2014年06月03日 (火)増える帝王切開 求められるケア


出産時に、手術で赤ちゃんを取り出す「帝王切開」が、近年、増加しています。厚生労働省によりますと、帝王切開で出産する女性の割合は、この20年で約2倍に増え、今や、ほぼ5人に1人の赤ちゃんが、帝王切開で産まれてきています。しかし、帝王切開を経験した女性たちの中には、お産によって心の傷を受けている人が少なからずいることが分かってきました。
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【帝王切開増加□背景は】
東京の昭和大学病院では、1か月に約100件の出産を取り扱っていますが、そのうち帝王切開が約4分の1に上ります。取材した日も、朝から2人の女性の帝王切開が行われました。帝王切開が増加している背景には、女性の出産年齢の上昇に伴って、分べん時間が長引いたり、医療技術の進歩で、妊娠中の検査で、母親とおなかの赤ちゃんの状態が詳しく分かるようになり、危険を伴う場合も、帝王切開で救えるケースが増えたりしていることがあります。teiou2.jpg【理想のお産ができず悩むケースも】
こうした中、帝王切開の経験が、心の傷になったという女性がいます。
さいたま市に住む30代の女性は、2年前に男の子を出産しました。出産予定日の20日前、検診を受けに行った病院で、女性は、おなかの赤ちゃんの心拍数が低下していると告げられました。そして、その日のうちに帝王切開を受けることになったのです。
女性は、家族に囲まれて温かい雰囲気の中でお産をする計画を立てていましたが、夫に直接連絡する余裕さえありませんでした。当時を振り返って、女性は、「まさか、その日に産まれるとは思っていなかったので、心の準備ができていなかった。手術は初めてで、″切る″という怖さもあった」と話しています。女性は、無事、出産しましたが、思いどおりにできなかった出産が、その後の育児にも影を落としたと言います。子どもが入院したり、何かできないことがあったりすると、女性は、「帝王切開と関係あるのではないか」と考え、自分を責めてしまったということです。
teiou5.jpg産後の心のケアに詳しい東京大学大学院の春名めぐみ准教授は「帝王切開は、自分の意思とは関係のないところで出産が進んで終わってしまう体験になる。女性たちは、挫折感、がっかりした気持ち、 ネガティブな気持ちを抱いていることが多く、周りの人が思っている以上に心が傷ついている」と説明しています。teiou6.jpg【周囲の偏見で傷つく女性も】。
さらに、周囲からの心ない言葉が女性たちを傷つけています。帝王切開についてのホームページには、″楽して産んでいいわね″、″産みの苦労を知らない″などと言われて傷ついたという言葉が並んでいます。
teiou8.jpgこのホームページを運営しているのは、さいたま市の細田恭子さんです。細田さんも、3人の娘を帝王切開で出産しましたが、お見舞いに来た友人から「産道を通っていない子は我慢強くないらしい」と言われてショックを受け、何年間も悩み続けました。
自分以外にも同じように悩んでいる人がいるのではないかと、ホームページを開いたところ、これまで500人以上から体験が寄せられました。この中には、『子どもが情緒不安定なのは帝王切開で出産したから』など、科学的に根拠のない言葉も多くあります。
細田さんは、帝王切開についての知識を広めようと、勉強会などを行っていますが、帝王切開で産む人が増える中でも、その理解はほとんど進んでいないと言います。細田さんは「女性は何時間もの陣痛に耐え、自然分べんで産み、母乳で育てるのというのが普通の流れ、″いいお産″だと思い込んでいる人たちがまだまだ多い。 帝王切開を、麻酔を借りた、痛みから逃げたお産だと思っている人たちも年配の方たちにはとても多い」と話しています。
teiou11.jpg【始まった心のケア】。
帝王切開を受けた女性をケアしようという動きも医療機関で始まっています。
三重県松阪市の済生会松阪総合病院では、2年前から、帝王切開を受けた人に対して特別なサポートを行っています。帝王切開で出産した女性にいたわりの言葉をかけ、タイミングが合えば、経験者どうしでお産を振り返ってもらうのです。
teiou12.jpg助産師の刀根奈津実さんは、気持ちを共有してもらうことで、心理的な負担を減らす効果が見込めると話しています。
2年前に帝王切開で出産し、このケアを受けた村野順子さんに話を聞くことができました。村野さんも、当初は自然分べんで出産する予定でしたが、陣痛が長引き、おなかの赤ちゃんの心拍数が低下したため、緊急の帝王切開を受けました。村野さんは、出産直後の気持ちについて「情けなくて、子どもに対して、頑張れなくてごめんという思いでいっぱいだった」と話していました。しかし、出産から3日後、同じく帝王切開を受けた母親たちと話すことで、気持ちに変化が起きたと言います。村野さんは、「お産を振り返る中で、一緒になった女性から、『産み方にこだわらず無事に出産できたことだけで十分頑張った』と言ってもらい、一つ一つの言葉に勇気づけられた。皆さんと話す前と後で、出産に対する気持ちが大きく変わり、前向きになれた」と話していました。
teiou16.jpg病院が、このケアを受けた人に行った聞き取り調査でも、「同じ状況の人に話を聞いてもらい安心できた」「育児不安の解消になった」などの声が寄せられ、効果が見え始めています。助産師の刀根奈津実さんは、「お産のことをずっと引きずってしまうと、育児に積極的になれなかったりスムーズに育児を始められなかったりする人もいるので、入院中の早い段階から自分のお産に対してプラスのイメージを持ってもらえるような、気持ちを整理してもらえるような関わりが必要になってくる」と話していました。
teiou18.jpg【求められるケア ~3つのポイント~】
帝王切開は、あらかじめリスクを排除するために、また、赤ちゃんを救うためにとられる医療行為で、女性が命をかけて行う出産です。しかし、「安産=自然分娩」という印象が強いからか、帝王切開が増えているにもかかわらず、マイナスなものだと捉えられたり、昔からの偏見がそのまま残っていたりして、女性を悩ませることも多くあるようです。専門家に取材し、気をつけたいことを3つのポイントにまとめました。

<①家族 ねぎらいの言葉を>。
出産した女性に対して、家族は、まず、“お疲れさま”“ありがとう”など、ねぎらいの言葉をかけてください。

<②医療関係者 きめ細かいフォローを>。
産後、悩んでいる女性もいることから、医療関係者には、きめ細かいフォローを、より心がけるようにしてほしい、ということでした。

<③周りの人 根拠のないことを言わない>。
多くの女性が、家族を含めた周りの人から心ない言葉をかけられ悩んでいました。出産は非常にプライベートなことなので、話す際には配慮も必要だ、ということでした。teiou20.jpg【取材後記】
去年9月に男の子を出産しました。出産は、かけがえのない、思い出深い、貴重な体験でした。しかし、多くの女性と話す中で、その“産み方”で自分を責めて悩み続けていたり、心ない言葉をかけられて悩んでいたりする女性がいることを知りました。
なぜ、“産み方”で女性が悩まなければいけないのか。リポートでも伝えましたが、帝王切開は、ほとんどのケースが、母親や赤ちゃんの命を救うため行われる大切な医療行為で、母親が悩む必要も、自分を責める必要もありません。また、彼女たちを傷つけている“心ない言葉”は根拠のないものばかりです。
出産や子育てに関する“常識”は、人によってさまざまで、その捉え方は世代によっても大きく異なります。無事に子どもが生まれたこと、育っていることを素直に喜べるように、また、母親たちを傷つける誤解や偏見がなくなるように、これからも取材を続けていきたいと思います。

 

投稿者:清有美子 | 投稿時間:08時00分

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