2019年01月23日 (水)被災地へ 金田一耕助たちの帰還


※2018年11月30日にNHK News Up に掲載されました。

西日本豪雨で甚大な被害を受けた岡山県倉敷市真備町。そこに突如として現れたのは、見覚えのある帽子にぼさぼさ頭。皆さんご存じ、名探偵・金田一耕助です。それも大勢の…。被災地でコスプレとはけしからん?いえいえ、大勢の名探偵が訪れたのには理由があったのです。

岡山放送局記者 佐々真梨恵
ネットワーク報道部記者 高橋大地

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<真備町で生まれた名探偵>
真備町が「金田一耕助の聖地」や「名探偵のふるさと」と呼ばれているのをご存じですか?

his181130.2.jpgこの地は太平洋戦争末期に、ミステリー作家の横溝正史が疎開し、名探偵・金田一耕助シリーズを生み出した場所。金田一が初登場した小説「本陣殺人事件」の舞台になっていて、町内には横溝が疎開した建物が今も残されているほか、シリーズに登場する人物たちの銅像も点在しています。


<“金田一の聖地”の風物詩>
金田一は、真備町を象徴する存在。そこで、真備町では毎年11月に全国からファンが集まるイベントが行われてきました。ファンがシリーズの登場人物にふんして町を練り歩く仮装イベントです。

his181130.3.jpgよれよれの着物とはかまに帽子姿の金田一はもちろん、「犬神家の一族」の白いマスクでおなじみの「犬神佐清」や、「八つ墓村」に登場する殺人鬼「田治見要蔵」など、いかにも怪しい装いの大人たちがのどかな町を歩く風景はかなりシュールですが、毎年の風物詩となっていました。

his181130.4.jpg地元住民グループも、作品の名シーンを再現した寸劇を披露してファンをもてなしてきました。グループの中心メンバー、岡野照美さんは、9年前にイベントが初めて行われた時からこの寸劇に携わってきました。

「参加者をちょっと驚かせたいなと思って寸劇を始めたんだけど、意外と反響が大きくて。『直後に死ぬはずの登場人物が元気すぎる』とか、ファンならではの指摘もあって、演じる私たちも小説や映画を繰り返し研究したのよ」


<「ことしは無理じゃ…」>
しかし、ことしのイベントまで半年を切った7月。西日本豪雨が発生し、状況は一変。真備町を中心に倉敷市の犠牲者は災害関連死を含めて55人にのぼり、5700棟以上の住宅が浸水する甚大な被害を受けました。

岡野さんの自宅も1階部分が水につかり、イベントで使う道具を保管していた公民館も天井近くまで水が押し寄せました。寸劇に使っていた衣装や小道具は泥だらけになって使えなくなっていました。

his181130.5.jpg岡野さんは惨状を見た当時のことを、こう振り返ります。
「イベントはもうできんかも、ことしは無理じゃなと。それにメンバーはほぼ全員、被災してるんだから」
多くの住民が、ことしは開催できないと諦めていたそうです。


<立ち上がった名探偵たち>
そんな中、立ち上がったのが全国の金田一ファンでした。住民グループのメンバーがツイッターを使って募金を呼びかけたところ、ファンからぞくぞくと募金が振り込まれました。

振り込み名は、まさにファンならでは!
「金田一耕助」や「磯川警部」などおなじみのキャラクターの名前が並び、それを住民グループが公開。ネット空間で支援の輪が広がっていきます。

his181130.6.jpgこうなると募金は止まらない。「江戸川コナン」や「シャーロック・ホームズ」など、横溝作品とは別のミステリー作品の登場人物、さらには作中のセリフ「佐清その頭巾を取っておやり」「よし!わかった!」など、もはや人物ですらない振り込み名が相次ぎました。

これまでの5か月近くで集まった募金はおよそ330万円(11月30日現在)。
寄せられるファンの思いや、イベントを盛り上げて復興につなげたいという地元の声もあり、ことしもイベントは例年どおり行われることになったのです。
東京に住む赤堀友康さん。この募金に参加した1人です。
赤堀さんは1回目から毎年イベントに参加している常連で、真備町が大きな被害を受けたニュースに心を痛めていました。

his181130.7.jpgそんな時にこの募金の存在を知り、少しでも力になれればと参加しました。振り込み名は「片岡千恵蔵」。ファンにはおなじみ、初代・金田一を演じた名優で、1回目から参加してきた赤堀さんならではのこだわりが感じられます。

「地元の人たちとも顔見知りになっていたので、いつも歩く町並みがどんな状況になっているのか心配だった。募金は大喜利のような感覚で、ほかの人たちとかぶらない名前を選びました」


<住民の心の支え 風化防止にも>
イベント開催の決定を受け、地元も奮起。岡野さんたちグループのメンバーは、当日に向けた準備のために、まだ復旧工事が続く公民館に連日集まりました。

メンバーの中には自宅が全壊し、避難所や仮設住宅から駆けつけている人も。豪雨のあと自宅に戻れず、ばらばらに暮らす町の人たちにとって、イベントの準備は久々に顔を合わせ、近況や不安を語り合うことができる場にもなっていました。

his181130.8.jpg岡野さんたちは、あの日、ここで何が起きていたのか忘れないでほしいと、ファンが歩くコースに水が到達した高さを表示することにしました。

豪雨から5か月近くたった今も、多くの住民がもとの家に戻れず、夜になると町は深い闇に包まれます。全国から来てくれるファンに被災の状況を知ってもらうことで、災害の風化を防ぎたいと考えたのです。


<全国から集まった名探偵>

his181130.9.jpgそして迎えたイベント本番の日。晴天にめぐまれた真備町には、過去最多となるおよそ120人のファンが大集結。なんと、海外から訪れた人もいました。

生首や手製の武器(もちろんどちらもニセモノ)を持つ人など、仮装は実にさまざまですが、やはりいちばん多いのは金田一耕助。

ある“金田一さん”(大阪・40代男性)は、よれよれの着物の背中に「頑張ろう真備」と書いたゼッケンをつけました。

「ことしの参加者が多いのは、それだけ皆さんの真備町への思いが強かったんだと思います。われわれの姿を見て、少しでも地元の人が笑顔になってくれればうれしい」

募金した赤堀さんも、もちろん金田一の格好で参加。豪雨のあと、初めて直接見る真備町。災害の爪痕が生々しく残る道のりを歩きます。

コースには、人の背丈を大きく超える、岡野さんたち手作りの水位表示が点在。被災した住宅の横では、家の持ち主の住民が「いまは解体を待っている状況だ」と説明すると、参加者は神妙な面持ちで耳を傾けていました。


<笑顔が咲いた被災地>
一方、笑顔もあふれました。
「たたりじゃ、たたりじゃ。八つ墓大明神様はお怒りじゃ!」
「ごめんくださいませ。おりんでございます」
どこかで聞いたことのあるせりふが町に響きます。

his181130.10.jpg岡野さんたち被災した住民が披露した寸劇です。「八つ墓村」などに登場する場面を演じると、参加者から拍手と歓声がわき起こりました。

夜には、被災した公民館で交流会が開かれました。参加者はおこわや酢の物など、横溝正史が好んだというメニューを再現した弁当を囲んだあと、金田一シリーズにちなんだカルタで盛り上がりました。

his181130.11.jpgこのカルタ、コアなファンがそろっていたこともあって、絵札には本の表紙絵だけというかなりマニアックな内容なのですが、皆恐ろしい速さで札を取り合っていました。全国から集まったファンの、金田一への愛の深さを見せつけられました。


<被災地の住民と深めた絆>
会の最後、参加者からサプライズが。毎年イベントに参加している赤堀さんが中心となり、地元の人たちにプレゼントを贈ったのです。

渡したのは長期間、飾ることができるよう加工された花。地元の人たちへこれまでの感謝と、復興への応援の気持ちを込めたそうです。

his181130.12.jpg思わぬプレゼントを受け取った岡野さんは、「すてきなプレゼントをいただけてうれしい。『また来年来るよ』と言ってくれた人もいたの。応援にこたえなきゃ。復興に向けてまた頑張るぞ!」とおちゃめな表情で笑いました。

夜7時すぎ。交流会もお開きとなり、更衣室でふだん着に着替えた“金田一さんたち”が帰路につくのを、地元の住民たちが「また来られー」と笑顔で見送りました。

こうして、風変わりなイベントは幕を閉じ、被災地は再び静かな闇に包まれました。久々に活気が戻った真備町。“金田一さんたち”が被災地に駆けつけたのは、傷ついた自分たちの誕生の地、“ふるさと”を元気づけたかったからでした。復興という難題に立ち向かう住民の背中を、名探偵たちが押しています。

住民と金田一ファンがともに目指す“ふるさと”の復興は、「さあ、これからだ!」

投稿者:高橋大地 | 投稿時間:16時04分

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