文研ブログ

メディアの動き

メディアの動き 2024年01月19日 (金)

【メディアの動き】インタビューの内容メモなどがネット上に流出,NHKが関係者らに謝罪

 NHKは12月1日,記者が取材したインタビュー内容のメモなど取材に関する情報が,インターネット上に流出したと発表。取材協力者におわびしたうえで,公式サイトやニュースで謝罪した。

 流出したのは,11月,首都圏局に所属する記者が,若年女性を支援する一般社団法人の「Colabo(コラボ)」に対し,過去にひぼう中傷を繰り返した経験のある取材協力者へのインタビューの内容メモや企画の提案書。この協力者がひぼう中傷をするきっかけとなった人物のSNSアカウントを通じて,誰でも閲覧できるような状態になっていた。

 NHKの調査の結果,子会社が契約する30代の派遣スタッフが,取材・制作用の端末にアクセスし情報を持ち出して流出させたことを認めたという。派遣スタッフは,ニュースのテロップ制作などに関わっていて,「興味本位でやった」などと話しているという。

 その後,12月14日には首都圏局の担当者2人が,取材に協力していたColaboの事務所を訪れ,「報道機関としてあってはならない流出があった」などと謝罪し,本来,匿名であるはずの情報が流出したことで,放送できなくなったと説明した。これに対しColabo側は,「単なる流出ではなく,Colaboや女性支援に対する攻撃の一環として起きたことを認識いただきたい」などと話したという。

 取材に関する情報が外部に流出したことは,報道機関としての信頼を大きく損なうもので,倫理意識と情報管理の徹底が求められる。

メディアの動き 2024年01月18日 (木)

【メディアの動き】Al Jazeera・RSF,国際刑事裁判所にイスラエル軍の戦争犯罪捜査を求める

 中東の衛星テレビAl Jazeera(以下,AJ)は12月16日,前日にパレスチナのガザ地区南部ハンユニスの学校で取材していた記者ら2人がイスラエル軍(IDF)の攻撃で負傷し,このうちカメラマンのサメル・アブダッカ氏が救急搬送を阻まれ死亡したとして,ICC(国際刑事裁判所)に戦争犯罪の疑いで捜査を求めると表明した。RSF(国境なき記者団)もアブダッカ氏を含むパレスチナ人7人が死亡した件について,ジャーナリストに対する意図的な攻撃だった疑いがあるとしてICCに捜査を求めている。

 CPJ(ジャーナリスト保護委員会)はIDFから取材活動停止を求められていたAJのアナス・アルシャリフ記者が同月11日,自宅への空爆で90歳の父親を失い,同月6日,同じくAJのモメン・アルシャラフィ記者の避難先が空爆を受けて両親や兄弟を含む家族22人が死亡した例などをあげ,パレスチナ人のジャーナリストやその家族が標的にされているとの懸念を表明。同月21日,ガザでの報道従事者の保護やIDFの責任の検証を国際社会に呼びかけた。

 通信大手Reutersは同月7日,同社カメラマンのイッサム・アブダラ氏が10月13日にレバノン南部への砲撃で死亡した状況について,現場にいたほかの取材班の映像や証言,砲弾の破片,衛星画像などを集め,専門家と分析した結果を報じた。報道陣と明確にわかる状況があったにもかかわらずIDFの戦車が砲撃したとしている。CPJによると,パレスチナのメディア従事者の死者は12月末までに少なくとも70人に達した。IDFは「ジャーナリストを標的にしたことはない」などとしている。

メディアの動き 2024年01月18日 (木)

【メディアの動き】韓国大統領,放送法など改正に拒否権,放送通信委員長に検察官出身者を任命

 韓国のユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領は12月1日,最大野党「共に民主党」などが賛成多数で可決していた放送法など3つの法律の改正案について拒否権を行使した。またユン大統領は同月29日,直属の放送規制監督機関である放送通信委員会(KCC)の委員長に検察官出身のキム・ホンイル(金洪一)氏を新たに任命した。

 韓国の国会では11月9日,改正案について,公共放送の政治的な独立性を強化するためとして,委員会を経ずに本会議へと回され,過半数を握る「共に民主党」の主導によって可決されていた。採決の前に退席していた与党「国民の力」は,放送法の改正は,野党がメディアを掌握するための法案だとして強く反対していた。拒否権が行使された法案が再可決されるためには,在籍議員の過半数の出席と,出席議員の3分の2以上の賛成が必要。12月8日に再び国会で採決が行われたが,放送法については在籍議員291人のうち,賛成が177人,反対113人,棄権1人で否決され,放送法など3つの法案は廃棄されることになった。

 一方,KCC委員長のイ・ドングァン(李東官)氏は,野党から弾劾訴追案が発議されたことを受けて12月1日に委員長を辞任した。ユン大統領は同月6日,後任の候補者に同じく検察官出身のキム氏を指名。同月27日に開かれた国会の人事聴聞会で同意を得られなかったものの,大統領は同月29日にキム氏を委員長に任命した。就任式でキム氏は「国民の信頼と時代の潮流に即したメディアを実現させていく」などと抱負を述べた。

メディアの動き 2024年01月18日 (木)

【メディアの動き】英BBC,「将来の財源モデル」検討へ 新理事長指名のシャー氏,厳しい船出

 イギリス政府は12月7日,2024年4月からの公共放送BBCの受信許可料を,10.5ポンド引き上げて年額169.5ポンド(約3万1,100円)にすると発表した。政府は2022年に,向こう2年間は受信許可料を据え置き,2024年度から27年度までは消費者物価指数に連動する形で値上げをするとの方針を示していた。しかし,今回の値上げ幅を決めるにあたり,物価高による国民生活への影響に配慮し,当初予定していた消費者物価指数の12か月の平均値の9%ではなく,9月時点の指数6.7%を採用した。

 これによりBBCは年に約9,000万ポンド(約165億円)の財源不足が生じる見通しとなった。2027年までに4億ポンド(約736億円)の削減策を進めているBBCは同日,声明を出し,受信許可料の値上げ幅が想定より低く抑えられたことに失望の意を示した。今後,さらなる削減の検討が必要になるとの考えを示した。

 また政府は同日,メディアの環境が大きく変わる中で,現行の受信許可料には課題があるとして,BBCの将来の財源モデルについて検討作業を始める方針を示した。近く放送業界や経済界の専門家からなる独立委員会を設置し,▶現行の受信許可料の持続可能性,▶商業サービス増加の是非,▶商業収入を増加させる方策,▶受信許可料に代わる新しいモデル,などについて検討する。政府は2024年の秋までに報告をとりまとめることを求める考えで,2027年12月に期限が切れる現行の特許状の更新に向けての議論に生かしていきたいとしている。

 BBCの財源制度については,現在,議会で審議が行われているメディア法の立案に向けて政府が示した『白書』の中でも,議論の必要性に触れている。また議会の上下両院の委員会でも議論が行われ,例えば上院の通信・デジタル委員会は,▶受信許可料を,所得税などに連動して累進化する,▶広告収入で運営する,▶世帯で一律徴収する,▶税金や政府の補助金にする,▶公的資金とサブスクリプションや商業収入を組み合わせたハイブリッド型にする,など具体的なモデルを提示し,それぞれの長所と短所を検討している。

 BBCも財源制度の議論は避けられないとの姿勢を示している。同局は声明で,「BBCが将来にわたり,イギリスの価値を世界に発信し,不偏不党のニュースや国民の暮らしを伝える番組を作り続けるためにも,財源の議論は重要だ」としたうえで,「変更がある場合には,その影響を国民が十分に理解することが重要だ」との認識を示し,幅広い議論を求めた。

 こうした中,政府は,空席となっているBBCの理事長に,同局の元ジャーナリストで非執行理事を務めたサミール・シャー(Samir Shah)氏を推薦すると発表した。財源モデルの議論や次期特許状の交渉は,新理事長の主要な任務となる。しかし,12月13日に議会下院の文化・メディア・スポーツ委員会が開いた聴聞会では,現職の非執行理事が番組の編集方針に介入したと報じられたことや,首相官邸との距離の近さなど,BBCの独立性について激しい応酬があった。聴聞会のあと,委員会は「シャー氏の理事長への就任を認めるが,BBCに関する極めて重要な課題についてみずからの考えを十分に説明せず,組織が必要としている強い指導力をうかがうことはできなかった」と批判的な見解を付記し,就任3か月後に再び委員会の聴聞に応じるよう求めた。

メディアの動き 2023年12月27日 (水)

性加害とメディア~サビル事件とBBC②~【研究員の視点】#521

メディア研究部(メディア情勢)税所玲子

 イギリスの公共放送BBCの元司会者でタレントのジミー・サビル(Jimmy Savile)氏による性加害事件は、その手口や被害者の数、そして同氏のメディアでの影響力の大きさによって被害が見過ごされてきたという点などから、ジャニー喜多川氏の事件と類似点が指摘されている。
 BBCは、▼事件が発覚したときの組織としての対応と、▼被害に気がつかなかったことの原因と責任、という2つの側面から厳しい批判を受けた。本ブログの第1回では前者についての検証結果を紹介したⅰ)
 本稿では、サビル氏が「未成年者に性加害を行っている」といううわさがあったにも関わらず、組織としての対応を阻んだ要因はなにか、BBCの「組織文化」に焦点をあてた元判事のジャネット・スミス氏による報告’The Dame Janet Smith Review Report’ⅱ)を紹介する。数百人に接触し、番組ごとに誰が、どこで、何を見聞きし、どのような対応をしたのか、丹念に聞き取り、証言を相互に照らし合わせ、被害の実態に迫ろうとする姿は、「検証する」とはどういうことなのかを示しているように思うⅲ)。以下概要を紹介する。

【報告書の概要】
 
スミス元判事による検証は、ジミー・サビル氏が人気絶頂だった1970年代から80年代を中心に、スターの地位を利用して、未成年の少女などに性的虐待を行っていたという告発番組の放送を受けて、2012年10月12日に実施が決まった。関係者800人以上に連絡を取り、380人以上から証言を得て執筆された報告書は793ページ。かかった費用は、650万ポンド(約11億7,000万円。補償費用を除く)で、2016年2月25日に公表された。

検証の焦点は

・BBCの仕事に関連して、サビル氏の不適切な性的行為はあったか
・公式・非公式にかかわらずサビル氏の不適切な行為に対する不満や懸念が、BBCに示されたことはあったか
・BBCの職員は、どの程度、サビル氏の不適切な行為について認識していたか
・BBCの職員は、どの程度、サビル氏の不適切な行為について認識すべきであったか
・サビル氏に不適切な行為を可能にさせた当時のBBCの組織文化や慣習はあるか

スミス元判事の結論は、
・BBCの仕事から派生した加害は存在し、
・当時BBCにあった苦情対応の窓口に対してではなかったものの、8件の非公式な苦情があり、
・BBCの複数の職員が、サビル氏が未成年者に対し性的な関心を抱いていることを知っていたが、組織としてのBBCは認知していたとはいえない
・うわさなどがあり、直接調査に乗り出した人もいたにも関わらず、BBCの組織構造として、上層部に対し、「タレント」が関わるハラスメントについて報告するという慣習がなかった
・上司や人事担当などに苦情を言うとキャリアに関わるという懸念から、BBCの職員が声をあげにくい文化、正式な申し立て手続きの不在、不十分な調査、男性優位でセクハラを軽んじる「マッチョな文化」、タレントに対する過剰な配慮、などさまざまな組織文化の問題がある、というものである。

 また、スミス元判事は、名乗り出なかった被害者もいるとしながらもBBCに関係する被害者は72人(女性57人、男性15人)で、このうち16歳未満の未成年者は、女性21人、男性13人だったとした。最年少の被害者は8歳だった。サビル氏の犯行は、控え室などBBCの施設のあらゆるところで起きたほか、スタジオから自宅や愛用していたワゴン車に連れていかれた被害者もいた。 
 報告書は、プライバシーに配慮しながら具体的な状況にも言及しており、嫌悪感を覚える読み物である。スミス元判事は、子どもの保護やハラスメントをめぐる社会の対応は、今とはかけ離れていることを考慮に入れながらも、被害に気がつくチャンスがあったにもかかわらず、BBCの関心がみずからの保身に向けられ、守るべき対象の被害者に向けられなかったことを、「公共」のために存在する組織としてあるまじきことだと厳しく指摘している。以下に結論の根拠となった内容をかいつまんで紹介する。

  BBC1.png報告書について伝えるBBC(BBCニュースのホームページより)

【BBCのマネジメント構造】
 
当時のBBCの組織はどのようなものだったのであろうか。
 報告書によると、当時のBBCのマネジメントの構造は縦割りかつ上下関係が明確で、部局長が各現場の運営を任されていた。自身で判断しかねる事案が発生した場合だけ、上役に相談する仕組みで、部局長が情報を抱え込む危険性をはらんでいた。実際、エンターテインメントの部局長は個性が強く、持ち場が「領有地」であるかのようにふるまっていた。セクションごとの壁もあり、組織全体の利益よりも自局の利益を守ることが優先されていた。
 こうした環境では問題が起きても、一般職員は、上層部への報告は管理職の仕事だと考え、みずからが声をあげるという発想を持ちにくい。80年代までは内部通報制度もなく、セクハラやいじめがあっても直属の上司に伝えるだけで、その人物がさらに上に報告しなければ、そこで終わりだった。女性管理職の割合が少なく、わいせつな発言があっても、BBCの評判に傷がつかないかぎりは、「社会ではそういうものだ」と男性の価値観が優先される「マッチョな文化」がはびこっていた。セクハラは随所で発生し、サビル氏が働いていたエンターテインメント部門とラジオ1では特に顕著だった。

【サビル氏が利用した‘スター’の地位】
 
一般職員のサビル氏に対する印象は「気持ちが悪い」「だらしがない」など、決して芳しいものでない。ただ、サビル氏は、慈善事業で集まった募金の大きさや、王室や政治家とのつながりを繰り返しアピールし、幹部には丁寧で謙虚な姿勢で接した。何が真実で何がウソなのか見極めるのが難しくなるほど常にしゃべり続け、奇抜なファッションで型破りなパーソナリティーを演出した。BBCは「スーパースター」になったサビル氏がはじき出す視聴率にあらがえないようになる。

(著名な司会者やプレゼンターなどの)「タレント」は、‘BBCの価値観よりも価値があるとされるにいたった’。BBCでは、タレントがあまりにも影響力を持ちすぎたり、番組の成功にあまりにも欠かせない存在になったりし、BBCが守るべき価値から完全に乖離(かいり)した行動でも許されるようになってしまった。管理職は、タレントの怒りを買い、BBCに出演してくれなくなることを恐れているのだⅳ)

(「ジャネット・スミス報告書」より抜粋) 

【声をあげた人たちへの対応】
 
サビル氏の行為について、報告書は8件の苦情が寄せられたとしている。BBCの職員5人、外部の人物3人が申し立てたが、内容が上層部、あるいは組織全体で共有されることはなかった。
 例えばある若手職員は1988年頃、上司が席を外したすきに被害を受け、そのことを申し立てても、「黙れ、彼はVIPだろ」と一蹴された。また、歌番組「Top of the Pops」に参加した視聴者は、実際にカメラが回っている中で被害を受けた。現場の職員に訴えたものの「カメラを動かすからそこをどいてくれ」と言われた。さらに、ラジオのプロデューサーは、レストランで行われた会合にウエートレスの女性を誘い出し、サビル氏に女性を「あっせん」するかのような行為も行っていた。

BBCの多くの若手の職員は、被害を受けても申告していない。騒ぎ立てるほどのことでない、と思ったという人もいるが、ひどいことだと感じても、報告すればキャリアに傷がつくと恐れた人もいるⅴ)

【生かせなかった悪評】
 
サビル氏の不適切な性的関心については、うわさとして知っていた人は少なくない。実際、サビル氏は、自叙伝'As it happens’や、新聞やテレビのインタビューでも、みずから性的関心について言及していた。報告書は、うわさを聞いたことがあるという117人、聞いたことがない人180人から話を聞いた。しかし誰ひとりとして、上層部に報告しようと考えた人はいなかった。単なるうわさだと考えた人もいるし、すでに上層部は知っているだろうと考えた人もいる。
 ただ警戒を強めていた番組もある。サビル氏が子どもの夢をかなえる番組「Jim‘ll Fix It」では80年代になると、出演する子どもに付き添うスタッフの間では、サビル氏から目を離さないようにすべきだ、と言われていたし、プロデューサーも、サビル氏の性癖や、警察との癒着のうわさを耳にしていた。タブロイド紙が報じたこともあるが、そのような人物が子どもに夢を与える番組の司会にふさわしいのか、顧みる人はいなかった。

世間の批判さえなければ、サビル氏の適性について真剣な議論が行われないということは、嘆かわしい。BBCが評判に傷つくことを恐れるのであれば、能動的に正しい行いをすることが重要なはずだ。また、BBCが掲げる公共的価値が、こと人気番組になると、優先順位が下がるのも問題だⅵ)

 サビル氏に直接うわさを確かめようとした人もいた。サビル氏が司会を務めていた歌番組「Top of the Pops」は、100人前後の若者が付き添いなしでスタジオに集まり、風紀の乱れが指摘されていた。1970年初頭、ラジオ局の主幹は、部下を通じ「サビル氏の自宅に女の子が泊まっていた」といううわさを確かめたが、「何も心配することはない」と言われ調査をやめた。また別の広報担当の職員を通じて、他社の記者にも尋ねたが、うわさに過ぎないと聞いて、追及をやめている。

当時の社会の基準では問題なかった、というBBCの言い訳を受け入れることはできない。BBCは社会、そして若者への責任を自覚し、みずからの性癖を自慢する男に、若者の良きロールモデルの役割を与えるのに加担すべきではなかったⅶ)

 

BBC2.png組織の対応を分析して伝えるBBC(BBCニュースのホームページより)

【上層部の関心】
 
スミス元判事は、どの地位の人物が把握すれば、BBCが組織として把握していたと言えるか検討した。視聴者から見て、相応の責任を持つと考えられる立場として、部局長(Head of Department)以上の人物が知っていることが「組織として知っていること」と定義づけた。その基準に照らし合わせると、苦情は、そのポストまで到達しておらず、組織として見て見ぬふりをしたという結論にはいたらなかった。
 しかし、報告書は、役員や理事会の対応について極めて厳しい見方を示している。
 1971年、「Top of the Pops」に参加した15歳の少女が自殺をはかった。母親は、番組の「有名人」が自宅に連れて行ったとBBCに苦情を申し立てた。タブロイド紙が報じたが、検視官の査問で'精神的に不安定だった’と結論づけられると、上層部は関心を失った。何が起きていたのか番組のスタッフや観客への聞き取りもなく、母親から詳しく事情を聞くこともなく、参加可能な年齢を16歳に引き上げるという対策をとっただけだった。

BBC内の対応を見ると、自殺した少女のような若者の安全や福祉に対して配慮しようという思いがまったく見られない。母親の訴えをはぐらかし、BBCの名誉を守ることばかりに関心が向いている。
役員は、番組の根本的な問題を掘り下げることはなく、その地位に当然、期待される注意を向けていない。BBCにとっての悪評が回避できたと知るやいなや、全員で安堵(あんど)のため息をついたのだろう。理事会も番組の風紀の乱れに懸念を示さず、その無関心さには驚かされるⅷ)

 スミス元判事は、苦情申し立ての制度や職員どうしの連携の欠如、有効な調査制度の不備、不十分な視聴者対応、人事による職員の支援が十分でなかったことなどを問題として指摘し、こうした課題について6か月以内にBBCに対応策を示すよう求めた。
  
 報告書を読むと、BBCの職員のひとりひとりに悪意はなくても、組織として弱者に非常に冷淡で、内向きの理論に凝り固まっていて、大事なシグナルを見落とし、何人もの人を傷つける結果を招いたことがわかる。これによりBBCは計り知れないダメージを受けたが、これは時代を超えて、どこの組織にでも起こりうる問題としてその教訓を学んでいくべきだと思う。
 第3回は、BBCの信頼回復に向けた取り組みを中心に紹介したい。

【あわせて読みたい】
2023年11月30日 性加害とメディア~サビル事件とBBC①~【研究員の視点】#514


ⅰ) 文研ブログ 2023年11月30日「性加害とメディア~サビル事件とBBC①」
  https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/489990.html

ⅱ) 2016年2月25日 The Dame Janet Smith Review Report-
https://downloads.bbci.co.uk/bbctrust/assets/files/pdf/our_work/dame_janet_smith_review/savile/jimmy_savile_investigation.pdf

ⅲ) 検証の過程で、BBCの別のプレゼンターによるハラスメントも発覚したため範囲を拡大して調査が実施された。しかし、当該プレゼンターの上司にあたる人物とスミス元判事が知り合いだったため、利益相反にあたるとして、控訴院のリンダ・ドブス判事が実査の調査を行った。本ブログでは、サビル氏の事件のみに焦点をあてることとする。

ⅳ) 前掲ⅱ) 、P23、179-180

ⅴ) 同上 P60

ⅵ) 同上 P91

ⅶ) 同上 P109

ⅷ) 同上 P71, 74

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【税所 玲子】
1994年入局、新潟局、国際部、ロンドン支局、国際放送局などを経て2020年7月から放送文化研究所。

ヨーロッパを中心にメディアやジャーナリズムの調査に従事。

メディアの動き 2023年12月18日 (月)

【メディアの動き】独新聞協会,公共放送のテキストニュースが事業圧迫とEUに文書提出

 ドイツの主な新聞社やデジタルニュース配信社が加盟するドイツ連邦新聞発行者協会(BDZV)は11月8日,EUの競争問題を所管する欧州委員会に,ドイツの公共放送がウェブサイトやアプリで提供するテキストニュースが,新聞社の事業を不当に圧迫していると訴える文書を提出した。

 EUは,加盟国の公共放送のサービスが新聞社や商業放送を不当に圧迫することを防ぐための指針を策定している。公共放送の任務の明確な定義,公共放送のサービスがその任務に沿ったものかをチェックする独立した監督機関の存在,などである。これに違反するとみなされれば,加盟国は是正を求められる。BDZVは,ドイツの放送法で公共放送のテキストニュースについての定義が明確でなく,監督も機能していないため,EU法違反だと訴えている。

 ドイツでは2018年の放送法改正で,新聞社の事業を圧迫しないように,公共放送のインターネットサービスは,①テキストが主体になってはならない,②ただし番組の内容の理解を深めるためのテキストは例外とする,と定められた。BDZVは,特にARD(ドイツ公共放送連盟)の加盟局がこの例外規定を拡大解釈し,関連するトピックを扱ったニュース番組の動画や音声を添えることで,テキストニュースを事実上無制限に提供しており,公共放送の内部監督機関もこうした状況について一度も検証していない,と批判している。

 BDZVは,今回の文書は欧州委員会への正式な苦情申し立ての前段階であるとし,今後正式な手続きを進めるとしている。

メディアの動き 2023年12月18日 (月)

【メディアの動き】韓国KBS,新社長にパク・ミン氏

 韓国のユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領は11月12日,公共放送KBSの新しい社長に日刊紙,文化日報の論説委員を務めたパク・ミン(朴敏)氏を任命した。記者出身で,社会部長や政治部長,編集局長を歴任し,ユン大統領に近いとされる。

 KBSの理事会は9月,ムン・ジェイン(文在寅)前大統領によって任命されたキム・ウィチョル(金儀喆)前社長を解任し,パク氏を含む3人に候補を絞っていたが,その後,同氏以外の2人が辞退していた。キム前社長の選任時に,KBS理事会が絞った候補のうちキム氏以外が辞退しており,同じ展開をたどった。

 11月7日に開かれた国会での人事聴聞会では,パク氏が新聞社に勤務していた当時,日系企業から諮問の名目で受け取った金銭について,野党側が,公務員やメディア関係者が一定額以上の金品を受け取るのを禁じる法律に違反しているのではと追及。その結果,野党の反対で人事聴聞報告書は採択されなかった。ただし報告書がないままでも任命できることになっており,ユン大統領によってパク氏が任命された。

 13日の就任式でパク新社長は,「公共放送としてのアイデンティティーを再確立し,KBSが国民からの支持と財政面での安定を取り戻せるよう,取り組んでいく」との考えを表明した。
一方で,与党に批判的なラジオ番組の司会者を降板させたほか,夜の報道番組『9時ニュース』のキャスターを交代させるなどした。これについてKBSは,視聴者の信頼を回復するためだと説明しているが,労働組合は,放送法で保障された「放送編成の自由と独立の侵害だ」と反発している。

メディアの動き 2023年12月18日 (月)

【メディアの動き】パレスチナ犠牲増加で報道の困難増す

 パレスチナのガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスとイスラエル軍(IDF)による攻撃の応酬で,10月7日から11月30日までに1万6,000人以上が死亡し,このうちガザ地区のパレスチナ人が1万5,000人を超えた。この間,ジャーナリストの犠牲者も増え続け,CPJ(ジャーナリスト保護委員会)によると隣国レバノンを含め,報道関係者58人が死亡。このうち51人がパレスチナ人で,多くが家族や親族とともにイスラエル軍の空爆で死亡した。報道分野の死者数はCPJが1992年に記録を開始して以降,同期間の戦闘としては最大になった。

 外国籍を持つ人はガザ地区から出ることが11月1日から認められ,メディア関係者も脱出した。残ったジャーナリストたちは衛生環境や通信条件なども悪化する中で家族とともに毎日の避難先,水や食料の確保に追われながら直面する現実を伝え続けているが,状況はさらに厳しさを増している。日本メディアでも,転々と避難しながら情勢を報じてきたNHKガザ事務所のプロデューサーのムハンマド・シェハダがエジプトに退避し,カメラマンのサラーム・アブタホンが残り取材を続けている。

 IDFは11月に入って一部のメディアのガザ地区への同行を認め,BBCやCNNの記者がガザ最大のシファ病院の施設や周辺を取材し,同行の条件とされた映像の検閲を受けたうえで放送した。銃やトンネルは映っていたものの,IDFが病院攻撃の大義とした「ハマス司令部」の存在を示す明確な根拠は確認されていない。

 RSF(国境なき記者団)は同月21日,イスラエルを支援するアメリカに対し「世界はガザで何が起きているかを知る必要がある。客観的な報道がなければプロパガンダがまん延する」と述べ,ガザのジャーナリストを保護し,国際メディアによる取材を可能にするよう促した。

 イスラエルが占領するヨルダン川西岸地区でもパレスチナ人に対するユダヤ人入植者による攻撃やIDFの弾圧は激しさを増しており,11月7日,同地区で農業を営むパレスチナ人を,そのオリーブ畑が見える場所でインタビューしていた全米公共ラジオNPRの取材班がIDFの兵士に銃を向けられ,目の前で取材相手を拘束される事件も起きた。RSFはヨルダン川西岸地区で同月8日までに拘束されたパレスチナ人ジャーナリスト14人の即時解放を求めている。

 欧米では,取材者の中立性や報道の公平性をめぐるメディア内の対立も表面化している。アメリカでは同月,ジャーナリストを含めた市民への暴力の停止をイスラエルに求めるとともに,パレスチナ人への暴力を正当化するような報道を行ってきた欧米メディアの責任を問う公開書簡にジャーナリスト1,000人以上が署名した。一方で,イスラエルを軍事的に支援するアメリカでは,停戦の呼びかけは政治的言動ともみなされるほか,報道の中立性を損なうことは取材活動を妨げ,安全を脅かすとの懸念もある。このため,一部のメディアではこうした公開書簡に署名した記者が関連する取材を外されたり,退職を余儀なくされたりした。

 デジタル空間や一部メディアではAIを使った偽情報やユダヤ人,イスラム教徒への憎悪をあおる発信も増え,アメリカ東部ではパレスチナ系の学生3人が銃撃される事件も起きた。11月末,現地は一時停戦に入っているが,戦闘が長引いて犠牲者が増え,世論の対立が深まるにつれ,報道にはさらに厳しい目が向けられることが予想される。

メディアの動き 2023年12月14日 (木)

【メディアの動き】総務省,NHKネット活用業務の競争評価の枠組みを検討する準備会合開始

 総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」の「公共放送ワーキンググループ」では,2023年10月に取りまとめが公表され,NHKのインターネット活用業務を必須業務化する方向性が示された。そして必須業務化する場合は,新聞や民放等との公正な競争環境の確保が必要とされた。

 この取りまとめを受け,総務省では11月20日,ネット活用業務の競争評価の枠組みを円滑に機能させるため,NHKおよび民間事業者等の関係者が議論する準備会合が始まった。

 初回会合では事務局から,競争評価プロセスの基本イメージが示された。①NHKが原案を策定,②総務省に提出,③総務省が設けた検証会議(仮)で検証,④結果を電波監理審議会に諮問,⑤総務省へ答申,⑥総務大臣がNHK予算に意見を付して国会に提出,⑦予算審議を通じ原案の適否を判断,⑧総務省が必要に応じてNHKを行政指導,となる。③の検証会議(仮)のメンバーとしては,有識者のほか,民放,新聞社,通信社等の競合事業者があげられた。

 また,NHKが内部で検討する論点としては,競争評価に関わる考え方や手法,プロセスのあり方等があげられた。会合の検討項目としては,ネット活用業務の具体的な範囲や条件に関わる基本的な考え方等があげられた。

 議論では「NHKが考える公共性や公共的価値を提示してほしい」「ネット活用業務の費用について関連会社との関係を透明化すべき」といった意見が出された。12月の会合でNHKの報告が予定されている。

メディアの動き 2023年12月14日 (木)

【メディアの動き】『宮本から君へ』助成金不交付は不当 最高裁が公益性のあり方を初判断

 麻薬取締法違反で有罪が確定した俳優が出演する映画『宮本から君へ』(2019年公開)に対する助成金を不交付とした国の外郭団体の決定の是非が争われた裁判で,11月17日,最高裁判所は「表現の自由に照らして見過ごすことはできない」などとして不交付の決定を取り消す判決を言い渡した。

 国の外郭団体・日本芸術文化振興会は,交付すれば「国は薬物犯罪に寛容である」といった誤ったメッセージを発したと受け取られ,税金を原資とする助成金のあり方に対する国民の理解を低下させるおそれなどをあげ,「公益性の観点から適当でない」と主張した。これについて最高裁は,助成金交付の判断にあたって公益を重視できるのは「当該公益が重要なものであり,かつ,当該公益が害される具体的な危険がある場合に限られる」との判断を示した。そして,交付しても「公益が害される具体的な危険があるとはいい難」く,決定は,「重視すべきでない事情を重視した結果,社会通念に照らし著しく妥当性を欠いたもの」だと断じた。

 抽象的な概念である「公益性」と,表現活動の支援を目的とする助成金のあり方について,最高裁は初めての判断を示した。もし,判断基準が曖昧ならば,コンテンツ制作者の表現行為を萎縮させるおそれがあるため,この判決の意義は大きい。税金を原資とした助成金を適正に交付し,芸術の創造と普及という本来の目的を達成するために,重視すべきではない事情に惑わされることなく,表現の自由を守る判断が必要である。