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メディアの動き 2021年12月14日 (火)

#354 まだ見えない大風呂敷の中身 ~政権の浮沈を握る「新しい資本主義」~

放送文化研究所 研究主幹 島田敏男


 岸田文雄自民党総裁が第100代内閣総理大臣に選出されたのが10月4日。そして衆議院選挙で新しい民意の信任を得て、第101代総理として政権を本格的に始動させたのが11月10日。さらに12月に入り、36兆円近い補正予算を成立させる臨時国会の召集。岸田内閣のスタートから2か月余りの慌ただしさは相当のものでした。

 ただ、このスタートダッシュの時間を確保できたのは、新型コロナウイルス感染拡大の第5波が菅内閣を退陣に追い込んだ後、束の間、感染が低い水準に収まっているからでしょう。11月30日には日本で最初のオミクロン株感染者が確認され、従来よりも感染力の強い変異株が第6波をもたらすのかどうかが焦点になってきました。岸田総理にとって試練の局面はこれからです。


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 そういう状況の下で、12月10日から12日にかけてNHK月例電話世論調査が行われました。「あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか」という問いに対する答えです。

 ☆「支持する」50%、「支持しない」26%という結果でした。

 岸田内閣の支持率は、発足直後の10月調査では49%、衆院選を経た後の11月は53%でしたので、12月調査の50%は“スタートから続く横ばい”の評価になります。

 永田町関係者の間では、「離陸直後の衆院選を乗り切り、巡航速度での安定飛行に入った」といった好意的な見方が一般的です。御祝儀相場の62%で始まり、半減以下の30%で退場した菅内閣と比べると「派手さはないが堅実」という受け止めです。

 就任後、最初の本格的な論戦の場となった臨時国会での岸田総理を見ていると、安全運転で進むために低姿勢で臨み、頭を高くしないように心がけているように感じます。


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 衆議院の代表質問で、立憲民主党の泉健太新代表が「提案型の論戦を目指したい」と切り出したのに対し、早速、岸田総理が提案を受け止める姿勢を示しました。

 泉代表が「18歳以下を対象とする10万円相当の給付を、全て現金で支給することはできないのか」と質したのに対し、岸田総理は「基本は現金とクーポン券の両方だが、運用で全て現金支給も可能にする」と応じました。

 全国の地方自治体から、クーポン券での支給には手間がかかりすぎるといった批判が相次いでいたとはいえ、国会の代表質問で野党の質問と総理の答弁がかみ合ったのを久しぶりに見ました。

 こうした岸田総理の低姿勢、早めの軌道修正は他にも目立っています。野党の質問に対し全否定に近い答弁が多かった安倍総理、原稿棒読みが指摘された菅総理と比べると丁寧さを感じます。

 石原自民党幹事長(衆院選で落選)の事務所が雇用調整助成金を受け取っていた問題に関連し、選挙後に石原氏を内閣官房参与に起用した任命責任を指摘されると、岸田総理は「混乱は否めない」と陳謝しました。

 こうした岸田総理の姿勢は、当選同期の安倍総理が「野党に対して上から目線」と指摘されていたことを多分に意識したものと言えそうです。安倍内閣の外務大臣を4年8か月務めていた間、岸田氏は3歳年上の安倍氏と「実の兄と弟のように息があっている」と評されることもありました。

 しかし、安倍氏が国会審議の場で時に居丈高にもなり、それが「モリカケ問題」の時のように事態をさらに悪化させていく姿を間近で見て、他山の石としたようです。

 いわゆる人柄の良さが滲み出ているという与党内の好意的評価がある反面、野党からは「攻め手をかわす柔軟姿勢は曲者だ」という複雑な警戒感が出ています。ここは政治的心理戦の趣です。


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 そして今回の本題です。12月6日の所信表明演説で、岸田総理は自民党総裁選以来の旗印として掲げてきた「新しい資本主義」について時間を割きました。

 『1980年代以降、世界の主流となった、市場や競争に任せれば、全てがうまくいくという新自由主義的な考えは、世界経済の成長の原動力となった反面、多くの弊害も生みました』と格差拡大などの問題点を指摘。

 そして『成長も、分配も実現する「新しい資本主義」を具体化します。世界、そして時代が直面する挑戦を先導して行きます』と声を強めました。まさに大風呂敷を広げたといったところです。

 では、その具体的な中身はというとどうでしょう。賃金引き上げを行った企業に対する税額控除の引き上げなど何点かは盛り込まれていますが、経済構造を抜本的に見直すような大きな構想は示されていません。所信表明演説では『来春には全体のグランドデザインと、その実行計画を取りまとめます』と締めくくりました。

 「乞うご期待」という所ですが、待てよ、春にはということは、年明けの通常国会での来年度予算案審議の時にも中身は見えず、来年夏の参議院選挙に向けた公約としてご披露しましょうということか?と勘繰ってしまいます。

 現在の日本経済、世界経済の抱える問題点を払拭する構想であれば文句の付けようもありません。しかし、大きな風呂敷だけ用意して中身がスカスカということになると、岸田内閣は失速の憂き目に遭いかねません。

 「新しい資本主義」なるものの道筋が徐々にでも浮かび上がってくるような取り組みを展開できるのか。低姿勢だけではなく、掲げた高邁な政策の中身が説得力のあるものになるかどうかが、政権の浮沈を握ることになります。