【更新】「年収の壁」対策を10月から実施 何が変わる? 解説

いわゆる「年収の壁」の解消に向けて、政府は、従業員の年収が一定の水準を超えても手取り収入が減らないように取り組む企業を助成するなどの対策を10月から実施する。
そもそも「年収の壁」とは?そして、どのような対策が行われ、何が変わるのか?解説する。
※厚生労働省が発表した、対策の「パッケージ」の情報を盛り込み、記事を更新。
(取材班)

Q.「年収の壁」とは何か?

A.ポイントは、「配偶者の扶養」との関係だ。
企業などに勤め厚生年金や健康保険に加入している配偶者の扶養に入っている人は、みずから社会保険料を支払わなくても、基礎年金を受給できるほか、保険診療を受けることができる。
「年収の壁」とは、配偶者の扶養に入りパートなどで働く人が、一定の年収額を超えると扶養を外れて年金や医療の社会保険料の負担が生じ、手取りの収入が減るというものだ。
従業員が101人以上の企業などで働く人は、年収が106万円を超えると扶養を外れ、厚生年金や健康保険の保険料の支払いによって手取りが減る。おおむね125万円までその状態が続く。

Q.どうして今、注目されているのか?

A.人手不足の要因とも指摘されていることが挙げられる。

最低賃金の大幅な引き上げが続くなか、パートタイムで働く人たちなどが年収を配偶者の扶養の範囲内に収めようと、働く時間を減らす「就業調整」を行うことが、企業の人手不足を加速させているというのだ。

民間のシンクタンク、野村総合研究所が去年9月に行った調査では、配偶者がいてパートタイムやアルバイトとして働く全国の20歳から69歳の女性およそ3000人のうち、▽61.9%が「就業調整」をしていると回答し、38.1%の「調整していない」を大きく上回った。
また59.4%が、時給の上昇によって、以前より「就業調整」をせざるを得なくなったと感じた経験があると回答している。
さらに年収の壁を超えても手取りが減らないのであれば年収が多くなるよう働きたいかと尋ねたところ▽「とてもそう思う」が36.8%、▽「まあそう思う」が42.1%と、あわせて80%近くが年収が多くなるように働きたいと考えていることがわかった。
こうした調査結果などから、スーパーの業界や宿泊業界など、パートタイムで働く人を多く雇用する企業からは年収の壁を意識した就業調整が人手不足の要因となっているとして対策を求める声があがっていたのだ。

Q.政府の「年収の壁」対策とは?

A.岸田総理大臣は25日夜、記者団に対し次のように述べた。

「若い世代の所得向上や人手不足への対応の観点から『年収の壁・支援強化パッケージ』を週内に決定し、時給1000円超えの最低賃金が動き出す来月から実施していく」

その後、厚生労働省は、「年収の壁」対策として、10月から実施する「パッケージ」の詳細を発表した。
具体的には、厚生年金が適用される企業などで、働く人が扶養を外れる「106万円の壁」について、年収がおおむね125万円を超えると手取りが増え始めるため、その水準まで賃上げを行ったりして実質的に保険料を肩代わりする企業に対し、従業員1人あたり最長3年間、最大で50万円の助成金を支給するとしている。

今回の助成金は、手取りが減らないようにするためのものだが、いわば当面の対策だ。

先週開かれた厚生労働省の審議会では根本的な解決策として、保険料を減免して手取りが減らないようにする案について議論されたが、委員からは、そもそも扶養に入っていない人との公平性に欠けるなどと異論が相次いだ。
厚生労働省は再来年に行う予定の年金制度改正に向けて、引き続き議論していくことにしている。

Q.「壁」を超えるメリットもあるのか?

A.厚生年金や健康保険に加入することで、将来受け取ることができる年金が増えるほか、けがや病気で休んだ際の「傷病手当金」や「出産手当金」を受け取れるといったメリットもある。そうした点をいかに周知していくかも課題となる。

Q.「年収の壁」には、「130万円」も?

A.そう、「130万円」にも「壁」がある。
従業員が100人以下の企業や、業種により、厚生年金の適用対象になっていない職場で働く人は、年収が130万円を超えると扶養を外れ、国民年金や国民健康保険の保険料を支払うようになるが、国民年金の制度上、将来受け取ることができる年金額は、自身で支払っていない時と変わらない。これが「130万円の壁」と呼ばれている。

このため、今回の対策では、130万円を超えても、一時的な増収であれば、連続して2年までは扶養にとどまれるとしている。
事業主側が一時的な増収と証明し、扶養している配偶者が働く企業の健康保険組合などが認める必要がある。

一方、企業が、収入を基準として支給している配偶者手当も就労時間の抑制の要因とされているとして、廃止や縮小に向けた見直しを促すとしている。

Q.社会保障制度に詳しい専門家は?

A.日本総合研究所の西沢和彦理事は、「130万円の壁」への対策について次のように評価した。

「これから年末にかけて繁忙期も迎える中で、残業できたり、労働時間の延長に事業主が賞与で報いたりしやすくなり、即効性はある」

一方で「扶養の範囲が拡大することは、恩恵を受けていない人からは不公平にも映る」と指摘したほか、次のように述べ、対策の実効性には不透明な点もあると指摘した。

「子育てや介護など、自分の時間と働く時間のバランスの中で、こうした働き方をパートの人が望んでいるのか疑問がある」

その上で「今回の対策は、あくまで人手不足対策という経済対策にとどまっているが、正社員の夫とそれを支える専業主婦の妻という過去の価値観で作られている現行の制度を、新しい価値観で見直していく視点が重要だ」と述べ、扶養のあり方を含め、抜本的な見直しが必要だという考えを示した。

Q.今後は?

A.今回、政府が打ち出した対策は、扶養に入らずに社会保険料を負担している自営業者の配偶者などとの公平性に欠けるという指摘もある。
今回の「パッケージ」は当面の対策として10月1日から実施するが、厚生労働省は、公平性に関する指摘を踏まえ、今後、扶養のあり方や、厚生年金への加入要件の緩和といった制度の見直しも検討し、誰もが「壁」を意識せずに働ける環境を実現したいとしている。