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大洋デパート火災50年 当時何が?

現地で調査した専門家に聞く
  • 2023年12月11日

104人が亡くなり、重軽傷者は124人にのぼった熊本市の繁華街にあった大洋デパートでの火災から50年。半世紀がたち、すでに大洋デパートでの火災を知らない若い世代も増えています。当時、何が起きたのか。発生後、現地で調査をした専門家に聞きました。
(熊本放送局 記者 西村雄介)

火災時の避難行動調査した専門家

防災対策に詳しい兵庫県立大学の室﨑益輝 名誉教授。

火災時の避難行動を研究していて、大洋デパート火災の発生後、避難ができた従業員や買い物客、およそ180人の聞き取りを行いました。

当時の様子を次のように振り返ります。

(室﨑益輝 名誉教授)
「真っ暗に焼け焦げた建物と、まだ、火災後のにおいがしていたというような状況のなかで、ビル火災というのが、いかに悲惨な光景をもたらすのかということを感じた」

死者多数の要因は

104人が亡くなった原因はどこにあったのか。

当時、熊本市消防局が火災の概況をまとめた資料です。

出火した場所や各階ごとの状況、亡くなった人が見つかった場所など、細かく記録されています。

資料を室﨑教授に読み解いてもらうと、大勢の人が逃げようと、増築の工事などで限られていた階段に集中したことなどによって、被害が拡大したことが見て取れるといいます。

(室﨑益輝 名誉教授)
「最初のうちは煙が入っていなかった階段もあったので、この階段をつかって、その上の階、下の階に逃れた人たちもいるので、その後を追っかけるようにしたんだけれども、もう、たくさんの人が殺到して、逃げきれなかったということなので、階段の前でたくさんの人が亡くなっている」

(室﨑益輝 名誉教授)
「火災の安全性というのは、煙だとか、炎が広がる速度と、人々が逃げる速度の競争、時間の競争です。その逃げる時間が、どこで決まるかというと、階段の入り口。そこに大きな滞留ができると、そこで時間がかかってしまう、大洋デパートの場合は、まさにそうなんですね」

私たちが心がけることは

火災後、制度が見直され、消火設備などの設置が進みました。

今では当たり前になっているスプリンクラーもそのひとつです。

 

50年前と今の状況は、大きく違うとは言え、多くの人が亡くなった火災から得られる教訓は何か聞きました。

(室﨑益輝 名誉教授)
「この50年で消防設備だとかいろんな設備の改善も図られているし、安全に行ってきているというふうにおもうんです。ただ、防災の対策をおろそかにして、お客さんが来て、物が売れればいいというような発想では駄目なので、まさに安全を優先するという考え方を貫くということだと思うんですね」

当時に比べて、多くの客が訪れる大型商業施設は増えています。

私たちが気をつけるべきことを聞きました。

(室﨑益輝 名誉教授)
「来客の皆さんも、デパートとか、ホテルにはいった時には、どこに避難階段なり、安全な経路があるのかということを、まずはご自分でしっかり判断をする。調べておくといったことが必要です。避難の心得だとか、避難のルールというものを、学んでおくということも必要だし、そういう教育を、今度は行政が、いろんな研修会を通じて行うということだと思います」

  • 西村雄介

    熊本局記者

    西村雄介

    2014年入局 熊本局が初任地。公式確認60年となる2016年から水俣病を継続取材。熊本地震・令和2年7月豪雨を発生当初から取材。

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