文研ブログ

2021年9月 2日

メディアの動き 2021年09月02日 (木)

#340 新型コロナワクチン接種をめぐる流言・デマと報道

メディア研究部(メディア動向) 福長秀彦


 新型コロナウイルスの感染拡大が止まりません。8月に入ると、一日の新規感染者が東京で5千人を突破し、全国では2万人台を超えました。ワクチンを未だ接種していない人が多い50代以下がその大半を占めています。
 感染収束の“決め手”とされているワクチンですが、接種の対象者が医療従事者や高齢者から一般の国民へと広がるに連れて、接種への不安を煽るような「流言」(事実の裏づけがないうわさ)や「デマ」(作為的なウソの情報)が飛び交うようになっています。これまでにSNSやインターネットのサイトなどを通じて拡散した流言やデマは、筆者が確認しただけでも優に50種類以上はあります。

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 上記のヴァリエーションも多数飛び交っているものと見られます。筆者自身も高齢者の友人から「動物実験のネコが全部死んだ」という話を直に聞きました。専門家によると、普通は動物実験でネコを使うことはないとのことですので、友人の話は上記の「動物実験のネズミ」がネコに転じたものと考えられます。

 社会心理学の先行研究によると、人びとが不安や恐怖、怒りなどのストレスを強く感じているときに、流言やデマが拡散しやすくなります。NHK放送文化研究所では、高齢者への「優先接種」が始まる直前の3月末から4月初めにかけて、全国の成人男女4千人を対象にインターネット調査を行い、新型コロナワクチンの安全性に対する信頼度を調べました。信頼度が低ければ、ワクチンの安全性への不安が強いことになります。

図1にその結果を示します。

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 結果は「信頼していない」が8%、「あまり信頼していない」が24%で、程度の差はあるものの、新型コロナワクチンの安全性に不安を感じる人が少なくないことが分かりました。不安が憶測を呼び、それによって多数の流言やデマが拡散していると考えられます。

 メディアは、流言・デマが拡散してワクチン接種への無用な不安が増幅しないよう、正確で客観的な情報を提供しなければなりません。その際に重要なのがメディアへの信頼です。メディアの情報にバイアスがかかっていないと人びとが考えることが肝心です。インターネット調査では、ワクチンの安全性をめぐる報道の信頼度(図2)や報道への不満・懸念も質問しました。

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 図2を見ると、「あまり信頼していない」「信頼していない」を合わせると、37%に上ります。ワクチンの安全性をめぐる報道が「十分な信頼を得ている」とは到底言い難い結果です。
 安全性に関する報道への不満や懸念では、「不安を煽っている」「分かりにくい」「客観性に欠ける」「説明が不十分」「接種の悪影響を過小評価している」という指摘が多く見られました。
 人びとが不安を抱いている状況について情報が不足していたり曖昧だったりする場合も、流言やデマが拡散しやすくなります。メディアがいくら正確な情報を伝えても、信頼されず相手にされていなければ、それは情報不足と同じことになってしまうでしょう。また、報道が「分かりにくい」というのは、情報の曖昧さに通じると考えます。

 図1.2から、流言・デマが拡散しやすい情報環境になっていることが分かります。まずもってメディアはさまざまな批判の声に真摯に耳を傾け、信頼の向上に努めなければなりませんが、同時に流言・デマの拡散を効果的に抑制する報道のあり方を追求することも重要でしょう。そのためには、流言・デマの実相を知る必要があると思います。
 夥しい数の流言・デマのうち、一体どのようなものが広範に流布しているのか。それらは何故、拡散力が強いのか。そして、接種の意思決定にどの程度の影響を及ぼしているのか。こうした問いに対する答えを探り、報道のあり方を考える調査・研究をしてみたいと考えています。

 図1と2に示した調査結果は『放送研究と調査』7月号「新型コロナワクチン接種をめぐる社会心理と報道~インターネット調査から考える~」に詳しく書きましたので、興味のある方はご一読ください。