文研ブログ

メディアの動き 2021年12月21日 (火)

#355 メディアは社会の多様性を反映しているか~アメリカの動きから

メディア研究部(海外メディア) 青木紀美子


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2021年、アメリカのメディア動向を振り返ると、組織体制や発信内容に社会の多様性を反映させようという動きが目立ちました。

「メディアは社会の多様性を反映しているか?」という問いかけはアメリカだけでなく、世界の潮流にもなりつつあります。では日本のメディアはどうなのか?文研では日本のテレビの多様性を考える材料として、テレビ番組に登場する人物の男女比を調べるトライアル調査を行ってみました。また、テレビの女性や男性、さらに多様な性の取り上げ方をどう見るか、視聴者に聞くアンケート調査をNHK #BeyondGender プロジェクト班とともに実施しました。その内容は別の記事でまとめています 1) 2)ので、今回のブログではアメリカの動きを通して、その意義を考えていきます。

アメリカのメディアの背中を強く押したのは前年5月に黒人男性のジョージ・フロイドさんが警察官に暴行されて死亡した事件です。アメリカ各地から世界に抗議行動が広がり、テレビや新聞など伝統メディアは長く続いてきた黒人に対する差別の問題を報じる中で、自らの報道も差別を助長してきたという反省を迫られました。コロナ禍の中ではアジア系市民に対する差別やヘイトの問題も表面化しました。さかのぼると、性暴力の被害者に沈黙を強いてきた加害者とこれを容認する社会のありようを告発する#MeToo運動もありました。いずれも報道機関に自己点検を促すものでした。

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社会で権力を握り、報道機関では編集判断や人事などの決定権を握ってきた白人の中高年男性の世界観や価値観が中立公平や客観性をはかる「標準」になり、それにあてはまらない人々の視点や価値観を退けたり、偏ったものとして扱ったりしてこなかったか。異なる文化への無関心や無知から差別的な言葉や表現を使ってこなかったか。多様な人材を採用しても「標準」に順ずるよう求めてこなかったか。メディアの内外からこうした問いかけが持ち上がりました。

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メディアが多様性をより強く意識するようになったもう1つの理由は、存続の危機です。情報があふれる時代に、必要とされ、信頼される情報源として役割を果たしていくためには、より多様な人々の現実やニーズを意識した発信が欠かせない。そうしなければ視聴者・読者が先細りし、たとえ質の高いコンテンツを発信しても情報の洪水の中に埋もれ、淘汰されかねないという認識が広がっています。

2021年、アメリカでは3大ネットワークのABCテレビとケーブルテレビMSNBCの報道部門トップに黒人女性が相次いで就任し 3) 4)、Washington Postにも140年以上の歴史で初めて女性の編集長が就任しました 5)。NBC Universal News Groupは報道部門の社員の男女比を半々にし、有色人種の割合も50%にする目標を掲げ 6)、New York Timesは多様な人材が力を発揮できるような組織文化の変革をめざす計画を示し 7)、全米公共ラジオNPRは多様性の実現を戦略目標に定めました 8)

報道内容の見直しとしては、組織体制とともに、取材対象・取材情報源の多様性を検証し、社会の現実に近づけようとするところが増えています。イギリスでは公共放送BBCが2017年から出演者の男女比などを記録する50:50というプロジェクトを始めていますが、アメリカでも公共放送や非営利メディアが中心になって番組や記事でインタビューした人や引用した取材対象の多様性を点検する「Source Audit」を行い、公表するようになりました。

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サンフランシスコの公共放送KQEDは、ラジオ、テレビ、ポッドキャスト、オンライン記事で2019~20年に取材した人たちの△ジェンダー、△人種・民族、△年代、△居住・活動地域、△職業を、△番組・ジャンルや△話題とあわせてクロス集計するサンプル調査を行いました 9)。全体としては放送地域の人口比を反映しているものの、政治・科学番組、行政担当者や識者の取材では白人・男性が多いなど、偏りがあることがわかったとしています。KQEDでは改善をはかるため、現場の負担を大きくしないかたちで継続的に取材対象の多様性を記録・点検する方法を模索しています。また、報道内容・発信内容だけを変えようとしても真の多様性向上にはつながらないとして、管理職を含めた職員・スタッフの多様性、そして視聴者の多様性についても調べて情報を公開しています。

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フィラデルフィアの公共放送WHYYは、少し早く2018年に取材対象・情報源の点検を始めました 10)。調査開始当時は人口の40%を超える黒人が取材対象の7%にとどまっていました。それが2020年には27%に増え、白人は80%からおよそ60%まで減りました。ジェンダーでは女性が50%を超えています。それまで、ともすると時間がないことなどを理由に「いつも頼りになるあの専門家」「短くわかりやすい話をしてくれるあの人」にインタビューするといった傾向があったのを、常日頃から取材対象を広げることを意識し、個別の取材に入る前にもより多様な人の視点や声を取り込むことを話し合う時間をつくり、改善してきたといいます。WHYYはまた、職員・スタッフだけでは多様性を十分に広げることはできないという考えにもとづき、他のメディアや外部のジャーナリストと連携し、そのスキル・アップ研修も行ってきました。地域住民とのエンゲージメントの機会を増やして住民自身の発信力を向上する試みも続けています。

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全米公共ラジオNPRは自らのコンテンツだけではなく、幅広いメディアがアメリカ社会を反映するコンテンツを発信できるようにと、誰でも活用できる多様な取材対象のデータベースを作り、オンラインで公開しています。2013年に『Source of the Week』として立ち上げたもので、2021年に『Diverse Sources Database』として更新しました。多様な背景をもつ専門家や識者およそ400人の名前、肩書、略歴、連絡先、それにどんな話をする人かを知ることができる短いインタビュー音声が掲載されており、専門分野や地域ごとに人を探すことができます。こうしたデータベースは、幅広い分野の女性の専門家リスト『SheSource』12)、政治学の女性研究者を検索できる『WomenAlsoKnowStuff』13)、女性をはじめ多様なジェンダーの科学者をリストアップした『gage』14)など、分野別のものも増えており、放送や記事に登場する取材対象の多様性向上を後押しています。

多様性は性別、ジェンダー、人種、民族というような指標だけで語るものではなく、人の数だけあるものともいえます。ただ、そうした指標でみてもバランスよく社会の実態を反映していることは重要であり、また、より多くの人たちの声や視点を報道に反映していくための意識的なエンゲージメントやデータベースのようなツールと情報の共有が大事、という気づきがアメリカでの試みに繋がっているのだと思います。文研でもテレビの多様性に資する調査を続ける計画で、海外の事例とあわせ、今後もこのブログや「放送調査と研究」、それに文研フォーラムなどで報告していきます。



1) テレビ出演者のジェンダー・バランス~トライアル調査から
    (放送研究と調査2021年10月号)

2) みんなでプラス ジェンダーをこえて考えよう #BeyondGender
    テレビの女性・男性、ジェンダー 視聴者アンケート結果

3) Kimberly Godwin makes network history as next president of ABC News(15 April 2021)
https://abcnews.go.com/Business/kimberly-godwin-makes-network-history-president-abc-news/story?id=77075637

4) Rashida Jones named next president of MSNBC(Dec. 8, 2020)
https://www.nbcnews.com/news/all/rashida-jones-named-next-president-msnbc-n1250296

5) Sally Buzbee of the Associated Press named executive editor of The Washington Post, the first woman to lead the newsroom(2021年5月)
https://www.washingtonpost.com/lifestyle/media/sally-buzbee-washington-post-editor/2021/05/11/63491212-b25d-11eb-ab43-bebddc5a0f65_story.html

6) NBCUniversal Head Explains His 50% Diversity Challenge(2020年7月)
https://www.npr.org/2020/07/10/889842769/nbcuniversal-head-explains-his-50-diversity-challenge

7) Building a Culture That Works for All of Us(2021年2月)
https://www.nytco.com/company/diversity-and-inclusion/a-call-to-action/

8) NPR's Strategic Plan (FY21-23)
https://www.npr.org/templates/story/story.php?storyId=970198813

9) Want to know if your news organization reflects your community? Do a source audit. Here’s how.(2021年3月)
https://www.niemanlab.org/2021/03/want-to-know-if-your-news-organization-reflects-your-community-do-a-source-audit-heres-how/

10) Sourcing Diversity: WHYY and the rocky road to “cultural competency”(2019年9月)
https://www.cjr.org/tow_center_reports/public-radio-cultural-competency.php

11) NPR Diverse Sources Database
https://sources.npr.org/

12) Women’s Media Center - SheSource
https://womensmediacenter.com/shesource

13) WomenAlsoKnowStuff database
https://womenalsoknowstuff.com/

14) gage – by 500 Women Scientists
https://gage.500womenscientists.org/