不妊治療に対する保険適用拡大で治療を始める人が増加 東京

不妊治療に対する保険適用が4月に拡大されて以降、東京都内で実施件数が多いクリニックでは新規の患者の受診が去年までの1.3倍になったり、1か月分の受診の予約が一日で埋まったりするなど、不妊治療を始める人が増えています。

今年度から、不妊治療のうち、人工的に受精させる「体外受精」や、注射針などを使って卵子に精子を注入する「顕微授精」などに公的保険が適用されて、患者の自己負担は原則3割となりました。

東京都内で、こうした治療の実施件数が2020年のデータで合わせて全体の4割を占める4か所のクリニックに取材したところ、翌月1か月の受診の予約が一日で埋まったり、不妊治療を始める人向けの説明会の参加者がこれまでの2倍以上になったりするなど、4月以降、新たに治療を始める人が増えているということです。

このうち、東京 新宿区のクリニックでは、新規の患者の受診が4月は640件と去年の1か月平均と比べておよそ1.3倍となっていて、週末には300人以上が受診する日もあるということです。

このクリニックを受診した30代後半の夫婦は、去年9月に結婚したあと、半年余り妊娠しなかったため、4月から体外受精の治療を始めました。

夫婦は、医師から体外受精のしくみや進め方などについて説明を受け治療の計画を立てたあと、看護師から排卵を促すための薬剤を注射する方法を教わっていました。

37歳の妻は「不妊治療は高額な費用がかかると聞いていましたが、保険適用が拡大されたことで背中を押されて治療を始めました」と話していました。

このクリニックでは、患者の自己負担は昨年度まで国からの助成があったときと比べて、平均で2割程度低くなっていて受診が増えているということですが、不妊治療の計画書の作成が義務づけられたこともあり、診察時間は長くなっていて待ち時間が1.5倍ほどになっているということです。

クリニックの杉山力一理事長は「保険適用の拡大で、不妊に悩むカップルが治療の対象として認知されるようになり、医療機関を受診しやすくなったり、会社を休みやすくなったりして治療を始める入り口が広がったのではないか」と話しています。

助成金廃止で自己負担が増えるケースも

地方の医療機関で治療を受ける人の中には保険適用の拡大に伴って助成金がなくなったことで、自己負担が増えるケースも出てきています。

これまで国は不妊治療をする人たちに回数の制限はあるものの全国一律で1回あたり30万円の助成金を支給する制度を設けていて、さらに独自に助成金を上乗せする自治体もありました。

このため治療費が比較的安く設定されている場合が多い地方都市の医療機関で治療を受けていた人は、治療費のほぼ全額を助成金でまかなえるケースもありました。

しかし、保険適用の拡大に伴って先月から原則、国の助成金が廃止されたため、保険適用による3割負担によって患者の自己負担が増えるケースが出てきています。

東北地方で暮らす36歳の女性は、5年前から国や自治体の助成金を受けて体外受精を続けてきました。

保険が適用される前のおととし12月に行った体外受精では、排卵を促す薬の投与から体内に受精卵を移植するまでの1回にかかった費用はおよそ28万円でした。

これに対して助成金を申請したところ、対象外だった一部の治療を除いておよそ27万円が支給され、自己負担は1万円ほどで治療を受けることができました。

しかし、生殖医療に詳しい産婦人科医の試算によりますと、保険適用となってからは一般的な「体外受精」にかかる費用は全国一律で40万円ほどになるということで患者の負担はこのうちの原則3割、およそ12万円になるとしています。

ただ、高額療養費制度などによって自己負担が抑えられる場合もあります。

女性は「助成金にも回数制限があるので保険適用になったことのメリットはありますが、私の場合は助成金が使えたときの方が助かっていたなと思います。すべての人が納得する仕組みは難しいと思いますが、自己負担が増えることは治療を続けるうえで心理的にも負担になると思います」と話しています。

専門家「患者や医療者の声を聞き、改善していくことが大事」

不妊治療に詳しい慶応大学の吉村泰典名誉教授は「保険適用の拡大で多くの患者さんにとっては経済的負担が軽くなったが、安い価格設定をしていた地方のクリニックで治療を受けてきた一部の患者さんでは、国からの助成金で治療費がまかなえていたのが保険適用で3割負担となったためにかえって自己負担が増えるケースが出てきている」と話しています。

一方、たとえば受精卵の染色体に異常がないかなどを調べる「着床前検査」など、保険が適用されない検査や治療を受けると、治療にかかるすべての費用が自己負担となることもあるため、不妊治療の内容によっても金銭的な負担が増えた人が一定程度いると見られます。

吉村名誉教授は、「新しい検査や治療をどうしても受けたい人にとっては、助成金があった昨年度までより自己負担が増えることになってしまっている。不妊治療に対する保険適用の拡大はまだ始まったばかりなので、いろいろな課題が出てくるが、患者さんや医療者の声を聞きながら、改善していくことが大事だ」と話しています。