文研ブログ

2020年6月17日

ことばのはなし 2020年06月17日 (水)

#255 シャリだけ握ってくれないか? ~「読みことば」の秘密に迫る新連載『新・放送文章論』

メディア研究部(放送用語・表現) 井上裕之

 

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 ニュースは 握りずし である。
 どちらも扱う“ネタ”は、「新鮮」で、なるべく素材を加工せず「そのまま」、そして「種類が豊富」なほうがいいから。

  …もちろんこれは例え話です。が、テレビ番組を料理に例えると、ドラマやドキュメンタリーは、作品一つ一つが味わい深い、さながら手の込んだフランス料理や中国料理。その点ニュースは、手早く食べられる握りずしの魅力を持っています。

 ふだんはみんな、「トロがうまい」「きょうのウニは新鮮」と、ネタのよしあしに注目し、それらをのせるシャリを話題にしません。でも、かの料理界の巨匠、ジョエル・ロブションは、日本で銀座のすし屋に連れて行かれたとき、最初に白身、次にイカ、と注文した後、3番目にはなんと、シャリだけを握ってほしいと頼んだそうです。そして、それを口にするや、「この味は自分にはできない」と、老舗の編み出した酢飯の味わい深さに脱帽したとか…。

 このシャリにあたるのが、ニュースでは文章です。どんなできごとでも、短い時間で視聴者の前に出してしまうその文章スタイルは、ネタのおいしさをそのまま伝えることを最優先にし、自己主張をしません。だから、ふだんは誰も気に留めませんが、料理界の巨匠が感嘆したシャリだと思えば、その秘密にも興味がわいてきませんか?

 ニュースの文章は、読み上げられる前提で書かれた文章を実際に声に出して読んで伝える点で、「話しことば」とも「書きことば」とも違う、「読みことば」とされています。文研では、それをしばしば「放送文章」と呼んできました(連載のタイトルはここから来ています)。ニュースの放送文章は、100年近い日本の放送の歴史の中で生み出されたことは確かです。ただ、その特徴は、ネット時代を迎えた今もまだよくつかめていません。

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「放送文章」ということばが使われているNHK放送用語委員会の報告(『放送研究と調査』1993年6?号)

 本連載は、文研が毎月発行している『放送研究と調査』のことし5月号から隔月でスタートしました。第1回は、「NHKニュースの文はなぜ長い」。読みことばには「改行一字下げ」という段落の目印がないこと(放送文章は“声”だから当然なのですが…)と、ニュースの1文が長いこととの関係についてお伝えしました。第2回(7月号)は、映像と放送文章の浅からぬ関係についてお伝えします。ふだん気が付かない視点から、読みことばの特徴に迫りたいと考えていますので、みなさんにも“シャリだけ”のおすしの奥深さをお楽しみいただければ幸いです。