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2018年9月16日 / 旅の紹介 第76回 新潟・中越地方へ "木喰さん"と出会う旅

江戸時代後期の僧侶、木喰(もくじき)が全国を遊行しながら彫った仏像は、庶民に寄り添う存在でした。木喰仏が最も多く残っている新潟県の中越地方を旅します。

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小千谷市・小栗山木喰観音堂の観音像。

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※地図上には今回訪れた場所以外にも、新潟県下で木喰仏が見られる主な所在地が記してあります。

“微笑仏(みしょうぶつ)”と呼ばれる、独特の笑みをたたえた仏像。江戸後期の享保〜文化年間(1718〜1810)の僧、木喰によるものです。北海道、栃木、宮崎、山口、静岡、新潟、京都、兵庫、長野など日本全国各地を行脚する中で、一千体以上の仏像を彫りました。現在、木喰の仏像が残る地域で話を聞くと「人形代わりに子どもたちが背負って遊んだ」「出産のとき木喰さんの仏像で腹をさすって安産を祈った」「病気になると像を削って薬代わりに飲んだ」など、人々の暮らしに常に寄り添ってくれた存在であったことがわかります。

長岡市/上前島金毘羅堂

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木喰仏がある上前島(かみまえじま)金毘羅堂。この前で昔は地域の人たちが盆踊りをしたという。

長岡駅からレンタカーで15分ほど行くと田園が広がる住宅地の一角に小さなお堂があります。木喰が1802年に2度目の越後滞在をしたとき、青柳與清という方のお宅を常宿にしていて、そのご縁で彫ってもらった仏像群がお堂に残っています。金毘羅権現をはじめ計三十六体に及びます。

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中に上がらせていただく。木喰仏がずらっと並んでいる。

「大人たちが稲刈りをしている間、まだ歩けない乳飲み子は遠くにいかないよう仏様とひもで結んでお堂でハイハイ。学校帰りの子どもたちはひとり一体観音像を抱えてお堂の前の小川にドボンと飛び込み、像を浮きにして遊んだ。冬になって雪がお堂の屋根を覆ったら、自刻像(木喰自身の姿が彫られた像)をソリ代わりにして滑ったもんだ」

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金毘羅権現というと厳しい形相がイメージされるが、ここの金毘羅様はかわいらしいマスコットのよう。

現在お堂の管理をされている青柳清二さん(青柳與清の子孫)は、そう昔の様子を語ってくれました。「昔は子どもたちはみんなこのお堂に集まっていたからね」。子どもたちの遊びにつきあったおかげで仏様の顔は削られてツルツル。でもすり減った顔にも穏やかな笑みが見え隠れして、いつも子どもたちを微笑みながら見守ってくれていたことが体感できました。「たとえひとりで来ても、ここに木喰さんの仏と居ると寂しくないんだよ」

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秩父三十四観音もすっかり顔が摩耗。

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何とも言えない穏やかな表情。

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木喰仏は通常、背面に造像記が細かく書かれているが、すり減ってほぼ消えてしまっている。

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お堂の前を流れる浄土川。子どもたちが木喰仏を浮き代わりにしてこの川で遊んだ。

青柳與清は、木喰が越後を去った後も京都から兵庫まで同行して木喰の造仏を手伝ったのだそうです。兵庫の猪名川町に残る木喰仏の背中に、「加勢大工 與清」と書かれているものがあるとか。

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お堂を管理している青柳清二さんは木喰の造仏を手伝った青柳與清の子孫にあたる。

小千谷市/小栗山木喰観音堂

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山の中に小栗山木喰観音堂はある。

番組でも紹介した小栗山木喰観音堂があるのは長岡市の隣りの小千谷市。焼失した観音堂が再建された折、新たな観音像を木喰にお願いしたと言われています。結構な山あいにありますが、そこにあるのはとても大きく立派なお堂。

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小栗山木喰観音堂。

中に入ると如意輪観世音菩薩を中心に三十三体の観音像が迎えてくれます。観音像たちはさりげない笑みをたたえていて、よく見ると唇には紅がさしてあります。中心に据えられた如意輪観音は 2メートル40センチもの大きさがありますが、女性的でどことなく大きなお母さんに見守られているような気分になります。

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観音堂内部。2メートルを超す如意輪観音像を中心に三十五体の仏像が並ぶ。すべて一本のイチョウの木から彫られた。

「昔は扉も何もなかったし、ここが遊び場でした。うるさい子どもたちに 親が『観音様のところ行って遊んで来い』って(笑)。子どもも今よりもっと多かったしお堂がいっぱいになるくらいでした」

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中央が如意輪観音。右に行基菩薩像、左に大黒天像。

管理をしている方から「抱っこしてもいいですよ」と言われ、木喰仏を抱かせてもらいました。腕の中に穏やかな笑みをたたえた姿があり、何とも言えず気持ちが安らかになります。「これは私の勝手な考えですが、木喰さんはそうやって穏やかな気持ちになってもらい、健やかに育ってほしいと考えたのではないでしょうか」

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左右に三十二体の観音像が並ぶ。

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うっすらと微笑みをたたえている。

2004年に起きた中越地震のとき小千谷市は特に震度が大きく、脇の観音像は全部落っこちてしまったのだそうです。「一部は鼻が欠けたりしたのですが、それほど壊れなかったので良かったです。中央の如意輪観音だけはびくともしませんでした」。集落の宝として今後も地域で引き継いで守っていきたいと話しておられました。

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観音像の裏面。制作年月日や木喰の当時の年齢などさまざまな情報が読み取れる。

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観音堂の世話をする酒井武明さんと坂詰司朗さん。自分たちも子どもの頃にここでよく遊んだ。

長岡市/真福寺

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長岡市小国町の真福寺。山城があった跡地に建てられた。

小千谷ICから柏崎方面へ向かう途中の長岡市小国町にある真福寺。こちらは もともと越後国の大名・上杉謙信の一族が治めたとされる小国沢城があった場所の跡地の高台にありますが、その入口にあたる山門に木喰による仁王像が立っています。二体とも2メートル40センチを超す大きな像で見応えがあります。

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仁王像のうち吽(うん)像。遠くから見ても大きく見えるよう上半身が大きくつくられている。

重さも相当で阿像吽像ともに数百キロもあります。隣村の神社の神木であったケヤキの木を川に浮かべて寺のすぐ下まで運んだ後、人海戦術で地域の人々と寺まで上げたそうで、今でもその時手伝ったという方の子孫が近隣に住んでいます。一本のケヤキを上下に切り分けてつくったのがこの仁王像です。

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阿像。威嚇の表情を浮かべつつも、どこか優しさを含んでいるように見える顔立ち。

真福寺には仁王像含め四体の木喰仏があり、本堂に金毘羅大権現、観音堂に立木観音像が収められています。立木観音というのは、観音様が宿っていると考えられた木が立っている状態のまま彫った観音様のことです。木が朽ちてしまった後、像の上下で切り離して当寺に移してまつっているとのことです。

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観音堂。この中に立木観音が。

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観音堂に収められている立木観音。梨の木に直接彫られたものを当寺に移した。

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本堂にある金毘羅大権現。上前島金毘羅堂にある金毘羅像と同日につくられた。

本堂にある金毘羅大権現は上前島金毘羅堂にある金毘羅大権現と制作の日付がまったく一緒だそうです。どちらかの場所で一緒につくられ、一体は真福寺、一体は金毘羅堂に収められたのではないか、とご住職がおっしゃっていました。

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山門石段の上り口に、「木喰五行菩薩御作安置之霊場 柳宗悦書」と書かれた石碑が立つ。

柏崎市/十王堂

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十王堂。以前はお堂があったが中越地震で倒壊、現在は町内会館の一角に置かれている。

越後でもっとも木喰仏が多く残る地域は柏崎市。現在わかっているもので八十三体だそうです(長岡市七十六体、小千谷市二十八体 その他南魚沼市、佐渡市など)。伺ったのは十王堂で、木喰が彫った閻魔大王と十王尊、頻頭慮尊者坐像(びんづるそんじゃざぞう)、葬頭河婆半跏像(しょうつかばばはんかぞう)があります。もともと十王堂は室町時代創建の古い寺ですが、1803年の火災で本尊がすべて焼け、その後木喰にお願いして十二体の像をつくってもらったとのことです。昭和33年に無人寺になって以降、町の人々で管理しています。

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十王堂の閻魔大王と十王尊。迫力があるが、同時に情がありそうにも見える。

1924年に柳宗悦が来てこちらの閻魔大王のことを「特に威力の表現に於いて上人の作中傑出せるもの」と評しました。また、頻頭盧尊者像は昔から「おびんずるさん」と呼ばれて町の人たちから親しまれてきました。現在管理している十王堂木喰保存会の池嶋英明さんいわく「子どもの頃はよく親に『お前は頭が悪いんだから良くなるようにびんずるさん触ってこい』と言われたもんですよ」

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“おびんずるさん”の名前で親しまれてきた頻頭盧尊者。話をしている最中も頭をなでなで。

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柳宗悦が寄せた手紙が飾られている。

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移動中の窓からの風景。米どころ新潟だけにいたるところで稲穂が揺れている。

南魚沼市/大崎院

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八海山信仰の中心地、南魚沼市大崎(おおさき)に向かう道中の風景。

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修験道のお寺、大崎院。

柏崎市、長岡市、小千谷市に次いで越後で木喰仏の多い南魚沼市にある大崎院(だいきいん)にも寄りました。こちらは修験道のお寺。「うちは護摩を焚く習慣が昔からあるためこちらにある三体の木喰仏(不動明王、大黒天、吉祥天)は煤(すす)で真っ黒になっているんですよ」。ただよく見ると、ところどころに赤い色がかすかに見え隠れしており、本当は全体が赤かったのかもしれません。

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護摩の煤で真っ黒。右から大黒天、不動明王、吉祥天。

中越地方をあちこち巡りましたが、どこに行っても木喰仏と、またその仏様を守る地域の方たちとの出会いは素朴で温かみがありました。人々の暮らしに入り込んでいる木喰仏を楽しむ越後の旅、いかがですか? もちろん日本全国、木喰仏のある土地ではどこでも同じ喜びが味わえると思いますので、お近くの木喰仏を探す旅も良いでしょう。

インフォメーション

◎上前島金毘羅堂
新潟県長岡市上前島3-1011-1
アクセス JR信越本線「前川」駅下車徒歩約5分
※拝観の際は事前に連絡が必要。(問い合わせ 0258-23-1685 青柳氏個人宅)

◎小栗山木喰観音堂
新潟県小千谷市小栗山3467
アクセス JR上越線「小千谷」駅よりバス、「女滝」下車徒歩約30分
※毎月17日の午前8時〜午後4時頃まで開帳。それ以外の拝観は事前に連絡が必要。(問い合わせ 0258-83-3512 小千谷観光協会)

◎真福寺
新潟県長岡市小国町小国沢2421
アクセス JR各線「長岡」駅よりバス、「小国車庫」下車徒歩約20分
(問い合わせ 0258-95-2173 真福寺)

◎十王堂
新潟県柏崎市関町4-34(関町会館内)
アクセス JR信越本線「柏崎」駅下車徒歩約10分
※拝観の際は事前に連絡が必要。(問い合わせ 0257-22-3163 柏崎市観光協会)
※毎年12月1日〜3月31日まで休館となります。

◎大崎院
新潟県南魚沼市大崎4347
アクセス JR上越線「五日町」駅下車徒歩約1時間
※拝観の際は事前に連絡が必要。(問い合わせ 025-779-2944 大崎院)