2020年12月08日 (火)こんなはずじゃなかった


※2020年4月1日にNHK News Up に掲載されました。

日本に在留する外国人は、永住者を含め293万人。増加する技能実習生や留学生、そして、ちょうど1年前に新設された「特定技能」の在留資格。日本の人手不足を解消する役割を期待された人たちも、新型コロナウイルスの影響で状況が一変し、いま苦境に立たされています。
外国人材の受け入れ拡大から1年の厳しい現実。制度が進まないことへの戸惑いや「こんなはずじゃなかった」という嘆きが広がっています。

ハノイ支局 道下航 / ネットワーク報道部 和田麻子・鮎合真介

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新型コロナと東京オリ・パラ延期で二重苦

新型コロナウイルスの感染拡大が止まりません。
内定の取り消しや派遣先からの仕事の中断など働く現場の状況も悪化しています。

日本で働く外国人も深刻な状況に置かれています。

厳しさが増す中、取材に応じてくれたのは、千葉県の日本語学校を3月卒業した、モンゴル国籍のエンフバヤル・エルデネチメグさん(27)です。

konna.2.jpgエンフバヤル・エルデネチメグさん

去年10月、特定技能を得るための宿泊業の試験に合格し、都市部のホテルを中心に仕事を探していますが、就職先は見つかっていません。

ことし2月以降は特に新型コロナウイルスの感染拡大で日本を訪れる観光客が激減し、東京オリンピック・パラリンピックの延期がさらに追い打ちをかけました。

エンフバヤルさん
「ことし夏の東京オリンピック・パラリンピックの開催で、たくさんの観光客が来ると思っていました。試験に合格すれば、すぐ仕事が見つかると思っていました。こんなはずじゃなかった」

エンフバヤルさんの焦りは、時間がたつにつれて増しています。
日本語学校に2年間在籍した「留学」ビザの有効期限が、7月に迫っているのです。
それまでに就職先と雇用契約を結び、「特定技能」に切り替えないと帰国せざるをえません。

konna.3.jpgエンフバヤルさん
「7月までに事態が収束し、就職先を見つけるのは難しく、とても不安です」

収入絶たれ…、生きていけない
生活を支える収入が絶たれたことが、事態をさらに深刻にしています。
在学中は、コンビニのアルバイトで月9万円ほどの収入がありましたが、卒業と同時に辞めなければならなくなりました。

出入国管理法は、施行規則で留学生のアルバイトについて「教育機関に在籍している間に行うものに限る」としていて、卒業後のアルバイトを禁じています。
続けた場合、不法就労になってしまいます。

エンフバヤルさんは、月3万5000円の家賃のアパートに1人で暮らしています。
アルバイトを辞めてから、貯金を取り崩して生活していますが、蓄えはすでに底をつきかけています。

konna.4.jpgエンフバヤルさん

エンフバヤルさん
「特定技能は働く外国人を広く受け入れるために設けた制度だと思っていますが、日本で働きたいという強い気持ちがあっても、働くことができません。タイミングが悪いのは十分わかっていますが、このままでは生きていくことさえできません」

受け入れ拡大も事実上“ストップ” 現場で何が
その特定技能は去年4月、日本の深刻な人手不足を解消するため、外食業や宿泊業など14の分野を対象に創設された在留資格です。
それまで外国人材の受け入れに慎重だった日本政府が、異例の早さで法律を改正したこともあり、「国が外国人材の受け入れで大きくかじを切った」として注目されました。

konna.5.jpg実態としてほぼ最低賃金の技能実習生とは異なり、特定技能の外国人は正社員として働くことができるほか、賃金は日本人と同等以上とされています。
転職も可能になりました。

ところが、制度を積極的に活用して人材獲得に乗り出した日本の企業が想定外の壁にぶつかっています。

konna.6.jpg全国にモスバーガーを展開する外食チェーン大手の「モスフードサービス」は、技能実習生を日本に多く送り出しているベトナムに着目し、去年10月から特定技能の人材の採用を目指して、現地で独自の教育プログラムを始めました。
しかし、ベトナムでは特定技能の取得のための試験が制度スタートから1年がたついまも行われないなど制度整備が遅れ、事実上、ストップしているのです。
このため、モスフードサービスは日本で技能実習の経験があるベトナム人を2月にわざわざ日本に呼んで受験させる対応をとりました。

確実に合格してもらいたいと直前に首都ハノイで模擬試験を実施。

konna.7.jpg模擬試験のための費用、それに日本で受験するための渡航費や宿泊費などはすべて会社が負担しました。
福岡や東京で行われた試験に臨んだ19人のベトナム人のうちの1人、ダン・ディ・タムさんは、日本で働く意欲にあふれていました。

konna.8.jpgダン・ディ・タムさん

タムさん
「日本はきれいな国だし、親切な人もいっぱいいるし、生活もいいと思います。日本で技能実習で3年間働きましたから、特定技能で日本に戻って仕事ができるよう勉強を頑張りました」

タムさんをはじめ、優秀でやる気のある人材を確保しようと、時間や資金を費やしてきたモスフードサービス。新型コロナウイルスの影響もあり、人材受け入れのスケジュールの変更を余儀なくされるなど翻弄されています。

konna.9.jpgモスフードサービス 人事担当の田口学俊さん

田口学俊さん
「日本に行きたいと考えていたわれわれのプログラムの内定者も最初は23名いましたが、ベトナムでの試験開始を待てず、すでに4名が離脱してしまいました。戸惑いは大きいですし、お金もかかります。日本での受験だと渡航費や宿泊費で10倍くらいコストがかかるので限界に近く、日本での受験はこれが最後であってほしいと思います。ベトナムで早く試験が始まってもらえるとありがたいです」

なぜ進まない? 見え隠れする「金」

日本政府は、特定技能について去年4月からの1年間で、最大4万7000人余りの受け入れを見込んでいましたが、特定技能を取得して日本で働いている外国人は、ことし2月末の時点で2994人にとどまっています。

なぜ、進んでいないのか。
私たちは最大の「送り出し国」と期待されていたベトナムで取材を進めました。


konna.10.jpg技能実習で最も日本に人材を送り込んでいるのがベトナムです。
人手不足で外国人材を求めている日本と海外への出稼ぎを推進しているベトナム。

ベトナムは去年、全体で15万2000人余りの人材を海外に送りましたが、その半分以上の8万2000人余りを日本が占めるなど両国は、いわば「人材ビジネスにおける蜜月のパートナー」といえます。

ただ、技能実習では悪質な仲介業者などに実習生が多額の手数料を取られる被害が広がっていることや借金を抱えて来日する実習生が多いといったことも指摘され、日本政府やベトナム政府も問題視してきました。

こうしたことから特定技能を始めるにあたっては、日本を目指す外国人材が同じように手数料のトラブルや多額の借金を背負う「金のリスク」をいかに抑えられるかも課題になってきました。

ベトナムで人材の送り出しに関わる関係者への取材を進めると、特定技能の遅れは、こうした「金」をめぐる話と無縁ではないことがわかりました。

konna.11.jpgベトナムで人材ビジネスに関わる男性

関係者のうち匿名を条件にインタビューに応じた人材ビジネスに関わる男性は、特定技能の遅れについて「費用についてのガイドラインの策定に時間を要してきた」と指摘しました。

費用についてのガイドライン」とは…
特定技能を取得するベトナム人がベトナムの送り出し機関となる企業に支払う金額などについて、ベトナム政府が定めるもの

ベトナム政府は日本の意見も聞きながら策定作業を進めてきましたが、その過程で日本の同意をなかなか得られなかったことが、運用の遅れにも影響したといいます。

konna.12.jpgベトナムで人材ビジネスに関わる男性

ベトナムで人材ビジネスに関わる男性
「新しい制度は労働者にとってはいいものです。しかし海外に労働者を送るベトナム企業にとってはよくない部分もあり、ベトナム政府は企業の権利を確保するため、その費用の負担を日本側に求めています。ところが日本にしてみれば提示されている金額が高いのです」

ベトナム政府が日本の同意を得られなかった背景を取材すると、ガイドラインに対する意向の違いが浮かび上がってきました。

この男性や別の関係者によると、日本にはベトナム企業への手数料を抑えたり、支出の名目を絞りこんだりする設計にすることで、日本で働こうとするベトナム人の「金のリスク」を減らしたいという意向がありました。

一方、ベトナム側は既存の技能実習のもとでベトナムの企業が得てきた同程度の収入を確保できる仕組みにしたいという意向があったというのです。

制度開始から1年になる直前の3月下旬。
ベトナム政府は、ようやくガイドラインを公表しました。
しかし、示されたガイドラインについて関係者のひとりは、「金額は高く設定され、日本の意見はほとんど反映されていない。『全体の構造』にも切り込んだものではない」と不満を口にしました。
遅れが目立ったベトナムでも、特定技能の制度の整備に前進が見られましたが、開始にはもうしばらく時間がかかる見通しで、希望を持って日本を目指す若者たちを裏切らない制度になるか、今後の運用を注視する必要がありそうです。

専門家「制度そのもの見直す必要も」

外国人材の受け入れ拡大から1年。
外国人労働者の実情に詳しい東京都立大学の丹野清人教授は、次のように指摘しています。

konna.13.jpg丹野教授

丹野教授
「制度が拙速に進められただけでなく、1年間で最大4万7000人余りの受け入れを見込んだ国の想定が過大評価でなかったか、また、数字にどの程度根拠があるか、改めて検証すべきです。人手不足の解消を目的に制度は始まりましたが、新型コロナウイルスの感染拡大で、状況は大きく変わり、企業側は雇用を守ることで精いっぱいになっています。この状況は、さらに長く続くとみられ、制度そのものを改めて見直す必要もあるのではないでしょうか」

そして、次のように話しました。

丹野教授
「今後、東南アジア各国の経済成長や韓国、台湾との人材獲得競争の激化を考えると、これまでのように日本は多くの外国人労働者が来てくれる魅力ある国ではなくなるでしょう。日本に今いる人や、これから日本に来ようとする人たちが、できるだけ残って長く働いてもらえるよう、家族の呼び寄せができる定住ビザでの受け入れを広げるなどの仕組みづくりが大切です。当然ですが、彼らは働く『人』です。家族と住み、生活しながら働ける国だと評価してもらえるようにすべきではないでしょうか。新型コロナウイルスで厳しい状況だからこそ外国人労働者が働ける環境を整えられるかが問われています」

投稿者:和田麻子 | 投稿時間:13時34分

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