「決めるまで話さない」 政権2年 向かう先は?

「言わない岸田」
政権発足から2年、いま自民党内からこう評される総理大臣・岸田文雄。
口を閉ざすことで求心力を高めているという見方がある一方、党内には疑心暗鬼が生じている。
発足から2年を迎えた政権の現在地と向かう先は?
※(更新)記事の最後で動画をご覧になれます。
(山本雄太郎、清水大志、坂井一照)

”総理が分からない”

「何をどう考えているのか、なかなか考えが読めない人だ」(自民党議員)

最近、永田町でよく聞かれるこうしたフレーズ。
なかなか心の内を見せない岸田に向けられた言葉だ。
9月13日に行われた内閣改造と自民党役員人事の際も、自民党内で恨み節としても聞かれた。

内閣改造しひな壇に

人事で岸田は政権の「骨格」をほぼ維持した。
とりわけ「骨格」の主要メンバーとも言える副総裁の麻生太郎、幹事長の茂木敏充の2人は、早い段階から留任が有力視され、報道が飛び交った。

岸田氏、麻生氏、茂木氏が握手

しかし、当の本人たちには、岸田からの連絡が一向に来ていなかった。

「茂木さんは『総理から何の話もないということは、報道のとおり留任なのかな』と考えているようだ」(茂木幹事長周辺)

推し量るしかない2人に、岸田がようやく留任を告げたのは人事の数日前だった。
同じく留任した内閣の要、官房長官の松野博一も、直前まで岸田から知らされることはなかったという。

「骨格」以外の閣僚ポストもしかりだ。
岸田は、入閣の「当確」情報を、本人はもちろん、水面下で交渉していた各派閥の幹部にも改造前夜まで明かさなかった。

「総理の言いぶりからして入閣できるとは思うが、総理は『絶対にとる』とは言わない。だから確証が持てない」(派閥の幹部)

多くの派閥幹部から、こんな困惑の言葉が聞かれた。

岸田に近い関係者は、このやり方こそが“岸田流”だと話す。

「ぎりぎりまで判断を明かさないことで、横やりを入れられないまま物事を決めることができる。これが“岸田流”の政治だ」(岸田に近い関係者)

三頭政治はいま…

「特技は『人の話をよく聞く』ということだ」

10年余り国民の声を書きためたノートを示しながら「国民の声に耳を澄ます」と「聞く力」をアピールする岸田氏
10年余り国民の声を書きためたノートを示しながら「国民の声に耳を澄ます」と「聞く力」をアピールする岸田氏

おととし、岸田は「聞く力」を掲げて政権運営をスタートさせ、党内に向けても、その姿勢を強調していた。
背景にあるとみられるのが、岸田の党内基盤の弱さだ。

自民党の派閥一覧

岸田が率いる岸田派は党内に6つある派閥の第4派閥で、総裁派閥としては力に欠ける。
このため岸田は、第2派閥と第3派閥をそれぞれ率いる麻生、茂木と緊密に連携することで政権の安定を図ってきた。
定期的に会合を重ねて直面する政治課題をめぐる情報を共有。他派閥から妬みの声も出るほどに互いの距離を縮めた。そして、3人を中心とした政権運営は“三頭政治”とも呼ばれるようになった。

三頭政治のイメージ

しかし、いま政権中枢のこの3人の間に微妙な緊張感が漂い始めているという。
要因の1つは“岸田流”のふるまいにあると指摘する声もある。
岸田が、麻生、茂木の2人に重要な情報を十分に伝えなくなってきているという見方が出ているのだ。

徹底した情報管理

“秘密主義”とも党内でささやかれる“岸田流”の情報管理の徹底ぶりを、取材を通して最初に感じたのが、ことし2月の日銀の総裁人事だった。

植田総裁の就任会見
植田総裁の就任会見

日銀出身者が就くのではないかという大方の見方を裏切り、岸田は日銀総裁として戦後初めて学者の植田和男をトップに据える“サプライズ人事”を行った。
国内外から高い注目を集めるであろう「学者案」を実現させるにあたって、岸田は情報が漏れないよう、細心の注意を払ったとみられる。
人選は少人数で行うことを厳命し、そこに麻生と茂木は加えなかったとされる。
毎週のように行っている麻生、茂木との三者会談でも、固有名詞は一切口にしなかったという。

「総理はのらりくらりと、2人をかわしていたようだ」(政府関係者)

結局、岸田は人選の最終盤、2人に新総裁の名前を伝えた。

その後、“岸田流”の情報管理は、いっそう徹底されたようにも見える。

ことしの通常国会の会期末の6月。

衆議院の解散・総選挙をめぐり「今は考えていない」という言い回しを突如変え「情勢をよく見極めたい」と岸田が口にしたことで、一気に解散風が吹き荒れた。
岸田が発するひと言ひと言の真意を読み解こうと、頭を悩ませる議員の姿があちこちで見られた。
麻生と茂木も、ほかの議員と同様、岸田の真意を測りかねていた。
解散するのか否か。
岸田が2人に腹を割って相談した形跡は見られない。

2年の歳月を経た“三頭政治”。
党内からは徐々にバランスが変わりつつあると指摘する声が聞かれる。

「総理は秘密主義だ。本当に言わないね。見事に言わない」(自民党執行部)

解散めぐり再び…

人事が終わり、与野党の関心事は、再び衆議院の解散・総選挙の時期に移っている。
そんな中、永田町では、こんな言葉をあちこちで耳にした。

「6月の“解散風”の時と同じだ」(自民党議員)

8月下旬、岸田は物価高などに対応するため新たな経済対策を検討する意向を表明した。
そして、9月中旬、裏付けとなる補正予算案の編成を指示する考えを示した。
しかし、ここから2週間あまり、補正予算案を秋の臨時国会に提出するかどうか明言しなかった。

これによって、早期解散があるのではとの見方がじわじわと広がっていった。
自民党内からは困惑の声が聞かれた。

「『解散するかも』と思わせたいから補正予算案の提出時期を言わなかったのかもしれないが、本当にそうなのかは分からない」(自民党執行部)

「『解散という切り札がある』と見せておきたかったのだろうが、そういうやり方は仲間の疑心暗鬼を招くおそれがあり、国民からも解散権をもてあそんでいるように思われかねない。総理はそこを分かっているのか」(自民党幹部)

9月29日。
岸田は、ようやく臨時国会に補正予算案を提出する意向を明らかにした。

そして、記者団から臨時国会で衆議院を解散する考えがあるかを問われ、こう答えた。
「経済対策をはじめ先送りできない課題に一意専心に取り組む。それ以外のことは今は考えてない」
ひとまず解散風を沈静化させる狙いがあったとみられている。

決めるまでは話さない

政権発足から2年。
この間、岸田は、新型コロナ対策や防衛力の抜本的な強化、「異次元」の少子化対策、そして物価高への対応策などを矢継ぎ早に打ち出してきた。

胸の内を秘したまま決断するスタイルを近くで見ている1人はこう分析する。

「政権を担う期間が長くなるにつれ、総理は自信を深めてきている。自分で決めるという思いが強くなっているのだろう」(政権幹部)

また、自民党内には「言わないこと」が結果的に岸田の求心力を高めることにつながっていると評価する声もある。

「麻生さんや茂木さんが自分なりに解釈するかもしれないが、総理からすればそれでいいのだろう。真意を見抜けない方が自分を大きく見せることができる」(自民党幹部)

一方でこんな見方もある。

「総理は、もともと口が堅く慎重。あいまいな情報は伝えない。それで信頼を得て政界を勝ち抜いてきたという思いが強いんだ。それは政権発足当初も今も変わらない」(岸田派関係者)

「伝えるべきことは前と変わらず適切なタイミングで根回しはしているはずだ。党内から不満が出るのは、総理が変わったというより、内閣支持率の低下など政治情勢の変化も影響しているのではないか」(政府関係者)

岸田も、自身の対応は、これまで一貫していると考えている。
岸田は周囲にはこう語っているという。
「話はちゃんと聞くし、意見も聞く。意見を聞いた上で最後は自分で決める。そして決めるまでは話さない。決めるとはそういうことだ」

木原人事が波紋

“岸田流”の情報管理をめぐりさまざまな声が飛び交う一方、内閣改造・自民党役員人事で岸田がとったある対応が、党内に波紋を呼んだ。

岸田の側近、木原誠二をめぐる人事だ。

木原誠二

自身の家族に関する週刊誌報道をめぐって、説明を求める声が野党などから上がる中、政権発足時から2年近く務めた官房副長官の職を退いた木原。
その木原が、党の幹事長代理と政務調査会長特別補佐の2つのポストに就いたのだ。
党務全般を扱う「幹事長室」と政策決定を担う「政務調査会」に関わる2つのポストを1人が兼務するのは極めて異例だ。

党内では岸田が党の状況を逐一把握しようと腹心の木原を送り込んだのではないかと警戒する声が聞かれた。

「総理の意向が強すぎて、党内は疑心暗鬼だ」(自民党幹部)

木原の特別補佐への就任の理由を記者団から問われた政務調査会長の萩生田光一は、こう強調した。

「木原氏は政務調査会の正式メンバーではない。決定事項に関わることはない」

木原に過剰に権限が集中するものではないと説明することで、岸田の人事に疑問を呈す党内の声に配慮しているようにも見えた。

政権幹部は「官邸と党との連絡調整をより円滑にするための人事だ」としているが、“岸田流”の情報管理と相まって、逆に官邸と自民党の間にすきま風を生まないか、懸念も生じている。

岸田は結果を出せるのか

果たして岸田の政治姿勢は変わったのか、変わっていないのか。

9月の内閣改造・自民党役員人事で岸田が敷いた布陣は、報道各社の世論調査を見る限り、政権浮揚につながったとは言えそうにない。

連立を組む公明党代表の山口那津男は、岸田は国民の厳しい声をしっかりと受け止めた上で結果を出すことが問われると指摘した。

山口那津男

「新閣僚が11人いたが、派閥からの推薦でとったと言われている。“内向き”のことだけでは国民にアピールしきれない。厳しい評価を胸に刻み仕事で応えてもらいたい」

マイナンバーをめぐる問題や、処理水の放出に反発する中国への対応など、待ったなしの課題が山積している。少子化対策や防衛費増額の財源確保など、中長期的な難題にも道筋を付けなければならない。

新たな内閣で初めての論戦に臨む秋の臨時国会では、新閣僚の資質を野党から厳しく追及されることも想定され、政権運営は、厳しい局面が続きそうだ。

岸田

政権を担う人間が責任を持って決めるとする“岸田流”は、ある意味、当然と言えば当然のやり方だ。
しかし、党内基盤が弱いままで、独りよがりだと周囲に受け止められる動きを続ければ、求心力を失うことにもつながりかねない。

次の衆議院選挙、そして来年秋の党総裁選挙を見据え、岸田はどう動いていくのか。
突然の解散はあるのか。その動向を国民は注視している。

(文中敬称略)

動画はこちら↓

政治部記者
山本 雄太郎
2007年入局。初任地は山口局。外務省担当などを経て自民党の茂木幹事長番。
政治部記者
清水 大志
2011年入局。初任地は徳島局。自民党・岸田派の担当などを経て官邸クラブに。
政治部記者
坂井 一照
2010年入局。初任地は新潟局。厚生労働省担当などを経て自民党の麻生副総裁番。