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メディアの動き 2023年10月17日 (火)

【メディアの動き】"メディア王"マードック会長引退発表

 アメリカのFOX Newsなどの親会社Fox CorporationとWall Street Journalなどを傘下に持つNews Corporationは9月21日,ルパート・マードック氏(92歳)が11月に会長職を退いて名誉会長となり,長男ラックラン氏が会長に就任すると発表した。英米豪3か国にまたがる同氏の事業の行方に関心が集まっている。

 オーストラリア出身のマードック氏は,父親の急死により1952年に南部アデレードの地方紙を引き継いだあと,経営手腕を発揮して新聞事業を拡大し,同国初の全国紙を創設する一方,テレビ事業にも乗り出した。1969年にはイギリスに進出して大衆紙News of the World(NoW)やSUN,さらには高級紙Timesを買収し,衛星放送にも出資して“メディア王”とも呼ばれるようになった。1980年代には映画事業も取得してアメリカに進出し,90年代にかけて地上テレビネットワークのFOX,スポーツのFOX Sports,ケーブルチャンネルのFOX Newsなどを立ち上げた。

 同氏は衆目を集めるビジネス戦略に長け,NoWやSUNでは芸能人の醜聞,性や暴力に関わる話を煽情的な見出しで伝え,スポーツや戦争報道では愛国心をあおる立場を強調して販売数を伸ばし,1つの文化を成したとも評される。取材では手段を選ばず倫理を顧みない姿勢が目立ち,NoWは王族など著名人や犯罪被害者の携帯電話の留守録を盗聴していた違法行為が発覚して,2011年に廃刊に追い込まれた。

 マードック氏は各紙の論調などにも関与し,その世論誘導の力を政治家に恐れられ,オーストラリアの歴代首相,サッチャー,ブレアなどイギリスの歴代首相とも密接な関係を築き,両国政界への影響力を誇った。EU離脱を問う2016年の英国民投票では,最大部数のSUNを中心にEUを批判するキャンペーンを展開し,離脱の世論形成を後押しした。

 アメリカではFOX Newsのトーク番組に,社会の価値観や宗教観の変化,格差の拡大に不安を抱く人たちの恐れや怒りをあおる右派ラジオのビジネスモデルを採用。視聴者数でCNNやMSNBCを超えるチャンネルに成長させた。

 これらのトーク番組は新型コロナウイルスのワクチンや気候変動,銃規制,人種差別,移民の問題などで根拠を欠く主張を展開する保守派に寄り添い,2020年のアメリカ大統領選挙では投票・集計機を使った不正などで結果が変えられたとするトランプ前大統領の陣営の主張を繰り返し放送。投票機器メーカーに名誉毀損で訴えられ,FOX側が7億8,750万ドル(約1,200億円)の和解金を支払った。この裁判ではマードック氏が「選挙不正」の主張は偽りだと知りながら,前大統領寄りの視聴者離れを恐れて虚偽の主張を放送し続けることを認めていたことなどが明らかになり,利益を何よりも優先する同氏の経営姿勢が浮き彫りになった。

 ジャーナリストのカーラ・スウィッシャー氏は,マードック氏のメディアが偽情報を意図的に拡散して事実への信頼を損なうなど「英米豪3か国のメディアで最も破壊的な力だった」と評価。FOX Newsの放送はアメリカ社会の分断と民主主義の危機を際立たせた2021年の連邦議会議事堂襲撃事件に影響したとの指摘もあり,70年にわたる同氏の業績には批判的な意見が多い。株主の懸念も伝えられているが,引退発表は長男の後継者としての地位確立がねらいともされ,当面,経営方針は変わらないとの見方が強い。