文研ブログ

調査あれこれ 2023年06月20日 (火)

「復帰」50年以降のメディアの役割を考える ~『放送メディア研究』16号刊行後の動き~【研究員の視点】#493

メディア研究部 (番組研究) 高橋浩一郎

51年が経過した5月15日、メディアは「復帰」とどう向き合ったのか
 2023年5月15日、沖縄の日本「復帰」から51年が経過しました。
 今春文研が発行した研究誌『放送メディア研究』16号「特集 沖縄『復帰』50年」掲載の論考で指摘したように、「復帰」から50年の節目だった2022年は、テレビ報道量に関して、沖縄ローカル(NHK沖縄局と民放3局)との間で量と質に大きな差が見られたものの、全国向け放送でも一時的には報道が集中して行われました。それでは51年が経過した今年、「復帰」に関してどの程度の報道がなされたのでしょうか。「沖縄」をキーワードに全国向け地上波のテレビメタデータを収集し、5月15日の「復帰、返還」の報道量を確認したところ、今年は昨年の1.4%、総計で5分足らずでした。50年の節目を越え、沖縄の「復帰」とは日本にとって何だったのか振り返る機運は全国向けテレビには見られませんでした。
 その一方、「復帰」を終わった話として済ませた在京メディアとは違い、沖縄では新聞や雑誌、シンポジウムなどさまざまな形で、1年前の「復帰」50年を振り返る企画が行われ、『放送メディア研究』16号が取り上げられる例もありました。5月16日には、沖縄タイムスの文化欄に立教大学の砂川浩慶教授による書評が掲載され、また27日には那覇市で、掲載論考の執筆者などが登壇し、「復帰」50年をメディアがどう伝えたかを検証するシンポジウムが開催されました。
 刊行をきっかけに新たな対話や交流が始まることは『放送メディア研究』のねらいであり、またその後の動向を継続して取材し、報告することも研究の一環であると考え、シンポジウムでの議論を本ブログでは紹介させていただきます。

「復帰」50年報道からメディアのあり方を考える
 シンポジウムを企画したのは沖縄対外問題研究会(以下、「対外研」)です。対外研は、24年前に県内外の研究者やジャーナリスト、メディア関係者が参加して発足し、最近では「現代日本外交の文脈」「沖縄の人々の自己決定権」など沖縄と日本、国際関係をめぐる今日的なテーマについて月一回程度研究会を行っています。今年初めには雑誌『世界』2月号(岩波書店)に論文を寄稿し、台湾危機を背景として急速にかじを切った国の安全保障政策に対し、軍事衝突を回避し、安定と平和に寄与するために地域秩序の設計を追究することなどを提言しました。
 シンポジウムは5人のパネリストを含めおよそ30名が参加し、対面、オンラインのハイブリッド形式で行われました。冒頭で『放送メディア研究』に寄稿した諸見里道浩さん(元沖縄タイムス編集局長)が「『復帰』50年沖縄 新聞報道について」と題する基調報告を行い、続いて『放送メディア研究』16号を企画したジャーナリストの七沢潔さんが特集のねらいとテレビ報道分析の概要について述べました。それに応える形でそのほかの3人(朝日新聞・前那覇総局長の木村司さん、沖縄タイムス論説委員長の森田美奈子さん、琉球新報編集局長の島洋子さん)がそれぞれの「復帰」報道の取り組みを伝え、後半では会場の参加者を含めた議論が行われました。

toudansha_1_W_edited.jpgシンポジウムの様子(2023年5月27日・那覇市) 画像提供:沖縄対外問題研究会

 5人のパネリストからは多岐にわたる論点が提示されましたが、共通して感じた点があります。それは、本来であれば昨年は沖縄の日本「復帰」とは何だったのかを振り返るべき節目だったにもかかわらず、急速に変化する現実に圧倒され十分な掘り下げができなかったことへの戸惑い、そして沖縄の人々の思いとは裏腹に島々の基地化が進められ、軍事衝突への緊張が高まっていく理不尽さに対する違和感と危機感でした。
 昨年の5月15日周辺の全国紙と各県紙、沖縄県紙の「復帰」報道を検証する中で、諸見里さんは全国紙と各県紙の多くが沖縄問題の理解促進に取り組む一方で、本土と沖縄相互のまなざしに微妙なすれ違いがあることを指摘しました。そして各紙の論調を分析して、中国脅威論が沖縄の基地の重要性と結びつき、南西諸島の自衛力強化や日米一体化を肯定し、結果として新しい日米安保体制の構築を了承する流れができている可能性があることに懸念を示しました。(詳細については、本ブログの最後に関連論考のリンクを貼りましたのでご覧ください。)
 それを受け、沖縄タイムス論説委員長の森田美奈子さんは自らが担当した昨年と今年の社説を比較しながら、この1年間の変化について語りました。昨年5月15日の社説では、県内の世代間の溝の存在に触れ「基地をめぐる構造的差別は高齢世代に屈辱感をもたらしており、“尊厳”の回復が必要。現役世代や子育て世代には“希望”が持てるかが何より重要」と「復帰」50年の時点での沖縄社会の課題を提示したのですが、今年の社説では、ポスト「復帰」50年の現状を「進む要塞化」と、より踏み込んだ表現にせざるをえなかったと述べました。
 琉球新報編集局長の島洋子さんは、「復帰」50年当日と1972年当時の記事を並列し、「変わらぬ基地 続く苦悩」と全く同じ見出しをつけた、昨年5月15日の紙面展開について説明しました。そして個人的な体感として、10年前ではそうではなかった辺野古の新基地建設や、オスプレイ配備が粛々と進められるなど、「復帰」40年と比べて事態は好転しておらず、「復帰」50年は決して晴れがましいものではなかったと振り返りました。
 また朝日新聞の前・那覇総局長の木村司さんは紙面や特設ホームページなどで沖縄と日本本土の共通の土台作りを心がけたものの、節目を越えた途端に“基地の負担”から“基地の重要性”に軸足が置かれるようになったことに対して具体的な問題提起ができなかったと述べました。さらに、本来であれば「復帰」を迎える主体的な責任がある日本本土の「無自覚な無関心」に訴えかける難しさを語りました。
 節目を超えて「復帰」から「軍事」へ軸足が移ったという、パネリストたちの実感はデータからも裏付けられます。4,5月の地上波テレビで「沖縄」に言及したメタデータの中からいくつかのキーワードを抽出して昨年の数値と比較してみると、昨年「復帰、返還」が全体に占めた割合は16%、「自衛隊」は2%だったのに対し、今年は「復帰」が1%と減り、「自衛隊」は33%と大幅に増加していました。その中で4月に起きた宮古島周辺でのヘリコプター墜落関連のものが19%と大半を占めているものの、一方で「基地」を含むものが6%、「ミサイル、PAC3」が3%と、全国向けテレビの沖縄へのまなざしが「軍事」に傾斜していました。

歴史の反復への懸念
 会場で議論を聞いていた参加者からは、軍備増強の前線として巻き込まれていく沖縄の姿がかつての歴史に重なるという指摘がありました。対外研代表の我部政明さん(国際政治学者)は、日本の近代史を振り返り「沖縄県が設置された1879年から52年後に満州事変が起きたことを考えると、あと2年ほどしたら日本は再び戦争に巻き込まれるのではないか」と歴史が繰り返されることを憂慮しつつ、その一方で「有事」に関しては日本だけが浮き足だっている印象で「エコーチェンバーのような感じがする」と、メディアが一方的に伝える社会や世界の姿に対して冷静になる必要があると語りました。
 ジャーナリストの七沢潔さんは日本が戦争のできる国に変わる中で沖縄がどこへ向かっているのか、100年単位の歴史を繰り返しているような感覚があると述べ、朝日新聞の木村さんもメディアが戦前にたどった同じ道を歩んでいるのではないかと語りました。
 その中で沖縄タイムスの森田さんは「戦争が起こる可能性を摘み取ることを最優先すべき。メディアは二度と戦争の旗振り役になってはいけない」と述べ、琉球新報の島さんは「台湾有事の危険性が盛んに言われる中でも、沖縄戦の教訓である“軍隊は住民を守らない”ことを訴え、外交の重要性を主張していくことが沖縄の新聞社としての役目」と語りました。20万人もの人が亡くなり、県民の4人に1人が命を落とした沖縄戦の歴史を知るジャーナリストや研究者たちから、こういった切迫した意見が出ることを重く受け止める必要があると感じました。

kaijyo_2_W_edited.jpgシンポジウムの様子(2023年5月27日・那覇市) 画像提供:沖縄対外問題研究会

メディアの役割とは
 上記のような懸念があがる背景に「安全保障のリアリズム」を指摘する声がありました。「安全保障のリアリズム」とは国家間の力の均衡を図るために結果として防衛力強化が正当化されてしまうことを意味しています。中央大学教授の宮城大蔵さん(専門 戦後日本外交)はタレントのタモリさんの「新しい戦前」発言を引用しつつ「安全保障の論理が他を圧する『安全保障リアリズム』が肥大化した時代の到来。肥大化を相対化する必要がある」と発言しました。
 基調報告をした諸見里さんは、メディアは軍事的側面だけで「安全保障のリアリズム」を語るのではなく、自国の安全を高めようとする意図が他国にも同じような行動をとらせ、結果的に双方とも望まない衝突につながる緊張を高めてしまう「安全保障のジレンマ」の視点からの報道も必要だと述べました。また、単純な正義と悪の戦いとして国際政治を捉えるのではなく、中国や台湾、米国の理解を深めることで自由な判断を促す提言をするのも研究者やジャーナリストの役割だと語りました。
 さらに、こういう状況だからこそメディアの役割が大きいと指摘する声もありました。国際基督教大学教授の新垣修さん(専門 国際法学、国際関係論)は「安全保障の中で何がリアルで何がリアルでないかはファジーな部分がある」としたうえで「安全保障という領域は言語によって作られ、その後に行為が作られる。対話によって安全保障の内容がリアルなものになる」と語り、メディアによって伝えられる言葉の重要性を述べました。
 本ブログを書いている5月31日の朝、北朝鮮が沖縄県の方向に弾道ミサイルの可能性のあるものを発射したと報じられ、「ミサイル発射、建物の中に避難してください」と呼びかける防災行政無線が町に響き渡りました。このような事態を伝える際にシンポジウムでの議論をふまえ、メディアがどういう立場から、何を、どのような言葉で、どの程度伝えているのか注視する必要があると感じました。
 3時間半と長時間に及んだシンポジウムは決して明るい見通しが持てる内容だったわけではありませんが、パネリストと参加者が応答し合うことで議論が深まり、集合的な思考がなされる貴重な場になっていたように思います。『放送メディア研究』16号の刊行という文研からの情報発信を起点として、地方のメディアや研究者が少しずつ連携を図り、さらにその反応を共有することで、次の展開につなげていきたいと考えています。

kiji_3_W_edited.jpgシンポジウムの様子を伝えた沖縄タイムスと琉球新報の記事(2023年5月28日)

関連論考
諸見里道浩「『沖縄の眼差し』と『沖縄への眼差し』」
https://www.nhk.or.jp/bunken/book/media/pdf/202303_2_1.pdf
インタビュー木村司「『沖縄が』ではなく『日本社会が』 当事者意識を持って書き続ける」
https://www.nhk.or.jp/bunken/book/media/pdf/202303_2_2.pdf


ⅰ) 対象番組はニュース、情報番組、ワイドショー、ドキュメンタリーに限定した。

ⅱ) 砂川浩慶「沖縄と全国すれ違う目線」『沖縄タイムス』(2023.5.16)

ⅲ) 沖縄対外問題研究会「『沖縄返還』五〇年を超えて」『世界』(2023.2)