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2024年4月19日

メディアの動き 2024年04月19日 (金)

気候危機にメディアはどう向き合うべきか(第1回)広がるメディア間連携と市民との協働【研究員の視点】#534

放送文化研究所 渡辺健策

 人類最大の脅威といわれてきた気候変動問題がいま、深刻な危機に直面している。
日本だけでなく世界各国が異常な猛暑に見舞われた昨年2023年の1年間の平均気温は、観測史上最悪の記録を更新した。WMO=世界気象機関は、世界の平均気温が産業革命前に比べ1.45℃上回ったことを明らかにした。平均気温の上昇を1.5℃までに抑えようという国際合意である「パリ協定」の目標を、あとわずかで超えてしまうことになる。

shocyo_snow.PNGWMO(世界気象機関)の報告書より

 こうした急激な温度上昇のなか、熱波や干ばつ、山火事、洪水など、さまざまな異常現象が世界各地で頻発し、食料問題や感染症などを深刻化させる一因にもなっていると指摘されている。
 国連のアントニオ・グテーレス事務総長は昨年7月、「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が到来した」と述べ、ただちに対策が必要であると警告を発した。地球の気候システムが、再び元に戻せなくなる限界点「ティッピング・ポイント」を越えようとしているのではないかと懸念する声も上がっている。

syotyo_antny.PNGグテーレス国連事務総長(国連HPより)

 こうした気候危機の顕在化は、マスメディアと受け手である市民との関係性にも変化をもたらし始めている。その変化とは、「ソリューション・ジャーナリズム(solutions journalism)」に関するものだ。
 「ソリューション・ジャーナリズム」は、マスメディアが市民と連携しながら、さまざまな問題の解決策を模索する「課題解決型」のジャーナリズムだ。ニュースを伝える際に、解決策やその手がかりも含めて伝える。その1つの分野として、地域社会が抱える課題について、マスメディアと市民が一緒に解決策を考えていく手法が実践されてきた。
 いま、この手法を地球規模の課題である気候変動問題にあてはめ、国や地域を越える共通の脅威である気候変動への有効な対策を探る動きが広がりつつある。マスメディアが新聞・雑誌・放送といった媒体の垣根を越えて連携し、さらに市民、NGO、企業、研究者などと協働しながら、今すぐ可能な気候変動対策は何か、どのような対策が持続的な効果をあげられるのか、といった情報を共有するパートナーシップを築こうとしている。
 本稿では、そうした気候変動対策をめぐるマスメディア間連携と市民との協働について最新の動きを報告する。

1. つながりを促進する共通の危機意識
 今年1月、気候変動問題の解決に求められる報道のあり方を考える「気候変動メディアシンポジウム」が東京・渋谷で開かれた。新聞、雑誌、テレビ、ネットメディアなど、さまざまな媒体で取材・発信を行っているジャーナリストたちが会場に集まった。また、気候変動問題に関心を持つ市民やNGO、気候科学を研究する学者なども参加して、熱を帯びた議論が繰り広げられた。参加者たちに共通していたのは、自分たちが日ごろ直面する気候変動の影響が目に見えて顕著になっているという危機意識と、身近なところにも脅威が迫ってきていることを読者・視聴者に分かりやすく伝えることが必要だという思いだ。

syocyo_shinpo.png気候変動メディアシンポジウム(1月31日東京・渋谷区)
<以下、会場画像提供:Media is Hope>

 

【参加者の主な発言】

shocyo_ishiisan.png●テレビ新広島 報道部 石井百恵副部長(SDGs関連担当記者):
私のこれまでの取材活動では、広島県内の気候変動による影響、例えば広島の名産のカキの生産量の減少に関して、水温の上昇でエサがなくなっているとか、雨が降らなくなっているから生息しにくくなっているとか、地元の身近な影響、生活者視点のニュースを通して、気候変動問題を伝えています。 
環境問題って上から目線で語ると、勉強のように捉えてしまう人たちもいると思います。最初は、ハードルを低くして、関心を持ってもらえるように始めて、しだいに課題解決への取り組みに意識を向けていくことができたらと思います。いろんな取り組みをしている人がいて、それぞれが点になっている。それを私たちが報道することで、線にして、面にしていく。「まだ今なら課題解決できる」という機運を作れるのではないかと思いながら取材活動をしています。

 

shocyo_kobayashisan.png

● 「#暑さの原因報道して」市民らの署名活動の発起人・小林悠さん(小学校教員):
私は去年7月末に、テレビ局に対して、暑さの原因を報道してほしいと求める署名活動を立ち上げました。教員をやっているものですから1人の大人としてだけでなく1人の教育者として、今すぐ気候変動対策を強化しないと、子どもたちの未来に深刻な影響を与えてしまうと考えています。
去年は本当に暑くて、真夏になると子どもたちは、外で遊べない日が続きました。プールの時間も、自分たちが子どもだった時はプールの水の温度が低くて入れないということがあったんですけど、今はプールの温度が熱すぎて授業が中止になるということが頻繁になってきています。
海外では、いろんな国のトップニュースで気候変動のことが、気象災害や天気予報に関連付けて伝えられているんですが、日本のニュースを見ていると、豪雨とか猛暑が続いているときも気候変動との関連付けがされていなくて、理解の差、ギャップがあるんだなと気づきました。気候変動のことを日常の中でなんかおかしいなと思うことと絡めてもらうことで、やっと理解できて、そこから解決に向かっていくんじゃないかと、そういうメディアへの期待を込めて署名活動を立ち上げました。

 このように伝え手と受け手の双方の危機意識が高まっている現状の中、マスメディアは何を、どのように伝えるべきなのか。
 そこで重要なのが、気候変動の問題は、他のさまざまな社会課題と密接に結びついていて、経済や社会のあり方そのものも同時に見直さないと解決できないという、根深さがあることだ。しかも、地球規模というスケールの大きな問題だけに、マスメディア各社がそれぞれ単独で取り組んでも、特効薬のような解決策をすぐに見いだすのは難しい。そこで鍵を握るのが、個々の社や媒体、そして国を越えるマスメディア間の連携だ。

 

shocyo_yadasan.png

●毎日新聞ニューヨーク支局 八田浩輔専門記者:
海外と日本の気候変動報道の違いというのを考えたときに、ポイントが2つあります。1つは、公正=justiceの問題です。実は気候変動で大きな影響を受けるのは、社会的・経済的に弱い立場の人たちです。つまり格差とか、差別とか、貧困、ジェンダーなど、公正が絡む問題に気候変動を関連付けた記事が重要ですが、まだ日本ではそんなに多くない、むしろすごく少ない。
もう1つは、日本の報道に多いのが、何でも「ジブンゴト」とか、「ひとりひとりができること」みたいな文脈に落とし込んでしまうことが多い気がします。むしろ大事なのは、他人や困窮するコミュニティーあるいは未来の世代のことを想像し、その中で社会のパラダイムを変えていくことではないかと思っています。
(メディア連携について)世界中からCOP(気候変動枠組条約 締約国会議)の場に集まって一緒に取材をするときに、つながりのある取材者たちが横のネットワークで、この会見は大事そうだとか、必要な情報について、お互いに言える範囲で情報をシェアしました。そうした取材の協力を初めて一緒にやったことが、とても役に立ったので、その取り組みを広げて、ふだんから利害を超えた協力をできたらいいと思います。

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●東京大学未来ビジョン研究センター 江守正多教授:
メディアの横の連携が始まったというのは、非常に重要なことだと思っています。気候変動はそもそも普通の人が受けとめるのが難しい問題なので、大変なことが起きていることがわかったとしても、「自分が心配してもどうにもならないので基本的にはスルーして生きている」という人が、社会の大部分ではないでしょうか。おそらく、メディアの社内でもそれは変わらないと思います。しかし、その中に、感受性の高い「自分が報じないといけない」と考える人たちが出てきた。そういう人がメディア各社の中ですごく少数派だったのが、横につながることで協力して発信したり、励ましあったりすることができるようになったことは、とても大きい。
ぜひ、いま広がりつつあるメディアの横の連携をさらに強めていただいて、日本全体における気候変動の発信をさらに盛り上げてほしい。そのポテンシャルはすごくあると思います。

 この「気候変動メディアシンポジウム」を企画したのは、若い世代を中心につくった非営利の一般社団法人Media is Hope。メンバーの多くは、20歳代・30歳代で、ミレニアル世代を中心とする今の社会の中堅層。気候変動問題を解決する社会を実現するために、メディアと市民、企業、研究者などの共創関係を築くための「懸け橋」となることを目指して活動している団体の1つだ。
なぜ、メディアとの連携が必要と考えたのか。そして何を目指していくのか。共同代表の2人に話を聞いた。

media_is_hope_natori.nishida.png名取由佳さん      西田吉蔵さん
(Media is Hope共同代表)

名取由佳さん:子どもの頃から夢見ていたエンターテインメント企業に就職して働いていましたが、ちょうどそのころ、地球環境が深刻な事態になっていることを肌で感じていたとき、グレタ・トゥーンベリさんが登場してきたことで、私の意識も呼び覚まされました。気候変動のことを学んでいくと、実は豊かな社会が資本主義社会のなかで環境を破壊していることに気づいて、皆が幸せに生きられる社会を目指さないといけないと思うようになりました。私自身、気候変動問題がどれほど深刻なのか、ティッピング・ポイント(元に戻らなくなる転換点)が迫っているということも知りませんでした。でも逆に、私みたいに知らなかった人にちゃんと知ってもらったら、大きな変化を起こせるのではないかとも思いました。 そのためにはメディアとの連携が必要だし、メディアだけでなく企業も巻き込んだ形でやっていくのがいい、NGO、ボランティアとして、連携を提案していこうと、つなぐ活動を始めました。

西田吉蔵さん:まず、どういう社会なら気候変動問題を解決できるのか、サステナブルな社会づくりを進めるために何が必要かを考えました。市民、企業、メディア、政府、国際機関、教育機関をつないで、皆で協力しあって、ようやく解決策にたどり着けるのだと気づき、輪を広げていかなければと考えました。気候変動の問題について、それぞれのステークホルダーが個々には発信しているのだけど、それだけでは追いつかない現状があります。だからこそメディアという力を持つ存在を介して、輪を広げて対策を加速したい、読者・視聴者とメディア、企業の新しい関係性を作りたいと思うようになりました。

 Media is Hopeのメンバーたちは、メディアと市民、そして企業の間をつなぐ活動を広げることが欠かせないと考え、活動を進めてきた。そして各メディアの取材者たちとじかに接する機会が増えていく中で、あることに気づいたという。それは、気候変動をめぐる報道が、実は十分な力を発揮しきれていないこと、そこには共通の原因があることだった。

名取由佳さん:多くのメディアの人たちから話を聞く中で感じたのは、気候変動報道が継続しにくい理由、やりにくい理由、それはメディア側だけにあるのではなく、読者・視聴者との関係性や、(スポンサーである)企業との関係性にある、ということでした。気候変動の記事を書いても、読まれないと取材者は孤軍奮闘するしかない。だから、メディアの取り組みを褒める、応援するNGOとして、気候変動報道に対するプラスの評価を広く発信していく活動をしています。
最も力を注いでいるのは、メディア間の連携をコーディネートすることです。メディアどうしはお互いに様子をうかがうようなことが多いですが、そんな中で私たちは、気候変動報道を担当するメディアの人たちを対象に勉強会を開くなど、メディアどうしが他社との情報共有をする場を作ることを後押ししています。そうすることで、ライバルどうしのメディアが協力して臨む、それほど気候変動問題が大きなイシューになっているということに、多くの人に気づいてもらうことにも大きな意味があると考えています。

 

2. 気候危機をめぐるソリューション・ジャーナリズムの意義
 もうひとつ、マスメディア間の連携強化を支えているのは、国連による国や地域を越えたキャンペーンの存在だ。国連は、冒頭で触れたグテーレス事務総長のリーダーシップのもと、持続可能な社会づくりに賛同するマスメディアの連携組織「SDGメディア・コンパクト」を2018年に立ち上げ、世界各国のメディア企業に参加と協力を呼びかけてきた。また、日本では2022年から、国連広報センターなどの呼びかけでメディアが連携して気候変動対策を推し進める「1.5℃の約束」キャンペーンを展開している。3年目を迎えた今年、参加メディアは150社に上る。
 メディア連携と市民との協働によるソリューション・ジャーナリズムが、いまなぜ重要なのか。国連広報センターの根本かおる所長に、その意義を聞いた。

shocyo_nemotosan_W_edited.PNG国連広報センター 根本かおる所長

Q:気候変動問題の現状に対する評価は?

根本所長:いま、気候変動問題の危機が、これまでとは違う次元に来てしまっています。グテーレス事務総長も言っていることですが、「いま地球はER、Emergency Room=救急処置室にいる」、それくらい危機的な、待ったなしの段階に来ているんだと思います。
しかし、人々の関心のレベルを高くつないでいく、人々の注意力を維持するのは、本当に難しい状況にあります。そういう中で、多くのメディアがタイミングを合わせて波状的に、いろんな形で気候変動に関しての情報を出していくという動きが必要だと考えました。それが2022年に「1.5℃の約束」キャンペーンを立ち上げた理由です。

shocyo_kokurenhokoku.png(国連広報センターHPより)

Q:深刻な危機が訪れているという実感は、人によってかなり異なるのでは?

根本所長:去年の夏は大変でしたよね。熱中症で救急搬送される人はものすごい数になったし、暑くて外出できない、身体の大事をとって家に閉じこもらなければいけない、ということもありました。
あれが恒常的な状況になった時、皆さんどうでしょうか。いままで当たり前のように私たちが食べてきた農産物も、もう食卓に並ばなくなってしまうかもしれない。対応が遅れてしまえば、取り返しがつかなくなってしまう、それが目の前に迫っている。気候科学から導く客観的な情勢としては、もう赤信号がともっているわけです。
そこで人々の意識をアップデートして、温室効果ガスの排出削減につながるような行動を取れるような社会の仕組みに変えていかないといけないと、強く思います。

Q:気候変動対策を進めるために、いま何が必要だとお考えですか?

根本所長:「大変だ、大変だ」という情報だけでは、人々は動かないし、危機の情報にばかりさらされると心がマヒして情報を受け付けなくなってしまいます。日本では気候変動対策は辛抱とかガマンと受け取られがちかもしれませんが、人間はやっぱり、辛抱とかガマンすることは嫌ですよね。むしろより快適な暮らしのためのチャンスとして提案したいですね。そして、おのずとついついやってしまう、振り返ればそれが地球のためになっているとか、やっていて手応えがある、あるいは自分の得になるとか、そういう仕掛けを作っていかないといけない。
正解というのは1つではありません。私たちの身近なところで非常にユニークな、優れた取り組みをしている人たちや組織ってあると思うんですね。そういうものをメディアに取り上げていただいて、「あ、これなら私たちにもできる」と理解してもらう。それがどれだけ温室効果ガスの削減につながるか、気候変動の影響に対して備えるものになっているのかを伝えること、それを継続してもらいたいと思います。

Q:今後、マスメディアに期待する役割とは?

根本所長:メディアというのはもちろん問題提起をする役割もありますけど、同時に解決策のヒントを示して、読者や視聴者を元気づける役割、頑張れ頑張れと背中を押す役割もあると思うので、そういうところを期待したいです。同時に市民にも、メディアを元気にしてもらいたい。読者・視聴者からの「良かった」という声、「気づきを得た」という評価、それは小さな声でも伝え手を元気づける、そんな役割もあると思います。そういう協働の枠組みができて、パートナーとして、一緒に取り組んでいく仲間という側面が強くなってきていると思います。そこに、ソリューション・ジャーナリズム、ソリューション=解決策を一緒に見つけていこうという新たな関係性が成立するのではないでしょうか。

 

 ここまで、最近の気候変動問題をめぐるマスメディア間の連携と、市民との協働の広がりについて、マスメディア、市民・NGO、研究者、国際機関という各当事者の話を紹介してきた。
 マスメディア各社はある意味、競合つまりライバル関係にあり、独自に掘り起こした取材先や新たな研究成果など、いわば手のうちを互いに見せることは避けたがるため、これまで連携の取り組みは、かなり限定的だった。
 ところが最近の数年間で、日本国内でも気候変動の分野でのメディア間の連携や市民との協働が、特に目立つようになってきた。その変化を促す力として、メディア間をつなぐ国連などの国際機関やNGO=市民セクターの積極的な働きかけの存在が大きい。何よりそうした当事者たちの抱く危機意識が、かつてないくらいに強まってきていることが背景にあり、それだけ気象災害や海の異変などさまざまな影響・被害が顕在化していることの表れともいえる。
 マスメディアどうしが互いに連携し、同時に市民ともパートナーシップを結び、気候変動問題の解決策を模索していくことは、受け手にとってのマスメディアへの信頼や存在意義にも関わる重要な要素となっていくのではないだろうか。
 本稿では、マスメディア全体を俯瞰(ふかん)する視点で概況を中心にお伝えしたが、次回以降は、海外でのマスメディア連携や市民・企業・研究者の関わり方など、地球環境問題におけるソリューション・ジャーナリズムの実践例を紹介していきたい。

【渡辺健策】
1989年NHK入局。報道局社会部、首都圏放送センターなどで記者として環境問題を中心に取材。
2011年から盛岡放送局ニュースデスクとして東日本大震災の被災地取材に関わり、その後、総務局法務部などを経て2022年から現所属。