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メディアの動き

メディアの動き 2023年11月30日 (木)

性加害とメディア~サビル事件とBBC①~【研究員の視点】#514

メディア研究部(メディア情勢)税所玲子

 ジャニー喜多川氏の性加害を告発し、被害者が声を上げるきっかけになったイギリス公共放送BBCのドキュメンタリー"Predator: The Secret Scandal of J-Pop"(邦題:J-Popの捕食者)。動物が獲物を襲うPredatorという言葉通りに弱者に性加害を行った人物として、イギリス人が思い浮かべるのは、BBCの人気司会者だったジミー・サビル(Jimmy Savile)だろう。2012年に長年、少女たちに性加害を繰り返していたことが明るみに出て、BBCの会長は在任わずか54日で辞任に追い込まれた。
 組織を揺るがしたスキャンダルにBBCはどう向き合ったのか。本ブログでは、メディア研究を行う立場からBBCで行われた検証とその後の対応を2回にわたって紹介したあと、隣国フランスにおける性虐待や青少年保護に関するメディアの議論も紹介したいⅰ)。こうした議論は、これから長い歳月をかけてジャニー喜多川氏の性加害がつきつけた問題に向き合うことになる日本にも参考になるだろう。

 第1回は、サビル事件の発覚と、その直後のBBCの対応について紹介する。

【サビル氏と性加害】
 2011年10月に84歳で死亡した元司会者・タレントのジミー・サビル氏。 ブロンドの長髪に、色つきのサングラスや派手なアクセサリーで着飾り葉巻をくわえるその姿は、"エキセントリック"であることをよしとするイギリス人からしても、かなり奇抜である。DJとして頭角を現すとテレビ番組の司会者に登用され、陽気で人なつっこいキャラクターでお茶の間の人気者になる。子どもの夢をかなえるBBCの番組「Jim'll Fix It」(ジムにおまかせ)や、歌謡番組「Top of the Pops」(トップ・オフ・ザ・ポップス)の司会を長年務めるとともに、病院などでの慈善活動にも熱心に取り組んだ。当時のサッチャー首相やチャールズ皇太子、ダイアナ元皇太子妃などと交流を深め、1990年にはナイトの爵位を授与されるⅱ)

bbcweb_1.pngジミー・サビルの死去を伝えるBBC(BBCニュースのホームページより)

サビル氏死去1年後の2012年10月3日、商業放送ITVは、「Exposure: The Other Side of Jimmy Savile」という性加害を告発する番組を放送する。この番組の取材協力者は、実は、2011年からサビル氏の性加害について調査を開始したBBCの報道番組「Newsnight」(ニュースナイト)にも協力していた。しかしBBCは、放送予定日直前になって、なぜか番組の放送の取りやめを決める。このためITVにネタを持ち込んだのだった。

ITVの放送前に、BBCが同じテーマの取材に着手していながら、放送を見送ったことが明らかになり、メディアは追及を始める。BBCの記者が「上からの圧力があった」ことを示唆したことから、BBCはクリスマスに予定されていたサビル氏の追悼番組に配慮し、疑惑を告発する番組をボツにしたのではないかとの疑念を向けられることになる。

【BBCの対応】
 BBCの「ニュースナイト」のエディター(編集責任者)は、ブログで、放送見送りは「編集上の理由」で「隠蔽の事実はない」と説明したが、のちにBBCの関与などについて、ブログの内容に3か所の誤りがあることがわかり、傷を深める結果となった。2012年9月に就任したばかりのジョージ・エントウィッスル(George Entwistle)会長の対応も後手に回った。ITVの番組放送を受け、警察が捜査Operation Yewtreeに乗り出してから3日後の10月12日、第三者による検証を始めると発表した。

事件を受けてのBBCの動きjikeiretu.jpg

 第三者による検証は2つ

①「ニュースナイト」の放送見送りの経緯と、問題発覚後のBBCの対応を検証。24時間ニュースチャンネル「スカイニュース」のトップだったニック・ポラード(Nick Pollard)氏が率いた。
② なぜ、サビル氏の行為が明るみに出なかったのか、同氏が活動していた当時のBBCの組織文化などを検証。控訴院の元判事ジャネット・スミス(Dame Janet Smith)氏が率いた。

しかし、11月上旬にはニュースナイトは新たな性加害の疑惑について番組を立ち上げたものの、誤報を出してしまう。エントウィッスル会長は、自局のラジオ番組で、ベテランキャスターのジョン・ハンフリーズの追及を前に、問題の番組を見ておらず、関連記事も目を通していなかったことを認め、その日の夜に辞任を発表した。

bbc.exterior_3_W_edited.jpgBBC外観

【第三者による検証「ポラード報告」】
第1の調査を指揮したポラード氏は9週間で作業を終え、2012年12月19日に「Pollard Review」(ポラード報告)ⅲ)を発表した。
 報告書の本文は185ページ。付録として公開された資料を含めると約1000ページに上る。
 目を引いたのは、その資料の分量である。ポラード氏は、関係者に、サビル氏の死去後1年間のメールやメモ、インタビューの起こし、スケジュールなどの資料をすべて提出するよう命じた。同時にBBCのシステム上に記録されている3万点の文書を集め、それをキーワード検索で1万点に絞り込み、弁護士事務所と一緒に分析した。その上で関係者19人から聞き取りを行い、誰がいつ、どのようなやりとりをしたのかを、浮かび上がらせている。
 対象者の中には、調査後、BBCを去った者も少なくなく、当事者にはつらい作業だったのは想像に難くない。それでもどのような根拠を元に、どのようなプロセスを経て、その結論に至ったのかをつまびらかにしなければ、かえって疑念を深めかねないし、最悪、陰謀論がつけいる隙を作ることになってしまう。会長のメールまで含まれる資料の数々から、そんなポラード氏の決意が読み取れるようである。

pollard.review_2_W_edited.jpg2012年12月に公表された「ポラード報告」

「ポラード報告」の結論は:

① サビル氏の性加害についての放送見送りに組織的な圧力はない
② 問題が発覚した後の対応には問題が多く、BBCの幹部の指導力不足は深刻

①の番組の放送を取りやめについては、編集判断のミスだが、上層部からの圧力ではなく、編集責任者がみずから判断して決めたことだと結論づけたⅳ)。報告書では、番組の取材の過程で、サビル氏の行為について警察が過去に調べたものの、証拠不十分だとして捜査が中止されていたことがわかり、その点に編集責任者がこだわり、放送見送りに傾いていった様子が描かれている。

サビル氏についての記者の取材は正しかった。番組にも正しい証拠を示していた。 番組が放送されていればITVより1年も早く、この事実を伝えられたのだ“ “編集責任者が、なぜ調査の中核をなすインタビューを見ず、メモも読まなかったのか理解できない“ “編集責任者は、私の聞き取りに対し、放送中止を決めた時点でも、60-70%以上、証言は正しいだろうと思っていたと述べている。彼は「自己検閲」に陥ってしまったというのだ”ⅴ)

②のBBCの対応についてはさらに手厳しい。
“最も懸念されるのは、調査報道の放送を見送ったことでなく、その後の事態にまったく対応できていないことだ/リーダーシップと秩序が完全に欠如している”“基本的な事実を確立するための重要な情報さえ、共有されていなかった/硬直した組織のルートに固執し、階層を飛び越えることをためらう一方で、多くの部局のさまざまな人が断片的な情報を流し、BBCの公式見解を修正しようとしていた”ⅵ)

 報告書が挙げた具体例としては、▼「Managed Risk Programmes List」(MRPL)の機能が生かされていないことがある。MRPLは、訴訟のリスクや安全の懸念があること、政治的に慎重に扱うべき事柄や著名人が関わる番組などを事前にリスト化して、関係部局に周知し、必要があれば、トップまで報告が行くように担保するシステムである。
 サビル氏の告発番組は、一時、このリストに掲載されたものの、その後、報道局が取り下げている。ポラード氏は、「内容が衝撃的すぎるので、リストで公にするのではなく、必要に応じて、報道局長が会長に進言する方がよいと考えたのだろう」と指摘し、「もしMRPLに掲載されていれば、その後の事態を防げたかもしれないし、少なくとも、BBCの幹部の間の適切な情報交換につながっただろう」と指摘しているⅶ)

 また、報告書は▼幹部の間の情報共有や連携の悪さをいくつもの事例を挙げながら批判している。例えば、サビル氏について調べていた「ニュースナイト」を管轄する報道局長が、追悼番組を管轄する番組部長に、サビル氏関連の取材をしていると打ち明けた時のこと。ある授賞式の昼食時に、報道局長が「親切心」から番組部長に話をしたが、報告書は「これほど重要な情報をランチの席上で、さらりと共有するのは適切でなく」番組について議論する機会を逃したと指摘。一方で番組部長も番組の詳しい内容を尋ねることもしなければ、「その後、問い合わせもしていないことにも驚きを隠せない」と、主要幹部の危機意識、当事者意識の薄さを批判している。

 さらに証拠として集めたメールの中には衝撃的な内容もあった。
 音楽やイベント関連部局の幹部がサビル氏の追悼番組についてやりとりしたメールには、「ジムの闇の顔(dark side)を考えると死去してすぐに、正直な番組を作るのは不可能だ」「訃報を用意しなかったのは、闇の部分があるからだと思うが、(サビル氏には)言及するのが難しい一面もあるから、テレビでのキャリアだけに焦点を当てるのがいいだろう」ⅷ)などと書かれている。サビル氏の性加害を指すと思われる「闇」という言葉から、少なくとも一部の幹部職員の間で、サビル氏の言動についてのうわさが広がっていたことがうかがえる。

 ただ 「ポラード報告」では、サビル氏の闇」については、さらなる調査は行わず、BBCが組織として認識していたかについては2016年の「ジャネット報告」を待つことになる。

【BBCの取り組み 「Respect at Work Review」】
 「ポラード報告」が発表された約1か月後、警察もOperation Yewtreeの捜査結果を「Giving Victims a Voice」という報告書にまとめたⅸ)。サビル氏に関連して約450人が被害を申告し、このうち18歳以下の未成年は73%に上ると発表し、検察当局は被害者に謝罪したⅹ)
 BBCも、人権・差別、労働法に詳しい弁護士のもとで対策を検討し、2013年5月、報告書「Respect at Work Review」を発表したⅺ)。すでにサビル氏が働いていた当時の組織の課題について第三者による検証が始まっていたが、過去だけでなく、現在の組織文化も点検し、再発防止につなげようという意図である。
 調査では、BBCの職員やフリーランス、元職員など900人超から聞き取りを行い、セクハラの件数は少ないものの、いじめや不適切な言動があるとの課題が浮かび上がった。これを受けて▼BBCで働く職員やフリーランスに基本的な研修を実施すること、▼いじめ・ハラスメント規則を見直すこと、▼管理職への支援を拡大し、幹部によるメンター制を導入すること、▼職場の評価を見直し、年に1度の職場環境調査を四半期に1度に増やすことや、退職する職員から聞き取りを行うこと、などの提言を打ち出しているⅻ)

 BBCの屋台骨を揺さぶったと言われるサビル事件xiii)。傷ついた信頼を取り戻そうとBBCは、現在に至るまで、さまざまな対策を打ち出しているが、その後も性的スキャンダルの根絶には至っていない。シリーズ第2回では、第三者による2つ目の検証結果と、その後、BBCがたどった道筋を紹介する。


ⅰ)ジミー・サビルは、慈善活動を行っていた病院でも性加害を働いていたことが明らかになっているが、本ブログでは、メディアの対応の課題を浮き彫りにするという観点から、BBCの対応に絞って紹介する。

ⅱ)BBCでは、サビル氏が登場する番組の使用は、被害者の気持ちに配慮して編集するなどしていて、2023年のサビル氏のドキュメンタリーの放送でも議論が起きた。

ⅲ)The Pollard Review, 2012 年12月18日
https://www.bbc.co.uk/bbctrust/our_work/editorial_standards/pollard_review.html

ⅳ)前掲注ⅲ)p29

ⅴ)同上p31

ⅵ)同上p22-23

ⅶ)同上p27

ⅷ)同上p32

ⅸ)David Gray, Peter Watt, ‘Giving Victims a Voice- Joint report into sexual allegations made against Jimmy Savile’ 2013年1月
https://library.nspcc.org.uk/HeritageScripts/Hapi.dll/search2?searchTerm0=C4334

ⅹ)Operation Yewtreeは2015まで、サビル氏以外の人物による性加害も含めた捜査を続け、その後はOperation Winterと改名し、著名人や公職者などによる性加害の捜査を続けた。

ⅺ)Respect at Work Review 
https://downloads.bbc.co.uk/aboutthebbc/insidethebbc/howwework/reports/bbcreport_dinahrose_respectatwork.pdf

ⅻ)前掲注ⅹ) p11-13

xiii)同上p3

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【税所 玲子】
1994年入局、新潟局、国際部、ロンドン支局、国際放送局などを経て2020年7月から放送文化研究所。

ヨーロッパを中心にメディアやジャーナリズムの調査に従事。

メディアの動き 2023年11月17日 (金)

【メディアの動き】群馬テレビ,経営と労組が対立,地域放送の公共的使命をめぐり

 群馬県唯一の民放で独立局である群馬テレビ(前橋市)の労働組合は10月18日,県労働委員会に救済の申し立てを行った。武井和夫社長による過度な人事異動などを不当労働行為だとして,改善を求めている。

 また,交渉の中で,社長が経費削減を理由に,複数の自治体を名指しして「スポンサーでない自治体に取材に行く必要はない」,ニュース取材は「NHK前橋に行ってもらえばいい」という趣旨の発言をしたとして,これらの発言は放送の公共的使命を定めた放送法や,民放連の放送基準に抵触すると訴えている。

 これに対して群馬テレビは,「これまで誠意を持って十分な説明をしてきたと考えている」などとコメントしている。

 取材は不要だとされた自治体の1つ,渋川市の髙木勉市長は,同月23日の定例会見で「発言が事実であれば極めて残念で問題である」と発言。また,群馬テレビの筆頭株主である群馬県の山本一太知事は,同月19日の定例会見で,社長の発言を重く受け止め,県が事実関係の調査を行う意向を示した。

 筆者の取材に対し,労働組合の前島将男委員長は,「地域の報道は民放とNHKが担っていくべきで,経営にはその役割と責任を自覚してほしい」と話す。

 地方経済の低迷が続く中,地域民放は経営の維持と公共的使命の遂行をどう両立させていくのか。報道機関として,スポンサーや株主とどう距離をとっていくのか。今回の対立が,群馬テレビ自身の社内体制を検証する契機となるのかに注目していきたい。

メディアの動き 2023年11月17日 (金)

【メディアの動き】鳥島近海の地震,津波観測後に「後追い」で注意報

 10月9日午前5時25分ごろ,東京・伊豆諸島の鳥島近海で地震が発生。気象庁は,午前6時40分に伊豆諸島と小笠原諸島に津波注意報を発表し,各メディアも速報で伝えた。その後,7時44分に高知県,51分に千葉県九十九里・外房と千葉県内房,8時24分に宮崎県,鹿児島県東部,種子島・屋久島地方,奄美群島・トカラ列島にも発表した。ただ,実際には,一部の予報区を除き,注意報の発表基準である20センチ以上の津波が観測されてから出した,いわば「後追い注意報」だった。津波注意報は通常,津波の原因となる地震の震源や,地震の規模を示すマグニチュード(以下,M)をもとに地震発生から約3分を目標に発表される。しかし気象庁は,今回は地震波が不明瞭で詳しい震源やMが決まらず注意報の発表が遅れたと,9日の記者会見などで説明した。筆者の取材に対し気象庁は,国内で起きた地震で詳しい震源やMが決まらなかったのは,現行の津波予報の態勢が始まった1990年代以降,初めてだとしている。

 一方,11日に開かれた政府の地震調査委員会で,鳥島近海ではこれまでにもMが小さく通常は津波を伴わない規模の地震で複数回,津波が発生していることも指摘された。気象庁によると直近では2015年5月3日に起きたM5.9の地震で,このときも八丈島に津波が到達したあとに伊豆諸島などに津波注意報が発表された。

 気象庁は,「鳥島近海で地震が起きた場合,今後も津波到達後に注意報が発表される可能性がある」としている。メディアは,これを念頭に置き,ふだんからの心がけを含め,防災への呼びかけを検討する必要がある。

メディアの動き 2023年11月17日 (金)

【メディアの動き】ジャニーズ事務所が社名変更・廃業へ民放各局の検証番組相次ぐ

 故ジャニー喜多川氏による性加害の問題で,ジャニーズ事務所が10月2日,記者会見し,同月17日付で社名を「SMILE-UP.」に変更すると発表。被害者への補償はこの会社が行い,将来的に廃業するとした。またタレントのマネージメントなどを行う新会社の設立を明らかにした。この会見をめぐっては,運営担当のコンサルティング会社が,質疑応答で指名しないようにする記者をまとめた「NGリスト」を作成していたことが後日,明らかになり,批判を浴びた。

 当面の焦点は,被害者への補償や再発防止の取り組みがどこまで実行されるかにある。NHKはこうした取り組みが着実に実施されると確認されるまで,『紅白歌合戦』を含めた新規の出演依頼は行わない方針を明らかにしている。民放各局も「適切に判断する」などとして,対応を慎重に見極める構えだ。

 その一方で,メディア自身の責任も免れない。今回の性加害問題では,被害拡大の背景に「マスメディアの沈黙」があると指摘された。9月のNHK『クローズアップ現代』に続き,10月に入ると民放各局の検証番組が相次いだ。日本テレビは同月4日の『news every.』,フジテレビは21日の『週刊フジテレビ批評特別版』,テレビ東京は26日の『特別番組』で,いずれも社内調査の結果を伝えた。またTBSの『報道特集』は7日,関係者への独自の取材をもとに自社の対応を検証した。社内調査や取材の対象になったのはフジテレビで77人,テレビ東京で134人,『報道特集』で80人以上にのぼった。

 この中でまず問われたのは,報道機関としての姿勢である。1999年に始まった『週刊文春』のキャンペーン報道をめぐり裁判結果を報じなかったことや,今年(2023年)3月にイギリスBBCのドキュメンタリー番組が放送されたあとも迅速に対応しなかったことについて,「男性の性被害に対する認識が鈍かった」「芸能ネタ,週刊誌ネタだと思っていた」など,報道局の反省の弁が伝えられた。検証のもう1つの柱は旧ジャニーズ事務所と各局との関係である。日ごろ事務所側と直接向き合ってきた番組制作・編成部門への調査・取材では,一部の社員から,事務所側の圧力や自局の忖度(そんたく)を感じていたという証言が出たことが伝えられた。これを受け,番組では「社内でジャニーズを特別扱いする空気が20年以上にわたって醸成された」(日本テレビ),「必要以上に気を遣う意識が根づいていた」(フジテレビ)との認識が示された。『報道特集』は,テレビ局自身が報道とエンターテインメントの両方を担っていることが大きな矛盾になっているという,制作担当者の声を報じた。

 一連の検証番組はいずれも社内の調査・取材にとどまっているのが現状だ。その一方で,性加害の深刻な被害を訴える新たな証言も報道されている。NHKは10月9日の『ニュース7』で,2002年秋に当時高校生の男性が東京・渋谷のNHK放送センター内のトイレで,ジャニー氏から複数回にわたり性被害に遭ったと証言していることを伝えた。局によって濃淡はあるにせよ,実態の解明がまだ緒についたばかりであることを端的に示すものといえる。こうした中,TBSは番組での検証とは別に,外部の弁護士を交え中立的で第三者的な立場から評価する社内調査を実施すると明らかにした。重大な人権侵害を長年見過ごし,結果的に被害を拡大させたメディアの責任が引き続き問われている。

メディアの動き 2023年11月16日 (木)

【メディアの動き】オーストリア憲法裁判所,公共放送の監督機関の委員の選任方法に違憲判決

 オーストリア憲法裁判所は10月10日,公共放送ORFの2つの内部監督機関である財団評議会と視聴者評議会の委員の選任方式を定めたORF法の条項について,連邦政府の影響力が大きすぎ,公共放送の独立性と多元性の保障を定めた憲法に違反するとの判決を出したと発表した。2022年6月に東部ブルゲンラント州が,同条項が違憲だとして提訴していた。

 財団評議会は,ORFの予算と決算の承認,会長の任命,受信料額の決定などを行う監督機関。35人の委員で構成され,このうち連邦政府が9人,9つの州政府が各1人,国会に議席を持つ政党が6人,視聴者評議会が6人,ORF職員総会が5人を選任する。憲法裁判所は,連邦政府と視聴者評議会が選任する分について多元性を確保する規定がないこと,また連邦政府が選任する数が,政府から独立した視聴者評議会より多いことが,独立性と多元性保障の原則に反するとした。

 視聴者評議会は,視聴者を代表し,ORFの番組や編成について勧告を行う機関。30人の委員からなり,このうち13人を,商工会議所,労働組合,教会など法定の13団体が直接選任する。残りの17人は,教育,芸術,スポーツなど14分野の団体が3人ずつ候補者を政府に提出し,その中から連邦首相または担当大臣が任命する。憲法裁判所は,首相が任命する人数が13団体が直接選任する数より多いこと,また首相の裁量の余地が大きいことが,独立性と多元性保障の原則に反するとした。

 同裁判所は,2025年3月末までにORF法を改正することを求めた。

メディアの動き 2023年11月16日 (木)

【メディアの動き】豪ABC,放送前の素材映像の提出を警察から命じられる

 オーストラリアの公共放送ABCが10月9日に報道番組で放送した環境団体の抗議活動をめぐって,西オーストラリア(WA)州警察がABCに対し,放送前に素材映像を提出するよう命じていたことがわかった。ABCは命令に応じておらず,今後,法的措置に発展する可能性がある。

 WA州では,天然ガス施設の拡張をめぐり,気候変動などへの懸念から環境団体の活動家による抗議活動が激化している。8月には,開発側企業の最高経営責任者の自宅前にいた活動家らが逮捕された。こうした中,ABCの調査報道番組『Four Corners』の取材班は,環境団体の活動を撮影したが,その際,活動家に対し,匿名性を保障する旨を伝えていた。

 ABCのアンダーソン会長は10月6日,州警察に対し情報源を明かさないとの説明を行ったものの,今後も素材映像の提出はしないという明確な方針は示さなかった。

 メディア業界の労働組合MEAAは,警察による今回の命令が情報源の機密性を侵害するとして,10月9日,ABCの経営陣に請願書を提出し,州警察の命令に応じないよう求めた。また,国際ジャーナリスト連盟(IFJ)は10月12日,州警察に対し,命令の撤回を求めた。

 州警察は,10月10日に発表した声明で,命令の対象となった映像は犯罪の容疑に関連しており,合理的な理由がなく命令に従わない場合,12か月以下の禁錮刑および1万2,000オーストラリアドル(約117万円)以下の罰金が科される可能性があると表明した。

メディアの動き 2023年11月16日 (木)

【メディアの動き】イスラエル・ハマス軍事衝突,困難な中で報道続く,課題も浮き彫りに

 中東パレスチナのガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスは10月7日,イスラエルへの大規模な攻撃を行い,これに対する報復としてイスラエル軍は,ガザ地区への水や食料,燃料の供給を断ったうえで,陸空から大規模な軍事行動に踏み切った。10月31日までに,イスラエル側で少なくとも1,400人が死亡,パレスチナでは3,500人を超える子どもを含む8,525人が死亡した。ジャーナリストの死者も増える中,公平性など報道の課題も議論になっている。

 ニューヨークに本部を置くCPJ(ジャーナリスト保護委員会)によると,10月31日までにジャーナリスト31人が死亡した。このうちイスラエル人が4人,パレスチナ人が26人,レバノン人が1人となっている。また8人がけがをし,9人が行方不明となっている。

 イスラエルに封鎖され,往来が厳しく制限されてきたガザでは,以前から日々の取材の多くをパレスチナ人のジャーナリストが担ってきた。NHKガザ事務所でもプロデューサーのムハンマド・シェハダとカメラマンのサラーム・アブタホンが家族の避難場所を探したり,食料を求めたりしながら,現地の状況を取材し続けている。ロイター通信は10月27日,イスラエル軍がハマスは意図的にジャーナリストや市民の周辺で軍事行動を展開しているとし,こうした中でジャーナリストの安全を保証することはできないとの警告文を同社に送ってきたと伝えた。

 CPJは,死亡した1人1人の履歴を紹介しながら,「ジャーナリストは紛争を報じるという大切な仕事をしている一般市民であり,紛争当事者から攻撃の対象になってはならない」と,増え続ける犠牲に懸念を示している。

 イスラエル,ハマス双方が情報戦を繰り広げる中,正確性や公平性についての議論も起きている。10月17日,ガザの住民が避難先として身を寄せていた病院で,数百人が死亡した爆発では,発生直後,イギリスの公共放送BBCやNew York Timesなど複数のメディアが,イスラエルによる攻撃を示唆した。アメリカ政府などがガザから発射されたミサイルの可能性を示すと,各メディアはハマスの情報に頼り十分な検証をしなかったなどと認め修正した。各社とも現場の映像などをもとに検証を続けているが,最終的な事実の確定には至っていない。

 また,アメリカのAP通信やBBCは,編集ガイドラインの中で,政治的な意味合いを持つ「テロリスト」という言葉は,発言を引用する場合を除いて使用せず,「武装勢力」と形容していたが,イギリスでは閣僚などから批判が相次いだ。一方,ハマスの攻撃だけを「大量虐殺」と形容し,イスラエル軍による市民の犠牲とのバランスを欠くなどの不満も出て,BBCの正面玄関に赤いペンキが投げられる事件も起きた。

 ソーシャルメディアでも,過去の映像やAIで合成した画像を使った偽情報が拡散された。また多くの国でテロ組織に指定されているハマス関連のコンテンツが投稿されていることも問題視された。2023年8月,大手プラットフォームに偽情報やヘイトスピーチを監視し,削除する責任を課すデジタルサービス法が発効したEU(ヨーロッパ連合)は,10月10日から13日にかけX(旧Twitter),Meta,TikTok,YouTubeに違法コンテンツの削除など対策をとるよう警告文を送った。MetaもXも,対応をとったと説明したが,その後も誤情報,偽情報の拡散は続いている。 

メディアの動き 2023年10月17日 (火)

【メディアの動き】『1. 5℃の約束』,NHK 民放6局連動で放送,メディア自身の温暖化対策も紹介

 地球温暖化対策を考える番組『1.5℃の約束–いますぐ動こう,気温上昇を止めるために。(以下,1.5℃の約束)』が9月24日,NHK総合で放送された。NHKと民放のあわせて6局のアナウンサーが参加し,「地球沸騰化」といわれるほどの熱波や,山火事・洪水など地球温暖化の影響による被害が世界で相次いでいる現状,それに日本各地で行われている温室効果ガスの排出削減といった取り組みが紹介された。

 この番組は,2021年の「COP26」で「世界の平均気温の上昇を産業革命前と比べて1.5℃に抑える」という新たな決意を世界各国が表明したことをきっかけに,2022年から国連と日本のメディアが共同で始めた同名のキャンペーンの一環で,昨年に続き2回目の放送である。今年のキャンペーンには150を超える国内のメディアが参加しており,番組やウェブサイトなどで気温上昇を抑えるための対策などを視聴者や読者に伝えた。また,キャンペーンではメディア自身が地球温暖化対策を実践することを視野に入れている。こうした事業者が対策に取り組む「環境経営」は,他業種では積極的に導入されている。このため番組では,TBSのニュース番組『Nスタ』で2022年5月から原稿や進行表をタブレットに変えペーパーレス化を進めたことや,『1.5℃の約束』のセットの一部は廃棄物をリサイクルして作ったことなどが紹介された。

 地球温暖化の影響が深刻さを増す中,メディアには,これまでの「対策を伝える」役割だけでなく,「自ら積極的に排出削減に取り組む」という環境経営の推進がいっそう求められる。

メディアの動き 2023年10月17日 (火)

【メディアの動き】ニュース記事の使用料,著しく低い場合は独禁法違反のおそれと公取が指摘

 インターネット上でニュースをまとめて表示するポータルサイトやアプリの運営事業者に対して,記事を提供している新聞社などのメディアから,使用料をめぐる不満の声があがっている。このため公正取引委員会は,メディア220社と消費者2,000人のアンケート,事業者や有識者への聞き取りなどをもとに取引実態を調査し,9月21日,報告書を公表した。

 それによると,2021年度に支払われた使用料の単価は運営事業者によって5倍程度の開きがあり,一方的に著しく低い単価を設定した場合は,独占禁止法違反のおそれがあると指摘した。特におよそ6割のメディアが,使用料の支払額が最も多い事業者として挙げたヤフーについては,「ニュースメディア事業者との関係で優越的地位にある可能性がある」と言及した。

 これを受けてヤフーは25日,メディア事業者に対して契約内容について丁寧に説明するとともに,配信の実績に応じた契約の見直しなどを検討していくなどと発表した。

 記事使用料をめぐる論争は海外でも広がっており,カナダでは2023年6月,ポータルサイトなどを運営しているプラットフォーム事業者に対して,ニュース記事の掲載で得た利益の一部を報道機関に分配することを事実上義務づける法律が成立した。カナダ政府は,民主主義に不可欠なニュースメディアの存続のために必要だとしているが,Meta社はカナダでの自社サービスではニュースを閲覧させないようにすると発表するなどの動きが出ている。

 メディアとプラットフォームが共存する新たな仕組みが確立されるかが注目される。

メディアの動き 2023年10月17日 (火)

【メディアの動き】"メディア王"マードック会長引退発表

 アメリカのFOX Newsなどの親会社Fox CorporationとWall Street Journalなどを傘下に持つNews Corporationは9月21日,ルパート・マードック氏(92歳)が11月に会長職を退いて名誉会長となり,長男ラックラン氏が会長に就任すると発表した。英米豪3か国にまたがる同氏の事業の行方に関心が集まっている。

 オーストラリア出身のマードック氏は,父親の急死により1952年に南部アデレードの地方紙を引き継いだあと,経営手腕を発揮して新聞事業を拡大し,同国初の全国紙を創設する一方,テレビ事業にも乗り出した。1969年にはイギリスに進出して大衆紙News of the World(NoW)やSUN,さらには高級紙Timesを買収し,衛星放送にも出資して“メディア王”とも呼ばれるようになった。1980年代には映画事業も取得してアメリカに進出し,90年代にかけて地上テレビネットワークのFOX,スポーツのFOX Sports,ケーブルチャンネルのFOX Newsなどを立ち上げた。

 同氏は衆目を集めるビジネス戦略に長け,NoWやSUNでは芸能人の醜聞,性や暴力に関わる話を煽情的な見出しで伝え,スポーツや戦争報道では愛国心をあおる立場を強調して販売数を伸ばし,1つの文化を成したとも評される。取材では手段を選ばず倫理を顧みない姿勢が目立ち,NoWは王族など著名人や犯罪被害者の携帯電話の留守録を盗聴していた違法行為が発覚して,2011年に廃刊に追い込まれた。

 マードック氏は各紙の論調などにも関与し,その世論誘導の力を政治家に恐れられ,オーストラリアの歴代首相,サッチャー,ブレアなどイギリスの歴代首相とも密接な関係を築き,両国政界への影響力を誇った。EU離脱を問う2016年の英国民投票では,最大部数のSUNを中心にEUを批判するキャンペーンを展開し,離脱の世論形成を後押しした。

 アメリカではFOX Newsのトーク番組に,社会の価値観や宗教観の変化,格差の拡大に不安を抱く人たちの恐れや怒りをあおる右派ラジオのビジネスモデルを採用。視聴者数でCNNやMSNBCを超えるチャンネルに成長させた。

 これらのトーク番組は新型コロナウイルスのワクチンや気候変動,銃規制,人種差別,移民の問題などで根拠を欠く主張を展開する保守派に寄り添い,2020年のアメリカ大統領選挙では投票・集計機を使った不正などで結果が変えられたとするトランプ前大統領の陣営の主張を繰り返し放送。投票機器メーカーに名誉毀損で訴えられ,FOX側が7億8,750万ドル(約1,200億円)の和解金を支払った。この裁判ではマードック氏が「選挙不正」の主張は偽りだと知りながら,前大統領寄りの視聴者離れを恐れて虚偽の主張を放送し続けることを認めていたことなどが明らかになり,利益を何よりも優先する同氏の経営姿勢が浮き彫りになった。

 ジャーナリストのカーラ・スウィッシャー氏は,マードック氏のメディアが偽情報を意図的に拡散して事実への信頼を損なうなど「英米豪3か国のメディアで最も破壊的な力だった」と評価。FOX Newsの放送はアメリカ社会の分断と民主主義の危機を際立たせた2021年の連邦議会議事堂襲撃事件に影響したとの指摘もあり,70年にわたる同氏の業績には批判的な意見が多い。株主の懸念も伝えられているが,引退発表は長男の後継者としての地位確立がねらいともされ,当面,経営方針は変わらないとの見方が強い。