勝負再び 阪都構想

「え、もう決着したんじゃなかったっけ」
全国的にみれば、そんな思いの人も少なくないかもしれない。
いったんは消えたかに思われた、いわゆる「大阪都構想」 ことし11月にも、再び住民投票が実施される予定だ。どのようにして、再び息を吹き返したのか。
大阪の政治劇を追った。
(高柳徹也、霜越透、建畠一勇、青木新、西澤友陽)

2度目の住民投票へ

7月31日、大阪市役所で開かれた「大阪都構想」の設計図を検討する法定協議会。

会長の今井豊は、大阪市を4つの特別区に再編するとした都構想の協定書について、法律上の不備がないか検討した結果、「特段の問題はない」とする高市総務大臣の意見書を報告。大阪市長の松井一郎と、大阪府知事の吉村洋文に協定書を手渡した。


これにより協定書は正式に決定。大阪市民による2度目の住民投票の実施が、事実上決まった瞬間だ。

これに先立つ7月21日、大阪維新の会は所属議員らによる全体会議を招集した。

代表として党を率いる松井一郎は檄(げき)を飛ばした。
「大阪が東京と並ぶ2極の大都市として国をけん引できるよう、住民投票で可決させなければならない。全メンバーが力をすべて出してほしい」

松井の頭に去来したのは、5年前、2015年5月に行われた都構想の住民投票だった。

激しい論戦の末、結果は1万741票差で否決。

24区のうち賛成多数11、反対多数13。文字どおり市を2分した戦いだった。

二人三脚で都構想に取り組んだ盟友の橋下徹大阪市長は、政界を引退。松井がバトンを引き継ぐことになった。


住民投票での敗北で、維新の中でも都構想の復活は困難だとみられていた。それどころか、橋下の引退で党そのものがどうなるのかという不安の方が大きかった。

そこで半年後に仕掛けたのが、大阪府知事と大阪市長のダブル選挙。松井は、知事選挙に再び名乗りをあげるとともに、橋下の後任として、当時衆議院議員だった吉村洋文を擁立。


都構想への再チャレンジを掲げて戦い、勝利。何とか、都構想の芽は残った。

“ふしあわせ”な間柄

なぜ、維新は都構想にこだわるのか。


原点は、松井の大阪府議会議員時代にさかのぼる。当時、大阪府と大阪市は自他ともに認めるライバル関係だった。
水道事業は別々。中小企業への融資事業、消費者相談事業も別々。大学も大阪府立大学と大阪市立大学が併存。

象徴は大型開発だ。


府が関西空港の対岸に250メートル超の高層ビルを建てると、市も大阪・南港にほぼ同じ高さの高層ビルを建設。こうした大型開発は、バブル崩壊後の不況で多くが失敗。府と市は、それぞれ5兆円を超える借金を背負うことになった。
大阪では、府と市の関係が「不幸せ(府市あわせ)」と揶揄されるほどだった。

当時、松井はよくこうこぼしていた。
「とにかく大阪市をなんとかせなあかん。二重行政はもうあかん」

奇策で局面転換

松井、吉村という新たなコンビで、再び都構想に挑み始めた維新だが、事はすんなりとは運ばなかった。大阪府議会と大阪市議会は自民、公明、共産の反維新勢力が過半数を押さえていたからだ。この構図は、再び設置された法定協議会にも、そのまま持ち込まれた。

ダブル選での民意を盾に、都構想の実現を目指す維新に対し、自民、公明、共産の3党は、すでに住民投票で否決されているなどと徹底反対。暗礁に乗り上げていた。

維新は、去年春の統一地方選挙を前に荒技に打って出た。

松井と吉村が任期途中でそろって辞任し、府議選と市議選にぶつける形で、知事と市長のダブル選を仕掛けたのだ。

しかも、2人が入れ代わって立候補するという前代未聞の奇策だ。数か月前からひそかに練っていた策だった。
自民党は候補者を擁立して受けて立ったが準備不足は否めず、再び維新がダブル選を制した。同時に行われた府議選でも維新が単独過半数を確保。大阪市議選では過半数に迫る40議席を獲得し、躍進した。


選挙結果を受け、それまで都構想に強硬に反対していた公明党が、「民意が示された」と方針を転換、賛成に舵を切った。

これで、大阪府議会に加え大阪市議会でも賛成派が過半数を占めることになった。

さらに、維新と死闘を繰り広げてきた自民党も、大阪府連会長(当時)の渡嘉敷奈緒美が、住民投票の実施を容認する考えを表明。


これにより、再開された法定協議会は、選挙前とは打って変わって、終始、維新ペースで進行。約1年で、都構想の設計図となる協定書がまとまった。

これが“大阪都構想”だ

「大阪都構想」は、東京23区をモデルに、政令指定都市の大阪市を廃止して4つの特別区に再編し、特別区で、子育てや福祉など住民に身近な行政を担う一方、成長戦略などの広域行政を大阪府に一元化する構想だ。
いまの大阪市を、「淀川区」「北区」「中央区」「天王寺区」の4つの特別区に再編。「大阪・関西万博」が開催される2025年1月1日に移行するとしている。

否決された前回の案は5区に再編するというもので、当時、「湾岸区」などの新しい区名への戸惑いや、区ごとに経済的な格差が生じるのではないかといった懸念の声が出ていた。これも踏まえ、区割りを見直して4区とするとともに、既存の区名が採用された。
また、経済的な偏りなどがでないように配慮した。

「淀川区」には新大阪、

「北区」には梅田、

「中央区」はミナミ、

「天王寺区」には天王寺と、


それぞれ拠点となるターミナルや商業地を組み込むなど、市民がより受け入れやすい案にしようという狙いがうかがえる。

また、大阪市役所をはじめ、現在の24区の庁舎を、特別区の本庁舎や、行政窓口などとして活用するほか、4つの特別区のすべてに児童相談所を設置。さらに、広域行政を担う大阪府には、特別区との調整業務を担う「特別区連携局」や、消防を統括する「消防庁」などの新しい組織を新設する計画だ。

特別区への移行にかかる当初のコストは、システム改修費に182億円、庁舎の整備費に46億円、まちの案内表示などを変更する費用などに13億円のあわせて241億円を見込んでいる。

『待った!』の声も

2回目の住民投票にかけられる、都構想には、なお、反対の声も根強い。

少子高齢化が進む中で、福祉や教育などの住民サービスが低下するおそれがあるといった懸念や、特別区が財政的に成り立つのかといった疑問の声が出ている。
また大阪府と大阪市は、都構想が実現した場合の経済効果について、東京の大学に委託して10年間で1兆円余りという数字をはじき出したが、反対派は「根拠が不明確で信用できない」「特別区の新設に伴う負担で、経済効果どころか、コストはかえって増加する」と反論する。
さらに、新しい住所表記が住民投票の後に示されることについても、「個人にとって大事なことを、住民投票で示さず、あとで決めるという姿勢は、住民不在で疑問を感じる」といった批判も出ている。

「北区」と「中央区」という区名に対しても、東京の北区と中央区から「同じ名称だと混乱が生じかねない」と、再考を促す指摘が法定協議会に寄せられるという「場外乱闘」も起きた。

11月1日投票か

法定協議会で決定された都構想の協定書が、大阪府議会と大阪市議会で承認されれば、いよいよ住民投票だ。


府議会では8月28日、市議会では9月3日に、それぞれ採決が行われる見通しだ。両議会とも、賛成派の大阪維新の会と公明党が過半数を占めていることから、承認は確実な情勢だ。
大阪維新の会は、新型コロナウイルスの感染状況が悪化しなければ、ことし11月1日に住民投票を実施したい考えだ。

吉村人気を追い風に

その維新、否決に終わった前回と比べて手応えを感じている。

原動力となっているのが、党の代表代行を務める大阪府知事の吉村洋文だ。新型コロナウイルス対策として、独自の基準「大阪モデル」の設定や、医療従事者への支援金の創設などを矢継ぎ早に打ち出し、全国的に存在感を示している。

繁華街にある土産物店では、吉村の顔がプリントされたバッチやマグカップまで販売されている。
幹部の1人は、「橋下さんは強烈なファンがいる一方で、ダメという人も結構いた。吉村さんは、幅広い層から受け入れられていて敵も少ない。この人気が続けば大騒ぎしなくても勝てる」と読む。

一方で、感染が再び拡大していることに、神経をとがらせる幹部もいる。


「大阪モデル」は7月に「黄色信号」が灯った。「さらに感染が広がって『赤信号』が灯れば、住民投票の実施どころではない」と話す。「吉村知事は先手先手でアピールがうまいが、感染拡大を抑え込めず、第2波への備えも有効な手立てを打てていない」(自民党大阪市議団幹部)という批判の声も出ている。
これ以上、感染が拡大することになれば、11月1日の住民投票の実施自体厳しくなる。

カギ握る公明

カギを握るとみられているのが、前回、反対したものの、今回賛成に回る公明党だ。


衆議院で大阪の4つの小選挙区に議席をもつ公明としては、議席を維持するためには、維新との対立を続けるのは得策ではないという事情がある。

党大阪府本部幹事長の土岐恭生は、7月11日、住民投票について、「圧倒的勝利を勝ち取れるよう、全力で取り組む」と発言。


公明は、大阪市内でおよそ17万の集票力をもつとされる。維新は、同志となった公明を「心強い味方だ」と歓迎する。

ただ、前回、反対票を投じた支持者たちは、党の方針にとまどいを隠さない。
支持母体の創価学会の関係者は、「うちは対外的には『自主投票』ということになっている。いまも反対するメンバーが多い中、現場はほんまに大変だ」と話す。
公明党関係者も、「党内でも賛否両論はあるが、次の衆議院選挙のことを考えざるを得ない」と党内の微妙な空気を明かす。
党の賛成方針が、支持者にどこまで浸透するかは、依然、不透明だ。

自民に異変

反対の急先鋒だった自民党にも地殻変動が起きている。


党の大阪府議団が、法定協議会での協定書案の採決で賛成に回ったのだ。

府議団幹事長の原田亮は是々非々の立場をとっていくと主張する。


「反対一辺倒ではなく、民意をくみ取っていくべきだ。府議団にも賛成派と反対派がいるので、それぞれの意見を聞いて、比較しながら制度の理解を深めてもらいたい」

別の議員は、「自分の選挙にとっての損得で考える人もいる。維新に対抗馬を立てられる中で、自分の地盤を守るのに必死にならざるを得ないのが現状だ」と吐露する。

一方、大阪市を地盤とする大阪市議団は、議論は不十分で、市民に何らメリットがないなどとして、引き続き、反対を貫く方針だ。市議団副幹事長の川嶋広稔は、こう訴えた。


「新型コロナの感染が拡大する中で、市民が都構想の内容をきちんと理解できる状況にあるのか。住民投票をいま行うことが、市民にとっていいことなのか考えてもらいたい」

修復はかるも

板挟みとなった形の自民党大阪府連は、折り合える点を探ろうと、7月16日、賛成派と反対派双方の議員による公開討論会を開いた。


しかし、議論はまったくの平行線に終わった。

賛成派は、「法定協議会の議論を経て、協定書案の内容は大きく改善された。広域行政の一元化など、府民にとってメリットがある」と主張。
一方、反対派は、「問題の本質は、二重行政の解消や広域行政の一元化が、現行制度の中で解決できないのかということだ。本当に大阪市を解体しないと実現できないのかが示されていない」と反論した。

また、反対派が、財政面での負担について、「党の試算では200億程度と見込まれるが、法定協議会でも示されていない」と指摘したのに対し、賛成派は、「懸念があるのは一定理解するが、負の側面を過度に強調している」と抗弁した。

終了後、賛成派が、「府連は賛否をしばるべきではない」とけん制したのに対し、反対派からは、「まるで維新の議員と話しているような気分になった」という声も出て、幹部は「ガス抜きにもならなかった」と嘆いた。
府連では、今後も一本化に向けた協議を続ける方針だが、関係者の1人は、「もうまとまることは不可能ではないか」と話すなど、双方の溝は深まっている。

共産、立民は反対

共産党は、「市民にとってデメリットしかない」として徹底して反対していく方針だ。
党大阪市議団団長の山中智子は、新型コロナの感染が続いていることから、「大阪市が持っている力を、医療体制の充実などに使わないといけない中で、住民投票に突っ走っていくのは大きな間違いだ」と主張。


党では、都構想に反対するほかの政党や団体などと連携しながら、住民投票での否決を目指し、運動を強化することにしている。

立憲民主党も、「百害あって一利なし」だとして、反対を鮮明にしている。


党大阪府連代表の辻元清美は、「都構想にブレーキを踏もうという人たちとは、党派や立場を超えて広く連携したい」としている。

盛り上がりは

一方で、街の盛り上がりはどうか。

前回の住民投票では、街頭演説の会場をはじめ居酒屋や銭湯など大阪市のあちこちで市民どうしが議論し、なかには賛否をめぐって激論したり、喧嘩をしている人たちさえいた。市内全体が異様な雰囲気だった。


今のところ、前回のような熱は感じられない。
一方で、新型コロナ感染拡大の影響で、市内4か所で予定されていた住民説明会が中止になるなど、有権者が、今回の案の是非を検討できるだけの材料が、まだ行き渡っていないという指摘もある。

コロナ影響 無視できず

コロナ禍での、住民投票の行方をどう見るか。

政治学が専門の関西学院大学法学部の善教将大准教授に話を聞いた。


吉村知事や松井市長の新型コロナウイルスの一連の対応への評価が、住民投票につながるのか?
「都構想への賛否と強く関連するか、弱く関連するかでいうと後者だと考える。『都構想は都構想、コロナはコロナ』と一定の切り分けがなされているので、連動するとしても数パーセントの変動が生じる程度だろう。ただし、都構想への賛否は激しく変動するし、拮抗し続けている。数パーセントであっても、変動することが賛否に与える影響は無視できない。固定的な維新に批判的な層と支持層の間に、比較的ゆるく維新を支持している層が存在している。その人たちがどう動くかが判断の基本線となる」

感染が拡大する中で住民に必要な情報をどう届けたらよいか?
「前回の住民投票と同じだけの政治活動を、政治家だけではなく、一般の人も、しづらいことが予期される。賛成派、反対派双方の政治家と行政が、前回と同水準、あるいは、それ以上に、安心・安全な形で情報を伝えるための環境を整備する必要がある。現時点で通信インフラが十分に整備されているとは言い難い。オンラインだけではなく、紙媒体の広報物も前回以上に提供する必要があるのではないか」

大阪の将来は

各党の思惑が絡まり合いながら、2回目の住民投票にかけられることになった大阪都構想。
「暮らしはどう変わるのか」「大阪は成長するのか」「大阪市を廃止するメリット、デメリットは何なのか」
市民に話を聞くと、さまざまな問いが返ってくる。

大阪の将来と、270万市民の日々の暮らしに直結する政治テーマだけに、賛成派、反対派双方とも、住民投票に向けて十分な判断材料を示すことが、今後、いっそう求められることになる。

(文中敬称略)

 

大阪局記者
高柳徹也
新聞社勤務を経て、2008年入局。金沢局、山口局を経て、大阪局に。写経を愛する。

大阪局記者
霜越 透
2008年入局。旭川局、稚内報道室、札幌局、政治部を経て、18年大阪局に。政治部では日本維新の会も担当。
大阪局記者
建畠 一勇
2011年入局。宮崎局、和歌山局を経て、大阪局に。19年のダブル選では出口調査を担当した。大阪・堺市出身。
大阪局記者
青木 新
2014年入局。大阪局に赴任。警察や大阪市政の担当を経て、現在、大阪府政を担当。趣味は糠漬け作り
大阪局記者
西澤 友陽
2015年入局。前橋局を経て大阪局関西空港支局。現在は大阪市政担当。趣味は野球観戦