リヤカーであなたの近くへ レトロな“動く”古本屋 沼津市
- 2023年10月27日
静岡の小さな本屋を訪ねる「#まちほんTRIP」第5回は、沼津市の古本屋「山仲」をご紹介します。古本屋といっても店舗はありません。週に1回、本棚を載せたリヤカー(重さ300キロ!)で街を移動しながら、お客さんに特別な1冊との出会いを届けています。親子ほど年の差のある2人の店主が始めた、レトロな“動く”古本屋に密着しました。
街でひときわ目を引く手作りのリヤカー
「えっ、これ本屋ですか?」
「映画の撮影かと思いました!」
商店街の通りをゆっくりと進む大きなリヤカー。その上にはおよそ600冊の本がぎっしり。
登場したのは、JR沼津駅から徒歩2分ほどの「仲見世商店街」です。毎週火曜日、この商店街を中心に沼津市内を一日歩いて回りながら、古本を販売しています。
(居合わせた客)
「偶然見かけて驚きました。普通の本屋よりも本を探すのが楽しいし、ワクワクします」
(居合わせた客)
「病院に行く途中で出会って、かわいいなと思って。普通は目当ての本しか買わないけど、こういうところだと色々な本を買ってしまいます」
リヤカーに載せた本棚はすべて手作り。ビジネス書や料理の本、絵本など、どんな年代のお客さんに出会ってもおすすめできる、親しみやすい本が詰め込まれています。
移動販売の原点は焼き芋の屋台
リヤカーを動かすのは、33歳の後藤師珠馬(ごとう・しずま)さんと、62歳の宮崎篤人(みやざき・あつひと)さん。年の差29歳と、親子ほど離れた2人がお店の店主です。
9年前、勤務先の沼津市の水産会社で出会い、古本や民芸品など「レトロなものが好き」という共通の趣味で、意気投合しました。
(「山仲」店主 宮崎篤人さん)
「話していくうちに趣味が合うんですよ。釣りが好きで音楽の趣味もぴったり。後藤君は若いわりにボサノバとか古いものが好きで、何で知ってるの?おかしいじゃないかと(笑)」
(「山仲」店主 後藤師珠馬さん)
「好きな作家もかぶっていたりしたので」
(「山仲」店主 宮崎篤人さん)
「趣味が合えば年齢関係ないねなんて言って。親子かと聞かれるよね。歳が離れているけど友達だね、ダブルスコアのお友達」
レトロな趣味を語り合うだけでは飽き足らず、一緒に何かを始めたいと考えた2人。4年前、最初に挑戦したのは昭和の雰囲気を感じる焼き芋の移動販売でした。
かつて使われていた焼き芋の屋台を忠実に再現するため、博物館に展示されている実物を調査。沼津市内の鉄工所に製作を依頼し、1か月で完成させました。
冬が来ると、仕事の合間を縫って2人で屋台を引っ張り、焼き芋を売り歩きました。お客さんのいるところに自ら足を運び、会話を交わしながらものを届けることの魅力に、どんどん引き込まれていったと言います。
(宮崎篤人さん)
「煙が出て薪で焚くというライブ感をお客さんが楽しんでくれる。話や説明しながら井戸端じゃないけど、楽しくやらせてもらっていました」
(後藤師珠馬さん)
「歩きという形で移動販売しますので、いろいろな方の目にとまる。思わぬ場所から声かけてくれたり、気軽に立ち止まってお客さんと交流しやすい。世間話などして、やっていてとても楽しかったですね」
街の本屋がなくなっていくことへの危機感
焼き芋の屋台を引いて沼津市内を回る中で、2人が気になっていたことがありました。それがここ数年で相次いだ、街なかの本屋の閉店です。
建物の老朽化や店主の高齢化など、本屋を続けていくことの難しさが身近なところにも押し寄せていました。
(後藤師珠馬さん)
「焼き芋屋をやっていても世間話で『あの書店がなくなった』とか『あの古本屋が閉まった』という話を聞いていました。本に触れる機会が減っているのは、本が好きな身としては寂しい」
「沼津で本に直接触れる機会を、なんとか残していけないだろうか?」
2人が思いついたのが、屋台での古本販売でした。焼き芋を売り歩いた経験を生かして、今度はお客さんに本を届けていきたいと考えたのです。
(宮崎篤人さん)
「(移動販売では)人と触れ合える、そういった風情を大切にしています。お客さんからも色んな話題が出てくる。古本でやったらもっと面白い事になるなと」
焼き芋の屋台で使っていたリヤカーに載せる本棚は、宮崎さんが3か月かけて製作。
路上で重い本を運んでも大丈夫なルートを確認するなどして、準備を進めました。
そしてことし7月、自分たちが持っていた500冊の本をリヤカーに載せて、2人は最初の一歩を踏み出しました。
特別な1冊に出会ってもらうために
さわやかな秋晴れとなった10月上旬、沼津市内を回るリヤカーに同行させてもらいました。
午前9時半、JR沼津駅近くのカフェの前で古本を積み込んで出発です。前でリヤカーを引くのは後藤さん。宮崎さんは後ろから声かけするなどしてサポートします。
駅前ロータリーの一角に止まると、道行く人たちが気付いて、興味深そうに本を手に取ります。
(後藤さん)
「(本棚の)反対側にもあるから、のぞいていってね」
偶然立ち寄った女性が買ったのは、病院の選び方をアドバイスする本。以前自分が体を壊した時のことを思い出し、健康に気をつけたいという気持ちになったと言います。
(本を買った人)
「目的をもってこういう本は買わないので、これもチャンスというか縁というか。あとであの時に古本屋台で買った本だと思えたら良いな」
リヤカーに積んでいく本は、前日に後藤さんと宮崎さんが選びます。お客さんが飽きないように毎回違った品ぞろえにするだけでなく、よく来てくれるお客さんの好みに合わせた本も必ず入れています。
この日も常連客の女性が来てくれました。2人で前日に用意した、手芸の本をすすめます。
(後藤さん)
「何種類かもってきたよ」
(宮崎さん)
「かわいいレトロなデザイン好きだよね」
(常連客)
「かわいい!この3冊から選んでいいですか?」
(宮崎さん)
「ゆっくり悩んでください」
(常連客)
「こういうなかなか出会えない本に会えるので、すごいなっていつも思っています」
リヤカーが一か所にとどまるのは30分程度。お客さんを受け身で待つのではなく、大切な1冊との出会いを自分の足で届けたいという思いが、2人の原動力です。
(愛知県から来た客)
「本当にたまたま運命に導かれるように来ました。『実験マニア』という本が面白そうで買おうかなと。科学の実験が好きなのと、会社でも技術を教える仕事をしていて、高校の化学や物理が基礎にあるので生かせたらいいなと思って選びました。この本屋がなければこの本の存在も知らなかったので、面白い本に出会えて嬉しいです」
本をきっかけに心通わせる場所
本を買ってもらうだけでなく、もうひとつ2人が大事にしているのが、お客さんとのささやかな会話です。
(宮崎さん)
「これ、もともとは焼き芋屋台なんです。本も好きだから古本屋台にしました。昔ながらの屋台の風情のある店を目指しています」
(客)
「嬉しいです。こういうの大好き」
(客)
「(毎回)新しい本があって面白いですね」
(宮崎さん)
「いま(ネットで)ボタン一つで買える時代だから、こうやって対話しながらいい本に出会えたら楽しいじゃないですか」
自分の好きなもの、沼津の街への思い、そしてこれからやってみたいこと。本への興味をきっかけに、お客さんが気軽に話せる場所でありたい。
直接顔を合わせる本屋だからこそ生まれる気持ちのやりとりが、少しずつ地域の活力につながってくれればと、2人は願っています。
(「山仲」店主 後藤師珠馬さん)
「このリヤカーが出会いの場になっているのが楽しいし、重くて大変な移動も十分に報われた気がします。人と人の直接の出会いが生まれるような機会が、いまは貴重になっている。地域の方が楽しく暮らせるように、そんな一助になればという思いでやっています」
(後藤さん)
「我々も楽しいし、お客さんも楽しい」
(宮崎さん)
「それが一番だよね」