「緊張感持続させたい」吹き荒れた“解散風”の真相は?

会期末の間近にいろいろな動きが見込まれ、情勢をよく見極めたい
6月13日夜、会見で衆議院解散の可能性に含みをもたせた総理大臣の岸田文雄。
解散するのか、しないのか。
永田町には臆測が飛び交い、急速に緊張感が高まった。

しかし、2日後の15日夜。岸田みずからが全面否定し、今国会での解散はなくなった。
「解散権をもてあそぶような態度だ」と批判も出た“解散風”騒動の真相に迫った。
(清水大志、山本雄太郎、岩田純知、高橋路)

「緊張感を持続させたい」

岸田がなぜ、13日夜の会見で解散に含みを持たせるような発言をしたのか。

その意図を探る上でカギとなる会合が、会見に先立つ午後3時ごろに開かれていた。

自民党本部に集まったのは、岸田と、副総裁の麻生太郎、幹事長の茂木敏充。
政権中枢による非公開の3者会談で最終盤の国会対応や解散戦略が協議された。

麻生氏

麻生は、早期解散で自民が議席を1つでも減らせば、「岸田が自分の都合で解散して議席を減らした」と批判されることを懸念していた。

麻生が、今国会での解散に否定的な考えを示したのに対し、岸田は肯定も否定もしなかったという。
そして、岸田はこう発言したという。
緊張感をもう少し持続させたいと思っています

3者会談の場でも、岸田が「早期解散」の有無を明言しなかったことについて、与党幹部の1人はこう解説する。
総理は、与野党問わず、国会での緊張感を持たせたいということだろう。『伝家の宝刀』なんだから、言う必要はないんだ

早期解散論、3月ごろから

そもそも、現時点では、衆議院議員の任期4年の半分にも満たない。
自民内で、6月21日に会期末を迎える今の通常国会での早期解散を望む声が具体化し始めたのは、ことし3月ごろだった。

日韓関係の改善を印象づけた日韓首脳会談の実現や、岸田のウクライナ電撃訪問など、外交的な成果が重なり、賃上げの機運も出てくる中で、内閣支持率が回復。

ゼレンスキー大統領と握手する岸田首相


その後、5月のG7広島サミットはウクライナのゼレンスキー大統領の参加もあって、政府・与党内をはじめ、成功したと評価され、経済面では株価の上昇もあり、好材料がそろっているように思われた。

6月13日夜 岸田、解散に含み発言

そうした中で国会最終盤の6月13日夜。岸田は少子化対策に関する記者会見で、今の国会会期中に衆議院を解散するか問われ、こう答えた。
会期末の間近にいろいろな動きがあることは見込まれ、情勢をよく見極めたい

記者会見する岸田首相

それまで、解散については一貫して「今は考えていない」と述べてきた岸田が、笑みを見せながら解散の可能性に含みをもたせたことで、永田町に“解散風”が吹き荒れる。

立憲民主党は不信任案をどうする?

安住氏

総理みずから“解散風”を吹かせていると言われてもしかたがない
翌14日午前、立憲民主党の国会対策委員長の安住淳は、早速、岸田の発言をけん制した。

立民は、物価高などで国民の生活が厳しい中、岸田内閣は防衛費増額に伴う増税方針を示していると批判。内閣不信任決議案の提出を検討し、決断の時を迎えていた。

不信任案の提出が解散を誘引する可能性もある。

党幹部からも「
岸田総理の『情勢をよく見極めたい』というのは、不信任案のことだろう。解散はもう近い」という声が聞かれた。

党代表の泉健太は、次の衆議院選挙で150議席を獲得できなかった場合、代表を辞任すると表明している。この段階では擁立を決めた候補者が150人に達しておらず、党内には「今、解散されたら、泉は即辞任になってしまう」という見方すら出ていた。

泉氏

一方で、党内では、4月の統一地方選挙と衆参補選以降、日本維新の会が勢いづいていることを踏まえ、「野党第一党の座を奪われるわけにはいかない。維新の選挙準備がまだ十分に進んでいない今の解散を歓迎したい」という声も出るようになっていた。

煽るつもりはない

与党内でも、ある閣僚経験者が「解散があるんじゃないかという気がしている。私は何があってもいいように、地元で選挙に向けた事務所を借りた」と話すなど、永田町には急速に緊張感が高まった。解散するのか、しないのか、与野党の議員が疑心暗鬼に陥っていたとも言える。

一方、岸田はこの段階で、周辺に冷静な口調でこう語っていたという。
解散を煽るつもりなんてない。解散するか、しないか、決めていない以上、この時期にはああいう言い方しかできない。ただ、“解散風”が吹いているんだったら、わざわざこちらから止めることもない

ある政府関係者は、岸田の会見での「情勢をよく見極めたい」という言葉について、「岸田総理や政権幹部が、最終的に解散することになっても、しないことになっても、どちらになってもいいように選んだ」と漏らす。

解散をめぐっては、政府・与党内にもさまざまな意見があった。

ある自民幹部は、党の情勢調査などを踏まえ、「選挙をするには、今が一番良いタイミングだ。あとに回せば、今後何があるかわからない」と早期解散論を主張していた。

ただ、今、解散すると、来年秋に予定され、岸田が再選のため乗り越えなければいけない、自民党総裁選まで1年以上もあることから、時期尚早という見方も出ていた。解散・総選挙に勝ったとしても、党総裁選までに何かがあれば、党内政局になる懸念があるからだ。

そして、総理周辺には早期の解散に否定的な意見を持つ側近が多かった。

5月下旬から6月にかけて、総理大臣秘書官を務めた長男の更迭や、マイナンバーカードをめぐるトラブルが相次ぎ、内閣支持率にかげりが見られていた。

さらに、与党内でも自民・公明両党の選挙協力がギクシャクしていて、このまま選挙に突っ込めば大きく議席を減らすのではという懸念もあった。

側近の1人は、「総理には『東京や大阪は相当厳しい結果になります』と伝えたが、反応から本心はよく分からなかった。もしもの場合に備えて準備するしかないと思った」と話す。

ただ、ある総理経験者は「解散は打てないと思う。政権が今、何かを問うものがない。野党の準備が整っていないってだけではやれない」と話した。

15日、防衛財源確保法案が委員会可決

そして、15日午後。
政府が今の国会の最重要法案と位置づける、防衛費増額に向けた財源確保法案が参議院の委員会で可決され、翌日の本会議で成立する見通しとなった。

夕方には、立民の泉や安住、党幹事長の岡田克也らが、内閣不信任決議案の提出に向けた大詰めの協議を行っていた。

今の立民に不信任案を「提出しない」という選択肢はなかった。
維新や国民民主党が「国会会期末恒例の年中行事だ」と批判して同調しない考えを表明する中、ほかの野党との違いを際立たせる必要があったからだ。

一方で、防衛財源確保法案には、立民とともに不信任に賛成する方針の共産党に加えて、維新、国民を含めた野党4党が「増税が前提になっている」などとして一致して反対していた。
せっかく4党で足並みをそろえてきたのに、法案の本会議採決の前に不信任案を提出すれば、足並みが乱れて見えてしまう

泉らの協議の結果、不信任案は提出するものの、タイミングは法案の本会議採決を待ってという方向性が確認された。

緊張感をもう少し持続させたい」という岸田の狙いは、一定の効果を生み出す結果となった。
そして、協議終了からおよそ2時間後、立民幹部が予期していなかった展開となる。

岸田みずから“火消し”

岸田首相

15日午後6時すぎ、岸田は記者団に、「今国会での解散は考えていない」と表明したのだ。

また、立民が不信任決議案を提出した場合の対応については、「先送りできない課題に答えを出していくという内閣の基本姿勢に照らして即刻否決するよう、自民党の茂木幹事長に指示した」と述べた。

急速に吹き荒れた“解散風”は、岸田みずからの“火消し”によって収束した。

岸田は、もともと、この解散に関する判断をどうするか、不信任案の提出が予想された16日に最終的に結論を下すつもりだったとみられる。

しかし、永田町での“解散風”が日に日に勢いを増していることを感じ、その前日の15日に判断する検討に入った。

この中で、岸田は、外交日程などの合間に政権幹部との打ち合わせを重ね、随時、法案成立の見通しや不信任案の提出への動きについて報告を受け、検討を続けた。

官邸幹部の1人は、「総理は最後のほうまで悩んでいたように見えた」と明かす。

ただ、岸田は、最終盤まで本心を与党幹部にも官邸幹部にも伝えていなかったと見られる。

そして夕方5時過ぎ、防衛財源確保法など重要法案の成立のめどがたったこと、解散するかしないかの判断を1日でも早くすることで“解散風”を早めに抑えたほうがよいということから、今の国会で解散を行わないという結論を出した。

政府関係者の1人は「これ以上、先延ばしにすると、『解散権をもてあそんでいる』という批判が大きくなりかねない」という懸念もあったと打ち明ける。

一方、この結論に前後して、岸田は、「今のタイミングで解散しなくても、夏以降もプラスになる要素はたくさんある。外交、内政、さまざまな準備をしている」と自信を見せていたという。

“解散風”その後は

今回の会期末を前に吹き荒れた“解散風”。

ある政府関係者は、結果的に、▼重要法案の成立▼自民党内の候補者調整▼自民・公明の関係改善に向けた動きなど、“解散風”によって課題を一定程度前進させることができたと語る。

別の政府関係者も「対野党を含め、今回の一件で総理はまた力を増した気がする」と話す。

一方で、立民の幹部は、今回、岸田は解散に踏み切れなかったと見ている。
ひよったなと思ったよ。誰かに止められたのだろうと思う。早期の解散には公明党も抵抗していたんだろう。秋に解散・総選挙があるとしたら、天が与えてくれた3か月だと思って、準備していかないとね

岸田首相

今回の“解散風”騒動を経て、与野党から、「岸田総理は何をしてくるか分からない」という声を聞くようになった。

岸田が沈黙していたことで、憶測が憶測を呼び、それが権力者たるみずからの力を高めることになるとみるか、岸田への信頼を落とすことにつながるとみるか。政界の見方もさまざまだ。

各党は、秋の臨時国会での衆議院の解散も見据えながら選挙の準備を進めることになり、永田町の神経戦は第2ステージに入った。この先も解散をめぐる動きは続くことになる。
(文中敬称略)

政治部記者
清水 大志
2011年入局。初任地は徳島局。自民党・岸田派の担当などを経て官邸クラブに。
政治部記者
山本 雄太郎
2007年入局。初任地は山口局。外務省担当などを経て自民党の茂木幹事長番。
政治部記者
岩田 純知
2015年入局。初任地は広島局。法務省担当などを経て立憲民主党を担当。
政治部記者
高橋 路
2016年入局。初任地は静岡局。現在は野党クラブで立憲民主党と連合を担当。