誰にでも開かれた居場所に マンションの一室で営む本屋 浜松
- 2023年12月22日
静岡の小さな本屋を訪ねる「#まちほんTRIP」第6回は、浜松市の郊外にある「フェイヴァリットブックスL」を訪ねます。店があるのはマンションの一室、2LDKのスペース。コンパクトな空間にたくさんの本が並び、まるで知り合いの部屋に遊びに来たような感覚で本を選んだり、飲み物を飲みながら過ごしたりすることができます。そこには「誰にでも開かれた居場所を作りたい」という店主の思いがあふれていました。
マンションのドアを開けた先に
浜松市浜北区。遠州鉄道の遠州小松駅から住宅街を通り抜けて本屋に向かうと、現れたのは3階建ての一般的なマンション。
看板を確認しながら2階のドアを開けてみると、さっそく玄関の靴箱の上にある本たちと目が合いました。
ここが今回の目的地、「フェイヴァリットブックスL」です。
2LDKの入ってすぐ右にある部屋が、メインで本を置いているところ。
哲学や小説、社会学など読み応えのある本がぎっしりと並んでいます。
さらに奥の和室に進むと、なんとこたつが。
こちらには料理の本や絵本などが置かれていて、お客さんが座ってゆっくり本を読めるようになっています。
(訪れた人)
「自宅以外にあるもうひと部屋みたいな感じですかね。そこのこたつの部屋といい、わりとこう家にあったらいいなっていう(本の)品ぞろえがそろっているので」
お客さんが自由に過ごせる場所
店のコンセプトは「自由に過ごせる居場所」。
ひとり集中して本に向き合う人もいれば、誰かと話がしたくてやって来る人もいます。この日はオープン当初から通っているという常連客の男性が、こたつでくつろいでいました。
(常連客)「うちの子も結構分厚い本読むようになって。こんなん読んでる」
(店主) 「ほんとう。よく読む?」
(常連客)「図書委員みたいなのやってて」
(常連客)
「家で1人でいるより、何かちょっと行きたいなっていう時にちょうど開いてればここに来て話したりとか、本見たりっていうのが何か本当にちょうどいい場所になっているなっていう感じですね」
店主の髙林幸寛(たかばやし・ゆきひろ)さんです。
本の仕入れ販売からお客さんの話し相手まで、ほぼ1人で行っています。
店の立ち上げから、今年で8年目を迎えました。
(フェイヴァリットブックスL店主・髙林幸寛さん)
「僕の理想の本屋を作りたくてやっている本屋なんですけど、ただ本を買う店じゃないのかなとは思います。いろんな人が来て話をするっていう人もいれば、本を買ってそのままありがとうございましたって言って帰る人もいるんですけど、特に狙ってこういうふうなお店になるようにっていうのじゃなくて、やってみたらどんどんそうなってきたっていうか」
困難を乗り越えてたどり着いたいま
高林さんがこのマンションにやってきたきっかけは、かつて営んでいた本屋の閉店でした。
今の場所から近い通りに店を構え、新刊本や雑誌に加えてCDも幅広く取りそろえていましたが、年々収益が減り、続けていくことが難しくなったのです。
お客さんに本を届けることをライフワークにしてきた髙林さんは、それでも諦めることなく、店を閉めたあともお客さんから本の注文を受けたり、学校や美容院に本の配達をしたりしていました。
(フェイヴァリットブックスL店主・髙林幸寛さん)
「なんか実感がわかなくて、やめる実感が。本当に俺やめるのかなみたいな、本屋じゃなくなるのかなっていうような、ずっとそんな気持ちでいて」
そんな時期に、前の店で行き場を失った本の置き場所として借りたのがこのマンションでした。
少しずつ本を運び入れるうちに、「ここでもう一度本屋として再出発したい」という思いがわき上がってきたといいます。
決して広くないスペースだからこそ、訪れた人が居心地の良さを感じられるような工夫を重ねました。本棚は高さをおさえて、まるで部屋の中で過ごしているような雰囲気に。
こたつを置いたのはお客さんが立ちっぱなしでなく、座ってゆっくり本を選べるようにという配慮からでした。
いまでは県外からこの店を目的にやって来る人や、髙林さんと1時間近く話し込んでいく人もいます。
(フェイヴァリットブックスL店主・髙林幸寛さん)
「1年ぐらいやって全然お客さんこなかったらやめようと思ったんですけど、そのうちそうやって常連さんみたくなる人たちが来てくれたりして。やっぱりみんなコミュニケーションとって何か対話というか、そういうのがやってる意味みたくなってきたんで、それが大きいのかもしれませんね」
開店当時から漫画を買うために通っているという元看護師の女性は、コロナ禍で人とのコミュニケーションが少なくなっていた時期に、ここで交わすささやかな会話に救われていたと話してくれました。
(元看護師の女性)
「大切な場所で、こういった世間話ができるっていう点で、とても気持ち的に救われるところもあったりして。なくなると困るかな。がんばってね」
(髙林さん)「ありがとうございます」
小さな本屋だからこそできることを
部屋の中に並ぶおよそ3500冊の本には、髙林さんのこだわりが詰まっています。
こちらは若い人たちに手に取ってほしい文庫本をセレクトした棚。
社会の動向に目を向けるきっかけになればと、パレスチナ関連の本をまとめたコーナーもあります。
(フェイヴァリットブックスL店主・髙林幸寛さん)
「読んだ人に響けば一人一人にいろいろな考えが出てきて、また社会が変わってくるんで。本屋さん自体が社会を動かすっていうよりも、個人を動かせばその個人がまたつながって、社会を動かすような感じになればなと」
店に来てくれる人たちとのつながりを大切にしたいという思いから、さまざまなイベントも開くようになりました。
作家や書店経営者をゲストに招いてのトークショーや、月に一度のペースで続けてきた読書会。
今年11月には「浜松古本市」を店のお客さんと一緒に主催し、本が好きな人たちの輪を広げました。
(フェイヴァリットブックスL店主・髙林幸寛さん)
「今度こういうのあるからおいでよとか、こっちの人にも今度おいでよって言って集めて、簡単に言うと『幹事』みたいな役割。本屋ってそんなに人が集まる場所じゃなかったんですけどね。だんだんそうなってきたのは本屋が変わってきたからなのか、ほかにそういう場所が少なくなってきて自然と本屋さんがこうやってみんなが集まってもいい場所になってきたのか」
誰かの人生に寄り添える存在でいれたら
浜松市で生まれ育った髙林さん。子どもの頃から映画館やライブハウスなど多くの文化施設がにぎわう街で過ごしたことが、自分の心を豊かにしてくれたと振り返ります。
人と人との関わり方が変化し続ける時代の中で、たとえ小さくとも、本屋が誰かの人生に寄り添える存在でいれたらと考えています。
(フェイヴァリットブックスL店主・髙林幸寛さん)
「本屋さんって行くとワクワクしたりとか、いろんな世界の本があるんで楽しくなったりもするし、逆につらいときに自分の気持ちを和らげてくれるような本を探しに行ってもいいし、どんな気持ちで行ってもいいんですよ。本屋さんってそういう場所だから。一人で抱えているだけじゃ何も変わらないことを誰かと共有してやれば変わっていくかもしれないし。人が集まるようにっていうのはそういうことも大きいのかな。そういう場所が増えていったらいいし、自分もできるかぎりは何かそういう場所であるように頑張りたいなとは思っています」
動画はこちら↓(公開は2024年3月22日まで)