“茂木は次の次の総裁選でいい” 改造人事の真相は

総理大臣の岸田文雄は、9月13日、内閣改造と自民党役員人事を行った。今回の人事で岸田は何を狙ったのか。舞台裏でどのような駆け引きがあったのか。周辺にも心の内をなかなか見せない岸田の真意に迫る。
(山本雄太郎、坂井一照)

“なんだ、言わねえのかよ”

「いったい、総理はいつになったら言うのか」(自民党議員)

猛烈な暑さにようやく終わりが見え始めた9月初旬。
永田町は、任期満了となる自民党役員の人事と、それにあわせた内閣改造がいつ行われるのかという話題で持ちきりだった。

岸田首相

岸田は、9月5日(火)から11日(月)までASEANとの首脳会議やG20サミットなどのためインドネシアとインドを、そして19日(火)からは国連総会に出席するためアメリカ・ニューヨークを訪問することになっていた。

この日程を踏まえれば、人事は、外遊の間の11日の週か、外遊が終わった9月下旬に行うしかない。

2週間ほどの違いだが、秋の臨時国会の召集時期や物価高などに対応する経済対策の検討期間に密接に関係してくるため、国会議員のみならず、各府省の官僚などを含め、多くの関係者が岸田の判断に注目していた。

9月4日(月)、自民党本部。
自民党総裁でもある岸田、副総裁の麻生太郎、幹事長の茂木敏充の三者会談が行われた。

麻生太郎副総裁
茂木敏充幹事長

みずからが率いる派閥が党内第4派閥の岸田は、第2派閥会長の麻生と第3派閥会長の茂木の3人で緊密に意思疎通を図り、安定的な政権運営に努めてきた。

9月14日現在の自民党の派閥 安倍派100、麻生派55、茂木派54、岸田派46、二階派41、森山派8

定期的に意見を交わす3人だが、この日は「外遊前にどうしても会いたい」という岸田の強い要望でセットされたとされる。
麻生と茂木は、岸田が人事の日程を示し、人選の根回しもあるだろうと見立てていた。
しかし、岸田が口にしたのは「来週人事をやるなら今週中には決めます」というひと言だけだった。

翌5日の出国直前に行われた自民党の役員会でも、岸田は人事の時期に触れなかった。
「なんだ、言わねえのかよ」
役員会の出席者の1人は、麻生がこう口にしたのを耳にした。
政権を支える麻生や茂木にさえ、人事の日程を伝えず海外に出発した岸田。

永田町の関係者たちは、その真意をはかりかねていた。

「日程すら早く言わないのは、人事をもてあそんでいるような雰囲気になりかねず、心配だ」(岸田派の閣僚経験者)

飛び交う臆測

日程を明かさない岸田のやり方に、さまざまな臆測が出た。

その1つが、国民民主党の連立政権入りに向けた調整が進んでいるのではないかというものだ。

国民民主党 玉木代表

まさに内閣改造の前、国民民主党では、9月2日の代表選挙で与党との協調も排除しない玉木代表が再選されていた。

真偽不明の情報が飛び交った。

「国民民主党の代表選挙を受けて、総理は、水面下の調整を注視しているのではないか」(自民党議員)

結局、実現することはなかった国民民主党の連立入り。

自民党や政権の幹部の1人はこう振り返る。

「3党連立が時期尚早であることは、総理も分かっていたはずだ。人事の時期を明言しなかったことと関係があったとは思えない」(自民党幹部)

「何事においても総理は慎重で、完全に決め切るまでは身内にも方針は明かさない。これが“岸田流”ということなんだろう」(政権幹部)

9月8日(金)。
岸田は訪問先のインドから与党幹部に電話をかけて13日に人事を行う意向を伝えた。
そして10日(日)の記者会見で、記者からの質問に答える形で初めて公にした。

岸田首相

「早ければ13日に自民党の役員人事と閣僚人事を行うことを考えている」
人事を行う、実に3日前のことだった。

“茂木は次の次の総裁選でいい”

人事で注目が集まったのは、自民党の実質的なナンバー2である幹事長ポストだ。

茂木幹事長

留任した茂木は67歳。
外務大臣や経済産業大臣、政務調査会長など、政府や党の要職を歴任し「ポスト岸田」の1人と目されている。
岸田は、来年秋に予定される党の総裁選挙での再選を見据え、茂木を幹事長にとどめるかどうか思案していた。

とどめれば、総理・総裁を支える幹事長として総裁選挙には出にくくなるはず。
しかし、その保証はない。幹事長として権力を握り、さらに力をつける可能性もある。

内閣支持率が低迷する中、こう岸田に進言した議員もいた。

「幹事長を代えて党のイメージを刷新すべきだ」(自民党議員)

その茂木も、思いを巡らせていた。
茂木派は、かつて竹下登、橋本龍太郎、小渕恵三の3人の総理大臣を輩出した派閥の流れをくむ名門派閥だ。しかし、近年は、総裁選挙に候補者すら出せていない。
派閥内の若手からは、次のような声が上がっていた。

「無役になって来年の総裁選挙で勝負してほしい」(茂木派の若手)

微妙な緊張感が漂う岸田と茂木。その2人に、1つの“解”を提示したのは麻生だった。

麻生副総裁

関係者によると、麻生は「幹事長は代えるべきではない」と岸田に幾度となく進言。
3派の連携の重要性を説き、「来年の総裁選挙で再選するためにも、幹事長は茂木であるべきだ」と繰り返し茂木の留任を求めたという。
一方、茂木に対しては「焦ることはないんだ。お前は次(来年)の次の総裁選挙でいいんだ」と説いたという。

9月11日(月)、自民党本部。
午前7時すぎに帰国した岸田は、正午に党本部の総裁室に入り、夜にかけて派閥の幹部も務める党幹部ら、計8人と個別に会談した。異例の“リレー会談”だ。
ここで茂木とも膝を突き合わせた。
そして、その場で幹事長留任を打診した。

茂木が来年の総裁選挙に立候補しないことを留任の条件にするとの観測も出ていたが、岸田が総裁選挙を話題にすることはなかったという。
麻生を通じて自分の考えは伝わっていると考えたのかもしれない。
幹事長を引き受けたあと、茂木は周辺に「幹事長である限り、総裁選挙に出るなんてバカなことはしない。岸田総理を支える」と述べた。

岸田、麻生、茂木による「三頭政治」とも呼ばれる党運営が当面続くことが決まった瞬間だった。

安定感と刷新感

岸田が行った人事には、さまざまな視点から練られた形跡がある。
まず人事の特徴はこうだ。
閣内では官房長官や財務大臣、党では副総裁、幹事長、政務調査会長といった政権中枢のポストはのきなみ留任。
一方、閣僚19人のうち11人を初入閣させ、女性は過去最多に並ぶ5人を起用。

第2次岸田第2次改造内閣

新体制の顔ぶれからは「安定感」と「刷新感」の両立を狙ったことが見て取れる。

来年の総裁選挙に向けた足場固めもうかがえる。

茂木を幹事長に留任させたことに加え、党の選挙対策委員長に同じ茂木派の小渕優子を起用した。

選挙対策委員長に小渕優子氏

派閥内からは警戒感も出ている。

「茂木派を分断させて、茂木氏をけん制する狙いがあるのではないか」(茂木派の議員)

前回の総裁選挙を戦ったデジタル大臣の河野太郎、経済安全保障担当大臣の高市早苗は引き続き内閣に取り込んだ。党内では「ライバル封じだ」と話す議員が少なくない。

さらには、党内の各派閥の意向を最大限くみ取ろうとした形跡もある。
外遊から帰国した日に異例の“リレー会談”で各派閥の意向も聴き取った岸田。

人事が行われたあと、派閥の幹部たちからは「100点満点だ」「要望した通りだ」などと満足そうな声が多く聞かれた。

一方で、“リレー会談”に幹部の姿がなかった派閥もある。
岸田政権と距離があるとされる二階派だ。

関係者が、二階派の人事をめぐる内幕を明かした。
当初、岸田は、これまで2人の閣僚を出していた二階派に1人の入閣を提示したという。

「1人だけなら、うちの派閥はもう結構です。1人も入閣させません」(二階派の議員)

二階派側は激怒し、こう回答した。
岸田は改めて2人を入閣させたいと伝え、従来どおりの2人の入閣が固まった。

自民党派閥ごとの閣僚の人数 安倍派4、麻生派4、茂木派3、岸田派2、二階派2、森山派0、谷垣グループ1、無派閥2、公明党1

各派閥のバランスも考えながら腐心したあとがうかがえる今回の人事。
しかし、党内では、「要望が聞き入れられなかった」として、人事への不満が出始めているという声も聞かれる。

「来年の総裁選挙に向けて対応を考えていかないといけない」(閣僚経験者)

焦点は解散時期

人事が終わり、焦点は、衆議院の解散・総選挙の時期に移る。
衆議院議員の任期は10月末で折り返しを迎える。
自民党内では次のような声も出始める。

「追い込まれ解散にならないよう早めに決断すべきだ」(自民党議員)

早いタイミングでの解散はあるのか。
ポイントの1つは内閣支持率の行方だ。

今回の人事を受けて、ある自民党議員はこう話す。

「支持率が上がれば、秋の解散もあり得る」(自民党議員)

「これまでより年内解散の可能性があるという感じがする。総理はできるだけ、このタイミングでやりたいと模索しているのではないか」(派閥幹部)

しかし、去年の例をみると、改造後、4人の閣僚が、旧統一教会との関係や、失言、それに政治とカネの問題をめぐり辞任。秋の臨時国会で追及され、支持率は下落・低迷していった。

岸田が、この秋や来年の早い時期での解散を模索する場合、新閣僚が初めての論戦に臨む秋の臨時国会が1つの試金石となる。

一方で、次のように話す議員もいる。

「今回の人事は総裁選挙を見据えたもので解散するための布陣ではないのではないか」(自民党議員)

「総裁選挙で勝てそうだとなれば無理して解散する必要もない」(自民党幹部)

岸田が衆議院解散という“伝家の宝刀”を抜くタイミングはいつなのか。
総裁選挙に向けた自民党内の駆け引きや、野党の動向、それに支持率の推移。
変数が多く複雑な方程式を岸田はどう解くのか。

(敬称略)

政治部記者
山本 雄太郎
2007年入局。初任地は山口局。外務省担当などを経て自民党の茂木幹事長番。
政治部記者
坂井 一照
2010年入局。初任地は新潟局。厚生労働省担当などを経て自民党の麻生副総裁番。