19年ぶりの女性外務大臣 “上川カラー”は?

就任からわずか1週間。国連総会で外交デビューした上川陽子外務大臣。19年ぶりの女性外務大臣として海外からも注目された。ニューヨークに同行した記者が見た、“上川カラー”とは。
(加藤雄一郎、岡野杏有子)

就任5日で国連総会

「5日間で16人の首脳・外相および4つの国際機関の長と会談を行い、個人的関係を構築できた」

上川外相が会見

9月22日。
一連の外交日程を終えた上川はニューヨークのホテルで記者会見し、やや高揚した様子で手応えを強調した。

内閣改造に伴い、上川が外務大臣に就任したのは9月13日。国連総会が開かれるニューヨークに向けて出発するわずか5日前のことだった。
その国連総会を直前に控え、外務省は林・前大臣が続投するのを前提に準備を進めてきた。日本は今年1年間、G7議長国を務めていることもあり、交代の可能性は低いとみていた。

林・前大臣と上川・新大臣
林・前大臣と上川・新大臣

それだけに省内は大慌てとなり、上川新大臣へのレクや勉強会が土日返上で行われた。
各国の外相と初顔合わせになるため、急きょ会談を追加するなど日程の組み替えも行われたという。

“日本のオルブライトになれる”

上川は衆議院静岡1区選出の当選7回で70歳。
2000年に初当選し、2007年に当選4回で少子化・男女共同参画担当大臣に抜擢された。

2000年 初当選のとき
2000年 初当選のとき

安倍政権や菅政権では3度にわたり法務大臣を務め、オウム真理教による一連の事件で、麻原彰晃=本名 松本智津夫・元死刑囚ら13人の死刑執行を命じた。それ以来、上川には常に身辺警護のためSPが付いている。

法務大臣時

政治家になる前は、ハーバード大学大学院に留学したほか、アメリカの上院議員の政策立案スタッフを務めた経験もあり、国際派の一面を持つ。

「上川はいいぞ。オルブライト国務長官みたいになれる」(自民党幹部)

ある自民党幹部は、アメリカのクリントン政権下で初の女性国務長官を務め、コソボ紛争の解決などに尽力したオルブライト氏を引き合いに出し、上川の外務大臣起用に期待感を示す。

堅実な仕事ぶりや実務能力に加え、「胆力のある政治家」というのが、自民党内から聞こえる上川評だ。
一方、外務省の副大臣や政務官、党の外交部会長といった、外交に関するポストは経験しておらず、外務大臣としての手腕は未知数とも言える。
上川本人には改造前日の夕方に岸田総理から打診があったといい、「私が一番驚いた」と語る。

外交デビューした「ヨーコ」

9月18日。上川はニューヨークに到着すると、初日から、アメリカ、イギリス、ブラジルの外相、IAEA=国際原子力機関のグロッシ事務局長と立て続けに会談を行った。

アメリカのブリンケン国務長官との会談

アメリカのブリンケン国務長官との会談では「トニー」、「ヨーコ」とファーストネームで呼び合う場面も見られた。
その夜には、G7外相会合に議長として初めて出席した。G7外相会合は対面では今年4回目の開催で、各国の外相は旧知の間柄となっていた。
初参加の上川は英語で言葉を交わし、打ち解けた雰囲気だった。

G7外相会合

フランス、ドイツ、カナダの外相を含めて女性は4人となった。
会合ではウクライナ侵攻を続けるロシアを断固として非難し、即時かつ無条件の撤退を求めるなどとした議長声明を発表した。

上川は「初めての参加で議長という大役を務めることになったが、率直なやりとりができたことは大変有意義だった」と話した。

“上川カラー”発揮

就任時、「女性の視点を外交政策に生かしたい」と述べた上川。
“上川カラー”を打ち出す場面もあった。

2日目に行われたフランスのコロナ外相との会談。
上川がジェンダーバランスについて「日本は政治分野において法律はできたが実態は追いついていない。ともに女性活躍を推進しよう」と呼びかけると、コロナ外相は「女性は異なる視点を提供することができる。女性の視点がより良いということではなく、男女双方の視点が必要だ」と応じた。

フランスのコロナ外相との会談。お茶を出して、お土産にプレゼント

地元・静岡のお茶を出して、お土産にプレゼントしたこともあってか、リラックスした雰囲気の中で率直な意見が交わされた。


そして、今回上川が最も強く出席を希望したのが、「WPS」をテーマにしたシンポジウムだ。
聞き慣れない言葉だが「Women Peace & Security」の略で、「女性・平和・安全保障」のことを指す。

「WPS」をテーマにしたシンポジウム

紛争の被害者になりやすい女性の保護や救済に取り組むほか、女性自身が紛争の予防や紛争後の和平に主体的に参画することで、より平和に近づけることができるという考え方だ。
2000年に国連安全保障理事会でも決議が採択されている。
国連では、この考え方に沿って国連平和維持活動を行う部隊や、和平交渉の責任者に女性を入れることなどを求める「WPSアジェンダ」を設けている。

WPS推進の旗手

上川が「WPS」に関心を持ったのは、2007年に男女共同参画担当大臣を務めたときだった。

2007年に男女共同参画担当大臣

その後、総務副大臣として国内の被災地の避難所を訪れた際には、運営に女性が携わっている避難所はトラブルの発生数が少なくなっていることを知った。
議員連盟を立ち上げ、1年前の国連総会のWPSシンポジウムには、一議員の立場でパネリストとして参加した。

そして今回、外務大臣として再びシンポジウムに出席することになり、会場では大きな拍手で迎えられた。

「戻ってこられて嬉しい」
スピーチでは、紛争のみならず災害対応にも女性の視点を組み込んでいく重要性を指摘し、日本としていっそう推進していく考えを表明した。
会場の出席者からは「ようやく日本もWPSの土俵に上がった」という声が聞かれた。

上川はWPSの考え方を、12月に日本で開かれる、日・ASEAN特別首脳会合の成果にも反映させたいと意気込んでいる。

19年ぶりの女性外相に“先輩”からエール

女性の外務大臣は実に19年ぶりとなる。

今回の外交デビューに注目していたのが19年前、外務大臣だった川口順子氏(82)だ。

川口順子氏

「国連の場というのは一度に大勢の外務大臣とお会いでき、一度に自分を知ってもらえるチャンスという意味で得難いチャンス。立派に務めてデビューしたと思う」

旧通産省、飲料メーカーの役員などを経て、2002年から2004年まで小泉政権で外務大臣を務めた川口。
当時は、海外でも女性外相は多くなかったという。

「20年前は、中国も韓国も近隣の国では女性の外相がまだ出ていなかった。それで中国や韓国に行った時に、日本は女性の外務大臣だということで国民の皆さんに関心を持っていただいたことがあって、それはメリットだったかなと思う」

時代は変わり、上川は「今回会った海外の外相の半数が女性だったことが印象的だった」と振り返った。

その一方で日本は遅れている。
世界経済フォーラムがことし6月に発表した男女格差を示すジェンダーギャップ指数で、政治参加の分野は146か国中138位だ。

川口は語る。
「今回5人の女性閣僚を登用したのは大きな前進だと思うが、5人というのがガラスの天井になってはいけない。今回のことがきっかけになり、女性が『私も政治に出よう』と思ってくれることが大事だ。見えない目標は存在しない。幸いにも上川大臣のような方が現れているわけなので、今後みんなバリバリと政治を目指してほしい」

外務大臣として重要なことについては。
「日本の外務大臣というのは、国際会議があっても国会の関係があって外に出られない。そうした時には電話でかなり話をした。東南アジアの外相の方々と、非常に親しくなり、いまだにやり取りがある。私は、外交というのは、もちろん国と国との関係だけれど、外務大臣と外務大臣の関係というのも大事だと思う」

デビュー戦の評価は

日米外相会談

初の外国出張ながらハードスケジュールを精力的にこなした上川。
関係者はどう評価しているのだろうか。

同行した外務省幹部の1人はこう話す。

「初外遊にしては会談の相手国も多く、難易度が高かったと思う。事前の勉強会では歴史的背景などについても質問され、勉強熱心だと感じた」(外務省幹部)

アメリカ政府内からも評価の声が上がった。

「就任してすぐだったにもかかわらず、事前の準備もきちんとできていて、そつなくこなしていた」(アメリカ政府内)

その一方で、次のような声も聞かれた。

「会談時間が短く、正直まだどういう人か分かっていない」
「彼女が何に最優先で取り組んでいきたいか、何に関心があるのか、まだ知ることはできていない」

「林 前大臣とブリンケン国務長官は、かなり仲良く、音楽を通じて個人的な関係を深めていたが、上川大臣と信頼関係をどうやって築くかはこれからだ」

鵬程万里

「鵬程万里」(ほうていばんり)の自筆

上川は就任会見で「鵬程万里」(ほうていばんり)という四字熟語を紹介した。
中国の想像上の大きな鳥が、はるか遠くを飛ぶさまから、非常に遠い道のりを指す言葉だ。
「遠くを見つめる眼差しを持って、目先だけではなく、長い時間軸を念頭に置いた外交を進めることが必要だ」(上川)

今回の取材を通じて、WPSにこだわりを持って臨んだように、耳目を引くパフォーマンスよりも中長期的な視点を持って大局を見据えて取り組む“上川流”外交の一端をかいま見ることができた。

この先、11月のG7外相会合、APEC、日中韓外相会議、12月の日・ASEAN特別首脳会合、来年はじめのウクライナ復興推進会議など重要な外交日程が切れ目なく続く。そうした中で、上川が「鵬程万里」の道のりをどう歩むのか。今後も取材を続けていきたい。

(文中一部敬称略)

政治部記者
加藤 雄一郎
2006年入局。鳥取、広島局を経て政治部。政治部では与野党や官邸などを取材。現在は外務省サブキャップ。
ワシントン支局記者
岡野 杏有子
2010年入局。大阪局、国際部、政治部などを経て2023年7月から現所属 アメリカ国務省担当。