3万点の文書を集め、それをキーワード検索で1万点に絞り込み、弁護士事務所と一緒に分析した。その上で関係者19人から聞き取りを行い、誰がいつ、どのようなやりとりをしたのかを、浮かび上がらせている。
 対象者の中には、調査後、BBCを去った者も少なくなく、当事者にはつらい作業だったのは想像に難くない。それでもどのような根拠を元に、どのようなプロセスを経て、その結論に至ったのかをつまびらかにしなければ、かえって疑念を深めかねないし、最悪、陰謀論がつけいる隙を作ることになってしまう。会長のメールまで含まれる資料の数々から、そんなポラード氏の決意が読み取れるようである。

pollard.review_2_W_edited.jpg2012年12月に公表された「ポラード報告」

「ポラード報告」の結論は:

① サビル氏の性加害についての放送見送りに組織的な圧力はない
② 問題が発覚した後の対応には問題が多く、BBCの幹部の指導力不足は深刻

①の番組の放送を取りやめについては、編集判断のミスだが、上層部からの圧力ではなく、編集責任者がみずから判断して決めたことだと結論づけたⅳ)。報告書では、番組の取材の過程で、サビル氏の行為について警察が過去に調べたものの、証拠不十分だとして捜査が中止されていたことがわかり、その点に編集責任者がこだわり、放送見送りに傾いていった様子が描かれている。

サビル氏についての記者の取材は正しかった。番組にも正しい証拠を示していた。 番組が放送されていればITVより1年も早く、この事実を伝えられたのだ“ “編集責任者が、なぜ調査の中核をなすインタビューを見ず、メモも読まなかったのか理解できない“ “編集責任者は、私の聞き取りに対し、放送中止を決めた時点でも、60-70%以上、証言は正しいだろうと思っていたと述べている。彼は「自己検閲」に陥ってしまったというのだ”ⅴ)

②のBBCの対応についてはさらに手厳しい。
“最も懸念されるのは、調査報道の放送を見送ったことでなく、その後の事態にまったく対応できていないことだ/リーダーシップと秩序が完全に欠如している”“基本的な事実を確立するための重要な情報さえ、共有されていなかった/硬直した組織のルートに固執し、階層を飛び越えることをためらう一方で、多くの部局のさまざまな人が断片的な情報を流し、BBCの公式見解を修正しようとしていた”ⅵ)

 報告書が挙げた具体例としては、▼「Managed Risk Programmes List」(MRPL)の機能が生かされていないことがある。MRPLは、訴訟のリスクや安全の懸念があること、政治的に慎重に扱うべき事柄や著名人が関わる番組などを事前にリスト化して、関係部局に周知し、必要があれば、トップまで報告が行くように担保するシステムである。
 サビル氏の告発番組は、一時、このリストに掲載されたものの、その後、報道局が取り下げている。ポラード氏は、「内容が衝撃的すぎるので、リストで公にするのではなく、必要に応じて、報道局長が会長に進言する方がよいと考えたのだろう」と指摘し、「もしMRPLに掲載されていれば、その後の事態を防げたかもしれないし、少なくとも、BBCの幹部の間の適切な情報交換につながっただろう」と指摘しているⅶ)

 また、報告書は▼幹部の間の情報共有や連携の悪さをいくつもの事例を挙げながら批判している。例えば、サビル氏について調べていた「ニュースナイト」を管轄する報道局長が、追悼番組を管轄する番組部長に、サビル氏関連の取材をしていると打ち明けた時のこと。ある授賞式の昼食時に、報道局長が「親切心」から番組部長に話をしたが、報告書は「これほど重要な情報をランチの席上で、さらりと共有するのは適切でなく」番組について議論する機会を逃したと指摘。一方で番組部長も番組の詳しい内容を尋ねることもしなければ、「その後、問い合わせもしていないことにも驚きを隠せない」と、主要幹部の危機意識、当事者意識の薄さを批判している。

 さらに証拠として集めたメールの中には衝撃的な内容もあった。
 音楽やイベント関連部局の幹部がサビル氏の追悼番組についてやりとりしたメールには、「ジムの闇の顔(dark side)を考えると死去してすぐに、正直な番組を作るのは不可能だ」「訃報を用意しなかったのは、闇の部分があるからだと思うが、(サビル氏には)言及するのが難しい一面もあるから、テレビでのキャリアだけに焦点を当てるのがいいだろう」ⅷ)などと書かれている。サビル氏の性加害を指すと思われる「闇」という言葉から、少なくとも一部の幹部職員の間で、サビル氏の言動についてのうわさが広がっていたことがうかがえる。

 ただ 「ポラード報告」では、サビル氏の闇」については、さらなる調査は行わず、BBCが組織として認識していたかについては2016年の「ジャネット報告」を待つことになる。

【BBCの取り組み 「Respect at Work Review」】
 「ポラード報告」が発表された約1か月後、警察もOperation Yewtreeの捜査結果を「Giving Victims a Voice」という報告書にまとめたⅸ)。サビル氏に関連して約450人が被害を申告し、このうち18歳以下の未成年は73%に上ると発表し、検察当局は被害者に謝罪したⅹ)
 BBCも、人権・差別、労働法に詳しい弁護士のもとで対策を検討し、2013年5月、報告書「Respect at Work Review」を発表したⅺ)。すでにサビル氏が働いていた当時の組織の課題について第三者による検証が始まっていたが、過去だけでなく、現在の組織文化も点検し、再発防止につなげようという意図である。
 調査では、BBCの職員やフリーランス、元職員など900人超から聞き取りを行い、セクハラの件数は少ないものの、いじめや不適切な言動があるとの課題が浮かび上がった。これを受けて▼BBCで働く職員やフリーランスに基本的な研修を実施すること、▼いじめ・ハラスメント規則を見直すこと、▼管理職への支援を拡大し、幹部によるメンター制を導入すること、▼職場の評価を見直し、年に1度の職場環境調査を四半期に1度に増やすことや、退職する職員から聞き取りを行うこと、などの提言を打ち出しているⅻ)

 BBCの屋台骨を揺さぶったと言われるサビル事件xiii)。傷ついた信頼を取り戻そうとBBCは、現在に至るまで、さまざまな対策を打ち出しているが、その後も性的スキャンダルの根絶には至っていない。シリーズ第2回では、第三者による2つ目の検証結果と、その後、BBCがたどった道筋を紹介する。


ⅰ)ジミー・サビルは、慈善活動を行っていた病院でも性加害を働いていたことが明らかになっているが、本ブログでは、メディアの対応の課題を浮き彫りにするという観点から、BBCの対応に絞って紹介する。

ⅱ)BBCでは、サビル氏が登場する番組の使用は、被害者の気持ちに配慮して編集するなどしていて、2023年のサビル氏のドキュメンタリーの放送でも議論が起きた。

ⅲ)The Pollard Review, 2012 年12月18日
https://www.bbc.co.uk/bbctrust/our_work/editorial_standards/pollard_review.html

ⅳ)前掲注ⅲ)p29

ⅴ)同上p31

ⅵ)同上p22-23

ⅶ)同上p27

ⅷ)同上p32

ⅸ)David Gray, Peter Watt, ‘Giving Victims a Voice- Joint report into sexual allegations made against Jimmy Savile’ 2013年1月
https://library.nspcc.org.uk/HeritageScripts/Hapi.dll/search2?searchTerm0=C4334

ⅹ)Operation Yewtreeは2015まで、サビル氏以外の人物による性加害も含めた捜査を続け、その後はOperation Winterと改名し、著名人や公職者などによる性加害の捜査を続けた。

ⅺ)Respect at Work Review 
https://downloads.bbc.co.uk/aboutthebbc/insidethebbc/howwework/reports/bbcreport_dinahrose_respectatwork.pdf

ⅻ)前掲注ⅹ) p11-13

xiii)同上p3

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【税所 玲子】
1994年入局、新潟局、国際部、ロンドン支局、国際放送局などを経て2020年7月から放送文化研究所。

ヨーロッパを中心にメディアやジャーナリズムの調査に従事。

放送ヒストリー 2023年11月24日 (金)

『いないいないばあっ!』のはじまり③ ~いないいないばあ~#513

計画管理部 久保なおみ

 「世界子どもの日(11月20日)」をご存じですか?子どもたちの相互理解と福祉の向上を目的として、国連によって制定された日で、世界各地で子どもの権利や未来に関するイベントが開かれています。
 NHKでも11月13日から25日までの間を「スゴEフェス」と題して、さまざまな番組で「こどもたちのハートをうごかそう!」をテーマに発信しています。またNHKテレビ放送開始70年となった今年、放送博物館では、2024年1月28日までNHKキャラクター展を開催しています。
 その「スゴEフェス」とNHKキャラクター展の両方に参加している『いないいないばあっ!』について、前のブログでは、具体的な制作のベースとなった研究と、1本目の試作にあった「どきどきあそび」「擬音のうた」についてご紹介しました。
 今回は2本目の試作で特に印象的だった「いないいないばあ」というコーナーについて、みていきます。

imotoyoko1.png「いないいないばあ」 絵:いもとようこ アニメーション:石田英範


【素材感を大切に】
 「いないいないばあ」は、隠れているもの(答え)は分かっているけれど、それがでてくる楽しさがあります。赤ちゃんは、最後は安全なものが出てくると分かっているから、好きなのだそうです。「きっと〇〇が隠れている(予測)」→「あれ?違うかも?(緊張)」→「やっぱりそうだった(解禁)」の面白さ。

 『いないいないばあっ!』開発プロジェクトでは、「2歳児テレビ番組研究会」の成果をふまえ、そのメンバーで当時はお茶の水女子大学の発達心理学教授だった内田伸子先生や、国立小児病院の谷村雅子先生、さらに保育園や民間の託児施設などに取材しました。そして、乳幼児は"平面を立体的に見る力が弱いので、CGは素材感を出さないと理解しにくい" "単色のやわらかな色づかい、単純な形の方が認識しやすい"などの発達の特徴を学び、制作のベースとしました。
 (詳しくは『いないいないばあっ!』のはじまり①をご覧ください)

 "素材感が大切"という観点から、番組プロジェクトでは、絵本作家のいもとようこさんの絵を採用してはどうかという案が出ました。いもとさんの絵には、温かい素材感があったからです。いもとさんに打診をした際、直接お話を伺って初めて、和紙をちぎって彩色していることが分かりました。原画はまるで、生きているような立体感でした。 

 いもとさんは以前、CMのために膨大な数の絵を描いた経験があったそうで、テレビ番組で自分の絵が使われることに、はじめは難色を示していました。けれども、原画を取り込んでCGで動かすことによって、動画用の絵は別途お願いしないこと、絵としての存在感を大切にして極力動かさないこと、動かす場合はいもとさんが必要性を納得した場合のみとすることなどを条件に、ようやく首を縦に振ってくださいました。


【動かさないアニメーション】
 原画の取り込みとアニメーションは、映像作家の石田英範さんに依頼しました。派手に動かせば動かすほど、せっかくの素材感が損なわれてしまうので、絵としての存在感を大切にするために「できるだけ動かさない」ことを方針としました。「動かす」ことの多いCGにおいて「動かさない」のは珍しく、動かさないと、なんとなく不安になったそうです。そうしてつい動かしたくなる衝動と葛藤しながら、いもとさんの絵の温かい素材感を伝えるアニメーションを目指すことになりました。


【子どもたちの反応】
 1996年1月15日と16日に試作を放送したあと、番組開発プロジェクトでは、ふだんはテレビを見せていない園や、保育の中にテレビ番組を取り入れて放送教育を進めている園など、さまざまな園を訪れて、子どもたちが番組を見る様子を観察し、その効果を検証しました。
 当時、1月から2月にかけて保育園でメモした記録が残っています。

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代表的な園の反応を、比較のために他のコーナーも入れて、抜き出してみました。

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 2本の試作番組を続けて見せてしまった園もあったので、2本目の終わりごろには飽きてしまう子もでてきましたが、いもとさんの「いないいないばあ」は子どもたちに大人気で、動物たちが「ばあ!」と顔を出したあとに笑うと、見ていた子どもたちもつられて一緒に笑う様子がたくさん見られました。

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 こうした結果を開発プロジェクトで共有し、反応の良くなかったコーナーの統廃合を進めて2本の試作を組み合わせ、本放送へとつなげていきました。


【効果測定と番組】
 本放送が始まってからは、一般家庭を訪れ、子どもたちの様子を撮影して放映するコーナーがありましたので、その撮影の際に実際に放送を見るお子さんを見せていただいたりして、頻繁に生の反応を観察していました。集団で見ている幼稚園や保育所とはまた違って、家庭でリラックスして見ている子どもたちの反応はとても素直でした。子どもたちの様子をつぶさに観察すると、際立った反応がなくても、深く心を動かしている表情が読み取れたり、じっくり心に染み込んでいると思われるものもありました。
 そうして、興味を示さないコーナーには改良を重ね、次の制作に生かしていきました。

 最近は、SNSの書き込み等で番組の感想を得られるようになったこともあり、自分の足で反応を見に行くことが少なくなっているように思いますが、それがほんとうにテレビを見ている子どもたちの実際を表しているのか、検証する必要があります。
 また近年のメディア環境は、テレビだけではなく、スマホやタブレットによる動画視聴にも拡大し、大きく変化しています。公共メディアとしては、それらが子どもたちに与える影響を調査・分析し、良質な番組制作や、適切な届け方につなげていくことが重要だと考え、研究を進めようとしています。

 2歳児テレビ番組研究会(通称「2歳研」)立ち上げ時のメンバーで、『おかあさんといっしょ』番組制作の中心として長年プロデューサーを務めた近藤康弘さんは、インタビューで次のように答えています。(※1)
― いろんなものをリサーチするとか、そういう面白さを、もっと幼児番組には取り入れた方がいいなという気がしました。
  年間通してある水準に達するように、継続して経験を伝えると、当然マンネリになります。
  よほど周到な計画の下に新たなチャレンジをしていかないと。
  幼児番組はそれぞれ一生懸命に作っているのですが、みんなテイストが似てくる。
  引いた目で見たら、もっといろんなやり方があるだろう。
  こけてもいいから新しいほうに絶えず前向きに倒れたほうが、僕はいいような気がする。

 2歳研ができてから44年。研究者と一緒に番組を作るスタイルは珍しくなくなりましたが、多様な幼児番組が作られるようになった今こそ、"引いた目で"分析することの重要性が増してきたように思います。
 NHKにしかできない幼児番組とは何か、ニーズを把握し、それを実現していくにはどうすればいいか、これからも考えていきたいと思います。


◎こちらもぜひご覧ください
『いないいないばあっ!』のはじまり①  ~きっかけとなったテレビ研究~
『いないいないばあっ!』のはじまり②  ~どきどきあそび・擬音のうた~
 『いないいないばあっ!』が生まれるまで ~ワンワン誕生秘話~ | NHK文研


※1 「放送人の証言no.67」(2004.5) 放送人の会

【久保なおみ】
子ども番組が作りたくてNHKに入局。『いないいないばあっ!』『にほんごであそぼ』などを企画・制作。
2022年夏から現所属。月刊誌『放送研究と調査』や、ウェブサイトなどを担当。
好きな言葉は「みんなちがって みんないい」

☆こちらの記事もぜひお読みください
『にほんごであそぼ』コンサートのはじまり ~坂本龍一さんと作った福島コンサート~ #471 | NHK文研
  子ども向け造形番組の変遷~『NHK年鑑』からみた『できるかな』『つくってあそぼ』『ノージーのひらめき工房』~#485 | NHK文研

調査あれこれ 2023年11月22日 (水)

まもなくCOP28がスタート!日本人は気候変動についてどう思ってる? ~ISSP国際比較調査「環境」から~【研究員の視点】#512

世論調査部(社会調査)村田ひろ子

 2023年11月末からUAE=アラブ首長国連邦で開かれる国連の気候変動対策の会議「COP28」では、国連の気候変動枠組条約に加盟するおよそ200か国が、地球温暖化など世界的な気候変動による影響や対策について議論を行う予定です。会議は、各国が自主的に設けた温室効果ガスの削減目標がどの程度達成されているのかを確認する場にもなるわけですが、日本については、2021年に「2030年度までに温室効果ガスの排出量を13年度比で46%削減する」という方針を打ち出しています。
 この目標を達成するためには、ひとりひとりの意識が重要なことは言うまでもありませんが、果たして日本人は環境問題や気候変動についてどのように考えているのでしょうか?2020年に実施し、2023年8月末にリリースされた国際比較調査※1の結果からみていきます。この国際比較調査、日本からはNHK放送文化研究所が参加しています。

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 『環境問題について心配している』※2という人は、日本で8割近くにのぼり、比較データのある28の国や地域の中で3番目に多くなっています。また、気候変動による世界的な気温の上昇が『危険だと思う(極めて+かなり)』という人も8割近くで、各国の中で上から5番目になっています。

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 各国と比べて、多くの日本人が環境問題や気候変動について不安に思っている様子がうかがえます。
 それでは、環境保護に対する意識も高いのでしょうか。『環境を守るためなら、今の生活水準を落とすつもりがある(すすんで落とす+ある程度は落としてもよい)』と回答した人の割合をみると、日本では約3割にとどまり、各国の中ではやや少ないほうです。さらに、20代以下の若い人に限ってみると、日本では2割に届かず、下から数えて4番目に位置付けています。
 日本人の多くが環境や気候変動について心配しているわりには、環境を守るためであっても、自分の生活を犠牲にしたくないと考えているようです。

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 もう一つ、気になる結果をみてみましょう。『私だけが環境のために何かをしても、他の人も同じことをしなければ無意味だと思う』かどうかを尋ねた結果です。『無意味だと思う(どちらかといえばを含む)』※3と答えた人は、日本で61%を占め、各国の中で4番目に多くなっています。さらに20代以下に限ってみると、日本では73%にのぼり、1番多くなります。日本では、市民が「メディアを通じて気候変動に関する政治・経済動向についてはよく知っている一方で、それらが自分の生活や活動に関連した問題としてはとらえにくく、自分の行動によって社会を変えられるとの感覚を持てない」という指摘※4があります。
 個人1人では、環境問題はとうてい解決できない、という無力感が日本の若い世代にまん延しているとしたら、とても気がかりです。

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 まもなく始まる「COP28」で、世界的な気候変動による影響や対策が話し合われる予定ですが、日本でも脱炭素社会のあり方についての議論が高まるのかどうか、引き続き注目したいと思います。


※1 ISSP国際比較調査「環境」
ISSP Research Group (2023). International Social Survey Programme: Environment IV - ISSP 2020. GESIS, Cologne. ZA7650 Data file Version 2.0.0, https://doi.org/10.4232/1.14153.

※2 「まったく心配していない」を「1」、「非常に心配している」を「5」として、1~5までの中から選んでもらい、「4」と「5」を合算して『心配している』とした。また、各国の回答傾向を把握しやすくするため、「わからない」や無回答を除外して集計している。

※3 「賛成」と「どちらかといえば、賛成」を合算した結果。

※4 ジェフリー・ブロードベント、佐藤圭一(2016)「世界のなかの日本—気候変動対策の政策過程」、長谷川公一・品田知美編、『気候変動政策の社会学—日本は変われるのか』、昭和堂


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【村田ひろ子】
2010年からNHK放送文化研究所で社会調査の企画や分析に従事。これまで、「中学生・高校生の生活と意識」「生命倫理」「食生活」に関する世論調査やISSP国際比較調査などを担当。

放送ヒストリー 2023年11月21日 (火)

『いないいないばあっ!』のはじまり② ~どきどきあそび・擬音のうた~#511

計画管理部 久保なおみ

 11月20日は「世界子どもの日」です。子どもたちの相互理解と福祉の向上を目的として、国連によって制定された日で、世界各地で子どもの権利や未来に関するイベントが開かれています。
 NHKでも11月13日から25日までの間を「スゴEフェス」と題して、さまざまな番組で「こどもたちのハートをうごかそう!」をテーマに発信しています。またNHKテレビ放送開始70年となった今年、放送博物館では、2024年1月28日までNHKキャラクター展を開催しています。
 その「スゴEフェス」とNHKキャラクター展の両方に参加している番組のひとつが、世界初の赤ちゃん番組である『いないいないばあっ!』です。前回のブログでは、具体的な制作のベースとなった研究をご紹介しました。番組開発プロジェクトでは、研究の成果を反映して、複数の短いコーナーから成る15分の試作番組を2本作りましたので、今回のブログでは1本目の試作の中心的なコーナーだった「どきどきあそび」と「擬音のうた」について、また次回のブログでは、2本目の試作で特に印象的だった「いないいないばあ」コーナーについて、みていきます。

dokidokiasobi1.png「どきどきあそび」 構成:きむらゆういち アニメーション:きらけいぞう


【0~2歳児の発達の特徴をふまえて~「どきどきあそび」~】
 『いないいないばあっ!』開発プロジェクトでは、「2歳児テレビ番組研究会」の成果をふまえ、そのメンバーで当時はお茶の水女子大学の発達心理学教授だった内田伸子先生や、国立小児病院の谷村雅子先生、さらに保育園や民間の託児施設などに、乳幼児の特徴を取材しました。そして、2分以内の複数のコーナーで構成することや、「感情・心・感性を揺り動かす」ことをねらいとするなど、方針を固めていきました。
 (詳しくは『いないいないばあっ!』のはじまり①をご覧ください)

 それらの取材結果やねらいをふまえて制作したコーナーのひとつが、「どきどきあそび」というアニメーションです。赤ちゃんの遊び絵本などを手がける絵本作家の、きむらゆういちさんの提案でした。「どきどきあそび」は、「追いかける・追いかけられる・つかまえる・つかまえられる・見つける・見つけられる」という"どきどき"を基本コンセプトにしていました。

〇0~2歳児の発達の特徴をふまえて「どきどきあそび」が工夫した点
・対象が多いと注視できないので、マンツーマンで直接話しかけた方がいい 
  → キャラクターが、テレビの前の子どもたちに呼びかけながらストーリーを展開していく
・繰り返し、反復することによって覚えていく
  → 「追いかける」「見つける」など、毎回ひとつの動作を繰り返して、展開を予想させる
・単色のやわらかな色づかい、単純な形の方が認識しやすい
  → キャラクターの造形を、〇△□をベースとしたものにする
・聞く力が弱く、BGMがあると、ことばをうまく聞き取れない
  → ことばと音楽とは重ねず、それぞれ単独で聞かせる
・カットの切り替えやズームは理解できず、別なものと認識してしまう
  → キャラクターの目線で、ワンカットで進行する

 そうして、見ている子どもたちにも、キャラクターと一緒に追いかけたり、追いかけられたりする感覚を体験してもらうことを目指しました。


【実現できるアニメーターを探して】
 当時はまだCGがあまり発達していなかったので、セルアニメでこのコンセプトを実現するのは、簡単なことではありませんでした。そこで、NHK内のアニメスタジオで撮影などを担当していた方に「番組が目指す世界観を実現してくれそうなアニメーターはいませんか」と尋ねたところ、きらけいぞうさんを紹介されました。きらさんは1968年からアニメーターとして活躍し、今もNHKや民放、CMの数々のアニメーションやキャラクターデザインを行っている方です。
 絵本作家のきむらさんと一緒にきらさんと初めて打ち合わせをしたとき、二人とも、とても驚いていました。なんと二人は、同じ大学・同じサークルの、先輩・後輩の間柄だったのです。そんなこともあって、きらさんはこの難題をおもしろがり、快く引き受けてくれることになりました。

 2分間、ワンカットのアニメーションをつくる。1秒間に何十枚もの動画を必要とするアニメーションでは、通常、動作のポイントとなる原画と、間をつなぐ動画の部分があり、それぞれ別の人が担当しますが、カットの切り替えもなく、キャラクターの目線で進行していく「どきどきあそび」では、ひとりの原画担当者が、すべて一筆書きのようにつなげていかなければなりませんでした。キャラクターの目線が変わっていく流れでも、背景+人物A+人物B+人物C...のように何層も重なる複雑な作画でも、何があってもワンカット。手書きの時代に、何百枚もの動画をつなげていくのは、とても大変な作業でした。そうしてできた試作「おどろかす」は、キャラクターがテレビの前の子どもたちに「しー」と話しかけながら、お友達の背後にそっと近づいていき、次々とおどろかしていく...という構成。最後は、おどろかそうと思った相手に逆におどろかされてしまう...という内容で、大人の私たちも"どきどき"してしまう、とてもすばらしい作品でした。

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【擬音のうた】
 『いないいないばあっ!』の歌を作る上でポイントとしたのは、"擬音をテーマにする"ことでした。1歳児の発達の特徴として、擬音が大好きな点が挙げられていたからです。
(詳しくは『いないいないばあっ!』のはじまり①をご覧ください)
 最初に作ったのは「それがママから聞いたこと」という歌でした(のちに「ママから聞いたこと」と改題)。作詞は三浦徳子さん。赤ちゃんがおなかの中で聞いていた、お母さんの鼓動をテーマにした歌でした。
 "擬音をテーマにする"というお題はなかなか難しく、何人かの作詞家から断られましたが、三浦徳子さんはおもしろがって、快く引き受けてくれました。

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【子どもたちの反応】
 1996年1月15日と16日に試作を放送したあと、番組開発プロジェクトでは、ふだんはテレビを見せていない園や、保育の中にテレビ番組を取り入れて放送教育を進めている園など、さまざまな園を訪れて、子どもたちが番組を見る様子を観察して、その効果を検証しました。
 当時、1月から2月にかけて保育園でメモした記録が残っています。

231121monitor.jpg

代表的な園の反応を、比較のために他のコーナーも入れて、抜き出してみました。

231121monitor_bassui.jpg

 「どきどきあそび」では、0~2歳のどの年齢でも、どの園でも、子どもたちがじーっと注視して、次もおどろかすだろうと予測してにやっとしたり、登場人物と一緒に笑ったりする様子が多数みられました。まさに、ねらいどおりの反応でした。
 「擬音のうた」でも、体を揺すったり、ジャンプしたりしながら、子どもたちは全身で喜びを表現していました。

 三浦徳子さんは、その後も「チーしちゃおう」「ワンワンパラダイス」「カエデの木のうた」など、多くの『いないいないばあっ!』の代表曲を作詞しています。また、別の子ども向け番組『にほんごであそぼ』では、古語を取り入れた「TOBALI」や、「シェイクスピアのうた」など、奥深い詞で、子ども向けの歌の新境地を開拓しました(「亜伊林」名義で作詞)。
 今月6日に亡くなった三浦徳子さんのご冥福をお祈りするとともに、子どもたちのために作詞した歌が、これからも歌い継がれていくことを願っています。


◎次回は2本目の試作で特に印象的だった「いないいないばあ」というコーナーについて、ご紹介します。
 こちらもぜひご覧ください。
『いないいないばあっ!』のはじまり①  ~きっかけとなったテレビ研究~
『いないいないばあっ!』のはじまり③  ~いないいないばあ~
 『いないいないばあっ!』が生まれるまで ~ワンワン誕生秘話~ | NHK文研

【久保なおみ】
子ども番組が作りたくてNHKに入局。『いないいないばあっ!』『にほんごであそぼ』などを企画・制作。
2022年夏から現所属。月刊誌『放送研究と調査』や、ウェブサイトなどを担当。
好きな言葉は「みんなちがって みんないい」

☆こちらの記事もぜひお読みください
『にほんごであそぼ』コンサートのはじまり ~坂本龍一さんと作った福島コンサート~ #471 | NHK文研
  子ども向け造形番組の変遷~『NHK年鑑』からみた『できるかな』『つくってあそぼ』『ノージーのひらめき工房』~#485 | NHK文研

放送ヒストリー 2023年11月20日 (月)

『いないいないばあっ!』のはじまり① ~きっかけとなったテレビ研究~#510

計画管理部 久保なおみ

 「世界子どもの日(11月20日)」をご存じですか?子どもたちの相互理解と福祉の向上を目的として、国連によって制定された日で、世界各地で子どもの権利や未来に関するイベントが開かれています。
 NHKでも11月13日から25日までの間を「スゴEフェス」と題して、さまざまな番組で「こどもたちのハートをうごかそう!」をテーマに発信しています。またNHKテレビ放送開始70年となった今年、放送博物館では、2024年1月28日までNHKキャラクター展を開催しています。
 その「スゴEフェス」とNHKキャラクター展の両方に参加している番組のひとつが『いないいないばあっ!』です。1996年に、世界初の赤ちゃん向け番組として、放送を開始しました。0~2歳児が、かなり早い段階から日常的にテレビと接しているという研究報告を受けて、乳幼児に特化した良質な番組を作ろうと、開発に着手したのです。(詳しくはこちらのブログをご覧ください)※1
 私はディレクターとして『いないいないばあっ!』の開発を担当しましたので、今回は具体的な制作のベースとなった研究と、その成果を反映して作ったアニメーションなどについて、3回にわたってご紹介します。

inaiinaibaa_rogo.png初回放送時のロゴ

【2歳研とNHKの子ども番組~『おかあさんといっしょ』~】
 日本では1953年のテレビ放送開始時点から、テレビが子どもに及ぼす影響に対する社会的関心が高く、1950年代後半から60年代にかけて、NHK放送文化研究所、文部省、日本民間放送連盟などが、大規模な研究を実施しました。そして1970年代、80年代には、番組の内容分析研究、子どもの映像理解に関する研究など、多様な視点とアプローチによる「子どもとテレビ」研究が、多分野の研究者たちによって繰り広げられました。(※2)

 そんな中で、2歳児向け番組の開発をめざした「2歳児テレビ番組研究会」(以下「2歳研」)が発足しました。モデルになったのは、研究者と制作者が一体となって制作していたアメリカの幼児番組『セサミストリート』です。『セサミストリート』は1969年にアメリカで放送を開始した番組で、就学前教育を目的としたさまざまなコーナーがありました。当時の『おかあさんといっしょ』は制作者だけで番組を作っており、主に3歳児を対象としたコーナーで構成されていましたが、1978年に開かれた『セサミストリート』に関する国際会議をきっかけに、日本でも研究者と共同して2歳児向けのコーナーを開発してみよう、という機運が高まりました。そうして1979年4月に2歳研が誕生したのです。(※3)

 2歳研は、3種の専門家からなるチームで構成されていました。
①発達心理学者・教育心理学者
 …2歳児の生活実態・テレビ視聴の実態調査をもとに、教育目標・行動目標を作る
②メディア専門家(主としてNHKの幼児番組制作者)
 …2歳児に向いていると思われる番組を既存のものから選んだり、試作したりする
③教育工学専門家・文研の研究員
 …2歳児に視聴させて効果測定し、原理を導き出したり改善点を指摘したりする

 この3つのチームが協同して、教育目標の設定→コーナーの試作→幼児の視聴実験→分析結果の検討→コーナーの改善→放送、という流れで研究を積み重ねながら開発を進め、『おかあさんといっしょ』の「ハイ・ポーズ」「こんなこいるかな」などのコーナーを生み出しました。文研の研究員は、教育工学の専門家と協力して幼児の視聴実験を行い、その成果を番組制作に反映させました。(※4)


【『いないいないばあっ!』の開発】
 『いないいないばあっ!』を開発するにあたって、NHKの番組制作チームは、大学の発達心理学や乳幼児教育の研究者・絵本作家・造形作家・人形製作者・CG制作者・作家・アニメーター・デザイナー・シンガーソングライター・商品化担当者などで構成される「番組開発プロジェクト」を立ち上げました。
 このプロジェクトが動き出した1995年には、2歳研は既にその役割を終えていましたので、「テレビは幼児に何ができるか」という2歳研の中間報告を、番組開発に活用することにしました。

tvhayoujini.png そして、2歳研のメンバーで当時はお茶の水女子大学の発達心理学教授だった内田伸子先生や、国立小児病院の谷村雅子先生、さらに保育園や民間の託児施設などを取材した結果、2歳児とそれ以下の乳幼児とでは、発達の特徴が大きく異なることがわかり、『おかあさんといっしょ』がターゲットにしていた年層の子どもたちとは異なるアプローチで番組を制作する必要がでてきたのです。そこで番組開発プロジェクトでは、まず『いないいないばあっ!』がターゲットとする0~2歳児の特徴をまとめました。

〇取材の結果明らかになった、0~2歳児の発達の特徴
・生後12か月ごろから、ことばを聞き取るようになる
・けれども聞く力が弱く、BGMがあると、ことばをうまく聞き取れない
・対象が多いと注視できないので、マンツーマンで直接話しかけた方がいい
・カットの切り替えやズームは理解できず、別なものと認識してしまう
・集中して見るのは2分40秒が限界
・繰り返し、反復することによって覚えていく
・単色のやわらかな色づかい、単純な形の方が認識しやすい
・1歳児は擬音が大好き
・身の回りのものと接することによって、1歳2~3か月で「みたて」ができるようになる
・平面を立体的に見る力が弱いので、CGは素材感や質感を出さないと理解しにくい


【『いないいないばあっ!』がめざしたもの】
 『おかあさんといっしょ』は2歳以上を対象としていましたので、2歳研ではさまざまな「教育目標」を設定して、コーナー開発に取り入れていました。
 けれども乳幼児の母親を対象とした市場調査では、2歳未満では「知育」よりも「情操」を望む声が多かったため、0~2歳児を対象とした『いないいないばあっ!』開発プロジェクトとしては、教育的な目標を設定する前の段階として、まずは「子どもたちの感情・心・感性を揺り動かす」ことが重要なのではないか、という結論に達しました。
 幼児教育の専門家によると、幼い時に心をたくさん動かした子どもたちは、心が豊かに発達するのだそうです。運動能力を高めるためには、体を動かす練習が有効なように、感受性を高めるためには、心を動かす練習が有効であるとの見解を示していました。
 そこで開発プロジェクトでは、テレビだけで全て完結するわけではなく、親や友達など周囲の人たちと豊かに関わることによって、たくさん心を動かすことができるよう、そのきっかけとなる番組作りをめざしました。

 くしくも、今年の「スゴEフェス」のテーマは「ハートをうごかそう!」です。28年たった今も、子どもたちへの願いは変わりません。


【試作番組の制作】
 以上のような研究をふまえて、『いないいないばあっ!』開発プロジェクトでは、複数の2分以内のコーナーで構成するセグメント形式の15分番組とすることなど、番組全体の方向性を定めました。そして、個々のコーナーで研究成果を具体化すべく、2本の試作番組を作ることにしました。
 次回のブログでは、以下のように、試作番組で制作した特徴的なコーナーができるまでを紹介します。


『いないいないばあっ!』のはじまり②  ~どきどきあそび・擬音のうた~
『いないいないばあっ!』のはじまり③  ~いないいないばあ~


※1 『いないいないばあっ!』が生まれるまで ~ワンワン誕生秘話~ | NHK文研

※2 子どもとテレビ研究・50年の軌跡と考察|NHK放送文化研究所

※3 白井常・坂元昂 編「テレビは幼児に何ができるか 新しい幼児番組の開発」(1982)
  日本放送教育協会

※4 秋山隆志郎・小平さち子『おかあさんといっしょ』と幼児の視聴行動 『放送研究と調査』(1987.8)

【久保なおみ】
子ども番組が作りたくてNHKに入局。『いないいないばあっ!』『にほんごであそぼ』などを企画・制作。
2022年夏から現所属。月刊誌『放送研究と調査』や、ウェブサイトなどを担当。
好きな言葉は「みんなちがって みんないい」

☆こちらの記事もぜひお読みください
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  子ども向け造形番組の変遷~『NHK年鑑』からみた『できるかな』『つくってあそぼ』『ノージーのひらめき工房』~#485 | NHK文研

メディアの動き 2023年11月17日 (金)

【メディアの動き】群馬テレビ,経営と労組が対立,地域放送の公共的使命をめぐり

 群馬県唯一の民放で独立局である群馬テレビ(前橋市)の労働組合は10月18日,県労働委員会に救済の申し立てを行った。武井和夫社長による過度な人事異動などを不当労働行為だとして,改善を求めている。

 また,交渉の中で,社長が経費削減を理由に,複数の自治体を名指しして「スポンサーでない自治体に取材に行く必要はない」,ニュース取材は「NHK前橋に行ってもらえばいい」という趣旨の発言をしたとして,これらの発言は放送の公共的使命を定めた放送法や,民放連の放送基準に抵触すると訴えている。

 これに対して群馬テレビは,「これまで誠意を持って十分な説明をしてきたと考えている」などとコメントしている。

 取材は不要だとされた自治体の1つ,渋川市の髙木勉市長は,同月23日の定例会見で「発言が事実であれば極めて残念で問題である」と発言。また,群馬テレビの筆頭株主である群馬県の山本一太知事は,同月19日の定例会見で,社長の発言を重く受け止め,県が事実関係の調査を行う意向を示した。

 筆者の取材に対し,労働組合の前島将男委員長は,「地域の報道は民放とNHKが担っていくべきで,経営にはその役割と責任を自覚してほしい」と話す。

 地方経済の低迷が続く中,地域民放は経営の維持と公共的使命の遂行をどう両立させていくのか。報道機関として,スポンサーや株主とどう距離をとっていくのか。今回の対立が,群馬テレビ自身の社内体制を検証する契機となるのかに注目していきたい。

メディアの動き 2023年11月17日 (金)

【メディアの動き】鳥島近海の地震,津波観測後に「後追い」で注意報

 10月9日午前5時25分ごろ,東京・伊豆諸島の鳥島近海で地震が発生。気象庁は,午前6時40分に伊豆諸島と小笠原諸島に津波注意報を発表し,各メディアも速報で伝えた。その後,7時44分に高知県,51分に千葉県九十九里・外房と千葉県内房,8時24分に宮崎県,鹿児島県東部,種子島・屋久島地方,奄美群島・トカラ列島にも発表した。ただ,実際には,一部の予報区を除き,注意報の発表基準である20センチ以上の津波が観測されてから出した,いわば「後追い注意報」だった。津波注意報は通常,津波の原因となる地震の震源や,地震の規模を示すマグニチュード(以下,M)をもとに地震発生から約3分を目標に発表される。しかし気象庁は,今回は地震波が不明瞭で詳しい震源やMが決まらず注意報の発表が遅れたと,9日の記者会見などで説明した。筆者の取材に対し気象庁は,国内で起きた地震で詳しい震源やMが決まらなかったのは,現行の津波予報の態勢が始まった1990年代以降,初めてだとしている。

 一方,11日に開かれた政府の地震調査委員会で,鳥島近海ではこれまでにもMが小さく通常は津波を伴わない規模の地震で複数回,津波が発生していることも指摘された。気象庁によると直近では2015年5月3日に起きたM5.9の地震で,このときも八丈島に津波が到達したあとに伊豆諸島などに津波注意報が発表された。

 気象庁は,「鳥島近海で地震が起きた場合,今後も津波到達後に注意報が発表される可能性がある」としている。メディアは,これを念頭に置き,ふだんからの心がけを含め,防災への呼びかけを検討する必要がある。

メディアの動き 2023年11月17日 (金)

【メディアの動き】ジャニーズ事務所が社名変更・廃業へ民放各局の検証番組相次ぐ

 故ジャニー喜多川氏による性加害の問題で,ジャニーズ事務所が10月2日,記者会見し,同月17日付で社名を「SMILE-UP.」に変更すると発表。被害者への補償はこの会社が行い,将来的に廃業するとした。またタレントのマネージメントなどを行う新会社の設立を明らかにした。この会見をめぐっては,運営担当のコンサルティング会社が,質疑応答で指名しないようにする記者をまとめた「NGリスト」を作成していたことが後日,明らかになり,批判を浴びた。

 当面の焦点は,被害者への補償や再発防止の取り組みがどこまで実行されるかにある。NHKはこうした取り組みが着実に実施されると確認されるまで,『紅白歌合戦』を含めた新規の出演依頼は行わない方針を明らかにしている。民放各局も「適切に判断する」などとして,対応を慎重に見極める構えだ。

 その一方で,メディア自身の責任も免れない。今回の性加害問題では,被害拡大の背景に「マスメディアの沈黙」があると指摘された。9月のNHK『クローズアップ現代』に続き,10月に入ると民放各局の検証番組が相次いだ。日本テレビは同月4日の『news every.』,フジテレビは21日の『週刊フジテレビ批評特別版』,テレビ東京は26日の『特別番組』で,いずれも社内調査の結果を伝えた。またTBSの『報道特集』は7日,関係者への独自の取材をもとに自社の対応を検証した。社内調査や取材の対象になったのはフジテレビで77人,テレビ東京で134人,『報道特集』で80人以上にのぼった。

 この中でまず問われたのは,報道機関としての姿勢である。1999年に始まった『週刊文春』のキャンペーン報道をめぐり裁判結果を報じなかったことや,今年(2023年)3月にイギリスBBCのドキュメンタリー番組が放送されたあとも迅速に対応しなかったことについて,「男性の性被害に対する認識が鈍かった」「芸能ネタ,週刊誌ネタだと思っていた」など,報道局の反省の弁が伝えられた。検証のもう1つの柱は旧ジャニーズ事務所と各局との関係である。日ごろ事務所側と直接向き合ってきた番組制作・編成部門への調査・取材では,一部の社員から,事務所側の圧力や自局の忖度(そんたく)を感じていたという証言が出たことが伝えられた。これを受け,番組では「社内でジャニーズを特別扱いする空気が20年以上にわたって醸成された」(日本テレビ),「必要以上に気を遣う意識が根づいていた」(フジテレビ)との認識が示された。『報道特集』は,テレビ局自身が報道とエンターテインメントの両方を担っていることが大きな矛盾になっているという,制作担当者の声を報じた。

 一連の検証番組はいずれも社内の調査・取材にとどまっているのが現状だ。その一方で,性加害の深刻な被害を訴える新たな証言も報道されている。NHKは10月9日の『ニュース7』で,2002年秋に当時高校生の男性が東京・渋谷のNHK放送センター内のトイレで,ジャニー氏から複数回にわたり性被害に遭ったと証言していることを伝えた。局によって濃淡はあるにせよ,実態の解明がまだ緒についたばかりであることを端的に示すものといえる。こうした中,TBSは番組での検証とは別に,外部の弁護士を交え中立的で第三者的な立場から評価する社内調査を実施すると明らかにした。重大な人権侵害を長年見過ごし,結果的に被害を拡大させたメディアの責任が引き続き問われている。

メディアの動き 2023年11月16日 (木)

【メディアの動き】オーストリア憲法裁判所,公共放送の監督機関の委員の選任方法に違憲判決

 オーストリア憲法裁判所は10月10日,公共放送ORFの2つの内部監督機関である財団評議会と視聴者評議会の委員の選任方式を定めたORF法の条項について,連邦政府の影響力が大きすぎ,公共放送の独立性と多元性の保障を定めた憲法に違反するとの判決を出したと発表した。2022年6月に東部ブルゲンラント州が,同条項が違憲だとして提訴していた。

 財団評議会は,ORFの予算と決算の承認,会長の任命,受信料額の決定などを行う監督機関。35人の委員で構成され,このうち連邦政府が9人,9つの州政府が各1人,国会に議席を持つ政党が6人,視聴者評議会が6人,ORF職員総会が5人を選任する。憲法裁判所は,連邦政府と視聴者評議会が選任する分について多元性を確保する規定がないこと,また連邦政府が選任する数が,政府から独立した視聴者評議会より多いことが,独立性と多元性保障の原則に反するとした。

 視聴者評議会は,視聴者を代表し,ORFの番組や編成について勧告を行う機関。30人の委員からなり,このうち13人を,商工会議所,労働組合,教会など法定の13団体が直接選任する。残りの17人は,教育,芸術,スポーツなど14分野の団体が3人ずつ候補者を政府に提出し,その中から連邦首相または担当大臣が任命する。憲法裁判所は,首相が任命する人数が13団体が直接選任する数より多いこと,また首相の裁量の余地が大きいことが,独立性と多元性保障の原則に反するとした。

 同裁判所は,2025年3月末までにORF法を改正することを求めた。