研究員の視点 | NHK放送文化研究所

2025年3月

メディアの動き 2025年03月26日 (水)

ドキュメンタリーにおける生成AIの使用に共通のガイドラインを~米アーカイブ・プロデューサーたちからの提言~【研究員の視点】#577

メディア研究部(メディア情勢)青木 紀美子


ドキュメンタリーは私たちが世界を理解するために重要な役割を果たしてきた。人類の月面着陸、ナチスドイツによるホロコースト、そうした史実を私たちはドキュメンタリーを通して学んできた。こうした記録を人々が信じられないようになれば、事実への信頼も失われ、史実が塗り替えられてしまうことにもつながるのではないか。生成AIによってつくられたものが、歴史として独り歩きしないように、合成・加工された素材は現実の記録ではなく後からつくられたものだということを見る人に理解してもらうことが大事だ。それはドキュメンタリーの役割を守るということでもある。

これは、ドキュメンタリー制作における生成AIの使用についての実務ガイドライン「Best Practices for Use of Generative AI in Documentaries」1)を2024年9月に発表したアメリカのアーカイブ・プロデューサー連盟(Archival Producers Alliance 以下、APA)2) の共同創始者レイチェル・アンテル氏の話です。

「アーカイブ・プロデューサー(Archival Producers)」は日本では耳慣れない肩書ですが、ドキュメンタリーで使われるアーカイブ資料素材(映像、写真、音声、文書など)を探し、調べ、制作者のリサーチを支えるとともに、著作権のクリアランスなどにも関わる専門家です。

アンテル氏らは生成AIのルールなき使用の広がりに危機感を覚え、2023年にAPAを立ち上げ、制作者やテレビ局幹部、AIや法律の専門家などと話し合いを重ね、このガイドラインをまとめました。 その内容には、国際ドキュメンタリー協会(IDA)3) やアメリカのドキュメンタリー・プロデューサー連盟(DPA)4) 、ワシントンDCのドキュメンタリー映画祭(DC/DOX)5) 、NBCテレビのジャーナリズム・メディア教育プログラム(NBCU Academy)6) など、50以上の組織が賛同しています。

ドキュメンタリーにおける生成AI使用の実務ガイドラインドキュメンタリーにおける生成AI使用の実務ガイドライン(APAのウェブサイトから)


ガイドラインは、人が記録した現実を伝えることを重んじてきたドキュメンタリー映画や番組が持つ独特の価値を強調し、その信頼を守るために生成AIの慎重な利用を促すものです。生成AIを使う場合には、制作に携わる関係者との情報共有を徹底し、さらに見る人が合成・加工された映像や音声が現実の記録とは違うことを認識できるような透明性を担保することなどを提言しています。

この記事では、2025年1月に行ったAPAの共同創始者アンテル氏とジェニファー・ペトゥルセリ氏へのインタビューをもとに、APAがガイドラインを作成した動機やねらいを紹介します。インタビューの内容はわかりやすさのために意訳・編集しています。

***

増えるドキュメンタリーにおける生成AIの使用

生成AIは2022年にOpenAI社がChatGPTを公開して以来、情報のまとめ、翻訳や作文などに対応する対話型サービスとして普及してきました。画像、動画や音声を合成・加工するツールも増え、編集ソフトなどにも組み込まれ、広く使われるようになっています。ドキュメンタリー制作の現場でもこうした生成AIの機能を使う事例が増えているとアンテル氏とペトゥルセリ氏は説明しています。

レイチェル・アンテル氏レイチェル・アンテル氏 (2025年1月15日のオンライン・インタビューから)

アンテル氏:ドキュメンタリーの制作に生成AIを使ったプロジェクトで、よく見られる事例は2つあります。1つは写真の加工です。使う写真は古いものであることが多く、縦横比が現在の横幅が広いワイド画面には合いません。そこで制作者が画面に余白がないようにしたいと考えた場合、今の編集ソフトは、ボタン1つで余白を埋めることができます。そうした生成AIの機能があらかじめ搭載されています。古い写真を参照して生成AIで余白を埋める画像を合成し、ワイドアングルのカメラで撮影したかのように加工することが簡単にできるのです。加工の内容は、写真になかった建物や人物を新たに加えるといったことで、こうした生成AIの利用はよく見かけるようになりました。

もう1つは音声の生成です。すでに亡くなった人物をドキュメンタリーで取り上げる場合に、その人の音声記録が残っていれば、それをもとに疑似音声を合成し、その人が生前に声に出しては語らなかったであろうことを言わせることもできます。歴史的人物などが、自分の手紙や日記などの記述を読み上げているように疑似音声を加工するといったことが行われています。


ドキュメンタリーにおける生成AI使用のリスク

両氏が挙げた事例にあるようにAPAの生成AIガイドラインが対象として想定しているAIの使用は、インタビューの書き起こしや映像の画質・色彩の補正といった作業ではなく、新たな画像、動画、音声などの合成、あるいは、見る人に誤った理解をもたらしかねないような既存の記録の加工です。

これまでの使用事例には、差別や迫害を受けかねない人物の安全を守るため、個人が特定されないように映像を合成・加工したものもあり、生成AIが新たな可能性をもつ技術であることはAPAも認めています。しかし、生成AIが簡単に使えるようになったことで一次資料の探索を怠ることや、合成・加工素材が本物の一次資料に紛れ込んでしまうリスクなどがあることを指摘しています。

ジェニファー・ペトゥルセリ氏ジェニファー・ペトゥルセリ氏 (2025年1月15日のオンライン・インタビューから)

ペトゥルセリ氏:生成AIで合成・加工した素材を使ったドキュメンタリーの中には、作品を見る人に誤解させかねない使い方をしている事例もあると感じています。そうした問題に直面し、受け手が見たり聞いたりしているものが、実際に撮影・収録された本物の資料映像や音声なのか、そうではないのかを理解できるようにすることが大切だと考えるようになりました。

アンテル氏:例えばドキュメンタリーの一部に1910年代のニューヨークの街を生成AIでつくって取り込んだとします。ドキュメンタリーの一部であるということで、見る人はそれが実際にあった現実だと考えるわけです。しかし、生成AIによる合成画像では、実は存在しなかった建物を見せられているうえ、そこには当時は存在しなかった建築素材が使われているように描かれていたり、その時期に、そこには咲いていないはずの花が含まれていたり、といったことが起こりかねません。

実在した人物の過去の収録音声とその人の文章や手紙をもとに合成された音声の場合、その人物がどのようにその文章を読んだか、ユーモラスに語ったのか、怒りをもって語ったのか、早口だったのか、ゆっくり話したのか、などを機械の解釈でつくることになりかねない、という問題があります。しかも、それを本物の収録音声とあわせて使うと、区別することは非常に難しくなります。他人である俳優や声優が、ナレーターとして日記や手紙を読むよりも、生成AIによる合成音声の方が真実に近いと信頼されてしまう可能性があります。


生成AIの学習データから来る偏りの問題

両氏は、AIの学習データの偏りから来る誇張されたステレオタイプなど、偏った結果を示すコンピューターの処理、アルゴリズムのバイアス(偏り)の問題についても指摘しています。

アンテル氏:生成AIのデータ処理のもとになっている機械学習のデータには、インターネット上などからかき集めた情報・素材が使われているといいます。しかし実際に何が使われているかはわかっていません。また、存在する過去のアーカイブ映像などの記録のうち、デジタル化されているものはほんの一部です。このため、すでにデジタル化され、学習に使われた映像や画像に潜在的なジェンダーや人種的な偏りがあれば、それは増幅されたかたちで生成AIが合成・加工した結果に反映されるおそれがあります。実際、私たちはそうした問題が起きるのを見てきました。

例えば、生成AIで歴史的な人物を合成してみると、女性像の場合、人気俳優やモデルに似た姿をしていたことがありました。細いウエストや長い髪など、インターネット上にあふれている、かなり偏った特徴の'女性像'を反映したものでした。アルゴリズムのバイアスという問題が意識されるようにはなっていますが、今でも例えば「CEO」と入れると大概、白人の男性になってしまうといった問題があります。


生成AIは制作意図などを検証できないブラックボックス

アンテル氏やペトゥルセリ氏は、現実を記録した資料映像などにも偏った視点が反映されている場合があることや、ドキュメンタリーとして事実を切り取り提示すること自体にも一定の編集方針や創作意図が入ると認めたうえで、人が介在する編集と生成AIによる合成や加工は質を異にすると、指摘しています。

アンテル氏:ドキュメンタリーをつくる際に映像を編集してつないでいくことで'真実'に手を加えているわけです。多くの場合はより大きな'真実'を明らかにすることをめざしているとはいえ、編集の結果は現実に起きたことそのままではありません。そうした、これまでにやってきたことと生成AIを使うことは何がどう違うのか、私たちも頭を悩ませました。ガイドラインをまとめるにあたっては制作者やAIの専門家、弁護士など、さまざまな人たちと話し合いを重ねました。

たどりついたのは、「人間が立ち会って記録する(humans bearing witness)」という行為には意味があり、それがドキュメンタリーの不可欠な要素であり、一方、機械による合成は人間抜きに作られるものだということでした。生成AIはたくさんの映像や画像を'学習'し、それを混ぜあわせた中から新しいものを合成するためです。

歴史上の人物の手紙や日記などの文章を、他人である俳優や声優が読む場合は、その俳優の解釈、あるいは監督の指示が入っていることがわかります。

人がつくるものにも、アーカイブ資料にもバイアスはありますが、それがどのような背景をもつものか、どこに問題があるか、検証することができます。

ペトゥルセリ氏:ドキュメンタリーで使われてきた「再現」も、今までの手法であれば、誰がいつ、どのような状況のもとでつくったのかを確認することができます。

これに対して、生成AIは、ブラックボックスなのです。いくつかの言葉をインプットすると、映像や音声ができてくる。その映像や音声がどうやって作られたのか、何をもとに作られたのかを知る方法がありません。同じ言葉を使っても違うものが出てくる場合もあります。つまり検証が不可能であるということです。制作者が人間の場合には、誰がどのような選択をしたのか、その持つ意味は何かということを探ることができますが、生成AIでは探りようがないのです。

ペトゥルセリ氏とアンテル氏映像アーカイブ関係者の会合で生成AIの問題について話をするペトゥルセリ氏とアンテル氏
(2024年12月ミルウォーキー 写真:デボラ・マクラッチー氏)


現実を記録するドキュメンタリーの責任と透明性を担保する意味

アンテル氏とペトゥルセリ氏は、事実にもとづき、現実の記録をもとにしているドキュメンタリーだからこそ、受け手が見たり聞いたりしているのが、実際に撮影・収録された本物の資料映像や音声なのか、そうではないのかを認識し、理解できるようにする責任がある、透明性を担保することは、ほかのジャンルの番組や映画よりも重要であると訴えてきました。

ペトゥルセリ氏:透明性の担保は、ドキュメンタリーの分野ではとりわけ重要な課題です。ドキュメンタリーは歴史の記録であり、その記録として残るものに何が含まれているかはとても大事なことだからです。それは参照される記録として残り、その部分、部分がいろいろなかたちで引用され、社会にインパクトを持つ可能性があります。

アンテル氏:私たちが関わるドキュメンタリー作品でも、しばしば他のドキュメンタリーの映像を使うことがあります。従って私たちが制作に関わる作品も、いずれ他の作品に使われ、それがまた引用され、さらには学校の教材などにもなるという可能性を意識しています。では、生成AIはそこにどう位置づけられるのか。少なくとも誤った情報を記録として残していかないように注意しなくてはいけないと考えています。

ドキュメンタリーは私たちが世界を理解するために重要な役割を果たしてきました。どうやって人類が月面に着陸したか。ナチスドイツによるユダヤ人の虐殺・ホロコーストはどのようにして起きたのか。そうした史実を私たちはドキュメンタリーを通して学んできました。こうした歴史的な記録を人々が信じられないようになったら、何が起きたかという事実への信頼も失われ、史実が塗り替えられてしまうことにもつながるのではないか、という懸念を覚えています。それは恐ろしく危険なことです。

つくられたものが、歴史として独り歩きしないように、見る人にそれが何なのかをわかって見てもらうこと、生成AIに合成・加工された素材は現実の記録ではなく後からつくられたものだということを理解してもらうことが大事だと考えています。これはドキュメンタリーの役割を守るということでもあります。

(2025年1月15日にオンラインでインタビュー)

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アンテル氏らは、生成AIを使用したドキュメンタリー制作者の具体的な経験にもとづく事例集も作成することにしています。ガイドラインとあわせ、生成AIを使用する前に考慮すべきこと、使用する場合に注意すべきこと、見る人が合成・加工映像や音声を区別できるための工夫などの知見を共有していくことをめざしています。

また、ドキュメンタリー制作者にはフリーランスが多く、映画や番組などのコンテンツが国境を越えて放送・配信される現状をふまえ、制作を始める前から参照できる道標のような基準として、国際的に共通するガイドラインを設けることが望ましいと強調しています。

急速に変化するAI技術がさまざまなメディアのコンテンツにどう影響するのか。どのような可能性とリスクを意識して使用することが望ましいのか。アメリカのアーカイブ・プロデューサーたちの提言は、日本におけるディスカッションにも参考になるのではないかと考えており、『放送研究と調査』2025年5月号にガイドラインの和訳とあわせて掲載する予定です。

海外における生成AIをめぐる動きについては、3月7日のブログ記事メディアは独自のAI活用を~米ミネソタ・スタートリビューンの挑戦で、アメリカの地方紙のAI開発の責任者の話も伝えています。


1) Generative AI Initiative, Archival Producers Alliance
https://www.archivalproducersalliance.com/apa-genai-initiative

2) The Archival Producers Alliance (APA)
https://www.archivalproducersalliance.com/

3) International Documentary Association
https://www.documentary.org/

4) The Documentary Producers Alliance (DPA)
https://www.docproducers.org/

5) DC/DOX
https://dcdoxfest.com/

6) NBCU Academy
https://nbcuacademy.com/

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【青木 紀美子】
広島、東京、NY、ロンドン、バンコクなどを拠点としたニュース・番組取材を経て2018年から現職。
文研ではエンゲージド・ジャーナリズムなどメディアと市民の連携・協働やメディアどうしの連携、メディアの多様性の問題などについて調査・報告している。

メディアの動き 2025年03月07日 (金)

メディアは独自のAI活用を~米ミネソタ・スタートリビューンの挑戦~【研究員の視点】#576

メディア研究部(メディア情勢)山本 智・青木 紀美子


「これまで、さまざまなデジタル技術が登場するたびに、ニュースメディアは守りの姿勢に追い込まれてきました。生成AIはメディアの役割や社会の仕組みを破壊的に変える可能性がある技術です。私たちは、またもや受け身になるのではなく、積極的に学び、投資し、取材に資する技術として取り込むことが重要だと考えています。」(チェイス・デイビス氏)

メディア、とりわけ地方メディアは、生き残るためにAI(人工知能)とどう向き合い、どう活用すべきなのか。New York Times(以下、NYタイムズ)でデジタルコンテンツなどの制作・開発に携わり、現在は米中西部ミネソタ州の地方新聞大手Minnesota Star Tribune1 (以下、スタートリビューン)でAI開発の責任者を務めるチェイス・デイビス氏2 に2025年2月、話を聞きました。

150年以上の歴史があるスタートリビューンは、2009年の経営破綻を乗り越え、その後、2013年と2021年に優れたジャーナリズムに贈られるピュリツァー賞を3部門で受賞しています。厳しい経営状況が続きアメリカの新聞業界が縮小する傾向にあるなかで、同紙は人材やAIなどのデジタル分野への投資を積極的に行ってきました。2024年には「スタートリビューン」の名前に「ミネソタ」を加え、州内各地を取材する体制を強化し、さらにCEOが各地をまわって住民の話に耳を傾けるなど、独自の戦略を展開して注目を集めています。3 デイビス氏のインタビュー内容を以下、編集してお伝えします。

チェイス・デイビス氏チェイス・デイビス氏(2025年2月20日オンライン・インタビューより)

デイビス氏は、非営利の調査報道メディアCenter for Investigative Reportingでのデジタルジャーナリズム、NYタイムズでのデジタルコンテンツなどの制作・開発を経て2017年にスタートリビューンに移りました。編集局のデジタル部門の責任者や副編集長を経て、現在はAIの開発・研究チームの責任者を務めています。チームには、デイビス氏のほかに2人のエンジニアがいます。NYタイムズに比べれば規模は小さいものの、ローカルニュースをめぐる課題を解決するために、AIや最新技術にかなりの投資を行っている点で、スタートリビューンは地方新聞の中でもユニークな存在だとデイビス氏はいいます。

デイビス氏:スタートリビューンのAI開発チームの役割は3つあります。1つはガイドラインなどの作成と研修、もう1つは生成AIに関する疑問に答え、利用に関するアドバイスをする相談役、3つめが新たなツールなどの研究・開発です。開発にあたっては、商業的なサービスとして提供されるようなものではなく、独自性のあるものを作ることを目指しています。

これまで、さまざまなデジタル技術が登場するたびに、ニュースメディアは守りの姿勢に追い込まれてきました。生成AIはメディアの役割や社会の仕組みを破壊的に変える可能性がある技術です。私たちは、またもや受け身になるのではなく、積極的に学び、投資し、取材に資する技術として取り込むことが重要だと考えています。インターネットやグーグル検索、ソーシャルメディアがもたらす影響がわかっていれば、こうした技術が出現したとき、もっと攻めの姿勢で臨んでいたはずだという反省があるからです。


より質の高い記事を書くための独自のAIツール開発を

デイビス氏が、今、力を入れているAI開発は、記者向けの取材ツールです。ただし、記者の仕事を効率化することよりも、記者がより質の高い記事を書くために役立つツールの開発を目指しています。巨額の資金を持つAI開発事業者と同じようなことをするのではなく、また、そのサービスに乗るのではなく、独自のAIツールを作ることが、報道の質や信頼の低下が懸念される中で、新たなチャンスを生むと考えています。

デイビス氏:記者向けの取材ツールの開発にあたって考えているのは、どのようにすれば、記者がより特徴のある記事を、恒常的に書くことができるかということです。私たちは、たくさんの記事を書いてアクセス数を増やそうとしているわけではありません。インターネット上で広告を獲得できるコンテンツを水増ししようとしているわけでもありません。私たちは、読者がお金を払ってでも読みたくなるような記事を提供しようとしているのです。

ほかの誰も伝えていないニュース、誰も提示しなかった視点や背景情報を届けていることが、人々がスタートリビューンを購読する理由だということはデータが示しています。ですから、従来と同じ取材を早くできるようにする効率の向上よりも、独自性のある取材ができるように、記者が少しでも深い洞察や情報を得られるように支援することを目指しています。

インターネットでは、半ば偽りのくだらない記事をたくさん出して広告をつけ、お金を稼ぐこともできます。それは本当に危険なことですが、同時に私たちのような報道機関にとっては大きなチャンスだと考えています。なぜならネット上に粗悪な記事が増えれば増えるほど、質の高い独自性ある記事の価値は増し、需要も高まると思うからです。

ミネアポリスのスタートリビューン本社(Shutterstock)ミネアポリスのスタートリビューン本社(Shutterstock)

AIツールでアーカイブ情報の活用支援

AIが得意な技術の1つは、文章や映像などの複雑なデータを、データベースなどで検索できる構造化したデータに変換することです。これまで多くの人手と時間をかけなければできなかったこうしたデータの整理が、AIを使えば簡単にできるようになりつつあります。デイビス氏は情報を整理するAIのツールを開発することで、地方新聞が蓄積してきた膨大なアーカイブをより有効に利用し、公文書や公共のデータからもより有用な情報を探し出すことができるようになると話しています。

デイビス氏:AIの取材活用例の1つは、記者が記事を書こうとしているときに、アーカイブの中から使える情報を見つけ出すことです。例えば1月にアメリカでは動画共有アプリのTikTok禁止法の適用直前にアプリの運用が一時、停止されました。当然、各社がニュースにしましたが、スタートリビューンであれば、担当する記者に、ミネソタ州に住むTikTokのインフルエンサーを見つけて話を聞き、彼らがどう感じているかを書いてもらおうか、といった話になったかと思います。自分の力で探すこともできますが、通常の検索では必ずしも役立つ記事を見つけられないかもしれません。地元のTikTokのインフルエンサーや利用者が、まったく関係のないテーマの記事でスタートリビューンの取材を受けていた可能性もあります。こうした場合にAIを活用すれば、より簡単で情報の漏れがない検索で、見逃したかもしれない記事から取材対象を見つけることができるようになります。これは非常に単純な例ですが、私たちが実証し、実現可能だとわかっていることです。

オープンデータなど外部データでも、同じようにAIを活用することが可能です。例えば、ある凶悪犯罪について記事を書いていて、その犯罪で起訴された人がいたとします。経験ある記者であれば、その人物について調べ、過去に別の事件で有罪判決を受けたことがないかどうか裁判記録をチェックするでしょう。しかし、誰もが、そうするわけではないし、裁判の専門知識を持たない記者もいます。時間がない記者もいるでしょうし、そこまで時間をかける価値はないと思うこともあるかもしれません。このような検索がAIを活用することで自動的に行われ、その情報が記事を書いている間に提示されるようになれば、記者はこの情報を記事に盛り込むかどうかを直ちに判断できるようになります。こうしたデータの活用はほかにもいろいろ考えられます。大量の文書やデータを読み込むツールはこれまでにもありましたが、AIを使うことで、より有用な情報や新たな洞察を見つけることができる可能性があり、調査報道などに活用する方法を多くのメディアが考え始めています。


記者の取材と読者のニーズの両方に応える可能性も

デイビス氏は、アーカイブ情報の整理・活用をするAIツールを応用すれば、記者の取材支援と読者へのサービス拡充の両方に役立つ可能性があると考えています。

デイビス氏:地方メディアのアーカイブには多くの価値があると信じています。地方紙の多くは100年以上にわたり、一貫して地域の歴史的な記録を蓄積してきた場所です。新しいAIツールを作ることができれば、アーカイブから付加価値ある情報を取り出し、人々に活用してもらうサービスにする余地があると考えています。

また、既に登録されている記事だけでなく、新たな記事を登録する過程で、記事に含まれている情報を抜き出して整理し、ほかの記者や読者に役に立つ仕組みを作ることも考えています。 何かが起きたときに、その場所、登場人物や組織、その発言内容などを抽出し、関係する地域に住む人、関連する分野や地域を担当する記者に自動的にアラートするシステムを作ることができれば、読者や記者にとって、効果的なツールになると考えています。


AIを使い、検証し、理解することはジャーナリストの責任

2022年11月のChat GPTの登場以降、生成AIサービスの利用は社会に急速に広がり、多くの人に身近な存在となりつつあります。一方で、偽・誤情報を示す「ハルシネーション」の問題や著作権侵害のリスクもあり、AIを積極的に利用することに懐疑的なメディアも少なくありません。デイビス氏は、読者に届ける内容については人間が責任を持ち、あくまでも補助的に透明性を持って使う、という原則を守ることは重要だとしたうえで、ジャーナリストには外部のAIサービスを使ってみて、その性能を検証し、理解する責任があると強調しました。

デイビス氏:さまざまなAIのサービスは、記者が使おうと使うまいと、私たちが取材するさまざまな産業・ビジネスや、私たちの記事を読む人々の生活、私たちの毎日の暮らしのすべてに影響してくることは間違いありません。ですから私たちはジャーナリストの責任として、これらのツールに精通し、その威力と影響力を理解する必要があります。スタートリビューンの記者たちにも、必要な知識を身につけ原則は守りつつ、使ってもらいたいと考えています。自分たちの実用に役立たなかったとしても、他の分野では、それがなぜ、どう有用なのか、世界は今どう動いているかという理解につながるからです。AIは破壊的な変化をもたらす技術であり、その存在を無視したり、使わなかったりすることは、ビジネスとしてのメディアに有害なだけでなく、この時代のジャーナリストとしての責務に背くことにもなると考えます。

(2025年2月20日にオンラインでインタビュー)


デイビス氏によると、アメリカでは非営利財団などの助成もあって、スタートリビューンのほかにも地方メディアの間でAIの活用やツール開発の試みが行われ、相互の情報交換も進んでいます。デイビス氏は、AIを活用する知見や開発するリソースがあるメディアが、より小規模な地方メディアやハイパーローカルメディアを支援することで、地域の報道を支え、より良い情報環境を育むことも大事だと話しています。

本ブログ執筆者のうち山本智は国内の地方紙による生成AI活用の試みについても、メディアは生成AIをどう活用すべきか~「AI佐賀新聞」の挑戦~で報告しました。3月6~9日にミネソタ州ミネアポリスで開催されるデータジャーナリズムの国際会議NICAR4 にも参加する予定です。各国の地方メディアがAIにどう向き合い、どう活用しようとしているのかをさらに取材し、報告します。


1 https://www.startribunecompany.com/

2 https://www.chasedavis.com/

3 Defying Crisis in Local News, The Star Tribune Expands, Katie Robertson, 2024.8.18
https://www.nytimes.com/2024/08/18/business/media/star-tribune-minnesota.html

4 NICAR 2025
https://schedules.ire.org/nicar-2025/


山本 智

【山本 智】
1990年入局、神戸局、報道局経済部、国際放送局、大阪局、広島局、前橋局などを経て2024年8月から放送文化研究所。


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【青木 紀美子】
広島、東京、NY、ロンドン、バンコクなどを拠点としたニュース・番組取材を経て2018年から現職。
文研ではエンゲージド・ジャーナリズムなどメディアと市民の連携・協働やメディアどうしの連携、メディアの多様性の問題などについて調査・報告している。

調査あれこれ 2025年03月05日 (水)

女性リーダーについてどう思う? ~世論調査からみえる女性リーダーをめぐる意識~【研究員の視点】#575

世論調査部 村田ひろ子

3月8日は、国連が定める「国際女性デー」です。この日に合わせ、日本をはじめ世界各国で男女の格差解消や女性の地位向上を推進するためのキャンペーンが行われています。
 こうした取り組みの一方で、日本での女性の地位は低いままだと評価されています。毎年公表されている世界経済フォーラムの「ジェンダーの格差に関する調査」では、日本は常に下位に位置していて、最新の2024年は146か国中118 位※1 です。格差を示す指数は3年ぶりにわずかに持ち直しましたが、2006年の公表開始以降、横ばい傾向に変わりはありません。
 日本の指数が低い主な要因として、政治や経済分野で指導的地位にある女性が極めて少ないことが挙げられます。2023年9月の内閣改造で、女性閣僚が過去最多に並ぶ5人となり政治分野での若干の指数向上につながったものの、同年の衆議院に占める女性議員の比率は10.3%と、高順位にあるアイスランド(47.6%)やスウェーデン(46.4%)などと比べてかなり低い水準となっています※2 。また、経済分野に関しても特に女性管理職比率の低さが目立ち、2024年3月に公表された2022年の管理職に占める女性の割合は12.9%で、スウェーデン(41.7%)やアメリカ(41.0%)、フランス(39.9%)などを下回っています※3 。
 このように世界と比較して指導的地位にある女性の比率が低いことが指摘される日本ですが、当の日本に住む人々は、政治分野における女性の割合や、経済分野での女性管理職の登用について、どのように考えているのでしょうか。少し前のデータにはなりますが、2022年にNHK放送文化研究所が行った世論調査※4 の結果をもとに、人々の意識を見てみましょう。

1.政治や企業などにおける指導的地位にある女性の割合
 まず、政治や経済の分野における女性リーダーが今よりも増えたほうがよいと思っているのかどうかを見ていきます。国会議員や企業の役員などに占める女性の割合について尋ねたところ、「今よりも、女性が多いほうがよい」と答えた人は7割近くを占め、「今のままでよい」は3割ほど、「今よりも、女性が少ないほうがよい」は2%でした。これを男女別に見ても、「今よりも、女性が多いほうがよい」は、女性がおよそ7割、男性でも6割を超えていて、女性がやや多くなっていますが、男女ともに多くの人が女性のリーダーが増えたほうがよいと答えています。

女性リーダーは今よりも多いほうがよいか(全体、男女別)女性リーダーは今よりも多いほうがよいか(全体、男女別)

 この結果を違った角度からも見てみましょう。調査では、「性別による不利益を受けたことがあるかどうか」※5 についても聞いていますが、この質問に対して、「ある」と答えた人と、「ない」と答えた人で、女性リーダーが増えたほうがよいと思っているかどうかに違いはあるのでしょうか。
 性別による不利益を受けたことが「ある」人では、「今よりも、女性が多いほうがよい」と回答した割合が75%にのぼり、不利益を受けたことが「ない」人の65%より10ポイント多くなっています。
 この結果をさらに詳しく見ると、男性では、不利益を受けたことが「ある」人で「今よりも、女性が多いほうがよい」は66%、「ない」人では64%で、両者の間に統計的な差はありませんでした。一方、女性では、不利益を受けたことが「ある」人で78%、「ない」人では66%で、10ポイント以上離れています。女性では、性別による不利益を感じる場面として、「家事」や「昇進、仕事」を挙げる人が多い※6 のですが、性別による不利益を感じたことがある人では、意思決定層に女性が増えることで、家事や仕事での不利益が解消されやすくなるという期待があるのかもしれません。

女性リーダーは今よりも多いほうがよいか
(性別による不利益を受けたことがあるかどうか別)女性リーダーは今よりも多いほうがよいか

2.クオータ制の導入について
 では、女性のリーダーを増やすうえで、国会議員や企業の役員などを一定の割合女性にする制度(クオータ制)の導入について、どのように考えているのかを見ていきます。最も多いのは、「どちらかといえば、導入するべき」で53%と半数を超えています。これに「ぜひ」も加えた「導入するべき(ぜひ+どちらかといえば)」は7割以上を占め、「導入するべきだとは思わない(まったく+どちらかといえば)」の2割台を大きく上回りました。
 冒頭で「女性のリーダーが多いほうがよい」と答えた人が多かったことを紹介しましたが、その方策として、「クオータ制」の導入についても、前向きな考えを持っている人が多いことがわかります。
 ただ、男女、年層によって、クオータ制の導入には温度差も見られました。クオータ制を「導入するべき」は、女性が8割近く、男性が7割近くで、女性がやや上回っていますが、男性でも多くの人が賛成しています。これをさらに男女年層別に見ると、女性では特に18~39歳で8割を超え、「ぜひ導入するべき」という強い意見も3割近くと、他の年層と比べて多くなっています。一方、男性では、18~39歳と60代で「導入するべきだとは思わない」が3割を超え、他の年層より多くなっています。18~39歳では「まったく導入するべきだとは思わない」という強い意見の人も15%を占めて、同じ年代の女性(2%)を大きく上回り、男女間での違いがみられます。30代以下の男性では、指導的地位をめざすうえで、女性をすでに対等な競合相手、とみなしている人が多いからでしょうか?気になるところです。

クオータ制導入への賛否(全体、男女別、男女年層別)クオータ制導入への賛否(全体、男女別、男女年層別)※30代以下の人数が少ないため、18~39歳の区分で分析を行った。

 そもそもクオータ制の導入に賛成している人とそうでない人は、どのような理由でそう答えたのでしょうか。それぞれ、そう思う理由を複数回答で尋ねました。
 まず、クオータ制を「導入するべき」理由として最も多いのは、「物事を決めるときに、女性の考えがもっと反映されるようになるから」の53%。次いで「男女格差を解消するべきだから」が46%、「諸外国と比べて女性の割合が低すぎるから」が40%などとなっています。

クオータ制の導入に賛成の理由(複数回答)クオータ制の導入に賛成の理由(複数回答)(該当者:クオータ制を「導入するべきだと思う」と答えた人1,038人)

 一方、クオータ制を「導入するべきだとは思わない」理由としては、「性別にかかわらず、能力のある人をリーダーに登用するべきだから」が82%と他の項目を大きく引き離して最も多くなっています。次いで「女性の割合を無理に上げる必要がないから」が34%などとなっています。

クオータ制の導入に反対の理由(複数回答)クオータ制の導入に反対の理由(複数回答)(該当者:クオータ制を「導入するべきだとは思わない」と答えた人348人)

 女性の地位向上が進まないと言われる日本ですが、一方で、企業や役所など多様な分野で、指導的立場への女性の登用が少しずつ広がる動きもあります。さまざまな背景がからみ合う中で、単に女性の管理職の数を増やせば事足れりとするのでなく、組織や社会の中で、女性の考えや立場がどこまで尊重されているのか。男女が平等に仕事や出世の機会を得られているのか。これを女性だけでなく、男性も含めて、自分事として取り組みを進めていくことが必要になってくるのではないでしょうか。そうしたことも含め、3月8日の「国際女性デー」をきっかけに、女性の地位向上や男女の格差解消を考える機会になればと思います。


世論調査結果から読み解く夫婦の家事分担や子育てをめぐる意識については、こちら☞
「放送研究と調査」2024年11月号
子育て支援に関する施策が相次いで打ち出されているなか、人々の子育てに対する負担感に変化はあるのか、家事分担の公平感は労働時間の多寡によって異なるのかなど、気になる調査結果が盛りだくさん!ぜひご一読ください!

「NHKみんなでプラス~ ジェンダーをこえて考えよう」の特設ページは、こちら☞
https://www.nhk.or.jp/minplus/0029/ (※公開終了)

NHKみんなでプラス~ジェンダーをこえて考えよう(※公開終了)


※1 世界経済フォーラム「Global Gender Gap Report 2024」
https://www.weforum.org/publications/global-gender-gap-report-2024/

※2 内閣府男女共同参画局 女性議員比率の国際比較
https://www.gender.go.jp/policy/positive_act/pdf/sankou2_23_09.pdf

※3 労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2024」
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2024/03/d2024_3G-3.pdf

※4 「家庭と男女の役割」に関する国際比較調査。単純集計結果(日本の結果)とサンプル構成比は、NHK放送文化研究所ウェブサイトを参照。
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/pdf/20240208_1.pdf

※5 性別による不利益を受けた経験の有無については、「ある(大いに+ある程度)」と答えた人が32%、「ない(まったく+あまり)」と答えた人が67%である。

※6 性別によって不利益を受けたことが「ある」と答えた人に対して、どのような場面で不利益を受けたと感じたかを尋ねた結果、女性では、「家事、育児」(54%)と「昇進、仕事」(53%)が並んで最も多かった。

【村田ひろ子】
2010年からNHK放送文化研究所で社会調査の企画や分析に従事。これまで、「中学生・高校生の生活と意識」「生命倫理」「食生活」に関する世論調査やISSP国際比較調査などを担当。