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2017年2月 5日 / 旅の紹介 第36回 石川県・羽咋市、七尾市へ 長谷川等伯を訪ねる旅

長谷川等伯は京都で活躍する前、能登の七尾を拠点に「信春」という名前で活動していました。(上洛後、大徳寺天井画を手がける辺りから等伯の名に改めています)
また有名な「松林図屏風」に描かれた松林もその故郷・北陸の象徴的な景色を思わせると言われています。
等伯のルーツを探るべく、北陸を訪ねました。

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石川県羽咋市(はくいし)・妙成寺に行く途中の海岸にて。等伯の松林図に描かれた松林を探してたどり着いた。

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番組でも触れましたが、東京国立博物館で毎年1月に開催される企画展「博物館に初もうで」で主役を飾ったのは今年も長谷川等伯「松林図屏風」でした。2013年の「東博で見たい国宝投票」で堂々の1位に輝きました。

しかしまた謎の多い名画でもあります。誰かからの依頼で描かれたという記録もありません。おそらく制作時期は等伯50代後半の頃。長谷川派にとっての一大仕事となった京都・祥雲寺の障壁画群(現在は智積院にある「楓図」「桜図」など。国宝)を完成させた直後、将来を嘱望された息子・久蔵が26歳の若さで急逝。ショックから立ち直れない等伯が悲しみの中で筆を取り郷里の風景を描いたとも言われています。

等伯の代表作と言われる絵の原風景になった松林を見てみたい。北陸への旅を選んだのは、そんな思いに駆られたからでもありました。

羽咋市・滝谷町の海岸

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妙成寺から西に進み、「柴垣」の信号から入った浜の辺りに松林がある。

京に上る以前、等伯(信春)は仏画を専門に描く絵師として活動していました。熱心な日蓮宗の信徒でもあり、その作品は日蓮宗のお寺を中心に残されています。

そして北陸における日蓮宗の本山・妙成寺があるのは、七尾市のお隣り、羽咋市です。

石川県七尾美術館の学芸員さんから等伯の足跡を知る上で重要なお寺であると聞いていたので立ち寄ることにしました。するとその道中、タクシーの運転手さんに長谷川等伯に興味があって来たことを伝えると、妙成寺近くの海岸沿いに「松林図屏風」に出てくるのに近い松林があるよと言って、連れて行ってくれました。

「昔はね、ここら一帯はずーっと松林。むしろ生えてないところの方が珍しかったくらい。けれども今じゃ松くい虫の被害が拡大して、松が残っているところを探す方が難しいんですよ」

等伯が描いたふるさとの象徴的景観は、かつて能登の海岸沿いではどこでも見られたものの、今は探すのも難しいほどになっているとのことです。そんな中連れていってもらった海岸には確かに松が。すらりと高く伸びた幹の感じや風にあおられて斜めに傾いた具合が、等伯の「松林図屏風」の松を連想させました。

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松林に挟まれたこの道、かつてはローカル線「北陸能登鉄道」の線路があった場所でもある。

なお松林が望める「柴垣」交差点辺りの海岸沿いの小道は、実はかつて北陸能登鉄道というディーゼル機関車が走っていた線路の跡地でもあるとのこと。1972年に廃線になりましたが、松林越しに海を望む、景色の良い路線だったという記録が残っています。

羽咋市・妙成寺(みょうじょうじ)

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安土桃山時代の名工の技が光る、妙成寺の五重塔建築。

再びタクシーに乗り込むと5分ほどで妙成寺に到着。日蓮宗に帰依した加賀藩主・前田家がひごしたこの寺は、五重塔をはじめ見事な安土桃山時代の建築を今に残す貴重な寺院でもあります。雪の北陸で古刹を眺めるのは、それだけでも楽しい旅。先の寒波の折の雪がまだ残って、大変趣きがありました。

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一丈六尺(4.8メートル)のお釈迦様も見応え十分。

信春時代の仏画「日乗上人画像」と「仏涅槃(ねはん)図」を所蔵するお寺です。ただし、保存・管理のため石川県七尾美術館に寄託されているので普段は複製画の展示があるのみで、本物を見ることはできません。

石川県七尾美術館の学芸員の方に後から聞いた言葉をご紹介します。「仏画は信仰の対象ですから、もちろんその絵が収められた寺院で見られるのが望ましいでしょう。けれども何百年もの歳月の中で長く後世に伝えていく文化財として考えたときには現在の気候の中では保管が難しくなってきています。また2007年の能登半島地震の直後が顕著でしたが、空き巣などによる盗難被害も珍しくありません。現在私どもの美術館では北陸のお寺にある長谷川派の作品を多くお預かりし管理させていただいていますが、近隣のお寺のものについては、行事のときはなるべくお戻しするようにしています。そのときにお寺でご覧になるか、もしくは、美術館で年1回行う等伯展に出品される折に他の作品と併せてご覧いただくのも良いのではないかと思っています」

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妙成寺の受付脇に展示されている等伯作品の複製画。

等伯の作品は国や県・市の指定文化財であることがほとんど、いつでも行けば見られるというものではないそうです。美術館やお寺などのホームページなどで情報を見て観覧ができる時期であることを確認の上で訪ねることをおすすめします。

もっとも、作品が見られなければ等伯ファンにとって来るかいがないか、と言えばそんなことはありません。羽咋市も、この後訪れた七尾市も、等伯がどういう背景から出てきた作家なのか感じられる手がかりが多くあり、また地元の方から聞くエピソードも発見に満ちていました。

たとえ作品が複製画であっても、こうした体験と併せて見ると、いろんな思いが加わって立体的に味わえると思います。

七尾市・石川県七尾美術館

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JR七尾駅の構内風景。実は七尾市のゆるキャラは等伯だって知ってましたか? その名も「とうはくん」。

等伯が生まれ育った街・七尾。なんと街のキャラクターは等伯、そして駅前には等伯の銅像まで立っています。

そして、等伯好きな人なら石川県七尾美術館は欠かすことのできないスポット。この美術館は、所蔵点数で言えば等伯作品わずか6点に過ぎませんが、地元中心にお寺から寄託され管理している分を合わせると、ものすごい数の作品を収蔵していることになります。

毎年春先には長谷川等伯の特別展を行っていますが、自館で管理している等伯作品に加えて、外部からも貴重な名品を借り出して展示、等伯ファン垂ぜんの内容を誇ります。

寄託されているのは七尾市・羽咋市など北陸の寺に残る作品が主ですが、それに加え京都の圓徳院(えんとくいん)が所蔵している重要文化財の襖絵も、32面のうち16面を収蔵しています。この作品はもともと大徳寺の塔頭(たっちゅう)・三玄院に等伯が描いたものですが、有名なエピソードがあります。大徳寺の和尚に描かせてほしいと頼み込むも断られたあげく、和尚が留守のあいだに勝手にあがりこんで描き上げてしまった、という話です。

石川県七尾美術館は収蔵している作品が多いだけでなく、調査・研究活動という点においても注目される館です。

等伯人気がちまたで急上昇したきっかけに、2010年に東京国立博物館と京都国立博物館で行われた「没後400年 特別展 長谷川等伯」展があります。開催時点では、等伯の作品についての情報はこの展覧会カタログを見ればだいたい網羅できると言われました。しかしこれ以降、能登を中心に新たな等伯あるいは長谷川派の作品がいくつも見つかり、また新たに歴史的事実も判明しました。それらを知るためには、この石川県七尾美術館で毎年欠かさず開催されている等伯展のカタログは必読。等伯に関する最新情報がアップデートされています。

その原動力のひとつとなったのが2010年から2015年まで、七尾で地元企業、金融機関、美術館が協力して行った「長谷川等伯ふるさと調査」という調査活動。それにより、等伯(信春)や長谷川派の作品発見や、等伯の画業の解釈も大きく進展したとのことです。

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石川県七尾美術館で毎年行われている等伯展の図録は、実は大変貴重な等伯研究の歴史でもある。(なお過去の展覧会の図録は完売のものも多く、現在は館内閲覧のみのもあります)

訪問時は「等伯展」の時期ではありませんでしたが、館全体の所蔵品展に等伯の「陳希夷睡図(ちんきいすいず)」が展示されていました。その1点のみでも、素晴らしい作品で十分に見応えがありました。

これは等伯が京都に上って狩野派に学びそのエッセンスを吸収した頃の作品と言われています。 

衣服のひだの部分に特に表れている、短線でとめの利いた墨線の表現、これは狩野派に特有の画風だそうです。また左端に香炉の形をした、鼎形印(かなえがたいん)が使われていますが、これも狩野派が好んだ形の印。この形の印が押された等伯の作品は3点しかないそうです。

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今回訪れたタイミングで開かれていた「心にのこる美のかたち 〜絵画・工芸を中心に〜」(〜2/12)と銘打った所蔵品展。等伯の「陳希夷睡図」が出品されていました。※美術館の許可を得て撮影しています

七尾市・山の寺寺院群〜本延寺(ほんねんじ)他〜

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美術館から歩いていける「山の寺寺院群」。等伯や長谷川派の作品を所蔵しているお寺が何軒もある。

美術館から歩いて10分位のところにある「山の寺寺院群」。街中に突如として山寺のたたずまいが現れます。ここは前田利家が信長から能登一国を与えられ治めることになったときに、北からの敵を防御する目的で陣地を構え、そこにそれ以前には七尾城周辺にあった寺院群の一部をこの場所に移したのが起源と言われています。現在16の寺が集まっていますが、樹齢を重ねた杉や竹林に囲まれた山寺の感じに趣きがあって散歩コースとしてもおすすめです。 

その中に長谷川等伯ゆかりのお寺がいくつもあります。いずれも日蓮宗のお寺ですが、まず訪ねた「本延寺(ほんねんじ)」、こちらは等伯の生家「奥村家」の菩提寺で、等伯が26歳のときに着彩したという日蓮聖人の木像があります。

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本延寺にある「日蓮聖人坐像」。着彩を26歳のときの等伯が行ったという銘が木像の内側にある。

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木像の裏面に記された銘。右から3行目に「長谷川又四郎信春」と書かれているのがわかるだろうか。

近年、文化財調査の折、堂内のものを綿密に調べた結果、こちらの日蓮聖人像の背面の裏の部分に信春の銘が見つかったとのこと。その事実がわかる前に誰かに塗り直されてしまっているので現在の着彩は等伯によるものではないのですが、オリジナルの色はまったく違う色彩だったろうと言われています。

また本延寺には、七尾を中心に活躍した、長谷川派を継承したと考えられる絵師・長谷川等誉(とうよ)の大きな「涅槃図」も所蔵されていて、涅槃会がある毎年3月には1か月間堂内で一般の方も見ることができるそうです。

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本延寺本堂では、長谷川派の末えい17代の画家・仲春洋さんによる天井画も見ることができる。

なお等伯はもともと奥村という姓ですが、幼少の頃、染め物屋にして仏画などを描く長谷川家の養子になり仏画の絵師になっていきます。この長谷川家の菩提寺も、山の寺寺院群の中にあります(長壽寺/ちょうじゅじ)。こちらには、等伯の祖父の可能性もあるとされる「無分(むぶん)」の「涅槃図」も所蔵されています。

また同じく山の寺寺院群の「龍門寺」は「達磨(だるま)図」を所蔵しています。もっとも、「長壽寺」の無分の作品も、「龍門寺」の「達磨図」も、普段は石川県七尾美術館に預けられています。

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「長壽寺(ちょうじゅじ)」。等伯の養家の菩提寺にあたる。こちらには長谷川家の墓石が残っている。

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「龍門寺」は等伯の「達磨図」を所蔵している。

能登に楽しむ等伯の旅

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七尾市の駅からほど近い「一本杉通り」には古くからの文化的な建物が残る。またそういう味のある建物が工芸や服飾などものづくりのお店になっている。

等伯が育った七尾。前田家が治める以前には、室町時代から畠山家が統治して海運業などで大いに栄え京都の文化人もどんどん入ってくる、全国でも随一の文化的先進都市だったそうです。前田家が「加賀百万石」金沢を築くまでは、北陸の中心はむしろ能登・七尾でした。

七尾を訪れると畠山氏が築いたものが街の文化のベースとしていかに大きいかということを知りますし、等伯という優れた画家を輩出したのもそうした七尾の文化的洗練があったからと土地の方たちは言います。また京の文化が非常に身近で人脈的にもつながっていたことも、等伯が京都に出ていく上では大きかったのではと聞きました。

今年の石川県七尾美術館の等伯展では、京都で活躍する上での重要な人脈や、七尾と京都との結びつきにも注目した内容となるそうです。

今度の等伯展が開催されるのは4月22日〜5月28日。会期中には日本一大きな曳山(ひきやま)が出ることで知られる七尾の「青柏祭」も5月3日〜5日に開催されます。七尾に宿を取って等伯旅を楽しむタイミングとしては、5月のGWは絶好の機会と言えるのではないでしょうか(お祭りのときは早めに宿を取ることをおすすめします!)。

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畠山時代から続く七尾の祭り「青柏祭 (せいはくさい)」には日本一大きな曳山が出る。高さ12メートルに重さはなんと20トン。以前日曜美術館で特集した傅益瑶さんもこの祭りを描いている。(写真提供=御祓川大学)

冬は冬で松林図屏風の雰囲気を体感するという意味では良い時期ですし(特に冷え込みの厳しい冬の朝には、海沿いで「気嵐/けあらし」という、海面から水蒸気が立ち上る現象が起きるそうで、それをバックに松林を眺めたら、より一層松林図屏風に近い雰囲気が味わえるのかもしれません)、また言わずもがな、寒ブリ、カキ、甘エビ……、海の恵みが充実しています。

冬の北陸にするか春の等伯展の時期にするか悩ましいところですが、ともあれ能登を楽しみつつ等伯を肌で感じていただけたらと思います。

交通情報

妙成寺
石川県羽咋市滝谷町ヨ-1
JR羽咋駅より能登西部バス20分「妙成寺口」下車徒歩10分

石川県七尾美術館
石川県七尾市小丸山台1-1
JR七尾駅よりバス「七尾美術館前」下車すぐ

本延寺
石川県七尾市小島町リ95-1
JR七尾駅よりバス「山の寺寺院群」下車徒歩3分

長壽寺
石川県七尾市小島町リ137
JR七尾駅よりバス「山の寺寺院群」下車徒歩3分

展覧会情報

◎石川県七尾美術館 特別展「長谷川等伯展~天才絵仏師、みやこを目指す!~」

石川県七尾美術館では平成8年から毎年「長谷川等伯シリーズ展」を開催。信春時代の仏画や(新発見のものも含む)、京都・本法寺からの作品、晩年美の境地を求めた水墨画の優品などを紹介。32点を展覧予定(一部史料2点と参考展示の複製4点を含む)。前期・後期展示替え有り。

2017年4月22日(土)〜5月28日(日) 会期中無休