2017年10月06日 (金)がんになっても...


※2017年9月7日にNHK News Up に掲載されました。

去年の秋、大学病院の診察室。パソコンの画面で検査結果を見ていた医師が、私に“がん”だと伝えました。その時、一番に考えたのは、「自分の肩書きを“がん患者”にしたくない」でした。そういう思いを抱いていたのは私だけではありませんでした。

ネットワーク報道部記者 宮脇麻樹

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gan170907.2.jpg小児がんを経験・榮島四郎くん(10) 「小児がんを知ってほしい。そして変な風に思わないで」
8月、東京・日本橋で「LIVING WITH CANCER」という撮影会が行われました。モデルになったのはおよそ60人。化粧品メーカーがヘアメイクを担当し、フォトグラファーが撮影した写真に、その人が熱中していることを書いてポスターにします。モデルはがん患者やがんの経験者です。

gan170907.3.jpg月村さん(左)と御園生さん(右)
このプロジェクトを企画したのは、会社員の御園生泰明さんと、その上司の月村寛之さん。御園生さんは2年前、38歳の時に「ステージ3B」の肺腺がんと診断されました。当時はがんに対する正しい知識がなく、社会の偏見からやりがいを感じているいまの仕事ができなくなるのではないかと不安に襲われました。


<オープンにしよう>
これからどうしたらいいのか、悩みながら上司の月村さんに報告すると、「オープンにしよう」と言われました。

gan170907.4.jpg月村さんが作ったステッカー “FIGHT TOGETHER”と入れた
月村さんは、御園生さんの写真とともに「FIGHT TOGETHER」と書いたステッカーを作って自分のパソコンに貼りました。
すると周りから、「それ、何ですか?」と聞かれるようになり、自然に御園生さんのことを伝えていきました。文字通り、一緒に闘おう、応援しようという輪が職場に広がりました。


<哀れみの目で見られる違和感>
一方、御園生さんは、“がん”になったと言うと、哀れみの目で見られることに、違和感を感じるようになりました。御園生さん自身は仕事を続け、未来に向かって生きているのに、世間ではがんになると死に向かっているように思われていることが多いと感じました。そこで月村さんと撮影会のプロジェクトを考えたのです。
「がんになったら終わりじゃない。イキイキと暮らしている人の写真を発信することで、これまでと変わりなく自分らしく生きていけるという社会の風土を作りたい」
2人はプロジェクトに込めた思いをこう話しました。


<30分だけ泣いて>

gan170907.5.jpgシモーネさん
会場で、透き通るような白い肌に、金髪のウィッグと白いドレス姿のひときわ目を引く女性がいました。仕事をしながら、「シモーネ」という名前で歌を歌っていて、その衣装で撮影したいと持ってきたのだといいます。
「肌が透き通るように白くてきれいですね」と言うと、「実は、治療で使った薬の影響で色が抜けてしまったんです。でも、それも楽しんでいます」と答えてくれました。シモーネさんは、2年前、がんの中でも珍しい「子宮平滑筋肉腫」と診断されました。調べると次々と厳しいデータが目に入りました。
「嫌だ、死にたくない、歌いたい」
その晩、ベッドの中で30分だけ泣きました。そして“生きる”と決めました。


<事実が同じなら>
シモーネさんは治療をしながら仕事をして歌を歌って、日々を大切に暮らしています。
「事実が同じなら、同じ時間を過ごすなら、楽しく幸せに過ごしたい」
撮影会のコンセプトを読んで「自分ががんになってから考えていたことと同じだ!」と参加を決めました。
恐怖や不安がないわけではありません。去年の秋に再発し、再び手術をしましたが、「1日遅かったら間に合わなかったかもしれない」と医師から言われました。その後、わずか40日で再発。一時、効果があった薬も効きにくくなってきているそうです。
「ちょっとお腹が痛くなっただけで、再発したのかと思うし、常に不安はあります。だからこそ、普通に電車に乗って仕事に行く、朝起きて、朝日を浴びて小鳥のさえずりを聞く、そうしたなんでもない一瞬一瞬がとても幸せなんです」と笑顔で話していました。

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<新たに行動始めた人も>
新たな目標を持ち、行動に移した人もいます。
デザイナーの中島ナオさん(35)は、31歳の時に「ステージ3C」の乳がんと診断された中で、デザイン教育を学ぶ大学院に進むことを決めました。
患者どうしで話をすると後悔や不満が口に出ることがありますが、「がんになったこと以上に、さらに苦しさを背負い込む必要はない」と考え、病気との向き合い方の大切さを感じたといいます。自分の仕事のデザインも「なかなか解決できない問題に向き合う」という点でがんと似ている。デザインの考え方をがんとの向き合い方に生かせるのではないかと、学び直すことにしたのです。

gan170907.7.jpg中島ナオさん
中島さんは治療をしながら大学院に通っていましたが、去年、転移がわかり「ステージ4」になりました。以前、抗がん剤治療で髪の毛が抜けた時は、ウィッグを使っていましたが、不快感や経済的負担だけでなく「髪の毛がないことを隠し、偽っている感じ」が嫌でした。しかも今回は、いつ治療が終わるかわからず、今後、ずっと髪の毛がない状態かもしれないのです。そこで、「ヘッドウェア」という、オシャレでボリュームのあるかぶり物の制作を始めました。ことし5月から作り始め、自分で使うだけでなく、展示や販売も目指しています。
中島さんは、「転移がわかって、叶えたいことがはっきりした。デザインで学んだことを生かして、『がんになっても、大丈夫』と言える社会にしていきたい」と話していました。


<私はこうありたい>
取材にいった2日間、撮影会場は笑顔と笑い声が絶えませんでした。シモーネさんはメイク中も、撮影中も、何度も「幸せです」と言っていました。
企画した御園生さんは、ちょうど抗がん剤の副作用がきついタイミングでしたが、言葉や表情からは力強さを感じました。もちろん、色々な考え方のがん患者がいると思います。「これが唯一のあるべき姿」ということではありません。
私自身、できればなりたくなかったし、体調が悪い時にはやりたかったこと、かなえたかったことを、あきらめざるを得ないこともあります。ちょっと体が痛いと再発したのではと思ってしまう、そうした不安が常にあります。でも、やっぱりがんになったことすらも自分の力に変えて、これまで通り、いや、これまで以上に前向きに生きていきたい。御園生さんやシモーネさんや中島さんに会って、改めてそう思い、私も写真を撮りました。

gan170907.8.jpg写真は筆者

投稿者:宮脇 麻樹 | 投稿時間:15時00分

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