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2016年6月 5日 / 旅の紹介 第9回 静岡へ 広重「東海道五十三次」を感じる旅

浮世絵師・歌川広重の『東海道五十三次』――。

今回は、この大ヒット江戸浮世絵の題材となった、東海道の53の宿場が今はどうなっているのか、訪ねてみました。
といっても、53箇所を一日では無理なので……「三島」「蒲原」「由比」3つの町を訪ねる伊豆・駿河路の旅にご案内します。

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『東海道五十三次』の中の一枚、「由井 薩埵嶺」に描かれている薩埵峠から眺める富士山と駿河湾。似たアングルから今、写真を撮るとこうなります!

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江戸時代、天下人となった徳川家康が最初に行った政策のひとつが、中山道、甲州道中など五街道の整備でした。その中でも主要道が東海道。
江戸日本橋から京都三条大橋までをつなぐ道。そしてその中継地点となった53の宿場町が、すなわち「東海道五十三次」というわけです。

広重の時代、庶民のあいだでは街道めぐりが人気の旅だったそうです。だからこそ、この名所絵が生まれたとも言えます。

それから200年近く経った現代。
このところ、健康のためにウォーキングで街道を踏破する旅「五街道ウォーク」が静かなブームです。休日には数多くその姿を見ることができます。
ちなみに、五街道全部を踏破すると総距離は1462.1km。東海道だけでも約492kmとのこと。
根性なしの私は、迷わず東京駅からJRの東海道本線に飛び乗りました......。

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参考資料。『東海道五十三次』に描かれている53の宿場町。

三島市郷土資料館

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(左)三島市郷土資料館。(中)大名が泊まった本陣での料理再現。魚の煮つけ他一汁二菜。

まず降り立ったのは「三島」駅。東海道五十三次の、11番目の宿場町だったところです。

旧東海道を訪ねるにあたり予備知識を得るのに良いのが、三島市郷土資料館。

館内には、広重の『東海道五十三次』より「三島 朝霧」のほか、後に刊行された広重の「東海道物」シリーズ『東海道』に描かれた「三島」も展示されています。

この資料館では、宿場町の当時の様子をさまざまな展示物からうかがい知ることができます。たとえば、「本陣」で当時出された料理の再現や、「旅籠(はたご)」の間取り図など。
「本陣」とは、大名や公卿が宿泊した高級宿。「旅籠」とは庶民のための普通宿でした。
『東海道五十三次』でも旅籠に立ち寄る人たちの姿がしばしば描かれていますね。(今回の訪問地とは異なりますが、36番目の宿場町だった愛知県豊川市の赤坂町では、『東海道五十三次』に描かれた「大橋屋」がつい昨年の春まで営業していました)

三嶋大社

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(左)早朝江戸の方へ向かう旅人を描いた『東海道五十三次 三島 朝霧』。(右)現在の三嶋大社南門。

資料館から歩いて10分。広重の『東海道五十三次 三島 朝霧』 の舞台となった三嶋大社があります。描かれているのは南門の辺りです。広重の絵と同じアングルから写真を撮ってみました。

広重の版画では、鳥居の右側に針葉樹のような黒い木が描かれていますが、当時の歴史資料を見るとこの木はなかったようです。構図的な理由から広重が独自に加えた演出、ということでしょうか。

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(左)源頼朝以来武家の信仰を集め、三島宿の中心だった三嶋大社。本殿前のにぎわい。(右)三嶋大社名物福太郎。リーフレットは広重の『東海道五十三対』「三嶋」。

広重は、この三嶋神社を『東海道五十三次』以外に、三代歌川豊国、国芳と競作した『東海道五十三対』でも描いています。広重はこちらでは今も三嶋神社で行われている「三嶋祭」の様子を描いているのですが(現在では「田祭り」と名前を変えています)、その絵では、黒い面を付けた「福太郎」という役柄の絵が印象的です。同じお面がお店の看板になっている、その名も「福太郎」という和菓子屋さんが三嶋神社の境内にあります。ここの草餅、三島名物でおいしいんですよ。

旧東海道蒲原宿

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(左)「夜之雪」記念碑。(右)旧旅籠・和泉屋。2階の湾曲した手すりなどは天保年間当時のまま。

JR三島駅からさらに30分ほど東海道線本線に揺られ、「新蒲原」へ。

まず視界に入ってくる大型ショッピングセンター……には目もくれず、そのまま駅の裏手に残る旧東海道の界隈を目指します。
こここそ、広重生涯の傑作にも数えられる『蒲原 夜之雪』 の舞台、15番目の宿場、蒲原(かんばら)です。
先ほどの駅前の光景とは打って変わって、町並みは古色を帯びています。
本陣跡のはす向かいには、かつての旅籠「和泉屋」が、江戸のたたずまいのまま建っています(休憩所や工芸を体験できるスペースとして公開中)。
管理の方のお話しでは、蒲原に42軒あった旅籠は、鉄道が開通した昭和のはじめにほとんど廃業したとのこと。しかし、蒲原の旧東海道には「蒲原 夜之雪」に描かれた家々を彷彿とさせる町並みが今も残っています。

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(左)『東海道五十三次』「蒲原 夜之雪」 (右)町家によく見られる格子戸。

実は、『蒲原 夜之雪』には謎があります。美しい雪景色が印象的な作品ですが、蒲原にはめったに雪が降らないのです。

シリーズ全体の多彩さを演出するために雪景色にした、という説が有力ですが、他にもにもさまざまな説がささやかれてきたのは、まさに作品の魅力ゆえでしょう。

「五街道ウォーク」の皆さんには敵いませんが、蒲原から次の16番目の宿場である由比(ゆい)までの約5キロを頑張って歩くことにしました。

沿道には新しい建物が多くなり、次第に旧街道の面影は薄れてきます。

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(左)由比本陣公園近くを流れる由比川にかかる由比川橋。(右)駿河湾の春の味覚桜えび。漁がはじまったのは明治から。

由比に近づくにつれて、あちこちに名物「桜えび」の看板が目立ってきます。

由比駅前の食堂で、かき揚げと釜揚げの「桜えび定食」をいただきました。春から初夏が旬の、駿河湾の味覚です。

薩埵峠

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(左)薩埵峠。崖下には東名高速道路が走る。(右)『由井(由比) 薩埵嶺』

JR由比駅を過ぎ、さらにしばらく西に歩くと、旧東海道は古めかしい宿場町に入ってゆきます。観光客の休憩所として公開されている小池邸がある寺尾地区を過ぎ、倉沢地区に入ります。

駅から15分ほど歩いたでしょうか。突然、急角度の坂道が目の前に現れます。
この先にあるのが、『由比 薩埵嶺』に描かれた富士の名所、興津宿との間にある薩埵峠(さったとうげ)です。山が海に迫り、田子の浦(駿河湾西岸)の東に富士山を眺められるこの峠からの絶景は江戸時代、名勝地のひとつとして人気がありました。

江戸の旅ブームの火付け役のひとつ『東海道中膝栗毛』には、大雨に濡れた草鞋を履いてのつらい峠越えが書かれていますが、現在の峠は道も舗装されており、予想したほど厳しいコースではありませんでした。
すれ違ったベテランの五街道ウォーカーのかたは「箱根越えをしたことがあるなら、峠というよりちょっと急な坂くらいな印象ですよ」とのこと。さすがです。

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(左)薩埵峠。江戸時代初期にこの山道が造られた。(中)ビワの季節、東名高速の向こうに駿河湾。(右)薩埵峠から富士山を眺める。

たわわに実った夏みかんとビワの樹の間から、駿河湾が見えてきます。

30分ほど、険しい上りとなだらかな道を繰り返すと、広重が描いた『由井 薩埵嶺』によく似た眺めの展望台にたどり着きます。
広重が描いた、崖下の岩場がある地点には、現在は東名高速道路が走ります。
その向こうには富士山。
広重が描く垂直な断崖と斜めに切り立つ険しい岩の荒々しさはありませんが、『東海道五十三次 由井』を思い浮かべ、頭の中で重ねあわせました。

静岡市東海道広重美術館

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(左)由比本陣公園にある静岡市東海道広重美術館。

由比を訪れたら、せっかくですから静岡市東海道広重美術館もどうぞ。
『東海道五十三次』の他、広重の代表的な東海道物や風景版画を中心に約1400点を収蔵し、広重にちなんだ企画展も頻繁に開催されています。

常設コーナーでは、浮世絵の歴史や木版画の技術を解説した展示が見られます。
木版画の摺りを実際に体験できるコーナーもあり、訪れたこの日も、お客さんが浮世絵風の順序摺り(輪郭線の墨版、薄い色の版、濃い色の版の順に版木を摺り重ねる作業)にチャレンジしていました。浮世絵版画の体験をしてみたい方は、ぜひ。

今回の旅で訪れたのは五十三次のうち、わずか3つの宿場でした。
それでも、実際に旧東海道を歩いてみると、絵の中に登場する、江戸時代の旅人の気分に想いをはせることができました。私は鉄道派ですが、ウォーキングが好きな方はぜひ歩いて五十三次踏破にチャレンジしてみてください!

なお、歌川広重が手掛けた「東海道」をテーマにした浮世絵シリーズは、20シリーズ以上あり、絵柄はそれぞれ異なっています。その中で知名度と評価が高いのが、広重最初の東海道物である『東海道五十三次』(保永堂版)。今回の旅も、保永堂版の絵柄に沿って構成しています。

住所/交通

●三嶋大社 三島市大宮町2-1-5/JR三島駅南口から徒歩7分
●三島市郷土資料館 三島市中央町5-5/JR三島駅南口から徒歩3分、楽寿園内。
●和泉屋 静岡市清水区蒲原3-25-4/JR新蒲原から徒歩5分
●薩埵峠展望台 静岡市葵区両替町1-6/JR由比から徒歩40分。
●静岡市東海道広重美術館 静岡市清水区由比297-1/JR由比駅、JR蒲原駅いずれからでもから徒歩25分、由比本陣公園内