2019年05月21日 (火)"スマホ難聴"どう防ぐ?
※2019年2月18日にNHK News Up に掲載されました。
通勤・通学、部屋でくつろぐひととき、大好きな音楽を聴いていたい。いつでもどこでも手軽に音楽を楽しめるようになった一方、スマートフォンなどで大音量で聴くことによって、世界の若者のおよそ11億人が難聴になるおそれがあると国連が警告しました。安全に楽しむにはどうすればいいのか、対策を探りました。
ネットワーク報道部記者 和田麻子・管野彰彦
<“若者11億人”難聴のおそれ>
「世界の12歳から35歳までの若者のうち、ほぼ半数にあたるおよそ11億人が、長時間、大きな音に過剰にさらされ、難聴になるおそれがある」
こう警告したWHO=世界保健機関などは、1週間の安全な音の大きさの目安について、地下鉄の車内に相当する80デシベルで40時間までとしたうえで、安全な音量で音楽を楽しむためにすべてのスマートフォンや携帯音楽プレーヤーに音量を制限する機能や、一定期間内にどれくらいの音を聴いたのか表示する機能を備えるよう求めています。
<「私も難聴に」 ネットの声>
ネット上にも、投稿が相次いでいます。
<難聴ってどんな病気?>
そもそも難聴とはどういったものなのでしょうか。慈恵医大第三病院耳鼻咽喉科の小森学診療部長に話を聞きました。
今回、WHOなどが指摘したような難聴のことを「騒音性難聴」というそうです。その名のとおり、大きな音にさらされ続けたことが主な原因です。
少し詳しく説明をすると、耳の中には「蝸牛(かぎゅう)」と呼ばれる器官があります。音は空気の振動が蝸牛に到達すると電気信号に変換され、実際に音として認識されるのですが、大きな振動が加わり続けると、この蝸牛の中にある、細胞や神経がダメージを受けてしまい、音が聞こえづらくなるのだそうです。
難聴にも種類がいくつかあるのですが、「騒音性難聴」になってしまうと、今の医学では治すのが難しいそうです。
<患者は増えているの?>
「11億人もの若者が難聴になるおそれがある」との指摘、日本ではどうなのか聞きました。
慈恵医大第三病院耳鼻咽喉科 小森学診療部長
「患者が増えている実感はありません」(小森医師)
その理由として、小森医師は、日本では会社などで行われる健康診断で聴力の検査があり、症状が悪化する前に、把握できることが多い点を挙げました。
また、そもそも日本では以前から、イヤホンで音楽を聴く人が多いので、今に始まったことではない気もしますが、この点については、「確かに今の時点では大きな変化はないと思います。ただ、これから症状を訴える人が出てくるかもしれません」と話しています。
どういうこと?
実は騒音性難聴は5年から10年、一定程度大きな音にさらされ続けたあと、初めて発症し、その後、少しずつ悪化するのだそうです。
そして、日本でもスマホが普及し、通信速度が向上したことで、場所を問わずにふだんから音楽や動画を楽しむ人が増えています。このため、今後、こうした患者が増えてくる可能性があるのではないかと指摘しているのです。
<経験者は語る>
ヘッドホンで大音量の音楽を聴き続けた結果、20年余りにわたって、耳の痛みに悩まされているという男性もいます。千葉県の会社員、島津太彦さん(36)です。
若いころからロック音楽が好きで、自宅で過ごしたり、通学したりする際に毎日のようにヘッドホンで聴いていたという島津さん。
異変が起きたのは15歳、高校1年生のころでした。いつものように音楽を聴いていたところ、左耳に耐えられないほどの痛みを感じ、耳鼻科を受診しました。
すると、医師から「耳に異常がある」と指摘され、原因はヘッドホンの音量だと診断されました。それ以降、大好きな音楽をヘッドホンで聴くことができなくなりました。
島津さんは「好きな音楽も楽しめなくなってしまいますし、ふだんの生活でも不便を感じるようになります。自分のようになる人が増えないよう、多くの人に注意してもらいたいです」と話していました。
<自覚なく進行する“老人性難聴”のリスク>
東京大学病院 山岨達也医師
「若い時から長時間、大音量にさらされていると、ダメージが蓄積して30~40代の早い時期に老人性難聴を発症することがあります」
こう指摘するのは、東京大学病院の山岨達也医師です。
急に聞こえが悪くなる一過性の難聴はわかりやすいものの、イヤホンなどで大音量の音楽を聴き続けている場合、少しずつ聞こえが悪くなるため自覚症状がなく、難聴に気付きにくいのが最も怖いといいます。
日本では“スマホ難聴”の症状がある若者の人数はわかっていません。しかし、山岨医師は次のように警鐘を鳴らしています。
「自覚症状がないまま大音量で音楽を聴き続ける若者が増えれば、将来、若くして老人性難聴を発症する人が増加するおそれもあります」
<耳鳴りがサイン>
では、どんな症状に気をつけたらよいのでしょうか。1つは、耳鳴りだといいます。
「耳鳴りは、耳の奥の内耳の細胞が損傷しているサインです。うるさい所から静かな場所に移動したときに、『シーン』という耳鳴りがしたら大音量の場所にいたと考えるべきです」
また、体温計の「ピピピ」という音が聞こえなかったり、人の話を聞き返すことが増えたりした場合も、注意が必要だといいます。
<どう防ぐ?>
難聴を予防するにはどんな方法があるのでしょうか。
大音量でテレビを見たり音楽を聴いたりしない
静かな場所で耳を休ませる時間を作ることも必要だといいます。
「一度失った聴力は元には戻りません。予防をしたり、早く治療を始めたりすれば、進行を妨げられるため、おかしいと感じたら医療機関を受診してほしい」(山岨医師)
<最新のイヤホンやヘッドホンも>
また、最近では、音量を過度に上げなくても聴きやすいイヤホンやヘッドホンが家電量販店で販売されています。
骨伝導のイヤホン
「骨伝導」という技術を用いたこの製品、空気の振動を介さずに、直接、頭の骨に振動を加えることで音を聴くことができる仕組みです。
専門に手がける大阪 城東区のメーカー「ゴールデンダンス」に聞いたところ、騒音の大きい工事現場でのやり取りや音楽を聴く時の音漏れ防止などとして需要が高まっているほか、難聴で音が聞きづらい人向けの補聴器などにも活用されているそうです。
ただし、さきほど紹介した小森医師によると、こうした機器は、鼓膜の損傷などで難聴になった人には効果が高いそうですが、「騒音性難聴」には、ほとんど効果はないということでした。
それでも、電車内や繁華街など周囲の音が大きいところで音楽を聴こうとすると、自然と音量も上がってしまいがちです。こうした状況の時に、「骨伝導」のイヤホンを使えば、音量を過度に上げなくても聴きやすいので、難聴の予防策としては効果があるのではないかと話していました。
今回、取材したところ、適度に音楽や動画を楽しむぶんには、それほど難聴を心配する必要はなさそうです。一方で、私たちの生活の中に、難聴になりやすい環境があるのも間違いありません。
音量を上げすぎない、休憩を適宜取る。こうした手軽な対策で防ぐことができます。ほんの少しでも気にかけてみませんか?
投稿者:和田麻子 | 投稿時間:16時28分