文研ブログ

メディアの動き

メディアの動き 2024年04月22日 (月)

気候危機にメディアはどう向き合うべきか(第2回)将来を決める分岐点に立つと意識した報道を【研究員の視点】#535

メディア研究部(メディア情勢)青木紀美子

4月22日は国連の「国際マザーアース・デー」。人が地球の自然にどのような影響を及ぼしているか、皆が考える機会です。いま、とりわけ緊急な課題は世界各地に異常気象や災害をもたらしている気候危機です。メディアやジャーナリストにとっても、この危機に向き合い、担うべき役割を果たすことができているか、振り返る機会です。

世界の気温は3月、月間平均で10か月連続、観測史上最高を記録しました。EU・ヨーロッパ連合のコペルニクス気候変動サービス(C3S)によると、1991~2020年の3月の平均を0.73℃、産業革命以前と比較する際の指標とされる1850-1900年の3月の推定平均を1.68℃上回りました1)。エルニーニョ現象の影響も加わっていると指摘されていますが、世界の平均気温(30年の平均値)の上昇を産業革命以前に比べ1.5℃に抑えることが不可逆的な地球温暖化による悪影響に歯止めをかけるための国際合意「パリ協定」の目標であることを考えると、見過ごせない状況にあることは明らかです。

2024年3月の世界の地表平均気温 1991~2020年の3月平均気温との比較 aokisan_.chizu.pngコペルニクス気候変動サービスのウェブサイトから

4月9日、ヨーロッパの人権裁判所は、平均年齢で70歳を超えるスイスの女性およそ2,000人が参加する非営利組織が起こした裁判で、気候変動の問題は人権問題でもあるとの判断を示しました2)。熱波のために熱中症などで健康を損ない、外出ができないなど暮らしの制約を受けているのは、温暖化防止のために国として十分な対策をスイス政府がとっていないためで、個人や家族の暮らしを営む権利を保護するヨーロッパ人権条約の規定に違反するとした原告の訴えを認めました。

2024年は世界各国で主要な選挙が行われる「選挙の年」でもあります。一連の選挙で選ばれる政治家が地球温暖化の行方を決めることになると、国際環境ジャーナリストでアメリカのThe Nation誌のマーク・ハーツガード記者は指摘しています。このため、気候危機の現実と、政党や候補者の温室効果ガス排出削減策について、有権者が十分な知見をもって投票に臨めるようにすることがメディアとジャーナリストの責任だと、ハーツガード氏は述べています。

ハーツガード氏は2019年に「Covering Climate Now(いま、気候問題を伝える)」3)という国際的な気候変動の報道連携ネットワークをコロンビア大学ジャーナリズム校の専門誌Columbia Journalism Review(CJR)の編集長カイル・ポープ氏とともに創設しました。The Nation、CJRのほか、イギリスの新聞The Guardianやニューヨークの公共ラジオWNYCが最初のメディア・パートナーで、その後、日本を含め世界50か国以上から500を超えるニュースメディアや大学・研究機関、それに、この連載の1回目で紹介した日本のMedia is Hopeなど非営利組織もパートナーに加わって、メディアやジャーナリストが気候変動にどのように向き合い、どう伝えるべきか、知見を共有しています。気候変動は長らく科学や政治、外交問題として伝えられ、ともすると個人のレベルでは何ともしようがない大きな問題という印象を報道が強め、人々に無力感を抱かせてきました。その反省もふまえ、Covering Climate Nowでは気候危機に関わるニュースをより身近に引き寄せ、誰にでもできることがある、地域に根ざした人の物語として、解決策に踏み込んで伝えることを促しています。以下は、ハーツガード氏とのインタビューの内容です。紙幅とわかりやすさのために編集しています。

aokisan_mark.jpgCovering Climate Now 共同創始者
マーク・ハーツガード氏(写真:本人提供)

Q:なぜ気候変動をテーマにした国際報道連携を始めようと思ったのですか。

ハーツガード氏:私は1989年から気候変動の問題を取材してきました。アジア、アフリカ、南米など世界各地からその影響を報告してきました。各地で気候変動の重大さを理解しているジャーナリストと出会いましたが、アメリカに戻るとメディアは「沈黙」していました。ヨーロッパや日本よりも10年は遅れていると感じていました。このメディアの「沈黙」を破るために、気候変動の取材をしているジャーナリストたちに1人だけで闘っているわけではないことを知らせ、同時に、その力をあわせ、この時代の最も重要な問題が十分に報道されていないことに注意を喚起したかったのです。国際的な連携とすることが必要だと考えたのは、貧しい国や地域に最も深刻な影響を受けている現場があったためです。

立ち上げは2019年9月。さまざまなメディアが1週間、それぞれ気候変動の問題を集中的に報じることを試みました。4月に呼びかけた時には20-25社ぐらいが賛同してくれればよい方と思っていたのですが、実際にはアメリカ内外の323のニュースメディアが参加しました。同じ週に(
温暖化対策を求めスウェーデン議会前で、1人で抗議の座り込みを始めた高校生)グレタ・トゥーンベリさんに共感した数百万人が世界の主要都市で抗議行動に加わりました。こうして偶然に重なった2つの動きが世界中の政治指導者だけでなく、メディアの経営・編集幹部にも、気候変動を無視するわけにはいかないことを示し、「沈黙」を破ることにつながりました。とはいえ、いまだ道半ばで、メディアは「沈黙してないとしても「静かすぎます。もっともっと大きな声で伝えなければならないと思っています。

aokisan_covering.pngCovering Climate Nowのウェブサイトから

Q:メディアはなぜ気候危機に直面してなお「静か」なのでしょうか

ハーツガード氏:ひとつの理由は気候変動に関する知識、リテラシーが足りないということです。気象や科学を担当する記者は知識を備え、熱心に取材をしているでしょう。しかし、編集権限を持つ立場にある人たちが十分な知識を持っていないように思います。気候変動が重要な課題であることは認識しているものの、多くの問題の1つとして見ているのではないでしょうか。

気候変動がほかの問題と異なる重要な点は、タイム・リミットがあるということです。長い時間をかけて少しずつ事態を改善するといった時間がもう残されていないのです。すでに世界各地で温暖化の影響で人が苦しみ死んでいる危機的な状況にあるというだけでなく、大気中の二酸化炭素やメタンガスが一定量を超えると後戻りできないところに到達してしまうことが気候変動の特性です。排出量の増加を抑えることが一定の前進だとしても、排出がゼロにならなければ大気中の蓄積は進み、地球の気温は上がり続けます。その結果、熱を反射していた北極の氷が溶ければ海水面が現れて熱を吸収してしまうように、地球の気候を安定させてきた自然界の仕組みが変わってしまい、温暖化や異常気象へのブレーキが利かなくなるティッピング・ポイント、不可逆的な事態にいたる分岐点が迫っていること、その緊急性をメディアの編集幹部や経営幹部が十分に理解していないのではないでしょうか。

もう1つ理解されていないのは、人々は気候変動についてのニュースを求めているということです。30年前に私が取材を始めた頃とは異なり、今では誰もが起きている変化を目の当たりにするようになり、どうすればよいのか、対策はあるのか、知りたいと思うようになっています。

Q:世界ではいくつもの戦争がおき、災害があり、さまざまな危機に直面しています。

ハーツガード氏:確かに、毎日ミサイルや砲弾がさく裂し、大勢の市民が死傷し、飢餓に追い込まれたり、国の存続が危ぶまれたりするような状況では、気候変動にも関心を払うべきだと言うのが難しいと感じることもあるでしょう。先進国のメディアが注目するガザ地区やウクライナだけでなく、イエメンやスーダンでも戦闘が続いており、これらの国で起きている人道危機も伝えていく必要があります。しかし、ニュースは目先の動きを追いかけることにとらわれ、広い視野に立った報道を置き去りにしてはならないはずです。新聞やテレビは今までも、戦争や人道危機について報じるかたわら、政治やビジネス、暮らしやスポーツなど、幅広い分野のニュースを伝えてきました。いくつもの危機があっても、並行して伝えることは常にやってきたことのはずです。問題はメディア自身の力が弱っていることです。IT企業に広告収入を奪われ、記者の数は減り、必要な取材に行く出張旅費も出せない、といった現実に直面しています。しかし、だからこそ、気候変動について報じるべきなのです。多くの人々、とりわけ35歳以下の若い層がこの問題に関心を持っているからです。

Q:人々の関心に応える伝え方はあるでしょうか。

ハーツガード氏:大事なのは解決策に踏み込んで伝えることです。この問題では賛否両論を中立的に報じることではなく、どうすれば地球を救えるかという視点で伝えることが求められています。それが信頼を得ることにつながり、収益にもつながるはずです。また、これまで気候変動についての報道は往々にして科学的なメカニズム、政治や外交の問題を中心に伝えられ、多くの人に個人ではあらがいようのない問題という印象を与えてきました。何かができるということを伝えなければ、ニュースの受け手には無力感ばかりを増幅させてしまいます。Covering Climate Nowでは、気候危機をより身近な問題として考えることができるよう、人の物語とすること、地域に根ざした取材をすること、解決策に踏み込んで伝えることが重要だと強調してきました。例えば猛暑の中で働く人たちの現実を伝え、年々激化する猛暑に対する具体的な施策は何か、背景にある温暖化の問題に対してはどのような政策を実施するのか、政治家に問い、さらに読者には自分にもできることがあると伝えることが必要だという考え方です。

aokisan_climate.pngCovering Climate Nowのウェブサイトから

リサイクル、植樹、公共交通機関を使うなど、個人にできることはたくさんありますが、世界各国で主要な選挙が行われる「選挙の年」である2024年、最も重要なのは人々が気候変動を政治課題として意識して投票することです。IMF・国際通貨基金によると世界各国の政府は化石燃料のために1年にあわせて約7兆ドル(約1,000兆円)の補助金を支出しています4)。政策を変えなければ急速な温暖化に歯止めをかけることはできません。

Q:そのためにはどのような選挙報道を行う必要があると考えますか。

ハーツガード氏:選挙の報道は、これまで世論調査の支持率などをもとにした選挙戦の情勢や、政党や候補者の思惑、どの地域に力を入れ、どのような支持層に働きかけようとしているかといった作戦、政党間の駆け引きなどを重点的に取り上げてきました。しかし、こうした報道は政治がインサイダーによって動かされているということを強調することになり、大半の有権者を疎外して関心を失わせ、メディアへの信頼も損なうものです。

私たちCovering Climate Nowが提案したいのは、こうした“選挙戦”や“作戦”の報道を大幅に減らし、次の選挙が気候変動について意味ある選択をできる最後のチャンスであることを有権者に伝えることです。地球温暖化による破壊的な影響に歯止めをかけられるかどうかは次の5年間にどれだけ温室効果ガスの排出を削減できるかどうかにかかっている。このため、その重要な時期の政策を決める政治家を選ぶ次の選挙が私たちの将来を決める決定的な選択の機会になるということです。

誰に投票するかは有権者が決めることです。しかし、私たちジャーナリストは、この選挙の意味を有権者が理解し、十分な情報にもとづいた選択ができるようにする責任があります。また候補者に対しては、次の5年間に温室効果ガスの排出を削除するために何をするか、具体的な政策を問う必要があります。答えなければ繰り返し聞き、また回答すればその内容を検証し、さらには対策法案への投票など過去の実績を問い、確認する。化石燃料業界から政治資金を得ているかどうかを確認して伝える。有権者の知る権利に応え、政治家の責任を問うためです。

Q:Covering Climate Nowは政治家が示す政策や企業の対策の有効性を検証することも促していますね。

ハーツガード氏:例えば(発電所や工場で化石燃料を燃やすことによって排出される二酸化炭素を回収して地中に閉じ込める)「二酸化炭素の回収と貯留(Carbon Capture and Storage)」は実効性がないのではないかという事例を伝える記事も複数でています。技術の可能性について柔軟に考えることは大事ですが、いま何よりも重要なのは排出削減であり、化石燃料を燃やすのをやめることです。化石燃料を使い続けるための対策には疑問を持ち、取材することが必要です。Covering Climate Nowでは、何が真実か、科学的に検証された表現か、偽りか、知見を蓄積し、共有することをめざしています。

Q:メディアはそうした専門的な知識を持つ気候変動の担当記者を置くべきでしょうか、それともあらゆる分野の取材者が気候変動の視点を持つべきなのでしょうか。

ハーツガード氏:メディアの規模によってとれる体制は違うでしょう。1つの正解はありませんが、まず重要なのは、1人の記者や1つのチームだけがこの問題を取材するという縦割りの対応は望ましくないということです。気候変動に詳しい専門記者を1人でも2人でも置くことができれば、彼らの役割は自分たちが取材するだけでなく、政治やビジネスからスポーツまで幅広い分野の担当記者たちがそれぞれの取材テーマに気候変動がどのように関わっているかを理解して伝えるために、知恵や力を出すことです。

サンフランシスコの公共ラジオでは、専門知識がある科学班の記者たちが、例えば政治のニュースにどう気候変動の視点を取り込むことができるかを話し合うため、政治担当の記者を昼食に誘って話し合うなど、ほかの分野の取材を担当する同僚に順次、話を持ちかけ、サポートを申し出るといった試みもしています。デスク、記者、ファクトチェック担当者、カメラマン、マルチメディア担当者、グラフィックデザイナーなどからなる専門チームを持つ通信社もありますが、やはり自分たちで取材するだけでなく、担当以外の同僚を支援する役割を果たしています。

気候変動を担当する専門記者は自分の組織の中でいわば気候変動の視点を広める伝道師のような役割を果たさなければなりません。同僚と知見を共有し、専門家を紹介し、時に励まし、時に注意を喚起し、これは読者や視聴者が求めている情報だということ、つまりジャーナリズムだけでなく、メディアのビジネスにとっても重要だということを言い続ける。編集幹部を説得し、経営幹部にも理解してもらう、そうした組織内の啓発も大事な役割の1つだと思います。

Q:そのためにCovering Climate Nowのような報道連携はどのような役割を果たしていると考えますか。

ハーツガード氏:大事なのはコミュニティーがあるということです。あなたは1人ではない、間違っていない、世界に仲間がいる、という連帯感があること。互いに支えあい、相互に学ぶこと。それはメンバー間の個別の取材やプロジェクトでの協力よりも価値あることだと考えています。国際的な連帯によって、世界のより危険な地域で十分な収入も得られずに取材を続けている仲間を支えることもめざし、Covering Climate Nowジャーナリズム賞を設けて、各地のジャーナリストの功績に光があたるようにしています。よい意味で競争の場にもなっています。伝えるべきことはまだいくらでもあり、取材や創意工夫で競うのも大事なことです。

Q:最後に、なぜ気候変動について伝えることはジャーナリストの責任なのでしょうか。

ハーツガード氏:ジャーナリストの仕事の1つは、社会にとって優先すべき課題を人々が見極めるための材料を提供することです。気候危機はまさに今、最も重要な課題です。核戦争の危機と並び、地球における人類の生存を脅かすものです。人々にどう行動しろと言うことは私たちの役割ではありませんが、よりよい行動をとるために必要な知見や判断材料を提供するのは私たちの責任です。地球は人がいなくなっても存続するかもしれませんが、若い世代、子どもたちの世代が生きていける地球を守るために、いま行動すればまだ間に合うと伝えること、それを人の物語として、地域に根ざした視点で、課題解決に誰もが力を発揮できるという報道をしていくことが求められています。

(2024年4月8日 オンラインでインタビュー)

毎年のように経験したことがないような災害が発生している日本では、どのメディアも気象、災害、防災の報道に力を入れ、背景にある気候変動の問題についても、工夫しながらふれるようになっています。しかし、温室効果ガスをいま削減できなければ後戻りできない分岐点に直面しているという危機感を伝え切れているか、あらゆる分野の取材者が気候危機の視点を持つことができているかというと、まだまだ十分にはできていないように思います。一方で、地球規模の危機を前にした個人の無力感をとりはらうためには誰にでもできることがあると報じよう、とりわけ2024年は選挙で気候変動を意識して投票することが地球温暖化の行方を変える可能性があると伝えよう、というハーツガード氏の問題提起は、この連載第1回で伝えた国内の声とも重なり、内外のメディアどうしの連携、メディアと市民の協働が持つ力や可能性を示唆するものでもあります。連載では、さらに国内の気候変動報道における連携の事例などについても伝える予定です。


参考資料

1) March 2024 is the tenth month in a row to be the hottest on record (2024 Copernicus Climate Change Service/ECMWF  2024年4月9日)
https://climate.copernicus.eu/copernicus-march-2024-tenth-month-row-be-hottest-record

2) CASE OF VEREIN KLIMASENIORINNEN SCHWEIZ AND OTHERS v. SWITZERLAND(European Court of Human Rights)
https://hudoc.echr.coe.int/eng#{%22documentcollectionid2%22:[%22GRANDCHAMBER%22,%22CHAMBER%22],%22itemid%22:[%22001-233206%22]}

3) Covering Climate Now
https://coveringclimatenow.org/

4) 化石燃料補助金、過去最高の7兆ドルまで急増(サイモン・ブラック, イアン・パリー, ネイト・バーノン/IMF 2023年8月24日)
https://www.imf.org/ja/Blogs/Articles/2023/08/24/fossil-fuel-subsidies-surged-to-record-7-trillion

yoko.watanabe.jpg

【青木紀美子】
広島、東京、NY、ロンドン、バンコクなどを拠点としたニュース・番組取材を経て2018年から現職。文研ではエンゲージド・ジャーナリズムなどメディアと市民の連携・協働やメディアどうしの連携、メディアの多様性の問題などについて調査・報告している。 

メディアの動き 2024年04月19日 (金)

気候危機にメディアはどう向き合うべきか(第1回)広がるメディア間連携と市民との協働【研究員の視点】#534

放送文化研究所 渡辺健策

 人類最大の脅威といわれてきた気候変動問題がいま、深刻な危機に直面している。
日本だけでなく世界各国が異常な猛暑に見舞われた昨年2023年の1年間の平均気温は、観測史上最悪の記録を更新した。WMO=世界気象機関は、世界の平均気温が産業革命前に比べ1.45℃上回ったことを明らかにした。平均気温の上昇を1.5℃までに抑えようという国際合意である「パリ協定」の目標を、あとわずかで超えてしまうことになる。

shocyo_snow.PNGWMO(世界気象機関)の報告書より

 こうした急激な温度上昇のなか、熱波や干ばつ、山火事、洪水など、さまざまな異常現象が世界各地で頻発し、食料問題や感染症などを深刻化させる一因にもなっていると指摘されている。
 国連のアントニオ・グテーレス事務総長は昨年7月、「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が到来した」と述べ、ただちに対策が必要であると警告を発した。地球の気候システムが、再び元に戻せなくなる限界点「ティッピング・ポイント」を越えようとしているのではないかと懸念する声も上がっている。

syotyo_antny.PNGグテーレス国連事務総長(国連HPより)

 こうした気候危機の顕在化は、マスメディアと受け手である市民との関係性にも変化をもたらし始めている。その変化とは、「ソリューション・ジャーナリズム(solutions journalism)」に関するものだ。
 「ソリューション・ジャーナリズム」は、マスメディアが市民と連携しながら、さまざまな問題の解決策を模索する「課題解決型」のジャーナリズムだ。ニュースを伝える際に、解決策やその手がかりも含めて伝える。その1つの分野として、地域社会が抱える課題について、マスメディアと市民が一緒に解決策を考えていく手法が実践されてきた。
 いま、この手法を地球規模の課題である気候変動問題にあてはめ、国や地域を越える共通の脅威である気候変動への有効な対策を探る動きが広がりつつある。マスメディアが新聞・雑誌・放送といった媒体の垣根を越えて連携し、さらに市民、NGO、企業、研究者などと協働しながら、今すぐ可能な気候変動対策は何か、どのような対策が持続的な効果をあげられるのか、といった情報を共有するパートナーシップを築こうとしている。
 本稿では、そうした気候変動対策をめぐるマスメディア間連携と市民との協働について最新の動きを報告する。

1. つながりを促進する共通の危機意識
 今年1月、気候変動問題の解決に求められる報道のあり方を考える「気候変動メディアシンポジウム」が東京・渋谷で開かれた。新聞、雑誌、テレビ、ネットメディアなど、さまざまな媒体で取材・発信を行っているジャーナリストたちが会場に集まった。また、気候変動問題に関心を持つ市民やNGO、気候科学を研究する学者なども参加して、熱を帯びた議論が繰り広げられた。参加者たちに共通していたのは、自分たちが日ごろ直面する気候変動の影響が目に見えて顕著になっているという危機意識と、身近なところにも脅威が迫ってきていることを読者・視聴者に分かりやすく伝えることが必要だという思いだ。

syocyo_shinpo.png気候変動メディアシンポジウム(1月31日東京・渋谷区)
<以下、会場画像提供:Media is Hope>

 

【参加者の主な発言】

shocyo_ishiisan.png●テレビ新広島 報道部 石井百恵副部長(SDGs関連担当記者):
私のこれまでの取材活動では、広島県内の気候変動による影響、例えば広島の名産のカキの生産量の減少に関して、水温の上昇でエサがなくなっているとか、雨が降らなくなっているから生息しにくくなっているとか、地元の身近な影響、生活者視点のニュースを通して、気候変動問題を伝えています。 
環境問題って上から目線で語ると、勉強のように捉えてしまう人たちもいると思います。最初は、ハードルを低くして、関心を持ってもらえるように始めて、しだいに課題解決への取り組みに意識を向けていくことができたらと思います。いろんな取り組みをしている人がいて、それぞれが点になっている。それを私たちが報道することで、線にして、面にしていく。「まだ今なら課題解決できる」という機運を作れるのではないかと思いながら取材活動をしています。

 

shocyo_kobayashisan.png

● 「#暑さの原因報道して」市民らの署名活動の発起人・小林悠さん(小学校教員):
私は去年7月末に、テレビ局に対して、暑さの原因を報道してほしいと求める署名活動を立ち上げました。教員をやっているものですから1人の大人としてだけでなく1人の教育者として、今すぐ気候変動対策を強化しないと、子どもたちの未来に深刻な影響を与えてしまうと考えています。
去年は本当に暑くて、真夏になると子どもたちは、外で遊べない日が続きました。プールの時間も、自分たちが子どもだった時はプールの水の温度が低くて入れないということがあったんですけど、今はプールの温度が熱すぎて授業が中止になるということが頻繁になってきています。
海外では、いろんな国のトップニュースで気候変動のことが、気象災害や天気予報に関連付けて伝えられているんですが、日本のニュースを見ていると、豪雨とか猛暑が続いているときも気候変動との関連付けがされていなくて、理解の差、ギャップがあるんだなと気づきました。気候変動のことを日常の中でなんかおかしいなと思うことと絡めてもらうことで、やっと理解できて、そこから解決に向かっていくんじゃないかと、そういうメディアへの期待を込めて署名活動を立ち上げました。

 このように伝え手と受け手の双方の危機意識が高まっている現状の中、マスメディアは何を、どのように伝えるべきなのか。
 そこで重要なのが、気候変動の問題は、他のさまざまな社会課題と密接に結びついていて、経済や社会のあり方そのものも同時に見直さないと解決できないという、根深さがあることだ。しかも、地球規模というスケールの大きな問題だけに、マスメディア各社がそれぞれ単独で取り組んでも、特効薬のような解決策をすぐに見いだすのは難しい。そこで鍵を握るのが、個々の社や媒体、そして国を越えるマスメディア間の連携だ。

 

shocyo_yadasan.png

●毎日新聞ニューヨーク支局 八田浩輔専門記者:
海外と日本の気候変動報道の違いというのを考えたときに、ポイントが2つあります。1つは、公正=justiceの問題です。実は気候変動で大きな影響を受けるのは、社会的・経済的に弱い立場の人たちです。つまり格差とか、差別とか、貧困、ジェンダーなど、公正が絡む問題に気候変動を関連付けた記事が重要ですが、まだ日本ではそんなに多くない、むしろすごく少ない。
もう1つは、日本の報道に多いのが、何でも「ジブンゴト」とか、「ひとりひとりができること」みたいな文脈に落とし込んでしまうことが多い気がします。むしろ大事なのは、他人や困窮するコミュニティーあるいは未来の世代のことを想像し、その中で社会のパラダイムを変えていくことではないかと思っています。
(メディア連携について)世界中からCOP(気候変動枠組条約 締約国会議)の場に集まって一緒に取材をするときに、つながりのある取材者たちが横のネットワークで、この会見は大事そうだとか、必要な情報について、お互いに言える範囲で情報をシェアしました。そうした取材の協力を初めて一緒にやったことが、とても役に立ったので、その取り組みを広げて、ふだんから利害を超えた協力をできたらいいと思います。

 shocyo_emorisan.png

●東京大学未来ビジョン研究センター 江守正多教授:
メディアの横の連携が始まったというのは、非常に重要なことだと思っています。気候変動はそもそも普通の人が受けとめるのが難しい問題なので、大変なことが起きていることがわかったとしても、「自分が心配してもどうにもならないので基本的にはスルーして生きている」という人が、社会の大部分ではないでしょうか。おそらく、メディアの社内でもそれは変わらないと思います。しかし、その中に、感受性の高い「自分が報じないといけない」と考える人たちが出てきた。そういう人がメディア各社の中ですごく少数派だったのが、横につながることで協力して発信したり、励ましあったりすることができるようになったことは、とても大きい。
ぜひ、いま広がりつつあるメディアの横の連携をさらに強めていただいて、日本全体における気候変動の発信をさらに盛り上げてほしい。そのポテンシャルはすごくあると思います。

 この「気候変動メディアシンポジウム」を企画したのは、若い世代を中心につくった非営利の一般社団法人Media is Hope。メンバーの多くは、20歳代・30歳代で、ミレニアル世代を中心とする今の社会の中堅層。気候変動問題を解決する社会を実現するために、メディアと市民、企業、研究者などの共創関係を築くための「懸け橋」となることを目指して活動している団体の1つだ。
なぜ、メディアとの連携が必要と考えたのか。そして何を目指していくのか。共同代表の2人に話を聞いた。

media_is_hope_natori.nishida.png名取由佳さん      西田吉蔵さん
(Media is Hope共同代表)

名取由佳さん:子どもの頃から夢見ていたエンターテインメント企業に就職して働いていましたが、ちょうどそのころ、地球環境が深刻な事態になっていることを肌で感じていたとき、グレタ・トゥーンベリさんが登場してきたことで、私の意識も呼び覚まされました。気候変動のことを学んでいくと、実は豊かな社会が資本主義社会のなかで環境を破壊していることに気づいて、皆が幸せに生きられる社会を目指さないといけないと思うようになりました。私自身、気候変動問題がどれほど深刻なのか、ティッピング・ポイント(元に戻らなくなる転換点)が迫っているということも知りませんでした。でも逆に、私みたいに知らなかった人にちゃんと知ってもらったら、大きな変化を起こせるのではないかとも思いました。 そのためにはメディアとの連携が必要だし、メディアだけでなく企業も巻き込んだ形でやっていくのがいい、NGO、ボランティアとして、連携を提案していこうと、つなぐ活動を始めました。

西田吉蔵さん:まず、どういう社会なら気候変動問題を解決できるのか、サステナブルな社会づくりを進めるために何が必要かを考えました。市民、企業、メディア、政府、国際機関、教育機関をつないで、皆で協力しあって、ようやく解決策にたどり着けるのだと気づき、輪を広げていかなければと考えました。気候変動の問題について、それぞれのステークホルダーが個々には発信しているのだけど、それだけでは追いつかない現状があります。だからこそメディアという力を持つ存在を介して、輪を広げて対策を加速したい、読者・視聴者とメディア、企業の新しい関係性を作りたいと思うようになりました。

 Media is Hopeのメンバーたちは、メディアと市民、そして企業の間をつなぐ活動を広げることが欠かせないと考え、活動を進めてきた。そして各メディアの取材者たちとじかに接する機会が増えていく中で、あることに気づいたという。それは、気候変動をめぐる報道が、実は十分な力を発揮しきれていないこと、そこには共通の原因があることだった。

名取由佳さん:多くのメディアの人たちから話を聞く中で感じたのは、気候変動報道が継続しにくい理由、やりにくい理由、それはメディア側だけにあるのではなく、読者・視聴者との関係性や、(スポンサーである)企業との関係性にある、ということでした。気候変動の記事を書いても、読まれないと取材者は孤軍奮闘するしかない。だから、メディアの取り組みを褒める、応援するNGOとして、気候変動報道に対するプラスの評価を広く発信していく活動をしています。
最も力を注いでいるのは、メディア間の連携をコーディネートすることです。メディアどうしはお互いに様子をうかがうようなことが多いですが、そんな中で私たちは、気候変動報道を担当するメディアの人たちを対象に勉強会を開くなど、メディアどうしが他社との情報共有をする場を作ることを後押ししています。そうすることで、ライバルどうしのメディアが協力して臨む、それほど気候変動問題が大きなイシューになっているということに、多くの人に気づいてもらうことにも大きな意味があると考えています。

 

2. 気候危機をめぐるソリューション・ジャーナリズムの意義
 もうひとつ、マスメディア間の連携強化を支えているのは、国連による国や地域を越えたキャンペーンの存在だ。国連は、冒頭で触れたグテーレス事務総長のリーダーシップのもと、持続可能な社会づくりに賛同するマスメディアの連携組織「SDGメディア・コンパクト」を2018年に立ち上げ、世界各国のメディア企業に参加と協力を呼びかけてきた。また、日本では2022年から、国連広報センターなどの呼びかけでメディアが連携して気候変動対策を推し進める「1.5℃の約束」キャンペーンを展開している。3年目を迎えた今年、参加メディアは150社に上る。
 メディア連携と市民との協働によるソリューション・ジャーナリズムが、いまなぜ重要なのか。国連広報センターの根本かおる所長に、その意義を聞いた。

shocyo_nemotosan_W_edited.PNG国連広報センター 根本かおる所長

Q:気候変動問題の現状に対する評価は?

根本所長:いま、気候変動問題の危機が、これまでとは違う次元に来てしまっています。グテーレス事務総長も言っていることですが、「いま地球はER、Emergency Room=救急処置室にいる」、それくらい危機的な、待ったなしの段階に来ているんだと思います。
しかし、人々の関心のレベルを高くつないでいく、人々の注意力を維持するのは、本当に難しい状況にあります。そういう中で、多くのメディアがタイミングを合わせて波状的に、いろんな形で気候変動に関しての情報を出していくという動きが必要だと考えました。それが2022年に「1.5℃の約束」キャンペーンを立ち上げた理由です。

shocyo_kokurenhokoku.png(国連広報センターHPより)

Q:深刻な危機が訪れているという実感は、人によってかなり異なるのでは?

根本所長:去年の夏は大変でしたよね。熱中症で救急搬送される人はものすごい数になったし、暑くて外出できない、身体の大事をとって家に閉じこもらなければいけない、ということもありました。
あれが恒常的な状況になった時、皆さんどうでしょうか。いままで当たり前のように私たちが食べてきた農産物も、もう食卓に並ばなくなってしまうかもしれない。対応が遅れてしまえば、取り返しがつかなくなってしまう、それが目の前に迫っている。気候科学から導く客観的な情勢としては、もう赤信号がともっているわけです。
そこで人々の意識をアップデートして、温室効果ガスの排出削減につながるような行動を取れるような社会の仕組みに変えていかないといけないと、強く思います。

Q:気候変動対策を進めるために、いま何が必要だとお考えですか?

根本所長:「大変だ、大変だ」という情報だけでは、人々は動かないし、危機の情報にばかりさらされると心がマヒして情報を受け付けなくなってしまいます。日本では気候変動対策は辛抱とかガマンと受け取られがちかもしれませんが、人間はやっぱり、辛抱とかガマンすることは嫌ですよね。むしろより快適な暮らしのためのチャンスとして提案したいですね。そして、おのずとついついやってしまう、振り返ればそれが地球のためになっているとか、やっていて手応えがある、あるいは自分の得になるとか、そういう仕掛けを作っていかないといけない。
正解というのは1つではありません。私たちの身近なところで非常にユニークな、優れた取り組みをしている人たちや組織ってあると思うんですね。そういうものをメディアに取り上げていただいて、「あ、これなら私たちにもできる」と理解してもらう。それがどれだけ温室効果ガスの削減につながるか、気候変動の影響に対して備えるものになっているのかを伝えること、それを継続してもらいたいと思います。

Q:今後、マスメディアに期待する役割とは?

根本所長:メディアというのはもちろん問題提起をする役割もありますけど、同時に解決策のヒントを示して、読者や視聴者を元気づける役割、頑張れ頑張れと背中を押す役割もあると思うので、そういうところを期待したいです。同時に市民にも、メディアを元気にしてもらいたい。読者・視聴者からの「良かった」という声、「気づきを得た」という評価、それは小さな声でも伝え手を元気づける、そんな役割もあると思います。そういう協働の枠組みができて、パートナーとして、一緒に取り組んでいく仲間という側面が強くなってきていると思います。そこに、ソリューション・ジャーナリズム、ソリューション=解決策を一緒に見つけていこうという新たな関係性が成立するのではないでしょうか。

 

 ここまで、最近の気候変動問題をめぐるマスメディア間の連携と、市民との協働の広がりについて、マスメディア、市民・NGO、研究者、国際機関という各当事者の話を紹介してきた。
 マスメディア各社はある意味、競合つまりライバル関係にあり、独自に掘り起こした取材先や新たな研究成果など、いわば手のうちを互いに見せることは避けたがるため、これまで連携の取り組みは、かなり限定的だった。
 ところが最近の数年間で、日本国内でも気候変動の分野でのメディア間の連携や市民との協働が、特に目立つようになってきた。その変化を促す力として、メディア間をつなぐ国連などの国際機関やNGO=市民セクターの積極的な働きかけの存在が大きい。何よりそうした当事者たちの抱く危機意識が、かつてないくらいに強まってきていることが背景にあり、それだけ気象災害や海の異変などさまざまな影響・被害が顕在化していることの表れともいえる。
 マスメディアどうしが互いに連携し、同時に市民ともパートナーシップを結び、気候変動問題の解決策を模索していくことは、受け手にとってのマスメディアへの信頼や存在意義にも関わる重要な要素となっていくのではないだろうか。
 本稿では、マスメディア全体を俯瞰(ふかん)する視点で概況を中心にお伝えしたが、次回以降は、海外でのマスメディア連携や市民・企業・研究者の関わり方など、地球環境問題におけるソリューション・ジャーナリズムの実践例を紹介していきたい。

【渡辺健策】
1989年NHK入局。報道局社会部、首都圏放送センターなどで記者として環境問題を中心に取材。
2011年から盛岡放送局ニュースデスクとして東日本大震災の被災地取材に関わり、その後、総務局法務部などを経て2022年から現所属。

メディアの動き 2024年04月16日 (火)

能登半島地震 災害情報伝達を巡る課題と今後 (2)「臨時災害放送局」が役割を果たすために考えるべきこと【研究員の視点】#533

メディア研究部(メディア情勢)上圭

はじめに

 能登半島地震を教訓に今後の災害情報伝達について考えるブログ、1回目は、NHKのBS放送や、スターリンクによるWi-Fi整備など、「衛星活用」がポイントとなった今回の地震の経験から、考えるべきことをまとめました。2回目の今回は「臨時災害放送局」についてとりあげます。
 臨時災害放送局の概要は1回目のブログ1で説明していますので、詳しくはそちらをご参照ください。簡単に言えば、被災した自治体自らが、住民に必要な情報を伝達するためにラジオ局を運営することを可能にする制度です。今回の地震では開局に踏み切る自治体はありませんでしたが、検討のプロセスで見えた課題を踏まえて、今後、考えるべきことを提言したいと思います。

1)能登半島で臨時災害放送局が開局しなかった理由

 改めて、今回の地震で自治体が臨時災害放送局という手段を選択しなかった理由として考えられるものを下記にまとめておきます。

1) 事前に制度を知らず、発災後に説明を受けたため、開局に踏み切れなかった
2) 職員も被災して自治体の人員が限られており、ラジオ局の運営を担う人がいなかった
3) 放送波が届く範囲が限られるという自治体にとって、有用性を感じられなかった
4) 衛星放送、スターリンクの導入やケーブルテレビインターネットの復旧により、テレビやスマートフォン経由で早期に被災者の情報入手が可能になっていた
5) 比較的多くの被災者が避難所および周辺に集まっていたため、情報伝達がしやすかった

 今回の地震で臨時災害放送局が活用されるべきだったかどうか、その検証を行うために十分な材料を、まだ私は持ち合わせていません。ただ、客観的にみて開局が必要な状況であったにもかかわらず、せっかくの制度が活用されなかったとしたらやはり残念です。逆に、開局が不必要な状況であったとしたら、被災後に多忙な自治体に余計な負担を強いることにならず、かえってよかったのかもしれません。今後、自治体に対するヒアリングを行って検証を進めていきたいと思います。

2)今後に向けて考えるべきこと

 ただ、発生が危惧されている南海トラフ地震や首都直下地震は、能登半島地震とは比べものにならない程の広域被害と大量の被災者の発生が想定され、指定避難所に入れない被災者も相当数出ることが予測されます。その中には、高齢者や障がい者も多数いるでしょう。また、被災する自治体数も膨大で、インフラの復旧には相当な時間がかかるでしょう。通信障害が続き、防災行政無線も機能不全に陥る中、余震や二次被害を防ぐために被災者に呼びかける防災・避難情報を伝達する手段がなくなっているおそれもあります。そして、被災した自治体が数件にとどまった今回の能登半島地震とは異なり、メディアが全ての自治体の災害関連情報を発信することは困難かもしれません。そうした状況下で、臨時災害放送局の出番は確実にあると私は考えています。
 ここからは、制度を有効に活用するために、今後検討すべきと思う点をまとめておきます。

*周知広報だけでなく「事前準備」を

 最も重要なのは、日頃から自治体の職員が制度を理解しておくことです。まず、全国の約3割の自治体には地域内にコミュニティ放送がありますので、災害時には、コミュニティFMを休止して免許を自治体に“移行”し、臨時災害放送局を開局するという制度2を活用し、コミュニティ放送の人たちに自治体の災害情報伝達を担ってもらうという協定を結んでおくのも1つの選択肢です。すでに両者でこうした連携協定が締結されているケースも増えてきていますが、コミュニティ放送は民間企業・団体が運営しているものですので、自治体は、協定の中で、委託内容や費用について具体的に取り決めておく姿勢が求められるでしょう。
 コミュニティ放送のない約7割の自治体については、地域の災害リスクや防災行政無線の整備状況、住民の高齢化の実情などを踏まえて、災害時にラジオを運営する選択肢が必要かどうか、一度は考える機会を持ってもらいたいと思います。ラジオメディアは、単なる情報の伝達だけではなく、放送の内容によっては、被災した人たちの心のケアや癒やしを提供することも可能です。避難が長期化するおそれのある地域にとっては、そのことも重要な要素だと思います。
 その上で、開局を希望する自治体に対しては、それを積極的にサポートする国の体制が望まれます。体制作りについては、首都直下地震が想定される関東地域と、南海トラフの被害が想定されている和歌山県沿岸部の事例が参考になります。
 このうち関東地域では、放送大学のFMラジオ放送が終了した空き周波数帯を臨時災害放送局用に活用するという国の方針が決まっており、現在、開局を希望する複数の自治体で運営するというモデルが検討されています。自治体の中には、自らラジオを開局するための機材を購入して準備しているところも少なくありません3。総務省の関東総合通信局の主催で、自治体間の情報交換のための場も設けられています4
 また和歌山県沿岸部では、総務省の近畿総合通信局(以下、近畿総通)が自治体に開局の希望を調査し、希望する自治体への周波数の割り当てを事前にシミュレーションし、いつでもただちに割り当てができる状態にしてあるという踏み込んだ施策がとられています5。その上で、地元の放送局や通信事業者などで組織する和歌山県情報化推進協議会(以下、WIDA)が、毎年、近畿総通、自治体と共に開局と運営の訓練を行っています。WIDAでは、災害が起きた時に自治体の運営を支援する意欲を持つボランティアや無線資格者の登録制度も設けられています6
 単なる制度の周知広報から一歩踏み込んだ事前の準備が、いざという時の対応につながります。他のエリアでもこうした取り組みが広がっていくことを期待しています。

*どう開局するかだけでなく「どう運営するか」が大事

 先にも述べたように、臨時災害放送局とは、自治体自身がラジオ局を開局し運用するという制度です。自治体では防災行政無線で避難情報などを音声で伝達していますが、ラジオの運営となると、どんな語り口でどんな内容を放送すればいいのか、イメージできず躊躇(ちゅうちょ)してしまう自治体も少なくないと思います。
 これまで総務省は、機材をどのように整備し操作すればいいのかといった、ハードに比重を置いた「開設マニュアル7」を作成してきました。しかし、開局したあとに放送をどのように行えばいいのかを解説した「運営マニュアル」はありませんでした。そのため、私は総務省に協力する形で「運営マニュアル」の作成に携わり、完成した「運営マニュアル」は3月末に近畿総通のウェブサイトで公開されました8作成には、日頃は放送局で番組制作を行い、東日本大震災や熊本地震ではボランティアとして臨時災害放送局の運営に携わった人たちの経験を持ち寄りました9。このマニュアルに目を通せば、放送の経験のない自治体職員でもラジオを運営することができるよう、各種テンプレートも準備しました。また、職員が多忙で運営できない場合には、どういう人たちに支援を依頼すればいいのかについても、過去の事例からまとめています。東日本大震災の時には、地元のまちづくり会社や放送局のOBが活躍するケースも少なくありませんでした。少しでも多くの自治体の皆さんに手に取ってもらえるとうれしいです。

*放送と同時に「ネットにも配信」する

 自治体が広域だったり、山間部が多かったりすると、臨時災害放送局を開局したとしても、どうしても電波が届かない地域が出てしまいます。詳しくは、アンテナ(親局)をどこに設置すればどのくらい電波が届くのかを検討しないとわからないのですが、今回の地震でも、被害の大きな地域に電波が届かないことがネックとなり、開局を見送った自治体もありました。
 解決策としては、自治体に2つの周波数を割り当てたり、中継局を設置したりするなどしてカバーするという方法があります。東日本大震災では、複数の自治体でその方法がとられました10
 ただ、1回目のブログにも書きましたが、衛星ブロードバンドインターネットサービスのスターリンクの導入が現実的になってきています。ですので、臨時災害放送局をインターネットでも同時配信して、電波の届かない地域についてはスターリンクを持ち込み、ネット経由で受信するという方法が現実的ではないかと思います。臨時災害放送局を同時配信できれば、被災地の中だけでなく、外からも聞くことができるようになるので、支援や救援の回路にも役立つと思います。すでに、いくつかの総務省の総通では、臨時災害放送局とネット配信をパッケージで提供することを前提に検討が進んでいます。現在は、著作権料の免除など、放送を前提とした枠組みとなっていますが、このあたりについても、状況に応じて見直していく必要があるのではないかと思います。

り踏み込んだ「プッシュ型支援」を

 最後に、少しとっぴかもしれませんが、今後に向けた提言をしておきたいと思います。現在の制度では、臨時災害放送局の開局は、免許人として想定されている自治体の意向が大前提となっています。しかし、先にも述べたように、被害が大きく情報空白地帯となってしまっている被災地の自治体ほど、混乱状態に陥ってしまい開局の判断ができない、というジレンマに陥ってしまっています。だからこそ事前の準備が必要なのですが、仮に準備ができていない自治体が大災害に見舞われた場合、この大前提を覆すような制度の運用はできないものなのでしょうか。
 具体的には、自治体の意向の有無にかかわらず、総務省の各総通が災害対策用に常備している機材を自治体に持ち込み、訓練などで実施している「実験試験局」という方法で、とりあえず総務省の免許で開局してしまうというアイデアです。機材の設置などの開局の準備は、これまでも各総通で行ってきた実績があります。そして、発災から1~2週間程度の最も困難な情報空白の時期には実験免許局のままで運営を行い、混乱が落ち着いてきたところで当該自治体に放送を継続する意向がある場合にはそこで免許申請をしてもらい、継続の必要がないとのことであればそのまま閉局するという流れです。
 このアイデアの最大の課題は、自治体の代わりに誰がラジオ局の運営を行うのかです。これについては、地域ラジオを運営するプロである近隣のコミュニティ放送や業界団体である日本コミュニティ放送協会(JCBA)に支援をお願いするのが最も想定しやすいですし、自治体からの信頼も得やすいと思います。今回の能登半島地震でも、JCBA北陸支部が北陸総通と共に被災地に赴いて支援の準備を行っていました。ただし、当然のことながらコミュニティ放送は自局の運営が最優先です。ですので、彼らに頼りすぎない枠組みも考えていかなければなりません。
 では、これまで臨時災害放送局を運営してきた経験者や、メディアで災害報道や災害情報伝達に関わってきた人で、ボランティアで支援したいという人たちが全国各地にいますので、そうした人たちにお願いするのはどうでしょうか。東日本大震災で「おながわ(女川)さいがいエフエム」の開局・運営に携わってきた大嶋智博氏は、現在はその活動を引き継ぐ一般社団法人「オナガワエフエム11」立ち上げ、臨時災害放送局設立および運営に関する経験・知識を後世に伝える活動をしていますし、それ以外にも同様の問題意識を持つさまざまな団体もあります12。ただ、それぞれの団体が連携できているとはいえません。熊本地震で「ましき(益城)さいがいエフエム」の運営支援に入った村上隆二氏(当時、ラジオパーソナリティーとして熊本県内で活動)は、「災害派遣医療チーム(以下、DMAT)の災害情報伝達版のような組織を作れないか」と繰り返し問題提起していて、私も大いに共感するところがあります。DMATのような一定の専門的なスキルの研修や自治体からの信頼を得るためのルール作りや、総務省における登録制度なども含め、全国規模で支援の枠組みを考えていく時期なのではないでしょうか。

おわりに

 本ブログでは2回にわたり、災害情報を伝達する側の視点で、能登半島地震の状況を整理し、今後に向けた提言を行ってきました。しかしさらに大事なのは、情報を入手する側の視点です。この視点に立った検証についても、今後、取り組んでいきたいと思います。


1  https://www.nhk.or.jp/bunken-blog/2024/04/11/

2  この制度を活用した場合、通常は20Wまでの出力を増力して、カバーエリアを拡大するなどの措置を行うことができる

3  東京都文京区、練馬区、埼玉県所沢市など

4 https://www.soumu.go.jp/soutsu/kanto/bc/rinsai/renrakukai.html

5  和歌山県沿岸部は周波数の活用が比較的容易であることからこのような施策が行えたともいえる。地域の実情に合わせた施策が求められる

6  https://wida.jp/act/rinsai_musen/

7  全国の各総通で整備されている。近畿の場合は…https://www.soumu.go.jp/main_content/000936455.pdf

8  https://www.soumu.go.jp/main_content/000936454.pdf

9  東日本大震災で「おながわさいがいエフエム」に携わった大嶋智博氏、熊本地震で「ましきさいがいエフエム」に携わった村上隆二氏

10  岩手県宮古市、大船渡市、宮城県気仙沼市では2つの周波数を割り当て、南相馬市では中継局を設置

11  http://onagawafm.jp/

12  例えば…
http://www.j-abs.org/
https://www.bhn.or.jp/
https://kansai-pressclub.jp/?p=1646

村上圭子
報道局でディレクターとして『NHKスペシャル』『クローズアップ現代』等を担当後、ラジオセンターを経て2010年から現職。
インターネット時代のテレビ・放送の存在意義、地域メディアの今後、自治体の災害情報伝達について取材・研究を進める。
民放とNHK、新聞と放送、通信と放送、マスメディアとネットメディア、都市と地方等の架橋となるような問題提起を行っていきたいと考えている。

メディアの動き 2024年04月16日 (火)

【メディアの動き】米テレビも促進したスポーツ賭博の影

 アメリカのプロ野球大リーグ,ロサンゼルス・ドジャーズの大谷翔平選手の専属通訳が違法なスポーツ賭博を行っていた疑惑から3月20日に球団を解雇され,同月22日にはMLBが正式に問題の調査を始めたと発表した。これをきっかけに,テレビ業界がスポーツリーグや賭博事業者とともに普及を促進してきたスポーツ賭博の負の側面に改めて目が向けられている。

 アメリカでは2018年に連邦最高裁がスポーツ賭博の可否を決める権限は州にあるとの判断を示してから,ドジャーズの本拠地カリフォルニアやテキサスを除く40近い州がスポーツ賭博を合法化し,多くが大学競技も対象に含め,携帯アプリなどによるオンライン賭博も認めた。テレビ各社はスポーツ中継に賭博の広告を入れ,番組制作やオンラインサービスでも賭博事業者と提携し,販売にも関わり,ケーブルテレビのスポーツチャンネルでは司会者や解説者が日常的に賭博を勧めるようになった。

 スポーツ賭博の売り上げは2023年,1,198億ドル(約18兆円)に達し,スポーツ・テレビ業界の収益や視聴者を増やす一方,返済不能な多額の借金を背負い,助けを求める人が増加した。特に依存症に陥りやすい若い世代への影響が懸念されている。賭博熱は選手や監督への攻撃や圧力にもつながり,選手が不正に関わった疑惑も出ている。スポーツ経済を専門とするマサチューセッツ州・スミス・カレッジのアンドリュー・ジンバリスト名誉教授はテレビが賭博を“普通”の娯楽にしてきたと指摘。賭博の過熱はスポーツそのものへの関心を薄め,多様な人々を結ぶスポーツの魅力を損なうおそれがあり,規制強化が必要だとしている。

メディアの動き 2024年04月16日 (火)

【メディアの動き】仏競争委員会,ニュース記事めぐり Googleに2億5,000万ユーロ制裁金

 フランスの公正取引委員会にあたる競争委員会は3月20日,Googleが報道機関の記事使用をめぐり,誠実な交渉を行わなかったことなどを理由に,2億5,000万ユーロ(約410億円)の制裁金を科すことを発表した。

 2019年のEUの著作権指令(フランスでは2019年7月に国内法制化)で,GoogleやFacebookなどソーシャルメディアによる報道コンテンツの使用に対し,通信社や新聞社が報酬を要求できることを定めている。競争委員会は,2021年にも,メディア組織と誠実な協議に応じなかったなどとして,Googleに5億ユーロ(約820億円)の制裁金を科している。

 今回の決定について,競争委員会は,Googleが2022年に合意した,透明性を担保して誠実に協議を行うことや,報酬の調査に必要な情報を提供することなどを定めた7つの項目のうち,4項目について順守しなかったことを理由に挙げている。また,GoogleがニュースコンテンツをAI学習に利用することを事前に通知せず,利用を避ける技術的手段を新聞社等に提示しなかったことも問題視している。

 競争委員会によると,Googleは事実関係について争わず,指摘された違反について一連の是正措置を提案した。一方で,Google側は,同月20日のGoogle Franceのブログで,これは長期間の争いを終結させるための合意だ,記事使用に関し,当社は新聞社など相当数のメディアと契約した最初で唯一のプラットフォームで年間数千万ユーロを支払っている,当社の努力は考慮されず,制裁額は違反内容に見合っていない,などと投稿している。

メディアの動き 2024年04月16日 (火)

【メディアの動き】香港「国家安全条例」可決・施行で 報道の自由への懸念の声相次ぐ

 香港で国家の安全を脅かす行為を取り締まる「国家安全条例」が可決・施行されたことを受け,報道の自由が損なわれると国際機関や各国から懸念の声が相次ぎ,アメリカ政府系放送局は香港の事務所を閉鎖した。

 香港の「国家安全条例」は,4年前に施行された「香港国家安全維持法」を補完するもので,2024年1月に要旨が発表されたあと,3月に条例案が議会に提出された。わずか2週間足らずで可決され,同月23日に施行された。

 「国家機密」を盗むことやスパイ行為,反乱の扇動,外国勢力による干渉などを犯罪として規定し,最高で終身刑が科せられる。中国や香港政府に対する憎悪や不満をあおる「扇動的行為」も禁止され,SNSへの投稿や出版物なども取り締まりの対象となる。

 香港の憲法にあたる基本法で制定が義務づけられているものの,住民の反発で長年先送りされてきた。急速な制定の背景には,中国の習近平指導部の意向が働いたとみられる。

 条例について,国連人権高等弁務官事務所は同月19日,条例の規定があいまいで政府に批判的な声をあげる人や報道機関などが恣意しい的に標的にされる可能性があると指摘。イギリス外務省も同日,「言論や報道の自由をむしばむことになる」と懸念を示した。

 香港記者協会が2月,「メディアが報道を萎縮させる可能性がある」と香港政府に意見書を提出するなど,政府による統制強化が懸念される中,アメリカ政府系の放送局Radio Free Asiaは3月29日,香港の事務所を閉鎖したと明らかにした。

メディアの動き 2024年04月16日 (火)

【メディアの動き】英BBC会長演説で"BBCの未来" 展望,受信料制度の改革にも言及

 イギリスの公共放送BBCのデイビー会長は3月26日,「A BBC For The Future(未来に向けたBBC)」と題するスピーチを行い,デジタル社会での生き残りに必要な番組や財源制度など幅広い改革についての考え方を示した。

 デイビー会長は,技術革新は恩恵とともに,社会の分断や偽情報,自由な報道への圧力などの課題を招いたと指摘。民主主義,経済,社会のためにBBCが果たすべき役割として,「予断を持たず真実を追究」「イギリスの番組の発信支援」「人々の統合」を挙げた。そして調査報道や検証報道に力を注ぐとともに,人々の視野を狭めないように配慮しながら個人の好みにあわせた番組を勧める「パーソナライゼーション」機能のため,倫理的なアルゴリズムを独自に開発する計画などを明らかにした。

 また,厳しい財政事情の中でも,デジタル化のための改革を断行するとして,商業部門のBBC Studioに移管する事業を増やすほか,若者向けチャンネルのBBC Threeについては,放送ではなく動画配信サイトを念頭に置いたコンテンツに集約するとした。さらに,国際放送をこのまま受信許可料で支え続けることは困難だとして,政府予算の交付を求めた。

 最後にデイビー会長は,新しい特許状に更新後の2028年以降の受信許可料について「改革が必要だ」とした。所得にかかわらず一定額を徴収している現制度を「累進的なものにできるかどうかや,不払いに対する対応方法が公平で適切かどうか」などを検討していく考えを示し,政府と行う特許状更新の交渉を前に,BBCの将来について国民に議論を呼びかけた。

メディアの動き 2024年04月15日 (月)

【メディアの動き】2023年度BPO年次報告会,故ジャニー喜多川氏の性加害問題で議論

 BPOは3月22日,都内で2023年度の年次報告会を開いた。例年はその年度の委員会決定の内容を報告する場だが,今回は故ジャニー喜多川氏による性加害問題をめぐって,放送と人権について考える特別シンポジウムを開催した。

 冒頭で,BPOの大日向雅美理事長が「今回の問題を報道してこなかった放送局を取り締まるべきという意見が届いているが,BPOとしては,放送局の自律的な検証と改善の取り組みに注目し,後押ししていきたい」と述べた。

 続いて,東京大学の田中東子教授,NHK記者出身のジャーナリスト鎌田靖氏,桜美林大学の西山守准教授のパネラー3人が議論。

 田中教授は,「この問題にメディアが沈黙したことは,タレントを使ったジャニーズの支配や性暴力に寛容な日本社会といった問題が見えない状況を生み出し,間違った認識へと視聴者を方向づけた」と厳しく指摘した。

 一方,この問題を報道した『週刊文春』を1999年にジャニーズ事務所などが提訴した際,NHKの司法キャップだった鎌田氏は「『文春』は『ホモ・セクハラ疑惑』と報じていたので,放送で取り上げる話ではないと判断してしまったと思う。広くアンテナを張っていれば問題に気づけたはずで,責任は免れない」と述べた。

 西山准教授は広告専門家の立場から,人権問題に敏感なグローバル企業の例を挙げ,メディアが人権意識の変化に対応する必要性を強調した。

 この問題をめぐって今,放送局に何が求められるのか。「放送局には語る資格はないかもしれないが,語る責任がある」という田中教授の言葉が心に残った

メディアの動き 2024年04月15日 (月)

【メディアの動き】NHK札幌放送局のローカル番組,英BBCの「50:50プロジェクト」参加

 NHK札幌放送局は3月15日,イギリスの公共放送BBCの「50:50 The Equality Project」(以下,「50:50プロジェクト」)に,地域放送局として初めて参加することを発表した。

 「50:50プロジェクト」はBBCが2017年に始めたプロジェクトで,「番組の出演者の女性の割合を測定し,均等にする」というアイデアから始まった。コンテンツにおいて,多様な社会を公正に映し出すことを目指しており,BBCでは人種や障害のある当事者なども計測の対象としている。2023年現在,世界30か国,企業や大学など,およそ150の組織が参加している。

 NHKは2021年度から日本のテレビ局として唯一,加わった。当初は大河ドラマや『あさイチ』などの情報番組が参加していたが,2023年度からは『おはよう日本』『ニュースウオッチ9』といったニュース番組のほか,『クローズアップ現代』『日曜討論』などの報道番組が加わり,参加番組は12番組となった。

 2024年度から新たに参加する『ほっとニュース北海道』は平日の夕方6時から放送する北海道向けのニュース番組で,インタビューを受ける街頭の人や専門家など,担当者の裁量で決められる出演者を計測して,男女の割合を可視化する。プロジェクトへの参加は,ジェンダー課題に関心をもつ職員の働きかけで実現した。

 ニュース制作を担当する札幌放送局の佐藤博行チーフリードは,ローカルニュースが「50:50プロジェクト」に参加する意義について,「番組コンテンツの質を上げていくのが目的だが,大きな動機として,まず制作者の意識を変えていきたい」と説明する。 

メディアの動き 2024年04月15日 (月)

【メディアの動き】公正取引委員会,AmazonやGoogleが動画配信業者に対して 優越的地位にある可能性を指摘

 インターネットに接続されたテレビ,「コネクテッドテレビ」(以下,CTV)の普及で動画配信サービスの利用が広がる中,公正取引委員会は,CTV向けに基本ソフト(OS)を提供するIT企業や動画配信事業者,それに消費者を対象に,取り引き実態をまとめた初の報告書を,3月6日に公表した。

 報告書によると,CTVで動画配信を利用する際に基盤となるOSの分野で,AmazonとGoogleがあわせて60〜80%のシェアを占めており,アプリストアへの掲載など動画配信事業者との取り引きでは「優越的地位」にある可能性が高いと指摘。さらに,自社のコンテンツを優先的に掲載することで,他社のサービスの取り引き機会を減らし,排除した場合は独占禁止法上問題にあたるとの見解を示し,ランキングやおすすめ表示などの基準を可能なかぎり開示することが望ましいとした。また,手数料などの規約の変更に関しては,事業者間で十分な協議をするよう求めている。

 公正取引委員会は,今後,具体的な違反があった場合には,厳正に対処するとしたうえで,今回の調査結果を各国の関係機関とも共有し,競争環境の整備に向けて,国際的に連携を図っていく考えを示した。

 今回の調査で,国内市場における巨大IT企業2社の寡占的な実態が明らかになった。2社の市場影響力が強まる中,事業者間の公正な競争と,利用者が多様なコンテンツを得られる環境の確保をどう両立させていくのか,今後の動きを注視したい。