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メディアの動き

メディアの動き 2023年06月26日 (月)

NHKを巡る政策議論の最新動向④  いまNHKに何が問われているのか【研究員の視点】#495

メディア研究部(メディア動向)村上圭子

はじめに
 本ブログでは、「NHKを巡る政策議論の最新動向」と題し、NHKのネット活用業務の今後に向けた議論を中心に整理しています。今回はその4回目です1)
 ブログの当初の目的は、総務省「デジタル時代の放送制度の在り方に関する検討会(以下、在り方検)」の「公共放送ワーキンググループ(以下、公共放送WG)」で行われている議論をできるだけわかりやすく整理することでした。しかし、NHKにおいて、現在は認められていないBS番組の同時配信を名目とする不適切な設備調達の手続き(以下、BS同時配信設備調達問題)が進められていた事案が明らかになったり2)、自民党の情報通信戦略調査会(以下、自民党調査会)において非公開で行われたヒアリングでNHKが答えた内容が公共放送WGの説明より踏み込んだ内容であると新聞で報じられたり3)、NHKによる“日本の放送業界への貢献”という観点から放送業界のプラットフォーム(以下、PF)について検討するタスクフォース(以下、TF)が立ち上がったり4)と、NHKのネット活用業務を巡る新たな動きが次々と出てきました。図1はこうした最近の動きを整理したものです。これらを単独の動きとしてではなく、関連付けて総合的に捉えていかなければ、NHKを巡る政策議論は正しく認識できないと考えています。

replacement_dayandtime.jpg図1 NHKのネット活用業務をめぐる最近の主な動向

 この他、いまNHKでは、ネット活用業務に関すること以外にも、複数の番組制作を巡って問題が指摘されたり5)、私が所属する文研でも個人情報を紛失するという問題が起きたりしています6)。本ブログとはテーマが異なるので詳細は取り上げませんが、受信料で業務を行う職員の一人として改めて身を引き締め、社会に対する責任をしっかりと果たしていきたいと思います。
 さて、今回は6月7日に行われた第9回の公共放送WGの議論を取り上げます。様々な動きの最中で開催された会合であったため、これまで以上に議論の論点は多岐にわたりました。またこの日は、ネット活用業務の必須業務化を求めるNHK、その姿勢に対して以前から懸念を表明してきた民放連、日本新聞協会の三者が一堂に会し、直接意見を述べあう場にもなりました。以下、主な議論のポイントを整理していきます。

1.問われる「ガバナンス」
 NHKについてはこれまで、在り方検の前身である「放送を巡る諸課題に関する検討会7)」(2015年~2020年)の頃から、①業務②受信料③ガバナンスの「三位一体改革」が求められてきました8)。本WGではこのうち、①のネット活用業務のあり方と②の受信料制度の将来像が中心に議論されてきましたが、第9回会合ではNHKのBS同時配信設備調達問題を巡り、③のガバナンスが大きな論点となりました。
 まずNHKの根本拓也理事が、これまでの経緯と再発防止策に関する説明を行いました9)。それに対して大谷和子構成員からは、NHK内の企業風土に問題があるのではないかとの指摘が、そして宍戸常寿構成員からは、経営委員会や監査委員会は十分機能しているのかとの疑問が投げかけられました。宍戸氏は、2018年にNHKがかんぽ生命保険の不正販売を番組で取り上げた際の経営委員会の対応10)などでも、経営委員会のガバナンスについて問題提起を行っています。また新聞協会からは、受信料で運営する組織であるにもかかわらず意思決定の過程における透明性を軽視している、ネット業務の今後を論じる以前に三位一体改革の進捗(しんちょく)状況を確認すべきで、夏に予定していたとりまとめは見送るべきだ、との声もあがりました。

2.問われる「WGへの姿勢」
 また、自民党調査会で行われたヒアリングに関する報道を巡り、NHKの公共放送WGに向き合う姿勢が問いただされる場面もありました。この事案はNHKが今後デジタル情報空間で果たすべき役割や、民間事業者との公正競争といった最も重要な論点に直結するものでもあったため、本ブログでも触れておきたいと思います。
 経緯を確認するため、5月26日に行われた第8回の公共放送WGの議論を少し振り返っておきます。この会合ではNHKの井上樹彦副会長が、ネット活用業務を必須業務化する場合には「放送と同様の効用をもたらすものに限って実施していくことが適切である」と述べ、業務の基本は「放送の同時配信・見逃し配信(NHKプラス)」と「報道サイト」であると説明しました。その上で、「放送と同様の効用をもたらすもので異なる態様のもの」についても、一部必須業務化することが考えられると述べました。その具体例として、テレビを保有しない人たちを主な対象とした「インターネット社会実証11)」で検証した結果を踏まえ、視聴者の関心の幅を広げるための一覧・連続再生のようなサービスや、放送より細かいエリアで情報を伝える災害マップなどをあげました。
 説明を受け、構成員から質問が相次いだのが「異なる態様のもの」についてでした。NHKはどのような考え方でこのサービスに臨もうとしているのか、どのくらいの費用をかけて行うつもりなのか、そして、現在は任意業務として行っているネットサービス、「理解増進情報」との関係はどうなるのか、などです。
 「理解増進情報」とは、NHKとの受信契約の有無を問わず、現在、全ての視聴者・国民向けに提供しているネットサービスです(図212))。番組の周知・広報のためのSNSなどでの発信、放送では伝えきれなかった内容を深掘りし再構成したテキスト記事、課題解決に向けたコミュニティーや視聴者との対話の場作りなど、様々な取り組みが行われています。NHKは毎年、総務大臣の認可を得た上でこうしたネットサービスを行っていますが、民放連と新聞協会からは、NHKはなし崩しにサービスを拡大させているのではないかと繰り返し指摘されてきました。公共放送WGでも、このサービスについては、受信料での負担のあり方や、民間事業者との公正競争の観点から度々議題にあがっていました。そのため構成員からは、この理解増進情報が必須業務化したら「異なる態様」として衣替えするだけではないか、必須業務化してもサービスに歯止めがかからないという同じ問題が生じてしまうのではないか、といった疑問が呈されていたのです。

bolg4-2.png図2 NHKのネットサービス「理解増進情報」

 これらの質問、疑問に対し、NHKは、今後はむしろ必須業務化することで、公共放送としてこれまでやってきた正確な情報の提供、情報空間において信頼できる情報の参照点という内容に、より“純化”して業務を行っていくことになるだろう、という趣旨の回答を行いました。ただ、構成員からはより詳細な説明を求められたため、次回のWGで改めて回答することになりました13)
 この3日後、5月29日に行われたのが、自民党調査会によるNHKへのヒアリングでした。テーマは公共放送WGと同様、ネット活用業務の必須業務化に関するものでした。ヒアリング後、日本経済新聞は「NHK、ネットの文字ニュース縮小を示唆 自民党調査会で」、朝日新聞は「NHK幹部、文字ニュースの見直しを示唆 「映像や音声伴うものに」」と報じました。記事によるとNHKの井上副会長は、民間との役割分担に関して「一部適切とは言い切れないものがあった」とし、ネット活用業務におけるニュース配信については、「映像と音声がともなったものに純化したい」と発言したとのことです。会議自体は非公開で行われているため議事録は公開されておらず、記事は自民党調査会事務局長による記者団への説明をもとに書かれていました。
 この自民党調査会の9日後に開かれたのが、今回のブログで取り上げている第9回の公共放送WGです。公開の場でNHKがどのような発言を行うのかが注目される中、NHKの根本理事は資料14)を示しながら、前回の第8回の回答を補足していきました。ネット活用業務の「異なる態様のもの」についてどのような回答を示したのか、資料から引用しておきます。
 「NHKに最も求められている「正確な情報」「多様な番組」「信頼できる情報空間の参照点」といった内容により純化して、業務を行っていく考えである」。「個別放送番組の理解を促すコンテンツ群が増えていくようなことにはならないと認識している」。「ネット全体で見た場合に、もっと純化すべきではないか、という声があることは承知している。(中略)「理解増進情報」ではなく「必須業務」となることで、公共放送のミッションそのものを体現する、引き締まったものになると考えている」。
 NHKのこの補足回答に異を唱えたのが曽我部真裕構成員でした。曽我部氏はNHKに対し、自民党の調査会でテキストニュースを縮小する方針を説明したとみられるが、この点については前回のWGでも、また今回も関連質問があるにも関わらず説明にも書面にも特段言及がないのはWGに向き合う姿勢として疑問に感じるとコメント。その上で、もしも自民党調査会に関する報道が正しいとすれば、テキストベースの報道の配信についてNHKはどうするつもりなのか、改めてこの場で説明してほしい、と要望しました。
 これに対しNHKは、放送でやらないようなものはなるべくやらない、NHKの本来業務としての仕事をやっていきたい、それによってNHKの役割が純化していく、ネット活用業務においてどういう業務が放送と同様の効用になるのかについては、これまで理解増進情報で提供してきた内容の再整理をしっかり行っていきたい、と回答しました。

3.問われる「情報社会の参照点としての役割」
 NHKが繰り返し述べた「整理」もしくは「再整理」という言葉について、民放連は業務の「縮小」と受け止めたとして、NHKは理解増進の名のもとで膨らんだネット活用業務を絞り込み、ネットには放送と同じものを出すとの姿勢を打ち出したものと理解した、という趣旨のコメントをしました。長田三紀構成員からは、テレビ受信機を持っていない人もネット上でNHKの放送が見られるといいとは思っているが、放送で省略しているものをネットで補うから放送と同じというわけにはいかない、との発言がありました。長田氏の発言に共鳴したのが新聞協会でした。新聞協会は、我々はテレビ非保持者へのNHKプラスの拡大に反対しているわけではない、懸念しているのは放送と同一とされていても、次第にその幅が広がってネット上で放送とは異なる別な報道の空間ができてしまうことであると述べました。
 こうした議論の流れに異を唱えたのが瀧俊雄構成員でした。瀧氏は一連の議論の中でNHKが頻繁に用いる「整理」という言葉を「縮小」と解釈することついては若干の危うさを感じているとし、その理由を以下のように述べました。自分は新聞の購読者として記事を読んでいるが、長尺のしっかりした記事を実はNHK(のネットサービス)でしか読めない経済環境にある方もいるのではないか、その点をきちんと議論すべきであり、縮小=整理ということではないのではないか。
 また、縮小に反対する意見は、この日の午後に行われた在り方検の親会でも出されました。発言したのは奥律哉構成員でした。奥氏は、NHKが情報空間において参照点でありたいというのなら、NHKはネット上でデータとして残るものを常に出し続け、変更があればそれを訂正していくことが必要ではないか、放送と同様ということで映像や音声を中心に考え、テキスト化を抑制するかもしれないというのは、本来目指す方向とは逆向きのベクトルではないか、と述べました。

4.問われる説明責任
 瀧氏や奥氏の発言には、放送と同じ内容をそのまま配信するネットサービスや、受信契約者向けのネットサービス以外にこそ、NHKが情報空間において果たすべき役割があるのではないか、という趣旨が含まれていたと私は理解しました。NHKからは、公共放送WGや在り方検親会で踏み込んだ回答が示されることはありませんでしたが、6月21日の会見の席で、自民党調査会でヒアリングを受けた井上副会長は以下のように述べました。「値下げ等で厳しい状況になる中、経営資源の選択と集中を行うことになる。無秩序に業務が拡大するということにはならないのではないかという趣旨で申し上げた。業務全般を点検、再整理していくというふうな考え方を示した」。また、NHK稲葉延雄会長は「ネットの世界というのは日々変化していますし、5年後10年後の世界っていうのは誰も予測ができないですね。そういう将来を見越しながらこの具体的な手段を、適当か適当でないかって議論をするのはあまり意味がないなと私自身は思っています。」「必須業務化する中で、NHKでやるべき仕事としてどうなのかという見地から再整理する。したがって再整理が一概に縮小ということにはならない」と述べました。
 この会見を受け、先の自民党調査会後に「NHK、ネットの文字ニュース縮小を示唆 自民党調査会で」と報じた日経新聞は、「NHK、文字ニュース配信縮小を修正」と報じました15)。ただ、NHKの会見では、「修正」ではなく、何らかの理由で「誤解」されて伝わったというニュアンスで伝えていました。前述のように自民党調査会のヒアリングは非公開であるため、発言の詳細や雰囲気をうかがい知ることはできませんが、ヒアリングを受けた当事者であるNHKから、必須業務化に向けて、ネットサービスにおいてテキストを一概に縮小していくということにはならない、という方向性が表明された以上、今後はこの考えが前提となって議論が積み重ねられていくことになると思います。

 今回を含め、これまで4回、ネット活用業務を中心にNHKを巡る政策議論についてみてきました。議論を整理して最も感じたのは、NHKは常に説明責任を問われ続けており、それが十分に果たし切れているとは受け止めてもらえていない、ということです。制度や政策を議論する総務省の有識者会議において、「矜恃(きょうじ)」「理念」「姿勢」「ビジョン」という言葉が繰り返し構成員や競合するメディアから問われているという事実を、NHKはもっと重く受け止める必要があると思います。こうした「矜恃」「理念」「姿勢」「ビジョン」があってはじめて、具体的なサービス像や民間との競争ルールのかたちが見えてくるのではないか、という意見もその通りだと思います。
 公共放送や受信料制度の枠組みそのものが世界的に大きく揺らぐ中、NHKのみでこの難関を乗り越えていくことは困難であることは間違いありません。公共放送WGの議論を見ていても、その善しあしはともかく、これが正解、ここが落とし所、という方向を定めて進めているとは思えません。WGで投げかけられている本質的な問いにNHKが真正面から向き合い、メディアとしてどこに向かいたいのかを愚直に語ってみることでしか、もはや議論は前進しない段階にきているのではないかと思います。総務省で行われる有識者会議は誰もが傍聴できる開かれた場です。そこでNHKが説明責任を十分に果たしていると受け止められ、その説明に何らかの共感を得てもらえなければ、受信料を負担している一般の視聴者・国民、ましてNHKを視聴しないもしくはテレビを持たない人々から、NHKが必要だと感じてもらえるはずがありません。
 6月21日、総務省はNHKの受信料を1割引き下げる規約変更を認可したと発表しました16)。今年10月から、地上契約は月1100円に、地上・BS契約は月1950円に値下げすることになります。NHKが公共放送WGでも繰り返し説明していたように、これから受信料が大幅な減収に向かう中、業務における集中と選択は避けられません。放送同時・見逃し配信以外のネットサービスについても単に縮小するわけではない、と表明した以上、どの部分を強化し、そのためにNHK全体としてどこを縮小していくのか・・・。
 前述したとおり、理解増進情報についてはなし崩しに拡大しているとの批判があり、新聞協会からは具体的なサービス名もあげられています。しかし私は、批判は真摯(しんし)に受け止めつつも、ネット上のサービスやコンテンツの中身に関する判断は、メディアとしての自主自律の観点から、まずNHK自らが取捨選択を判断すべきであると考えます。以前から述べていることですが、NHKでは多くの現場で、デジタル情報空間における公共的なメディアの役割とは何かについて模索と議論が積み重ねられています。しかし、こうした現場の模索や議論を総合的に検証する中で、新たなデジタル情報空間における役割と、それを体現するネットサービスを具体的に考える作業が十分行われてきたかと問われれば疑問もあります。今一度こうした作業をしっかりと行い、そのプロセスを、NHKのネット活用業務の拡大に懸念を示す民放連や新聞協会と共有することによってはじめて、競争領域におけるルールの構築と、新たな協調領域の枠組みの議論に向かうことができるのではないでしょうか。
 議論はまだまだ続きます。引き続きブログなどで発信を続けていきたいと思います。


1) ①https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2023/05/18/
https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2023/05/25/
https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2023/06/07/

2) NHK広報局「インターネット活用業務に係る不適切な調達手続きの是正について」(2023年5月30日)https://www.nhk.or.jp/info/otherpress/pdf/2023/20230530_1.pdf

3) 日本経済新聞 「NHK、ネットの文字ニュース縮小を示唆 自民党調査会で」(2023年5月29日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA2994G0Z20C23A5000000/
朝日新聞デジタル「NHK幹部、文字ニュースの見直しを示唆 「映像や音声伴うものに」」(2023年5月30日)https://www.asahi.com/articles/ASR5Z04R0R5YUTFK00Y.html

4) 総務省「デジタル時代の放送制度の在り方に関する検討会」「放送業界に係るプラットフォームの在り方に関するタスクフォース」(2023年6月19日初回開催)
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/digital_hososeido/02ryutsu07_04000387.html

5) NHK NEWS WEB「ニュースウオッチ9 先月15日の放送でBPOが審議入りへ」(2023年6月9日)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230609/k10014095491000.html
「映像の世紀バタフライエフェクト『独ソ戦 地獄の戦場』修正について」
https://www.nhk.jp/p/butterfly/ts/9N81M92LXV/

6) NHK広報局「NHK放送文化研究所における世論調査対象者資料の紛失について」(2023年6月2日)
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/pdf/20230605_1.pdf

7) 2015年11月~2020年12月まで開催 NHKの放送同時配信などの制度改正が検討された
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/housou_kadai/

8) 三位一体改革の必要性については、2016年9月に公表された第一次とりまとめの段階で示されている
https://www.soumu.go.jp/main_content/000616366.pdf

9) NHK「NHK執行部の対応について」公共放送WG第9回資料(2023年6月7日)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000885011.pdf

10) この問題のこれまでの経緯の詳細については
  https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/453059.html

11) NHK「インターネットでの社会実証(第二期)結果報告」(2023年5月23日)
  https://www.nhk.or.jp/info/otherpress/pdf/2023/20230523_2.pdf

12) 「NHKインターネット活用業務実施基準」(2023年4月)から引用
  https://www.nhk.or.jp/net-info/data/document/standards/221221-01-jissi-kijyun.pdf

13) 第8回会合で構成員からどのような疑問や質問があったかについては、6月7日の「文研ブログ」を参照
  https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2023/06/07/

14) NHK「前回会合における質問事項への回答」公共放送WG第9回資料(2023年6月7日)
  https://www.soumu.go.jp/main_content/000885014.pdf

15) 日経新聞「NHK、文字ニュース配信縮小を修正」(2023年6月21日)
  https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC21C8Z0R20C23A6000000/

16) 総務省「日本放送協会放送受信規約の変更の認可」(2023年6月21日)
  https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu07_02000265.html

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村上圭子
報道局でディレクターとして『NHKスペシャル』『クローズアップ現代』等を担当後、ラジオセンターを経て2010年から現職。 インターネット時代のテレビ・放送の存在意義、地域メディアの今後、自治体の災害情報伝達について取材・研究を進める。民放とNHK、新聞と放送、通信と放送、マスメディアとネットメディア、都市と地方等の架橋となるような問題提起を行っていきたいと考えている。

メディアの動き 2023年06月26日 (月)

【メディアの動き】市川猿之助さんと両親,自宅で倒れ発見,両親は死亡,各社が大きく報道

 警視庁の調べによると,5月18日午前,歌舞伎俳優の市川猿之助さんと父親の市川段四郎さん,それに母親の3人が東京都目黒区の自宅で倒れているのをマネージャーが発見し,その後,両親の死亡が確認された。

 段四郎さんと母親は,自宅2階のリビングの床に布団がかけられた状態で倒れていて,前日から当日にかけて向精神薬中毒で死亡した疑いがあるという。

 猿之助さんは2人とは別の地下の部屋で意識がもうろうとした状態で発見されたが,命に別状はなく,自宅からは遺書とみられるメモが見つかった。

 猿之助さんは病院への搬送時に意識があり,同日,警視庁の事情聴取に対し「死んで生まれ変わろうと話し合い,両親が睡眠薬を飲んだ」という趣旨の説明をしたとのことで,警視庁は,両親が死亡した経緯などについて,さらに本人から事情を聞いて詳しく調べることにしている。

 人気歌舞伎俳優であり,テレビドラマでも活躍していた猿之助さんだけに,この出来事は各マスコミで大きく取り上げられ,SNS 上でも,憶測を含めたさまざまな意見や情報が飛び交った。

 一方で,連鎖した自殺などが起きないよう,マスメディアではニュースの最後にSNSや電話での相談窓口を紹介するなどの配慮もみられた。

 猿之助さんをめぐっては,同18日に発行された女性週刊誌『女性セブン』が,共演する役者たちやスタッフにセクシュアルハラスメントやパワーハラスメント行為をしていた疑惑を掲載しており,この報道と今回の出来事の間にどんな関係があったのか,今後の調べの行方を注視していきたい。

メディアの動き 2023年06月22日 (木)

【メディアの動き】「線状降水帯の発生情報」,予測技術の活用で最大30分早く発表へ

 発達した積乱雲が連なり大雨をもたらす「線状降水帯」が発生し,災害の危険度が急激に高まったことを伝える情報について,気象庁は予測技術を活用し,これまでより最大で30分早く発表する新たな運用を5月25日に開始した。

 2021年に始まった「顕著な大雨に関する気象情報」では,積乱雲が連なっている領域など,気象庁が定める線状降水帯の基準に達した場合に「土砂災害や洪水による災害発生の危険度が急激に高まっている」などと発表していた。

 ただ,「線状降水帯が発生したあと」の発表だったため,すでに災害が発生している可能性もあった。そこで新たな運用では,予測技術を導入し,線状降水帯の基準に達すると予測された段階で前倒しして情報を発表できるようになった。

 一方で,注意しなければならない点がある。気象庁ホームページの「雨雲の動き」などの画面では,▽これまでのように「実際に発生した」場合は実線の楕円で,▽新たな運用による「予測」は破線の楕円で線状降水帯の位置が示されるが,「顕著な大雨に関する情報」の文面はこれまでと変わらず,両者を区別していない。

 これについて気象庁は,「予測で発表したとしても危険が差し迫っているのは変わらないので,すぐに安全を確保してほしい」と話している。

 線状降水帯は,近年起きた多くの豪雨災害で発生が確認されている,非常に危険な現象だ。

 「最大30分前」という貴重な時間を生かし,素早い行動につなげたい。

メディアの動き 2023年06月21日 (水)

【メディアの動き】NHK,『ニュースウオッチ9』のコロナ報道でワクチン被害者遺族の会の抗議受け謝罪

 5月15日に放送した『ニュースウオッチ9』のコロナ報道について,NHKは翌16日,放送や番組の公式サイトなどで謝罪した。

 問題とされたのは「新型コロナ5類移行から1週間・戻りつつある日常」と題した約1分間のVTRで,3人の遺族が「5類になったとたんにコロナが消えるわけではない」「風化させることはしたくない」などと話す姿が紹介されていた。

 3人はいずれも,新型コロナウイルスのワクチンを接種後に亡くなった人の遺族だったが,VTRの中でそうした説明はなく,「夫を亡くした」「母を亡くした」といった紹介にとどまっていた。

 取材を受けた「繋(つな)ぐ会(ワクチン被害者遺族の会)」は,3人をコロナ感染で亡くなった人の遺族のように取り上げていたとしたうえで,「取材の趣旨と違う形で遺族のコメントが放送で使われた」などと抗議し,NHKは翌16日の放送でキャスターがお詫びした。

 公式Twitterアカウントでも動画は配信しており,NHKは番組の公式サイトやTwitterでも謝罪したが,遺族側はBPOへの申し立ても検討しているという。

 VTRは同番組の編集を担当する映像制作の職員が企画し取材した。

 24日の定例会見で稲葉延雄会長は「全く適切ではなかった」「取材に応じてくださった方や視聴者の皆さまに深くお詫び申し上げたい」と謝罪。

 「取材・制作の詳しい過程をさらに確認し,問題点を洗い出した上で,このような事態を引き起こさないために組織的にどう対応していくかを考え,対策を講じたい」と語った。

メディアの動き 2023年06月21日 (水)

【メディアの動き】オーストラリア公共放送の看板番組司会者, 人種差別問題めぐりメディア批判し降板

 多文化主義を掲げるオーストラリアで,公共放送ABCの看板討論番組の司会を務める先住民の著名ジャーナリスト,スタン・グラント氏が5月19日,長く人種差別にさらされ,メディアは融和ではなく対立しか見ないと指摘し,5月22日で番組を当面降板すると表明した。

 グラント氏は,5月6日のイギリスのチャールズ国王戴冠式を中継した特番の一部の討論番組にゲストとして出演した。

 イギリス国王を元首とするオーストラリアの立憲君主制に関する議論で,グラント氏は先住民の立場から,国王の名のもとで,先住民が土地や権利を奪われ,今も差別に苦しむ問題を指摘した。

 その後,保守層や一部のメディアから,ABCの戴冠式の報道への批判の矢面に立たされた。

 グラント氏によると,彼の発言は歪曲され,憎悪の対象になり,オーストラリアを中傷したと糾弾されていたとしている。

 グラント氏は19日,ABCのサイトのコラムで,そうした歪曲や偽りにABC が反論しなかったのは組織的な問題だと批判した。

 そして,番組降板について,人種差別が原因ではなく,メディアが健全な議論のために機能せず,それに自分は与(くみ)したくないためだと述べている。

 ABC会長は5月21日,グラント氏に謝罪し,一部商業メディアのABCの報道への批判は憎悪に満ちているとし,職員・スタッフへの人種差別的な発言への対応を強めると述べた。

 メディアや娯楽,アート業界関係者の労働組合MEAAは5月23日の声明で,先住民や有色人種の業界従事者がヘイト発言にさらされていると指摘し,業界全体に対応を求めた。

メディアの動き 2023年06月21日 (水)

【メディアの動き】RSF,リンゴ日報創業者の釈放求め公開書簡,風刺画掲載停止の香港紙も

 国境なき記者団(RSF)は5月16日,中国に批判的な論調で知られた香港紙・リンゴ日報の創業者,黎智英氏の釈放を求める公開書簡を発表した。

 同氏は詐欺罪などで服役中で,9月には香港国家安全維持法違反の罪での審理が始まる予定。

 書簡ではノーベル平和賞受賞者であるフィリピンのマリア・レッサ氏やロシアのドミトリー・ムラートフ氏に加え,世界各国の報道機関幹部など100人以上が,黎氏や同じく拘留されている13人の記者の釈放を求めた。

 香港では,香港国家安全維持法が2020年6月に制定されてから3年となるのを前に,萎縮効果がいっそう拡大している。

 香港紙・明報は5月11日,風刺画の掲載を停止すると明らかにした。

 これは,黄紀鈞氏が「尊子」のペンネームで1983年から連載してきたもので,人材募集をテーマにした風刺画では「過酷な統治に耐えられる人材を優先採用」と描くなど,皮肉やユーモアを込めて政治や時事問題を扱うのが特徴だった。

 しかし,5月9日に掲載された選挙をテーマにした風刺画では「試験の点数や健康診断の結果が不合格でも,長官が認めれば当選できる。彼らに任せておけば市民は安心だ」と,体制に批判的な候補を排除する選挙制度の変更をやゆした。

 これに当局が激しく反発し,掲載停止につながった。

 その後,香港紙・South China Morning Postの調べでは,黄氏の風刺画や天安門事件関連の書籍が公立図書館で閲覧できなくなっていることがわかった。

 言論の統制が進む中,香港社会に,国家安全維持法に触れることを恐れた自己抑制の動きがまん延している。

メディアの動き 2023年06月20日 (火)

【メディアの動き】性被害の訴え受け,ジャニーズ事務所社長が公式HPで謝罪動画公開,NHKは速報スーパー

 芸能事務所大手のジャニーズ事務所の藤島ジュリーK. 社長は5月14日,公式ホームページで「故ジャニー喜多川による性加害問題について当社の見解と対応」と題する動画と文書を公開した。

 動画では「何よりまず被害を訴えられている方々に対して深く,深くお詫び申し上げます。そして関係者の方々,ファンの皆様に大きな失望とご不安を与えてしまいましたこと,重ねてお詫び申し上げます」と謝罪し,あわせて,これまでの各方面からの質問に対する回答を文書で公表した。

 この中では,ジャニー喜多川氏が故人であるため事実の認定が容易ではないとしたうえで,性加害についてジュリー社長は知らなかったと主張。

 憶測による誹謗中傷等の二次被害についても慎重に配慮しなければならず,第三者委員会は設置しないなどとした。

 なお,記者会見などは行われていない。

 この動画については,公開のタイミングでNHKがニュース速報で伝えた。

 21日には東山紀之さんが,自らがキャスターを務めるテレビ朝日系『サンデーLIVE!! 』の中で所属タレントとして初めて言及し,「そもそもジャニーズという名前を存続させるべきなのかを含め,この問題に取り組んでいかなければならないと思っています」などと述べた。

 一方,民放各社は月末の社長会見で「推移を見守りたい」などとしている。

 ジャニーズ事務所は26日,事務所所属経験者への心のケアとして31日にウェブを通じた外部相談窓口を開設すると発表。

 また,ガバナンスに関する取り組みも発表し,対応にあたっている。             

メディアの動き 2023年06月20日 (火)

【メディアの動き】米でもAI規制を連邦議会が検討

 ChatGPTやDall・Eなど文章や画像,音声,コンピュータープログラムなどを作ることができる生成AI(人工知能)の機能向上と利用が急速に進む中,アメリカでも連邦議会がAIの開発や運用に関わる法規制の検討を始めた。

 議会上院司法委員会の小委員会は5月16日,AIの規制検討に向けた公聴会を開催。

 リチャード・ブルーメンサル委員長は,ソーシャルメディアの規制で機を逸した反省をふまえ,AIの脅威やリスクが現実のものとなる前に規制を導入する必要があると述べた。

 ChatGPTを開発したOpenAIのサム・アルトマンCEOは,AIの開発や公開を一定の能力を持つ事業者に限定する国際的な許認可制度の制定などを呼びかけ,協力を申し出た。

 ニューヨーク大学名誉教授ゲアリー・マーカス氏はルール作りを開発するIT企業だけに任せてはいけないと述べ,独立した立場の科学者の協力を得て,まずはAIツールなどが公開される前に安全性を検証するよう提言した。

 議会下院の多数派,民主党の院内総務チャック・シューマー氏も同月18日,超党派による法案作りを急ぐと表明した。

 16日の公聴会は開発者自らが規制を促したことで話題になったが,大規模言語モデルなど生成AIの△学習データの透明性の確保や, △著作権侵害や情報ねつ造,差別助長の予防と損害賠償,△開発や運用に伴う環境負荷の軽減,といった喫緊の課題への具体的な対応の検証には至らなかった。

 政府と議会には生成AIに関する知見が十分になく,アメリカが世界的な競争に遅れをとらないために開発を促したい意向もあり,有害な影響を防ぐ法の整備は容易ではないとみられている。 

メディアの動き 2023年06月20日 (火)

【メディアの動き】英BBCニュースに検証の専門チーム"Verify"が発足

 イギリスの公共放送BBCは5月17日,ニュースで使用される情報や映像などを検証する専門のチーム「BBC Verify」を発足すると発表した。

 同局の報道部門を率いるデボラ・ターネスCEO が発表した声明によると,新しいチームは調査報道やデータ分析などの技能を持つ約60人で構成される。

 メンバーはSNSや衛星画像などの公開情報から真実に迫るオープン・ソース・インテリジェンス(OSI NT)の手法を活用するなどしながら,ニュースで取り上げる事案のファクトチェックや,画像の真偽を確認,偽情報への対応などを行い,結果を国内と国際放送のニュースやラジオ,オンラインで伝える。

 例えば5月22日付のBBC Verifyによる記事では,ウクライナ南部や東部でのロシアによる防衛強化について,衛星画像をもとに,現状を読み解き解説している。

 使用した映像や情報は,外部の専門家を含めて原典が示され,視聴者自らも確認できるような配慮がなされている。

 ロシアのクレムリンへのドローン攻撃について伝えた動画は,同局のサイトですでに100万回以上再生されたとしている。

 ターネスCEOは,歪曲されたり操作されたりした動画があふれる現代社会では,視聴者は目にしている情報の真偽の見極めが難しくなっており,BBCは自らのジャーナリズムが生み出される舞台裏を説明する必要がある,と強調した。

 そのうえで,「視聴者の信頼は所与のものではなく我々が勝ち取っていかなければならない。透明性はその助けになるものだ」と述べた。

メディアの動き 2023年06月07日 (水)

NHKを巡る政策議論の最新動向③NHKのネット活用業務の必須業務化に向けた説明に質問相次ぐ【研究員の視点】#488

メディア研究部(メディア動向)村上圭子

はじめに

 5月26日、NHKは総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(以下、在り方検)」の公共放送ワーキンググループ(以下、WG)第8回会合において、現在は任意業務として行っているインターネット活用業務(以下、ネット活用業務)について、今後は必須業務化を前提に考えたいという意思を表明しました1)。そして、必須業務の範囲については、「『放送と同様の効用』をもたらす範囲に限って実施することが適切2)」との説明を行いました。 
NHKの説明の詳細については後ほど詳しく触れますが、説明の後に行われた約80分間の議論では、NHKに対して構成員たちから数多くの厳しい質問が投げかけられました。「質疑がかみ合っていない、(NHKは)かならずしも答えていないところが多々見受けられる3) 」との指摘もあり、WGでは構成員の質問を整理した上で、再度NHKに回答を求めることになりました。

 WGの3日後の同月29日には自民党の情報通信戦略調査会が開かれ、NHKは同じテーマでヒアリングを受けました。調査会は非公開で行われましたが、NHKはWGの質疑で述べた内容よりも踏み込んだ見解を述べたことが新聞などで報じられました4)。そして、6月7日午後に開催される在り方検の親会では、再びNHKによる報告が行われます。また同日午前にはWGも開かれ、NHKのネット活用業務の必須業務化に対して懸念を述べてきた新聞協会と民放連が主張を述べることになっています。

 以上のように、NHKを巡る政策議論は急ピッチで進んでいますが、こうした最中に発覚したのが、現在は業務として認められていないBSの同時配信の開発に向けた設備整備費用として、2023年度の予算として9億円を計上することを決定し、その後、調達や契約の手続きを進めていたという問題です。5月29日、NHKは予算・事業計画との明確な関係性について内外に十分な説明が行われてないまま手続きが進められていたことは適切でなかったとして、必要な是正措置をとったことを総務省に報告しました5)。総務省は「NHKにおける契約手続きその他の意思決定のプロセスについて、ガバナンスの面で再確認」を期待するとのコメントを発表。NHKは今後、会長直下に弁護士等からなる検討会を設置し、改革を行っていくとしています。ネット活用業務の必須業務化に向けた議論が大きく注目され、また、それを審査・評価するためのNHK内部のガバナンスの強化が問われている中でなぜこのような事態が起きてしまったのか。NHKは言葉を尽くして説明していく必要があります。

 いずれにせよ、NHKのネット活用業務の必須業務化というテーマは、視聴者・国民の負担、今後の日本社会におけるNHKや放送メディアの姿、デジタル情報空間における課題解決のあり方など、非常に多くの重要な論点が複雑に絡み合ったものであることは言うまでもありません。本ブログでは政策議論にできるだけ並走しながら論点を整理し、今後の議論を読み解くための視座を示していきたいと考えています。第3回の今回は、在り方検におけるNHKの説明とその後の構成員の意見・質問の内容を論点別に私なりに整理します。なお、NHKが回答した内容については、前述したように、再度NHKに回答する機会が与えられることになりましたので、その際にきちんとまとめたいと思います。

1. NHKの説明の概要

 NHKが第8回会合で示した資料は、NHK自身が「すでに報告をしている内容も多く含まれている」と前置きで語ったように、去年11月の第3回で報告した資料をベースに作成されたものでした6) 。その資料をもとに、NHKはまず、「視聴者国民の皆様のメディアへの期待を踏まえてNHKの進むべき道を考えるのが適切である」という認識を改めて示しました。そして、ネット活用業務の必須業務化については、視聴者国民からの期待が高い「情報空間の参照点」となるような信頼できる基本的な情報の提供と、新聞や民放などの「信頼できる多元性確保」への貢献を基本的な考え方としていることを述べました。その上で、今回は①業務範囲、②ガバナンスのあり方、③負担のあり方、④(情報空間全体の)多元性確保への貢献、の4点について説明しました。以下、それぞれについて、NHKの説明とそれに対する構成員の主な意見もしくは質問を対照させて見ていきます。なお、本ブログの執筆時点では総務省のウェブサイトに議事録が公開されていないため、構成員の発言は筆者のメモからの意訳であることをあらかじめお断りしておきます。

2.必須業務の範囲と規律のあり方

*NHKの説明
 図1は、NHKが今回初めて示した必須業務の範囲に関する考え方です(図17))。ネット活用における必須業務の範囲は、『放送と同様の効用』をもたらすものに限って実施していくことが適切であるとし、放送の同時・見逃し配信ならびに放送と同一の情報内容を多元提供する報道サイトを基本とする、との考えを示しました。理由としては、視聴者・国民の間には、新聞や民放などの伝統メディア全体への期待が高いということを踏まえたとしています。 

(図1)

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 また、『放送と同様の効用で異なる態様のもの』についても一部必須業務にすることが考えられるとしました。『異なる態様のもの』、つまり、放送と同一の内容ではないけれど同様の効用をもたらすものとは何を指すのでしょうか。NHKは4つの例を示しながら説明を行いました。図2はその4例について、NHKの資料と説明をもとに、問題意識と具体的な内容に分けて私なりに簡略化して示したものです。詳細はNHKの報告資料8)を参照ください。

(図2)

table_murakami.png※OTT9)

 また、NHKはプラットフォーム等を通じた提供も含めて、サービスの横幅が広がることがある一方で、縦幅が縮まることも示唆しており(図1の下段の点線で囲った部分)、今後一層、NHKとして経営資源の選択と集中を行っていくことを強調しました。

 NHKは必須業務化した際の規律のあり方についても触れています。ネット活用業務が必須業務となった際には、「全体として公平性確保、多角的論点提示等の規律が必要」であり、「『放送』同様の自律型モデルが望ましいと考える」と述べました。

*構成員の意見・質問
 NHKが必須業務の範囲は、『放送と同様の効用』をもたらすものに限るとしたことについて、構成員からの意見が相次ぎました。まず、宍戸常寿構成員からは、「放送と同様の効用が一体何なのかについて、個別案件を説明し、NHKの独りよがりではなくファクトデータに基づく裏付けがあるということは非常に重要。ただ、ネット活用業務を必須業務化することで、全体像として何を目指していこうとしているのかを発信してほしい。どこかのタイミングで示してもらいたい」とのコメントがありました。大谷和子構成員からも、「NHKは放送と同様の効用という言葉を使っているが、国民・視聴者にとってどんな効用があるのか、必須業務とすることの意義について、NHK自身の言葉で聞きたい」と、同趣旨のコメントがありました。落合孝文構成員からは、「ネット活用業務においても放送と同様の効用という提起だったが、電波で情報発信していた時代の放送に社会的に求められるものと、ネット社会で情報が氾濫する中で求められる役割については、実態が変わっている部分もあるのでは」という問題提起がありました。
 放送と同様の効用で『異なる態様のもの』に関する意見や質問も複数ありました。その多くが、NHKが任意業務として、受信契約の有無にかかわらず広くネット上で展開してきた、番組の周知・広報、ニュースを深掘りするテキスト記事などの「理解増進情報」についてでした。「これまで理解増進情報については、なしくずし的な拡大ということを民放連や新聞協会が懸念してきたが、『放送と同様の効用』と理解増進情報とはどういう関係にあるのか?」(落合構成員)。「理解増進情報は廃止になって、『放送と同様の効用で異なる態様のもの』に衣替えしていくのではないか。その際に、これまで言われていた「歯止めがない」という問題と同じ問題が発生するのでは?」(曽我部真裕構成員)。このほか、「これまでの理解増進情報の中で、公共放送に関する理解を深めてもらうものやサービスへの誘導についてはどう考えているのか」(瀧俊雄構成員)、といった質問や、「現在の任意業務における費用は190億円強で行っており、多くは放送との共通費であると理解しているが、純粋にネット業務にかかっている費用はどのくらいか?また、この先、どのくらいの額を想定しているのか?」(内山隆構成員)といった質問もありました。また曽我部構成員からは、「成長性は低いが公共性が高いアーカイブの提供についてはより積極的に必須業務に位置づけていくことが求められるのではないか?」といった意見もありました。

 また、ネット活用業務が必須業務化された場合、放送と同様の規律はネット業務においてどうなるのか、という点についての質問も相次ぎました。まず具体的な内容としては、「NHKプラスは現状では全ての番組が流されているわけではないが、必須業務化した際には全部流す方向で考えられているのか?またBSについてはどう考えているのか?」(長田三紀構成員)、「ネット必須業務化に関して、あまねく受信義務についてはどう制度として整理していくのか?」(内山構成員)、「番組編集準則やあまねく受信義務、放送番組審議会、重大事故報告などの放送法の規律がネット活用業務にかかることを考えた場合、NHKが業務を行う上で支障はあるか?」(山本隆司構成員)という質問がありました。林秀弥構成員からは質問ではなく、「ネット上の規律を法的に措置するということには慎重であるべき。協会内部の自主自律にとどめることが妥当」という意見が述べられました。

3.ガバナンスのあり方

 NHKのネット活用業務が必須業務になったとして、民間事業者との公正競争を確保するという観点から、どのような内容のサービスをどのくらいの費用をかけて行うのか、事前の審査や事後の評価の仕組みはどうあるべきか、そして国はどこまでその仕組みに関わるべきなのか。このテーマについては、これまで約半年行われてきたWGの議論でも多くの時間が割かれてきました。中でも、構成員たちの関心が高かったのが、経営委員会を軸とした組織のガバナンス強化にNHKがどう取り組むかという点でした。NHKの取り組みの中身によって、審査や評価に関する国の関与の度合いが異なってくるためです。議論では、国の関与を強めるよりも、できる限りNHKの自発的な取り組みに期待したい、という声が多かったように思います。では、NHKはどのような説明を行ったのでしょうか。

*NHKの説明
 NHKはネット活用業務が必須業務となった場合、放送各波と同様に、毎年度の予算・事業計画で規模、内容を示すことになるのではないかと述べ、現在の放送同様のガバナンスを想定していると発言しました。また、一定の規模の新規サービスを始めるにあたっては、経営委員会の監督のもと、サービスの公共性が市場影響を上回るかどうかを審査する、BBCで実施中の「公共価値テスト」のようなものを事前に実施した上で業務範囲に追加していくことも検討したいということを述べました。「公共価値テスト」は、サービスの公共性が市場影響を上回るかどうかを審査するテストで、イギリスの公共放送BBCが実施しています。加えて、BBCが全体状況の変化に合わせ、民間企業との公正競争が確保されているかどうかを数年に一度チェックする競争レビューのようなものを行うこともあり得るのではないかとしました。

*構成員の意見・質問
 林構成員からは、「BBCがこうだから日本も横にならえ、ということにはならない。総務省内に市場検証会議のようなものを立ち上げて、定点観測的にレビューを行うべき。今回の説明で書かれている程度のことでもし競争ルールをすますというのであれば、懸念を払拭するのは難しいし賛同しがたい」と厳しいコメントがありました。また、林構成員は、事前のチェックに関しては「メディアを巡る市場構造の激変の可能性をはらむ制度改正が行われようとしているときに、チェックやガバナンスを当事者による強化だけに委ねていいのか。必須業務化するのであれば、執行部をチェックする経営委員会による監督と機能強化はマストだがそれでは足りない。少なくとも最初の数年間は費用の上限も含め、現在の実施基準を作成して総務省のチェックにかけるべき」とも発言。そして「総務省といっても電波監理審議会の諮問と議決というプロセスを踏むので、いわゆる政治色が入ることはないだろう」と付け加えました。
 宍戸構成員からも、「従来のガバナンスで本当に十分なのか、どういう工夫をするつもりなのかがはっきりしないと、外からの強い枠組みを考えていかざるを得ない。電波監理審議会もしっかりした組織だが、政府の監督が及ぶことはやはり慎重な配慮が必要。自律的な判断をNHKが行い、それを外から評価する形でないとうまく回らない。だからこそ経営委員会制度があるのだが、WGの議論の温度感が経営委員会にきっちり伝わっているのか気になっている」という厳しいコメントがありました。曽我部構成員からも、「一般的なNHKのガバナンスで処理していくということになると、個別のネットのコンテンツに対する批判があることを考えると、経営委員会でそれをチェックするというのは難しいのではないか。特別なガバナンスが求められてくるのではないか」との指摘がありました。

4.負担のあり方

 この論点についても、WGではこれまで多様な角度から議論が行われてきました。その結果、テレビを所有しておらずNHKと受信契約を締結していない人についても、アプリをインストールし、個人情報の入力など、何らかの強い利用の意思を示した場合には受信契約の対象になり得るのではないか、という一定の方向性がみられていたと思われます10)

*NHKの説明
 NHKが示した考え方も、WGでの一定の方向性と近しいものといっていいと思います。NHKは、「多機能端末であるスマートフォンを所有しただけで、現在のテレビ受信機のように扱うことは選択肢には入らない」とした上で、「公平性、公平負担の観点から、同様の効用が得られているのであれば、同様の負担を頂くのが適当ではないか」と述べました。そして制度的には、「“受益感”が無い“所有即契約”ではなく、“受益感”が公平性を上回る有料契約=“サブスク”でもない形」であるとし、詳細は詰めていく必要があるとしました11)

*構成員の意見・質問
 この論点については、WGの一定の方向性と近しいものだったこともあり、ほとんど意見はありませんでしたが、山本構成員からNHKに対し、法制度を今後WGで議論していく上で、実務上留意してほしい要望や積極的な考えはないか、との問いかけがありました。

5.(情報空間全体の)多元性確保への貢献

*NHKの説明
 NHKからは、具体的な内容として大きく2つの方向性が示されました。1つは、新たに取り組みが始まっている、伝統メディアによる情報空間全体の多元性確保に向けた動きへの貢献(図312))、もう1つが放送分野における貢献です。こちらは、民放があまねく受信努力義務などを遂行するにあたり、NHKは必要な協力をするよう務めなければならないという改正放送法の内容を意識したものであると思われます。具体的には放送ネットワークの効率的な維持・管理、日本のコンテンツ産業の後押しや放送ソフトウエア開発等を挙げていました。

(図3)

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*構成員の意見・質問
 内山構成員からは、「民放ローカル局の番組の配信としてNHKプラスへの参加を考えた場合に NHK側は協力可能か?どういった形の供給が可能か?視聴者に見える表舞台ではなかなか難しいという感じもするが、例えば(ユーザーにコンテンツをスムーズに届けるためのキャッシュサーバーのネットワークである)CDN のようなバックヤードの部分で協力するということはありえるのか?」「国際展開において、日本のコンテンツホルダーやIP(知的財産)ホルダーとの協力への展望はあるか?」といった具体的な質問がありました。さらに「2040年におけるNHKの競争相手は誰だと考えているのか?」という問いかけもありました。曽我部構成員からは、「多元性確保について必須業務として取り組むのであれば、案件があってそれに個別ベースで取り組むというのではなく、NHKが計画性をもって戦略的に施策を考えるというのがあるべき姿ではないか」との指摘がありました。

おわりに

 今回のブログは、NHKの説明とそれに対する構成員の意見や質問を整理してまとめ、できるだけWGの議論の雰囲気を伝えられればと思いましたが、いかがでしたでしょうか。80分の議論の最後には三友仁志主査から、「NHKには情報空間の健全性やメディアの多元性多様性を維持するために、ネット活用に向けた日本のリーダーとしての矜持(きょうじ)を伺いたかった」「NHKに関する様々な懸念が示されているところ。ぜひNHKにはそれらを自らが払拭する一層の努力を期待している」との重い言葉が投げかけられました。
WGや在り方検の親会の議論は、今夏のとりまとめに向けたラストスパートに向かっています。今後も引き続き議論に並走しながら、論点を整理し、議論における課題があれば、その都度指摘していきたいと考えています。


1)   在り方検・公共放送WG第8回 NHK説明資料 https://www.soumu.go.jp/main_content/000882687.pdf

2)   NHK井上樹彦副会長の発言

3)   三友仁志座長の発言。その他、落合孝文構成員からも同様の発言があった

4) 複数の新聞報道によると、ヒアリングにおいてNHKは、必須業務化後は、ネット活用業務は「映像と音声が伴うものに純化したい」とし、テキスト情報のみの報道については、今後見直す可能性についても触れたとのこと

5)   https://www.nhk.or.jp/info/otherpress/pdf/2023/20230530_1.pdf

6)   第3回のNHKの報告内容については下記で詳細を記載している
  https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/100/478763.html

7)   1)参照 P11

8)   1)参照 P13~16

9)   オーバーザトップの略。ネット回線を通じてコンテンツを配信するストリーミングサービスのこと

10)   議論の詳細については https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2023/05/18/

11)   1)参照 P20~23

12)   1)参照    P25

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村上圭子
報道局でディレクターとして『NHKスペシャル』『クローズアップ現代』等を担当後、ラジオセンターを経て2010年から現職。 インターネット時代のテレビ・放送の存在意義、地域メディアの今後、自治体の災害情報伝達について取材・研究を進める。民放とNHK、新聞と放送、通信と放送、マスメディアとネットメディア、都市と地方等の架橋となるような問題提起を行っていきたいと考えている。