ページの本文へ

静岡WEB特集

  1. NHK静岡
  2. 静岡WEB特集
  3. 元美術館スタッフが開いた本屋 行き場を失った本を守って

元美術館スタッフが開いた本屋 行き場を失った本を守って

【#まちほんTRIP】第9回 ジンジャーブックスカフェ(三島) NHK静岡
  • 2024年04月24日

 

凝った装丁の美術品カタログや、洗練されたデザインの写真集。閉館した美術館のショップから処分されそうになっていたこれらの本を受け継ぎ、本屋を開業した店主が三島市にいます。「大切に作られた本を、大切にしてくれる人の手に渡したい」。まっすぐな思いが込められた店を訪ねました。

こだわりの美術書に出会える本屋の原点

 

JR三島駅から徒歩10分ほど。ひときわ目を引く水色のドアが印象的な「ジンジャーブックスカフェ」です。2023年12月にオープンしました。

 

小説や詩集、絵本も
一角には美術書が並ぶ

さまざまな本が並ぶ棚の中で、ある一角を占める絵画や写真、彫刻などの作品集。もともとは閉館した美術館のショップに置かれていたものでした。それが今ここにあるのは、店の成り立ちと深い関わりがあります。

 

店主の岩村知子(いわむら・ともこ)さんです。雑誌のライターを経て、2015年から長泉町の複合文化施設「クレマチスの丘」で、「ヴァンジ彫刻庭園美術館」などのスタッフを勤めていました。

 

ヴァンジ彫刻庭園美術館(2017年)
イタリアの彫刻家 ジュリアーノ・ヴァンジの作品が集められていた
色とりどりの花や手入れされた庭も

岩村さんはチケット窓口の担当や作品の監視員を経験したあと、併設のミュージアムショップで販売員として3年間働きました。ショップでは美術館のグッズだけでなく、展覧会やアーティストの関連書籍、絵本など、豊富なラインナップの本を取りそろえていました。それらにじっくりと見入るお客さんの目を、今も鮮明に思い出すといいます。

(岩村さん)
「写真が好きな方は写真集を何冊も抱えてレジまで持ってきて『こんなのが手に入ってうれしい』っていう人もいましたし、展示をご覧になってもう一回家でじっくり見たいからとカタログを買っていく方もいました。ショップの本の品ぞろえを見てるだけで楽しいってすごく長時間いる方もいらっしゃったし、普通の本屋さんとはちょっと違う空気があったと思います」

美術館で見つめてきた「熱い思い」

岩村さんに大きな影響を与えたのが、一緒に働く学芸員の仕事ぶりでした。美術館で開かれる展覧会の準備からカタログの制作まで、すべての工程に情熱を持って取り組む人たちばかりでした。

 

(岩村さん)
とにかく仕事が多岐にわたる。カタログの編集・制作も解説の執筆もしていたし、作家さんとの打ち合わせも、海外の作家さんなら海外との打ち合わせをしたり実際にその国まで行ったりしている方もいました。展示の内容やレイアウトも決めたり、作家さんが来日したらそのアテンドも全部して。作家さんはもちろん熱い気持ちで作品を作っていますが、それに負けないくらい熱い気持ちで学芸員も展覧会や書籍制作の仕事に取り組んでいました。本当になんでもやっていて、スーパーマンだと思っています」

しかし一方で、美術館の経営は順調ではありませんでした。2022年12月、美術館は休館。岩村さんが働いていたミュージアムショップも、それに合わせて閉店することになりました。

岩村さんにとってさらにショックだったのは、ショップで販売されていた本の行き先でした。残った在庫は学芸員が手分けして大学や自治体の図書館に寄贈するなどしましたが、それでも余った本は処分することになったのです。

(岩村さん)
「学芸員さんも作家さんも本をデザインした方も、本当に一流の方だったと思うのに、それが大切にしてくれる人の手に渡らないのは残念だという気持ちが強かったです。美術館で作った本に限らず、他の本もすごくクオリティーの高い本がたくさんあったので、そういうものが『ちゃんと欲しい人のところに渡ってほしい』という気持ちがモチベーションになりました」

思いが込められた本をつなぐ場所に

 

大切に作られた本を、大切にしてくれる人の手に渡したい。岩村さんは残された本およそ320冊を自らの資金で買い取り、本屋を開業しようと決心しました。美術館で刺激を受けた学芸員の姿に背中を押されながら物件探しに奔走し、およそ1年かけてオープンにこぎ着けました。

 

買い取った本のなかの1冊、持塚三樹(もちづか・みき)さんの「Sun Day」。静岡県を拠点に活動するアーティストの持塚さんが、2012年から2013年にかけて開いた個展のカタログです。

こちらは写真家・本橋成一(もとはし・せいいち)さんの「在り処」。2016年に開催された個展にあわせて出版された写真集です。炭鉱やサーカス、駅など市井の人々の営みを写し出した写真が、200点以上おさめられています。

作家が生み出す芸術を、多くの人たちが手に取って堪能できるように作られた、美術書の数々。店でお客さんが買ってくれたときは、本に込められた学芸員の情熱も届けられたような気がするといいます。

(岩村さん)
「ここに来たら売れた本が何冊かあります。売れたときは『よかった』という思いが一番強かったですね。なんで美術館で買ってくれなかったんだろうっていう感じです(笑)」

 

また店内には美術に関するもの以外にも、小説やエッセイ、絵本など岩村さんがセレクトした本が幅広く取りそろえられています。コンセプトは「ずっと手元に置きたい本」。美術館のショップで磨いたセンスを生かし、時代を超えた名作や普遍的なテーマの本を選んでいます

(岩村さん)
「本の在庫数も一般的な本屋さんよりは全然少ないですし、厳選しておきたいなっていうのがあって。じゃあどういう本を選ぶかっていったら、買ってすぐどこかに売っちゃうとかじゃなくて、ずっと持っていられる本を並べていったらいいんじゃないかなと。(美術館のショップの)オーナーさんの選ぶ本は本当にすごくて、どこから見つけてくるんだろうっていうのを選んでいたので、選ぶ目はそこで養われたと思います。パッと見て『いらない』と思われるものじゃなくて、『ずっと持っていたい』と思ってもらえるものをちゃんと見られるようになったのかなと思います」

「別世界」への入り口でありたい

 

商品の本だけでなく、店の空間作りにもこだわりました。本棚やテーブル、床や柱も含めて、木材を使った内装はそのほとんどが大工である岩村さんの夫が手がけたもの。爽やかな木の香りが漂う中で、リラックスして本を選ぶことができます。

 

表紙が見やすいように一段ずつ微妙に角度を変えている
美術館のショップのファンだった客

「ショップがなくなってしまって残念に思っていたんですが、元スタッフの方がこちらで本屋を開くと聞いてすごく楽しみにしていました。すごく暖かい雰囲気で、木のぬくもりを感じるスペースがいいなと思います。自分の本棚に置いてみたいなとか、子どもたちに読んでみたいなっていう本を見つけやすくて、気に入ったら『これは私のためにここに並んでるんだ』くらいに思って買っちゃいますね」

一度行き場を失った本を大切に受け継ぎ、本当に欲しいと思ってくれるお客さんに届けたいと話す岩村さん。今の目標は「細く長くでいいので、できるだけ店を続けること」

 

鮮やかな水色のドアが、今日もここを訪れるお客さんを待っています。

(岩村さん)
「前のショップもそうでしたけど、その空間自体が楽しめるっていうところが大事なんだなと思います。この空間に入ったらちょっと雰囲気が変わって、別世界に入れるみたいな演出ができたのはよかったと思います。お客さんからは『見たことない本がいっぱいある』って言われることが多くて。並べ方とか見せ方とかでこんな本があるんだって思ってもらえたらうれしいですし、そうやって店を楽しんでほしいですね」

  • 静岡放送局コンテンツセンター

    鈴木翔太


    2018年入局。福井放送局記者を経て2023年から静岡放送局ニュースディレクターとして赴任。

ページトップに戻る