紙に逆戻りも!なぜ進まぬ自治体の商品券デジタル化

スーパーに買い物に行って「あれ?これも値上がり?」とビックリする日々が続いています。そんな物価高に苦しむ家計などを支援しようと、各地の自治体ではプレミアム付きの商品券を販売・配布しています。
でも、去年スマホで使えるデジタル商品券で便利だったのに、ことしから紙の券に逆戻りといった自治体も…。いったいなぜ?商品券事業からみえる“行政のデジタル化事情”を探ります。
(津放送局 鈴村亜希子)

デジタルから紙に逆戻り?自治体商品券

津市のプレミアム付き商品券

物価高騰などを受けて自治体が販売や配布する商品券。
津市では、ことしは10月から始まりました。プレミアム率は30%。1000円の商品券が13枚、1万3000円分を1万円で購入できます。

津市に住む人全員に引換券が届き、平日は郵便局で休日はデパートなどで販売しています。

商品券を買った人たちの反応は。

「物価高をすごく感じるので、今回の商品券はありがたいですね」(40代女性)

「食事に行くときに使おうかなと。楽しみです」(60代女性)

ありがたいという声が多いようですね。ただ、気になる点が。津市では去年「つデジ」と名付けてデジタル商品券を販売していたのです。

津市で去年販売していたデジタル商品券

スマートフォンでQRコードを読み取って利用するもので、おつりが出ない紙の商品券とは異なり、1円単位で使えました。40代、スマホはそんな使いこなせていない私にとっても便利で、周りでも実際に使っているという声をよく聞きました。

今回、デジタルから紙に逆戻り。
この点について、住民はどう思っているのでしょうか。

住民のインタビュー

「僕、スマートフォンを持っていないから、紙がいいです」(60代男性)

「去年のデジタルの商品券は買っていないです。機械とかメカに弱いんでね」(70代女性)

一方で、若い人たちからはこんな声が。

住民のインタビュー

「デジタルの方が使いやすいです。財布持たずに出ちゃうことがあるので、スマホさえあれば使えるから便利」(30代男性)

「正直デジタルの方が使いやすかったなって、ちょっと思ってしまいます」(30代女性)

若い世代ではやはりデジタルの方がいいという人が多い印象でした。

店舗では“デジタルがよかった”の声も

コーヒーショップ 澤山雄也店長

では、利用者ではなく、店舗側はどのように受け止めているのでしょうか。商品券事業に参加している津市中心部のコーヒーショップで聞きました。

コーヒーショップ 澤山雄也店長
「おつりが出ないということなので、会計が1000円を超えないと商品券を出してもらえません。単価の低いうちのようなお店では難しいんじゃないかなと思います」

商品券は1枚1000円。おつりが出ない仕組みなので、喫茶店などではあまり出番がないというのです。
ほかの店でも「せめて500円にしてくれれば」という声が上がっていました。

さらに、管理する上でもデジタル商品券の方が便利だったと振り返ります。

コーヒーショップ 澤山雄也店長

「デジタルであればその日のうちにすぐに集計ができます。それに入金の際もこちらが特に何もしなくてよかったです。でも紙になると、半券を送り返す期日が細かく決まっていることもあって、ちょっと面倒くさいなと思っています」

“より多くの人に使ってもらえるよう紙に”

津市役所

いま、あらゆる分野でデジタル化が推進されていますが、どうして紙に戻したのか、あらためて津市に聞いてみました。

津市商業振興労政課 出口真也課長

津市商業振興労政課 出口真也課長
「前回、ふだんからスマートフォンを使っていない方やデジタル機器になじみの薄い方からはどうやってやっていいか分からないので、最終的には買えなかったという声も上がりました。今回は生活者支援が目的ということから、より多くの市民に使ってもらえる紙の商品券という形で実施しました」

一方で、デジタルの浸透を考えるにあたって、興味深いデータもあります。

前回の商品券事業と今回の事業の比較

前回の事業では、プレミアム率が20%で購入上限は6万円、およそ4万3000人が利用したといいます。
一方、今回の紙の商品券はプレミアム率は30%で前回より高くなっています。11月下旬の時点で、およそ16万9000人分が購入されたということで、前回のおよそ4倍となりました。

また、使えるお店の数を比較しても、前回が1321店舗に対して、今回は1700店舗以上にのぼっています。

参加したお店も、紙の今回の方が多いということになります。

前回、デジタルで参加しなかったお店の理由として、「店主が高齢のため、デジタルは難しい」とか「アルバイトに説明が難しい」などの声があったそうです。
利用する人だけでなく、お店側もデジタルへの苦手意識があったという事情もうかがえます。

県内19自治体中デジタル実施は4市町

三重県内すべての自治体に物価高騰対策の商品券などの事業を、ことし行うか尋ねたところ、29市町のうち19の市町で行うと回答がありました。

紙のプレミアム付き商品券だけを販売する自治体と、紙の商品券を配布する自治体、ギフトカードを配布する自治体

そのうち、プレミアム付き商品券を紙だけで販売するのは

▼津市▼松阪市▼名張市▼尾鷲市▼志摩市▼南伊勢町▼紀宝町です。

紙にした理由は、多くの自治体で「デジタルも検討したけれど、高齢者を中心にスマートフォンを使えない層に配慮した」ということ。

また、紙の商品券を住民に一律で配布するのは、

▼熊野市▼多気町▼明和町▼大台町▼大紀町▼紀北町。

金額は、3000円から1万円で、配布にした理由は「プレミアム付き商品券を購入するためのお金が出せない人もいるし、全員に行き渡るように」とのことでした。

朝日町と川越町では、クレジットカード会社のギフトカードを配布。
「消費者支援が目的なので、町内での消費にこだわりません」とのことでした。

プレミアム付きデジタル商品券を販売した自治体と、ポイント還元を行う自治体

一方、去年の津市が行ったような、プレミアム付きデジタル商品券を販売するのが

▼鈴鹿市と▼伊勢市です。伊勢市は紙の商品券と併用しています。

また、商品券ではありませんが、スマートフォンでのデジタル決済に応じてポイント還元を行うのが▼鳥羽市と▼玉城町でした。

商品券などの事業を行う19自治体のうち、デジタルでの実施は4市町にとどまりました。

全国でもデジタル→紙の自治体が…

では全国的にはどうなのか。

神奈川県海老名市は、去年、デジタルと紙を併用していましたが、ことしは紙の商品券だけに。

去年は、紙とデジタルの割合を7:3と見込んでいたものの、実際にはデジタルが12%しか買われなかったことや、事業者側もレジシステムの問題で導入できないなどの理由で利用が伸び悩んだことが背景にあるといいます。

また、山形県鶴岡市でも、過去にデジタルと紙を併用していましたが、ことしは紙のクーポン券を全世帯に配布しました。

鶴岡市では、以前はデジタルの商品券の売れ行きがよく、紙の売れ残り分をデジタルに回したほどでしたが、ことしは紙だけにした理由について「併用をやめることで事務費用を下げることと、デジタル弱者への公平性を確保するため」と説明しています。

他にも、紙とデジタルを併用している名古屋市や宮崎県延岡市で、以前と比較してデジタルの割合を引き下げる動きがありました。

デジタルはまだまだ少数派

商品券を紙とデジタルのどちらで発行しているのか、民間の調査によりますと

去年の2月までの1年間に、プレミアム付き商品券を発行した326の自治体のうち、
▼「紙の商品券」を発行した自治体は285と全体の8割以上。
▼「紙と電子両方」発行した自治体は27と8.4%に。
▼「電子商品券」を発行した自治体は11と3.4%でした。
(3自治体は内容を記載せず)
【政治・選挙プラットフォーム「政治山」調べ】

前回の調査と比較すると、「電子商品券」「紙と電子両方」の占める割合は、ともに増加していましたが、まだまだデジタル商品券は少数派といえます。

鈴鹿市ではデジタルが着実に定着

デジタルの商品券がまだ少数派という中で、デジタルの利用者数も利用可能な店舗も増えたというのが、三重県鈴鹿市です。

鈴鹿市は、デジタル商品券「ベルディPay」を販売、利用が始まっています。

鈴鹿市のデジタル商品券「ベルディPay」

「ベルディPay」の利用はことしで2回目。
津市と同じ1万円で1万3000円分の買い物ができます。利用するにはホームページから事前に申込みを行い、アプリにチャージして使います。

人手不足が深刻化する中、キャッシュレス化は事業者にもメリットが大きいので、市として推進したい考えです。商品券の利用の申込みはいったん締め切られましたが、利用を申し込んだ人は前回を3割ほど上回っているということです。

鈴鹿市産業観光政策課 平田倫子商業支援グループリーダー

鈴鹿市産業観光政策課 平田倫子商業支援グループリーダー
「『昨年度はこうした取り組みがあると知っていたけれども、ちょっと不安でやらなかった。でも今回は周りの友達から簡単にできたと聞いたり、いつも行っているお店も導入していたといった安心感から挑戦してみたい』といって説明会に来られる方もいました」

ギフト券配布の案内

鈴鹿市は、高齢者や障害者には別途、紙のギフトカードも配布しているといいますが、これを機会にキャッシュレスに触れてほしいと考えています。

鈴鹿市産業観光政策課 平田倫子商業支援グループリーダー
「今回、参加してもらうことによって、デジタル式の支払いの仕方を、お店側も消費者である市民の皆さんも体験してもらうことで、キャッシュレス化の推進につながっていけばと考えています」

内閣府“自治体の判断で”

国はどう考えているのでしょうか。多くの自治体が商品券事業の財源としている臨時交付金を所轄している内閣府に取材しました。

内閣府

内閣府地方創生推進事務局 地方創生推進室担当
「この交付金は、新型コロナの感染拡大防止や影響を受けた地域経済・住民生活の支援などに資することが目的で、去年からは物価高対策も盛り込まれています」
「自治体の事業計画の一覧は、内閣府のホームページで公表していますが、実際にどういう形式で実施されたかまでは把握していません。商品券事業をデジタルでやるか紙でやるかはどちらでもよく、事業の目的や地域の実情に合わせて、自治体が適切に判断すればいいと考えています」

専門家“二極化の懸念も 先行自治体参考に”

行政のデジタル化に詳しい「コード・フォー・ジャパン」の関治之 代表理事は次のように話しています。

「デジタルをうまく使えない人に向けては、紙でQRコードを打ち出してレジで読むようにするとか、いろいろなやり方があります。デジタル活用というとどうしても『デジタル1択』みたいな方向になりがちですが、デジタルでやりたい人、使えない人、両方の人が使えるようにしていく」

紙の商品券とデジタル決済の中間のような方法もあるんですね。

とはいえ、なかなかデジタルに踏み出せないという自治体もまだまだ多いようです。今後についてどう考えるか聞くと。

「コード・フォー・ジャパン」関治之 代表理事
「ある自治体では、みんなデジタルを使っていろんなツールが使えるようになっているけれども、また別の自治体では使えないまま、という二極化が起きてしまう可能性はあると思います。先行する自治体のプラットフォームを共有したり、外部人材を採用してよく知っている人たちのアドバイスをもらったりしながら、実際にいろいろ試していくということが必要だと思います」

“自治体の判断”に任せられているいうことで、積極的に進める自治体がある一方で、公平性の観点からデジタルでは全員に行き渡らないと考える自治体もあることが分かりました。
一方で、私たち消費者も「デジタルは難しそう」と最初から考えるのではなく、「この機会にやってみよう」と考える、そしてできた人は、「周りに教えてあげよう」。そんな姿勢が、デジタル化をもう一歩進めるために大切なのではと思いました。

(10月19日「まるっと!みえ」放送)

津局記者
鈴村 亜希子
2014年入局。三重県尾鷲市出身。硬軟あらゆるニュースに「立ちリポ」をつけるのが得意。地域職員として三重県の身近な話題を取材。