2018年05月18日 (金)ミカンがぜいたく品に?


※2018年4月24日にNHK News Up に掲載されました。

「きのう、ぜいたくしちゃって『こたつでみかん』だったんだよね」
近い将来、冗談のようなこんな会話が本当に交わされているかも知れません。
それは、みかんだけでなく、和牛、チーズ、ヨーグルトなどでも。
いずれも最近、価格が上がっている食べ物で、取材を進めるとある共通の理由が見えてきました。

高松局 目見田健
宮崎局 橋本知之
ネットワーク報道部 飯田暁子・伊賀亮人

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<みかんは高級品?>
「みかんが高いなあ」
ことしの冬、そう感じた人も多かったのではないでしょうか。
日本園芸農業協同組合連合会によると、年末年始のみかんの市場での価格は平年のおよそ3割増し、21年ぶりの高値だったということです。
mik180424.2.jpgその理由は、まず去年の春にみかんの花のつきが悪かったことや秋に台風が連続したことによる出荷量の減少。

「この冬のみかんの値段は、例外的に高かったんですね」

そう安心した記者に、担当者は言いました。

「いや、実はそもそも、みかんの出荷量が年々減ってきているんです。生産基盤が弱体化していて、このまま出荷量が減り続ければ値段が高い状態が続くこともあるかもしれません」


<「ポンジュース」が…>
みかんに、いったい何が起きているのか。
一大産地として知られる愛媛県に行ってみました。
みかん畑を訪ねると、素人の私でもすぐにある異変に気づきました。

雑草が生い茂り、みかんが栽培されていない畑が目立つのです。

mik180424.3.jpg理由を聞くと、やはり”あの理由”。

農家の「高齢化」と「担い手不足」です。
愛媛県では、この35年でみかん農家は3分の1以下のおよそ7000戸まで減少。それに伴い、みかんの栽培面積や出荷量も減少し、出荷量は10年前と比べて4分の1も落ち込んでいます。

こうした影響で愛媛を代表する「ポンジュース」も、およそ11年ぶりに20%程度値上がりしました。

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<みかん農家の現実>
みかん農家は今、どうなっているのか?

みかんを育てて50年になる津田正利さん(67)を訪ねました。
津田さんの2人の子どもは農業は継がず、夫婦2人でみかん畑を守っています。

mik180424.5.jpg畑に向かう津田さんに同行すると、手も使わないと上れないほどの急斜面。
転びそうになりながら後を追う記者を振り返り、「昔はもっとスイスイ上り下りできたんだけどね」と話す津田さん。

年を取るにつれて剪定(せんてい)や草取り、収穫などの作業に苦労するようになり、以前は4ヘクタールあった畑を2.5ヘクタールにまで減らしました。
それでも収穫期には夫婦2人では手が回らないといいます。

mik180424.6.jpg津田さんは、自分の代でみかん農家をやめようと考えていると話します。
「体力を考えれば、続けられるのは75歳ぐらいまで。
 自分が土地を買って大事に維持してきたみかん畑だから
 だれかに引き受けてほしいが…」

畑を引き取ってくれる人を探していますが、周りの農家も高齢となり、跡継ぎもいないという状況は同じ。周りには放棄された畑が目立つようになっています。

「昔はこの地区の段々畑一面にみかんの花が咲き、実がなって。荒れていく姿を見るのは悲しいが、これが現実なんだろうね」

愛媛県のみかん農家の70%近くは65歳以上。
近年、廃業する農家数が急速に増えているといいます。


<価格が高騰する和牛>
後継者不足を背景に価格が上がる食べ物はみかんだけではありません。
その1つが「和牛」です。

すき焼きなどに使われる和牛の「肩肉」の平成28年度の一般的な小売り価格は、100グラム=786円と4年前に比べて20%余りも高くなっています。

その理由は、和牛の輸出量の増加などによる需要拡大に加え、ここでも生産量の減少がありました。

mik180424.7.jpg和牛の生産は、母牛を飼育して子牛を出産させ、10か月ほど育ててから売る「繁殖農家」と、子牛を競りで買い、30か月ほどまで飼育して食肉として出荷する「肥育農家」に分かれています。

このうち「繁殖農家」が全国的に後継者がいないまま廃業するケースが相次ぎ、牛肉の生産量が減っているのです。

全国の繁殖農家の戸数は、去年、4万3000戸。10年間で実に6割に減少しています。


<農家が急減する宮崎県では>
その理由を、全国有数の子牛の産地、宮崎県で取材しました。

訪ねたのは、霧島連山のふもとのまち宮崎県小林市の繁殖農家、岡原文男さん(82)。

mik180424.8.jpg自宅に隣接した牛舎に9頭の母牛を飼い、年間7、8頭の子牛を出荷しています。競りでは100万円を超える価格がつくような優れた子牛を育てる「すご腕」の持ち主。

しかし、自分の代で廃業すると決意しています。3人の娘は皆、市外や県外に嫁ぎ、後を継ぐ人がいないためです。

mik180424.9.jpg繁殖農家は手間がかかり、専門性の高い仕事です。
毎日の牛舎の清掃や餌やりはもちろん、母牛の様子を細かく観察して発情に気づき、タイミングよく受精を行って妊娠させる。難産になれば深夜の介助も当たり前です。

「牛が好きでないと続けて行かれん仕事よ。自分が動けなくなった時が繁殖をやめる時だな」と岡原さんは話します。

宮崎県の繁殖農家のほとんどが岡原さんのような家族経営の小規模農家。
近年、岡原さんのように、跡継ぎがおらず廃業を決意する人たちが後を絶たないのです。


<外国人が切り札に?>
全国で歯止めがかからない担い手不足の中で、このところ存在感が大きくなっている人たちがいます。それが外国人技能実習生です。

みかんの産地、愛媛県西予市にある農事法人「無茶々園」では15年前から外国人技能実習生の受け入れを始め、今では20代から30代のベトナムとフィリピンからの実習生20人が働いています。

mik180424.10.jpg実習生
この農業法人では外国人の実習生を受け入れるにあたり、みかんジュースなどの加工品の製造やほかの野菜の栽培などの経営の多角化にも乗り出しました。

実習生が活躍してくれることで人手不足の問題が解決しただけでなく、年間を通して収益が上がるようになり、経営が安定したといいます。

農業法人の村上尚樹理事は「もうみかんは外国人実習生がいないと作れなくなってきている」と話します。

mik180424.11.jpg実習生と村上理事(手前)


<外国人が働けない現場も>
それならばもっと多くの農家が実習生を受け入れればいいのか。

そうもいかない事情もあると話すのは、最初に話を聞いた同じ愛媛県のみかん農家、津田政利さんです。

「本当に忙しいのは収穫期などに限られているが、実習生を受け入れるとなれば繁忙期だけというわけにはいかず、仕事や収入がない時も年間を通して給料を支払わなければならない。夫婦2人で細々と農業をやっている自分たちにそれほどの経営体力はない」(津田さん)

mik180424.12.jpg一方、和牛の繁殖農家でも、1年間であれば、実習生を受け入れることができます。ただ、農林水産省によりますと、業界団体に「技術や遺伝資源の海外流出を避けたい」という思いがあり、宮崎県内では、受け入れる農家はほとんどないといいます。

考えてみれば外国人の技能実習は、発展途上国の人材を育成し技能を移転するのがそもそもの目的です。技能が移転してしまっては成り立たない和牛の世界には合わないというわけです。


<食卓に起き始めた変化>
和牛をめぐっては、国や県、業界団体があの手この手で子牛の生産を維持しようと取り組んでいて、ひとまず母牛の減少に歯止めがかかるなど、一定の成果もみられます。

しかし、抜本的な解決には至っていません。このままでは東京オリンピックを境に、数年以内に繁殖農家の“大廃業時代”が訪れる懸念があるのです。

和牛やみかんだけではなく、チーズやヨーグルトも酪農家の担い手不足が影響して値上げする動きが出ています。

農業の現場で起きている担い手不足によって、日本人の食卓の景色も変わりつつあるー。
取材を通してそうした実感を抱きました。

投稿者:飯田 暁子 | 投稿時間:16時04分

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