2017年11月24日 (金)あなたの知らない叙勲・褒章の世界
※2017年11月6日にNHK News Up に掲載されました。
その知らせが来たら、目の回るような忙しさが待っています。新聞に名前が掲載され、一躍「時の人」となるほか、上京のための飛行機やホテルの予約、男性ならモーニングコートの準備も急がなければなりません。礼状や記念品の手配もあります。地元に帰ってから待っているのはあいさつまわりに祝賀会。そう、11月は春と並ぶ叙勲・褒章の季節。あなたの知らない受章者の世界、教えます。
ネットワーク報道部記者 高橋大地・栗原岳史
<何をしたらいいの!?受章者向け手引き書>
さまざまな分野で功績のあった人に贈られる「叙勲」
長年にわたって、その道一筋に打ち込んできた人などに贈られる「褒章」
国がその功労を春と秋に表彰する制度で、ことしも11月2日と3日に合わせて4800人余りの受章が発表されました。
新聞やテレビでもその一部が報じられましたが、受章者に突然訪れる忙しい日々はあまり知られてはいません。
取材を進めると、全国各地に受章者向けの「手引き書」があることがわかってきました。実は受章者には儀式への出席や支えてくれた人へのお祝いなどやることがめじろ押しですが、人生で初めてのこととあって何をどうしたらいいのかわかりません。そこで記念品などの販売とともにもにこうしたアドバイスをする会社が全国各地にあるのです。
<3か月から半年は「時の人」>
今回、見せてもらったのが熊本市にある贈答品販売会社を経営する工藤良孝さんが作成した手引き書。これまで30年間の経験から、受章にあたってのノウハウをまとめ、毎年、春と秋に受章者に配っています。
工藤さんが作成した手引書
「手引き」には、最初のアドバイスとして、「今から3か月から6か月は『時の人』です そのつもりで対処してください」と書かれています。
受章者には、記念品を選ぶためのカタログが全国の百貨店などから何冊も送られてくるばかりか、中には、注文もしていないのに商品が送られてくる悪質な「送りつけ商法」も目立っているそうです。必要がないものは、送り元に着払いで送り返すことを勧めています。
<上京準備はスピード勝負>
手引き書で速やかな対応を求めているのが、東京で行われる儀式に参加するための準備。叙勲の種類によっても異なりますが、受章が決まってから1週間前後とあまり時間がありません。
この間に交通機関の予約や宿泊先の確保から、モーニングコートや着物などの衣装の手配をしなければならないのです。スケジュールを考えると2泊3日がおすすめだそうですが、特に都心のホテルはこの時期、満室になるケースも多いとのこと。もちろん頼めばホテルと航空券のセット予約なども行ってくれます。
<ハイライトの伝達式と拝謁>
ここまで準備して臨む儀式が、各省庁などで勲章や褒章が伝達される「伝達式」と天皇陛下への「拝謁」です。
手引き書では、この際の注意も詳しく解説しています。例えば衣装、男性の場合はモーニングを着用することが多いそうですが、「地元で借りてホテルに送ってもらうと比較的安くて便利だ」としています。女性の着物の場合は、着物の用意だけでなく着付けの予約を忘れないよう呼びかけています。
また、意外な落とし穴が、勲章を胸に取り付けるための「ピン」。式典では、勲章を手渡されても、胸に取り付けるピンは自分で用意をしなければならないそうで、これを知らずに皇居の敷地内で勲章を落としてしまう受章者もいるそうです。
こうした苦労の末に晴れて臨む儀式。林業の発展に貢献したことが評価され、ことし春に「旭日単光章」を受章した、高知県・香美森林組合代表理事組合長の野島常稔さんは「受章が決まってから、上京するための飛行機や東京での宿泊先などを短期間で手配しなければならず、大変忙しかった。それでも、天皇陛下に拝謁し、お言葉を聞くことができて、一生分の苦労が報われた思いだった」と話しています。
野島常稔さん
<祝賀会で受章を実感 記念品選びも>
ここまで慌ただしく過ごす日々が続きますが、受章の重みを実感するのが、地元に帰ってから多くの人が行う「祝賀会」だそうです。結婚式と同じで、最近は、身内だけのささやかなお祝いの会だけにとどめる人も増えているそうですが、受章者によっては、ホテルの宴会場を貸し切って、500人規模の祝賀会を行います。
「銀座明倫館」のウェブサイトより
ここで大切なのが出席者にお礼をかねて配る記念品の選定。インターネットで検索すると「菊の紋章」の入った菓子や置き時計、それにボールペンなどさまざまな記念品があることがわかります。また、ことしの叙勲・褒章の「伝達式」や「拝謁」は、11月7日から15日にかけて皇居で行われますが、その期間、都内のホテルでは記念品の展示会も行われます。
<証書の複製サービスも>
受章者の慌ただしさをサポートし、その栄誉を形にするビジネスは、工藤さんのような会社だけにとどまりません。例えば受章者に、勲章とともに与えられる証書「勲記」の複製サービスです。
勲記を紛失すると、代わりの証書の交付は受けられますが、そのものは再発行されません。そこで、名古屋にある印刷会社では、5年ほど前から、勲記の複製品を製作しています。
印刷会社「駒田印刷」での作業風景
通常のカラーコピー機を使って証書を複製することもできますが、色合いなどを本物と同じように再現することは困難です。この会社では、証書をスキャンしたうえで、実物を見ながらパソコン上で2~3日かけて色を1つ1つ調整しています。
紙も一般の表彰状に使われているものではなく、実物に似たものを使っているということです。依頼者の中には、自宅で本物の証書をきれいな状態のまま保管する一方、会社の応接間や社長室などに複製品を飾るという人も多いということです。
政府は、これまで公務員経験者に偏っていた叙勲などの栄典制度を見直し、地域で功績をあげた民間人や外国人への授与数を増やす方針を打ち出しています。自分には縁が無いと思っていたあなた、もし受章の知らせが来ても慌てないでくださいね。
投稿者:高橋大地 | 投稿時間:17時23分