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調査あれこれ

調査あれこれ 2024年04月08日 (月)

中高生の40年分のホンネがつまった「中高生調査データ」のページ、オープン!#531

世論調査部(社会調査)村田ひろ子・中山準之助

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 NHK放送文化研究所が、1982年から定期的に実施してきた「中学生・高校生の生活と意識調査」の調査結果をまとめたページが新たにできました!
 この調査は、学校生活や友人・親子関係、テレビやネット利用、将来展望などの幅広い質問領域から、中高生と保護者の意識を読み取ることができる世論調査です。
 このページでは、中高生と保護者それぞれを対象にした調査あわせて全150項目以上の時系列データから好きなものを選んでグラフや表で見られます(上の画像からアクセス可能)。学年ごと、親子間など、さまざまな角度から比較できるほか、集計結果もダウンロードできます。中高生を対象にした調査では、中学高校別のほか、性別や学年、男女中高別の結果なども選べます。
 調査自体は幅広い分野にわたりますが、ここでは、「心理状態」カテゴリから、「不安な気持ちになる?」を選び、さらに「悩みごとの相談相手」について、中学生・高校生別の結果を紹介します。

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 悩みごとの相談相手として、黄色の「友だち」を選んだのは、どの時代の調査でも高校生が中学生より多くなっています。時代の変化に注目すると、「友だち」を選んだ人は、1982年に6~7割を占めていましたが、最新の2022年調査では約4割と減少傾向が見られます※。その一方で、ピンク色の「母親」を選んだ人は、1982年の1~2割から2022年の3割と増加傾向です。

 グラフデータのほか、研究員の視点からデータを読み解いたコラムも掲載。調査結果をさまざまな角度から分析しています。

 

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 中高生の生活や意識がこの40年間でどのように変わったのか、あるいは変わらなかったのか? 多岐にわたる質問領域から、40年分の中高生のホンネが透けて見えるかもしれません。一度のぞいたら、何度もアクセスしてみたくなるコンテンツが盛りだくさんです!

「中学生・高校生の生活と意識調査」

※直近の2022年調査は、それまでとは調査方法が異なるため、過去の結果と単純に比較することはできず、意味合いについては質問ごとに慎重に検討する必要があります。

調査あれこれ 2024年03月12日 (火)

パーティー券裏金問題 進まぬ真相究明 ~無力感漂う岸田自民党~【研究員の視点】#530

NHK放送文化研究所 研究主幹 島田敏男

 2月29日と3月1日の両日、衆議院の政治倫理審査会が何とか開催にこぎつけました。しかし説明に立った岸田総理大臣と安倍派・二階派の事務総長経験者5人からは核心に迫る発言はありませんでした。

 そもそも5人は政治倫理審査会の開催や公開にも及び腰で、新年度予算案の衆議院通過を急ぐ岸田総理が、野党側に追い立てられて自らオープンの場で説明に立つと表明して引っ張り出したようなものでした。形だけという批判が出たのも当然です。

 政治とカネの問題での進展がないまま、新年度予算案の審議が参議院で続く3月8日(金)から10日(日)にかけてNHKの月例電話世論調査が行われました。

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☆衆議院の政治倫理審査会で、安倍派・二階派の事務総長だった5人が説明を行いました。あなたは説明責任が果たされたと思いますか。果たされていないと思いますか。

 果たされた 7%
 果たされていない 83%

これを詳しく見ると、果たされていないは与党支持者で8割、野党支持者で9割強、無党派で9割弱に上っています。真相究明に向けて自民党執行部が積極的に動いていない点、そして党内からも自浄努力を求める活発な動きが出ていない点に国民が強く憤っているように感じます。

 無力感漂う自民党へのまなざしの厳しさは、政党支持率の低下に端的に表れています。

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☆最近の政党支持率(%)

  11月   12月   1月   2月   3月
 自民党 37.7
29.5
30.9 30.5
28.6
 無党派(支持なし) 38.5 43.3 45.0 44.0 42.4


自民党の政党支持率が20%台に落ち込んだのは、2012年の政権復帰後、岸田内閣の最近の2回だけです。自民党が減った分が野党に回ったかというとそれはわずかで、全体に占める無党派の割合が増えて4か月連続で40%台 を占めています。自民党支持者の中から無党派に流出する、いわゆる様子見の人たちが少なくないことをうかがわせます。

 無力感漂う自民党が問題克服に一気に乗り出せない状況は、岸田内閣の支持率低迷にもつながっています。

☆あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか。

 支持する 25%(対前月±0ポイント)
 支持しない 57%(対前月-1ポイント)

東京地検特捜部が捜査に着手した去年の11月以降、岸田内閣の支持率は20%台に下落し、低い水準での横ばいが続いたままです。逆に不支持率は岸田内閣発足後、最も高い水準のままです。

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 岸田総理は一連の事態打開のために2枚のカードを切りました。1枚は岸田派の解散宣言。これがきっかけになって麻生派、茂木派以外の各派閥は解散へと向かいました。自民党所属国会議員370人余りのうち、70%以上が「無派閥」を名乗るという状況になっています。

 もう1枚のカードが、先の衆議院の政治倫理審査会に自ら出席し、テレビ中継も行われた公開での説明に臨んだことです。本人とすれば指導力を発揮したという自負があるのでしょうが、国民の受け止めはそれほど甘くありませんでした。

☆岸田総理は現職の総理大臣として初めて衆議院の政治倫理審査会に出席しました。この対応を評価しますか。評価しませんか。

 評価する 45%
 評価しない 47%

政権維持のために決意表明を連発したものの、発言の内容は真相究明には全く不十分で、問題に関係した議員の処分についても具体的な内容には触れなかったため評価は分かれました。

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 派閥の政治資金集めのために所属議員がパーティー券を売りさばき、ノルマを超えた分は議員の政治団体の収入になるというこの問題。政治資金規正法のルールを無視し報告書に記載しなかったことで、外から見えない裏金となり国民の怒りを買ったのは当然です。

 折しも2月16日には確定申告が始まっていて、一般の納税者は収入を自己申告して所得税を払い、漏れがあれば追徴金を払うことになります。「政治活動に使う資金は課税されない」という法律の仕組みも含めて疑問を抱く納税者が出るのも無理はありません。

 そういう中で政権の継続をあきらめず、新年度予算の年度内成立に執念を燃やす岸田総理には、どういう希望的な観測があるのでしょう。総理周辺によると念頭にあるのは「デフレ脱却宣言への道筋」だと言います。先の日経平均株価の34年ぶりの最高値更新などを足掛かりに、春闘での大幅賃上げを実現して国民にアピールするという楽観的な展望のようです。ただ、国民は景気回復のリアリティーを感じていません。

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☆日経平均株価はバブル期の1989年12月につけた史上最高値を更新しました。あなたは景気がよくなっている実感がありますか。ありませんか。

 ある  10%
 ない  83%

与党支持者、野党支持者、無党派の別にかかわらず、8割から9割が「実感がない」と答えています。株価の高騰は大口投資家のもうけになるだけ。賃上げがあっても物価の上昇で消えてしまう。これが庶民の実感です。

 今の通常国会の会期末は6月23日です。その前の4月28日には衆議院の3つの小選挙区で補欠選挙が行われます。その後の衆議院の解散・総選挙の可能性を占う上でも大きな意味を持ちます。

 そして岸田総理の自民党総裁としての3年間の任期は今年9月まで。岸田氏は続投を目指そうとするでしょうが、それに対して自民党の内外からどういう動きが出てくるのかは不透明です。

 いずれにしても政治とカネの問題を乗り越えなければ岸田自民党に対する国民の信頼は回復しません。「信無くば立たず」=民衆の信頼が無ければ政治はなりたたないという古くからの言葉は、まさに今の日本の状況に当てはまりそうです。

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島田敏男
1981年NHKに入局。政治部記者として中曽根総理番を手始めに政治取材に入り、法務省、外務省、防衛省、与野党などを担当する。
小渕内閣当時に首相官邸キャップを務め、政治部デスクを経て解説委員。
2006年より12年間にわたって「日曜討論」キャスターを担当。
2020年7月から放送文化研究所・研究主幹に。長年の政治取材をベースにした記事を執筆。

調査あれこれ 2024年02月02日 (金)

「日本人の意識」調査 データサイトへようこそ!#525

世論調査部(社会調査)原美和子/中山準之助

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 文研の代表的な世論調査、「日本人の意識」調査の、約半世紀にわたる調査結果をまとめたデータサイトが完成しました。

 この調査は1973年(昭和48年)に始まり、その後2018年(平成30年)まで、5年ごとに全部で10回の調査がおこなわれました。
 日本人の基本的なものの見方や考え方を長期的に追跡するため、調査方法や、質問・選択肢はほとんど変えていません。同じ条件で調査することで、結果を比較することが可能になっています。

 データサイトでは、全51問の時系列データを選んでご覧いただけます(上記のバナーからアクセスできます)。また結果はダウンロードできます。

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 調査内容は多岐にわたりますが、ここでは、「仕事と余暇のありかた」(調査での質問名は「仕事と余暇」)を選んでみます。

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 全体結果です。一番下のグラフが1973年の結果です。左から3番目 の選択肢「仕事にも余暇にも、同じくらい力を入れる」という人が、この45年間に21%から38%に増えました。一方、1973年には最も多かった「余暇も時には楽しむが、仕事のほうに力を注ぐ」人は36%から19%に減りました。

性別や年齢、都市規模、学歴別の結果も選べます。
こちらは男性と女性の結果です。

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 意識の変遷でたどる45年間の軌跡。みなさんそれぞれの「なるほど!」「びっくり!」、そしてもしかしたら「どうして?」を楽しみながらご利用いただければと思います。

 最後になりますが、この調査には合わせて30,000人以上の方(36,079人)にご協力いただきました。改めて御礼を申し上げます。

 「日本人の意識 1973‐2018」
https://www.nhk.or.jp/bunken/yoron-isiki/nihonzin/

調査あれこれ 2024年01月17日 (水)

パーティー券裏金問題の先は?~岸田自民党の鈍感力と国民の視線~【研究員の視点】#524

NHK放送文化研究所 研究主幹 島田敏男

 昨年末に強制捜査に着手した東京地方検察庁特捜部は、関東で正月の松があける7日に池田佳隆衆議院議員(安倍派)を政治資金規正法違反容疑で逮捕しました。特捜部は池田容疑者が収支報告書の不記載や虚偽記載によって得た裏金の額が多いことや、証拠隠滅の疑いを把握したことから逮捕に踏み切ったと伝えられています。

0117ikeda_1_W_edited.jpg逮捕された池田佳隆衆院議員

 この問題では、最大派閥・安倍派の歴代事務総長経験者などが、次々に東京地検から任意の事情聴取を受ける事態となりました。自民党の政治とカネを巡る問題、とりわけ規正法のもとで企業献金に代わる方法として温存されてきた「パー券売り」にメスが入ったことは画期的です。

 ルールを守っていればまだしも、永田町の相場で1枚2万円のパーティー券をどこに大量に買ってもらい、どのように使ったかが闇の中に隠されたままであることが許されるのかという問題です。

 政治資金として集めた金は課税対象にならないという特典は、「議会制民主主義を育てる財源」だからというのが政治資金規正法の建前です。つまり国会議員という「選良」が行うことだからという、性善説に基づく仕組みなのです。それが無残に裏切られ裏金化されていた点に、国民の強い怒りが噴出したのは当然です。

 この国民の怒りの声を背に受けて、検察当局も「公開ルールの順守を怠った形式犯」では済まされないという判断に至ったと見ることができます。億単位の賄賂が介在するような贈収賄事件とは異なるにしても、政治の信頼を失墜させる罪の重さに異例の捜査が行われたのは当然でしょう。

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 そして捜査が続く1月12日(金)から14日(日)にかけてNHKの月例電話世論調査が行われました。昨年12月の調査では、自民党が2012年に政権に復帰して以降の11年間で最も低い「支持率23%」を記録していました。

☆あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか。

 支持する 26%(対前月+3ポイント)
 支持しない 56%(対前月-2ポイント)

昨年後半から下降傾向が続いていた内閣支持率は、いったん下げ止まった形です。しかしながら統計上は支持も不支持も前月からの変化に有意差はありません。つまり誤差の範囲内の変化だということです。

 今回は能登半島地震という大きな自然災害があり、被災地の救援や復旧にあたる政府の対応に期待が寄せられていたという事情もあります。

☆あなたは能登半島地震への政府のこれまでの対応を評価しますか。評価しませんか。

 評価する 55%
 評価しない 40%

評価する声が過半数に上り、岸田内閣に対するアゲインストの風を和らげている面もうかがえます。

 とはいえ、自民党が政治とカネの問題で失った信頼を回復するのは容易なことではないでしょう。次の数字を見れば一目瞭然です。

☆派閥の政治資金パーティーをめぐる問題を受けて、自民党は「政治刷新本部」を立ち上げ、再発防止策などの検討を始めました。これが、国民の信頼回復につながると思いますか。つながらないと思いますか。

 つながる 13%
 つながらない 78%

つながらないと回答したのは与党支持者で66%、野党支持者で88%、無党派で85%となっています。与党を支持する人たちでも、厳しい受け止めが3分の2に上っています。

0117sassinn_3_W_edited.jpg自民党「政治刷新本部」(1月11日)

 「政治刷新本部」に対しては、派閥が生んだ問題を派閥均衡のようなメンバーで議論するのは陳腐だという指摘や、パーティー券の裏金を受け取った安倍派議員も含まれているのはいかがなものかといった批判が出ています。

☆あなたは政治資金規正法を改正し、ルールを厳しくする必要があると思いますか。必要はないと思いますか。

 必要がある 83%
 必要はない 9%

こちらについては与党支持者、野党支持者、無党派のいずれを見ても、ルールを厳しくすべきだという答えが8割から9割に上っています。

 問題はパーティー券を購入した相手と金額を明らかにする徹底した情報公開と、事務所の会計責任者が違法行為をした場合に議員本人の責任も問う連座制の適用にまで踏み込むことができるかです。これが最低限のラインだと思います。

 では今回の問題の土台にある自民党の派閥について、国民はどういう見方をしているのでしょう。

☆あなたは自民党の派閥のあり方についてどう思いますか。

 今のままでよい 5%
 存続させても改革すべき 40%
 解消すべき 49%

自民党支持者が大多数を占める与党支持者では「存続させても改革すべき」が5割に達して多数ですが、野党支持者と無党派では「解消すべき」が5割超から6割に上っています。

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 派閥連合体として国会で多数派を形成し、長く政権を担当してきた自民党にとって、党内で競い合うことが活力の源だという従来の考え方を変えるのは簡単ではなさそうです。ただ、それでは自民党が自ら失うことになった信頼の回復をどこまで図ることができるかも不透明です。

 一方で、派閥は残しても政治資金規正法のルール強化が進むことになれば、これまでのように表に出さない政治資金の確保は困難になります。野党議員と比べ、地元に大勢の私設秘書を抱えて議席を守ってきた活動スタイルにも影響が出るでしょう。

 あれやこれや考えると、直ちに政権交代が起きるような展開はないにしても、自民党の信頼や資金集めがやせ細っていくことを懸念する声は消えそうもありません。ある自民党の閣僚経験者は「次の参議院選挙は来年2025年夏。衆議院の任期満了は2025年10月。それまでには潮目の変化があるだろう」と期待交じりで語ります。

 野党がバラバラだから怖くない、というのが自民党関係者に深刻な危機感を生じさせていない最大の要因でしょう。それが岸田自民党全体の「鈍感力」の核になっているように見えます。しかし、信頼回復のないまま党としての勢いがやせ細る展開になるならば、少数与党に甘んじ、結果として野党側の結集を促す事態も否定できません。 

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 今年9月の自民党総裁選への対応も含めて、岸田総理がどういう展開を目指そうとしているのか現状でははっきりしません。

 まず当面は、今月26日からの通常国会前に「政治刷新本部」が打ち出す最初のメッセージを国民がどう受け止めるかです。これが最初の関門として立ちはだかっています。

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島田敏男
1981年NHKに入局。政治部記者として中曽根総理番を手始めに政治取材に入り、法務省、外務省、防衛省、与野党などを担当する。
小渕内閣当時に首相官邸キャップを務め、政治部デスクを経て解説委員。
2006年より12年間にわたって「日曜討論」キャスターを担当。
2020年7月から放送文化研究所・研究主幹に。長年の政治取材をベースにした記事を執筆。

調査あれこれ 2024年01月15日 (月)

世帯年収の違いによるコロナ禍の影響の濃淡② ~「新型コロナウイルス感染症に関する世論調査(第3回)」の結果から③~【研究員の視点】#523

世論調査部(社会調査)小林利行

国内で新型コロナウイルスの初感染が確認された2020年1月15日から4年がたちました。

NHK放送文化研究所では、2020年から2022年までの3回にわたって毎年秋にコロナ禍に関する世論調査1を実施し、3回目の調査結果を中心とした分析を、『放送研究と調査』の2023年5月号と7月号に掲載しました。
そして今回は、「世帯年収の差」に注目して分析を深め、一部の分析結果を去年12月に公開したブログ「世帯年収の違いによるコロナ禍の影響の濃淡①に載せました。
このブログでは、3回の調査結果の時系列比較を通して、世帯年収差によるコロナ禍の影響の違いについて掘り下げたいと思います。

調査では、毎回、生活満足度について尋ねています(図①)。
時系列でみると、どの年収層でも『満足している(どちらかといえばを含む)』という人がおおむね増える傾向がみられます。
実は、感染拡大の不安感について同じく時系列でみると、『不安だ(非常に+ある程度)』という人がすべての年収層で年々減少する傾向にあるのです。全年収層での生活満足度の上昇は、重症化率が低下しながらコロナ禍が常態化して不安感が徐々に少なくなっていったことが要因のひとつと考えられます。
ただし、『満足している』と答えた人の増え方を詳しくみると、年収別で大きな違いがあるのがわかります。例えば「300万円未満」は2020年の48%から2022年の53%と5ポイントの増加だったのに対して、「900万円以上」は2020年の54%から2022年の77%と23ポイントの増加となっています。

図① 生活満足度(世帯年収別)※2
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それでは、収入が多い人ほど生活満足度の上昇幅が大きいという現象にはどんな要因が考えられるでしょうか。
時系列を考える上でまず考慮しなければならないのが、それぞれの調査年の状況です。2020年秋と2021年秋は、「不要不急の外出は控えよう」という政府の要請もあり、誰もが自由に外出できるという雰囲気ではありませんでした。一方2022年の秋は、新規感染者数は以前より多かったものの、重症化率が下がっていたこともあって、行動制限は大幅に緩和されていました。

このことを頭に入れたうえで図②をみると、2020年から2021年にかけては、高収入層の満足度が目立って上昇した要因のひとつとして「テレワーク」の広がりが考えられます。

実践している感染対策としてテレワークをあげた人は、2020年から2021年には、全体で10%から11%へ1ポイントながら有意に増えています。年収別にみると、有意差はつかないものの年収が高くなるほど増加の幅が大きくなる傾向がみられます。

図② 実践している感染対策「テレワーク」(世帯年収別)
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ブログ世帯年収の違いによるコロナ禍の影響の濃淡①でも示したように、コロナ禍の生活変化を『プラス』とした高収入層の理由で目立ったのが「在宅勤務の実施」でした。このことも考え合わせると、高収入層においては、少なくとも2020年秋から2021年秋までのコロナ禍の前半期においては、テレワークの継続と広がりが満足度上昇の要因のひとつだったと考えられます。

一方、その翌年の2022年までの1年間では、図②の「全体」をみてもわかるように、テレワークは減少しています。これは、行動制限が緩和されて会社などへの出勤も以前より増えたためと考えられます。

行動制限が緩和されると、「旅行」「飲み会」「イベント参加」などもできるようになります。
図③は、ストレスが『増えた』という人の中で、その要因として「気軽に遊びに行けないこと」を選んだ人の結果です。これをみると、2021年から2022年にかけて、高収入層の満足度が増えた要因のひとつが「行動制限の緩和」であることが浮かび上がります。

図③ ストレス要因「気軽に遊びに行けない」(世帯年収別)
【ストレスが『増えた』と回答した人】
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「600~900万円」と「900万円以上」では、2021年にストレス要因として「気軽に遊びに行けないこと」を選ぶ人が8割以上いましたが、2022年にかけて減少しています。特に「900万円以上」では81%から67%と大きく減っています。

12月のブログ世帯年収の違いによるコロナ禍の影響の濃淡①でも示しましたが、コロナ禍の生活変化をプラスかマイナスのどちらと捉えているかとの問いに、『マイナスだ』と答えた人のうち、世帯年収「600~900万円」と「900万円以上」が選んだマイナスの理由で多かったのが、「旅行やイベントや会食に行けなかったから」でした。高収入層にとっては、気軽に出かけられないことが低収入層に比べてストレスになりやすい一方、以前のように出かけられるようになるとその開放感も大きく、生活満足度の向上にもつながったのではないでしょうか。

そしてもうひとつ、高収入層の満足度が2021年から2022年にかけて増えた要因としては、収入の変化の違いも影響しているとみられます。
図④は、コロナ感染症の拡大前と比べて収入が『減った』という人の世帯年収別の結果ですが、2021年から2022年のポイントの変化に注目すると、有意差はつかないものの「300万円未満」でプラス3、「300~600万円」でマイナス1、「600~900万円」でマイナス5、「900万円以上」でマイナス7となっていて、年収が多いほど回復が早い傾向があることがわかります。

図④ 収入の変化(世帯年収別)
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あらためて、低収入層より高収入層のほうが生活満足度の増え方が大きいことの要因だと考えられることをまとめます。
①2020年から2021年にかけては主にテレワークの継続と広がり、②2021年から2022年にかけては、行動制限の緩和によって気軽に遊びに出かけられるようになり、心理的な開放感をより強く持てたことと、収入が『減った』という人が低年収層に比べて減少したこと。

こうしてみていくと、3年余りにわたるコロナ禍では、最初は厳しい行動制限や経済の落ち込み、それに感染拡大に対する大きな不安感などから、全般に不満が高かったのですが、長期化を経てコロナ生活の日常化もあり、さらに終盤に行動制限が緩和されたり経済回復の芽がみえたりしたことで、全般に不満が減っていったようです。
こうした中でも、状況に対応できるリソースが多い高収入層は、行動制限が厳しくなっても緩くなっても、低収入層に比べると、何らかの形で満足感を得やすくて、年々その差が広がるという構図になっていたとみられます。

社会の変化を人々がどう受け止めているのか。
こうした数字を提示するのも世論調査の重要な役割のひとつです。
今回の調査結果は、新たなパンデミック(世界的大流行)の際には、低収入層への初期段階での迅速な経済的支援などが必要なことを示していて、今後のパンデミック対策の参考になると思います。そして、次はどうしたらいいのか?みなさまも一緒に考えていきましょう。

このほか、「放送研究と調査 2024年1月号」では、世帯年収の差によって心理的・精神的な影響が違うこと、社会全体のデジタル化の捉え方に大きな差異があることなどを紹介しています。

ぜひご覧ください。


※1 新型コロナウイルス感染症に関する世論調査(第3回)
※2 
不等号が開いているほうが有意〔信頼度95%〕に多いことを示しています。2022年の下にある不等号は2020年と2022年を比べたもので、例えば「全体」の62%の下にある∧は、2020年の49%より62%が有意に多いことを表しています。

おすすめ記事】
①「放送研究と調査」 2023年7月号
新型コロナ感染拡大から3年 コロナ禍は人々や社会に何をもたらしたのか-NHK
②「放送研究と調査」 2023年5月号
コロナ国内初感染確認から3年 人々の暮らしや意識はどう変わったのか-NHK

【小林利行】
NHK放送文化研究所の世論調査部員として、これまで選挙調査から生活時間調査まで幅広い業務に携わり、
最近では「災害」「憲法」「コロナ禍」などの調査に取り組んでいる。

調査あれこれ 2024年01月11日 (木)

幼児のテレビ・ネット動画利用は平日と土日でどう違う?【研究員の視点】#522

世論調査部 (視聴者調査) 築比地真理

「ママ、なんできょうは朝のテレビやってないの?」
日曜の朝、Eテレを見ている4歳の娘から問われました。
「日曜日は、お休みの日だから子どものテレビもお休みなのかな」と私は答えました。
日曜もふだんと変わらない時間に起きて、子どもはテレビの前に座り、いつもの番組が始まるのを待っているのに、日曜日はなぜ平日や土曜日に比べて子ども向け番組の放送が少ないのだろうと、放送局で働くひとりとして疑問に思った瞬間でした。

さて、NHK放送文化研究所では、小学校に入る前の2歳~6歳の幼児を対象とした「幼児視聴率調査」を1990年から実施しています。
「大人」のメディア利用実態の調査は世に多くありますが、幼児のみに特化して調査したものは珍しく、保護者による代理記入・回答ではありますが、日記式とアンケートの結果を組み合わせ、幼児のメディア利用の現在地を知ることができる調査になっています。

今回は、2022年に実施した最新の調査結果から、こうした幼児のメディア利用が平日と土日でどのような違いがあるのかに注目して、結果をご紹介します。
(『放送研究と調査』1月号の内容を再構成しています。全文はこちら

以下の図は、下記4項目の30分ごとの平均利用率を時刻別に積み上げて、山のような形にして示したものです。それぞれ、平日・土曜・日曜のものとなっています。

① NHK総計(地上波+衛星波)
② 民放総計(地上波+衛星波)
③ インターネット動画
④ 録画番組・DVD  

NHK総計/民放総計/ネット動画/録画DVDの30分ごと平均利用率の積み上げ

           〈平日〉
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           〈土曜〉
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朝の時間帯の視聴状況

まず、冒頭のエピソードで紹介した朝の時間帯に注目すると、この4項目の合計(以下、「4項目計」)の山の高さは、平日・土曜・日曜とも大きく変わらないことが分かります。
平日・土日に関係なく、子どもが毎日規則正しく生活しており、朝は何らかのコンテンツを視聴する習慣がついている可能性が感じとれます。
ただ、朝の「4項目計」を項目ごとで分けてみると、平日と土曜ではNHK(赤色)がよく見られているのですが、日曜はNHKと民放(ピンク色)の割合が逆転していることが分かります。ちなみに、幼児の場合、NHKでの視聴はEテレが大半となっています。

冒頭でも述べたように、平日と土曜の朝はNHKのEテレで子ども向け番組が多く放送されているのですが、日曜の朝は他の曜日ほど子ども向け番組が放送されていません。一方、日曜の朝にはテレビ朝日が長年放送している、戦隊ヒーローや仮面ライダー、ヒロインが変身して戦うシリーズなどの幼児~小学生向けの番組があります。本調査では「よく見られた番組」についても聞いていますが、その結果からも日曜は幼児がこれらの番組を見ていることが分かります。

日中から夕方の視聴状況

朝以外の時間はどうでしょうか。平日の夕方では、「4項目計」が朝に匹敵するボリュームであり、午後6時30分~7時30分では3割に迫っています。一方で、日中のメディア利用はほとんどない状態です。平日は、幼稚園や保育園に登園している幼児が多いことからもこの結果は納得ですね。

これを、テレビやインターネット動画などに分けて見ていきます。まずテレビについてみると、NHKは土日の夕方から夜にかけては平日ほどの勢いがありません。一方、民放は土日でも大きな減少はみられず、土曜は午後7時~7時30分、日曜は午後6時30分~7時によく見られています。週末の夕方はどちらかというと民放のテレビの方が視聴されているようですね。
実際に週末の夕方に民放でよく見られた番組としてあげられていたのは、土曜ではテレビ朝日の「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」、日曜ではフジテレビの「サザエさん」「ちびまる子ちゃん」などのアニメでした。
また、動画の利用については、平日では日中の利用は少ないものの、午後から夜にかけてよく見られています。一方で土日は、日中においても一定の視聴があるなど、幅広い時間帯でコンスタントに利用されており、土日とも午後1時から5時の時間帯で3~7%台を維持していました。
土日の午後によく見られたコンテンツを確認してみると、YouTubeのゲームやYouTuberの動画、「アンパンマン」や「ポケットモンスター」関連の動画など、さまざまな内容が挙げられており、幼児の関心に応じた幅広いコンテンツが選択されているとも言えそうです。

ここまで見てきたように、平日と土日で幼児のメディア利用を比較すると、曜日によって見ている放送局や番組が異なるほか、土日では日中からネット動画を見ているなど、テレビのリアルタイム視聴以外のコンテンツへの活発な接触も見られることが分かりました。

バラエティー豊かなコンテンツを楽しむ幼児

テレビの視聴は、どうしてもその時間帯の番組編成に左右されがちな面もあるかと思いますが、見たいコンテンツが放送されていない時間帯でも、ネット動画やタイムシフトなどをうまく活用して、それぞれの時間帯ごとに、自分が見たいと思うものに応じてコンテンツを視聴している様子が感じられます。
最近では、子どものYouTuberによるYouTubeチャンネルなども人気を博していたり、動画配信サービスでも幼児向けコンテンツが豊富になってきたりしており、さまざまな選択肢が選べる環境が整ってきたと思います。そうした環境の中で子育てをするひとりの親の視点から言うと、さまざまなコンテンツを選びやすくなったからこそ、NHK・民放・ネット動画などのそれぞれの強みやメリットを生かして、子どもには多彩なコンテンツに触れて、感性を高められるようになってほしいと、調査結果から考えさせられました。

この調査ではほかにも、幼児がインターネット動画をどのように利用しているのか、さまざまな角度から分析しています。下記よりぜひご覧ください。

『放送研究と調査』2024年1月号 
幼児はテレビやネット動画などをどのように使い分けているのか
~「幼児視聴率調査」から~

『放送研究と調査』2022年12月号
幼児はテレビ放送やインターネット動画などをどのように見ているのか
~2022年6月「幼児視聴率調査」から~ 

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【築比地 真理】
2014年NHK入局。高知放送局・札幌放送局で番組編成などを担当し、2020年より放送文化研究所にて幼児視聴率調査や国民生活時間調査・メディア利用の生活時間調査などに関わる。名前の読み方は「ついひじ」

調査あれこれ 2023年12月25日 (月)

世帯年収の違いによるコロナ禍の影響の濃淡①~「新型コロナウイルス感染症に関する世論調査(第3回)」の結果から③~【研究員の視点】#520

世論調査部(社会調査)小林利行

国内で新型コロナウイルスの初感染が確認された2020年1月から4年近くたちました。
多くの人が亡くなりましたが、感染者の重症化率が低下してきたこともあり、2023年5月には法律上の扱いが2類相当から季節性インフルエンザと同じ5類に引き下げられるなど、最近は落ち着きをみせつつあります。

とはいえ、今後も同じようなパンデミック(世界的大流行)が起こらないとも限りません。
日本学術会議が2023年9月、今後の感染症の大流行に対応するために、今回のコロナ禍に関する情報の収集と継承を提言するなど、社会全体としてデータを整理して今後に備えようという動きが進んでいます。
そこで今回は、NHK放送文化研究所が2022年11月に実施した世論調査※1の結果のうち、
コロナ禍の影響について「世帯年収の差」に注目して分析しました。
“コロナ禍が社会の格差を広げた”ともいわれていますが、実際のところを客観的なデータで考えてみました。

図①は、感染拡大をきっかけにした生活の変化が、その人にとってプラスの影響とマイナスの影響のどちらが大きかったかを尋ねた結果です。全体をみると、『マイナス(どちらかといえばを含む)』(74 %)が『プラス(どちらかといえばを含む)』(23%)を大きく上回っていることがわかります。
しかしあえて『プラス』に注目してみると、プラスの割合は年収が多いほど高くなる傾向がみられます。
特に「600~900万円」(24%)から「900万円以上」(35%)にかけては、10ポイント以上差が大きくなっています。

図①  生活変化はプラスかマイナスか(世帯年収別)20231225_zu1.JPG

『プラス』の理由はなんでしょうか。
図②は、『プラス』と答えた人にその理由を複数回答で尋ねた結果です。
「600~900万円」と「900万円以上」では「在宅勤務など柔軟な働き方ができるようになったから」が全体と比べて有意に高くなっています。特に「300万円未満」(3%)と「900万円以上」(24%)の間では20ポイント以上の差がついています。
この数字からは、テレワークができるようになるなど、デジタル化の恩恵を誰が受けているのかが浮かび上がってきます。

図② 生活変化が『プラス』の理由(世帯年収別)
【『プラス』と回答した人】
20231225_zu2.JPG

一方、図③は、『マイナス』と答えた人にその理由を複数回答で尋ねた結果です。
世帯年収別の差の大きなものをみると、「旅行やイベントや会食に行けなかったから」は年収が高くなるほど多くなっていて、「300万円未満」では17%なのに対して、「900万円以上」では30%となっています。
逆に「経済的に生活が苦しくなったから」は年収が低くなるほど多くなっていて、「900万円以上」では3%にとどまっているのに対して、「300万円未満」では15%と有意に高くなっています。

図③ 生活変化が『マイナス』の理由(世帯年収別)
【『マイナス』と回答した人】
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実際の収入の変化はどうだったのでしょうか。
図④は、コロナ禍による収入の変化について尋ねた結果です。
『減った(大幅に+やや)』をみると、年収が低いほど多くなっていて、「900万円以上」が17%なのに対して、「300万円未満」では36%と20ポイント近い差がついています。

図④ 収入の変化(世帯年収別)20231225_zu4.JPG

実は、この『減った』という人を年層別に分けると、さらに年収差が広がるカテゴリーがあります。
図⑤をみてわかるように、どの年層も世帯年収の低い人ほど『減った』が多くなる傾向は変わりませんが、その中でも18~39歳と40・50代の「300万円未満」と「900万円以上」の差がどちらも30ポイント以上ついています。これは、コロナ禍の経済的なインパクトが、いわゆる“現役世代”の年収の少ない層に強く影響したことを示しているといえるでしょう。
なお、40・50代以下に比べて60歳以上で差が大きくないのは、年金で暮らしている人が含まれることが影響していると考えられます。

図⑤ 収入の変化(年層別に分けた世帯年収別)20231225_zu5.JPG

このように、コロナ禍の影響は、年収の差で大きく違うことがわかります。
しばしば指摘されてきたことですが、世論調査の客観的なデータによって可視化されたといえます。
この調査は2022年11月に実施したものなので、現在ではさまざまな業種の業績が回復するなどして状況は変わっているかもしれません。しかし、再び感染症が大流行する際は、政府や自治体などは、今回紹介した調査結果を参考に、低年収層への支援策などを検討してほしいと思います。

コロナ禍に関する世論調査は、2020年と2021年の秋にも実施していて、来年1月上旬公表の「放送研究と調査 2024年1月号」の論考の中では、時系列比較によって、年収の高い人ほど「生活満足度」の増加率が大きく、低年収層との差が年々広がっていることも明らかにしています。そしてその要因についても分析しています。

ぜひご覧ください。


※1 新型コロナウイルス感染症に関する世論調査(第3回)

【おすすめ記事】
①「放送研究と調査」 2023年7月号
新型コロナ感染拡大から3年 コロナ禍は人々や社会に何をもたらしたのか-NHK
②「放送研究と調査」 2023年5月号
コロナ国内初感染確認から3年 人々の暮らしや意識はどう変わったのか-NHK

【小林利行】
NHK放送文化研究所の世論調査部員として、これまで選挙調査から生活時間調査まで幅広い業務に携わり、
最近では「災害」「憲法」「コロナ禍」などの調査に取り組んでいる。

調査あれこれ 2023年12月22日 (金)

国内メディアによる「ファクトチェック」②(テレビ)【研究員の視点】#519

ファクトチェック研究班 渡辺健策/上杉慎一/斉藤孝信

 日本国内の新聞社と放送局を対象に行ったファクトチェックに関するアンケート(2023年3月実施)の際に、放送番組のなかでファクトチェック結果を明示する形で伝えていると回答したのは、日本テレビとNHKの2社だった。これまでの取り組み状況をそれぞれの担当者に聞いた。

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 日本テレビでは、2022年9月から10月にかけてニュース番組『news zero』で3回にわたりファクトチェック結果を伝えたのをはじめ、同年11月20日(日)には『THEファクトチェック』という60分の特番を放送した。また、翌2023年9月24日(日)にも、前年の番組を演出面等でブラッシュアップした『藤井貴彦のザ・ファクトチェック』(60分)を再び放送した。担当した井上幸昌チーフプロデューサーに聞いた。

ntv_inoue_W_edited.jpg日本テレビ 井上幸昌チーフプロデューサー

きっかけは報道のブランディング
 Q:どのような経緯でファクトチェックに取り組むように?
 2022年、最初にファクトチェックを始めたときに意識していたのは『news zero』のブランディングだった。当時、報道局長が年末のニュース解説でウクライナのゼレンスキー大統領の投降を呼びかける偽動画のことに触れていたことにも象徴されるが、情報の正確性に対する疑問が多くなる中で、報道の価値を見直す動きの一環としてファクトチェックを位置づけていた。
 『news zero』の当時のコンセプトは、ニュースをひと事でなく自分ごととして受けとめ、誰かのために行動したくなる、ということ。その前提として、真偽を見極める力をつけてもらおうという趣旨でファクトチェックを始めた。
 メディア不信が強まる中で、今はどの放送局も調査報道に力を入れているが、その調査報道のなかの一つのカテゴリーがファクトチェックだともいえる。
 その後、さまざまなファクトチェックを特集した番組『THEファクトチェック』を制作したのだが、その際に最も重視していたのは、取材過程を見せること。「カキの殻に口をつけなければ、鮮度の良くないカキでも当たらない(食中毒にならない)」という言説を対象にしたコーナーでは、Vで取材の過程を見せながら、「ミスリード」という結論につなげていく。その取材(=検証)のプロセスを見せることに意味がある。
 この番組は、日曜の14時台としては年間最高視聴率を取ることができた。
 (ファクトチェック団体「ファクトチェック・イニシアティブ」が選んだ「ファクトチェックアワード2023」の優秀賞にも選ばれた)

実施していくうえでの課題
Q:実際にファクトチェックを進めていく上で課題と感じていることは?
 課題の一つは、取材に時間がかかること。真偽の検証をするうえで欠かせない慎重な取材と突っ込んだ議論が続き、政治部や社会部とも相談しながらファクトを確認していく作業は、かなり労力がかかる。
 もう一つは、ネタ選び。これはデスクの力量による。通常のニュースの業務もある中で、専従でファクトチェックをやり続ける難しさがある。どう見せるかも含めて考えると、通常の取材より一つ先の発想が必要で、これは時間とのたたかいでもある。加えて、制作体制も十分とはいえない。だからといって、ファクトチェックをやりやすいものからネタを選んでしまうと偏りが生じるので、そうならないように気をつけている。

 伝え方の課題としては、ファクトチェックの判定結果を伝える際の7段階のラベリング。「難しくて、ついていけない」という反応があった。視聴者としては、ストレートに情報の真偽の中身を見たいのであって、細かい区分を知りたいわけではない。入り口は「うそか本当か」という分かりやすい導入にする必要があるし、判定結果も2023年9月の特番では、より分かりやすい5段階にした。

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2023年9月24日放送 日本テレビ 『藤井貴彦のザ・ファクトチェック』
 ファクトチェックを真正面から扱った意欲的な番組として注目される。2022年11月に放送した前作から検証結果を分かりやすい5段階にあらためたほか、演出面での工夫をさらに加えスタジオのゲストに検証結果を予想させるクイズ的な要素も盛り込むなど、視聴者を常に飽きさせない知的エンターテインメントとして番組を展開。受け手の関心を強く引きつけつつ、なぜ今ファクトチェックが必要なのか、情報リテラシーの啓もう効果も意識した内容だった。
 中国メディアが報じた「福島第一原発の処理水が放出から240日で中国近海に到達する」という内容を専門家の分析をまじえて検証し、トリチウム拡散のシミューション自体は正しいが、実は検出できないほどのごく低濃度である事実を伝えていないミスリードで、不正確と判定した。海外とはいえ、報道機関が他のマスメディアの報道内容を検証するという新たな領域に踏み込んだ点も特筆される。

マスメディアがファクトチェックすることの意味
Q:報道機関としてのマスメディアがファクトチェックを行うことの意義をどう捉える?
 いわゆる裏を取る作業は、普通のニュースとたがわず難しい。直近の番組で扱った「路上販売の桃は窃盗品」というSNSの投稿についても、YouTuberが「窃盗品」と決めつけるような発信をしていたケースもあったが、取材したら、実はそうじゃない(規格外の桃を正規に仕入れていた)というところに行き着いた。それを伝えることで、「そうか、絶対盗んでいると思っていた」という見方が変わると、他の情報に対する見方も変わってくるのではないか。報道機関としてやるべきことは、情報があふれる社会だからこそ、情報リテラシーの高いプロとして情報発信すること、本物の情報を見つける目を養ってもらうきっかけを提供することだと考える。ある意味、いろんなバイアスを取り除こうという社会的な流れの一つとしても考えられるかもしれない。

今後の課題
Q:今後の課題としては、どのようなことが挙げられるか?
 視聴者のニーズが僕らの出発点であるので、ファクトチェックを行うことにニーズがあるのか、というのが絶えずつきまとう。何があったのか、今何が起きているのを伝えるのが報道機関のあるべき姿だから、そこになるべく多くのリソースを割いて通常のニュースをきちんと伝えることで、視聴者に価値のある情報を伝えていく。そのなかで、真偽不明の情報があふれている社会の現状に何か一矢報いるみたいなファクトチェックの作業も報道の役割の一つとして必要かなと思う。でもそれは、あくまでも報道機関の一番の使命であるニュースを伝える責任を果たしたうえでのこと。
 僕らが真実を追い求める報道機関としての仕事をして、そこからこぼれたところをファクトチェック団体が検証していくという、ある意味、いいすみ分けができているかなと思う。
 将来的には、ファクトチェックを恒常的に行うなど次の段階に踏み出すことを考えたいが、その際にはファクトチェック団体との連携も考えなければと思っている。全部自分たちでファクトチェックをしていくとなるとやり切れないので、しっかりとしたファクトチェック団体と連携できたらと思っている。もちろん放送するものは、自分たちできちんと裏を取らないといけないが、ファクトチェック団体との連携は、ファクトチェック文化の定着にも結びつく可能性がある。

 一方、NHKでも、SNSなどで広がる偽情報への対策とマスメディアへの信頼回復を意識してフェイク対策に力を入れている。ネットワーク報道部の籔内潤也デスクに聞いた。

nhk_yabuuchi_W_edited.jpgNHKネットワーク報道部 籔内潤也デスク

震災・原発事故と新型コロナから学んだ教訓
Q: どのような思いや意識でファクトチェックに取り組んでいるのか?
 東日本大震災と原発事故のときには、SNSで身近で有益な情報が共有された一方、避難や放射線の影響などに関してさまざまな偽情報、根拠のない情報が広がった。当時も取材・制作現場では確認された情報を出すようにしていたが、それだけでは十分に偽情報に対処できず、広がる偽情報に翻弄される人々の姿を見てきた。
 また、ここ数年のコロナ禍においても新型コロナウイルスの病原性や対策、特にワクチンについて、明らかに誤った情報がSNSで広まり、コロナを見くびったり、ワクチンを忌避したりして重篤化したケースも多く見聞きしてきた。
 こうした経験から、報道機関が当初確認した情報を出すだけでなく、SNSなどで出回っている情報にも向き合う必要があり、フェイク対策を行うことで、生命財産への被害や社会の断絶を防ぎたいと考えている。
 また、SNSで多種多様な情報が出されるなかで、テレビや新聞などのマスメディア以外でも有用な情報が増えている。その一方で、マスメディアへの批判も目につくようになっていて、マスメディアへの信頼が揺らいでいる。SNSで拡散される情報の洪水の中で、民主主義の基本である事実や正しい情報に基づいて判断することがゆがめられていることも感じている。 
 そうした中にあって私たちとしても、情報の正確さ・深さを示しながら、フェイク対策を行うことで、「NHKを見ればどう判断するべきかが分かる」といった頼りにされる存在となり、メディアの信頼回復を進めたいと考えている。

手応えの一方で難しさも
Q: 実際にやってみて、手応えを感じた点、難しさを感じた点は?
 例えば「福島第一原発から放出される処理水に含まれるトリチウムは生物の体内で濃縮される」という、SNSで広がっている言説について検証したときは多くの反応があり、そのほとんどが『分からないことに分かりやすく答えてくれた』という反応だった。「どこまで分かっているのか、どこからは分かっていないのか」について正確な情報を出すことで、誤った情報を打ち消すことに役立ったと感じている。

20230909news_web.png2023年9月9日付け NHK『NEW SWEB』より

 また、真偽不明の情報は、不安があるとき、分からないことがあるときに広がるが、フェイク対策を行うことはそのような不安の解消にも役立つという手応えを感じた。
 フェイク情報が数多くあるなかで、検証する対象を選ぶことは難しく、試行錯誤しながら進めている。一般の人の関心を測りながら進めることが難しいと感じている。
 またNHKが偽情報だと伝えることで、かえって拡散してしまうのではという指摘を受けることもある。そうならないよう、すでに広がっている、または広がりつつある偽情報をチェックの対象にするように心がけているが、その判断は難しいのが現状だ。

 もう一つの課題は、フェイク情報の検証にあたる記者に求められる発想の転換だ。記者たちはこれまで自ら取材し事実と確認した情報をもとに記事を書いてきたが、フェイク対策ではすでに公開されている誤った情報をただすという仕事になり、対象の選び方や取材方法、記事の書き方まで、これまでと発想を変える必要がある。しかし、その必要性がまだ多くの記者には理解されておらず、理解の増進が課題だと感じている。

今後目指すべき姿とは
Q: 今後の方針・戦略は?
 NHKでは、イギリスのBBCなどとともに偽情報対策や信頼されるニュースに向けた取り組みを行うTNI(Trusted News Initiative)というメディアなどの連絡組織に加わっている。このネットワークを生かして海外での先進事例を学ぶとともに、NHKの取り組みも発信するなど、連携を強化していきたいと考えている。これまでにも「トルコ・シリア大地震で『津波が発生』『原発が爆発』などの偽情報が拡散」「リビア洪水で偽情報が拡散 SNSには日本の熱海の映像」といったニュースについて、ネットワークを生かして世界に向けてアラートを発信した。

20230207news_web.png2023年2月7日付け NHK『NEWS WEB』より

 どのような場合にNHKのニュースや番組でフェイク情報について取り上げるのか、偽情報・誤情報対策のガイドラインを作成し、基準を示すことを予定している。
 フェイク対策にNHKがニュースで本格的に取り組み始めてから日が浅いこともあり、記事の本数はまだ限られている。意識を浸透させて、本数を増やすとともに、ニュースだけでなく番組とも連携して対策を進めたいと考えている。
 一方で、ファクトチェック団体などが行っているような事実検証結果のラベル付けについては、私たちが「誤り」などとラベル付けして明確に示すことに「上から目線ではないか」と捉えられる懸念があり、信頼性を高めるために行うフェイク対策の目的に合致しない可能性があると考えている。自分たちで独自に検証した内容を放送のコンテンツとして発信することには、私たちの取材や制作についての透明性・信頼性が高まるメリットがあるという実感もある。

ファクトチェックにおけるマスメディアの役割
Q: マスメディアがファクトチェックを行うことの意義と課題は?
 デジタル時代で誰でも情報が発信できるようになっている中で、検証されていない情報があふれている。受け取る側は判断の基準を持たないこともあるので、マスメディアがファクトチェックを含むフェイク対策を行うことで、「信頼に足るメディア」、もしくは「情報の参照点」として生かしてもらえるようになるべきだと考えている。
 一方で、マスメディア側が間違った情報を出してしまった場合にはすみやかに訂正し、自己の報道内容を検証することも重要で、こうした取り組みを通じて、情報空間の健全性を担保することに役立っていきたい。

 これまでの歴史で培ってきた一定の信頼性と拡散力があるマスメディアがファクトチェックを行うことには、偽情報の拡散防止に一定の効果があると思う。
 一方でマスコミの出す情報を信じない、いわゆる「アンチマスコミ」ともいえる層に、どのように情報を届けるかは難しい課題だ。ただ、そうした層から影響を受ける、いわば「中間層」の人たちに正しい情報を届けるには、マスメディアによる発信は効果があると考えている。
 その一方で、フェイク対策やファクトチェックを記者が専従で行う体制にはなっておらず、通常の取材出稿業務を抱えているなかで、並行してフェイク対策にどれだけの労力をかけられるのかが課題となっている。


【あわせて読みたい】

2023年12月08日 新聞・テレビ各社の「ファクトチェック」実施状況アンケート【研究員の視点】#515
2023年12月15日 国内メディアによる「ファクトチェック」①(新聞)【研究員の視点】#517

調査あれこれ 2023年12月15日 (金)

国内メディアによる「ファクトチェック」①(新聞)【研究員の視点】#517

ファクトチェック研究班 斉藤孝信/渡辺健策/上杉慎一

 国内のメディア(新聞社、テレビ局)によるファクトチェックの取り組みについて、シリーズで報告している。今回は、沖縄の2つの新聞社(琉球新報社と沖縄タイムス社)と北海道新聞社への取材結果である。

【琉球新報社】
 琉球新報社は、2018年から現在に至るまで、日常的にファクトチェックに取り組んでいる。検証対象は限定していないが、おもにSNSに流布された偽情報を取り上げることが多く、情報の根拠を取材・分析し、誤りや曖昧な点があれば指摘している。取材や検証の結果は、同社の紙面のほか、ホームページにもファクトチェック特集ページを設けて発信している。記事の数は、現在(2023年11月末)までに98本にのぼる。

ryukyushimpo_fc.png(琉球新報のファクトチェック特設ページ)

琉球新報統合編集局デジタル戦略統括(局長)の滝本匠さんに聞いた。

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いつから?目的は?手応えは?
Q:ファクトチェックに取り組むことになったきっかけは?
滝本さん:ファクトチェック・イニシアティブなどのファクトチェック団体の提唱する形で、検証結果とともに、検証の経緯も含めて発信し始めたのは、2018年9月の沖縄県知事選挙からだ。
 最初の記事は、「虚構のダブルスコア 沖縄県知事選、出回る『偽』世論調査」(2018年9月8日)である。知事選をめぐり、ネットに流布した「世論調査」の情報が偽(フェイク)であることを、出典元とされた在京新聞社や政党に取材し、報じた。
 その後は、「ファクトチェックの対象となりそうなことがあった場合に、その都度」(アンケート回答より)、取材と検証を行い、紙面とホームページで伝えている。
 ただし、2018年の沖縄県知事選以前にも、上記のような検証経緯まで明らかにする記事スタイルではなかったが、「沖縄ヘイト」と呼ばれる言論(言葉の投げ捨て)に対して、それを「正す報道」を展開してきた。

Q:3月に実施した文研のアンケートで、琉球新報は、ファクトチェックに取り組む目的として、「読者・視聴者の信頼を得たいから」「ブランディングに役立つから」「読者・視聴者のニーズがあるから」「報道機関の責任・使命だから」「他の地域や海外の事例を見て、取り組むべきだと判断したから」といった点を挙げている。取り組み開始から6年余りが経過したが、手応えはどうか?
滝本さん:ファクトチェックの取り組みや記事に対して、社外からは「早稲田ジャーナリズム大賞公共奉仕部門奨励賞(2019年)」のほか、「新聞労連大賞(2019年)」「平和・協同ジャーナリスト基金賞(2018年)」など、複数の賞が贈られている。
 また社内でも、「これまでの選挙報道や沖縄ヘイトに対抗するうえでも、新しい地平を拓いた」という評価が高く、反対の声や、慎重にすべきという声は一切ない。

政治・選挙関連の記事が多いのはなぜか?
Q:公開された記事をみると、「政治・選挙」に関するものが21本で最も多く、基地問題などの「社会」が7本、「コロナ」関連が4本だ。「まずは選挙に関する情報を、特に細かく見ていこう」というような意図や方針があるのか。
滝本さん:政策や政治の信頼に関わる分野の虚偽情報が、特に選挙のタイミングで流れると、有権者が誤った認識で投票するおそれがある。選挙は民主主義の根幹なので、健全な民主主義のプロセスを大きくゆがめる危険性がある。それを少しでも食い止めるのは報道機関として当然、挑まなくてはならない課題だと思っている。
 ただし、「特に選挙に関する情報を」と意識してウオッチしていたわけではない。「ファクトチェック」を冠した記事群が沖縄県知事選関連なので、それが目立ったところはあるかもしれないが、沖縄の場合、実際に拡散している誹謗(ひぼう)中傷やフェイクが、どうしても、政府の方針にあらがっている基地に関する問題に焦点が当てられやすく、おのずと政治的な言説がチェックされる対象に上がってくることが多かった。そのような言説の底流には、沖縄への差別意識が横たわっていて、いまある基地問題だけでなく、サンフランシスコ体制(注1)や天皇制の問題とも不可分なものにならざるを得ない、だからこそ、中央にあらがおうとすることに対する攻撃が顕著に表れてくる・・・・・・そうした背景があるのだと思っている。

取り組みに関して感じている課題は?
Q:3月に実施したアンケートでは、日頃ファクトチェックをするうえで課題に感じていることとして「人手が足りない」「知識・スキルのある人材の育成が進まない」という点を挙げていた。具体的にはどのような状況なのか?
滝本さん:琉球新報では、ファクトチェックに専門的に取り組む部署はない。ふだん、それぞれの担当分野で取材をしている記者が、検証が必要だと思われる情報があれば、自身で取材をして記事を書いている。
 自身の専門分野に関する知識を下敷きにして検証や取材に当たれるというメリットがあり、実際に100本近い記事を出稿するという実績を積み重ねられた。一方で、取り組みの開始から6年余りが経過した現在、「属人的になりがち」だという懸念も生じている。すなわち、「やろう、やりたい」と思った記者は書くが、そういう言説に触れた者でも「ファクトチェック記事は面倒・やり方がいまいち分からない」という記者は、そのままにして書かないという事態も出てくるのかもしれない。先々、ファクトチェック記事を担う記者が固定的になり、ほかの記者が「任せておけばいい、(自分は)ちょっと触れない」という空気になってしまうことを懸念している。
 すべての現場記者がそれぞれ、「自身もファクトチェック記事を書く」という意識でいられるのがベストではあるが、取り組みを持続させるという観点では、担当部署・専門部隊を置いておくのが理想なのかもしれない。

ファクトチェックの取り組みを広げる役割
Q:琉球新報の特設ページでは、ストレートなファクトチェック記事(ある疑わしい情報について、取材・検証し、真偽を伝える)ものだけでなく、取り組みそのものを詳しく解説したり、担当記者の思いを紹介したりする“関連記事”も多い。また、『琉球新報が挑んだファクトチェック・フェイク監視』琉球新報社編集局編(高文研)、『沖縄フェイクの見破り方琉球新報社編集局編(高文研)、『石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞記念講座2021民主主義は支えられることを求めている!』瀬川至朗編著(早稲田大学出版部)など、同社のファクトチェックの記事や、それに臨んできた姿勢などを記した記事や論文なども数多く発表されている。こうした積極的な情報発信には、どのような意図があるのか?
滝本さん:2018年の沖縄県知事選でのファクトチェック報道では、新聞労連大賞をいただいた2019年の授賞式で、私は「今回私たちの受賞でファクトチェックという取り組みが全国的に広がり、新聞の役割や面白さをさらに高める『ファクトチェック元年』になればうれしい」とあいさつした。その後、実際に、全国の新聞社の若手記者から「どのように実施したのか」「実現するのに苦労はなかったか」などと問い合わせを受け、ファクトチェック報道をしたいという熱意が全国に潜在しているのを実感した。啓発的な記事・コラムを発信しているのは、各社でファクトチェック報道が広がってほしいという期待によるものだ。

Q:これだけ熱心に発信を続け、社内外からも評価・応援する声が多いとのことだが、逆に、批判や攻撃の的にされるようなことはないのか。
滝本さん:ファクトチェック報道では、「琉球新報の記事こそファクトチェックしろよ」などといった中傷も頻繁に受けている。そもそも、ファクトチェック報道以前から、琉球新報の報道に対しては、沖縄ヘイトの一環ともいえるバッシングはずっと続いている。やはり特に基地問題や、往々にして政府の方針に対決する姿勢となりがちな論説や論評、記事に対して浴びせかけられるもので、記者がツイートすることに対しても攻撃の矛先は向けられている。

注1「サンフランシスコ体制」:1952年に、サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約が発効して成立した、日米安保体制のこと。これによって、日本の本土は連合国軍総司令部(GHQ)占領下から離れ、国際社会に復帰して主権を回復した。一方で、沖縄は、その後も1972年の「本土復帰」まで、アメリカの施政権下におかれた。

 

【沖縄タイムス社】
沖縄タイムスは、2018年の沖縄県知事選挙を機にファクトチェックの取り組みを開始し、以降、検証記事やコラムを、同社の紙面と特設ページで発信している。2023年11月末現在、特設ページで確認できる記事は18本である。

okinawatimes_fc.png (沖縄タイムスのファクトチェック特設ページ)

沖縄タイムス編集委員の阿部岳さんに聞いた。 takashi_abe.jpg

いつから?目的は?手応えは?
Q:ファクトチェックに取り組むことになったきっかけは?
阿部さん:沖縄タイムスとしては、2018年の沖縄県知事選でSNSにデマが出回ったのを機に取り組みを始めた(自分自身は、2021年、ファクトチェックに関するプラットフォーマーのプロジェクトに参加したのをきっかけに関わるようになった)。
 以降、「ファクトチェック・イニシアティブ」の基準に沿って、SNSから選挙ビラまで、あらゆる媒体を対象に実施している。選挙や基地など、特定の分野に限定せず、沖縄に関する疑わしい情報を検証し、紙面とウェブサイトで報じている。

Q:3月のアンケートでは、取り組みの目的として「読者・視聴者の信頼を得たいから」「読者・視聴者のニーズがあるから」「報道機関の責任・使命だから」「他の地域や海外の事例を見て、取り組むべきだと判断したから」といった項目を挙げていた。取り組み開始から6年余りが経過したが、手応えはどうか?
阿部さん:取り上げるテーマによるが、社外からは、SNSで肯定的に拡散されることも多い。ホームページの記事のアクセス数では、ファクトチェック記事はいつも上位になる。また、ファクトチェックで誤情報であることを検証し発信したことによって、検索サイトで該当のキーワードを検索した際に、それまでトップに出ていた誤情報よりも上位に、沖縄タイムスの打ち消し情報が掲載されるようになったケースもあり、手応えを感じている。社内でも肯定的に評価されている。

取り組みに関して感じている課題は?
Q:3月のアンケートでは、「人手が足りない」という課題を挙げていた。具体的にどのような状況なのか?
阿部さん:ファクトチェックの専門部署はなく、必要な時に、やりたい人が随時、記事を出している。検証すべき情報を目にした際には、若手記者に「やってみないか?」と声をかけたり、逆に若手のほうから「こんな話があるが、チェックしたほうがいいですよね」と提案してくれたりする。必要性は社内の皆で共有できている。
 一方で、ファクトチェックは、通常の記事よりも格段に手間がかかる。例えば最近の事例では、著名人が動画サイトで発信した偽情報について、ファクトチェックを実施したが、偽情報の発信者は、根拠もなく“でまかせ”的に発信しており、それをチェックするとなると、そもそもどんな機関のどんなデータを調べればよいのかというところからスタートしなければならない。そのために1日半くらいは通常の取材業務がストップする。

新聞社が取り組む意義は?
Q:負担の大きなファクトチェックに、あえて取り組み続けているのはなぜか。
阿部さん:これだけ偽情報・誤情報が飛び交い、一般市民がだまされたり被害にあったりしてしまう状況がある限り、ファクトチェックは報道機関の責務であると思う。
 ポジティブな意味でも、日常的に物事を調べることに慣れていて、多様な発信の媒体と影響力を持っているという点で、報道機関の得意分野であるとも感じる。その得意分野を生かして、デマを打ち消し、正しい情報を人々に届けるという社会貢献をしていくべきだと考えているし、この取り組みがより多くのメディアに伝播(ぱ)してほしい。

 

【北海道新聞社】
 沖縄の2紙のようにファクトチェックの結果を他の記事と独立させて特設ページなどに掲載する取り組みとは別に、日常の記事を書く際に、情報の真偽を確認するプロセスにファクトチェックの手法を取り入れていると回答した社もあった。
 北海道新聞では、政策や法律案などに関する政治家などの発言や政府の説明が本当に正しいのか、日常の取材の中で真偽を検証する形でファクトチェックを行っていると回答した。専用ページは立ち上げず、「ファクトチェック」という言葉も紙面上使わないが、事実か否かの検証結果を記事の中で詳しく言及している。この方針について社内では、読者の「知る権利」への奉仕、権力への監視といった報道機関の基本的な役割を果たす仕事として重要だと認識を共有しているという。東京支社編集局・報道センター部次長の森貴子さんに聞いた。

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いつごろから?目的は?
Q:北海道新聞としてファクトチェックを始めたのはいつごろからで、なぜ始めたのですか?
森さん:政治家などの発言や政府の説明内容に対する真偽の検証は、古くは2013年の秘密保護法案、2017年共謀罪をめぐる報道などでも行っていた。特に共謀罪の時は、法案の内容を細かく分析・検証していくと、例えば放火事件でいえば、共謀罪は、予備罪よりもっと手前の計画段階で処罰する際の法律なのに、予備罪の量刑より重いケースがあって、なぜか逆転していることが分かり、記事で伝えた。おそらく改正対象の罪名が200以上あるので、法務省のチェックが行き届いていなかったのだろう。他の法律との整合性がとれていない点もあり、とても雑な条文だった。

20220727_dousin.jpg2022年7月27日付け 北海道新聞 朝刊より

また2022年には、防衛費の対GDP比の算定方法について、米軍側に払う経費とかいろんな経費が上積みされていることが見えなくなっていることを伝えた。「日本の防衛費のGDP比は、G7諸国で最も低い」と政府は説明してきたが、NATO(北大西洋条約機構)加盟国の算定方法に比べ、退役軍人年金(旧日本軍関係者の恩給費に相当)や沿岸警備隊(海上保安庁に相当)の経費などが含まれておらず、これらを加えると、日本の防衛費は当時すでにGDP比1.24パーセントに膨らんでいることを記事で伝えた。
 政策や法律について、政府が曖昧にしていること、正しくない説明をしていることを、きちんと確証をもって指摘していくのが目的だ。

正しくはどうなの?とセットで
Q:情報の真偽を確認して伝えるうえで気をつけていることはありますか?
森さん:最近の例でいうと、LGBT法案の国会審議の時に、「この法律が成立したら女性のふりした男が女子トイレに入ってきて性的ないたずらをしかねない」という言説が広がったが、それを紙面で否定するのが大変だった。そもそもLGBT法はそういう趣旨の法律ではないのに、"トランスジェンダーの人たちは危ない"というのは、あえて間違った方向に誇大に書かれた悪質な言説だ。そこで、デジタルの『イチから解説』というコーナーに、Q&Aの形で性的少数者に対する性差別を禁止した海外の事例や法律家の説明を紹介し、この言説は誤りだということを伝えた。

20230711_dousin.jpg2023年7月11日付け 北海道新聞WEBより

これはおかしい、間違っているということだけでは、情報の受け手は満足しない。本当に正しいのは何なのか、間違った情報がなぜ広まったのか、どう考えればいいのか示さないと受け手も消化不良になる。法律にしても政治にしても、彼らの言っていることは間違っているという批判だけでなく、正しい姿を上書きするような記事を書くように気をつけている。

市民の発信を打ち消す正当性とは
Q:ファクトチェックを行ううえで課題と感じていることはどのようなことでしょうか?
森さん:一番悩ましいのは、間違った事実を述べたヘイトスピーチを記事の中でどう打ち消すか。第三者、例えば法務省などがこれは間違っていてこの発言はヘイトだと認めてくれる場合もあるが、概してお墨付きを与えてくれるところがない中で"間違っている"ということを、確かにおかしいと皆に思ってもらえるだけの論理をもって伝えなければならない。特に一市民が発している言葉にマスコミがそれに対抗していくのは、マスコミの方が権力を持っている以上、慎重でなければいけないし、覚悟がいる。
特に北海道はアイヌ民族へのヘイトがある。彼らの言っていることは間違いで、正しくはこうだと、アイヌ民族をめぐる歴史的な経緯とかをきちんと知ってもらうことと併せて行わないと意味がない。

ファクトチェックをめぐるマスメディアの役割とは
Q:健全な情報空間の必要性が指摘されるいま、みずからの役割をどう意識していますか?
森さん:正しい情報に飢えたような社会にどんどんなっていく中で、事実か誤りかの検証は、マスコミが担っていく役割の一つであると個人的には思う。それができる、ノウハウは多少なりとも私たちにあることを考えれば、どうやってマスコミが生き残っていくのかという意味においても、その可能性はあると思う。
特にうちはデジタルに力を入れ始めたばかりで、まだデジタルの怖さ、何が起こるかというのが実感としてあまりない。いずれネットならではの壁もあるだろうし、強いバッシングとか経験していくだろう。そう考えた時に署名記事や写真をさらすのも怖いし、でもそれが信頼性を担保するともいえるし、すごく難しい。どうやってバッシングや誹謗(ひぼう)中傷から記者を守るかということを同時に作っていかないといけない。それと併せて、「なぜこのファクトをチェックするのか」ということをどう説明するかを考えながらやっていくしかないと思う。

調査あれこれ 2023年12月13日 (水)

糾弾される岸田自民党 ~パーティー券裏金問題で政治情勢流動化~【研究員の視点】#516

NHK放送文化研究所 研究主幹 島田敏男

 久しぶりに「糾弾」という言葉を思い出しました。「罪をおかした人や不正をした人に対して、その行いを問いただし、強くせめること」というのが一般的な意味です。世の中にはさまざまな問題が存在していますが、圧倒的多数の人がけしからんと感じる出来事でないと使わない言葉でしょう。

 自民党の最大派閥安倍派「清和政策研究会」が政治資金集めのために1枚2万円のパーティー券を大量に販売。今の政治資金規正法では、その正確な収支を報告書に記載して総務省に提出していれば不正にはなりません。つまり、派閥が政治資金を集める手段として一定のルールのもとに合法化されてきています。

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 しかし安倍派は所属議員やその事務所が一定のノルマを超えて販売したパーティー券の収入を報告書に記載せず、幹部を中心とする議員側に「キックバック」して裏金収入としてきたのです。つまり派閥のパーティーというイベントを集団的な裏金還流装置に仕立て上げていたということです。

 政党や政治家個人、そして派閥という政治団体が集め、政治資金収支報告書で公開している収入については所得税がかかりません。政治資金は「議会制民主主義を育てる財源」として課税されないという特典を与えられているのです。

 さらに各政党に対しては、総額で年間300億円あまりの政党助成金が、それぞれの所属議員数に応じて国から配分されています。共産党だけは、この制度に反対して受け取っていません。

 この政党助成金収入にも税金はかかりません。政党助成金を受け取った政党は所属議員にも配分していますので、納税者である国民から見れば「そういう税金からの公費支給も受けていながら裏金作りを行うのは言語道断」ということになります。

 この安倍派を中心とするパーティー券裏金問題に関する報道が続く中、12月8日(金)から10日(日)にかけてNHKの月例電話世論調査が行われました。岸田内閣の支持率は発足以降最低を更新し、不支持率は最高を更新しました。

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☆あなたは岸田内閣を支持しますか。それとも支持しませんか。

  支持する   23%(対前月-6ポイント)
  支持しない   58%(対前月+6ポイント)

この内閣支持率23%というのは、自民党が2012年12月に政権に復帰し、第2次安倍内閣が発足した後の11年間で最も低い数字です。今と同じ自公政権では、2009年に政権交代に追い込まれた麻生内閣の末期以来の低い数字です。

 岸田内閣を支持すると答えた人を与党支持者、野党支持者、無党派の別に詳しく見ると、こうなります。

  与党支持者   51% (対前月-2ポイント)
  野党支持者   10% (対前月-2ポイント)
  無党派     9% (対前月-3ポイント)

 いずれでも支持すると答えた人の割合は前月より低下していて、パーティー券裏金問題が岸田内閣の最近の不人気に拍車をかけていることは疑いようもありません。

 今回の問題は安倍派にとどまらず、二階派、さらには岸田派の政治団体でも同様の収入と支出の不記載や不備が指摘されています。(注:12月12日時点)大小様々の病巣が自民党内のあちこちにありそうな気配です。

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☆今、あなたは何党を支持していますか。支持している政党名を一つだけおっしゃってください。

  自民党 29.5%
  立憲民主党 7.4%
  日本維新の会 4.0%
  公明党 3.2%
  共産党 2.6%
  国民民主党 2.1%
  れいわ新選組 1.7%
  社民党 0.3%
  みんなでつくる党   0.1%
  参政党 0.4%
  支持する政党なし  43.3%


自民党は前の月より8.5ポイント下がっていて、30%を割ったのは2012年12月に政権に復帰した後では初めてです。岸田内閣の支持率と同様に、歴史の1ページに残る凋落(ちょうらく)ぶりです。

 それもこれも、東京地検特捜部が政治資金規正法違反で詳細に事実関係を調べ上げているのに、指摘されている自民党関係者のだれ一人として進んで自ら非を認めようとしていない点に問題があります。「捜査が続いているので話せない」という逃げ口上を繰り返すだけでは、特捜部に立件されなければ問題はないと言っているに等しい反省のなさが浮かび上がってくるだけです。

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☆あなたは政治資金をめぐるルールを厳しくすべきだと思いますか。今のままでよいと思いますか。

  厳しくすべきだ   81%
  今のままでよい     9%

厳しくすべきだという回答を詳しく見ると、与党支持者で79%、野党支持者で90%、無党派で80%となっていて、立場による大きな違いは表れていません。大多数の国民の目に、「けしからん問題」「糾弾すべき問題」と映っているということです。

 政治資金規正法が今の形に大きく改正されたのは、30年以上前のリクルート事件をきっかけにして盛り上がった政治改革論議の帰結でした。それまでは自民党一党支配と呼ばれる政治構造のもとで企業献金を大量に集め、それが国民の反発を買うに至ったからです。

 その時の改正で政治家個人は自分の政治団体で企業からの献金を受け取ることができなくなり、パーティー券の販売収入を政治資金に充てる方法が広がったという経緯があります。派閥のパーティー券販売はそれを大規模に行うもので、派閥から所属議員に渡される活動資金の原資調達方法として温存されてきました。

 今回、自民党内でも特に安倍派が矢面に立たされているのには理由があります。安倍長期政権の下で、パーティー券をまとめて購入する企業などの側に、官公庁などへの影響力の強い安倍派と関係を太くしておくのが得策だという判断があったと証言する関係者は少なくありません。

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 それによって所属議員ごとのノルマを超えるパーティー券が大量に売れるようになり、キックバックされた資金はいわば販売成績に応じた御褒美として裏金化されたという構造です。

 岸田総理は臨時国会が閉幕した後、年末恒例の来年度予算の編成作業前に安倍派の閣僚を交代させる方針です。しかし、そんなことで問題解決の道が開かれるわけではありません。

 野党各党が政治資金規正法の改正案を提出、あるいは準備して、新たな政治改革を進めるべきだと訴えています。国民の目に触れることのない金の流れを排除すべきは当然です。

 岸田自民党は、強い危機感をもって新たな政治改革に乗り出す必要があります。それがいつまでたっても前に進まないならば、政権そのものが国民にそっぽを向かれ空中分解しかねないというのが客観情勢です。崖っぷちに立っていることを強く自覚すべきです。

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島田敏男
1981年NHKに入局。政治部記者として中曽根総理番を手始めに政治取材に入り、法務省、外務省、防衛省、与野党などを担当する。
小渕内閣当時に首相官邸キャップを務め、政治部デスクを経て解説委員。
2006年より12年間にわたって「日曜討論」キャスターを担当。
2020年7月から放送文化研究所・研究主幹に。長年の政治取材をベースにした記事を執筆。