首相 日銀総裁に植田和男氏起用の意向 どのような人物か?課題は?

ことし4月で任期が切れる日銀の黒田総裁の後任に、岸田総理大臣は、日銀の元審議委員で経済学者の植田和男氏を起用する意向を固めました。

在任日数が歴代最長となっている日銀の黒田総裁は、今の2期目の任期が4月8日に満了を迎えることから岸田総理大臣は、後任人事の検討を進めてきました。

そして、日銀の元審議委員で経済学者の植田和男氏を起用する意向を固め与党幹部らに伝えました。

岸田総理大臣としては、植田氏が、日銀の政策運営に深く関わった経験があることに加え、経済や金融をめぐる幅広い研究実績を重視したものと見られます。

日銀総裁の交代は10年ぶりで、新たな総裁は、ひずみも指摘されている「異次元の金融緩和」の「出口戦略」をどう描くかといった難しい課題に取り組むことになります。

また、新たな副総裁には前金融庁長官の氷見野良三氏と、日銀理事の内田眞一氏を起用する意向です。

岸田総理大臣は、総理大臣官邸を出る際、記者団に対し「日銀総裁、副総裁人事については、14日の国会への提示に向けて、今調整中だ」と述べました。

植田氏が記者団に発言「現状では金融緩和の継続が重要だ」

植田氏は10日、記者団に対して後任の日銀総裁への起用について「現時点では何も申し上げられません」と述べました。

そのうえで、今の日銀の大規模な金融緩和をどう思うか記者団に問われ、植田氏は「金融政策は景気と物価の現状と見通しにもとづいて運営しなければいけない。そうした観点から現在の日本銀行の政策は適切であると思います。現状では金融緩和の継続が必要であると考えています」と述べました。

さらに金融政策を運営する上で何が重要か問われたのに対して「私は学者ですので、いろいろな判断は論理的にすること。そして説明は分かりやすくすることが重要だと思います」と述べました。

円相場 一時1ドル=129円台まで値上がりするなど乱高下

外国為替市場ではドルを売って円を買う動きが強まり、午後5時すぎには、円相場は一時、1ドル=129円台まで値上がりしました。ただその後、植田氏が記者団に対し「現状では金融緩和の継続が必要だ」などと述べたことが伝わると、一転して円が売られ、一時1ドル=131円台前半に値下がりしました。午後5時時点の円相場は9日と比べて、70銭円高ドル安の1ドル=130円44銭から46銭。ユーロに対しては9日と比べて、65銭円高ユーロ安の1ユーロ=140円11銭から15銭でした。ユーロはドルに対して、1ユーロ=1.0741から42ドルでした。

市場関係者は「今後、新しい総裁がどのような金融政策を行うのか見極めたいという投資家が多く植田氏の発言内容などに神経質に反応した」と話しています。

植田和男氏とは

植田和男氏(71)は1974年に東京大学理学部を卒業後、マサチューセッツ工科大学大学院などで研究活動に取り組み、1993年からは東京大学経済学部の教授を務めました。

そして1998年から7年間は日銀の審議委員を務め、1999年の「ゼロ金利政策」や2001年の「量的緩和政策」の導入を理論面で支えました。

その後、東京大学大学院経済学研究科の教授として大学に戻り、2008年には内閣府の調査会の会長として、日本の成長戦略を描く21世紀版「前川リポート」の取りまとめにあたりました。2017年からは共立女子大学の教授を務めています。

長年にわたり大学で教べんを執る一方で、現在も日本政策投資銀行の社外取締役や日銀金融研究所の特別顧問など学外でも幅広く活動しています。

氷見野良三氏とは

氷見野良三氏(62)は富山市出身で東京大学法学部を卒業後1983年に当時の大蔵省に入り、1987年にアメリカのハーバード・ビジネススクールでMBA=経営学修士を取得。大蔵省や金融庁でのキャリアを通じてグローバルに活動する銀行などを対象とした国際的なルールのとりまとめや各国との交渉に一貫して関わりました。

このうち2003年から2006年にかけては金融庁から派遣されて主要国の金融監督当局でつくるバーゼル銀行監督委員会の事務局長を日本人として初めて務め、新たな資本規制の策定などに取り組みました。

2007年からは金融庁でメガバンクを担当する銀行第一課長を務め、翌年のリーマンショックの際には大手銀行グループの「三菱UFJフィナンシャル・グループ」が金融危機で苦境に陥ったアメリカの大手証券「モルガン・スタンレー」への出資を決めるにあたって当局側の担当者として再編の実務をサポートしました。

2016年に金融庁の国際担当で次官級の金融国際審議官に就任し、2019年には、各国の金融当局などでつくるFSB=金融安定理事会で、当局間の協調促進に向けた活動を行う常設委員会の議長を務めました。

そして2020年から1年間、金融庁の長官を務め、新型コロナウイルスの影響を受けた企業への資金繰り支援などの対応にあたりました。

退任後は、東京大学公共政策大学院で客員教授を務めているほか、去年からは生命保険系のシンクタンクニッセイ基礎研究所でエグゼクティブ・フェローを務めています。

氷見野氏はフランスの彫刻家、アリスティド・マイヨールの研究者としても知られマイヨールの生涯をつづった評伝を出版しています。また漢籍にも造詣が深く中国の経典「易経」の入門書も執筆しています。

内田眞一氏とは

内田眞一氏(60)は、1986年に日銀に入った後は金融政策の立案を担う企画局に長く在籍し、2010年から新潟支店長を務めたあと、2012年に49歳で企画局長に就任し、5年間にわたって金融政策の実務を取りしきりました。

局長就任の翌年には黒田総裁が就任し、2%の物価目標の達成に向けた大規模な金融緩和やマイナス金利の導入、そして、長期金利と短期金利に誘導目標を設けるいわゆる「イールドカーブコントロール」の策定に携わりました。

その後、名古屋支店長を経て2018年に理事に就任し、去年再任されましたが、この間、大規模な金融緩和政策で中心的な役割を担ってきました。

日銀総裁 ひと言でマーケットを大きく動かすことも

日銀総裁は、職員数が4600人余りの日銀のトップで、国会の同意を得て内閣が任命し、任期は5年で再任も可能です。
日銀の独立性や中立性を踏まえ、任期中は政府や国会の意向で解任されることはありません。日銀は物価の番人とも呼ばれますが、総裁の最も重要な役割は、物価の安定に向けた金融政策のかじ取りです。

日銀は年に8回、金融政策決定会合を開き、景気や物価の状況を踏まえ、世の中に出回るお金の量や金利の水準をどのようにコンロトールするのかなどを議論しています。総裁は、この会合で議長として議論を取りしきります。

金融政策決定会合は、2人の副総裁を含む9人の政策委員が多数決で決める仕組みですが、この会合で議長の提案が否決されたことはなく、総裁の考えは日本の金融政策の方向を大きく左右することになります。

また総裁は国会で景気の現状や金融政策などについて答弁するほか、経済財政諮問会議といった政府の会議にも出席し、金融の専門家としての発言は重視されます。G7やG20の財務相・中央銀行総裁会議などの国際会議にも出席して、各国の中央銀行の総裁らと国際金融情勢を議論したり、日本の立場を世界に説明したりして、各国との連携を図る役割も担っています。

総裁のひと言がマーケットを大きく動かすこともあり、その言動には世界の市場関係者からの関心が寄せられています。

日銀総裁は国会同意人事 参院で同意得られなかった過去も

日銀総裁は国会の同意を得た上で内閣が任命します。まず政府が国会に人事案を提示し、候補者は衆参両院の議院運営委員会で行われる「所信聴取」で所信を表明し質疑を受けます。

その後、衆参両院の本会議で採決が行われ、同意されれば、候補者の総裁就任が正式に決まります。今回の黒田総裁の後任人事について、政府は、2月14日に、国会衆参両院の議院運営委員会の理事会に人事案を提示することになりました。そして24日に衆議院議院運営委員会で所信の聴取と質疑を行う方向です。

総裁人事は衆議院の優越がなく、両院の同意を得る必要があるため、手続きは法律や予算より厳しくなっています。

2008年には、当時の福井俊彦総裁の後任として政府・与党が、財務次官経験者で日銀の副総裁を務めていた武藤敏郎氏らを総裁に昇格させる人事を国会に提出しましたが「財務省出身者はふさわしくない」として野党が反対し、参議院で同意が得られなかったことがあります。

その後も与野党の調整が進まず、日銀の総裁ポストが戦後初めて空席になるという異例の事態をへてこの時は日銀出身の白川方明氏が総裁に就任しました。

在任日数歴代最長 黒田総裁の10年 そして新体制の課題は

【黒田日銀の10年】
日銀は、2013年3月に就任した黒田総裁のもと、2%の物価目標を2年程度で実現することを掲げ、国債などの買い入れを大幅に増やし、市場に大量の資金を供給する政策を打ち出しました。

「黒田バズーカ」とも呼ばれた大規模な金融緩和で、当時の歴史的な円高は修正され株高が進み、マイナスで推移していた消費者物価指数の上昇率もプラスに転じました。

2016年1月には、日銀史上初めてとなる「マイナス金利政策」の導入に踏み切りました。2016年9月には、短期金利をマイナスにした上で、長期金利をゼロ%程度に抑えるという国際的にも珍しい今の大規模な金融緩和策を導入しました。2020年には、新型コロナウイルスの影響を受けた経済を下支えするため金融緩和を強化し、国債や複数の株式をまとめて作るETF=上場投資信託などの買い入れの上限を引き上げました。

しかし日銀が目指す賃金の上昇を伴った形での2%の物価目標は実現できず当初、2年程度としていた大規模な金融緩和策が常態化しています。

【異次元緩和の功罪】
異次元とも言われた大規模な金融緩和は、当時、産業界を苦しめていた行き過ぎた円高を是正し、デフレでない状況を実現しました。専門家の間でも景気や物価に一定のプラスの効果があったという見方が少なくありません。

その一方で、金融緩和の長期化でさまざまな副作用も指摘されています。金利の上昇を抑えて景気を下支えするために大量に国債を買い続けた副作用として、債券市場の機能が低下するなど市場のゆがみを無視できなくなり去年12月には、金融緩和策を一部修正し長期金利の変動幅の上限を引き上げました。

大量の国債の買い入れで、日銀が保有する国債の残高は去年9月末の時点で500兆円を超え、短期を除くと、半分以上を日銀が保有する異例の状況となっています。日銀の買い入れによって国の財政規律が緩んでいるという批判が出ています。

また、株価指数に連動したETF=上場投資信託の去年9月末の時点の保有額は帳簿上の価格で36兆9057億円。時価で見ると48兆208億円に上っています。市場関係者などからは日銀が実態として筆頭株主になっている日本企業も多く、日銀が市場をゆがめているという批判もでています。

【新体制の課題】
新しい体制の大きな方向性としてはこれまでの路線を受け継ぎ、賃金の上昇をともなって物価が安定的に上昇する経済の実現を目指すと見られます。

ただ去年、エネルギー価格の高騰に、日銀の金融緩和を背景にした記録的な円安がかさなって消費者物価指数の上昇率は日銀が望まない形で4%に達しています。
実質賃金もマイナスが続き暮らしに影響が広がっています。市場には、大量の国債の買い入れを続ける今の政策はいつまでも持続できないという見方が広がり、海外の投資家などの間で緩和策の修正観測がくすぶり続けています。
緩和策の修正を見越した投資家が国債を売って長期金利に上昇圧力がかかるなど日銀と市場の攻防も激しくなっています。日銀は難しいかじ取りを迫られています。