「ライドシェア」表明 進むのか?

一般のドライバーが自家用車を使って有料で人を運ぶ「ライドシェア」。
自民党内で解禁を求める声が出始めてからおよそ2か月。
政府は、ライドシェアの課題の検討に着手し、国会でも議論となっている。
安全面などから反対意見も根強い中、議論はどこへ向かうのか。
(立石顕 牧野慎太朗 関口裕也)

※記事の最後で動画をご覧になれます。

ライドシェア 議論は国会の場に

所信表明演説を行う岸田首相

「地域交通の担い手不足や、移動の足の不足といった、深刻な社会問題に対応しつつ、『ライドシェア』の課題に取り組んでまいります」

10月23日。臨時国会の所信表明演説で総理大臣の岸田文雄はライドシェアに言及した。
一般のドライバーが自家用車を使って有料で人を運ぶライドシェアは、日本ではいわゆる「白タク行為」として原則、禁止されてきた。
反対意見も根強く、岸田の表明は“急展開”にも見えた。

助言したのは“あの人”?

所信表明演説の10日前となる、10月13日。岸田はある政治家のもとに足を運んだ。

岸田首相

前総理大臣の菅義偉だ。
ライドシェアをめぐって、菅は、ことしの夏から、各地の講演などで解禁を求める発言を繰り返し、いわば口火を切った存在だった。

菅前首相

【リンク】「ライドシェア」なぜ浮上? 背景には“タクシー不足”

会談時間はおよそ30分。関係者によると菅はこの会談でライドシェアを解禁すべきだと助言したという。

党内第4派閥の会長で党内基盤が決して盤石とは言えない岸田。
菅に配慮して所信表明演説にライドシェアを盛り込んだのだろうか。さまざまな憶測を呼んだ。

菅に近い関係者はこう解説する。

「政局にからめた見方は適切ではない。タクシーが需要に応えられていない現実は明らかで、政府が『ライドシェア』に取り組むのは当然だ。あくまで政策的な観点からの判断だろう」(菅氏に近い関係者)

菅は官房長官時代、インバウンド需要を喚起するため、ビザの緩和など外国人観光客を増やす施策を推進した。
今、訪日外国人数が急速に回復しつつある一方で、深刻化しているのがタクシー不足だ。

全国のタクシー会社で働く運転手の数は、コロナ禍前の4年前からおよそ20%減少

全国のタクシー会社で働く運転手の数は、コロナ禍前の4年前からおよそ20%減少している。地方や観光地の課題を、ライドシェアの解禁によって解決できると菅は考えている。

国会では賛否両論

岸田の表明後、国会では連日のように、ライドシェアをめぐる議論が行われている。

自民党・小泉元環境大臣

自民党 小泉進次郎 元環境大臣
「安全な運行ができる形の、日本のライドシェアをどう制度設計するか。白タクとライドシェアって何が違うのか。前向きに一致点が見つかればと思います」

立憲民主党・田名部参議院幹事長

立憲民主党 田名部匡代 参議院幹事長
「安全性の問題や、事業者にとって死活問題になりかねないと強い反対の声があります。導入している国では性的暴行の被害が発生しているなどの調査結果もあり、逆に禁止や規制強化の動きも多数あります」

日本維新の会・馬場代表

日本維新の会 馬場伸幸 代表
「これまでわが党が訴え続けてきたライドシェアの解禁に注目が当たっています。自民党、業界団体、国土交通省の抵抗は強く、先行きは不透明です。ライドシェアを導入し、規制改革を強力に推し進めていくとこの場で宣言していただけませんか」

消えぬ“安全”への懸念

ライドシェア解禁の議論で大きな課題となるのが、安全性をどう確保するかだ。

タクシー業界を支援する自民党の議員連盟の会合でも、安全性の確保に課題があるとして反対意見が相次いだ。

盛山文部科学大臣

議連幹事長を務める盛山正仁 文部科学大臣
「安易なライドシェアは認めるわけにはいかない。安全で安心なタクシーサービスが持続していくことを心から願う」

また、立憲民主党や国民民主党など、野党の国会議員でつくる議員連盟の会合でも導入に慎重な意見が出た。

辻元清美 参議院議員

議連会長の辻元清美 参議院議員
「海外ではライドシェアを規制・禁止する動きもあり、客観的な情報をもとに意見交換していきたい」

タクシー業界“安全には時間とコスト”

全国のタクシー会社でつくる「全国ハイヤー・タクシー連合会」は、ライドシェアの全面的な解禁は「日本における輸送サービスの根幹を揺るがす」と反対の立場だ。

タクシー会社からは、運行の安全を確保できない可能性があるとして懸念の声が相次いでいる。

取材に訪れたのは、東京・杉並区のタクシー会社だ。

杉並区のタクシー会社

会社では未経験の人を採用したときは、タクシーやバスなどを運転するのに必要な2種免許の取得や運転技能の向上のため8か月の研修期間を設けている。

杉並区のタクシー会社

また勤務を始める時のアルコールチェックなどの管理を徹底しているほか、安全意識を高めるためにドライブレコーダーの映像をもとに交通違反などの事例を共有する講習会なども随時開いていて、時間とコストをかけて運行の安全確保に努めてきた。

会社の社長は、ライドシェアでは運行の安全が確保できない可能性があると指摘する。

葵交通株式会社 田中秀和 社長

葵交通株式会社 田中秀和 社長
「私たちは会社としてしっかり管理して安全を確保しているなかで、それを個人に任せて本当に大丈夫なのかと心配しています。まずはタクシー運転手をどう確保していけばよいのかに知恵を絞っていくべきだと思います」

注目集まる“神奈川版ライドシェア”

タクシー会社が関与することで安全を確保する、ライドシェアの新たな形を模索する動きもある。

10月20日に神奈川県庁で行われた、ライドシェアの検討会議。

神奈川県庁での検討会議

県や関東運輸局、タクシー会社の担当者などが参加して開かれた会議で、知事の黒岩祐治は、こう挨拶した。

神奈川県 黒岩祐治 知事

神奈川県 黒岩祐治 知事
「タクシー業界と一緒に『神奈川版ライドシェア』をつくっていければ、新たなモデルになるのではないか」

神奈川県が検討しているライドシェアは、県南東部の三浦市が対象だ。

マグロの水揚げなどで知られ、観光客も多い三浦市では夜間のタクシー不足が深刻化している。

神奈川県三浦市

観光地、三崎港近くの老舗の飲食店で聞いてみた。

三浦市の飲食店 山田恭子さん

飲食店 山田恭子さん
「お客さんから『帰りのタクシー呼んで』と声をかけられて、以前は『はい』と簡単に答えていましたが、今はお断りせざるをない時が多いのが現状です」

店は、最寄りの京急線の三崎口駅からバスで20分。訪れる客からは週末や行楽シーズンを中心に夜間の交通手段の確保の難しさを訴える声をよく聞くという。

三浦市の飲食店 お客さんに料理が運ばれる

三浦市では現在2つのタクシー会社が所有するあわせて35台のほか、個人タクシーが稼働している。

三浦市のタクシー会社

2社のうち1社は、利用客の減少から去年8月、夜間の営業を取りやめた。

もともと夜間の営業は採算をとるのが厳しい状況だったが、コロナ禍が追い打ちになり、午前1時ごろまでだった営業時間を午後7時までにやむなく短縮したという。

いづみタクシー 八木達也 社長

いづみタクシー 八木達也 社長
「飲食店を経営したり利用したりする知り合いがたくさんいるので、じくじたる思いというか、『申し訳ないな』という気持ちは少なからずありました。苦渋の決断でした」

タクシー会社が安全管理 “神奈川版”とは

神奈川県が考えるライドシェアは、海外で導入されているような全面的な解禁とは異なる。
例えば、アメリカの大手IT企業のサービスでは、利用したい人がスマホのアプリで配車を依頼し、あらかじめ登録された一般のドライバーが自家用車などで送迎する。

一方、“神奈川版ライドシェア”は、地元のタクシー会社と連携し、一般のドライバーの面接や、登録・研修のほか、車両の安全管理も担ってもらう。利用者は配車アプリを使って依頼し、ドライバーの評価も行える仕組みを想定している。それによって安全性を確保する手法を検討しているという。

検討会議でタクシー協会などからは「現場のタクシー会社の意見をよく聞いて検討してほしい」などと慎重な対応を求める意見も相次いだ。
県は今後、具体的な運用方法などについて議論を重ねてライドシェアを実現させたいとしている。

神奈川県地域政策課 横川裕 課長

神奈川県地域政策課 横川裕 課長
「『困っている人がいる』ということが今回の原点なので、三浦市や地元のタクシー会社などと一緒に議論して課題の解決につながるようにしたい」

ライドシェア 議論はどこへ?

ライドシェアをめぐり、政府は「デジタル行財政改革会議」を中心に検討を本格化させていて、河野デジタル大臣は「年内に報告できるところまで、何かしらのとりまとめをしたい」としている。
政府内からは、導入する場合、神奈川県が検討しているように、運行管理はタクシー会社が担うなど連携を試みるべきだという意見や、運行管理を担う会社は業種を限る必要はないという指摘も出ている。

政府は、自治体の意見を聞くなど、地域や関連業界の実情などを把握しながら丁寧に議論を進めていく方針だ。タクシー不足が深刻化する中で、ライドシェアをめぐる議論はどこへ進むのか、引き続き取材していきたい。(文中一部敬称略)

【リンク】ショート動画でコンパクトにライドシェアの内容をご覧いただけます

11月2日(木)「おはよう日本」で放送 

動画はこちら↓

政治部記者
立石 顕
2014年入局。2020年から政治部。当時の菅総理大臣の総理番を経験後、防衛省担当を経て自民党を担当。

首都圏局記者
牧野 慎太朗
2015年入局。宮崎局、長野局を経て去年から首都圏局勤務。遊軍担当として不動産や地域交通などを取材。
横浜局記者
関口 裕也
2010年入局。福島局、横浜局、政治部を経て、現在2度目の横浜局勤務。神奈川県政を取材。