2019年02月28日 (木)社長もつらいよ...


※2018年12月26日にNHK News Up に掲載されました。

「人手不足なら給料上げれば?」「長時間労働だから離職率高いのでは?」路線バスの運転手不足の記事に寄せられたSNS上での声(詳しくは特設サイト「路線バス」)。会社への厳しいコメントが相次ぎました。実際に取材で運転手の厳しい労働環境の実態を目の当たりにした記者も正直、共感する部分がありました。そこで今回は、あるバス会社の社長を取材。すると運転手だけでなく、社長も大変なことになっていました。

ネットワーク報道部記者 後藤岳彦
首都圏放送センターディレクター 北條泰成
宮崎局記者 牧野慎太朗

181226sha.1.jpg

<“代打” 社長のある1日>

181226sha.2.jpg「朝5時前に電話がかかってくることもありますね…」

こう話すのは東京・東村山市のバス会社の社長、山本宏昭さん(55)。
小平駅と国分寺駅を結ぶ路線など2路線でバスを運行しています。

181226sha.3.jpg山本さんのある1日を聞くとー。

早朝5時前。「運転手が病気で急な欠員が出た」との連絡が入り、あわてて出社。すぐさま、バスの乗車前点検をこなします。それが終わると、バスに乗り込み、社長みずからハンドルを握ります。この日もなんとか早朝のラッシュのダイヤに穴を開けずにしのぐことができました…。
181226sha.4.jpg実は山本さんは社長をやりながら運転手も兼ねています。急な病欠などで運転手が足りないシフトが出ると、みずからハンドルを握って、穴埋めしています。

運転手業務、以前は週に数回程度だったのが、年々急増し、ことしの秋ごろになると、毎日のように乗車しなければならないほどだったといいます。

今、バス業界では、多くの会社が運転手不足に直面していますが、中小のバス会社では特に深刻だといいます。山本さんのように社長みずからがハンドルを握り、なんとかしのいでいる会社も少なくないのです。


<“代打”がもはや“レギュラー”?>

181226sha.5.jpg「乗客も車もあるのに運転手がいないー」

いったいどれほど深刻なのか。運転手のシフト表を見せてもらいました。すると、「不足交番」という見慣れない文字がありました。どういう意味か尋ねると、運転手が足りない便とのこと。

この月のシフト表をよく見ると、月の初めはほとんど発生していませんでしたが、月の半ばを過ぎると、「不足交番」の日が目立つようになります。

前日までに運転手を確保できなければ、ダイヤを維持できなくなります。

181226sha.6.jpg限られた運転手の数の中で、どうやりくりするか、頭を悩ませる毎日で「夢で見ることもある」(山本社長)ほど。

運転手が確保できない場合、その多くを山本さんが埋めます。社長が、急な欠員への対応だけでなく、シフトにも入らないとまわらなくなるほど、運転手不足が深刻な状況となっていました。

「なんとかきょうも乗り切った、という感じの日々です。フルタイムで働ける運転手の絶対数が少ないので、月半ばを過ぎると、どうしてもあわなくなってくる。シフト表づくりは本当にゆううつです」(山本社長)


<70代運転手も 運転手も契約社員が主力?>

181226sha.7.jpg「フルタイムで働く運転手が少ない」ってどういうことなんだろう?さらに詳しく聞いてみました。

山本さんの会社では、定年などで退職者が相次ぐ一方で、運転手の募集をかけても応募は少なく、慢性的な運転手不足の状態。運転手の高齢化が進み、平均年齢も52歳。

さらにせっかく採用した若手が数年で辞めていくケースまで出ています。どうやら待遇のよい他社などに転職する人も少なくないようです。

181226sha.8.jpgその穴を埋めているのが、再雇用した高齢者などの契約社員。いまや20人いる運転手の半数が、こうした契約社員だといいます。契約社員の中には70代の運転手や月に2、3日程度しか働けない、勤務制限のある人が多くいます。

退職者が相次ぎ、なんとか契約社員でその穴を埋めるも、運転手の体制が硬直化。中小のバス会社には、より深刻な運転手不足の現実がありました。

「若い人は大手の会社に入ってしまうので、うちのような会社が人を確保するのは本当に難しいです。だから、どうしても契約社員頼みになってしまうんですけど、それさえも難しくなっています。70歳を超えた人たちを頼りにするのも限界がありますし」(山本社長)


<悩みは尽きない社長業…>

181226sha.9.jpg運転手業務を終えた山本さんは、休むまもなく今度は外回り。山本さんの悩みは運転手不足だけではなく、本業の社長業でもー。

特に大変なのは会社の運転資金のやりくりです。

山本さんは路線バスの運行にあたって、自治体からの補助金は一切、受けていません。運行している2路線は、もともとは大手バス会社が撤退するなどしたもの。引き継いだ当初は乗客も少なく「空気を運んでいる状態」(山本社長)だったといいます。

181226sha.10.jpg日中の運行間隔を15分にし利便性を高めるとともに、「9990円の定期(65歳以上限定)」などのサービスを次々と打ち出しました。

一方で、運賃は170円に抑え、この10年、一度も値上げを行わずにやってきました。

その結果、利用者が増え、黒字路線に。通勤・通学、買い物など地域の人たちにとっても生活に欠かせない路線になりました。

181226sha.11.jpgただ、1日当たりの利用者は2路線合わせて2500人ほど。かろうじて黒字を出している状況だといいます。

社員の給料に加え、燃料費、一部のバス車両のリース代などを差し引くと、会社に残るお金はわずか。金融機関に運転資金の融資などをお願いしなければならないこともあるといいます。このため、ふだんから金融機関や取引先などを訪ね、信頼関係づくりに励む日々。

ただ、経営状況を改善しようにも、利用者に負担を強いる運賃の値上げは難しく、運転手などの給料も上げるどころか、維持するのもやっとの状況だといいます。

「うちは小さな会社なので金融機関もそう簡単には貸してくれない。だからふだんからこまめに相談し、信頼関係を築いていく必要があります。万が一、会社の経営に行き詰まれば、運転手も含めた社員や、路線バスを必要としている利用者などすべてに迷惑をかけてしまう。そんなことは絶対にできない」(山本社長)


<苦渋の決断 もう維持できませんー>

181226sha.12.jpg会社と路線を守るため、山本さんは、社長業と運転手業務にと奮闘してきましたが、ことし11月、ついにある重大な決断をー。

2路線のうち1路線で開業以来初めての減便に踏み切らざるをえなくなりました。しかも“黒字路線”にもかかわらず。

運転手不足で、もはや、このままでは毎日のダイヤが維持できなくなるおそれがあったのです。

1路線の平日の運行間隔を15分から20分に。路線の維持と収益性、それに利用者の利便性への影響を最小限に抑えるための、ギリギリの決断だったといいます。

181226sha.13.jpg「私が毎日シフトに入っても限界でした。『運転手がいないのできょうは運休』とは絶対にできませんし、ダイヤを守っていかなければなりません。今まで利便性を高めようということだけを考えてきた私にとっては少なからず利用者の利便性が落ちる減便は苦渋の選択です。乗客もバスもあるのに運転手がいないんですよね…」(山本社長)

181226sha.14.jpg全国のバス会社の8割が運転手不足。さらにおよそ7割が赤字(いずれも国土交通省まとめ)。

山本さんのように、ギリギリの中で、なんとか路線を維持している状態は少なくないといいます。

運転手だけでなく、社長たちも厳しい状況に追い込まれているバス業界。どうすれば路線バスを維持できるのか。引き続き、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

投稿者:後藤岳彦 | 投稿時間:10時54分

ページの一番上へ▲