文研ブログ

2017年9月22日

調査あれこれ 2017年09月22日 (金)

#95 米国世論調査が直面した壁

世論調査部(社会調査) 政木みき

◆米調査業界を襲った「トランプ・ショック」

「2016年大統領選のドナルド・トランプの勝利は調査担当者、政治アナリスト、学者にショックをもたらした」―5月、米国世論調査協会(AAPOR)の調査委員会がこんな言葉で始まる報告を発表しました。

世界が注目した2016年の米大統領選で、世論調査は直前まで高い確率でクリントン氏の勝利を予測していました。過激な発言を繰り返す異例の候補者像もあいまって、クリントン優勢の観測が広がっていたため「想定外の勝利」へのショックは大きく、結果を読み誤った世論調査への批判が高まりました。

◆業界をあげた選挙調査の検証
「なぜ予測は失敗したのか?」。その答えを探るため、5月、ニューオーリンズで全米の研究者、調査会社、メディア関係者らが集まって開かれたAAPOR年次総会を取材しました。4日間で100を超えた研究成果の報告のうち、大統領選の調査検証は単独テーマとして最多の17。業界をあげ信頼回復の糸口を探ろうとする気概を感じました。

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1,200人超が参加したAAPOR年次総会

このうちAAPORが設けた調査委員会の報告は、大統領選の勝敗を決定づけた接戦州での州調査の精度の低さが致命的要因だったと指摘し、州調査を担う地方メディアの予算や人材の充実を提言しました。ただ、予算状況は厳しく州調査の底上げは容易ではありません。

取材では、調査先進国の米国の世論調査をとりまく環境の変化も印象に残りました。経費の問題や技術進歩もあり、米国の選挙調査は、調査員が行う電話調査に加え、自動音声の電話調査、インターネット調査など実に多様化しています。さらに近年は、各種世論調査のデータを集めて独自に予測する人たちが現れ、その影響力も無視できなくなっています。大手研究機関の研究者で調査委員会の委員長を務めたコートニー・ケネディ氏は、今回の検証で得た最大の教訓が「選挙中の調査の数が膨大で、大きな違いがある多様な調査があることを学んだこと」と語り、玉石混交のデータが飛び交う中、どの調査が科学的に行われ、国民全体の意識を推測できるのか、誤差を含む調査データをどう解釈すべきか、といったことを伝えるのも調査の専門家の課題になっていると述べました。

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AAPOR調査委員会コートニー・ケネディ委員長

また、選挙の結果を予測するために世論調査を使うことには議論もありますが、AAPOR総会で出会ったある研究者は「“真実の結果”が分かる選挙調査は、研究者として自らの仮説や方法論を発展させる最もよいテーマだ」と語り、こうした探究心が米国の世論調査を前に進める原動力になっているとも感じました。調査の協力率低下など、すでに日本でも深刻になっている課題や、近い将来に日本で起きるかもしれない米国の状況を見るにつけ、幅広い人々の意見の全体像にどう迫るのかという、世論調査の根幹にかかわる努力を怠ってはならないと感じた取材でした。

「放送研究と調査」9月号「米大統領選挙で世論調査は“外れた”のか」では“隠れトランプ支持”説の検証なども含むAAPORの検証報告を紹介しています。ぜひご覧ください。