文研ブログ

メディアの動き 2021年01月29日 (金)

#297 「香港の報道の自由、瀬戸際に」-香港国家安全維持法の衝撃-

メディア研究部(海外メディア) 山田賢一


 ここ数年、香港は激動の中にありました。
 2014年に香港の行政長官選出をめぐって「真の直接選挙」を求める「雨傘民主化運動」が起き、香港の繁華街の道路を2か月半にわたって占拠しました。このこと自体、従来「ノンポリ」で知られてきた香港人の大きな変化を示すものでしたが、2019年にはさらに大きな事件が起きます。行政長官が進めようとした「容疑者送還条例」改定に対する反対運動で、6月9日には100万人、そして翌週の16日には200万人が参加する特大規模のデモが起きました。
 しかし、筆者がかつてインタビューした人物で、3月末の初期段階の反対デモ(参加者1万2000人)には顔を見せていた林栄基氏の姿は、6月にはすでに見られませんでした。林氏は中国に批判的な書籍を発刊する銅鑼湾書店の店長で、2015年10月に中国本土に入境した後、行方不明となります。そして林氏を含む同書店の幹部5人がほぼ同じ時期に次々と失踪していたことが分かりました。林氏は翌年2月、他の拘束された2人と共に香港のテレビに登場し、違法な書籍の販売に関わったと罪を認めます。
 ところが釈放後の6月、林氏は香港で記者会見を行い、自らの自白ビデオが中国当局に強制されたものだったことを暴露しました。釈放された他の幹部たちが沈黙を守る中、林氏の勇気ある行動は大変な反響を呼びました。しかし同時に、林氏はいつ中国政府から仕返しを受けるか分からない恐怖の中での生活を余儀なくされます。
 「容疑者送還条例」への反対運動は、条例改定そのものは阻止できたものの、その後中国政府から「香港国家安全維持法」の制定という、強烈な反撃を受けます。この法律では、第9条で「メディア・インターネットへの監督・管理強化」が明示された他、第43条では、国家安全に危害を及ぼす犯罪に関与した疑いのある人物に対し、通信を傍受し秘密裏に監視することができるとされるなど、報道の自由を窒息させかねない内容です。
 実際、2020年6月に同法が施行されたあと、8月には中国に批判的な論陣を張ってきた大手紙『りんご日報』の創業者である黎智英(Jimmy Lai)氏が同法違反の疑いで拘束され、りんご日報への家宅捜索も行われました。容疑者送還条例反対運動が盛り上がりを見せる中で、林氏が香港から台湾に移住したことは、今日の香港を当時すでに予見していたのかもしれません。
詳しくは、『放送研究と調査』1月号をご覧ください!