文研ブログ

メディアの動き 2020年10月27日 (火)

#279 これからの"放送"はどこに向かうのか? ~民放ローカル局の現状と今後の可能性①~

メディア研究部(メディア動向) 村上圭子


 10月11日、日本マス・コミュニケーション学会秋季大会がオンライン開催されました。
私は、「ローカルメディアの課題~ビジネスと公共的事業の両立は可能か?~」というワークショップに参加して報告を行いました。ローカル民放がおかれた現状と課題、そして今後を展望しました。
 報告したのは以下の4項目です。本ブログでは2回に分けて紹介していきたいと思います。
 ①厳しさ増す経営環境
 ②ローカル局改革議論の方向性
 ③ローカル局の公益的機能の今日的状況と課題
 ④地域報道・ジャーナリズムの持続可能性の担保

①厳しさ増す経営環境
 地上波民放(テレビ)の収入で圧倒的な存在感を持っているのがCMによる広告収入です。これは、地上波民放の放送サービスが開始した時から変わっていません。加えて、在京キー局や在阪・名の広域局等では、映画やイベント、不動産、最近では配信サービス等の「放送外事業」にも力を入れてきました。ただ、多くのローカル局は、今も9割近くが広告収入に依存しています。(※キー局のネットワークに属さない独立局についてはもともと自治体や地域の事業も多く、広告比率が7割程度の局もあります。)キー局などの番組を放送することで得られる「ネットワーク配分金」は減少傾向にあり、東京に本社を置くナショナルクライアントと呼ばれる大企業が全国に出稿する広告も、特に非都市部向けが減少する中、ローカル局においても、広告収入依存の体質からの脱却は課題となっていたのです。

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 広告収入といえば、インターネットがテレビの広告費を抜いたというニュースが大きな話題となりました。民放連研究所では広告費の中期予測をしていますが、それによると、2025年に向けてインターネット広告はテレビだけでなくマス4媒体(新聞・雑誌・テレビ・ラジオ)+衛星メディアをはるかに抜き去る勢いで伸びていくとしています。しかし、この予測はコロナ禍以前のものです。今回のコロナ禍で、テレビの営業収入は前年度比で20%近く落ち込むことが予測されています。かねてからのネットシフトに加えて、コロナ禍で広告収入が激減している状況に対して、ローカル局からは悲鳴にも近い声が聞こえてきています。

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 しかし、一言で民放ローカル局といっても、経営体力もビジネス環境も大きく異なっています。下記の資料は122局あるローカル局のうち、20局を抜粋し、売上高や従業員数などの事業規模の差異を示した民放連の資料です。在阪局の売上は600億円超、在名局は300億円前後、一方、大都市部を抱えない地域の局は30億~50億円という規模が相場のようです。

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 次の資料は、民放1局あたりの人口がどのくらいになるのか、県の人口を局数で割り算したものをグラフ化したものです。2007年と2019年の比較も入れています。放送エリアが広域にまたがったり2県のエリアもあったりするため、あくまで参考として見ていただきたいのですが、1局あたりの人数が少ない地域は、それだけ広告収入を得ることも難しいという一つの目安にはなると思います。中でも岩手県や山形県、石川県、愛媛県、長崎県などは、もともと県の人口が少なく、加えて人口減少が著しい地域にもかかわらず1県に4局の民放があるため、経営環境は厳しいです。つまり、ローカル局といっても事情は千差万別であり、もともと経営体力が低く&ビジネス環境が厳しい局は、減収でより厳しくなっているといえるでしょう。

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 こうした状況下で今年大きく進行しているのが放送の同時配信です。NHKはこの4月から「NHKプラス」をスタート、民放でも日本テレビがこの10月から、トライアルで「日テレ系ライブ配信」と称する同時配信をTVerで開始しました。現時点ではNHKも日本テレビも、東京の番組を中心に全国に一斉配信しています。
 同時配信を巡っては、放送エリアと同じエリアに限定して配信する、いわゆる“地域制御”を設けるか設けないかが、ここ数年大きな議論となってきました。東京などから一斉に番組が配信されてしまうと、ローカル局の視聴率や広告ビジネスを棄損してしまうのではないか等の懸念が、ローカル局からあげられていたからです。ラジオについては、当初から地域制御を設ける形で、radiko経由で各局が配信しています。しかしテレビについては、見逃し配信についてはTVerなどを通じて全国配信を実施、またローカル局の一部でも見逃し及び同時配信を全国向けに積極的に実施しているところがあり、部分的に可能なところから五月雨式に配信サービスが開始されてきたというのが実情です。こうした中、テレビ局が足並みをそろえて“radikoスタイル”を選択するという流れはもはや現実的ではない、という声も次第に高まっている気がします。
 もう1つ、同時配信については、国の政策としてこれまで以上に積極的に進めていこうという流れもあり、文化庁においては早期の著作権法改正も検討されています。
 以上のように、民放でも同時配信加速化の機運が高まるということは、ローカル局のビジネスにとって向かい風になるのでしょうか、それとも追い風になるのでしょうか……。

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<小まとめ>
 ここ数年、広告収入依存からの脱却という経営の体質改善に取り組んできたローカル局ですが、多くの局では、放送外事業の成果が見える前にコロナ禍が経営を襲いました。こうしたさなかに進む同時配信加速化の機運は、ローカル局が全国に情報・番組を発信する好機ともいえますが、そのためにはノウハウも人材も必要ですし、何より配信する情報・番組が充実していなければビジネスになりません。経営体力的にもメディア環境的にも厳しい局は、今後、より一層厳しい状況に陥っていくことが想定されるでしょう。これまで、局の規模に関わらず、どの局も等しく日本の地域社会を支える公共的なメディアとしてそれぞれが単独の会社という形で存続してきたローカル民放ですが、こうした共通のマインドを持ち、共通の経営の処方箋を考えていくことは、今後は難しくなっていくのでしょうか。


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②ローカル局改革議論の方向性
 ローカル局はどのような方向に向かっていくのでしょうか。コロナ禍以前、放送政策としては2つの場でローカル局のあり方が検討されていました。少し振り返っておきたいと思います。
 1つ目は、自民党の「放送法の改正に関する小委員会」で、2018年12月に第二次提言を出しました。(第一次提言はNHKの同時配信と受信料制度に関する内容)。この提言における最も大きなメッセージは、ローカル局の放送対象地域の拡大など、これまでの県域免許を見直し、局の積極的な再編を促進すべき、というものでした。
 この提言も受けた形で議論が始まった、総務省「放送を巡る諸課題に関する検討会(諸課題検)」の「放送事業の経営基盤に関する検討分科会」でも、初期の頃は構成員から、県域免許の見直しや県域免許を根拠づける基幹放送普及計画の見直しなどが提起されました。しかし、2020年6月に公表された取りまとめは、再編などの経営判断はあくまで当事者である放送局に委ねるというスタンスでまとめられ、総務省としては再編などに必要な制度改正が放送局から要望されれば環境整備に努めたいとする、政策主導ではなく事業者主導が明確に打ち出されたものとなりました。(※この取りまとめが公表された時にブログを書いていますのでご参照ください。)

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 この総務省の検討分科会と並行して議論が進められていたのが、民放連に設けられた「ローカルテレビ経営プロジェクト」です。議論の成果は今年7月に報告書としてまとめられ、民放内で共有されています。私は民放連に許可をもらって報告書を拝読しましたが、これまでなかなか踏み込めなかった領域にまで議論が及んでいて少し驚きました。たとえば、メディア環境が厳しい地域については、現行法では認められていない「1社(局)2波」も検討していくべきではないかとか、これまでのハード・ソフト一致の垂直統合モデル型の経営から、ハード(施設の整備や維持の業務)を切り離し、ソフト(取材や番組制作)に特化すべきではないか、などの検討です。放送局の数やチャンネル数を削減するといった再編議論が進められる前に事業者自らが取り得る選択肢はないのか、主体的に考えていかなければ将来に向けて道が拓けないという覚悟が感じられる議論が始まっているように思います。

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 この報告が出された後、民放連は9月に開催された諸課題検の「公共放送の在り方に関する検討分科会」である提案を行いました。ローカル局の経営が厳しくなる中、民放のハード(インフラ)の維持にNHKの受信料を充てられないか、というものです。具体的には全国に約500か所ある、「ミニサテ」と呼ばれる電波が届きにくい地域に設置している小規模な中継局の設備を維持・更新するコストを、これまでNHKと民放各局で等分負担していたものを、「条件不利地域へのユニバーサルサービスの維持という発想で、受信料財源を持つNHKがより多く負担するという考え方も成り立つのではないか」、というものでした。この提案については構成員から、ネットにおいて協力義務があるのに(放送の)本来業務に協力義務が全くないのはどうなのか、二元体制が維持されることで日本の言論空間が豊かになることは、視聴者国民にとっての利益、視聴者への還元である、という意見も出されました。


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<小まとめ>
 ローカル局の今後に向けた議論は、設備等のハード機能のコスト軽減・削減の方策と、地域メディアとしてのソフト機能の充実という方策の二本柱がポイントになってきています。こうした文脈の中で、NHKの役割や受信料の用途を考えていくことも問われてくるかもしれません。今後の議論を注視していきたいと思います。

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 次回のブログは、報告項目の③④について紹介していきます。