民意は大阪市存続を求めた

読めなかった、最後まで。
いわゆる「大阪都構想」の賛否を問う住民投票。結果は5年前と同じ、僅差での否決だった。
いったい、どこがポイントだったのか。改めて振り返ってみる。
(大阪住民投票取材班)

逆転、その瞬間

11月1日、私たちは全国が注視しているであろう住民投票の、開票速報を発信していた。
開票率は85%を超えていた。賛成票優勢。
このまま押し切るのか…。

しかし、反対側が強いとみられていた区の開票が遅れていたのだった。
阿倍野区で6000票差、平野区で10000票差、東住吉区で4000票差。
開票所の記者から反対側優勢の情報が次々と飛び込んできた。
「反対票が確実に上回る」
瞬間の判断で、午後10時42分「反対多数」で当確を打った。
中継現場の映像からは、反対側事務所の驚きともとれるどよめきが聞こえてきた。
その時、公式発表はまだ賛成票が上回っていた。

それから20分ほど後には、大阪市長の松井一郎が会見を開いていた。
「政治家として、けじめはつけなければならない」

都構想を推進してきた大阪維新の会代表でもある松井が、政界を引退する意向を表明したのだ。
2度目の住民投票は再び否決となり、幕を閉じた。

前回も市長が引退 まさかの2度目

思えば、5年前の住民投票も1万741票差で否決となり、都構想の旗振り役だった大阪市長の橋下徹が、政界から引退した。

これで決着、かと思いきや、当時府知事だった松井が、橋下のあとに大阪市長となった吉村洋文とタッグを組んだ。そして松井が橋下の立場だった大阪市長となり、吉村が府知事となって2度目の住民投票を掲げた。

住民投票の実現には、前回は反対していた公明党が賛成に回ったことが大きい。

<今回の住民投票までの経緯はこちら「勝負再び 大阪都構想」>

維新の会は府知事選挙や大阪市長選挙などで改めて公約に掲げ、勝利することで、もう一度住民投票を行うことの「正当性」を主張してきた。

これに対し、自民党や共産党は、「すでに否決されており、決着はついている」と強く反発。
法的拘束力を持つ住民投票を、2度にわたって行うことそのものの是非が問われる事態となった。

維新では「今回はいける」との声が

そんな状況のなか、果たして市民はどう受け止め、結果はどうなるのか。

私たちの取材に、維新の会の党内では、多くが住民投票の行方を楽観していた。
理由の1つは知事の吉村の存在だ。党代表代行でもある吉村は、新型コロナ対策として独自の「大阪モデル」や支援策を矢継ぎ早に打ち出し、府民から高い支持を得ていた。

もう1つは公明党の存在だ。

10月12日に住民投票が告示されたあと、繁華街・難波では、賛成派の維新の会と公明党が合同で街頭演説を行った。

「府と市の対立を断ち切る」
「二重行政とおさらば」
「東京と並ぶ大都市に」
コロナ禍のなかでも集まった聴衆に、松井は声を張り上げて、「都構想」の実現を訴えた。

その後も、公明党代表の山口那津男が大阪入りして「賛成」を呼びかける演説を行った。こうした動きは、維新では好材料と受け止められていた。


序盤の手応えを聞かれた維新の幹部は、「今度はいける」と笑顔で答えた。

ただ、5年前に苦杯をなめた松井の見方は違っていた。一部メディアの世論調査で、賛成が優勢という結果が出ても、にこりともしなかった。
告示前の10月初旬、直接手応えを聞いた。
「住民投票は一筋縄ではいかん。ふつうの選挙とは全然ちゃう。五分五分や」
穏やかに話しながらも、その目は笑っていなかった。

記者会見で、松井は否決された場合の対応を問われ、「負けたら、僕自身、政治家としては終了する」とも発言した。

公明党も、複雑な事情を抱えていた。
前回の住民投票では反対したこともあり、支持者の中には、賛成に回った党の対応への反発や慎重意見が根強かったからだ。党内の情勢について、関係者は、「現場の空気は結構きつい。やれるだけのことはやるが、どこまで賛成票が積み上がるかは正直、わからない」と明かした。

女性議員コンビで反対派に勢いが

松井がにらんだ通り、流れは少しずつ変わってきた。

府議会と市議会で維新の会と対立する自民党、共産党、立憲民主党。さらには労働組合や大学教授らのグループなどが続々と反対を表明し、市民への呼びかけが始まった。
論戦の先頭に立ったのは、自民党大阪市議団幹事長の北野妙子と、共産党大阪市議団長の山中智子の女性コンビだ。

北野は党の重鎮だった父親の地盤を継いで市議になり、5回の当選を重ねてきた。温厚な人柄だが芯は強く、「都構想」について、「正しく知ればノーになる」というのがキャッチフレーズだ。

山中は市議6期のベテラン。「都構想」は「大阪市廃止分割構想」だとして一貫して反対を訴えてきた。

政治信条は対極だが「都構想」反対という点では共通する2人。テレビなどでの討論会には、反対派を代表してそろって出席し、松井や公明幹部を相手に論陣を張った。

このコンビに、党の立場を超えて「妙ちゃん、智ちゃん」などと応援する声が出るようになる。

自民府連では電話とインターネットによる世論調査を極秘に実施していた。
告示6日後の10月18日の調査では、賛成と反対がほぼ並んだ。さらに1週間後の25日には、反対が4ポイント近く賛成を上回った。
これで反対派は勢いづき、終盤に向けて大激戦の様相となった。

反対派の議員は、「周りで反対の人が増えている。理由はようわからんが、やはり『大阪市をなくさんといて』ということに尽きるのだと思う。これは、いい傾向になってきた」と言葉に力を込めた。

一方、賛成派の議員からは、「いったいどないなってるねん」と焦りの声が出始めた。

2つの「試算」と正反対の主張

ほんの少しのきっかけで、流れに影響が出そうな状況が続くなか、投票まで1週間余りに迫った10月23日、NHKの報道番組「かんさい熱視線」での賛成派と反対派4党による討論会が行われた。

維新の会の松井が自民党の北野に迫った。
「この数字の根拠を示してほしい」
特別区の設置にあたって、松井が率いる大阪市は新庁舎の建設は行わず、初期コストはシステム改修費など241億円と試算し、公表していた。


一方、自民党は独自の試算として1344億円という額を算出し、インターネットなどで公表した。自民党の試算には、新庁舎の建設費が盛り込まれていた。一部の特別区については、今の庁舎が手狭なため、職員が分散せざるを得なくなる。将来的に新しい庁舎が必要になってくるという分析に基づいていた。

「ありもしない新庁舎などを数字であらわすのはミスリード」と主張する松井。
これに対し、自民党大阪市議団副幹事長の川嶋広稔は、「庁舎については当然必要になるので算出している。これが正しく市民に伝える情報だ」と反論。双方の激しいつばぜり合いが続いた。

初期コストにかぎらず、賛成派、反対派の主張は、まったく正反対だった。
賛成派「二重行政の解消が必要だ」
反対派「二重行政の弊害はない」
賛成派「都構想でさらなる成長につなげる」
反対派「都構想と成長は関係ない」
賛成派「特別区で住民サービスは充実する」
反対派「財政が脆弱になりサービスが削られる」

市民の郵便受けには、連日のように賛成派、反対派のちらしが投げ込まれた。

賛成派は、
「あなたの『賛成』で、これからの大阪はもっともっと成長」
「胸高鳴る都構想実現後」


反対派は、
「新『北区』はいちばん損します」
「投票用紙には『反対』と書きましょう」


市民からは、「何が正解なのかさっぱりわかならない」、「もう少し冷静な判断材料を」といった声も出た。

期日前投票で調査、実は…

二分する論調のなか、私たちも正直、有権者が何に反応し、どこを評価するのか、見極めかねていた。

こうした時に手がかりになるのが、期日前投票を済ませた有権者への調査だ。

そこで、実際に話を聞いてみた。
「賛成」の人から最も多く聞かれたのが、「二重行政の解消」。
続いて「大阪の成長につながることに期待」「維新を応援している」など。

「反対」の人からは「大阪市がなくなるのはいや」「区割りが気に入らない」
「今は府市がうまくいっているので、このままでいい」など。

正反対の主張にそれぞれ賛同していることは分かるものの、決定打は見えなかった。


そしてやはり「コロナ」も投票行動には一定の影響を及ぼしていた。
「賛成」だという30代の女性からは、「吉村知事のコロナ対策を支持するので都構想にも賛成」という声が。
「反対」という50代の男性は、「住民投票にかけるお金をコロナ対策に回すべき。優先順位が違う」と。
ただ、やはり決定打としては作用していないようだ。

そして、肝心の賛否の集計なのだが、12日間、3万人あまりから聞いても「反対」と「賛成」がほぼ並んでいた。

維新の会の幹部は、前回差をつけられた大阪市の南部の区などで苦戦しているとして、ぎりぎりの勝負になると読んでいた。
「無党派の人たちの反応がよくない。これはどうなるかホンマわからん」

一方、自民府連の幹部も、賛否が横一線と見て、当日勝負と踏んでいた。
「まだ決めてない人も多いと思うので、投票が閉まる最後の最後までやるしかない。天のみぞ知るという領域に入ってきた」

こうした賛成・反対が拮抗(きっこう)する状況は最終盤までもつれ込み、ついに投票日を迎えた。

投票当日、出口調査でも…

全く趨勢(すうせい)が見えないまま迎えた投票日。
最後に頼りになるのが、出口調査だ。

投票を終えた有権者に聞いたところ、5年前の前回の住民投票で反対に入れた人の約90%が、今回も「反対」と回答。一方、前回「賛成」の人についても、90%が今回も「賛成」と回答。民意は真っ二つに割れたままで、傾向は変わらないということだ。

コロナ禍での住民投票をめぐっては、当初から自民党や共産党などから批判の声が出ていたが、これも賛否の傾向をそのまま反映したようなものとなった。
「適切だ」は48% 「適切ではない」は52%
「適切だ」と答えた人の約80%が「賛成」に投票、約20%が「反対」
「適切ではない」と答えた人の約20%が「賛成」、約80%が「反対」と答えた。

そして賛否の集計では、「反対」がわずかながら上回っていたが、結果が逆になってもおかしくないくらいのわずかな差だった。

賛成派、反対派の両陣営も、最後まで賛否の行方をつかめなかった。
日本維新の会の馬場幹事長は、「手応えはわからない。こっちが教えてもらいたいくらいだ」
自民党の北野も、「生きた心地がいたしません」

なにが賛否を分けたのか

そして、冒頭に書いたその瞬間を迎えることになった。

「反対」69万2996票
「賛成」67万5829票

その差は1万7167票、率にして1.2ポイント差での否決だった。


投票率は、前回を4ポイント余り下回る62.35%だった。
ほぼ前回と変わらないような結果だが、投票率が下回ったのに反対票の得票率は前回を上回った。つまり反対の傾向がほんのわずかながら強まったとも言える結果だった。

大阪市の24の区ごとにみると、「反対」が多かった区は14、「賛成」が多かった区は10だった。
前回、5年前の住民投票では「反対」多数は13、「賛成」多数は11。賛否が逆転した区は東成区で、前回は22票差で賛成多数だったが、今回は331票差で反対が多数となった。これ以外の23の区では賛否の優劣は変わらなかった。

何が賛否をわけたのか。

自民府連幹部の一人は、こう指摘する。
「大阪市は高齢者世帯が多いこともあって、コロナによる生活不安を抱える市民は非常に多い。5年先の都構想より、あすの生活がどうなるかという切迫感のほうが今の民意であり、目線がずれている。そもそも5年前にケリがついていた話であり、その意味でも無理な住民投票だったのだ」

一方、維新幹部は、コロナより住民感情のほうが影響したと話す。
「大阪は歴史が古いまちだけに、地域への愛着や思い入れが深い住民が多い。『なにがなんでもあかん』という人を説得するのは容易ではない。前回よりブラッシュアップしたベストの案を提示したが、感情面での壁を乗り越えることができなかった」

「分断」ととらえるのではなく

再度の否決で、「都構想」をめぐる議論は決着がついた形だ。ただ、「反対」と「賛成」が前回同様に拮抗した結果に、反対派、賛成派の双方から事態を重く見る声が出ている。

住民投票翌日、自民党の北野は、大阪市役所で開かれた議員団の会議でこう述べた。
「賛成した人の民意もしっかりと受け止めながら進んでいく必要がある。これからが自民党の真価が問われるときだ」


一方の大阪維新の会。
2度にわたる敗北で「都構想」が頓挫し、結党以来の看板政策を失った形だ。
代表も辞任する意向を固めた松井は、市の幹部会議で、引き続き府と連携して市政運営にあたる考えを示しつつ、こう述べた。
「都構想は終了した。真摯に受け止め、謙虚な態度で市政運営にあたらなければならない」


これで大阪市は、以前と変わることなく存続し、従来どおりの政令指定都市としての市政が継続される。

ただ、賛成派から指摘された、二重行政などの非効率な行政の是正や、少子高齢化などが進む中での、大都市での住民サービスのあり方などをめぐる議論の必要性は、「都構想」に反対した自民党の議員らも認めている。

賛否が真正面からぶつかる今回の住民投票は、「民意の分断」との指摘もある。しかしその過程で、それぞれの立場で市の財政や住民サービスの向上などに向き合い、よりよい政策を訴えようとしたのは確かだ。真に市民の暮らしのためになる課題の提示の機会だったととらえ、生かしていけるのか。これからこそが問われている。

(文中敬称略)