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お寄せいただいたメッセージをご紹介しています

栗原市 千葉美幸さん 30代 女性

今年最後の番組ですね。思えば、津田さんに私の投稿したメッセージが読まれたとき、私は正直生きる希望を失くしながらこの番組を見ていました。物凄くたくさんのもの、もちろん沿岸部などに比べたら些細なものばかりですが、思い出や喜びや生きがいは失って死んでいました。でも、この番組とかかわったことで、毎回泣きながらでも他の被災地と向き合ってきたことで、私はだいぶ強くなりました。そんな自分を震災前より好きになれました。

津田さん、スタッフの皆さん、他の被災地の皆さん、生きる力をくれて、ありがとうございます。私はこの胸の痛みを抱えて、真摯に生きてまいります。皆様のことを、忘れたりしません。本当に、ありがとうございます。そして最後に。

本当の幸いは、みなさんの命とともにあります。どうかそれを忘れないでください。

岡山市 岡山のお母さんさん 50代 女性
昨年の秋、初めて東北に行きました。岩手県の北上市というところです。紅葉の季節、美しい風景は夢のようでした。けれど、それ以上に心に残ったのは、強くて優しい、暖かい東北の方々の姿です。震災の日はテレビの前で泣きました。岡山では、内陸部の様子はほとんど放送されず、心配しました。そして数日経ってやっと北上市のホームページを見ることができました。そこには、地震で大きな被害を受けながらも、より被害の大きい沿岸部の都市を必死に支えている北上市の姿がありました。感動しました。北上市だけではなく、東北の全ての都市が、そうだったと思います。被災地の皆様、被災地を支えてこられた皆様、今日まで、本当によく頑張ってこられました。強くて優しくて暖かい東北の皆様だからこそできたことだと、頭が下がります。遠くにいて何も出来ない私ですが、北の空に向かって皆様のご健康と一日でも早い復 興を祈っています。リクエストできる番組ではないとは思いますが、もし良かったら、坂本九さんの「見上げてごらん夜の星を」をお願いできたら嬉しいです。私も、東北の皆様のことを思いながら、夜空を見上げています。
福島県 せきねさん 30代 女性
被災地の本当の声を報道しているのは、この番組だけ。風評被害があるなら、報道支援もあるはず。淡々とあるがままに、これからも現状を伝えて欲しいです。
千葉県市原市 ぱぴこさん 40代 女性
あの地震の日。高校の卒業式を週明けに控えた長男は、予行練習のために登校していましたが、コスモ石油のコンビナート火災等により帰宅が1番遅くなりました。私も職場から帰ることができず、丁度家に居た夫と高齢の姑、期末試験で帰宅が早かった二男と中々連絡が取れず生きた心地がしませんでした。お互いに無事を確認したのは夜10時を回るころでした。翌日テレビに映し出された衝撃的な津波の映像。夢であってほしいと、どんなに願ったことでしょう。両親が東北出身ですので、本当に他人ごとではありません。千葉県も太平洋側では津波で亡くなった方もいます。家屋の倒壊、液状化で傾いた家々。被災された皆さんの所は、千葉とは比べようもないほど寒く、雪が降り、ただでさえ大変な冬を過ごしています。ご家族や御親戚、友人を沢山亡くし、遺体が発見されないままの方も沢山いらっしゃいます。生業をなくし、家をなくし家族をなくし。支援物資もお送りしたいのですが、充足しているとのこと。本当でしょうか?衣類や息子たちが使った受験参考書。お使いになる学生さん、いませんか?どこに聞いたらいいのか。。。少ないながらも義捐金をお送りしています。みなさんに少しでも届けば。被災された皆様、遺族となられた皆様に平穏な日々が一日も早く訪れますことをお祈りしております。お風邪などひかれませんようお体を大切になさってください。
福島県郡山市 匿名希望 20代 男性

私は、福島県郡山市に住んでおります。母、父、嫁、子供小学校一年生、一歳7か月の6人暮らしです。あの日平成23年3月11日過去に経験したことのない大地震を経験しました。私は、生活には欠かせないライフラインを守る仕事をしております。今までは、災害が起きた場合は第一線で活動しなくてはいけないという認識はありました。しかし、行政及び同業者、私も含め災害というものは、手伝いでほかの災害現場へ駆けつける程度の認識で、まさか被災するとは夢にも思っていませんでした。

14:46私は仕事の打ち合わせの為、移動中でした。緊急地震速報をラジオで聞き車を止め様子を見ることとしましたが、はじめグラグラと揺れ、おさまるのかなぁと思ったら下から突き上げ車が倒れるんじゃないかというくらいで、なにもできず車の中でただただ早くおさまってくれと祈っていました。おさまりかけたころラジオの第一報が7m以上の津波が襲うと聞こえてきました。恐怖でしばらく聞き入ってしまっていたことを覚えています。そんな中、まず家族本当に心配でしたが、安否も確認できず仕事をするしかない状況でした。こういう時こそ一家の大黒柱としてそばにいてあげられないということは本当に申し訳ない気持ちで押しつぶされそうになっていました。震災というのはこれほど辛く過酷なことというのは、経験してみないとわからないと思います。仕事をしながら聞こえてくる辛い情報、家族、親戚、友人、知り合いの心配事、過酷な仕事状況。そんな中追い打ちをかけるように噂で飛び交っていた話が確定的になったことでした。

私は、震災以降家に帰ることもできず仕事をしており、2日後くらいに仮眠を取りに行った程度で日にちの感覚は全くなく、ただひたすら復旧作業にあたっておりました。みんな、早く復旧してやる って気持ちで一致団結本当に頑張っておりました。しかし、原発が危険な状態となってしまったのです。復旧作業を頑張りながらも噂には聞いておりましたが、みんな聞かないふりをしていたんだと思います。何日か後の夜、対策本部の会議で、全員マスク、ヘルメット着用の命令がでました。率直に、恐怖感で倒れそうでした。そんな状況下、私たちは作業するしかありませんでした。街中の静けさにヘリコプターの音、東北自動車道の緊急援助隊の列、異様な世界でした。家族の心配、避難させるべきか?本当に悩み悩みしかし、復旧作業を止められない。仕事している場合じゃないのではとも思いましたが、逃げられない。自分を責めました。涙が出ました。やる気も出ません。そんな時、支えてくれたのが家族でした。パパ頑張ってね。と・・・もやもやしていた気持ちが少し晴れました。国を信じるしかない!と。もう一つ、支援に来てくださった方々の支えです。横浜、鳥取、奈良、埼玉、福岡、長崎、来てくれただけで安心しました。中にはこんな言葉をかけてくれた人もいました。私たちは、覚悟はできていますから。と・・・また泣いてしまいました。そんな状況下で徐々に復旧も進み誰一人とも仲間たちは避難することもなく作業を行いました。4月11日頃にはほぼ100%の復旧率となりひと段落となりました。

そして、今できることはこの震災で得た経験を復旧マニュアル作りにいかすこと。あとは、除染。私は、やっぱり郡山が好きです。がんばろう福島!がんばろう郡山!全ては子供たちの未来のために。

秋田県横手市 AーCさん 40代 女性
東北は、全部が被災地です。大きな天災や原発事故だけが被災ではありません。もちろん、自然災害と人的事故をごっちゃにはできませんが、形や程度・大きさが違うだけで、被災地には変わりないのです。震災によって、観光客が減る・消費が減る・地域経済が冷え込む・企業が倒れる・・・こういった二次災害もみな被災です。豪雪のところに、震度5の揺れがきて、倒壊した建物もあります。その豪雪の苦労をどれほどの人が分かるのでしょうか。
東京都 海の子さん 30代 女性
私は震災のせいで宮城から関東へ引っ越しました。「瓦礫の受け入れ」についての書き込みを見て悲しくなりました。私は震災後しばらくの間は食糧やガソリンがまったく手に入らなかったので秋田や山形へ買出しに出かけていました。ボランティアの人はガソリンを入れられるのに、そこに住んでいる私達は一切入れられなくて、家族や親戚を助けに行くこともできなかった。あの時のもどかしい気持ちを思い出すたび胸がかきむしられる思いです。瓦礫処理を他県に頼るのはやめにして、津波で地盤沈下した海岸線を埋め立てて堤防にしてしまえばいいのにと思います。そして、地震津波の被害と原発事故の被害を同じ震災として語るのはやめましょうよ。原発事故は事故であって、天災ではないと思います。そこをきっちり分けないと本来問われるべき企業の責任や過失がうやむやになってしまうような気がします。震災以降、「絆が大切だと気づいた」とおっしゃる方達が増えましたが、それは被害がたいしたことのない地域の方達の意見だと思います。こちらは津波被害の大きさの違いによって八つ当たりをされたり、極限の状態で顕わになった人間性によって人間関係が壊れることも多かったのです。引越してわかりましたが、被災地の外ではもう悲惨な話は聞きたくないという雰囲気です。いくら「まだ大変なんです」「忘れないで」と叫んでも、うんざりされるだけ。私達は黙々と自立するしか方法はないのだと思います。
岩手県盛岡市 greenさん 50代 女性
私は看護師です。大震災が起こり、テレビで信じられない映像が流れたとき、いてもたってもいられない気持ちで日々を過ごしました。医療現場はきっと混乱しているだろう、たくさんの被災者の方々を被災した医療関係者たちが寝る暇もなくケアしているだろう。でも自分は内陸。そしてやはり生活もあり、介護もあり。近いのに何もお手伝いにいけない自分がとても悲しくて仕方がありませんでした。ボランティアも減ってきて、東北の難関極寒の冬。まだまだ支援が必要な今、寒くなることで増えてくる問題・・毎日内陸にいながら案じております。山がなかったらもっといけるのにと、内陸の方々は口をそろえて言います。もし可能ならボランティアを乗せてくださるバスを行政で出してもらえないかと毎日思っています。心のケアも大事な時期。医療職として、なにかでお手伝いできるならしたいと思っています。NHKさんのこの番組は震災の現状を知るために毎週欠かさず拝見しています。どうかずっと続けてください。日本人全員がこの番組を見て欲しいと感じています。
山形県山形市 うたのばーちゃんさん 50代 女性
今、津田アナンサーが仙台に居てくれる事に、心から感謝。津田さんのがんばりに敬服。以前から考えていたのですが、山形に柴田徹アナンサーいますよね、津田さんの疲労もかなりのものだと想像します。津田さんを応援する意味も込めて、柴田さんの山形弁と津田さんの石巻弁で今回の震災について、本音トークしてほしいんです。私は、広すぎる被災地を目の当たりにし、どこをどうすればよいのかわからず、とりあえず、私は亘理を応援することにしました。
秋田県 鳥海さん 40代 女性
被災地のがれき処理を、秋田県で受入れできるかどうか、調査が始まりました。しかし秋田県も被災地であり、東北全域あげて岩手・宮城・福島を支援しているのに、正直いって廃棄物処理までは請け負えないと思います。秋田県は人口減少に高齢化で、話によれば予算も非常に厳しいとか。その中で、自分達も被災者でいながら全力で援護しているのです。私が憤りを覚えたのは、処理を受け入れた東京都の一部住人が、反対や苦情を言ったという話です。東北地方で作った電気を、自分達は使っておきながら、がれき処理は反対だと言う。自分の利害第一なのか、と悲憤を感じます。
岩手県大槌町 匿名希望 30代 男性
大槌町では復興会議なるものを定期的に地域別または代表者などで行っています。JR山田線の復活と線路の盛土による防波堤機能を期待している町民が居りましたが、先日、JR東日本仙台支社の発表ということでバスへの代替え輸送というニュースがあり非常に残念に思っております。防波堤の高さは14.5mに決まりそうですが他に防波堤が無いので多重防御という提言が早くも崩れてしまったことに憤りを感じています。本気で街を町民を守るつもりがあるのか疑問に思いますし、なぜ国や県に積極的に打診しないのか不思議であり当事者は被災した我々であり町なのでもっと積極的な提言をしていってもらいたいと思います。私は、両親・多くの親戚やいとこを亡くしました。勿論、安住の地も失いました。一刻も早く安定した生活が送りたいその思いだけです。
宮城県栗原市 千葉美幸さん 30代 女性

は今、家族と一緒に被災地をめぐっています。私と母の、体と心の具合も、震災後、忙殺された父のスケジュールも、一段落ついたからです。

デジタル化になって、画質が良くなったこともあり、また、瓦礫撤去が進んだのもあって、想像していたよりショックは受けませんでした。

子供の頃遊びに行った、鮎川の浜辺が壊滅したのを見たとき、「ああ、これが天災というものか、天災は、心を守るため、感情を殺したのだな」と思いました。復旧、復興、高らかに叫ぶ前に、まだ私たちはやり残したことがあるような気がしました。

被災地を忘れないで。テレビに流れなかった、被災地も、知ってほしい。そう願います。

宮城県石巻市開成仮設 M,Gさん 20代 女性
時の流れとは早いもので、また世の中の流れや人の認識というものも時の流れとともに消滅していき残酷なものですね。テレビで様々な地域や人に密着しそこから見えた復興。しかしそれはごく一部です。現実を知って下さい。私も含め皆様の想像を超える様な日々を毎日送っています。私の住む団地でも殺人や自殺といった事が出始めかなり治安が悪化しています。今は復旧・復興に関して考える余裕は一切ありません。明日の事も考えられません。その日暮らしの様な生活です。私は20代で世間では若者に入ります。若者はお年寄りや子供の様な弱者扱いはされません。しかしあなたは想像出来るでしょうか?あの大震災を経験し20体以上の遺体と触れ約一週間飲まず食わずして毎日毎日ボロボロ(肋骨が折れてる状態)になるまで歩き食べ物や飲み物を確保しお年寄りや子供の為にすべてを捧げやってきたという事を。(肋骨が折れてる事を知ったのは後からです。震災にあった日に怪我をした様ですが自分でも覚えておりません。それだけ必死だったのでしょうか。)私は震災前から体が弱く病院がちでした。しかし落ち着き始めた今体が悲鳴を上げてる状況です。現在睡眠障害、節食障害、うつ(予備軍)と戦っております。若者だから大丈夫だろう、立ち直れるだろう、やり直せるだろうとは思わないで下さい。大きな勘違いです。若者でもいろんな人間がいます。若者の中にも私を含め弱者の立場にいる人間も存在するのです。甘えではけしてありません、今は何も考えれず行動出来ずやる気も起きず人の言う事も理解出来ずただ生きてる様な状態です。これが本音であり真実です。しかし表面では頑張って笑顔を作り人と接し元気なフリをします。なので一人になった時はものすごく落ち込みますし死にたくなります。今回の大震災で助かった方々の多くが生かされたのだから頑張ろうという気持ちで生きてるようですが私は理解出来ません。死は怖いですが生きるよりは怖くない様な気がします。今何が必要なのか、何を訴えたいのか、自分でも分かりません。どうしたら良いのか分かりません。生きてる事が正解なのかどうかも分かりません。
匿名希望 30代 女性

「被災地からの声」がようやく全国へ!と喜んだのもつかの間、1分スポットなんですね。

いつもは、山形県内在住の知人に録画を頼んでいます。15分でも30分でもいいので、全国放送で「声」を伝えないと、どんどん震災が風化します。特に東京では震災関連の報道内容が偏って来ているような気がします。食を通じての支援や東京に来て記念イベント、などとにかく上っ面だけ「がんばれ!」「がんばってます!」のような一見明るい話題が多いです。被災された方々の様々な「本当の気持ち」が伝わりません。それを理解していかなければ何も始まりません。

この番組は、斬新で、制作には非常に手間がかかる分、心がこもった良番組だと思いますので、ここから少しでもつかんでいけたらと思います。

匿名希望 30代 女性
義援金に地域格差があり過ぎます。被災地に住む者全員に一律でいくらか渡してほしい。
匿名希望 30代 女性
息子が通う大川小学校。通わせるにあたって、何度もお聞きした事がありました。今後合併、廃校にはならないか?と。校長、教頭は、声を合わせて、大川小学校がなくなることは、ありませんので、安心して通わせて下さいと。それが 、今月半ば。突如持ち上がった合併話。正直びっくりしました。勿論学校再建案の1つであって、別の場所に立て直すと言う案もありましたが、教育委員会の方々の言い方は、分かりやすく言うと、仮設の学校を建てるのにも数千万円かかるし、生徒の人数も減る一方。大金がかかるから、近くの学校に、合併しましょうよ。って感じに、伝わりました。少なくとも私には。いったいなんなんでしょう?四月の時点であんなに、何度も聞いて、回答してもらったはずなのに、第一案で、合併を持ってきたのが、親として許せません。他にも、学校再建にむけて、色々個々の学校で問題が起こっているはずです。たくさんの友達を我が子は失いました。もう悲しい思いはさせたくありません。
仙台市太白区 六三郎さん 30代 女性
被災者ではない人は被災者を思い、大きな被害は受けていない被災者は津波などで大きな被害を受けた被災者を思い、大きな被害を受けた被災者は亡くなった方を思う。これこそが大和魂だと語られますが、中間層のストレスがそろそろ限界に来ているように感じます。私自身、やり場のないストレスで体調を崩しています。でもそんなこと誰にも言えません・・・。
福島県須賀川市 エンジャンジャンさん 40代 女性
毎週録画して欠かさずみています。毎回実情に胸を衝かれ、まだまだ何にも間に合ってなどいないことにいらだっています。最近、総合TVの狭間にショートカットで放送されるようになり、良い方法と感じました。是非回数を増やして下さい。もちろん少なくとも三年間は続けるべき、それほどの国難であると思っています。東北の外では新聞を含め、報道がないと聞いています。この偏向が風評をあおっているのだと頭にきます。津田さん、スタッフの皆さん、応援しています、頼みの綱です。まだまだ声を汲んで下さい。先週やっと相馬を訪ね、港と市場のあたりや新地駅を見てきました。せめてもの思いでささやかながら食事と買い物をしましたが、歯痒くて仕方ありません。もっと直に細やかに行政の対応を!放射線はチェルノブイリの研究からすると神経質になりすぎと感じています。全国の庶民にNHKの底力で学習と習熟の機会を!特に関東圏に、「福島県よありがとう」の心を持たせなければ意地悪も風評もはびこるばかりでしょう。
青森県八戸市 阿部克也さん 30代 男性
初めて投稿します。毎週必ず拝見しています。自分は、この番組を拝見したあと、必ずフェイスブックに見て感じた事を投稿しています。自分の登録されている友達に被災地の状況を知ってもらうためです。今後も、フェイスブックを通して被災地の状況を教えていきたいと思います。そして、フェイスブックに登録されている方々が、被災地の事にいつまでも関心を持ってほしいと思います。
福島県郡山市 根本淑栄さん 40代 女性
毎日毎日放射能の数値を気にして食べ物を選び子どもの体調を心配して、ストレスにより必要のない言い争いをしてもう限界です。国は私達国民より東電の方が大事なんですよね。こんなたくさんの人を苦しめている人は捕まらないのですから!