2019年11月28日 (木)"危険"なとび箱 どう防ぐ


※2019年9月9日にNHK News Up に掲載されました。

「年間2万件」。学校の体育の授業の「とび箱」で起きた事故の件数です。小中学校では骨折などの大けがの原因として最も多いと言われ、障害が残ったというケースも。どうすれば防げるのか探りました。

ネットワーク報道部記者 田隈佑紀・鮎合真介

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データで見えてきた実態は

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先月24日に横浜市で開かれたシンポジウム。「繰り返されるとび箱事故から子どもを守る」がテーマになりました。ここで注目すべき事故の実態が紹介されました。

2016年度までの3年間で日本スポーツ振興センターが事故で給付した医療費のデータをもとに産業技術総合研究所が分析しました。それによると全国の小中高(高専含む)では体育の授業中に年間平均21万件以上の事故が発生。

運動別では「バスケットボール」が5万1000件で最も多く、次いで「とび箱」が2万600件、そして「サッカー・フットサル」が1万9000件と続きました。

さらに見ると…

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ここで医療費総額が7万5000円以上の骨折などの大けがをした運動に限って分類すると小中学校では「とび箱」が最も多くを占めたのです。

小中学生は手首や指を傷めることが最も多く、けがの40%以上が骨折となっていました。

けがはどのように?
こちらは、シンポジウムで紹介された、とび箱で手首をねんざした瞬間をとらえた映像です。このようにとび箱に手をついたときにうまく飛び越えることができず、手の上におしりがのったときにけがをするケースが目立つということです。

後遺症も
また2016年度までの10年間でみると骨折で関節が曲がりづらくなるなどの障害が残った事故が27件あったこともわかりました。

シンポジウムで報告されたもの以外でも、跳んだ際にバランスを崩した生徒がマットに頭から落ちてけい椎を損傷し、胸から下が不自由になったケースもあるといいます。

kikenn.190909.4.jpg桐蔭横浜大学 スポーツ健康政策学部 松本格之祐 教授
なぜ事故が多いのでしょうか。とび箱運動に詳しい桐蔭横浜大学スポーツ健康政策学部の松本格之祐教授は「とび箱は、”両手をつき、体を前に投げ出す”という日常ではなかなかやらない動きが特徴。体の使い方に慣れていない状態で跳ぶと恐怖心を感じてブレーキをかけ、手に体重がかかる形になったりバランスを崩したりして事故につながることが多いです」と指摘しています。

授業はどのように

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では、とび箱の安全対策はどう行われているのでしょうか。ことし5月、全国の中学校の体育教諭を対象に日本中学校体育連盟や、スポーツの事故に詳しい弁護士らがアンケートを行い、全国の718校が回答しました。

安全のため、とび箱を行う生徒に対し補助役をつけているか聞いたところ、「あり」と答えたところが88%、「なし」と答えたところが12%。

また、とび箱の前に、特別な準備運動を行っているかについては「行っている」が73%、「行っていない」が27%。いずれも多くの学校が対策をしているとの回答でした。

ただ、アンケートをさらに詳しく見てみると、「補助役がある」と答えたところでも「すべての生徒が対象」「一部の生徒のみ」それに「技に応じて」と学校によって対応が分かれていることがわかりました。

また特別な準備運動の具体的な内容としては「ストレッチ」や「柔軟」という回答が最も多くを占めました。

アンケートを行った岡本健太弁護士は、「安全対策が一定程度、取られていることがわかりましたが、事故が多い実情を踏まえるとさらなる予防策の検討が必要ではないでしょうか」と話しています。

まずは“とび箱なし”で
「“とび箱を使わずに”必要な動きと感覚を養う」。事前の運動が事故を防ぐポイントの1つと指摘するのは前出の松本教授です。

「両手をつき、体を前に投げ出す」というとび箱ならではの動きに体を十分に慣らしておくことが欠かせないといいます。

馬跳びのススメ

kikenn.190909.6.jpgその1つとして身をかがめた人の背中に手をつき、とび箱のように跳ぶ「馬跳び」を勧めます。

子どもどうしでちょうどよい高さに調整できる上、助走しないため安全に体の使い方を習得できるといいます。

とび箱を始める前に全員が「馬跳び」を行い、体の使い方に慣れていない子どもには無理にとび箱を跳ばせないことも必要だとしています。

犬もいいよ

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また小学校低学年でもできるもっと基本的な動きとして勧めるのが「犬さん走り」です。

地面に手を付けて、4本足のように進むことで、手の使い方や、腰が頭の位置より高くなるとび箱を跳んだときの体勢に慣れることができるといいます。

高さを評価の対象にしない
いかに高い段数をとべるかという点で評価すると子どもたちが無理をし、けがにつながりやすいという松本教授。学校では評価の観点を「安定性」や「学び方」により力点を置くべきだとも指摘します。

ネットの賛否の声

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とび箱の事故が多いことについて、ネット上には、そもそも授業で行うことの是非についても意見があがっています。

「危険ならとび箱自体廃止にすればいいのでは」「とび箱がなんの役に立つかわからない」という声がある一方、「なんでもかんでも危険だから排除してどうする」「最初から子どもの可能性を閉じ込めてしまうのはよくない」という意見も見られます。

とび箱の意義は

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中学校の体育教諭へのアンケートではとび箱の授業について「意義がある」と答えた学校が86%と、「意義を感じない」の14%を大きく上回り、その理由としては「できないことができるようになる達成感がある」などがあげられました。

この点について、松本教授は「“自分の身体能力の可能性をいかに広げるか”というのが体育の1つの役割なので、日常の中ではあまり行わない動きだからこそとび箱を行う意義はあります。

ただ、あまりにも事故が多い現状は問題で、事前のしっかりした準備と、教員の意識を含めた学校側の安全対策の徹底が求められると思います」と話しています。

いかに“危険”を減らしつつ子どもたちの運動能力の育成につなげるのか。子どもたちの体力や技術のレベルに応じた丁寧な対応が必要だと感じました。

とび箱の歴史
スポーツ史や体操競技に詳しい大阪学院大学の松本芳明教授によると、とび箱の起源は北欧のスウェーデンにあり、その歴史は19世紀初頭にまでさかのぼる。そのころ健康的な国民を育成するために「スウェーデン体操」が考案され、この中でとび箱が取り入れられた。

ちなみに現在放送中の大河ドラマ「いだてん」でも登場する永井道明は体操器具「肋木(ろくぼく)」の普及に努めたがこの肋木もスウェーデン体操から取り入れられたもの。

その後、大正2年(1913年)、現在の学習指導要領にあたる「学校体操教授要目」が制定され、合理的な体操としてスウェーデン体操が学校の体育教育に導入されると、とび箱も全国の学校に設置されるように。

その流れを受けて現在の体育の授業ではとび箱を含む「器械運動」を行うことが、小中学校の学習指導要領で定められているという。

投稿者:田隈佑紀 | 投稿時間:15時58分

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