2018年11月28日 (水)同じ仕事なのに年収差40万円以上?


※2018年10月15日にNHK News Up に掲載されました。

みなさん、1時間当たりいくらで働いていますか? 今月、最低賃金が全国47都道府県で一斉に引き上げられました。最も高い東京では時給985円と1000円間近。時給1000円を超える求人も当たり前のように目にします。一方、最も低い県は761円でその差200円以上。年々広がる時給の差に地方では人材流出の危機感も広がっています。「そもそも日本の時給は海外と比べて低すぎる!」 そう指摘する専門家もいます。時給格差が何をもたらすのか考えます。

ネットワーク報道部記者 田隈佑紀

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<月収3万9000円 年収47万円の差>

ona181015.2.jpg今月、全国で平均26円最低賃金が引き上げられ全国平均は874円となりました。最低賃金は企業などが働く人に支払わなければならない最低限の時給額。毎年、都道府県ごとに改定されます。

アルバイトやパートなどを含む非正規雇用で働く人は、労働者全体のおよそ4割にのぼります。最低賃金は企業によっては正社員の地域別の給与の計算にも使われていたり、それ以上の水準で働く人の賃金にも波及すると言われています。

ネット上では賃金の上昇に驚く声のほか、地域格差を指摘する意見も見られます。

「東京の最低賃金ってもう985円なの!? ほぼ1000円じゃん」
「いつの間にこんなに上がったの?」
「最低賃金あがったけど、それでも900円に乗らないのはどういうこと…時給900円以上じゃないと働く気起きない」
「最低賃金上がっても結局物価がそれ以上上がってるので生活するだけでしんどいよね。野菜も肉も高いし」
「なんで全国で物価は大きく変わらないのに地方と都会で最低賃金が約230円も違うんだよ」
全国の最低賃金はどうなっているのか。

ona181015.3.jpg最低賃金の最も高い東京の985円に対して、最も低い鹿児島は761円。実に224円の差があり、同じ仕事でも、1日8時間、週休2日で働いて、1か月で3万9000円、年間47万円の差が出ます。

最低賃金は生活水準や、企業の支払い能力などを元に決められ、最高と最低の地域間格差は、2006年には109円でしたが、この10年余りでおよそ2倍に広がりました。

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<“越境”する人たち>
広がる地域格差に「越境」する人も出ています。

神奈川と静岡、大阪と和歌山などは最低賃金で100円以上の差があり、極端にいえば、道路や川を一本またぐだけで給料が変わるのです。

ona181015.5.jpgたとえば神奈川県湯河原町と静岡県熱海市では、同じ温泉街で、車で15分ほどの距離ながら、県の最低賃金でみると125円の差があります。

熱海市を所管するハローワーク三島によると、熱海市内の有効求人倍率は2.66倍(ことし8月)と人手不足が深刻になっています。「労働者を集めるため、神奈川の賃金水準に近づけようとしているが、中小の事業者の中には難しいところもあり、人が神奈川の方に流れている傾向が見られる」(ハローワーク三島の担当者)。

実際、家族が“越境”して働いていたという人にも話を聞きました。岐阜県大垣市に住み、娘が愛知県にアルバイトに通っていたという女性(58)は「岐阜と愛知では同じような仕事でも、店舗によっては時給が100円以上違うので、移動時間がかかったとしても、より給料の高い愛知県で働いていた。就職の際も、賃金水準を比較して結局愛知で働くことを決めた」と話していました。


<250以上の自治体が“危機感”表明>
地域格差がさらなる人口減少を招くのではないか…。そんな危機感が今地方に広がっています。
こちらは、改定前の最低賃金と人口の流出入の関係を示したグラフです。最低賃金の低いところほど、人口が流出し、高いところほど人口が流入している傾向が見られます。

ona181015.6.jpgona181015.7.jpgona181015.8.jpgもちろん要因は最低賃金だけではありませんが、企業の人手不足も深刻となる中、最低賃金の格差がさらなる人口の流出を促し、地方の人口減少を加速させるのではないかとの危機感が広がっているのです。

この5年間で、実に全国の自治体の1割以上にあたる254の市町村や都道府県の議会で、全国同一賃金や地域格差の縮小などを求める意見書が議決されています。(全国労働組合総連合調べ)。

このうち、ことし6月に議決した静岡県袋井市では「最低賃金が全国平均を下回っていて著しく低い状況であり、若い労働者の県外流出を招く要因にもなっている」(意見書)として、国に対し、最低賃金の引き上げや地域間格差縮小などの施策を求めています。

ona181015.9.jpg静岡 袋井市役所
静岡県商工会議所連合会の担当者は「企業の人手不足が深刻で、県境を超えて人材の“争奪戦”が起きている。静岡県はこれまで、他県に比べて人件費が低いことで、企業誘致がうまくいっていた面もあるが、これだけ人を採用しにくい状況では、最低賃金を引き上げて労働条件を改善していかなければやっていけない時期に来ている」と危機感を示します。


<中小企業から悲鳴も>
一方で雇う側の企業も悩んでいます。

全国で2番目に高い最低賃金が983円の神奈川県。秦野市で製菓の製造販売業を営む社長の男性は、およそ30人のパート従業員を雇っていますが、多くが最低賃金で働いています。

この5年間で賃金の負担は1割以上増加。最低賃金の水準の低い他県の業者との競争もあるため、価格に転嫁することができず、人件費を抑えるため、工場や店舗の定休日を週1日増やして対応しています。

「人件費を引き上げていく必要性も理解しているが、今でも業績はギリギリ。地方では今後売り上げを伸ばすことも難しく、これ以上人件費が引き上がっていけば事業の先が見えない」(製菓業の社長)

中小企業が加盟する日本商工会議所は「最低賃金の大幅な引き上げは、経営基盤がぜい弱で引き上げの影響を受けやすい中小企業の経営を直撃し、働く者の雇用を失わせるだけではなく、事業の継続自体も危うくし、結果地域経済に悪影響を及ぼすことが危惧される」としています。


<日本の最低賃金は最低?>
労働者側と経営者側で別れる見方。そもそも日本の最低賃金は高いのでしょうか? 低いのでしょうか? 最近は、アメリカのAmazon社が最低の時給を1700円にすると発表したことも、日本との比較で話題を呼びました。

「海外の先進国と比較して、日本の最低賃金は低すぎる」 世界各国の最低賃金を分析し、最低賃金の引き上げを提言している元米大手金融アナリストのデービッド・アトキンソン氏はそう指摘します。

ona181015.10.jpgona181015.11.jpg欧州各国と比べて低く、韓国の水準も下回っています。

「人材評価を図る指標で、日本の労働者の質は世界4位なのに、最低賃金は28位。最低賃金で年間2000時間まじめに働いても174万円しか得られないのは異常。国が日本の労働者には、これくらいの価値しかないといっているようなもの。人員を安く使うことによって企業には新しい技術の導入も進まず、日本経済にとって根本的な問題となっている」(アトキンソン氏)


<地域別賃金は世界で当たり前ではない>
地域間の格差について、アメリカでは州別の賃金がありますが、イギリス、ドイツ、フランスなどは国内同一の最低賃金となっていて、実は日本のような地域ごとに最低賃金が異なる制度は当たり前ではありません。

「アメリカのように国土が広くて、経済も制度も州ごとに大きく異なる国と違い、交通機関も発達していて、文化、経済も地域ごとに比較的共通の日本でこうした格差があるのは、東京などの都市部へ行って働けと国が促しているようなもの」(アトキンソン氏)


<望ましい時給は1200円以上?>
政府も年3%を目安に最低賃金を引き上げる方針を示し、全国平均の最低賃金(加重平均)を1000円とすることを目指しています。

ただ、アトキンソン氏は、GDPなどを基にして欧州と同じ水準にするには2020年に1200円以上にする必要があると主張します。

ただ、韓国で年間16%の最低賃金の引き上げを行ったところ雇用が減少したと指摘されるように、極端な引き上げは雇用への影響をもたらすおそれもあります。

アトキンソン氏は、各国の事例を参考にこれまで以上に上昇のペースを上げつつ年間10%程度を限度に「段階的に」引き上げていくことが必要だとしています。

「企業が事業計画を立てられるように、いつまでにいくら引き上げるか計画を明示し、段階的に引き上げていくべき。企業側もむだに人を使っている仕事はないか徹底的に見直していき、生産性を引き上げていく必要がある」(アトキンソン氏)

最低賃金の動向は、個人の消費、企業の事業計画など影響が広くおよびます。働き方改革、外国人労働者の受け入れ拡大、はたまたAIの普及…。雇用環境が大きく変わろうとしている中、議論を一層深めていく必要がありそうです。

投稿者:田隈佑紀 | 投稿時間:17時02分

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